黒崎幸吉著 旧約聖書略註 Web版 詩篇





詩篇 第110篇

関根訳祭司王

文語訳( )ダビデのうた
口語訳ダビデの歌

この詩は作詩者が、ダビデまたは他の理想の王を仰ぎつゝその王の上に降るエホバの恩恵をうたい、このエホバの守護によりてその王の宝位はさかえ、神の前に民の祭司として永遠に立ち、多くの敵を打破るであろうことを歌った詩である。この王が誰であるかは不明であるが、ユダス・マカベウスの兄弟シモンならんとの説を唱うる学者あり、初の四節の首字を合すればシモン(シメオン)となる点もこの説を裏書すると主張されている。この詩が昔からメシヤをうたえる詩とされていたことは、この王が完全に理想化されている意味においてメシヤに相当するからである。主イエスは当時の一般の観念に従いこれをダビデの作と見て、ダビデがメシヤを「わが主」と呼べるものとなし、メシヤが単なるダビデの子以上であることを学者パリサイ人らに示し給うたのであった(マルコ12:35−37。マタイ22:41−46。ルカ20:41−44)。イエスがこれによりて証明せんとし給える真理が重要なる点であって、この詩が果してダビデの詩なりや否やは重点ではない。この詩は最も多く新約聖書に引用せられている。即ちマタイ26:64(マルコ14:62、ルカ22:69)。行伝2:34、35。ヘブル1:13。5:5以下。6:20。7:17以下の如きそれである。


〔1〕汝は王たり(1−3)
110篇1節エホバ、わが(しゆ)たる王にのたまふ、『(われ)なんぢの(あた)ことごとく打ち平げ之を服従せしめてなんぢの《足臺(あしだい)》【承足】とするまではわが(みぎ)()る事によりエホバの権威と権力とを行うものとなるべし』

文語訳110篇1節 ヱホバわが(しゆ)にのたまふ (われ)なんぢの(あた)をなんぢの承足(しようそく)とするまではわが(みぎ)にざすべし
口語訳110篇1節 主はわが主に言われる、「わたしがあなたのもろもろの敵をあなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ」と。
関根訳110篇1節 ダビデの、歌。ヤヴェがわが主に言われる、「わが右に坐せよ、わたしが君の敵を君の座とし君の足台とするまで」。
新共同110篇1節 【ダビデの詩。賛歌。】わが主に賜った主の御言葉。「わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう。」


110篇2節エホバはなんぢの(ちから)世を統治する(ちから)(つゑ)(笏)を神の国の都なるシオンよりつきいださしめ之によりてこの世の上にその支配を行わしめたまはん、(なんぢ)は〔もろもろの〕((なんぢ)の)(あた)のなかにありて之に打勝ち之に(わう)となるべし。

文語訳110篇2節 ヱホバはなんぢのちからの(つゑ)をシオンよりつきいださしめたまはん (なんぢ)はもろもろの(あた)のなかに(わう)となるべし
口語訳110篇2節 主はあなたの力あるつえをシオンから出される。あなたはもろもろの敵のなかで治めよ。
関根訳110篇2節 ヴェはシオンからあなたの力ある(つえ)をさし出される、あなたの敵どもの真中で支配なさるがよい。
新共同110篇2節 主はあなたの力ある杖をシオンから伸ばされる。敵のただ中で支配せよ。


*110篇3節なんぢのいきほひの盛なる()於てはなんぢの(たみ)祭司たちが神の前に立つ場合の如き*(せい)なる》【うるはしき】(ころも)をつけ、(こころ)よりよろこびて(おのれ)汝にさゝげん、汝は凡ての民らにあがめらるべし。なんぢは(あした)(はら)よりうまれいづる(わか)きものの(つゆ)の如く新鮮にして数多くの青年の軍勢をもてり。

文語訳110篇3節 なんぢのいきほひの()になんぢの(たみ)(せい)なるうるはしき(ころも)をつけ (こころ)よりよろこびて(おのれ)をさゝげん なんぢは(あした)(はら)よりいづる(わか)きものの(つゆ)をもてり
口語訳110篇3節 あなたの民は、あなたがその軍勢を聖なる山々に導く日に心から喜んでおのれをささげるであろう。あなたの若者は朝の胎から出る露のようにあなたに来るであろう。
関根訳110篇3節 あなたの勝利の日にあなたの民は喜んであなたに従う。「聖なる山で、あけぼのの胎からわたしは君を露のように生んだ」。
新共同110篇3節 あなたの民は進んであなたを迎える 聖なる方の輝きを帯びてあなたの力が現れ 曙の胎から若さの露があなたに降るとき。


