黒崎幸吉著 旧約聖書略註 Web版 詩篇
詩篇 第10篇
第9篇の緒言を見よ、本篇はその一部をなす。
〔1〕あしきものの途(1−11)
10篇1節(ל)ああエホバよ、かかる絶望的苦難に際して、あたかも無関心なるがごとく何ぞ*はるかに立ちて手を下さずにい給ふや、なんぞ絶望的なる(9:9)患難のときに御面を示さずして匿れたまふや。
文語訳 | 10篇1節 あゝヱホバよ何ぞはるかに立ちたまふや なんぞ患難のときに匿れたまふや
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口語訳 | 10篇1節 主よ、なにゆえ遠く離れて立たれるのですか。なにゆえ悩みの時に身を隠されるのですか。
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関根訳 | 10篇1節 ヤハヴェよ、何故遠く離れて立ち悩みのときにおのれを隠し給うや。
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新共同 | 10篇1節 主よ、なぜ遠く離れて立ち 苦難の時に隠れておられるのか。
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補註
「はるかに立つ」「匿れる」等は人間より見たる心持、あたかもエホバが助けんとし給わざるかのごとく見ゆ。2−11に頭文字の六字を欠く、この部分は他の詩の挿入と見るべきであろう。
*10篇篇2節あしき人は悪を悪とも思わず、たかぶりて哀れなる苦しむものを甚だしく《せめ、それがために*かれら苦しむ者らはその悪しき者らのくはだてし謀略にとらはる。》【せむ、かれらをそのくはだての謀略にとらはれしめたまへ】
文語訳 | 10篇2節 あしき人はたかぶりて苦しむものを甚だしくせむ かれらをそのくはだての謀略にとらはれしめたまへ
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口語訳 | 10篇2節 悪しき者は高ぶって貧しい者を激しく責めます。どうぞ彼らがその企てたはかりごとにみずから捕えられますように。
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関根訳 | 10篇2節 悪しき者は高ぶり、苦しむ者をいたく責める。その企てた計画に彼らを捕えさせ給え。
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新共同 | 10篇2節 貧しい人が神に逆らう傲慢な者に責め立てられて その策略に陥ろうとしているのに。
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補註
「かれら」を「あしき人」と見れば現行訳のごとくに訳すべく、これを「苦しむもの」と解すれば私訳のごとくになる。悪人の行為の一部と見る。
10篇3節あしきひとは己がこゝろの中に燃ゆる恥づべき《慾を讃美し、》【欲望をほこり】貪るもの他より奪いとるものをあたかも善をなすもののごとく祝して、反対に義しき神に在すエホバをかろしむ。かくして悪しき人はエホバを無視しその審判を軽蔑し、あたかも神無きもののごとくに振舞う。
文語訳 | 10篇3節 あしきひとは己がこゝろの欲望をほこり貪るものを祝してヱホバをかろしむ
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口語訳 | 10篇3節 悪しき者は自分の心の願いを誇り、むさぼる者は主をのろい、かつ捨てる。
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関根訳 | 10篇3節 げに悪しき者はその心の欲をよしとしむさぼる者はヤハヴェをすてて呪う。
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新共同 | 10篇3節 神に逆らう者は自分の欲望を誇る。貪欲であり、主をたたえながら、侮っている。
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10篇4節あしき人は勝手に罪を犯しつつほこりかに〔いふ〕、『神は我らの罪を《*問糺し(9:12参照)てこれを罰し給ふことなし》』【さぐりもとむることをせざるなり】と。要するに《神なしとはそのおもひの凡てなり。》【凡てそのおもひに神なしとせり】
文語訳 | 10篇4節 あしき人はほこりかにいふ 神はさぐりもとむることをせざるなりと 凡てそのおもひに神なしとせり
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口語訳 | 10篇4節 悪しき者は誇り顔をして、神を求めない。その思いに、すべて「神はない」という。
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関根訳 | 10篇4節 悪しき者は鼻たかだかで言う、彼はあずかり知らぬ、と。おのれの前に神をおかぬ、これ彼のすべての思い。
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新共同 | 10篇4節 神に逆らう者は高慢で神を求めず 何事も神を無視してたくらむ。
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補註
「さぐりもとむ」は9:12の「問糺す」と同語、罪の報としての罰を追求すること。
10篇5節悪しき人の自ら信ずる処によればかれの途はつねに堅くして栄え、不運に遇うことなくなんぢエホバの審判は《高くかれを離れ》【その眼よりはなれて高し】て決して彼の上に降らず、彼はそのもろもろの敵を軽蔑し、鼻であしらいくちさきらにて吹く。
文語訳 | 10篇5節 かれの途はつねに堅くなんぢの審判はその眼よりはなれてたかし 彼はそのもろもろの敵をくちさきらにて吹く
