黒崎幸吉著 旧約聖書略註 Web版 詩篇





詩篇 第116篇

関根訳感謝の(いけに)


ある個人がその心身の重きなやみ(3、8、10節等)より救い出されし感謝の心を歌える詩である。語法のアラム語的色彩の多きこと、他の詩篇よりの引用多きことより、後代の作たることが推定される。全体として思想の統一を欠く様であるけれども、エホバに対する感謝と、エホバに対して誓を果さんとする心とは豊にあらわれているのを見る。七十人訳はこの一篇を1−9、10−19の二篇に分割しているけれども不適当である。


〔1〕エホバは我を恵み給えり(1−9)
116篇1節われ全心全霊を以てエホバを(いつく)しむ、そはエホバはわが切なる祈りの(こゑ)とわが切なる祈の願望(ねがひ)とをきゝて我を救いたまへばなり。

文語訳116篇1節 われヱホバを(いつく)しむ そはわが(こゑ)とわが願望(ねがひ)とをきゝたまへばなり
口語訳116篇1節 わたしは主を愛する。主はわが声と、わが願いとを聞かれたからである。
関根訳116篇1節 わたしはヤヴェを愛する、げに彼はわが(なげ)きの声を聞かれ、
新共同116篇1節 わたしは主を愛する。主は嘆き祈る声を聞き


116篇2節エホバ(みゝ)(われ)にかたぶけて我を助けたまひしが(ゆゑ)にわれその感謝のために()にあらんかぎり、〔エホバを〕(よび)まつらむ。

文語訳116篇2節 ヱホバみゝを(われ)にかたぶけたまひしが(ゆゑ)に われ()にあらんかぎりヱホバを()びまつらむ
口語訳116篇2節 主はわたしに耳を傾けられたので、わたしは生きるかぎり主を呼びまつるであろう。
関根訳116篇2節 わたしが呼ばわった時にその耳をわたしに傾けられた。
新共同116篇2節 わたしに耳を傾けてくださる。生涯、わたしは主を呼ぼう。


116篇3節*()(なは)われをまとひ、陰府(よみ)のくるしみ(われ)にのぞめり、 われは患難(なやみ)とうれへとにあへり。この大なる苦難の中に在りて我はたえ入らんばかりにもだえたり。

文語訳116篇3節 ()(なは)われをまとひ陰府(よみ)のくるしみ(われ)にのぞめり われは患難(なやみ)とうれへとにあへり
口語訳116篇3節 死の綱がわたしを取り巻き、陰府の苦しみがわたしを捕えた。わたしは悩みと悲しみにあった。
関根訳116篇3節 死の網はわたしを囲み、陰府の苦しみはわたしに臨んだ。わたしは悩みと苦しみにあった。
新共同116篇3節 死の綱がわたしにからみつき 陰府の脅威にさらされ 苦しみと嘆きを前にして


補註
「死の縄」は又「死ぬるほどの産の苦痛」とも訳することができる。


116篇4節その(とき)われエホバに依頼むより外になき事を知り、エホバの御名(みな)をよべり、而して彼に祈れり曰く『エホバよ、(ねが)はくはわが靈魂(たましひ)(すく)ひたまへ』と。

文語訳116篇4節 その(とき)われヱホバの(みな)をよべり ヱホバよ(ねが)はくはわが靈魂(たましひ)をすくひたまへと
口語訳116篇4節 その時わたしは主のみ名を呼んだ。「主よ、どうぞわたしをお救いください」と。
関根訳116篇4節 その時わたしはヤヴェのみ名を呼んだ、「ああ、ヤヴェよ、わが生命を救い給え」と。
新共同116篇4節 主の御名をわたしは呼ぶ。「どうか主よ、わたしの魂をお救いください。」


*116篇5節然るにエホバは恩惠(めぐみ)ゆたかにして《正義(たゞ)しく》【公義(ただしく)】ましませり、われらの(かみ)はあはれみ(ふか)し。

文語訳116篇5節 ヱホバは恩惠(めぐみ)ゆたかにして公義(ただしく)ましませり われらの(かみ)はあはれみ(ふか)
口語訳116篇5節 主は恵みふかく、正しくいらせられ、われらの神はあわれみに富まれる。
関根訳116篇5節 ヴェは恵み深く(ただ)しくわれらの神はあわれみに富む。
新共同116篇5節 主は憐れみ深く、正義を行われる。わたしたちの神は情け深い。


補註
出エジプト34:6。


116篇6節かゝる神に在し給うが故にエホバは我が如き(おろ)かなる単純なるものを(まも)りたまふ、われ上述の如き数々のなやみにて(ひく)くせられしがエホバ(われ)をすくひてこれらのなやみより助け出したまへり。

