黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版使徒行伝

使徒行伝第18章

分類
5 異邦に於けるパウロの伝道 13:1 - 21:16
5-3 パウロの第二伝道旅行 15:36 - 18:23
5-3-7 コリントに於けるパウロ 18:1 - 18:17
5-3-7-イ パウロの自任法 18:1 - 18:4

18章1節 この(のち)パウロ、アテネを(はな)れてコリントに(いた)り、[引照]

口語訳その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。
塚本訳その後パウロはアテネを去って、コリントに行った。
前田訳その後、彼(パウロ)はアテナイを去ってコリントヘ来た。
新共同その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。
NIVAfter this, Paul left Athens and went to Corinth.
註解: コリントはアテネを距(へだて)る八十キロ、アカヤの首都でローマとアジヤとの通商要路に当り人口稠密の商業都市であった、多種の人種が雑居し、風俗は乱れて居った。斯る処に却って神の民が見出さるるのである(10節)。尚コリント前書註解の緒言を見よ。

18章2節 アクラと()ふポントに(うま)れたるユダヤ(びと)()ふ。[引照]

口語訳そこで、アクラというポント生れのユダヤ人と、その妻プリスキラとに出会った。クラウデオ帝が、すべてのユダヤ人をローマから退去させるようにと、命令したため、彼らは近ごろイタリヤから出てきたのである。
塚本訳そこで、偶然アクラというポント生まれのユダヤ人、およびその妻プリスキラと知合いになった。二人は(皇帝)クラウデオがユダヤ人全体にローマ退去の命令を出したため、最近イタリヤから来ていたのであった。パウロが彼らを訪ねると、
前田訳そこでポント生まれのアクラというユダヤ人とその妻プリスキラとに出会った。ふたりは、クラウデウスがユダヤ人全部にローマを去るよう命じたので、近ごろイタリアから来ていた。パウロが彼らを訪ねると、
新共同ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、
NIVThere he met a Jew named Aquila, a native of Pontus, who had recently come from Italy with his wife Priscilla, because Claudius had ordered all the Jews to leave Rome. Paul went to see them,
註解: ポントは小アジヤの北部黒海の岸、アクラは其妻プリスキラ(または略してプリスカと云う、ロマ16:3)と共にローマに赴き、逐われてコリントに来り、更にパウロと共にエペソに行き、其後またロマ、エペソ等各地に転住して居った。その商売上の必要も有ったのであろう。

クラウデオ、ユダヤ(びと)にことごとくロマを退(しりぞ)くべき(めい)(くだ)したるによりて、

註解: スエトニウスのクラウデオ伝によれば追放の理由としては「ユダヤ人らはクレストスなる者の煽動によりて絶えず紛擾を醸して居ったから」との事である。このクレストスをクリストス即ちキリストの事と解する学者(E0、H0、R0)とこれを別人とする説(M0)とあり。前者を採る。恐らくキリスト問題(メシヤ問題)を中心としてユダヤ人の間にこの頃既に意見の相違が起って居ったのであろう。但しこのクラウデオ帝の布令は其後間もなく効力を失って居ったものと見える、(28:17-29。ロマ16:3)。

近頃(ちかごろ)その(つま)プリスキラと(とも)にイタリヤより(きた)りし(もの)なり。

註解: アクラ、プリスキラ夫妻がこの時既に基督者であったか、または後に信仰に入ったかは不明であるが、パウロとの関係を始めより同信の友の如き心持を以て録して居る事実を見れば、彼らは既にローマに於て信仰に入ったのであろう(ラツカム)。但しパウロによりて回心せるものまたは確信を得るに至りしものとする学者も少なくない(E0、M0)。

18章3節 パウロ()(もと)(いた)りしに、同業(どうげふ)なりしかば(とも)()りて(わざ)をなせり。(かれ)らの(わざ)幕屋(まくや)製造(つくり)なり。[引照]

口語訳パウロは彼らのところに行ったが、互に同業であったので、その家に住み込んで、一緒に仕事をした。天幕造りがその職業であった。
塚本訳同業であったので、その家に泊まって一緒に仕事をした。職業は天幕造りであった。
前田訳同業であったので、彼らのところに泊まって仕事をした。彼らの職業はテント造りであった。
新共同職業が同じであったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった。
NIVand because he was a tentmaker as they were, he stayed and worked with them.
註解: ユダヤのラビは自活し得る様に何等かの商売を習う事の慣しがあった。パウロの故郷キリキヤ産の天幕用布は殊に尊重されて居った(S1)。パウロは故郷に於てこの業を習得したのであろう。但し幕屋製造はむしろ布を以て天幕を仕立てる裁縫仕事であるとする方が適当であろう。

18章4節 (かく)安息(あんそく)(にち)(ごと)會堂(くわいだう)にて(ろん)じ、ユダヤ(びと)とギリシヤ(びと)とを(すす)む。[引照]

口語訳パウロは安息日ごとに会堂で論じては、ユダヤ人やギリシヤ人の説得に努めた。
塚本訳パウロは安息日のたびごとに礼拝堂で話をして、ユダヤ人、異教人の別なく、説得しようとした。
前田訳パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人をもギリシア人をも説得しようとした。
新共同パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた。
NIVEvery Sabbath he reasoned in the synagogue, trying to persuade Jews and Greeks.
註解: この頃のパウロの論調は、アテネに於ける哲学的論調(17:23-31)を抛棄して、単純に主イエスの十字架とその復活とにつき語った(Iコリ2:1、2。15:1-4)。
辞解
[勧む] epeithen なる未完了過去形を用い次から次へと説明し(▲また説得し)た事を示す。

5-3-7-ロ パウロの伝道 18:5 - 18:11

18章5節 シラスとテモテとマケドニヤより(きた)りて(のち)は、[引照]

口語訳シラスとテモテが、マケドニヤから下ってきてからは、パウロは御言を伝えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちに力強くあかしした。
塚本訳しかしシラスとテモテとがマケドニアから下ってきてからは、パウロは(生活の心配がなくなったので)ただ御言葉(を伝えること)に身をゆだね、ユダヤ人にイエスが(彼らの待ち望んでいる)救世主であることを証しした。
前田訳しかし、シラスとテモテとがマケドニアから下って来てからは、パウロは専心みことばを伝え、ユダヤ人たちにイエスがキリストであることを証した。
新共同シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした。
NIVWhen Silas and Timothy came from Macedonia, Paul devoted himself exclusively to preaching, testifying to the Jews that Jesus was the Christ.
註解: 17:15及17:16註参照。此処でベレヤ以来三人始めて一処に落合った。

パウロ(もっぱ)御言(みことば)()ぶることに(つと)め、

註解: 「御言に捕えられ」または「御言に専念し」等の意、原語suechomai。IIコリ5:14の「迫れり」と同語。シラスとテモテとの到着せる後は心に安心を得たのと、手仕事に従事する時間を幾分省く事が出来たから(但しIコリ9:12)、パウロは伝道に専念した。

イエスのキリストたることをユダヤ(びと)(あかし)せり。

註解: 福音の中心点はイエスがメシヤ即ちキリストなりや否やの点である。この点が決定すれば、他の諸点は自然に解決する。

18章6節 (しか)るに、(かれ)(これ)(さから)ひ、かつ(ののし)りたれば、パウロ(ころも)(はら)ひて()[引照]

口語訳しかし、彼らがこれに反抗してののしり続けたので、パウロは自分の上着を振りはらって、彼らに言った、「あなたがたの血は、あなたがた自身にかえれ。わたしには責任がない。今からわたしは異邦人の方に行く」。
塚本訳しかしユダヤ人にはこれに反対して(イエスを)冒涜するので、パウロは(絶縁のしるしに)上着の塵を払いおとして彼らに言った、「(最後の裁きの日に流す)あなた達の血の責任は、あなた達自身に負わされる!わたしは良心の咎めなく(あなた達をすてて、)今からのち異教人へ(伝道に)行く。」
前田訳彼らが反対して侮辱するので、パウロは上衣の塵を払っていった、「あなた方の血は自らの上にかかれ。わたしに責めはない。今からのちは異邦人の方へ行く」と。
新共同しかし、彼らが反抗し、口汚くののしったので、パウロは服の塵を振り払って言った。「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。わたしには責任がない。今後、わたしは異邦人の方へ行く。」
NIVBut when the Jews opposed Paul and became abusive, he shook out his clothes in protest and said to them, "Your blood be on your own heads! I am clear of my responsibility. From now on I will go to the Gentiles."
註解: パウロはユダヤ人らの反対に遭い、その罪が自己に附着せざる様にとの意味を表す態度としてその衣を払った(13:51)。

『なんぢらの()(なんぢ)らの(こうべ)()すべし、(われ)(いさぎ)よし、(いま)より異邦人(いはうじん)()かん』

註解: 「なんぢらの血」は「汝らの上に下る審判によりて流さるる血」を意味す、即ち神の遣し給えるキリストを拒む事によりて神の審判が彼らの上に下るであろう事を宣言し、パウロ自身はその審判に関りなき事を示す。パウロは何時もユダヤ人を先にし、彼らが福音を拒むに及んで異邦人に伝道した。

18章7節 (つい)此處(ここ)()りて(かみ)(うやま)ふテテオ・ユストと()(ひと)(いへ)(いた)る。この(いへ)會堂(くわいだう)(とな)れり。[引照]

口語訳こう言って、彼はそこを去り、テテオ・ユストという神を敬う人の家に行った。その家は会堂と隣り合っていた。
塚本訳そしてそこ[礼拝堂]を去り、テテオ・ユストという敬神家の家に行っ(て伝道を始め)た。その家は礼拝堂の隣にあった。
前田訳そしてそこを去り、テテオ・ユストという敬神家の家に入った。その家は会堂の隣にあった。
新共同パウロはそこを去り、神をあがめるティティオ・ユストという人の家に移った。彼の家は会堂の隣にあった。
NIVThen Paul left the synagogue and went next door to the house of Titius Justus, a worshiper of God.
註解: パウロがその宿舎をアクラの家よりユストの家に移したと云う意味ではなく、19:9の如く福音を宣ぶる場所をユダヤ人の会場より移してその隣家ユストの家に移したのであった。ユストは神を敬う人即ち改宗者であった。何ゆえにパウロが態々会堂の隣家で福音を伝えたかは不明である。特にこれを選んだとすれば、道を求むるユダヤ人にも便宜多き様取計らったのであろう(B1)。
辞解
[テテオ・ユスト] 異本テトス・ユストまたは単にユストとあり。

18章8節 會堂(くわいだう)(つかさ)クリスポその家族(かぞく)一同(いちどう)(とも)(しゅ)(しん)じ、また(おほ)くのコリント(びと)()きて(しん)じ、かつバプテスマを()けたり。[引照]

口語訳会堂司クリスポは、その家族一同と共に主を信じた。また多くのコリント人も、パウロの話を聞いて信じ、ぞくぞくとバプテスマを受けた。
塚本訳しかし礼拝堂監督のクリスポは全家族そろって主を信じた。また多くのコリント人もパウロの話を聞き、つぎつぎに信じて洗礼を受けた。
前田訳会堂司クリスポは一家そろって主を信じた。そして多くのコリント人もパウロに耳傾けてつぎつぎに信じ、また洗礼をうけた。
新共同会堂長のクリスポは、一家をあげて主を信じるようになった。また、コリントの多くの人々も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けた。
NIVCrispus, the synagogue ruler, and his entire household believed in the Lord; and many of the Corinthians who heard him believed and were baptized.
註解: コリントに於てパウロ自らバプテスマを授けしものの一人はこのクリスポであった(Iコリ1:14)(▲このバプテスマの中パウロ自身の授けたのはクリスポだけであった(Tコリ1:14))。会堂司すら信ずるに至った事はユダヤ人に取って大なる驚駭であったに相違ない。況んや多くの信徒が出来た事は彼らをしてパウロに対する迫害を強化せしむるに充分であった(IIテサ3:2参照)。

18章9節 (しゅ)(よる)まぼろしの(うち)にパウロに()(たま)ふ『おそるな、(かた)れ、(もく)すな、[引照]

口語訳すると、ある夜、幻のうちに主がパウロに言われた、「恐れるな。語りつづけよ、黙っているな。
塚本訳するとある夜主が幻でパウロに言われた、「“恐れることはない。”語りつづけよ、沈黙するな。
前田訳主はある夜、幻でパウロにいわれた、「おそれるな、語りつづけて沈黙するな。
新共同ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。
NIVOne night the Lord spoke to Paul in a vision: "Do not be afraid; keep on speaking, do not be silent.