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口語訳 | 10篇5節 彼の道は常に栄え、あなたのさばきは彼を離れて高く、彼はそのすべてのあだを口先で吹く。
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関根訳 | 10篇5節 その道はつねに栄える。あなたの審きは彼から遠くその上を過ぎゆきそのすべての敵に彼はその息をふきかける。
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新共同 | 10篇5節 あなたの裁きは彼にとってはあまりにも高い。彼の道はどのようなときにも力をもち 自分に反対する者に自分を誇示し
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10篇6節かくて己がこころの中にひとり誇り高ぶりていふ『我如何なることありとも堅く立つが故にうごかさるることなく、また如何に罪の生活を送るとも罰し給う神なき故世々われに禍害なかるべし』と。まことにこれらの言葉は神を信ずる者のみ言うべき言であるけれども、彼らは自らを神として誇りかにかく云う。
文語訳 | 10篇6節 かくて己がこゝろの中にいふ 我うごかさるゝことなく世々われに禍害なかるべしと
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口語訳 | 10篇6節 彼は心の内に言う、「わたしは動かされることはなく、世々わざわいにあうことがない」と。
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関根訳 | 10篇6節 彼はその心にいう、わたしは動かされない、いつまでも災いにあうことはない、と。
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新共同 | 10篇6節 「わたしは揺らぐことなく、代々に幸せで 災いに遭うことはない」と心に思う。
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*10篇7節彼らははなはだしく悪しきが故にその口にはのろひと虚偽としへたげとみち、祝福と真実と愛隣の言葉は一つとしてその口より出づることなくその舌の下には殘害とよこしまとありて、これをもって多くの人をなやます。
文語訳 | 10篇7節 その口にはのろひと虚僞としへたげとみち その舌のしたには殘害とよこしまとあり
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口語訳 | 10篇7節 その口はのろいと、欺きと、しえたげとに満ち、その舌の下には害毒と不正とがある。
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関根訳 | 10篇7節 その口は呪いと偽りと暴逆にみちその舌のかげには禍害と邪悪がある。
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新共同 | 10篇7節 口に呪い、詐欺、搾取を満たし 舌に災いと悪を隠す。
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補註
パウロは人間の罪の深さの例としてこの節をロマ3:14に引用す。
*10篇8節かれは追剥ぎのごとくに村里のかくれたる處にをりて敵を狙い、隠やかなるところにて人に知られぬように罪なきものを《ころし》【ころす】で残虐なる行為を敢えてしその眼はひそかに倚仗なきものを《狙ふ。》【うかがひ】弱者を苦しめることにおいてその全力をつくす。
文語訳 | 10篇8節 かれは村里のかくれたる處にをり 隱やかなるところにて罪なきものをころす その眼はひそかに倚仗なきものをうかがひ
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口語訳 | 10篇8節 彼は村里の隠れ場におり、忍びやかな所で罪のない者を殺す。その目は寄るべなき者をうかがい、
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関根訳 | 10篇8節 彼は村里に待ちぶせして罪なき者をひそかに殺しその眼はよるべなき者をうかがう。
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新共同 | 10篇8節 村はずれの物陰に待ち伏せし 不運な人に目を付け、罪もない人をひそかに殺す。
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補註
8−11節は追剥ぎ強盗に譬えたる言。
10篇9節彼はまた窟にをる獅のごとく*潜みまちて、その獲物を狙い*苦しむもの貧しきものをとらへんために潜み待ちて伏ねらひ、*貧しきもの苦しむものをその網にひきいれてとらふ。まことに残酷の極である。
文語訳 | 10篇9節 窟にをる獅のごとく潛みまち苦しむものをとらへんために伏しねらひ貧しきものをその網にひきいれてとらふ
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口語訳 | 10篇9節 隠れ場にひそむししのように、ひそかに待ち伏せする。彼は貧しい者を捕えようと待ち伏せし、貧しい者を網にひきいれて捕える。
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関根訳 | 10篇9節 彼はやぶの中の獅子のようにかくれて待ちぶせし苦しむ者をとらえようと網をはって待ちぶせする。
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新共同 | 10篇9節 茂みの陰の獅子のように隠れ、待ち伏せ 貧しい人を捕えようと待ち伏せ 貧しい人を網に捕えて引いて行く。