文語訳116篇6節 ヱホバは(おろ)かなるものを(まも)りたまふ われ(ひく)くせられしがヱホバ(われ)をすくひたまへり
口語訳116篇6節 主は無学な者を守られる。わたしが低くされたとき、主はわたしを救われた。
関根訳116篇6節 ヴェは愚かな者を守られる。弱りはてた時、彼はわたしを助けた。
新共同116篇6節 哀れな人を守ってくださる主は 弱り果てたわたしを救ってくださる。


116篇7節それ故にわが靈魂(たましひ)よ、なんぢの《安息(やすみ)》【平安】にかへれ、何等の不安焦燥あるべからず、(そは)エホバ(ゆたか)になんぢを(あしら)ひたまへばなり。

文語訳116篇7節 わが靈魂(たましひ)よなんぢの平安(やすき)にかへれ ヱホバは(ゆた)かになんぢを(あしら)ひたまへばなり
口語訳116篇7節 わが魂よ、おまえの平安に帰るがよい。主は豊かにおまえをあしらわれたからである。
関根訳116篇7節 わが魂よ、お前の安きに帰るがよい。ヤヴェは豊かにお前をあしらい給うたから。
新共同116篇7節 わたしの魂よ、再び安らうがよい 主はお前に報いてくださる。


116篇8節(げに)(なんぢ)はわがたましひを()より、わが()をなみだより、わが(あし)(つまづ)きよりたすけいだしたまひき。かゝる豊なる恩恵又他にあるべきや。

文語訳116篇8節 (なんぢ)はわがたましひを()よりわが()をなみだより わが(あし)顚蹶(つまづき)よりたすけいだしたまひき
口語訳116篇8節 あなたはわたしの魂を死から、わたしの目を涙から、わたしの足をつまずきから助け出されました。
関根訳116篇8節 げにあなたはわが生命を死から、わが眼を涙から、わが足を(つまず)きから救い出された。
新共同116篇8節 あなたはわたしの魂を死から わたしの目を涙から わたしの足を突き落とそうとする者から 助け出してくださった。


116篇9節われはかくして陰府の苦痛より脱れ出で()けるものの(くに)にて光明の中にエホバの御前(みまへ)にあゆまん。

文語訳116篇9節 われは()けるものの(くに)にてヱホバの(まへ)にあゆまん
口語訳116篇9節 わたしは生ける者の地で、主のみ前に歩みます。
関根訳116篇9節 わたしはヤヴェのみ前に生ける者の地を歩むであろう。
新共同116篇9節 命あるものの地にある限り わたしは主の御前に歩み続けよう。


〔2〕エホバにつぐのわん(10−19)
*116篇10節われ(おほい)になやめりといひつゝもなほ(しん)じたり。われはわがなやみをかこちつゝも尚エホバに対する信頼を失わざりき。

文語訳116篇10節 われ(おほい)になやめりといひつゝもなほ(しん)じたり
口語訳116篇10節 「わたしは大いに悩んだ」と言った時にもなお信じた。
関根訳116篇10節 わたしはいたく低くされた、と言いつつもなお信じた。
新共同116篇10節 わたしは信じる 「激しい苦しみに襲われている」と言うときも


補註
本節は難解なり。或は「我信じたり夫故に我語れり、我大になやみたりと」と訳す、七十人訳はこれにより、パウロはこれをコリント後4:13に引用す。尚他の訳あり。


116篇11節われ31:22の詩人の如くに(あわ)てし(とき)()へらく『すべての(ひと)はいつはりなり』と。されど心を落付けてエホバに依り頼みたればエホバ我を救いたまいしなり。

文語訳 116篇11節 われ(あわ)てしときに()へらく すべての(ひと)はいつはりなりと
口語訳116篇11節 わたしは驚きあわてたときに言った、「すべての人は当にならぬ者である」と。
関根訳116篇11節 おじまどっていた時わたしは言った、すべての人は偽り者だ、と。
新共同116篇11節 不安がつのり、人は必ず欺く、と思うときも。


116篇12節 ()れいかにしてその(たま)へるもろもろの恩惠(めぐみ)をエホバにむくいんや。

文語訳116篇12節 (われ)いかにしてその(たま)へるもろもろの恩惠(めぐみ)をヱホバにむくいんや
口語訳116篇12節 わたしに賜わったもろもろの恵みについて、どうして主に報いることができようか。
関根訳116篇12節 どうしてわたしはヤヴェに報いえよう、わたしに加えられたすべての恵みに対して。
新共同116篇12節 主はわたしに報いてくださった。わたしはどのように答えようか。


116篇13節()(すくひ)のよろこびに対しさゝぐる感謝のさゝげものとして救(さかづき)をとりて之をのみ感謝してエホバの御名(みな)をよびまつらむ。

文語訳116篇13節 われ(すくひ)のさかづきをとりてヱホバの(みな)をよびまつらむ
口語訳116篇13節 わたしは救の杯をあげて、主のみ名を呼ぶ。
関根訳116篇13節 わたしは救いの杯をかかげ、ヤヴェのみ名を呼ぼう。
新共同116篇13節 救いの杯を上げて主の御名を呼び