18章10節 (われ)なんぢと(とも)にあり、(たれ)(なんぢ)()めて(そこな)(もの)なからん。()(まち)には(おほ)くの()(たみ)あり』[引照]

口語訳あなたには、わたしがついている。だれもあなたを襲って、危害を加えるようなことはない。この町には、わたしの民が大ぜいいる」。
塚本訳“わたしはいつもあなたと一緒にいて、”だれもあなたを襲って害を加える者はない“のだから。”またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」
前田訳わたしはあなたとともにあり、だれもあなたを襲って害を加えまい。この町にはわが民が多いから」と。
新共同わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」
NIVFor I am with you, and no one is going to attack and harm you, because I have many people in this city."
註解: 16:9の場合の如く、パウロは此処でも亦幻影を見てその態度を決定しいよいよ勇敢に福音を宣伝えた。蓋しパウロは多くの迫害を受けて苦んで居った時にこの声を聴いたのであろう。もし然りとすればこの御言はパウロを力付ける事多大であった。
辞解
10節前半は「おそるな」の理由、後半は「語れ、黙すな」の理由に当る。

18章11節 (かく)てパウロ一年(ひととせ)六个月(ろくかげつ)ここに(とどま)りて(かみ)(ことば)(をし)へたり。[引照]

口語訳パウロは一年六か月の間ここに腰をすえて、神の言を彼らの間に教えつづけた。
塚本訳そこでパウロは一年六か月の(長い)あいだ(コリントに)とどまっていて、人々の間で神の言葉を教えた。
前田訳そこでパウロは一年六か月の間とどまって、彼らの間で神のことばを教えた。
新共同パウロは一年六か月の間ここにとどまって、人々に神の言葉を教えた。
NIVSo Paul stayed for a year and a half, teaching them the word of God.
註解: パウロとしてはエペソに次ぐ長期の滞在であった。(19:20)それにも関らず後に反パウロ党が起り(Iコリ1:12)、またはパウロの使徒たる資格を疑う者が起った事は(IIコリ1:17)彼に取りて大なる悲しみであったに相違ない。

5-3-7-ハ パウロ、ガリオ総督の前に引出さる 18:12 - 18:17

18章12節 ガリオ、アカヤの總督(そうとく)たる(とき)[引照]

口語訳ところが、ガリオがアカヤの総督であった時、ユダヤ人たちは一緒になってパウロを襲い、彼を法廷にひっぱって行って訴えた、
塚本訳(その間にこんな事件があった。)ガリオがアカヤ(州)の地方総督であったとき、(ここの)ユダヤ人はパウロに向かって一せいに立ち上がり、彼を裁判席に引き出して
前田訳ガリオがアカイアの地方総督であったとき、ユダヤ人がこぞってパウロに反抗して法延に引いて行き、
新共同ガリオンがアカイア州の地方総督であったときのことである。ユダヤ人たちが一団となってパウロを襲い、法廷に引き立てて行って、
NIVWhile Gallio was proconsul of Achaia, the Jews made a united attack on Paul and brought him into court.
註解: ガリオ、本名ノヴァツス、有名なるストア哲学者セネカの兄弟で、雄弁家ガリオの養子となる。柔和なる好人物たりし事で有名である。ガリオの総督たりし年代は使徒行伝の年代を決定すべき重要なる手掛りであるけれども諸説あり、恐らく五十年前後ならん、アカヤはギリシヤ全土を指す、総督 anthupatos は元老院所領の長官。

ユダヤ(びと)(こころ)(ひと)つにしてパウロを()め、審判(さばき)()()きゆき、

18章13節 『この(ひと)律法(おきて)にかなはぬ仕方(しかた)にて(かみ)(をが)むことを(ひと)(すす)む』と()ひたれば、[引照]

口語訳「この人は、律法にそむいて神を拝むように、人々をそそのかしています」。
塚本訳こう言っ(て訴え)た、「この者は人々を説き伏せて、(われわれユダヤ人の)律法にそむいて神を拝ませようとしています。」
前田訳「この人は律法に反して神を敬うよう人々を説き伏せています」といった。
新共同「この男は、律法に違反するようなしかたで神をあがめるようにと、人々を唆しております」と言った。
NIV"This man," they charged, "is persuading the people to worship God in ways contrary to the law."
註解: ユダヤ人に取りてはパウロが律法や伝統に束縛せられずに自由なる信仰を伝えて居る事が気に入らなかった。宗教は常に死せる形式に化せんとする傾向あり、この形式的なるものは常に生命の活躍する信仰を憎む。但しこのユダヤ人の訴はあまりに宗教的に過ぎて総督はこれを取り入れなかった。

18章14節 パウロ(くち)(ひら)かんとせしに、ガリオ、ユダヤ(びと)()ふ『ユダヤ(びと)よ、不正(ふせい)または奸惡(かんあく)(こと)ならば、()(なんぢ)らに()くは道理(ことわり)なれど、[引照]

口語訳パウロが口を開こうとすると、ガリオはユダヤ人たちに言った、「ユダヤ人諸君、何か不法行為とか、悪質の犯罪とかのことなら、わたしは当然、諸君の訴えを取り上げもしようが、
塚本訳そこでパウロが(弁明のため)口を開こうとすると、ガリオがユダヤ人に言った、「ユダヤ人諸君、もしこれが何か不正をしたとか、悪事をはたらいたとかいうのであったら、わたしはあなた達の希望どおりに訴えを認めるが、
前田訳パウロが口を開こうとすると、ガリオはユダヤ人にいった、「ユダヤ人の方々、不正や悪質の犯罪であったら、当然あなた方の訴えを取り上げよう。
新共同パウロが話し始めようとしたとき、ガリオンはユダヤ人に向かって言った。「ユダヤ人諸君、これが不正な行為とか悪質な犯罪とかであるならば、当然諸君の訴えを受理するが、
NIVJust as Paul was about to speak, Gallio said to the Jews, "If you Jews were making a complaint about some misdemeanor or serious crime, it would be reasonable for me to listen to you.

18章15節 もし(ことば)()あるいは(なんぢ)らの律法(おきて)にかかはる問題(もんだい)ならば、(なんぢ)()みづから(をさ)むべし。(われ)かかる(こと)審判(さばき)(びと)となるを(この)まず』[引照]

口語訳これは諸君の言葉や名称や律法に関する問題なのだから、諸君みずから始末するがよかろう。わたしはそんな事の裁判人にはなりたくない」。
塚本訳問題が(宗教の)教義や、(救世主という)人物や、あなた達の律法に関するものなら、自分で始末したがよかろう。わたしはそんなことの裁判官になりたくない。」
前田訳しかし訴えがことばや名前やあなた方の律法についてであるなら、自分で片づけなさい。わたしはそんなことの裁判官ではありたくない」と。
新共同問題が教えとか名称とか諸君の律法に関するものならば、自分たちで解決するがよい。わたしは、そんなことの審判者になるつもりはない。」
NIVBut since it involves questions about words and names and your own law--settle the matter yourselves. I will not be a judge of such things."
註解: ガリオは信仰問題とこの世の政治との区別を正しく認識して居り、パウロに答弁さするまでもなくこの訴を受理しなかった。即ち不正、奸悪等によりて相手方に損害を与えて居る場合ならば民事、または刑事の訴訟は成立するけれども、宗教上の教義、名称、律法等の問題ならば訴訟は成立しないと云うのである。此区別はまことに正当なる区別であって、今日の立法政策に取っても適正なる標準を示す。
辞解
[奸悪の事] 奸悪を恣にする事。
[言] 教訓、教理等の事で他人を害する行為とならないもの。
[名] イエスがメシヤなりや否やと云う如き名称上の争、是等は社会に実害を与えない限り政治上の問題とならない。カルヴインはこのガリオの態度に反対して居るけれども、それはカルヴインが政治と信仰とを混同せる結果である。

18章16節 (かく)(かれ)らを審判(さばき)()より()ひいだす。[引照]

口語訳こう言って、彼らを法廷から追いはらった。
塚本訳そして彼らを裁判席から追い出した。
前田訳そして彼らを法廷から追い出した。
新共同そして、彼らを法廷から追い出した。
NIVSo he had them ejected from the court.
註解: パウロに対する訴訟はかくして無効となる。

18章17節 (ここ)人々(ひとびと)みな會堂(くわいだう)(つかさ)ソステネを(とら)へ、審判(さばき)()(まへ)にて()(たた)きたり。ガリオは(すべ)(これ)らの(こと)()とせざりき。[引照]

口語訳そこで、みんなの者は、会堂司ソステネを引き捕え、法廷の前で打ちたたいた。ガリオはそれに対して、そ知らぬ顔をしていた。
塚本訳するとみんなが礼拝堂監督のソステネをつかまえて、裁判席の前で袋叩きにした。ガリオは知らぬ顔をしていた。
前田訳それで皆は会堂司ソステネを捕えて、法廷の前で打ちのめした。ガリオは何も口を出さなかった。
新共同すると、群衆は会堂長のソステネを捕まえて、法廷の前で殴りつけた。しかし、ガリオンはそれに全く心を留めなかった。
NIVThen they all turned on Sosthenes the synagogue ruler and beat him in front of the court. But Gallio showed no concern whatever.
註解: 何ゆえにソステネを打ちしやにつき(1)パウロに対する訴が手ぬるしとの理由でユダヤ人らが彼を打ちしと見る説(E0)、(2)ユダヤ人を平生より憎み居るローマの役人やギリシヤ人らがこの騒擾の責任者として彼を打ちしとする説(M0、H0)とあり。重要ならざる写本に「人人みな」の代りに「ユダヤ人らみな」とあるは(1)の解釈よりせる追加であり、他の写本に「ギリシヤ人らみな」とあるは(2)の解釈よりせる追加であろう。本文のままとすればソステネの性質が読者に理解さるる事を前提とせざれば不可解故、このソステネをIコリ1:1のソステネと同一人と見、パウロに同情を表せる会堂司と解して(1)の説を取るを可とす。ガリオは自己の責任以外の事は全然無関心であった。
要義1 [コリントの教会]コリントの教会はパウロが永く滞在伝道せる意味に於て、またコリント前後書を今日に遺したる意味に於て重要なる教会である。コリント市の道徳的堕落の影響を受けて、コリントの信者にも多く道徳的の問題を起す者あり、パウロの苦痛の種となった。またコリントの信徒の中にはパウロに反対する者あり、種々の非難をパウロに向けて居った。是等の諸問題に対しパウロは丁寧に説明を与え、また自己を排斥せんとする者に対しては、自己の使徒職の神聖なる所以を反復説明して居るのを見る。而して他方に於てこの教会には多くの霊の賜物が与えられた(Iコリ12章)。要するにコリントの教会は善にも悪にも強く、常に活溌に動いて居った事が判明る。その結果パウロに多くの憂慮を与えたけれども、これによりてまた他に於ては求め得ない多くの真理をこの教会の人々はパウロよリ学ぶ事が出来た。是が今日我らに与うる利益は絶大である。
要義2 [パウロの独立伝道]パウロは第一に経済的に独立して伝道した。この事は彼自身誇として居った事であり(Iテサ2:9。Uテサ3:8、9。IIコリ12:13。Iコリ9:12)また伝道の為に非常に有効であった。何となれば経済的に従属して居る者は霊的独立をも失い易いからである。第二にパウロは遂にユダヤ人の会堂を離れて個人の家に於て伝道の集会を開いた。主義主張を異にする者が強て同一歩調を取らんとしても不可能なるが故である。斯くしてパウロは自然の必要に迫られて、遂に信仰のみに立たざるを得ざるに至った。
要義3 [ガリオの不干渉的態度]カルヴインは神の正しき礼拝を擁護する事は為政者の義務なる故、ガリオがユダヤ人の訴訟に際しパウロをしてその主張を語らしめなかった事を不可として居るけれども、信仰の正邪を純粋に思想的に判断する事は為政者として困難なる問題であり実は不可能である。ゆえに信仰そのもの即ち無形の霊的世界の事はこれを政治の範囲外に置き、その信仰が行為となって表われて社会に何等かの影響を及ぼす場合、その範囲に於て為政者の行動の対象となるべきである。この意味に於てガリオの態度は正しかったと云わなければならない。▲ジュネーブにおけるカルビンの神制政治が多くの善を為したと共にまた多くの害悪と偽善との源となったことは顕著な事実である。

5-3-8 エペソを経てアンテオケに帰る 18:18 - 18:23

18章18節 パウロなほ(ひさ)しく(とどま)りてのち、[引照]

口語訳さてパウロは、なお幾日ものあいだ滞在した後、兄弟たちに別れを告げて、シリヤへ向け出帆した。プリスキラとアクラも同行した。パウロは、かねてから、ある誓願を立てていたので、ケンクレヤで頭をそった。
塚本訳パウロはなお相当の日数引きつづき(コリントに)留まったのち、(いよいよ)兄弟たちに別れを告げ、船でシリヤへ向けて出発した。プリスキラとアクラも一緒であった。(途中)彼はケンクレヤ(の港)で頭を刈った。かねて(ナジル人の)誓願を立てていた(のが満ちた)からである。
前田訳パウロはなおかなりの間そこに滞在してから、兄弟たちに別れをつげ、シリアに向かって出帆した。プリスキラとアクラもいっしょであった。彼はケンクレアで髪をそった。ある誓いを立てていたのである。
新共同パウロは、なおしばらくの間ここに滞在したが、やがて兄弟たちに別れを告げて、船でシリア州へ旅立った。プリスキラとアキラも同行した。パウロは誓願を立てていたので、ケンクレアイで髪を切った。
NIVPaul stayed on in Corinth for some time. Then he left the brothers and sailed for Syria, accompanied by Priscilla and Aquila. Before he sailed, he had his hair cut off at Cenchrea because of a vow he had taken.
註解: 即ち全体にて1年6ヶ月(11節)、

兄弟(きゃうだい)たちに(わかれ)()げ、プリスキラとアクラとを(ともな)ひ、シリヤに(むか)ひて船出(ふなで)す。[(はや)くより]誓願(せいぐわん)ありたれば、ケンクレヤにて(かみ)()れり。