補註
本節は難解にして種々の読み方が試みられているけれども、確実なるものはない、又「うるはしき衣をつけ」はダレトをレーシに変更して「山にて」と訳する説を取る学者もある。


〔2〕汝は祭司たり(4)
*110篇4節エホバ(ちかひ)をたてて《()い》【聖意をかへさせ】たまふことなし、かれの誓は必ず遂げられ決して誤ることなし、かくて誓いて汝に言い給う。 (なんぢ)はメルキゼデクの(さま)にひとしくサレムの王、至高き神の祭司、父なく、母なく、系図なく齢の始なく、生命の終なく、神の子の如くにして(ヘブル7:1-3)とこしへに祭司(さいし)たり。汝はかくて祭司の如き汝の民(3節)の祭司長として永遠にエホバの前に立たん。王の生命は永遠なれ、而して永遠の祭司たれ。

文語訳110篇4節 ヱホバ(ちかひ)をたてて聖意(みこころ)をかへさせたまふことなし (なんぢ)はメルキセデクの(さま)にひとしくとこしへに祭司(さいし)たり
口語訳110篇4節 主は誓いを立てて、み心を変えられることはない、「あなたはメルキゼデクの位にしたがってとこしえに祭司である」。
関根訳110篇4節 ヴェは誓いをたてて取り消し給うことはない。「君はメルキ・ツェデクの様にひとしくとこしえに祭司である」。
新共同110篇4節 主は誓い、思い返されることはない。「わたしの言葉に従って あなたはとこしえの祭司 メルキゼデク(わたしの正しい王)。」


補註
イエスがこのメルキゼデクに等しき祭司たることがヘブル書の記者の解釈であった。


〔3〕汝は軍旅の長たり(5−7)
110篇5節(しゆ)エホバはなんぢ(みぎ)にありて、悪しき者を審きたまうそのいかりの()敵する国々の王等(わうたち)汝のために()*たま《はん。》【へり】

文語訳110篇5節 (しゆ)はなんぢの(みぎ)にありてそのいかりの()王等(わうたち)をうちたまへり
口語訳110篇5節 主はあなたの右におられて、その怒りの日に王たちを打ち破られる。
関根訳110篇5節 主はあなたの右に居られる。彼はその怒りの日に王たちをふみにじられる。
新共同110篇5節 主はあなたの右に立ち 怒りの日に諸王を撃たれる。


補註
本節及び次節の「たまへり」は預言的完了形で意味は未来である。故に「たまはん」と私訳した。


110篇6節(しゆ)エホバは《異邦(ことくに)》【もろもろの國】のなかにて審判(さばき)をおこなひ〔たまはん、〕かくして汝を助けその戦場には敵の(かばね)をみたし、》【此處にも彼處にも屍をみたしめ】寛濶(ひろらか)なる()をすぶる首領(かしら)をうち*たま《はん、》【へり】凡て汝の敵はエホバ之を撃滅したまう。

文語訳110篇6節 (しゆ)はもろもろの(くに)のなかにて審判(さばき)をおこなひたまはん 此處(ここ)にも彼處(かしこ)にも(かばね)をみたしめ寛濶(ひろらか)なる()をすぶる首領(かしら)をうちたまへり
口語訳110篇6節 主はもろもろの国のなかでさばきを行い、しかばねをもって満たし、広い地を治める首領たちを打ち破られる。
関根訳110篇6節 彼は多くの(やから)を審き(かばね)をもって谷をみたし広き野で支配者をふみにじられる。
新共同110篇6節 主は諸国を裁き、頭となる者を撃ち 広大な地をしかばねで覆われる。


110篇7節かくて戦につかれたるかれ王は(みち)のほとりの(かは)より()みてのみその渇を醫して休息を取り()くて勝利の喜悦にあふてれてそのかうべを()げん。

文語訳110篇7節 かれ(みち)のほとりの(かは)より()みてのみ(かく)てかうべを()げん
口語訳110篇7節 彼は道のほとりの川からくんで飲み、それによって、そのこうべをあげるであろう。
関根訳110篇7節 彼はあなたを王位に()けかくてあなたの(こうべ)を上げる。
新共同110篇7節 彼はその道にあって、大河から水を飲み 頭を高く上げる。