*116篇14節(われ)すべての(たみ)のまへにて公けにエホバにわが(ちかひ)し凡ての事を《(はた)さん。》【つくのはん】(18節を見よ)

文語訳116篇14節 (われ)すべての(たみ)のまへにてヱホバにわが(ちかひ)をつくのはん
口語訳116篇14節 わたしはすべての民の前で、主にわが誓いをつぐなおう。
関根訳116篇14節 ヴェに対するわが誓いを彼の民みなの前ではたそう。
新共同116篇14節 満願の献げ物を主にささげよう 主の民すべての見守る前で。


補註
本節は18節に再び現れ、且つ七十人訳の写本にもこれを欠く場合あり。但し本節の如きは繰返されても差支なし。


116篇15節エホバの聖徒(せいと)()はそのみまへにて(たふと)し。たとい我死すとも我は汝の御前に忘れらるゝ事なからん。

文語訳116篇15節 ヱホバの聖徒(せいと)()はそのみまへにて(たふと)
口語訳116篇15節 主の聖徒の死はそのみ前において尊い。
関根訳116篇15節 ヴェは彼の聖徒の死を価高きものとされる。
新共同116篇15節 主の慈しみに生きる人の死は主の目に価高い。


116篇16節エホバよ、(まこと)にわれは取るに足らざる卑しきものにしてなんぢの(しもべ)なり、われはなんぢの婢女(はしため)()にして生れながら(なんぢ)(しもべ)なり、 かゝる我に過ぎざるになんぢ恩恵をもて()縲絏(いましめ)をとき我を苦難の中より救い出したまへり。

文語訳116篇16節 ヱホバよ(まこと)にわれはなんぢの(しもべ)なり われはなんぢの婢女(はしため)()にして(なんぢ)のしもべなり なんぢわが縲絏(いましめ)をときたまへり
口語訳116篇16節 主よ、わたしはあなたのしもべです。わたしはあなたのしもべ、あなたのはしための子です。あなたはわたしのなわめを解かれました。
関根訳116篇16節 ああ、ヤヴェよ、わたしはあなたの(しもべ)、あなたの僕で、あなたの婢女(はしため)の子。あなたはわがかせを解かれた。
新共同116篇16節 どうか主よ、わたしの縄目を解いてください。わたしはあなたの僕。わたしはあなたの僕、母もあなたに仕える者。


116篇17節われわが心よりの感謝(かんしや)をそなへものとして(なんぢ)にさゝげん、われエホバの御名(みな)をよばん。かくして声高らかにわが感謝をあらわさん。

文語訳116篇17節 われ感謝(かんしや)をそなへものとして(なんぢ)にさゝげん われヱホバの(みな)をよばん
口語訳116篇17節 わたしは感謝のいけにえをあなたにささげて、主のみ名を呼びます。
関根訳116篇17節 わたしはあなたに感謝の(いけに)えを捧げよう、ヤヴェのみ名を呼びつつ。
新共同116篇17節 あなたに感謝のいけにえをささげよう 主の御名を呼び


116篇18節(われ)たゞ我一人居る時のみならずすべての(たみ)のまへにて公然にエホバにわが(ちかひ)を《(はた)さん。》【償はん】

文語訳116篇18節 (われ)すべての(たみ)のまへにてヱホバにわがちかひを(つくの)はん
口語訳116篇18節 わたしはすべての民の前で主にわが誓いをつぐないます。
関根訳116篇18節 ヴェに対するわが誓いを彼の民みなの前ではたそう、
新共同116篇18節 主に満願の献げ物をささげよう 主の民すべての見守る前で


116篇19節エルサレムよ、我は汝に至れり、(なんぢ)のなかにて、即ちエルサレムの宮に詣でエホバの(いへ)大庭(おほには)のなかにて(これ)を《(はた)さん、》【つくのふべし】《ヤハ》【エホバ】を*()めまつれ(ハレルヤ)

文語訳116篇19節 エルサレムよ(なんぢ)のなかにてヱホバのいへの大庭(おほには)のなかにて(これ)をつくのふべし ヱホバを()めまつれ
口語訳116篇19節 エルサレムよ、あなたの中で、主の家の大庭の中で、これをつぐないます。主をほめたたえよ。
関根訳116篇19節 ヴェの家の前庭で、エルサレムよ、君のうちで。ハレルヤ!
新共同116篇19節 主の家の庭で、エルサレムのただ中で。ハレルヤ。


補註
最後のハレルヤは七十人訳には次篇の最初にありこの方正し。