註解: 是より第二伝道旅行の帰路となる。誓願の理由は不明である。これはナザレ人の誓願ならん(S2)。21:23以下及び民6:1-8参照。この誓願は剃髪を以て始め剃髪を以て終り、その期間葡萄酒その他を断ち、髪を切る事、汚に触るる事を禁じて居る。而して誓願の結末は聖地の神殿に於て為なければならなかった。夫ゆえにパウロはケンクレヤ(コリントに近き海港)にて剃髪し、律法に循(したが)い(民6:13以下)エルサレムに上ってこの誓願を解かんとしたのであろうと見るのが、普通の見方であるけれども、重要なる写本には22節の「エルサレムに」を欠く故、結末の明瞭さを欠く事となる。尚お原文の意義より見て、この誓願を為せる者はパウロにあらずしてアクラなりとの説(M0)も成立ち得るのであって、何れと見るべきかは不確実である(H0)けれども、前後の事情より矢張りパウロと見る方が適切であろう。
辞解
[誓願] この「誓願」がナザレ人の誓願なりや否やにつき諸説あり。ナザレ人の警願には終生のナザレ人(バプテスマのヨハネ、ルカ1:15。また伝説によれば主の兄弟ヤコブ等)及び一定期間のナザレ人あり、この期間は三十日より短かるべからず。尚その期間及びその修了の際の行事につきては民6章參照。
[プリスキラとアクラ] 妻の名を先にせる所以は、アクラが誓願を為せる事を示す為(M0)ではなく信仰の点に於てプリスキラが主たる存在であった為であろう。二人の名が並べられて居る六ヶ所中四ヶ所までこの順序を取る。

18章19節 (かく)てエペソに()き、其處(そこ)にこの二人(ふたり)(とど)めおき、(みづか)らは會堂(くわいだう)()りてユダヤ(びと)(ろん)ず。[引照]

口語訳一行がエペソに着くと、パウロはふたりをそこに残しておき、自分だけ会堂にはいって、ユダヤ人たちと論じた。
塚本訳一行が(アジヤ州の)エペソに着くと、パウロは(一人で旅行を続けることにして)二人をそこに残し、自分だけ礼拝堂に入ってユダヤ人に話をした。
前田訳エペソに着くと、パウロはふたりをそこに残し、自分だけ会堂に入ってユダヤ人と論じた。
新共同一行がエフェソに到着したとき、パウロは二人をそこに残して自分だけ会堂に入り、ユダヤ人と論じ合った。
NIVThey arrived at Ephesus, where Paul left Priscilla and Aquila. He himself went into the synagogue and reasoned with the Jews.
註解: 二人を留めおける事は26節以下を説明する為である。パウロは6節の宣言にも関らず、常にユダヤ人を無視し得なかった。福音は先づユダヤ人に宣伝えらるるのが当然だからである。尚ガラテヤ書の認められし時期については諸説あれど、恐らくこの時エペソより認められしものならんか。

18章20節 人々(ひとびと)かれに(いま) (しばら)()らんことを()ひたれど、(がへ)んぜずして、[引照]

口語訳人々は、パウロにもっと長いあいだ滞在するように願ったが、彼は聞きいれないで、
塚本訳人々はもっと長く留まっていてもらいたいと頼んだが、承知せず、
前田訳彼らはもっと長くとどまるよう頼んだが、彼は承諾しなかった。
新共同人々はもうしばらく滞在するように願ったが、パウロはそれを断り、
NIVWhen they asked him to spend more time with them, he declined.
註解: 何故パウロが此地に長く滞留する事を肯んじなかったかにつき説明されて居ない。ベザ写本Dによれば21節「別を告げ」の後に「われは是非来るべき祭をエルサレムに於て守らざるべからず」とあり、かくする事によりて誓願の結末をエルサレムに於て果さんとの願望も推測する事が出来る、本節の意味を一層明瞭ならしめんが為の後よりの挿入であろう。但し前述の如くこのエルサレム行につきては有力なる写本がこれを欠く故確定的とは云えない。

18章21節 (わかれ)()げ『(かみ)御意(みこころ)ならば(また)なんぢらに(かへ)らん』と()ひてエペソより船出(ふなで)し、[引照]

口語訳「神のみこころなら、またあなたがたのところに帰ってこよう」と言って、別れを告げ、エペソから船出した。
塚本訳「神の御心ならばあなた達の所に引き返してこよう」と言って別れを告げ、エペソから船出して、
前田訳そして、「神のみ心ならばあなた方のところへまた帰って来ましょう」といって別れをつげ、エペソから船出した。
新共同「神の御心ならば、また戻って来ます」と言って別れを告げ、エフェソから船出した。
NIVBut as he left, he promised, "I will come back if it is God's will." Then he set sail from Ephesus.

18章22節 カイザリヤにつき、(しか)して[エルサレムに](のぼ)り、[引照]

口語訳それから、カイザリヤで上陸してエルサレムに上り、教会にあいさつしてから、アンテオケに下って行った。
塚本訳カイザリヤに上陸し、(エルサレムに)上って集会(の人々)に挨拶し、アンテオケに下った。
前田訳そしてカイサリアに上陸し、エルサレムに上って集まりにあいさつし、アンテオケに下った。
新共同カイサリアに到着して、教会に挨拶をするためにエルサレムへ上り、アンティオキアに下った。
NIVWhen he landed at Caesarea, he went up and greeted the church and then went down to Antioch.
註解: 「エルサレムに」は原文になし、「上り」は一般にエルサレム上りの場合に用いられて居るけれども是等は前後の関係上エルサレムたる事が明かなる場合たるのみならず、この語はまた其他の場合にも用うる事が出来る。従って20節のD写本の追加(20節註参照)なき場合は「上り」は「カイザリヤに上り」の意味となる。またある写本には19:1にエルサレム行が妨げられし旨を附記す。斯く解すればパウロは第二伝道旅行の終にはエルサレムに上らなかった事となり、一層パウロらしさを増す。附記参照。

教會(けうくわい)安否(あんぴ)()ひてアンテオケに(くだ)り、

註解: この教会は上記写本の如何により或はエルサレム或はカイザリヤを意味する事となる。

18章23節 此處(ここ)(しばら)(とどま)りて[引照]

口語訳そこにしばらくいてから、彼はまた出かけ、ガラテヤおよびフルギヤの地方を歴訪して、すべての弟子たちを力づけた。
塚本訳そして(ここで)しばらく時を過ごしたのち、(また旅行に)出かけ、ガラテヤ地方とフルギヤ(地方)とをつぎつぎに通りながら、すべての(主の)弟子たち(の信仰)を強めた。
前田訳そこにしばらくとどまってから出発し、ガラテア地方とフリギアとを順々に回って、すべての弟子たちを強めた。
新共同パウロはしばらくここで過ごした後、また旅に出て、ガラテヤやフリギアの地方を次々に巡回し、すべての弟子たちを力づけた。
NIVAfter spending some time in Antioch, Paul set out from there and traveled from place to place throughout the region of Galatia and Phrygia, strengthening all the disciples.
註解: 「暫く」の期間は不明である。パウロはその母教会たるアンテオケに於て一休みしたのであろう。
附記 [誓願とエルサレム上りにつきて]18-22節の誓願及びエルサレム行きにつきては多くの難問あり。即ち
(1)この誓願はナザレ人の誓願なりやまたはこれに類する他の誓願なりや。
(2)ケンクレヤに於ける剃髪は誓願開始の剃髪なりやまたはその終結の際の剃髭なリや。
(3)果してエルサレムに上りしや否や。
(4)パウロが為したる誓願かアクラが為したる誓願か。
(5)何の目的を以て為したる誓願か。
等の諸問題である。その答としては(1)異教徒間にも剃髪その他の禁断によりて誓願を行いし形跡があるけれどもパウロ(またはアクラ)がこうした事を行う事は考え難く、従ってナザレ人の誓願か、少くともその略式のものと見る必要あり。(2)然りとすればその終了の剃髪式及び犠牲はエルサレムに於て行う必要ある故、ケンクレヤに於ける剃髪は誓願の開始と見なければならず、(3)然りとすれば20節をエルサレム行と解する事が好都合であるけれども、エルサレムなる文字を欠く事と、異本に19:1にエルサレム行を妨げられし旨を附記せるものが存する等の事より、エルサレムには行かなかったと思はわるる節がある事が困難なる問題を生ず、恐らくパウロはエルサレム行を省略して何地かに於て終了の剃髪を行ったのではあるまいか。(4)の問題につきてはパウロと見る事が至言である。其故はアクラにつきこうした事を記す必要が無いからである。(5)につきてはパウロの病気治癒、コリントに於て艱難より免れし事の感謝等、種々の説あれども不明である。以上の如く解して稍真相に近いものと思考す。

5-4 パウロの第三伝道旅行 18:23 - 21:6

(のち)、また()りて、ガラテヤ、フルギヤの()次々(つぎつぎ)()(すべ)ての弟子(でし)(かた)うせり。

註解: ガラテヤ州のフルギヤ地方を意味すと見るべきで(16:6註参照)パウロは是より第三伝道旅行(18:23-21:14)に出立してその第一第二伝道旅行に於て福音の種を蒔けるデルベ、ルステラ、イコニオムの地方を歴訪して弟子たちの信仰を固めたのであった。

5-4-1 アポロの事 18:24 - 18:28

18章24節 (とき)にアレキサンデリヤ(うま)れのユダヤ(びと)にて、聖書(せいしょ)通達(つうたつ)したるアポロと()能辯(のうべん)なる(もの)エペソに(くだ)る。[引照]

口語訳さて、アレキサンデリヤ生れで、聖書に精通し、しかも、雄弁なアポロというユダヤ人が、エペソにきた。
塚本訳さて、(パウロがエペソを去ったあとで、エジプトの)アレキサンドリヤ生まれのアポロというユダヤ人がエペソに来た。能弁な人で、聖書に精通していた。
前田訳さて、アポロというアレクサンドリア生まれのユダヤ人がエペソに来た。彼は雄弁な人で、聖書に通じていた。
新共同さて、アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しいアポロという雄弁家が、エフェソに来た。
NIVMeanwhile a Jew named Apollos, a native of Alexandria, came to Ephesus. He was a learned man, with a thorough knowledge of the Scriptures.
註解: アレキサンドリヤは当時のギリシヤ文化及びその諸学問の一大中心地でアテネと並称せられて居った従って学術と雄弁が非常に重んぜられて居った。有名なるユダヤ人哲学者フイロンもこの地で活躍した。聖書に通じて且つ雄弁である事は当時のユダヤ人及びギリシヤ人を動かすに充分なる武器を有って居る事である。

18章25節 この(ひと)(さき)(しゅ)(みち)(をし)へられ、ただヨハネのバプテスマを()るのみなれど、熱心(ねっしん)にして詳細(つまびらか)にイエスの(こと)(かた)り、かつ(をし)へたり。[引照]

口語訳この人は主の道に通じており、また、霊に燃えてイエスのことを詳しく語ったり教えたりしていたが、ただヨハネのバプテスマしか知っていなかった。
塚本訳この人は主の道[キリスト教]について手ほどきを受けていたが、情熱をもって語り、またイエスのことを精密に教えていた。ただし、ヨハネの洗礼だけしか知らなかった。
前田訳この人は主の道を教えられていて、霊に燃えて語り、イエスのことを詳しく教えていた。しかし洗礼はヨハネのだけを知っていた。
新共同彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかった。
NIVHe had been instructed in the way of the Lord, and he spoke with great fervor and taught about Jesus accurately, though he knew only the baptism of John.
註解: アポロはアレキサンドリヤに於てイエスの事を学んだ。但しイエスに就て知る事とイエスを主と知る事とは全く別事である。前者は知識であって何人もこれを所有しこれを他人に伝える事が出来るけれども、後者は信仰であって唯救われし者のみこれを有つ。ヨハネのバプテスマは罪を悔ゆる心を表わすに過ぎず、新生のバプテスマではない。また人は知識と熱心とがあれば人を動かす事が出来るけれども、霊による新生なきものは人に福音を伝える事が出来ない。

18章26節 かれ會堂(くわいだう)にて(おく)せずして(かた)(はじ)めしを、プリスキラとアクラと()きゐて(これ)(むか)()れ、なほも詳細(つまびらか)(かみ)(みち)()(あか)せり。[引照]

口語訳彼は会堂で大胆に語り始めた。それをプリスキラとアクラとが聞いて、彼を招きいれ、さらに詳しく神の道を解き聞かせた。
塚本訳この人が礼拝堂で大胆に話を始めた。プリスキラとアクラとが彼の話を聞くと、(家に)迎え、なお一層精密に神の道[キリスト教]を説明した。
前田訳この人が会堂で大胆に語りはじめた。プリスキラとアクラとは彼の話を聞くと、家に迎えて、なお詳しく神の道を説明した。
新共同このアポロが会堂で大胆に教え始めた。これを聞いたプリスキラとアキラは、彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。
NIVHe began to speak boldly in the synagogue. When Priscilla and Aquila heard him, they invited him to their home and explained to him the way of God more adequately.
註解: 博学にして雄弁なるアポロも信仰の事に於てはプリスキラ、アクラの教を受けなければならなかった。これによりてアポロは真の福音の何たるかを始めて覚り、その学問と雄弁とは、其後福音の伝道の為に用いらるる様になった。凡ての人は皆夫々異れる賜物を神より与えられて居る。それらが皆神の福音のために用いらるるに及んでその使命を全うしたのである。
辞解
[神の道] 25節の「主の道」と相対立するが如きも然らず、主の道は主にイエス・キリストの教訓を指したものの如く「神の道」は神がキリストによりて人類を救わんとし給える経綸を指したものと見るべきである。
[なおも詳細に] 恐らくパウロの書翰に表われて居る教理の内容に相当するものであろう。アポロは恐らく福音書の内容に相当する知識を得て居ったのであろう。尚おプリスキラとアクラが常に伝道者を優遇する事は彼らの信仰の表顕であると同時に、彼らは是によりて大に福音の宣伝を援助して居る事となり功績偉大である。

