黒崎幸吉著 旧約聖書略註 Web版 詩篇





詩篇 第2篇

関根訳神とメシヤ


本篇は写本によっては第一篇となっており(第1篇は序篇として)、また他の写本によれば第1篇と合して一つとなっているけれども本来二つの詩である。ただしこの二篇とも作者名を掲げず、併せて全詩の序のごとき意味をもってここに置かれているもののごとくである(「幸なるかな」をもって始まり、またこれをもって終るを見よ)。而して第1篇は神に従う義しき個人の祝福を謳うに対し、第2篇は神に立てられ油注がれし王は凡てこれに逆らう者を滅して地の極までも之を支配する事を述ぶ。すなわちメシヤ預言として解せらるる詩であって、国民的祝福を叙す。

本篇はメシヤ預言と解せらるるが故に新約聖書に多く引用せらる(行伝4:25−28。13:33。ヘブル1:5。5:5。その他マタイ3:17。黙示12:5。19:15等)。ただし本篇は文字の表面においては或る王の即位とこれに対して反逆を企つる諸王の敗北を歌ったものであって、何人が如何なる機会にこれを作ったかにつき種々の想像説が行われているけれども確定し得ない。従って作詩の時代も不明である。この詩を単にその作者の経験せる歴史上の事実を謳えるものと解し(如何なる事実かにつきて多くの異説あり従って作者につきても異論あり)そのメシヤ預言なる性質を除かんとすることが近代の傾向であるけれども、この詩は現実の王を神の立て給えるものとして理想化せる結果現実を超越してメシヤ的支配に対する理想的憧憬の心に一致する処の要素が充分に含まれているものと見て差支えがない、かく解することによりてこの詩の意味は始めて判明する。


〔1〕諸国民の反逆(1−3)
2篇1節エホバ自らその選び給える者に油をそそぎこれを立てて王となし給うに如何(いか)なれば〔もろもろの〕國人(くにびと)(ら)はこの王に対して(さわ)()てこれに服せず諸民(たみら)この王を位より下さんとてむなしきことを(はか)るや。如何なればこの世の力は神の国とその王とに対して反逆を企つるや

文語訳2篇1節 (いか)なればもろもろの國人(くにびと)はさわぎたち諸民(たみら)はむなしきことを(はか)るや
口語訳2篇1節 なにゆえ、もろもろの国びとは騒ぎたち、もろもろの民はむなしい事をたくらむのか。
関根訳2篇1節 何故異教の民族(たみ)らは立ちさわぎ異邦人(ことくにびと)らは(むな)しきことをくわだて
新共同2篇1節 なにゆえ、国々は騒ぎ立ち 人々はむなしく声をあげるのか。


2篇2節啻に人民のみならず()の〔もろもろの〕(わう)(たち)は反逆の態度をもって()ちかまへ、王のみならずその下にある群伯(をさら)力を併せ心を一つにしてともに(はか)り、エホバとその受膏者(じゆかうじや)(ギリシャ語にてキリスト、ヘブル語にてメシヤ)とにさからひて誇らしやかにいふ。

文語訳2篇2節 ()のもろもろの(わう)はたちかまへ群伯(をさら)はともに(はか)り ヱホバとその受膏者(じゆかうじや)とにさからひていふ
口語訳2篇2節 地のもろもろの王は立ち構え、もろもろのつかさはともに、はかり、主とその油そそがれた者とに逆らって言う、
関根訳2篇2節 地の王たちは立ちかまえ君侯(きみ)らは共に(はか)りヤヴェとそのメシアに逆らうか、
新共同2篇2節 なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して 主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか


2篇3節『われらは我らの協同の力とその智慧とによりてその*(かせ)をこぼち、我らを束縛するその*(なは)をすてん』と。かくしておどろくべし、全地はエホバとそのキリストに向って反逆を企つのである。これはこの世の真実の相であって今日に至るも異る処がない。

文語訳2篇3節 われらその(かせ)をこぼち その(なは)をすてんと
口語訳2篇3節 「われらは彼らのかせをこわし、彼らのきずなを解き捨てるであろう」と。
関根訳2篇3節 「われらは彼の縄目を断ちそのきずなをふり棄てよう」と。
新共同2篇3節 「我らは、枷をはずし 縄を切って投げ捨てよう」と。


