マタイ福音書

 

[著者及著作の年代]十二使徒の一人なるマタイの著せる福音書であるとして伝わっている。マタイは元来取税人でレビと称していた(9:910:3)。イエスの召しに応じて直ちに彼に従って使徒となった人である。イエスの死後、彼は暫くパレスチナの地に伝道していたけれども、その後の彼の生涯は明かではない。この福音書が全部彼の作であるか、又は一部分だけ彼によりて書かれたのでのあるか、又これが本来ヘブル語で記されたのであるか、又は始めよりギリシヤ語であったかについて、種々の想像説が行われているけれども何れも決定的ではない。著作の年代はキリスト昇天と紀元七十年エルサレムの陥落の年との間であると畧(ほぼ)推定することができるのみであって、詳細のことは知るに由ない。六十年より七十年の間と見るのが通説である。

 

[特徴](1)全体として極めて力強い調子を帯び、殊にイエスの教訓のごときは生気溌剌たる姿において記されている点が、本書の最大の特徴であろう。(2)マタイ伝には教訓(57章)奇蹟(89章)パリサイ人に対する批難(23章)最後の審判の光景(2425章)等を各々一ヶ處に集輯(しゅうしゅう)記述し、必ずしも主の御生涯を年代を逐いて記載していないことをその特徴としており、この特徴は読者にその内容の印象を強く与うる益がある。(3)マタイ伝は主としてユダヤ人を目的として書かれたということは、その著しい特徴である。その結果(い)キリストの御生涯及び行為が、すべて旧約聖書に預言せられていることを一々詳細に引照し、(ろ)又イエスはダビデの子たるメシヤ即ち救い主であることを特に強調し、(は)律法とキリストとの関係を重視し、(に)場合によりてはイエスが主としてユダヤ人に遣わされしメシヤなることを言い表わしている。しかしながらその根本においてはマタイ伝は全く人類的であって、イエス・キリストが人類の救い主に在し給うことを明示し、決してユダヤ人の排他的思想を帯びるようなことがなかった。パリサイ人、サドカイ人、学者、教法師等特にユダヤ的なる人々を甚だしく嫌ったのはそのためであった。この意味においてマタイ伝はユダヤ人に送られし人類的福音書である。

 

[「福音書」の意義]福音書すなわちエウアンゲリオン euangelion とは「喜ばしき音づれ」を意味し、専らキリストが人類の救い主として臨り給い、その死により人類の罪が赦されて神の子とされることの天的なる喜ばしき音信を意味していた。これを「キリスト伝」の意味に転じて用うるに至ったのは後世のことに属する。