黒崎幸吉著 旧約聖書略註 Web版 詩篇





詩篇 第143篇

関根訳あえぎ

文語訳( )ダビデのうた
口語訳ダビデの歌

七懺悔詩の一つであって詩人の逢える苦難がその罪に対する神の審判であることを感じ、過去における神の恩恵を思いて神の救を求めている。苦難の下にありて自己の罪を思いつゝエホバに依り頼む切実なる心、苦難より救われんことを望む強き願が全篇に溢れている。1−6、7−12の二部に分れ、後半は殊に他の詩篇よりの引用が多い。本篇をイスラエル民族を主体とする民族的苦難と民族的懺悔の詩であるとする説があるけれども、むしろ罪と敵の迫害になやむ一個人の詩と見るを可とす、ダビデの詩と見ることは困難である。本篇は前篇と共に詩77篇の影響を多く受けている。


〔1〕エホバよ我が患難をみそなわしたまえ(1−6)
143篇1節エホバよ、ねがはくはわが(いのり)をきゝ、わが懇求(ねがひ)(みゝ)をかたぶけて我をこのなやみより救い出したまへ、なんぢの眞實(まこと)をもて我らに約束し給いし救を実現し、なんぢの《正義(せいぎ)》【公義(たゞしき)】をもて(われ)にこたへて我を迫害する敵の手より免れしめ(たま)へ。

文語訳143篇1節 ヱホバよねがはくはわが(いのり)をきゝ わが懇求(ねがひ)にみゝをかたぶけたまへ なんぢの眞實(まこと)なんぢの公義(ただしき)をもて(われ)にこたへたまへ
口語訳143篇1節 主よ、わが祈を聞き、わが願いに耳を傾けてください。あなたの真実と、あなたの正義とをもって、わたしにお答えください。
関根訳143篇1節 ダビデの歌。ヤヴェよ、わが祈りを聴いて下さい。わが歎願(ねがい)の声に耳傾けて下さい。あなたの真実(まこと)と義をもてわたしに答え給え。
新共同143篇1節 【賛歌。ダビデの詩。】主よ、わたしの祈りをお聞きください。嘆き祈る声に耳を傾けてください。あなたのまこと、恵みの御業によって わたしに答えてください。


143篇2節(なんぢ)のしもべの審判(さばき)にかゝつらひてその僕を無慈悲に審きたまふなかれ、願わくは汝の憐憫によりて僕の罪をゆるしたまえ。*そはいけるものもしその罪を問わるゝならば一人(ひとり)だにみまへに()とせらるる《ことなければなり。》【はなし】

文語訳143篇2節 (なんぢ)のしもべの審判(さばき)にかゝづらひたまふなかれ そはいけるもの一人(ひとり)だにみまへに()とせらるゝはなし
口語訳143篇2節 あなたのしもべのさばきにたずさわらないでください。生ける者はひとりもみ前に義とされないからです。
関根訳143篇2節 あなたの(しもべ)(さば)きに関わり給うな、生ける者は誰もあなたの前には義とされないのだから。
新共同143篇2節 あなたの僕を裁きにかけないでください。御前に正しいと認められる者は 命あるものの中にはいません。


補註
後半はパウロによりてロマ3:20。ガラテヤ2:16に引用せらる。


143篇3節(あた)はわがたましひを《迫害(はくがい)し》【迫め】わが生命(いのち)()に《()ちくだき、*永遠(とこしへ)()にたるもの》【うちすて死にてひさしく世を經たるもの】のごとく、(われ)患難もてとりかこみくらき(ところ)にすまはせたり。

文語訳143篇3節 (あた)はわがたましひを()めわが生命(いのち)()にうちすて ()にてひさしく()()たるもののごとく (われ)をくらき(ところ)にすまはせたり
口語訳143篇3節 敵はわたしをせめ、わがいのちを地に踏みにじり、死んで久しく時を経た者のようにわたしを暗い所に住まわせました。
関根訳143篇3節 ああ、(あだ)はわが魂を追跡しわが生命を地に(くじ)き永遠に死せる者の如くわたしを暗黒に陥れた。
新共同143篇3節 敵はわたしの魂に追い迫り わたしの命を地に踏みにじり とこしえの死者と共に 闇に閉ざされた国に住まわせようとします。