18章27節 アポロ(つい)にアカヤに(わた)らんと()たれば、兄弟(きゃうだい)たち(これ)(はげ)まし、かつ弟子(でし)たちに(かれ)()()るるやうに()(おく)れり。[引照]

口語訳それから、アポロがアカヤに渡りたいと思っていたので、兄弟たちは彼を励まし、先方の弟子たちに、彼をよく迎えるようにと、手紙を書き送った。彼は到着して、すでにめぐみによって信者になっていた人たちに、大いに力になった。
塚本訳そして彼がアカヤに渡りたいと言ったとき、(エペソの)兄弟達は(コリントの主の)弟子たちに、彼を歓迎するようにと手紙を書いて勧め励ました。アポロは(コリントに)着くと、(与えられた)恩恵(の福音)によって(そこの)信者に大いに役だった。
前田訳彼がアカイアに渡りたく思ったとき、兄弟たちは彼を励まし、弟子たちに彼を迎えるよう手紙を書いた。彼は着くと、信徒になっていた人々を恩恵によって大いに助けた。
新共同それから、アポロがアカイア州に渡ることを望んでいたので、兄弟たちはアポロを励まし、かの地の弟子たちに彼を歓迎してくれるようにと手紙を書いた。アポロはそこへ着くと、既に恵みによって信じていた人々を大いに助けた。
NIVWhen Apollos wanted to go to Achaia, the brothers encouraged him and wrote to the disciples there to welcome him. On arriving, he was a great help to those who by grace had believed.
註解: プリスキラとアクラを中心としてパウロによりて導かれた兄弟たちは、またアポロをも愛し、その賜物を認めて彼と共に信仰の生活に進みそのアカヤ伝道を奨励して紹介と依頼の書翰を添えて彼をアカヤに送った。プリスキラ、アクラの二人は極めて党派心の少き人であった事が判明る。尚ベザ写本によれば「エペソに幾人かのコリント人住み居り」てアポロにコリント行をすすめた事を録して居る。▲パウロの伝道地にアポロを紹介してやることは動機において責むべき点は無かったけれども、思慮を欠く方法であった。その結果はコリントにおける宗派心の発生となった(Tコリ1:10-4:21、コリント後書参照)。

(かれ)かしこに()(すで)恩惠(めぐみ)によりて(しん)じたる(もの)(おほ)くの(えき)(あた)ふ。

註解: パウロがコリントに於て伝道せる結果として多くの信者があったけれども其中になお不確実なる信仰のものも有ったので夫等はアポロによりて尚多くの益を受けた。併しそれが同時にコリントの教会に党派が起れる所以であった(Iコリ1:11-13)。人は容易に自己を党派的に色附けてしまうものである。

18章28節 (すなは)聖書(せいしょ)(もとづ)き、イエスのキリストたる(こと)(しめ)して、激甚(ていた)くかつ公然(おほやけ)にユダヤ(びと)()()せたるなり。[引照]

口語訳彼はイエスがキリストであることを、聖書に基いて示し、公然と、ユダヤ人たちを激しい語調で論破したからである。
塚本訳彼は聖書によって公然とイエスが救世主であることを示し、痛烈にユダヤ人を論破したからである。
前田訳彼は聖書によって、イエスがキリストであることを公然と示しつつ、強くユダヤ人を論破したからである。
新共同彼が聖書に基づいて、メシアはイエスであると公然と立証し、激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せたからである。
NIVFor he vigorously refuted the Jews in public debate, proving from the Scriptures that Jesus was the Christ.
註解: 彼の聖書に関する知識と雄弁とは、イエスのキリストたる事を論ずる上に非常に役立った。
要義1 [信仰と知識]知識は信仰に必要である。イエスに関する知識なくしてはイエスを信ずる事が出来ない。併し乍ら知識のみでは信仰とはならない。イエスの生涯に関する事実やイエスに関する神学を如何に多く知って居っても、それは信仰ではない。信仰は自己の罪を悔改めてイエスの前に平伏し、イエスの十字架による贖を信じてイエスを救主と仰ぐ事である。夫ゆえに自己の罪を知りて悔ゆるのみであるならば、これはヨハネのバプテスマであって、イエスによる新生ではなく、それは一の知識であって信仰ではない。アポロの初の状態はこの程度に止って居った。
要義2 [信仰と技能]学問や雄弁(▲▲や人物)は福音を伝える上に有力なる武器であるけれども、学問や雄弁(▲▲や人物)のみが光って信仰が光を発しないならば、結局人に福音を伝える事が出来ない。学問や雄弁(▲▲や人物)の美は往々にして肉の心を喜ばせ、人をしてその美に眩惑せしめる。こうした場合是等は却って福音の妨となる。人は往々にしてこの容器の美に目を奪われて内容たる福音の貴さを見失う事が多い。夫ゆえに学問や雄弁(▲▲や人物)はむしろ無くともその内容たる福音の信仰を豊にすべきであり、もし学問や雄弁(▲▲や人物)が与えられて居る場合、信仰をして夫以上に輝くものとならしめなければならぬ。学問や雄弁(▲▲や人物)は飽くまでも信仰の侍婢であってその主ではない。
要義3 [信仰と熱心]熱の無い信仰は死せる信仰であり神の口より吐き出される。併し乍ら知識によらざる熱心(ロマ10:2)は徒に人を迷路に導き入れ、または一時の感情の満足を与えるに過ぎない。迷路に入って正しき信仰を失い、一時の感情の満足は醒めて後唯淋しさを増すのみとなる。熱心は自己の感情的熱心であってはならず、主の愛による熱心でなければならない。

使徒行伝第19章
5-4-2 エペソに於けるパウロ 19:1 - 19:41
5-4-2-イ 聖霊を受けざる弟子たち 19:1 - 19:7

19章1節 (かく)てアポロ、コリントに()りし(とき)、パウロ(ひがし)地方(ちはう)()てエペソに(いた)り、[引照]

口語訳アポロがコリントにいた時、パウロは奥地をとおってエペソにきた。そして、ある弟子たちに出会って、
塚本訳アポロがコリントにいた時、パウロは(小アジヤの)奥地(ガラテヤ、フルギヤ)を通ってエペソに来たが、数人の(主の)弟子に出会って、
前田訳アポロがコリントにいたとき、パウロは内陸地方を経てエペソに来て、数人の弟子たちに出会った。
新共同アポロがコリントにいたときのことである。パウロは、内陸の地方を通ってエフェソに下って来て、何人かの弟子に出会い、
NIVWhile Apollos was at Corinth, Paul took the road through the interior and arrived at Ephesus. There he found some disciples
註解: 東の地方は原語「上部地方」で、海岸にあるエペソより見て東の山岳地方を指す、即ち18:23に掲げられし地方より西エペソに至りたる事を示す。尚、D写本には「パウロその企図する処に循(したが)いエルサレムに行かんと欲せし時聖霊は彼にアジアに向うべき事を告げたれば」とあり、18:21のD写本の挿入と異る意味に於て挿入されたものか。即ち誓願の結末として期待さるるエルサレム行が実現せざりし事の弁解的挿入ならん。この二つの挿入は互に調和を欠いて居る。

(ある)弟子(でし)たちに()ひて、

註解: 是等は基督者として立って居った人々であるが、ヨハネのバプテスマ以外を知らなかった事を見れば(3節)福音に関する不完全なる知識の所有者であった。これをアポロの弟子と見る学者もあるけれども、アポロは既にプリスキラ及びアクラより福音につき一層詳しく学びし事故、アポロを知らざる他のユダヤ人の基督者であろう。当時の基督教徒の間には種々の種類の多くの団体あり、各々特殊の立場に立って居った。

19章2節 『なんぢら信者(しんじゃ)となりしとき(せい)(れい)()けしか』と()ひたれば、[引照]

口語訳彼らに「あなたがたは、信仰にはいった時に、聖霊を受けたのか」と尋ねたところ、「いいえ、聖霊なるものがあることさえ、聞いたことがありません」と答えた。
塚本訳「あなた達は信仰に入ったとき、聖霊を受けたか」とたずねると、「それどころか聖霊があることを聞いたことすらありません」とこたえた。
前田訳彼はたずねた、「あなた方が信じたとき、聖霊を受けましたか」と。彼らは答えた、「いいえ、聖霊のあることさえ聞いたことがありません」と。
新共同彼らに、「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」と言うと、彼らは、「いいえ、聖霊があるかどうか、聞いたこともありません」と言った。
NIVand asked them, "Did you receive the Holy Spirit when you believed?" They answered, "No, we have not even heard that there is a Holy Spirit."
註解: パウロは彼らを見し時、ユダヤ的ヨハネ的律法主義の臭味強く聖霊の果実とも云うべき愛、喜悦平和等(ガラ5:22)の性質を認むる事が出来ず、またイエスに対する理解並に聖霊の賜物を認むる事が出来なかった為にこの質問を発したのであろう。

(かれ)()いふ『いな、(われ)らは(せい)(れい)()ることすら()かず』

註解: 旧約聖書にも聖霊につきて記さるる故、彼ら是を知らぬはずなし、唯キリスト昇天後、彼に替りて聖霊が地上に遣され(ヨハ14:16、26。16:7、8)、今現に基督者と共に居給う事を知らなかった(B1、C1、M0)。各人に与えらるる聖霊の賜物は、地上に在すこの聖霊が各人を通じて働き給う姿である。バプテスマのヨハネの弟子であった是等の人々は、アポロと同じくイエスの事を知って居ったけれども、聖霊についてはこの重大なる事を知らなかった。
辞解
[有ることをすら] 「有る」を有無の意味でなく存在の意に解すれば(M0、H0)、上記の如き解釈となる。ヨハ7:39も同様なり。

19章3節 パウロ()ふ『されば(なに)によりてバプテスマを()けしか』(かれ)()いふ『ヨハネのバプテスマなり』[引照]

口語訳「では、だれの名によってバプテスマを受けたのか」と彼がきくと、彼らは「ヨハネの名によるバプテスマを受けました」と答えた。
塚本訳「ではいったい何で洗礼を受けたのか」と言うと、彼らが言った、「ヨハネの洗礼で。」
前田訳彼はいった、「それでは何によって洗礼を受けましたか」と。答えは、「ヨハネの洗礼によってです」であった。
新共同パウロが、「それなら、どんな洗礼を受けたのですか」と言うと、「ヨハネの洗礼です」と言った。
NIVSo Paul asked, "Then what baptism did you receive?" "John's baptism," they replied.
註解: ヨハネのバプテスマは自己の罪(律法違反)を認めてこれを悔改むる心の表明である。イエスの名によるバプテスマは、自己の罪(根本的の罪、即ち神に対する反逆)を知り、神の恩恵によりイエスの贖によるこの罪の赦を知りて、イエスと共に十字架上に死に聖霊を受けてイエスと共に甦る事を表明する式である(ガラ2:19、20。3:2。ロマ6:1-3)。イエスに関する知識を持ちつつヨハネのバプテスマを受くる事は可能である。ここに録さるる十二人はこの種の人々であった。

19章4節 パウロ()ふ『ヨハネは悔改(くいあらため)のバプテスマを(さづ)けて(おのれ)(おく)れて(きた)るもの((すなは)ちイエス)を(しん)ずべきことを(たみ)()へるなり』[引照]

口語訳そこで、パウロが言った、「ヨハネは悔改めのバプテスマを授けたが、それによって、自分のあとに来るかた、すなわち、イエスを信じるように、人々に勧めたのである」。
塚本訳パウロが言った、「ヨハネは(水で)悔改めの洗礼を授けて、自分のあとに来られる方、すなわちイエスを信ずるように、(そしてその聖霊の洗礼を受けるように)と民に言ったのである。」
前田訳パウロはいった、「ヨハネは自分のあとに来られる方を信ずるよう民衆に告げつつ、悔い改めの洗礼を授けました。その方とはイエスのことです」と。
新共同そこで、パウロは言った。「ヨハネは、自分の後から来る方、つまりイエスを信じるようにと、民に告げて、悔い改めの洗礼を授けたのです。」
NIVPaul said, "John's baptism was a baptism of repentance. He told the people to believe in the one coming after him, that is, in Jesus."
註解: ヨハネのバプテスマはイエスを信ずる前提であり、イエスを信ずる信仰によりて完成される。(マタ3:11。マコ1:8。ルカ3:16)。ゆえにヨハネのバプテスマのみにて止るはヨハネの本意でない。我らは師が立って居る足許を見ず、師の指す指先を見るべきである。

19章5節 (かれ)()これを()きて(しゅ)イエスの()によりてバプテスマを()く。[引照]

口語訳人々はこれを聞いて、主イエスの名によるバプテスマを受けた。
塚本訳彼らはこれを聞いて、主イエスの名で洗礼を受けた。
前田訳それを聞いて彼らは主イエスの名で洗礼を受けた。
新共同人々はこれを聞いて主イエスの名によって洗礼を受けた。
NIVOn hearing this, they were baptized into the name of the Lord Jesus.
註解: (▲これらの人々が二回洗礼をうけたことと、パウロが洗礼を授けず他の何人かが授けたとみなければならないことは、再洗礼派の主張を是認し、洗礼の形式的結果を主張するかに見えて困難な場所である。しかしかかる特異の事実をある法則や規則の基礎としてはならない。)彼らはバプテスマの受け直しをした。この時イエスは彼らの主として告白された。彼らが聖霊を受けしが故である(Iコリ12:3。Iヨハ4:2)。尚おこの際水にてバプテスマを受けたのではないと主張する説があるけれども(C1)、誤である。要義2参照。

