黒崎幸吉著 旧約聖書略註 Web版 詩篇





詩篇 第8篇

関根訳創  造

文語訳( )ギテトの(こと)にあはせて伶長(うたのかみ)にうたはしめたるダビデの(うた)
口語訳聖歌隊の指揮者によってギテトにあわせてうたわせたダビデの歌
関根訳8篇1節聖歌隊の指揮者に、ギッティト式に、ダビデの歌。
新共同8篇1節【指揮者によって。ギティトに 合わせて。賛歌。ダビデの詩。】

自然界の神秘的なる偉大さに比すれば、微少なる存在に過ぎざるがごとくに見ゆる人間も、実は神に似せて造られたるものであり、被造物の支配者たるべきものであることを歌いて、人間を造り給える神を讃美する詩である。この詩は創世記第1、2章の人類創造の記事の思想と一致し、人類をその罪による堕落以前の姿において眺めている。従ってこの詩に歌われたる人類の姿は人間の理想の姿であり、現実の人間に当嵌らない。かえって新人の祖キリストに適合するのである。故にこの詩はメシヤ預言としてヘブル2:6−8。コリント前15:27等に引用せられているのを見る。要するに詩人が見たる人間本来の姿が取りも直さず完全なる新人イエス・キリストの預言となったのである。


〔1〕エホバの栄光(1−2)
8篇1節*(われ)らの(しゆ)エホバよなんぢの御名(みな)は《全地に(おい)て》【()にあまねくして】(如何(いか)に)(たふと)きかな、嚇々たる稜威は汝のものである。汝はその《稜威(みいつ)》【榮光】を(てん)におきたまへり。かくして汝の栄光は地に充ち天を掩う。

文語訳8篇1節 われらの(しゆ)ヱホバよなんぢの(みな)()にあまねくして(たふと)きかな その榮光(えいくわう)(てん)におきたまへり
口語訳8篇1節 主、われらの主よ、あなたの名は地にあまねく、いかに尊いことでしょう。あなたの栄光は天の上にあり、
関根訳8篇2節 われらの主ヤヴェよ、み名は全世界でいかに尊いことでしょう。あなたはあなたの栄光を天に置き給うた。
新共同8篇2節 主よ、わたしたちの主よ あなたの御名は、いかに力強く 全地に満ちていることでしょう。天に輝くあなたの威光をたたえます


補註
「われらの主」と云いて詩篇中始めてエホバを集団の名において呼んでいる。「天におきたまへり」は難解にして諸説あり。


8篇2節なんぢは二三歳にも充たざる*嬰兒(をさなご)*ちのみごが未だ明瞭なる言語をすら発し得ざるに、そ(くち)により*(ちから)(もとゐ)をおきて(てき)にそなへたまへり。それ故に嬰児哺乳児の片言(カタコト)の中にすら神の無限の力が示され、嬰児ちのみごの如き贏弱なる存在そのものすらも、神に対する如何なる敵にも打勝つに充分なる力を有っている。眼をとめて一人の嬰児によりて顕さるる神の御業の奇しさと神の智慧の偉大さとを見よ(マタイ21:16)。こは神に敵する仇人(あたびと)私利私欲に囚われて他人にうらみを(むく)ゆるものとを鎭靜(おししづ)て神に従わしめ神の栄光をして無限に輝かしめんがためなり。嬰児によりて輝き出づる神の栄光のみにても既に全世界の敵をして沈黙せしむるに充分である。

文語訳8篇2節 なんぢは嬰兒(をさなご)ちのみごの(くち)により(ちから)(もとゐ)をおきて(てき)にそなへたまへり こは仇人(あたびと)とうらみを(むく)ゆるものを鎭靜(おししづ)めんがためなり
口語訳8篇2節 みどりごと、ちのみごとの口によって、ほめたたえられています。あなたは敵と恨みを晴らす者とを静めるため、あだに備えて、とりでを設けられました。
関根訳8篇3節 あなたは嬰児(みどりご)乳呑児(ちのみご)の口に力の(もと)いを置き、敵に備え給う、仇する者、敵する者を鎮めんがために。
新共同8篇3節 幼子、乳飲み子の口によって。あなたは刃向かう者に向かって砦を築き 報復する敵を絶ち滅ぼされます。


補註
「嬰児」は自分で歩き遊びなどのできる年頃の小児、「ちのみご」は片言を言う程度の小ども。「力の基を置き」は七十人訳に「讃美を完備し」と訳されマタイ21:16にこれを引用す。


〔2〕人間の微少とその栄光(3−9)
8篇3節空晴れ渡りたる真夜中(われ)なんぢの(ゆび)のわざなる汝の創造し給える(てん)()またその中に(なんぢ)(まう)けたまへる(つき)(ほし)とをみるに、その神秘的なる光輝、その不可思議なる無限の星の世界はまことに美しく且つ偉大であり、

文語訳8篇3節 (われ)なんぢの(ゆび)のわざなる(てん)()なんぢの(まう)けたまへる(つき)(ほし)とをみるに
口語訳8篇3節 わたしは、あなたの指のわざなる天を見、あなたが設けられた月と星とを見て思います。
関根訳8篇4節 あなたの指の業なる天、あなたの(つく)り給うた月と星を見ると
新共同8篇4節 あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。