補註
「死にて久しく世を經たる」は原語「永遠の死者」故に私訳の如くす。


143篇4節(また)わがたましひは衰えはてゝわがうちにきえうせんとし、わが(こゝろ)はわがうちに《麻痺(まひ)せり。》【曠れさびれたり】

文語訳143篇4節 (また)わがたましひはわが(うち)にきえうせんとし わが(こころ)はわがうちに()れさびれたり
口語訳143篇4節 それゆえ、わが霊はわがうちに消えうせようとし、わが心はわがうちに荒れさびれています。
関根訳143篇4節 わが魂はわが衷に衰えはて 心は わたしの内で硬化して(しま)った。
新共同143篇4節 わたしの霊はなえ果て 心は胸の中で挫けます。


143篇5節われこの苦しみの中にありていにしへの()をおもひいで、昔イスラエルの民に対して(なんぢ)のおこなひたまひし一切(すべて)のことを(かんが)へ、汝がその憐憫を以てその民を救い給いしことを思い、またなんぢの御手(みて)奇しきみわざをおもふ。

文語訳143篇5節 われはいにしへの()をおもひいで (なんぢ)のおこなひたまひし一切(すべて)のことを(かんが)へ なんぢの(みて)のみわざをおもふ
口語訳143篇5節 わたしはいにしえの日を思い出し、あなたが行われたすべての事を考え、あなたのみ手のわざを思います。
関根訳143篇5節 わたしは昔の日を(おも)い出しあなたの為し給うたすべての事を思いめぐらしあなたのみ手の業を考える。
新共同143篇5節 わたしはいにしえの日々を思い起こし あなたのなさったことをひとつひとつ思い返し 御手の業を思いめぐらします。


143篇6節われ(なんぢ)にむかひてわが()をのべて切に汝に祈り、わが靈魂(たましひ)は《*(かわ)きはてたる》【燥きおとろへたる】()水を求めてあえぐが(ごと)(なんぢ)をしたへり。セラ。

文語訳143篇6節 われ(なんぢ)にむかひてわが()をのべ わがたましひは(かわ)きおとろへたる()のごとく(なんぢ)をしたへり セラ
口語訳143篇6節 わたしはあなたにむかって手を伸べ、わが魂は、かわききった地のようにあなたを慕います。〔セラ
関根訳143篇6節 あなたのに向かってわが手を(ひろ)げわが魂は水にあえぐ乾ける地のようにあなたに向かってあえぐ。セラ
新共同143篇6節 あなたに向かって両手を広げ 渇いた大地のようなわたしの魂を あなたに向けます。〔セラ


補註
「燥きおとろへ」は原語「つかれ果てたる」の意。


〔2〕願わくは仇より救いたまえ(7−12)
143篇7節エホバよ、(すみや)かにわが祈をきゝてわれにこたへたまへ、わが靈魂(たましひ)苦難のためにいたくおとろふ、われに聖顔(みかほ)をかくし(たま)ふなかれ、願わくは我がなやみをみそなわしたまえ。然らずばおそらくはわれ死人と同じく(あな)にくだるものの(ごと)くならん。

文語訳143篇7節 ヱホバよ(すみや)かにわれにこたへたまへ わが靈魂(たましひ)はおとうふ われに聖顔(みかほ)をかくしたまふなかれ おそらくはわれ(あな)にくだるもののごとくならん
口語訳143篇7節 主よ、すみやかにわたしにお答えください。わが霊は衰えます。わたしにみ顔を隠さないでください。さもないと、わたしは穴にくだる者のようになるでしょう。
関根訳143篇7節 急いで下さい、わたしに答えて下さい、ヤヴェよ、わが霊はつきはてんとする。あなたのみ顔を隠さずにおいて下さい、わたしから。そうでないとわたしは穴に下った者と等しくなって了う。
新共同143篇7節 主よ、早く答えてください わたしの霊は絶え入りそうです。御顔をわたしに隠さないでください。わたしはさながら墓穴に下る者です。


143篇8節願わくは我を救いて(あした)(なんぢ)の《*憐憫(あはれみ)をもてあきたらしめ》【仁慈をきかしめ】たまへ、(そは)われ(なんぢ)によりたのめばなり、わが(あゆ)むべき(みち)をしらせ我を正しき道にみちびきたまへ、(そは)われわが靈魂(たましひ)(なんぢ)()ぐればなり。汝のみわが霊魂をみちびく事を得たまう。

文語訳143篇8節 (あした)になんぢの仁慈(いつくしみ)をきかしめたまへ われ(なんぢ)よりたのめばなり わが(あゆむ)むべき(みち)をしらせたまへ われわが靈魂(たましひ)をなんぢに()ぐればなり
口語訳143篇8節 あしたに、あなたのいつくしみを聞かせてください。わたしはあなたに信頼します。わが歩むべき道を教えてください。わが魂はあなたを仰ぎ望みます。
関根訳143篇8節 朝になったらあなたの恵みを聴かせて下さい、何故ならわたしはあなたに頼むのだから。わが歩むべき道を教えて下さい、わが魂をあなたに向かって掲げますから。
新共同143篇8節 朝にはどうか、聞かせてください あなたの慈しみについて。あなたにわたしは依り頼みます。行くべき道を教えてください あなたに、わたしの魂は憧れているのです。