19章6節 パウロ()(かれ)らの(うへ)()きしとき、(せい)(れい)その(うへ)(のぞ)みたれば、(かれ)異言(いげん)(かた)り、かつ預言(よげん)せり。[引照]

口語訳そして、パウロが彼らの上に手をおくと、聖霊が彼らにくだり、それから彼らは異言を語ったり、預言をしたりし出した。
塚本訳そしてパウロが彼ら(の頭)に手をのせると、(たちまち)聖霊がくだって、彼らは霊言を語りまた預言しはじめた。
前田訳そしてパウロが彼らに手を置くと、聖霊が彼らに下り、彼らは異言を語り、また預言をした。
新共同パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が降り、その人たちは異言を話したり、預言をしたりした。
NIVWhen Paul placed his hands on them, the Holy Spirit came on them, and they spoke in tongues and prophesied.
註解: 2:4。10:46の場合の如く、聖霊を受し徴が彼らの上に明かに顕れた。彼らは是によりて完全に新生を経験したのである。基督者と称する者の中に多くの段階がある事はこれによりても知る事が出来る。

19章7節 この人々(ひとびと)(すべ)十二(じふに)(にん)ほどなり。[引照]

口語訳その人たちはみんなで十二人ほどであった。
塚本訳その人たちは皆で十二人ばかりであった。
前田訳その人たちは皆で十二人ほどであった。
新共同この人たちは、皆で十二人ほどであった。
NIVThere were about twelve men in all.
註解: この十二の数に別段の意味を有たしむる必要はない。
要義1 [バプテスマと按手と聖霊の降臨]この三者の関係につきては聖書は種々の場合を記録して居る。
(1)バプテスマも按手も無しに聖霊が各人の上に降った場合(2:4。4:31。10:44。11:15)
(2)イエスの名によりてバプテスマを受けたけれども聖霊が下らざる場合(8:16)
(3)イエスの名によりてバプテスマを受けても聖霊が下らなかったけれども手を按いて聖霊が下った場合(8:17)
(4)イエスの名によりてバプテスマを受けて聖霊が降る場合(2:38)
(5)イエスの名によるバプテスマと按手とによりて聖霊が臨みたる場合(19:5、6)
(6)バプテスマを受くる前に按手によりて聖霊を受けたと思はるる場合(9:17)
以上の諸例によリバプテスマ、按手等の形式と聖霊を受くる事との間には何等定まりたる関係なきを知る事が出来る。是はまことに当然であって、形式は我らに聖霊を与える力がない。形式はその場合に応じ聖霊の指導によりて行わるる行動であるに過ぎない。
要義2 [再洗礼について]1-7節の十二人は再度バプテスマを受けた事となり、これが再洗礼主義の論拠となる。この論を撃破せんが為にカルヴインはこの場合は聖霊のバプテスマを受ける事であって水のバプテスマを受けたのではなく、またヨハネのバプテスマとイエスの名によるバプテスマとは同一である事を主張して居るけれども、この十二人は明かに水にて再度バプテスマを受けたものと見るべく、また聖書はヨハネのバプテスマとイエスの名によるバプテスマとを明かに区別して居る故(マタ3:11。マコ1:8。ルカ3:16)この説は不当である。併し乍らイエス及び十二使徒は明かに一回しかバプテスマを受けず、アポロも再洗礼せしものとも思われず、要するに形式の問題は極めて自由に取扱われ、その場合と人とに応じて最も神の御旨をその人々または他の人々に明かならしめ得る如き手段を取ったものと思われる。これを一定の規則に統一せんとする時は却って死せる形式と化するに至る。
要義3 [聖霊の臨在に就て]2:1-4に関する要義一参照。基督者にして聖霊に関し全く知識なき者は無いけれども、聖霊がイエスの昇天後五旬にして地上に降り人類と偕に在し、基督者の心の中に住み給う事を知らない者は多い。即ち今は聖霊の時代である。

5-4-2-ロ エペソに於ける伝道の効果 19:8 - 19:20

19章8節 (ここ)にパウロ會堂(くわいだう)()りて、三个月(さんかげつ)のあひだ(おく)せずして(かみ)(くに)()きて(ろん)じ、かつ(すす)めたり。[引照]

口語訳それから、パウロは会堂にはいって、三か月のあいだ、大胆に神の国について論じ、また勧めをした。
塚本訳それからパウロは礼拝堂に入って、(ユダヤ人に)三か月の間大胆に話をし、神の国について説得しようとした。
前田訳パウロは会堂に入り、三か月の間はばからず話し、神の国について論じ、また説得した。
新共同パウロは会堂に入って、三か月間、神の国のことについて大胆に論じ、人々を説得しようとした。
NIVPaul entered the synagogue and spoke boldly there for three months, arguing persuasively about the kingdom of God.
註解: ユダヤ人らは自分たちこそ神の国を形造って居ると考えた。パウロはこれに対しイエスを信ずる者の中に神の国が成立つ事を述べたに相違ない。ユダヤ人らは自国民を中心とする見ゆる神の国を考え、パウロはキリストを中心とする見えざる神の国を宣伝えた。

19章9節 (しか)るに(ある)(もの)ども頑固(かたくな)になりて(したが)はず、會衆(くわいしゅう)(まへ)(かみ)(みち)(そし)りたれば、パウロは(かれ)らを(はな)れ、弟子(でし)たちをも退(しりぞ)かしめ、[引照]

口語訳ところが、ある人たちは心をかたくなにして、信じようとせず、会衆の前でこの道をあしざまに言ったので、彼は弟子たちを引き連れて、その人たちから離れ、ツラノの講堂で毎日論じた。
塚本訳しかし(その中の)数人が頑なで信じようとせず、会衆の前で(キリストの)道[キリスト教]の悪口を言った時、彼はその人たちを離れて、(主の)弟子たちをも引き離し、ツラノの講堂で毎日話をした。
前田訳しかしあるものは心を頑にして受け入れず、会衆の前でこの道を悪くいったので、彼はその人たちから離れ、弟子たちをも彼らから遠ざけて、日ごとツラノの教室で論じた。
新共同しかしある者たちが、かたくなで信じようとはせず、会衆の前でこの道を非難したので、パウロは彼らから離れ、弟子たちをも退かせ、ティラノという人の講堂で毎日論じていた。
NIVBut some of them became obstinate; they refused to believe and publicly maligned the Way. So Paul left them. He took the disciples with him and had discussions daily in the lecture hall of Tyrannus.
註解: パウロの説教は必ずしも凡ての人を納得せしめず、中には極力これに反対する者があり、また此反対に賛成する者も多かった。ここに於てパウロとしては彼らを会堂より逐ひ出す事は出来ず、また彼らを説得する事が出来ずとすれば自然彼らより離れて自ら去るより外に途はなかった。夫ゆえにパウロはその弟子たちを伴って彼らと手を分ち、彼らと絶縁した。一つの立場が公けの非難の的となる場合、その儘そこに止る事は出来ない。

日毎(ひごと)にツラノの會堂(くわいだう)にて(ろん)ず。

19章10節 ()くすること二年(にねん)(あひだ)なりしかば、アジヤに()(もの)は、ユダヤ(びと)もギリシヤ(びと)もみな(しゅ)(ことば)()けり。[引照]

口語訳それが二年間も続いたので、アジヤに住んでいる者は、ユダヤ人もギリシヤ人も皆、主の言を聞いた。
塚本訳これが二年つづいたので、アジヤ(のこの地方)に住んでいる者は皆、ユダヤ人も異教人も、主の言葉を聞いた。
前田訳これが二年の間つづいたので、アジアに住むものは皆、ユダヤ人もギリシア人も、主のことばを聞いた。
新共同このようなことが二年も続いたので、アジア州に住む者は、ユダヤ人であれギリシア人であれ、だれもが主の言葉を聞くことになった。
NIVThis went on for two years, so that all the Jews and Greeks who lived in the province of Asia heard the word of the Lord.
註解: ツラノは異邦人の雄弁家ならん。彼の所有に属する教室をパウロは借用して。毎日「第五時より第十時まで」(Dによる)即ち午前十一時頃より午後四時頃まで講義を行った。云わば基督教神学校の開祖とも云うべき形であった。パウロの分離は、ユダヤ人より見れば異端を唱うる者との非難に値して居ったけれども、パウロの為には自由に福音を述ぶる機会を得て却って幸福であった(テト3:10)。分離徒党は悪事である(ガラ5:20)、併し乍ら真理を滅す事は一層悪事である。一片の私心もなき場合、分離は正当の態度である場合がある。
辞解
[講堂] scholē=school 本来閑暇の意味であるけれども閑暇を利用する場所即ち教室等の意味にも用いらる。
[二年] これに8節の三ケ月と他の数ケ月とを加え総計三年(20:31)となる。

19章11節 (しか)して(かみ)はパウロの()によりて尋常(よのつね)ならぬ能力(ちから)ある(わざ)(おこな)ひたまふ。[引照]

口語訳神は、パウロの手によって、異常な力あるわざを次々になされた。
塚本訳また神はパウロの手で、ただならぬかずかずの奇跡を行われた。
前田訳神はパウロの手でなみなみならぬ奇跡を行なわれた。
新共同神は、パウロの手を通して目覚ましい奇跡を行われた。
NIVGod did extraordinary miracles through Paul,
註解: 13節の魔術者の出来事と対照して読むべし。パウロは自ら求めずして異常なる能力ある業を為した。これは神の御業であったからである。

19章12節 (すなは)人々(ひとびと)かれの()より(あるひ)手拭(てぬぐひ)あるひは前垂(まへだれ)をとりて()める(もの)()くれば、(やまひ)()(あく)(れい)()でたり。[引照]

口語訳たとえば、人々が、彼の身につけている手ぬぐいや前掛けを取って病人にあてると、その病気が除かれ、悪霊が出て行くのであった。
塚本訳彼の肌についた手拭や前掛を取って病人につけると、病気が去り、悪霊が出てゆくほどであった。
前田訳それは、手拭あるいは覆いを彼の肌から取って病人にあてがうと、病は去り、悪霊が出てゆくほどであった。
新共同彼が身に着けていた手ぬぐいや前掛けを持って行って病人に当てると、病気はいやされ、悪霊どもも出て行くほどであった。
NIVso that even handkerchiefs and aprons that had touched him were taken to the sick, and their illnesses were cured and the evil spirits left them.
註解: 5:15のペテロ、マコ5:28のイエスの場合の如く、パウロに対する尊崇は、その身に附ける布の一片にまで及び、治癒の効果を顕した。この種の事実は必ずしも真の神に対する信仰より出でざる場合にも起り得る事であり、殊に単純なる時代、または単純なる人間に於て多く起り得る事であるけれども、パウロの場合には、彼自身にはこうした事を行わんとする意思の無き場合にも治癒が行われたのを見れば、神の特別の働きの顕れと見なければならない。然らざる場合は人間的の能力が中心となり、人はこの能力を誇示せんとするを常とする。パウロにこうした能力が与えられし所以は、エペソの如き迷信や魔術の多き土地に於ては、人々の頑固な心に福音を植付ける為には、こうした手段を以て心の岩を打砕く事が必要であった為であろう。
辞解
[身] cbrōs 皮膚の事。

19章13節 (ここ)諸國(しょこく)遍歴(へんれき)咒文(じゅもん)()なるユダヤ(びと)數人(すにん)あり、(こころ)みに(あく)(れい)()かれたる(もの)(たい)して、(しゅ)イエスの()()び『われパウロの()ぶるイエスによりて、(なんぢ)らに(めい)ず』と()へり。[引照]

口語訳そこで、ユダヤ人のまじない師で、遍歴している者たちが、悪霊につかれている者にむかって、主イエスの名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって命じる。出て行け」と、ためしに言ってみた。
塚本訳そこでユダヤ人である数人の巡回呪師も、試みに悪霊どもにつかれている者たちに向かって主イエスの名を唱えながら、「パウロが説いているイエスによってお前たちに命令する、(出て行け)」と言った。──
前田訳ユダヤ人の巡回魔よけ師の数名も、試みに、悪霊につかれたものどもに向かって主イエスの名をとなえ、「パウロが説くイエスによってなんじらを祓(はら)う」といった。
新共同ところが、各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たちの中にも、悪霊どもに取りつかれている人々に向かい、試みに、主イエスの名を唱えて、「パウロが宣べ伝えているイエスによって、お前たちに命じる」と言う者があった。
NIVSome Jews who went around driving out evil spirits tried to invoke the name of the Lord Jesus over those who were demon-possessed. They would say, "In the name of Jesus, whom Paul preaches, I command you to come out."
註解: パウロによりて行われし能力ある業は、その宣伝えるイエスの名号の功徳であると考えるのが、是等の咒文師の信念であった。夫ゆえに彼らはイエスの名号を以て悪霊を逐出さんと試みた。併し乍ら名号そのものに能力があるのではなく、殊にイエスの御名はこうした輩に濫用さるべきではなかった為に、それは失敗に終わった。但しマコ9:38。ルカ9:49の如くこうした手段が成功する場合もある。凡ては神の御旨によるものと見なければならぬ。
辞解
[咒文師] ユダヤ人に多かった。

19章14節 ()くなせる(もの)(うち)に、ユダヤの祭司長(さいしちゃう)スケワの七人(しちにん)()もありき。[引照]