8篇4節 これに比したならば一見虫けらのごとき存在に過ぎざる*人は》【世人(よのひと)は】いかなるものなればこれを聖念(みこころ)にとめこれを愛し、これを導きたまふや、*(ひと)()一見いたってはかなき蜉蝣(かげろう)のごとき存在でありながらいかなるものなればこれを(かへり)これを見舞い、これを慰めまた救い(たまふ)や。宏大無辺なる天地に比較したならば塵芥のごとき人を神がかくのごとくに取扱い給うことはまことに不可思議の至である。

文語訳8篇4節 世人(よのひと)はいかなるものなればこれを聖念(みこころ)にとめたまふや (ひと)()はいかなるものなればこれを(かへり)みたまふや
口語訳8篇4節 人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。
関根訳8篇5節 あなたが弱き人を顧み人を心にかけ給うことが不思議に(おも)われる。
新共同8篇5節 そのあなたが御心に留めてくださるとは 人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう あなたが顧みてくださるとは。


補註
「人」(現行訳「世の人」)エノーシは人間をその弱さの方面より呼ぶ名、「人の子」ベンアダムは人間を土より創造されしものとして見る。主イエスが自ら「人の子」と呼び給えるはこの詩およびダニエル7:13によれるものなるべし。


8篇5節(なんじ)は((かれ)を)*(かみ)よりも(すこ)しく》【(ただ)すこしく(ひと)(かみ)よりも】(ひく)くつくりて神に近きものたらしめ、あらゆる他の被造物に優れるものとしてこれに(さかえ)尊貴(たふとき)の冠をかぶらせて彼に被造物の王者たる尊敬を与え、

文語訳8篇5節 (ただ)すこしく(ひと)(かみ)よりも(ひく)くつくりて(さかえ)尊貴(たふとき)とをかうぶらせ
口語訳8篇5節 ただ少しく人を神よりも低く造って、栄えと誉とをこうむらせ、
関根訳8篇6節 あなたは人を天使たちよりも少し低くつくり光栄と尊きとを人にこうむらせ
新共同8篇6節 神に僅かに劣るものとして人を造り なお、栄光と威光を冠としていただかせ


補註
「神よりも卑く」を七十人訳は「御使よりも卑く」と訳し、ヘブル2:6−8に本篇4−6を引用する際七十人訳によっている。


*8篇6節またこれに(みて)のわざなる全宇宙(をさ)めしめ、彼を万物の支配者として(創世1:28。ロマ5:17。黙示22:5)萬物(よろづのもの)をその(あし)(した)におきたまへり。かく神は人間を被造物の王、万物の霊長として創造し給い、これに神につぐべき栄光と尊貴とを冠らせ給えり。

文語訳8篇6節 またこれに(みて)のわざを(をさ)めしめ萬物(よろづのもの)をその足下(あしのした)におきたまへり
口語訳8篇6節 これにみ手のわざを治めさせ、よろずの物をその足の下におかれました。
関根訳8篇7節 人をしてあなたのみ手の業を支配させその足もとにすべてのものを置き給うた。
新共同8篇7節 御手によって造られたものをすべて治めるように その足もとに置かれました。


補註
万物を支配することは未だ人間において実現しない。従ってこれはメシヤの預言として適切であり、再臨のキリスト・イエスにおいてその成就を見る。


8篇7節かくして神の創り給えるすべての(ひつじ)、うし等の家畜また()(けもの)

文語訳8篇7節 すべての(ひつじ)うし また()(けもの)
口語訳8篇7節 すべての羊と牛、また野の獣、
関根訳8篇8節 すべての羊や牛、野の獣、
新共同8篇8節 羊も牛も、野の獣も


8篇8節そらの(とり)、うみの(うを)、もろもろの海路(うみぢ)をかよふ諸種の水生動物その他のものをまで(みな)しかなしてこれを人の支配の下に置き、人をその支配者となせり。

文語訳8篇8節 そらの(とり) うみの(うを) もろもろの海路(うみじ)をかよふものをまで(みな)しかなせり
口語訳8篇8節 空の鳥と海の魚、海路を通うものまでも。
関根訳8篇9節 空の鳥と海の魚、海路を泳ぐものなどをもしかなし給うた。
新共同8篇9節 空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。


*8篇9節 われらの(しゆ)エホバよ、重ねて言う、なんぢの御名(みな)は《全地(ぜんち)(おい)て》【()にあまねくして】(如何(いか)に)(たふと)きかな。

文語訳8篇9節 われらの(しゆ)ヱホバよなんぢの(みな)()にあまねくして(たふと)きかな
口語訳8篇9節 主、われらの主よ、あなたの名は地にあまねく、いかに尊いことでしょう。
関根訳8篇10節 われらの主ヤヴェよみ名は全世界でいかに尊いことでしょう。
新共同8篇10節 主よ、わたしたちの主よ あなたの御名は、いかに力強く 全地に満ちていることでしょう。


補註
第1節の反復。