補註
「械」は動物を鋤に結ぶ綱、「縄」は動物を牽く手綱。


〔2〕エホバ天より之を望み給う(4−6)
2篇4節(てん)()し地上の諸国民を統治するものすなわ万軍のエホバ、地上の諸王諸民の反逆を見そなわし、その際車に対う蟷螂(とうろう)の愚を(わら)ひたまはん、その無謀なる計画を見て(しゆ)かれらを(あざけ)りたまふべし。

文語訳2篇4節 (てん)()するもの(わら)ひたまはん (しゆ)かれらを(あざけ)りたまふべし
口語訳2篇4節 天に座する者は笑い、主は彼らをあざけられるであろう。
関根訳2篇4節 天に座し給う者笑いヤヴェ彼らをあざける。
新共同2篇4節 天を王座とする方は笑い 主は彼らを嘲り


2篇5節かくて彼らなおもその反逆を改めざれば(しゆ)ついにその忍耐と寛容とを捨て給い忿恚(いきどほり)をもて審判の言をかれらに(かた)り、忿恚(いきどほり)をもて審判を行ひてかれらを()ぢまどはしめて(たま)ふ》【ものいひ大なる怒をもてかれらを怖まどはしめて宣給ふ】

文語訳2篇5節 かくて(しゆ)忿怒(いきどほり)をもてものいひ(おほい)なる(いかり)をもてかれらを()ぢまどはしめて(のたま)
口語訳2篇5節 そして主は憤りをもって彼らに語り、激しい怒りをもって彼らを恐れ惑わせて言われる、
関根訳2篇5節 すでに彼は怒りをもって彼らに物言い(いきどおり)に満ちて彼らを恐れさせた、
新共同2篇5節 憤って、恐怖に落とし 怒って、彼らに宣言される。


*2篇6節而して云い給う『しかれども(われ)、わが(わう)選びこれに油を注ぎ、これをして全世界を支配せしめん為にわが(きよ)きシオンの(やま)にたてたり』と。この神の立てたまいし王に叛く者は誰ぞ。

文語訳2篇6節 しかれども(われ)わが(わう)をわがきよきシオンの(やま)にたてたりと
口語訳2篇6節 「わたしはわが王を聖なる山シオンに立てた」と。
関根訳2篇6節 「わたしはシオンなるわが(きよ)き山にわたしの王を立てたのだ」と。
新共同2篇6節 「聖なる山シオンで わたしは自ら、王を即位させた。」


補註
6、7節の連絡および本文やや難解であって種々の読み方が主張せられておる。


〔3〕受膏者エホバのことばを伝う(7−9)
*2篇7節エホバによりて油注がれて王とせられしわれ詔命(みことのり)をのべん、エホバの詔命は堅くして動かない、エホバわれに(のた)まへり『なんぢはわが()なり、今日(けふ)われなんぢを()めり。(この自覚ある者こそ真にエホバに油注がれし者である。而してこの言はイエス・キリストにおいて完成した。新約の使徒たちはこの句をイエスの預言と信じてしばしば引用した。行伝13:33。ヘブル1:5。5:5)。

文語訳2篇7節 われ詔命(みことのり)をのべんヱホバわれに(のたま)へり なんぢはわが()なり今日(けふ)われなんぢを()めり
口語訳2篇7節 わたしは主の詔をのべよう。主はわたしに言われた、「おまえはわたしの子だ。きょう、わたしはおまえを生んだ。
関根訳2篇7節 わたしもヤヴェの定めを語ろう。彼はわたしに言われた、「君はわが子、今日わたしは君を生んだ。
新共同2篇7節 主の定められたところに従ってわたしは述べよう。主はわたしに告げられた。「お前はわたしの子 今日、わたしはお前を生んだ。


2篇8節われに(もと)めよ、汝はわが子なれば、また我が世嗣なり。さらば(なんぢ)に〔もろもろの〕(くに)(たみ)ら)を嗣業(ゆづり)として(あた)てこれを汝の支配の下に属せしめ、()(はて)をなんぢの(もの)としてしてあたへん。かくして神の支配は全世界に及ぶ。

文語訳2篇8節 われに(もと)めよ さらば(なんぢ)にもろもろの(くに)嗣業(ゆづり)としてあたへ()(はて)をなんぢの(もの)としてあたへん
口語訳2篇8節 わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える。
関根訳2篇8節 わたしに求めよ、わたしは民族(たみ)らを嗣業として地の果てを所有として君に与える。
新共同2篇8節 求めよ。わたしは国々をお前の嗣業とし 地の果てまで、お前の領土とする。