口語訳ユダヤの祭司長スケワという者の七人のむすこたちも、そんなことをしていた。
塚本訳このことをしたのは、スケワというユダヤ人の大祭司の七人の息子たちであった。──
前田訳これをしたのはスケワというユダヤ人の大祭司の七人の息子たちであった。
新共同ユダヤ人の祭司長スケワという者の七人の息子たちがこんなことをしていた。
NIVSeven sons of Sceva, a Jewish chief priest, were doing this.
註解: ユダヤの祭司の一族スケワにつきては全く知られて居ない。その七人の子もこの咒文師であった。この場合はその中の二人がこの咒文を唱えたものと見るべきである(16節)。
辞解
本節はD写本には著しく敷衍されて居るが、然らざる主なる写本によれば「かく為せる者はユダヤの大祭司スケワ某の七人の子なりき」と訳すべきである。

19章15節 (あく)(れい)こたへて()ふ『われイエスを()り、(また)パウロを()る。()れど(なんぢ)らは(たれ)ぞ』[引照]

口語訳すると悪霊がこれに対して言った、「イエスなら自分は知っている。パウロもわかっている。だが、おまえたちは、いったい何者だ」。
塚本訳ところが一つの悪霊が彼らに答えた、「自分はイエスも知っておれば、パウロもわかっているが、お前たちはいったい何者だ!」
前田訳悪霊はいった、「わたしはイエスを知り、パウロもわかっている。しかしおまえらは何ものか」と。
新共同悪霊は彼らに言い返した。「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、いったいお前たちは何者だ。」
NIV[One day] the evil spirit answered them, "Jesus I know, and I know about Paul, but who are you?"
註解: イエス及びその弟子たちを最も早く認識するものはサタンに憑れし人々である。サタンは人間よりも賢い(マタ8:28。マコ5:7)

19章16節 (かく)(あく)(れい)()りたる(ひと)、かれらに()びかかりて二人(ふたり)()ち、これを打拉(うちひし)ぎたれば、(かれ)裸體(はだか)になり(きず)()けて()(いへ)()()でたり。[引照]

口語訳そして、悪霊につかれている人が、彼らに飛びかかり、みんなを押えつけて負かしたので、彼らは傷を負ったまま裸になって、その家を逃げ出した。
塚本訳そしてその悪霊のついた者は彼らに飛びかかって皆を押えつけ、打ち負かした。彼らは裸で、怪我をさせられて、その家から逃げだしたほどであった。
前田訳するとその悪霊につかれた人は彼らに飛びかかり、抑さえつけて打ち負かしたので、彼らは裸で傷をつけられたまま、その家から逃げた。
新共同そして、悪霊に取りつかれている男が、この祈祷師たちに飛びかかって押さえつけ、ひどい目に遭わせたので、彼らは裸にされ、傷つけられて、その家から逃げ出した。
NIVThen the man who had the evil spirit jumped on them and overpowered them all. He gave them such a beating that they ran out of the house naked and bleeding.
註解: この事実は一面に於て単に形式的にイエスの御名を唱うる事の無力無意味たる事を示し、他面に於てこれは大なる罪としてその罰を受くべきである事を示す。
辞解
[二人] に限られし事につき種々の説明が試みられて居るけれども重要なる意味を示すもの無き故略す、恐らく14節註の如くに見るべきであろう。

19章17節 ()(こと)エペソに()(すべ)てのユダヤ(びと)とギリシヤ(びと)とに()れたれば、(おそれ)かれら一同(いちどう)のあひだに(しゃう)じ、(しゅ)イエスの()(あが)めらる。[引照]

口語訳このことがエペソに住むすべてのユダヤ人やギリシヤ人に知れわたって、みんな恐怖に襲われ、そして、主イエスの名があがめられた。
塚本訳するとこのことがエペソに住んでいる者全体、ユダヤ人にも異教人にも知れわたったので、恐れが彼らすべてをおそい、主イエスの名があがめられた。
前田訳このことはエペソに住むすべてのユダヤ人とギリシア人に知れわたった。そしておそれが彼らすべてを包み、主イエスの名があがめられた。
新共同このことがエフェソに住むユダヤ人やギリシア人すべてに知れ渡ったので、人々は皆恐れを抱き、主イエスの名は大いにあがめられるようになった。
NIVWhen this became known to the Jews and Greeks living in Ephesus, they were all seized with fear, and the name of the Lord Jesus was held in high honor.
註解: 主イエスの御名の濫用者が忽(たちま)ちにして天罰を受けたと云う事によりエペソの人々の間にイエスの御名に対する畏敬の念を生じた。この種の畏敬は迷信的な心持も多分に交って居るけれども、こうした心持を以てイエスを見直す事はイエスの真の姿を認め得るに至る第一歩である。畏懼崇敬の心は信仰に入るの前提である。

19章18節 信者(しんじゃ)となりし(もの)おほく(きた)り、懴悔(ざんげ)して(みづか)らの行爲(おこなひ)()ぐ。[引照]

口語訳また信者になった者が大ぜいきて、自分の行為を打ちあけて告白した。
塚本訳すでに信者になっていた者も沢山来て罪を告白し、自分の(使っていた)魔術の呪文を打ち明けた。
前田訳すでに信徒になっていたものも、大勢来て罪を告白し、自らの行状を打ち明けた。
新共同信仰に入った大勢の人が来て、自分たちの悪行をはっきり告白した。
NIVMany of those who believed now came and openly confessed their evil deeds.
註解: 是まで人の前に隠蔽して居った自己の罪も、神を懼るる心が生じた為にこれを隠し置く事の恐ろしさを感じてこれを告白した。人は恥を忍んで罪を告白する時その罪の重荷を卸す事が出来る。

19章19節 また魔術(まじゅつ)(おこな)ひし(おほ)くの(もの)ども、その書物(しょもつ)()ちきたり、衆人(しゅうじん)(まへ)にて()きたるが、()(あたひ)(かぞ)ふれば(ぎん)()(まん)ほどなりき。[引照]

口語訳それから、魔術を行っていた多くの者が、魔術の本を持ち出してきては、みんなの前で焼き捨てた。その値段を総計したところ、銀五万にも上ることがわかった。
塚本訳また魔術を使っていたかなり多くの人が(魔術の)書物を持ち寄って、皆の目の前で焼きすてた。その値段を総計すると、銀五万(ドラクマ[二、五00万円])であった。
前田訳魔術を行なっていたもののかなり多くが書物を持ちよって、皆の前で焼きすてた。その値打ちを数え合わせると銀貨五万であった。
新共同また、魔術を行っていた多くの者も、その書物を持って来て、皆の前で焼き捨てた。その値段を見積もってみると、銀貨五万枚にもなった。
NIVA number who had practiced sorcery brought their scrolls together and burned them publicly. When they calculated the value of the scrolls, the total came to fifty thousand drachmas.
註解: 魔術者はその魔術に関する多くの書籍を有し、また魔術用の札や其他の用具を有って居った。エペソに於ては殊に此種の奇術が盛に行われて居った。彼らがその収入の途の絶ゆるをも厭わず、その書籍の多数を焼却し、その魔術の仕事を棄てた事は信仰による大英断であって、パウロの伝道が如何に力強くエペソの人々の心に働いて居ったかを見る事が出来る。
辞解
[銀五万] 五万ドラクマ(五万デナリ)であって約平時の一萬七千五百円(▲1939年頃の日貨の価値。一デナリは大体労働者の一日の賃金に相当する)に相当する。

19章20節 (しゅ)(ことば)(おほい)(ひろま)りて權力(ちから)()しこと()くの(ごと)し。[引照]

口語訳このようにして、主の言はますます盛んにひろまり、また力を増し加えていった。
塚本訳こうして主の言葉は勢いよく成長し、また力を増した。
前田訳かくて主の力によってみことばは成長し、勢いを増した。
新共同このようにして、主の言葉はますます勢いよく広まり、力を増していった。
NIVIn this way the word of the Lord spread widely and grew in power.
註解: エペソに於けるパウロの伝道はこの時その成功の頂点に立って居った。

5-4-2-ハ パウロの伝道旅行の予定 19:21 - 19:22

19章21節 (これ)()(こと)のありし(のち)パウロ、マケドニヤ、アカヤを()てエルサレムに()かんと(こころ)(さだ)めて()ふ『われ彼處(かしこ)(いた)りてのち(かなら)ずロマをも()るべし』[引照]

口語訳これらの事があった後、パウロは御霊に感じて、マケドニヤ、アカヤをとおって、エルサレムへ行く決心をした。そして言った、「わたしは、そこに行ったのち、ぜひローマをも見なければならない」。
塚本訳(エペソで)これらのことが終ると、パウロは(アジヤでの仕事が一応完成したことを知り、)マケドニヤ、アカヤを通ってエルサレムに行く決心をした。彼はこう言うのであった、「そこに行ったあとで、わたしはローマをも見なければ成らない」と。
前田訳これらが終わると、パウロはマケドニアとアカイアとを通って、エルサレムヘ行くことを心に決めた。そしていった、「あそこに着いたあとでローマをも見ねばならない」と。
新共同このようなことがあった後、パウロは、マケドニア州とアカイア州を通りエルサレムに行こうと決心し、「わたしはそこへ行った後、ローマも見なくてはならない」と言った。
NIVAfter all this had happened, Paul decided to go to Jerusalem, passing through Macedonia and Achaia. "After I have been there," he said, "I must visit Rome also."
註解: この旅程はIコリ16:5-7の旅程計画に一致して居る点より見ればこの頃にパウロはコリント前書を認めたのであろう。この順序を取ったのはエルサレムの聖徒のために寄附金を集めんが為であった(Iコリ16:1-3。IIコリ8章。9章。ロマ15:25-28)。彼が当時の政治上の首都ローマに赴かんとせしその雄大なる企図を見よ。

19章22節 (かく)(おのれ)(つか)ふる(もの)(うち)にてテモテとエラストとの二人(ふたり)をマケドニヤに(つかは)し、自己(みづから)はアジヤに(しばら)(とどま)る。[引照]

口語訳そこで、自分に仕えている者の中から、テモテとエラストとのふたりを、まずマケドニヤに送り出し、パウロ自身は、なおしばらくアジヤにとどまった。
塚本訳そこで彼は自分の手助けをしている者の中からテモテとエラストとの二人を(さきに)マケドニアにやり、自分は(なお)しばらくアジヤに留まった。
前田訳彼は手伝いの中のふたりテモテとエラストとをマケドニアにつかわしたが、自らはしばらくアジアにとどまっていた。
新共同そして、自分に仕えている者の中から、テモテとエラストの二人をマケドニア州に送り出し、彼自身はしばらくアジア州にとどまっていた。
NIVHe sent two of his helpers, Timothy and Erastus, to Macedonia, while he stayed in the province of Asia a little longer.
註解: このエラストはIIテモ4:20のエラストと同一人ならんも他には何事も知られて居ない。ロマ16:23のエラストはこれとは別人なり。このアジア滞在中にパウロは今一度緊急の事件の為にコリントを訪問したのであろう(IIコリ2:1。12:14、21。13:1、2)。この第二回の訪問の事は使徒行伝に録されて居ない。問題が重大でありコリントの信徒をいたく憂いしめたので、パウロは予定通り五旬節の頃までエペソに留り(Iコリ16:8)、それより21節の予定を変更して直接にコリントを訪問する事を約束したのであろう。然るにデメテリオの事件の為に急にエペソを出立つ必要が起り、その為に急遽コリントを訪う事の時期尚早くして不適当なる事を考え、約束を変更して始の予定に立帰り、マケドニヤを経てコリントに行く事とし先づテトスをコリントに遣しその事情を窺(うかが)わしめたのであった(IIコリ1:15-17註。2:13。7:6)と見るのが至当であろう。かくして21節の旅程に再び逆戻りした事となりコリントの信徒にはパウロが変節漢の如くに見えたのであろう(IIコリ1:17)。
要義1 [内容なき称名]咒文師が試にイエスの御名を称えて失敗した記事は、興味多き事実である。今日の基督者の中に魔術を行わんが為に、イエスの御名を称うる者は無いけれども、形式のみの信者であって、信仰なき者は頗る多い。こうした基督者は名称のみはキリストに属して居るけれども、信仰によってキリストに連るにあらず、従って信仰より来る力が無い。その結果全く無力なる存在と化し去りサタンの襲撃に一たまりもなく敗北する。こうした基督者はこの咒文師の如く全く空なる名称を唱うるのみであって、何等の内容をも有せざる事となる。我らはこの咒文師を笑う前に、自らを顧み、基督者たる名称が果して内容に相応しきや否やを検すべきである。
要義2 [魔術書籍の焼却]信仰のためには往々にして我らに取りて最も貴重なるものを悉く棄て去る事が必要な場合がある。主は我らに凡てを棄てて主に従うべき事を要求し給う。富も地位も名誉も家族も皆これを主の為に棄て得るものにして始めて主イエスの弟子となる事が出来る。
要義3 [懺悔の必要]懺悔は自己の恥を人の前に出す事である故、何人もこれを行う事を躊躇する。併し乍ら意を決して懺悔せる場合は重荷を卸せる如き気軽さを感ずるものである。カトリック教会はこの二つの点を巧に利用して僧侶に対してのみ懺悔せしむるの途を取って居る。併し乍らこれは同時に弊害を伴う。神を畏るる心が恥を憂慮する心に打ち勝ちて自然に懺悔せんとする心が湧き出でし場合、必要なる相手方に向って自己の罪を懺悔すべきである。

