コロサイの信徒への手紙3章11節
そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。
[→ネストレ引照]
●ローマの信徒への手紙 10章12節
10章12節 ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。
●コリントの信徒への手紙一 12章13節
12章13節 つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。
●コリントの信徒への手紙一 7章19節
7章19節 割礼の有無は問題ではなく、大切なのは神の掟を守ることです。
●使徒言行録 28章2節
28章2節 島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。
●エフェソの信徒への手紙 6章8節
6章8節 あなたがたも知っているとおり、奴隷であっても自由な身分の者であっても、善いことを行えば、だれでも主から報いを受けるのです。
●エフェソの信徒への手紙 1章23節
1章23節 教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。