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補註
「潜みまち」と「伏しねらひ」、「苦しむもの」と「貧しきもの」はそれぞれ原語同一、現行訳は文章の修飾としてこれを別の文字にて訳したるならん。
10篇10節また身をかがめて獅子が獲物を狙うがごとくに蹲まる、《よるべなきものはその追剥ぎ強盗の手下なる強き者どもによりて》【その強勁によりて依仗なきものは】仆る。
文語訳 | 10篇10節 また身をかゞめて蹲る その強勁によりて依仗なきものは仆る
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口語訳 | 10篇10節 寄るべなき者は彼の力によって打ちくじかれ、衰え、倒れる。
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関根訳 | 10篇10節 彼はうずくまり、彼はかがんで、その手中によるべなき者はおちいる。
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新共同 | 10篇10節 不運な人はその手に陥り 倒れ、うずくまり
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10篇11節かくして悪しき者はその暴力を振いつつ少しも神の審判を受けざるを見てかれ心のうちにいふ『〔神は〕忘れたり、もはや我が罪を思い出さざるべし、〔神は〕その面をかくせり、我が残虐を見給うことなからん。〔神は〕決して我が行爲をみることなかるべし』と。かくして悪しき者は安んじてその悪を行う。
文語訳 | 10篇11節 かれ心のうちにいふ 神はわすれたり神はその面をかくせり神はみることなかるべしと
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口語訳 | 10篇11節 彼は心のうちに言う、「神は忘れた、神はその顔を隠した、神は絶えて見ることはなかろう」と。
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関根訳 | 10篇11節 彼はその心の中でいう、神は忘れ、そのみ顔をかくし、とこしえに見給わぬ、と。
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新共同 | 10篇11節 心に思う 「神はわたしをお忘れになった。御顔を隠し、永久に顧みてくださらない」と。
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〔2〕神よ審き給え(12−18)
10篇12節(ק)悪しき者はかくして弱き者をなやましつつあればエホバよ、何時までも知らざるもののごとくに臥し給うことなく、弱き者の救のために起きたまへ、神よ、手をあげて弱きを助け、悪しきを撲ちこらしたまへ、貧しくして苦しむものを忘れたまふなかれ(9:12)。
文語訳 | 10篇12節 ヱホバよ起きたまへ神よ手をあげたまへ 苦しむものを忘れたまふなかれ
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口語訳 | 10篇12節 主よ、立ちあがってください。神よ、み手をあげてください。苦しむ者を忘れないでください。
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関根訳 | 10篇12節 ヤハヴェよ、立ち↓がり、み手をあげ給え、苦しむ者を忘れ給うな。
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新共同 | 10篇12節 立ち上がってください、主よ。神よ、御手を上げてください。貧しい人を忘れないでください。
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補註
この節より再び頭文字が順を追うて用いらる。
10篇13節いかなれば惡きもの、神をいやしめて心の中に『なんぢ我が罪を《問糺すこと》【探り求むること】をせじ』と云ふや(9:12)。彼らは全く神の存在を軽視している故、これを赦しておくことはできない。
文語訳 | 10篇13節 いかなれば惡しきもの神をいやしめて 心中になんぢ探求むることをせじといふや
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口語訳 | 10篇13節 なにゆえ、悪しき者は神を侮り、心のうちに「あなたはとがめることをしない」と言うのですか。
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関根訳 | 10篇13節 何故悪しき者は神をすて、その心に、あなたはあずかり知らぬ、というのか。
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新共同 | 10篇13節 なぜ、逆らう者は神を侮り 罰などはない、と心に思うのでしょう。
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補註
13、15節、「探求む」を「問糺す」と私訳せる所以は上記4節を見よ。
10篇14節(ר)しかしながらなんぢは視たまへり、決して放置し給えるにあらず、(そは)その殘害と怨恨とを見てこれに手をくだし《たまひたればなり。》【たまへり】汝は決してこれを見過し給うことなし。それゆえによるべなきものは身をなんぢに委《ね》【ぬ】て汝の庇護の下に立ち汝は《孤子の援助者にいましたまへり。》【昔しより孤子をたすけたまふ者なり】それ故に苦しむ者、なやむ者は皆なんぢに来る。
文語訳 | 10篇14節 なんぢは鑒たまへり その殘害と怨恨とを見てこれに手をくだしたまへり 倚仗なきものは身をなんぢに委ぬ なんぢは昔より孤子をたすけたまふ者なり