5-4-2-二 デメテリオ事件 19:23 - 19:41

19章23節 その(ころ)この(みち)()きて一方(ひとかた)ならぬ騷擾(さわぎ)おこれり。[引照]

口語訳そのころ、この道について容易ならぬ騒動が起った。
塚本訳そのころに、(キリストの)道のことで由々しい騒ぎがおこった。(それはこういう事件である。)
前田訳そのころこの道についてただならぬ騒ぎがおこった。
新共同そのころ、この道のことでただならぬ騒動が起こった。
NIVAbout that time there arose a great disturbance about the Way.
註解: この事件は全く不意に起ったのであったけれども、一方パウロの勢力が伸張するに伴い、次第に反対の気勢が揚りつつあった事は想像に難くない。
辞解
[道] 往々にして異端または宗派を表す場合あり。当時の程度に於ける基督教を表すに他の適当の語を見出し難かったのであろう。

19章24節 デメテリオと()(ぎん)細工人(さいくにん)ありしが、アルテミスの(ぎん)小宮(こみや)(つく)りて細工人(さいくにん)らに(おほ)くの(げふ)()させたり。[引照]

口語訳そのいきさつは、こうである。デメテリオという銀細工人が、銀でアルテミス神殿の模型を造って、職人たちに少なからぬ利益を得させていた。
塚本訳(エペソで)デメテリオという銀細工人が、アルテミス神の(像の入っている小さな)銀の厨子を造って(売り出し、多くの)職人達に少なからぬ収益を得させていた。
前田訳デメトリオという銀細工人がアルテミスの銀の宮を造って職人たちに少なからぬ利益を得させていた。
新共同そのいきさつは次のとおりである。デメトリオという銀細工師が、アルテミスの神殿の模型を銀で造り、職人たちにかなり利益を得させていた。
NIVA silversmith named Demetrius, who made silver shrines of Artemis, brought in no little business for the craftsmen.
註解: アルテミス即ちデイアナの宮の模型を銀を以て造りこれを参拝者に売り付け、参拝者はこれを恐らくそのまま女神にささげたのであろう(ラムゼー)。或は家に持ち帰りて奉置せしものとも考うる事が出来る。デメテリオはその銀細工の総元締の如き人。エペソのアルテミスは当時広く崇敬されし神であった。

19章25節 それらの(もの)および(おな)(たぐひ)職業(しょくげふ)(しゃ)(あつ)めて()[引照]

口語訳この男がその職人たちや、同類の仕事をしていた者たちを集めて言った、「諸君、われわれがこの仕事で、金もうけをしていることは、ご承知のとおりだ。
塚本訳彼は(一日)職人たちと、同じ仕事に関係している者たちとを集めて言った、「諸君、この商売がわたし達の福の神であることは御承知のとおりだが、
前田訳彼は職人たちと関連の業者とを集めていった、「皆さん、ご承知のとおりわれらが裕福なのはこの仕事のおかげです。
新共同彼は、この職人たちや同じような仕事をしている者たちを集めて言った。「諸君、御承知のように、この仕事のお陰で、我々はもうけているのだが、
NIVHe called them together, along with the workmen in related trades, and said: "Men, you know we receive a good income from this business.
註解: 職業者 ergatai は細工人 technitai よりも地位の低き労働者でこの職業に関連あるものを指したるなり。

人々(ひとびと)よ、われらが()(げふ)()りて()(えき)()ることは、(なんぢ)らの()(ところ)なり。

註解: 人は真理が蹂躙されても沈黙するけれども自己の利益が侵害さるる場合は忽にして死物狂いとなる。

19章26節 (しか)るに、かのパウロは()にて(つく)れる(もの)(かみ)にあらずと()ひて、(ただ)にエペソのみならず、(ほとん)(ぜん)アジヤにわたり、(おほ)くの人々(ひとびと)()(すす)めて(まどは)したり、これ(また)なんぢらの()(きき)する(ところ)なり。[引照]

口語訳しかるに、諸君の見聞きしているように、あのパウロが、手で造られたものは神様ではないなどと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説きつけて誤らせた。
塚本訳あなた達が見もし聞きもするように、あのパウロという奴は、(人間の)手で出来たものは神ではないと言って、エペソだけでなく、ほとんどアジヤ全体の大勢の人々を説きつけて、背かせてしまった。
前田訳しかるに、見聞きなさるように、エペソばかりかほとんど全アジアであのパウロが、『手でできたものなど神々でない』といって、かなりの群衆を説得して迷わせました。
新共同諸君が見聞きしているとおり、あのパウロは『手で造ったものなどは神ではない』と言って、エフェソばかりでなくアジア州のほとんど全地域で、多くの人を説き伏せ、たぶらかしている。
NIVAnd you see and hear how this fellow Paul has convinced and led astray large numbers of people here in Ephesus and in practically the whole province of Asia. He says that man-made gods are no gods at all.
註解: デメテリオはパウロの主張と活動をここに略述して居るけれどもその主張の正邪については一言も述べて居ない。これを述べる事が出来ないからである。

19章27節 (かく)ては(ただ)(われ)らの職業(しょくげふ)(かろ)しめらるる(おそれ)あるのみならず、また大女神(おほめがみ)アルテミスの(みや)(なみ)せられ、(ぜん)アジヤ、全世界(ぜんせかい)のをがむ大女神(おほめがみ)稜威(みいつ)(ほろ)ぶるに(いた)らん』[引照]

口語訳これでは、お互の仕事に悪評が立つおそれがあるばかりか、大女神アルテミスの宮も軽んじられ、ひいては全アジヤ、いや全世界が拝んでいるこの大女神のご威光さえも、消えてしまいそうである」。
塚本訳これではお互の仕事が信用を失う恐れがあるばかりか、(第一)偉大なる女神アルテミスのお宮も馬鹿にされ、アジヤ全体はもちろん、世界(中)で拝んでいるこのお方の御威光までなくなりそうな恐れがある。」
前田訳これでは、われらの仕事が信用を失うおそれがあるばかりか、偉大な女神アルテミスの神殿も無にされ、全アジアまた全世界が拝んでいる女神のご威光さえ失われそうです」と。
新共同これでは、我々の仕事の評判が悪くなってしまうおそれがあるばかりでなく、偉大な女神アルテミスの神殿もないがしろにされ、アジア州全体、全世界があがめるこの女神の御威光さえも失われてしまうだろう。」
NIVThere is danger not only that our trade will lose its good name, but also that the temple of the great goddess Artemis will be discredited, and the goddess herself, who is worshiped throughout the province of Asia and the world, will be robbed of her divine majesty."
註解: デメテリオの論鋒は如何にも大女神に対する敬神思想の擁護が主要の目的であるかの如くに見せかけつつ実は自分等の懐の問題を主眼として居るのである。宗教上の争論が純粋に真理に関する論争である限り君子の争であるけれども、その背後に利害の問題がひそむ場合極めて醜悪なるものとなる。而して実際は多くこの種の争闘が行われている。
辞解
[輕しめらるる] ▲「評判が悪くなる」意味もある。

19章28節 (かれ)()これを()きて憤恚(いきどほり)滿(みた)され、(さけ)びて()ふ『(おほい)なる(かな)、エペソ(びと)のアルテミス』[引照]

口語訳これを聞くと、人々は怒りに燃え、大声で「大いなるかな、エペソ人のアルテミス」と叫びつづけた。
塚本訳これを聞いて彼らは非常に憤慨して、「エペソ人のアルテミス神、万歳!」と叫んだ。
前田訳彼らはこれを聞いて怒りに満ち、「偉大にいます、エペソ人のアルテミス」と叫んだ。
新共同これを聞いた人々はひどく腹を立て、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と叫びだした。
NIVWhen they heard this, they were furious and began shouting: "Great is Artemis of the Ephesians!"
註解: アルテミスの女神に関する崇敬は一般的の事実であった為、この叫声は無批判に正当視せられた。夫ゆえにこの叫声はデメテリオ始めその一団の利益を擁護するが為の最善の護符の如きものであった。

19章29節 (かく)(まち)(こぞ)りて(さわ)()ち、人々(ひとびと)パウロの同行(どうかう)(しゃ)なるマケドニヤ(びと)ガイオとアリスタルコとを(とら)へ、(こころ)(ひと)つにして劇場(げきじゃう)押入(おしい)りたり。[引照]

口語訳そして、町中が大混乱に陥り、人々はパウロの道連れであるマケドニヤ人ガイオとアリスタルコとを捕えて、いっせいに劇場へなだれ込んだ。
塚本訳それで町中が上を下への混乱におちいり、一せいに(青天井の)劇場になだれ込んだ。──パウロの道連れであるマケドニア人のガイオとアリスタルコをも一緒に引いていった。
前田訳それで町中が混乱で満ち、人々は一団となって(野外)劇場へなだれ込んだ。パウロの道連れであるマケドニア人ガイオとアリスタルコをも捕えていった。
新共同そして、町中が混乱してしまった。彼らは、パウロの同行者であるマケドニア人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって野外劇場になだれ込んだ。
NIVSoon the whole city was in an uproar. The people seized Gaius and Aristarchus, Paul's traveling companions from Macedonia, and rushed as one man into the theater.
註解: 群衆は常に煽動に乗り易いものである。デメテリオの陋劣なる心事を察するの明なく、唯その装う敬神の言に欺かれてパウロとその一派を駆逐せんとした。パウロは丁度その時そこに居なかったので他の弟子たちを捕えて劇場に押入った。
辞解
[ガイオ] 20:4のガイオとは別人、Iコリ1:14。ロマ16:23。IIIヨハ1等のガイオと同一人なりや否やは不明。
[アリスタルコ] 20:4。27:2。コロ4:10。ピレ24と同一人。
[劇場] 観劇の目的の外に人民の集会にも用いられた。エペソは共和都市であって人民の集会によりて政治が行われた。

19章30節 パウロ集民(しふみん)のなかに()らんと()たれど、弟子(でし)たち(ゆる)さず。[引照]

口語訳パウロは群衆の中にはいって行こうとしたが、弟子たちがそれをさせなかった。
塚本訳パウロも民衆の中にわけ入ろうと思ったが、(主の)弟子たちが承知しなかった。
前田訳パウロは群衆の中に入ろうとしたが、弟子たちが承知しなかった。
新共同パウロは群衆の中へ入っていこうとしたが、弟子たちはそうさせなかった。
NIVPaul wanted to appear before the crowd, but the disciples would not let him.
註解: パウロは一は集民を説服してその反対を静めん為、一はガイオやアリスタルコを救出さんが為に集民の中に飛込まんとした。併し乍ら集民の目的はパウロの殺害にあったので弟子たちはこれを制止した。熱狂せる群衆に真理を説く事は爆薬に火を点ずるが如きものである。
辞解
[集民] dēmos 集団となれる群民を指す。

19章31節 (また)アジヤの(まつり)(つかさ)のうちの(ある)(もの)どもも(かれ)(した)しかりしかば、(ひと)(つかは)して劇場(げきじゃう)()らぬやうにと(すす)めたり。[引照]

口語訳アジヤ州の議員で、パウロの友人であった人たちも、彼に使をよこして、劇場にはいって行かないようにと、しきりに頼んだ。
塚本訳またアジヤ州会の議員で、パウロに好意をもっていた人たちも、彼の所に使をやって、彼自身は劇場に入らないようにと頼ませた。──
前田訳アジア州の議員でパウロに友好的であった人々も、彼のところに使いをやって、劇場に入らないよう勧めた。
新共同他方、パウロの友人でアジア州の祭儀をつかさどる高官たちも、パウロに使いをやって、劇場に入らないようにと頼んだ。
NIVEven some of the officials of the province, friends of Paul, sent him a message begging him not to venture into the theater.
註解: 弟子のみならず友人も亦パウロの劇場に入る事を止めた。是は結局賢い方法であった。
辞解
[アジヤの祭の司] Asiarchos 即ち「アジヤの守」でその地方の議会の長として、また地方の祭事または競技等の催しの指揮者としての職を有する人、複数を用いしは、是等の人は退職後もこの名称を保持するが為なり(他の州にも同様の「守」あり)、パウロがこの種の人々との間に交際を有って居った事は、注意を要する事実である。▲すなわちパウロは信仰を異にする人を悪魔のごときものと見なかったことを示す。

19章32節 ここに會衆(くわいしゅう)おほいに(みだれ)れ、大方(おほかた)はその(なに)のために(あつま)りたるかを()らずして、(ある)(もの)はこの(こと)を、(ある)(もの)はかの(こと)(さけ)びたり。[引照]

口語訳中では、集会が混乱に陥ってしまって、ある者はこのことを、ほかの者はあのことを、どなりつづけていたので、大多数の者は、なんのために集まったのかも、わからないでいた。
塚本訳さて(劇場では)めいめいがそれぞれ違ったことを叫んでいた。集会はすっかり混乱し、大部分の者はなんのために集まっているか知らなかったのである。
前田訳めいめいが違ったことを叫んでいた。それは、集会が混乱していて、多数のものは何のために集まったのか、わからなかったからである。
新共同さて、群衆はあれやこれやとわめき立てた。集会は混乱するだけで、大多数の者は何のために集まったのかさえ分からなかった。
NIVThe assembly was in confusion: Some were shouting one thing, some another. Most of the people did not even know why they were there.
註解: 群衆混乱の状況を叙述す。神の子の福音は往々にしてこうした盲目的混乱によりて妨害される。

19章33節 (つい)群衆(ぐんじゅう)(ある)(もの)ども、ユダヤ(びと)()(いだ)したるアレキサンデルに(すす)めたれば、かれ()(うごか)して集民(しふみん)辯明(べんめい)をなさんとすれど、[引照]