2篇9節而して汝に叛く者どもをば(なんぢ)くろがねの(つゑ)をもて彼等(かれら)をうちやぶり、陶工(すゑつくり)のうつはもののごとくに。粉微塵に彼らを(うち)(くだ)かん』と。たとい全世界がエホバとその受膏者とに叛いて立つとも、誰が天地の創造者に敵する者あらん、「神もし我らの味方ならば誰か我等に敵せんや」(ロマ8:31)、キリストはついに凡ての敵を打砕き、世界をその支配の下に置き給う。

文語訳2篇9節 (なんぢ)くろがねの(つゑ)をもて彼等(かれら)をうちやぶり陶工(すゑつくり)のうつはもののごとくに打碎(うちくだ)かんと
口語訳2篇9節 おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、陶工の作る器物のように彼らを打ち砕くであろう」と。
関根訳2篇9節 君は彼らを鉄の(つえ)をもって()い陶工の器のように彼らを(こぼ)つ」と。
新共同2篇9節 お前は鉄の杖で彼らを打ち 陶工が器を砕くように砕く。」


〔4〕受膏者の教訓(10−12)
2篇10節されば〔汝等(なんぢら)もろもろの〕(わう)(たち)よ、さとかれ、而してその虚しき愚なる反逆をすててエホバとその受膏者を信じ、これに服え、()審士(さばきびと)らをしへをうけよ。而してエホバの立て給える王に従え。

文語訳2篇10節 されば汝等(なんぢら)もろもろの(わう)よ さとかれ()審士輩(さばきびとら)をしへをうけよ
口語訳2篇10節 それゆえ、もろもろの王よ、賢くあれ、地のつかさらよ、戒めをうけよ。
関根訳2篇10節 さあ、王たちよ、(さと)くあれ、地の支配者たちよ、教えを受けよ。
新共同2篇10節 すべての王よ、今や目覚めよ。地を治める者よ、諭しを受けよ。


2篇11節人間の智慧、謀略、権力に依り頼むことなく、(おそれ)をもてエホバにつかへ、かれに対する戰慄(をののき)をもてその支配と恩恵とをよろこべ。

文語訳2篇11節 (おそれ)をもてヱホバにつかへ戰慄(をののき)をもてよろこべ
口語訳2篇11節 恐れをもって主に仕え、おののきをもって
関根訳2篇11節 (おそ)れをもってヤヴェに仕え、おののきつつ
新共同2篇11節 畏れ敬って、主に仕え おののきつつ、喜び躍れ。


2篇12節エホバの油注ぎ給えるメシヤの*()を尊み、これにくちつけせよ、もし然らざればおそらくはかれ(いかり)をはなちて汝らの不信を審きなんぢら(みち)にほろびん。その故はかれに従わぬ者に対してはその忿恚(いきどほり)はすみやかに(もゆ)べければなり。《(さいはひ)なるかな》、すべてかれをその避処となし、これ依ョ(よりたの)むものは。【(さいはい)ひなり】

文語訳2篇12節 ()にくちつけせよ おそらくはかれ(いかり)をはなちなんぢら(みち)にほろびん その忿恚(いきどほり)はすみやかに()ゆべければなり すべてかれに依ョ(よりたの)むものは(さいはひ)なり
口語訳2篇12節 その足に口づけせよ。さもないと主は怒って、あなたがたを道で滅ぼされるであろう、その憤りがすみやかに燃えるからである。すべて主に寄り頼む者はさいわいである。
関根訳2篇12節 その足に口づけせよ。彼の憤りで君たちの道が失せないために。何故ならその怒りは今にも始まろうから。すべて彼に依り頼む者に幸あれ。
新共同2篇12節 子に口づけせよ 主の憤りを招き、道を失うことのないように。主の怒りはまたたくまに燃え上がる。いかに幸いなことか 主を避けどころとする人はすべて。


補註
「子にくちつけせよ」は近来一般に誤訳と考えられた本文に些少の変更を加うることにより[救を確保せよ」「純真に礼拝せよ」その他種々の読み方が考案せられているけれども満足なのはない。現行訳はやや無理であるけれども意味は通ずる。