コリントの信徒への手紙一13章12節
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。
●ヤコブの手紙 1章23節
1章23節 御言葉を聞くだけで行わない者がいれば、その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています。
●民数記 12章8節
12章8節 口から口へ、わたしは彼と語り合う/あらわに、謎によらずに。主の姿を彼は仰ぎ見る。あなたたちは何故、畏れもせず/わたしの僕モーセを非難するのか。」
●創世記 32章31節
32章31節 ヤコブは、「わたしは顔と顔とを合わせて神を見たのに、なお生きている」と言って、その場所をペヌエル(神の顔)と名付けた。
●コリントへの信徒への手紙二 5章7節
5章7節 目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです。
●コリントの信徒への手紙一 8章2節 - 3節
8章2節 自分は何か知っていると思う人がいたら、その人は、知らねばならぬことをまだ知らないのです。
8章3節 しかし、神を愛する人がいれば、その人は神に知られているのです。
●ガラテヤの信徒への手紙 4章9節
4章9節 しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。
●テモテへの手紙二 2章19節
2章19節 しかし、神が据えられた堅固な基礎は揺るぎません。そこには、「主は御自分の者たちを知っておられる」と、また「主の名を呼ぶ者は皆、不義から身を引くべきである」と刻まれています。
●ヨハネによる福音書 10章14節!
10章14節 わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。