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口語訳 | 10篇14節 あなたはみそなわし、悩みと苦しみとを見て、それをみ手に取られます。寄るべなき者はあなたに身をゆだねるのです。あなたはいつもみなしごを助けられました。
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関根訳 | 10篇14節 あなたは禍害としいたげを見そなわし、これを見て、これを手にとられる。よるべき者はあなたに依り頼む。あなたは孤児を助けられる。
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新共同 | 10篇14節 あなたは必ず御覧になって 御手に労苦と悩みをゆだねる人を 顧みてくださいます。不運な人はあなたにすべてをおまかせします。あなたはみなしごをお助けになります。
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10篇15節(ש)ねがはくは惡きものの臂ををりて彼をして悪を為すを得ざらしめたまへ、あしき者をば、その惡事を一つだにのこらぬまでに《問糺したまへ。》【探究したまへ】その罪は罰せずにおくべきにあらず。
文語訳 | 10篇15節 ねがはくは惡しきものの臂ををりたまへあしきものの惡事を一つだにのこらぬまでに探究したまへ
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口語訳 | 10篇15節 悪しき者と悪を行う者の腕を折り、その悪を一つも残さないまでに探り出してください。
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関根訳 | 10篇15節 不法なる悪しき者の腕を折り給え、その悪を罰し、赦し給うな。
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新共同 | 10篇15節 逆らう者、悪事を働く者の腕を挫き 彼の反逆を余すところなく罰してください。
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10篇16節エホバは《世々限りなく》【いやとほながに】王なり、如何なる悪人も彼に敵することあたわず、彼に敵する《異邦の民ら》【もろもろの國民】はほろびて神の國より跡を《たつに至らん》【たちたり】これ神の国の真の姿なり。
文語訳 | 10篇16節 ヱホバはいやとほながに王なり もろもろの國民はほろびて神の國より跡をたちたり
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口語訳 | 10篇16節 主はとこしえに王でいらせられる。もろもろの国民は滅びて主の国から跡を断つでしょう。
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関根訳 | 10篇16節 ヤハヴェはとこしえに王にいます。異国の民はその国から跡をたつ。
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新共同 | 10篇16節 主は世々限りなく王。主の地から異邦の民は消え去るでしょう。
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10篇17節(ת)エホバよ、汝は圧迫されてくるしむ者の懇求をききたまへり、汝来りて彼らをたすけその心をかたくして動揺なからしめたまはん、なんぢはなやむる者の叫びに耳をかたぶけてきき、
文語訳 | 10篇17節 ヱホバよ汝はくるしむものの懇求をきゝたまへり その心をかたくしたまはん なんぢは耳をかたぶけてきゝ
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口語訳 | 10篇17節 主よ、あなたは柔和な者の願いを聞き、その心を強くし、耳を傾けて、
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関根訳 | 10篇17節 ヤハヴェよ、あなたは苦しむ者の願いをききあなたの耳を傾け、彼の心をかたくする。
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新共同 | 10篇17節 主よ、あなたは貧しい人に耳を傾け その願いを聞き、彼らの心を確かにし
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10篇18節孤子と虐げらる者とのために義しき審判をなし、地につける人に過ぎざる彼ら悪しき人をして《*此上にも弱き者を苦しむることによりて義しき者に恐を与へ》【ふたたび恐嚇をもちひ】ざらしめ給はん。
文語訳 | 10篇18節 孤子と虐げらるゝ者とのために審判をなし地につける人にふたゝび恐嚇をもちひざらしめ給はん
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口語訳 | 10篇18節 みなしごと、しえたげられる者とのためにさばきを行われます。地に属する人は再び人を脅かすことはないでしょう。
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関根訳 | 10篇18節 孤児としいたげられる者のために審きを行ないこの国の人を再び恐れさす者はない
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新共同 | 10篇18節 みなしごと虐げられている人のために 裁きをしてくださいます。この地に住む人は 再び脅かされることがないでしょう。
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補註
「ふたたび恐嚇をもちひざらしめ給はん」は「ふたたび恐れしめらるる事なからん」とも訳す。この場合「地につける人」は弱き人を指すこととなる。