補註
「きかしめ」は原語子音一字を変更して私訳の如くにした。90:14もこれに同じ。


143篇9節エホバよ、(ねが)はくは(われ)をわが(あた)より我を苦しめなやますかれらよりたすけ(いだ)したまへ、われ(かく)れんとして(なんぢ)にはしりゆく。汝我を掩い仇の攻撃より我をかくし給え。

文語訳 143篇9節 ヱホバよねがはくは(われ)をわが(あた)よりたすけ()したまへ われ(かく)れんとし(なんぢ)はしりゆく
口語訳143篇9節 主よ、わたしをわが敵から助け出してください。わたしは避け所を得るためにあなたのもとにのがれました。
関根訳143篇9節 仇からわたしを救い給え、ヤヴェよ、あなたのみもとにわたしは逃れますから。
新共同143篇9節 主よ、敵からわたしを助け出してください。御もとにわたしは隠れます。


*143篇10節(なんぢ)はわが(かみ)なり、汝はわが導き手に在し給う、さればわれに聖旨(みむね)をおこなふことををしへ聖旨に反する事を行わざる様に我を守りたまへ、(めぐみ)ふかき聖靈(みたま)をもて(われ)をたひらかなる(くに)にみちびきたまへ。今我は危険なる断崖の中に立ち居るなり。

文語訳143篇10節 (なんぢ)はわが(かみ)なり われに聖旨(みむね)をおこなふことををしへたまへ (めぐみ)ふかき聖靈(みたま)をもて(われ)をたひらかなる(くに)にみちびきたまへ
口語訳143篇10節 あなたのみむねを行うことを教えてください。あなたはわが神です。恵みふかい、みたまをもってわたしを平らかな道に導いてください。
関根訳143篇10節 あなたの御意(みこころ)を為し得るように教えて下さい、まことにあなたこそわたしの神だから。あなたのあわれみの霊がわたしを平らかな道に導き給え。
新共同143篇10節 御旨を行うすべを教えてください。あなたはわたしの神。恵み深いあなたの霊によって 安らかな地に導いてください。


補註
10-12の命令形の動詞を未来形として読むべしとする説あり。


*143篇11節エホバよ、ねがはくは聖名(みな)のために聖名を信ずる(われ)救い出して之をいかし、なんぢの()によりて汝にそむくわが仇を打ちほろぼしわがたましひを患難(なやみ)よりいだしたまへ。

文語訳143篇11節 ヱホバよねがはくは聖名(みな)のために(われ)をいかし なんぢの()によりてわがたましひを患難(なやみ)よりいだしたまへ
口語訳143篇11節 主よ、み名のために、わたしを生かし、あなたの義によって、わたしを悩みから救い出してください。
関根訳143篇11節 ヴェよ、あなたのみ名の故にわたしを生かして下さい。あなたの義をもてわが魂を敵どもから救い出して下さい。
新共同143篇11節 主よ、御名のゆえに、わたしに命を得させ 恵みの御業によって わたしの魂を災いから引き出してください。


*143篇12節(また)なんぢの《憐憫(あはれみ)》【仁慈(いつくしみ)】によりてわが(あた)をたちて之を亡ぼし、靈魂(たましひ)をくるしむる(もの)をことごとく(ほろぼ)て彼らにその正当の報をなしたまへ、(そは)(われ)なんぢの(しもべ)《なればなり。》【なり】

文語訳143篇12節 (また)なんぢの仁慈(いつくしみ)によりてわが(あだ)をたち 靈魂(たましい)をくるしむる(もの)をことごとく(ほろ)ぼしたまへ そは(われ)なんぢの(しもべ)なり
口語訳143篇12節 また、あなたのいつくしみによって、わが敵を断ち、わがあだをことごとく滅ぼしてください。わたしはあなたのしもべです。
関根訳143篇12節 あなたの恵みをもて仇をたち給え、わが魂を苦しめる者をすべて滅ぼし給え、何故ならわたしはあなたの僕だから。
新共同143篇12節 あなたの慈しみのゆえに、敵を絶やしてください。わたしの魂を苦しめる者を ことごとく滅ぼしてください。わたしはあなたの僕なのですから。