口語訳そこで、ユダヤ人たちが、前に押し出したアレキサンデルなる者を、群衆の中のある人たちが促したため、彼は手を振って、人々に弁明を試みようとした。
塚本訳すると、(事情を聞くため)ユダヤ人たちから前の方に押し出されたアレキサンデルに、群衆の中のある者が訳を話したので、アレキサンデルは手を振って、民衆に(ユダヤ人のことを)弁明しようとした。
前田訳人々はユダヤ人から推されたアレクサンデルを群衆の前に押し出した。アレクサンデルは手を動かして民衆に弁明しようとした。
新共同そのとき、ユダヤ人が前へ押し出したアレクサンドロという男に、群衆の中のある者たちが話すように促したので、彼は手で制し、群衆に向かって弁明しようとした。
NIVThe Jews pushed Alexander to the front, and some of the crowd shouted instructions to him. He motioned for silence in order to make a defense before the people.
註解: このアレキサンデルがもしIテモ1:20。同IIテモ4:14のアレキサンデルと同一人なりとすれば、彼は後に背教者となった事が判る。一時は殉教の決心までなせる者が、後に至りて背教者となる場合は少くない。
辞解
[ユダヤ人] ここでは基督者に対するユダヤ人ではなく、ギリシヤ人に対する意味のユダヤ人と見るを可とす。ゆえにアレキサンデルを基督者と見るべきである。
[勤め] sunbibazō は教えると云う如き意。

19章34節 ()のユダヤ(びと)たるを()り、みな同音(どうおん)に『おほいなる(かな)、エペソ(びと)のアルテミス』と(よば)はりて()時間(じかん)ばかりに(およ)ぶ。[引照]

口語訳ところが、彼がユダヤ人だとわかると、みんなの者がいっせいに「大いなるかな、エペソ人のアルテミス」と二時間ばかりも叫びつづけた。
塚本訳しかしそれがユダヤ人だとわかると、人々は声をそろえて、「エペソ人のアルテミス神、ばんざい!」と二時間ばかりも叫んでいた。
前田訳しかし彼がユダヤ人であると知って、人々は皆声をひとつにして、「偉大にいます、エペソ人のアルテミス」と二時間ほども叫んでいた。
新共同しかし、彼がユダヤ人であると知った群衆は一斉に、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と二時間ほども叫び続けた。
NIVBut when they realized he was a Jew, they all shouted in unison for about two hours: "Great is Artemis of the Ephesians!"
註解: 群衆より見てはユダヤ人も基督者も同一であり、また事実偶像神に対する態度に於ては同一であったので、彼らは大声にアルテミスの神を讃美してユダヤ人の声を葬ってしまった。

19章35節 (とき)書記役(しゅきやく)群衆(ぐんじゅう)(しづ)めおきて()ふ『さてエペソ(びと)よ、(たれ)かエペソの(まち)大女神(おほめがみ)アルテミス(およ)(てん)より(くだ)りし(ざう)宮守(みやもり)なることを()らざる(もの)あらんや。[引照]

口語訳ついに、市の書記役が群衆を押し静めて言った、「エペソの諸君、エペソ市が大女神アルテミスと、天くだったご神体との守護役であることを知らない者が、ひとりでもいるだろうか。
塚本訳そこで(町の)書記が群衆をおし静めて言う、「エペソ人諸君、このエペソ人の町が、偉大なるアルテミス神と天から下ってきた御身体との番人であることを、知らない人がいったいあるのだろうか。
前田訳町の書記が群衆を静めていった、「エペソ人の皆さん、エペソ人の町が偉大なアルテミスとその天来の像との守り手であることを知らない人がありますか。
新共同そこで、町の書記官が群衆をなだめて言った。「エフェソの諸君、エフェソの町が、偉大なアルテミスの神殿と天から降って来た御神体との守り役であることを、知らない者はないのだ。
NIVThe city clerk quieted the crowd and said: "Men of Ephesus, doesn't all the world know that the city of Ephesus is the guardian of the temple of the great Artemis and of her image, which fell from heaven?
註解: この混沌の中に鎮静の役を買って出たのが書記役であった。彼は飽くまでも宗教の本質論に入る事を避け、事実に基き常識論と手続上の事につきて群衆をさとした。その挙げし第一の事実はエペソの町がアルテミスの女神の宮守である事を一般が知って居ると云う事であった。パウロ及びその弟子たちがこの事実を如何に認めるか等の問題に触れない処が、彼の実際家としての賢さである。
辞解
[書記役] grammateus。
[天より降りし像] diopetēs 神話によればアルテミスの像はゼウスの神即ち天より降ったものと信ぜられて居った。
[宮守] 宮を掃除し、これを清浄に保つ役。

19章36節 これは()()(がた)きことなれば、なんぢら(しづ)かなるべし、(みだり)なる(こと)()すべからず。[引照]

口語訳これは否定のできない事実であるから、諸君はよろしく静かにしているべきで、乱暴な行動は、いっさいしてはならない。
塚本訳これは争われない事実だから、諸君は静かにしていて、決して軽はずみなことをしてはならない。
前田訳このことは争われぬ事実であるから、あなた方は静かにしているべきで、何も早まったことをしてはなりません。
新共同これを否定することはできないのだから、静かにしなさい。決して無謀なことをしてはならない。
NIVTherefore, since these facts are undeniable, you ought to be quiet and not do anything rash.
註解: エペソの市がアルテミスの女神の宮守である事実は厳然として存して居り誰が何と云おうとも言い消し得ない事であるから毫も心配するに及ばない。パウロ等がこの事実を否定して居るかどうかにつきては触れず、たとい否定しても心配する事は無いとの意を含む。
辞解
[静かなる] katastalmenos 鎮静の意、興奮せる状態を落付かせる事。
[妄なる事] propetēs 猪突に相当す。▲「無茶をするな」の俗語が当てはまる。

19章37節 この人々(ひとびと)(みや)(もの)(ぬす)(もの)にあらず、(われ)らの女神(めがみ)(そし)(もの)にもあらず、(しか)るに(なんぢ)(これ)()(きた)れり。[引照]

口語訳諸君はこの人たちをここにひっぱってきたが、彼らは宮を荒す者でも、われわれの女神をそしる者でもない。
塚本訳諸君は、宮荒しでもなく、われわれの女神を冒涜する者でもないこの人たちを、(ここに)引いてきたではないか。
前田訳あなた方はこの人々を引き連れて来ましたが、彼らは宮荒しでもなく、われらの神を汚すものでもありません。
新共同諸君がここへ連れて来た者たちは、神殿を荒らしたのでも、我々の女神を冒涜したのでもない。
NIVYou have brought these men here, though they have neither robbed temples nor blasphemed our goddess.
註解: パウロ等は宮の物を盗まなかったのは勿論、女神を謗らなかった故何等の罪も無い。この語によりてパウロ等が偶像の宮に対して如何なる態度を取ったかを知る事が出来る。即ちパウロ等は先づ人を真の信仰に導く事によりて自然に偶像の問題を解決せんとしたのであって、先づ偶像とその宮を冒涜して後に信仰に導かんとしたのではなかった。
辞解
[宮の物を盗む者] hierosulos 手を触るべからざる聖物を盗む事は最も厚顔なる罪である。尚この場合、この語を行為によりて神を涜す事の意味に取る説もある。

19章38節 もしデメテリオ(およ)(とも)にをる細工人(さいくにん)ら、(ひと)()きて(うった)ふべき(こと)あらば、裁判(さいばん)()あり、かつ(つかさ)あり、(かれ)()おのおの(うった)ふべし。[引照]

口語訳だから、もしデメテリオなりその職人仲間なりが、だれかに対して訴え事があるなら、裁判の日はあるし、総督もいるのだから、それぞれ訴え出るがよい。
塚本訳だから、もしデメテリオとその仲間の職人たちとが、だれかを相手取って請求することがあるなら、(そのために)裁判は開かれ、地方総督もおられることだから、互に訴訟をやったらよかろう。
前田訳それで、もしデメトリオとその仲間の職人たちが、だれかを訴えることがあるならば、裁判は開かれるし、地方総督らもいることですから、互いに訴えたらよいでしょう。
新共同デメトリオと仲間の職人が、だれかを訴え出たいのなら、決められた日に法廷は開かれるし、地方総督もいることだから、相手を訴え出なさい。
NIVIf, then, Demetrius and his fellow craftsmen have a grievance against anybody, the courts are open and there are proconsuls. They can press charges.
註解: 群衆を煽動する如き危険にして下等な態度をさけ、堂々として正式の訴訟を提起すべし、その途は備わって居るからとの意。この手段を取らないのはデメテリオの方に疚しい処があるからではないかとの意を含む。これによりてデメテリオはその虚を衝かれた訳である。

19章39節 もし(また)ほかの(こと)につきて()する(ところ)あらば正式(せいしき)議會(ぎくわい)にて(けっ)すべし。[引照]

口語訳しかし、何かもっと要求したい事があれば、それは正式の議会で解決してもらうべきだ。
塚本訳しかしもし何かそれ以上の(裁判所の扱えない)要求を持っているなら、正式の議会で決定してもらうがよい。
前田訳もしあなた方が何かそれ以上を求めるのならば、正式の議会で決めてもらえるでしょう。
新共同それ以外のことで更に要求があるなら、正式な会議で解決してもらうべきである。
NIVIf there is anything further you want to bring up, it must be settled in a legal assembly.
註解: 何人かを訴うるのではなく、何事かを決しようとするのであれば人民の衆会を正式に召集して、これを解決すべきである。何れにしてもかく不秩序なる群衆を無目的に糾合するは宜しくない。
辞解
[議する] epizēteō は求むるの意。「何か注文があるならば」と訳して可ならん。
[議会] ekklēsia。
[決すべし] 「解くべし」なる文字を用う。

19章40節 (われ)今日(けふ)騷擾(さわぎ)につきては(なに)理由(りいう)もなきにより(とがめ)()くる(おそれ)あり。この會合(くあいがふ)につきて()ひひらくこと(あた)はねばなり』[引照]

口語訳きょうの事件については、この騒ぎを弁護できるような理由が全くないのだから、われわれは治安をみだす罪に問われるおそれがある」。
塚本訳今日のことは、この騒擾について申開きの出来るような理由が一つもないので、暴動の罪に問われる恐れがあるのだから。」彼はこう言って、集会を解散させた。
前田訳きょうのことについては、何も理由がないのですから、騒擾罪(そうじょうざい)に問われるおそれがあります。われらはこの騒ぎの言いわけができないのです」と。こういって彼は集会を解散させた。
新共同本日のこの事態に関して、我々は暴動の罪に問われるおそれがある。この無秩序な集会のことで、何一つ弁解する理由はないからだ。」こう言って、書記官は集会を解散させた。
NIVAs it is, we are in danger of being charged with rioting because of today's events. In that case we would not be able to account for this commotion, since there is no reason for it."
註解: (私訳)「今日の事につきては、何の理由もなく、この会合につきて言いひらくこと能わざれば、我ら騒擾罪を以て訴えらるる恐あり」最後に書記役は刑罰を以て群衆を威嚇した。群衆を制御する最良の方法である。

19章41節 ()()ひて集会(あつまり)(さん)じたり。[引照]

口語訳こう言って、彼はこの集会を解散させた。
塚本訳
前田訳
新共同
NIVAfter he had said this, he dismissed the assembly.
註解: 書記役の鎮撫が功を奏して集会は解散し、パウロは難を免れガイオやアリスタルコは釈放された。
要義1 [信仰迫害の動機]信仰に対する迫害は、表面上は常に宗教的の理由を以て為されて居るけれども、裏面に於ては殆んど例外なしに利慾と打算とによりて動かされて居るのであって、或は自己の勢力範囲が縮少せられ、或は自己の収入に影響を及ぼす事の為に、猛然として迫害の火の手を揚げるのである。但しユダヤ教の如き熱心なる排他的の宗教に在りては往々にして狂信家が現れ、利害の打算を離れて異教徒を迫害する事がある。但し是等の場合に於ても多くは背後に利害に敏なるものが糸を引いて居る事が多い。夫ゆえに宗教上の争議は多くの場合利害問題である。デメデリオの場合もその一例に過ぎない。夫ゆえに我らの注意すべきの事は利害を真理の問題に介在せしめない事である。
要義2 [パウロは異教徒または偶像の宮に対して如何なる態度を取りしか]37節より見るならば、パウロ及びその弟子たちは決して濫にエペソ人の崇尊せるアルテミスの神を謗らなかった事を知る事が出来る。もし彼らがこの女神を謗って居ったならば、群衆の中にこれを聞ける者が必ず有るはずであり、書記役の言は忽ちにして群衆の反対の中に葬り去られた事であろう。この事の無かりしはパウロ等の三年間のエペソ伝道に於て偶像に対する彼らの注意深き態度を窺ふ事が出来る。即ち濫りに偶像を謗らず、先づ人々に真の信仰を与うる事によりて自然にこの問題を解決せしめたものと思われる。また31節により、パウロはアジアの祭司の中にも友人を有ったとの事実も、彼の態度の如何を知る一の重要なる事実である。要するに信仰は心の中の事実であって外部よりこれを強制する事も出来ずまたこれを形成する事も出来ない。偶像を破壊してもそれで信仰を与える訳には行かない。此点に於て日本に渡来せる欧米宣教師の、日本の神社及び偶像に対する態度に遺憾なる事が少くない。