黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版使徒行伝

使徒行伝第26章

分類
6 捕囚のパウロ 21:17 - 28:31
6-2 カイザリヤに於けるパウロ 23:31 - 26:32
6-2-8 パウロ、アグリッパ王の前に弁明す 26:1 - 26:23

26章1節 アグリッパ、パウロに()ふ『なんぢは自己(みづから)のために()ぶることを(ゆる)されたり』(ここ)にパウロ()()べ、辯明(べんめい)して()ふ、[引照]

口語訳アグリッパはパウロに、「おまえ自身のことを話してもよい」と言った。そこでパウロは、手をさし伸べて、弁明をし始めた。
塚本訳アグリッパがパウロに、「自分のために陳述しても差し支えない」と言うと、パウロは(演説家のように)手をのばした姿勢で弁明した。──
前田訳アグリッパはパウロにいった、「自らについて発言してよろしい」と。そこでパウロは手をのばして弁明した、
新共同アグリッパはパウロに、「お前は自分のことを話してよい」と言った。そこで、パウロは手を差し伸べて弁明した。
NIVThen Agrippa said to Paul, "You have permission to speak for yourself." So Paul motioned with his hand and began his defense:
註解: パウロが手を伸べて論じ出した態度は堂々たるものであった。演説家の態度である。パウロの手には或は鎖があったであろう。この弁明はパウロの演説中の白眉である。

26章2節 『アグリッパ(わう)よ、(われ)ユダヤ(びと)より(うった)へられし(すべ)ての(こと)につきて今日(けふ)なんぢらの(まへ)辯明(べんめい)するを()幸福(さいはひ)とす。[引照]

口語訳「アグリッパ王よ、ユダヤ人たちから訴えられているすべての事に関して、きょう、あなたの前で弁明することになったのは、わたしのしあわせに思うところであります。
塚本訳「アグリッパ王よ、わたしはユダヤ人に起訴されている一切のことについて、きょう王の前に弁明できる自分を仕合わせと思います。
前田訳「アグリッパ王、わたしがユダヤ人から訴えられているすべてのことについて、きょう御前で弁明しうるわたしをさいわいと思います。
新共同「アグリッパ王よ、私がユダヤ人たちに訴えられていることすべてについて、今日、王の前で弁明させていただけるのは幸いであると思います。
NIV"King Agrippa, I consider myself fortunate to stand before you today as I make my defense against all the accusations of the Jews,

26章3節 (なんぢ)がユダヤ(びと)(すべ)ての習慣(ならはし)問題(もんだい)とを()るによりて(こと)(しか)りとす。されば()ふ、(しの)びて(われ)()け。[引照]

口語訳あなたは、ユダヤ人のあらゆる慣例や問題を、よく知り抜いておられるかたですから、わたしの申すことを、寛大なお心で聞いていただきたいのです。
塚本訳あなたはユダヤ人のあらゆる慣例や、(面倒な)問題を、最もよく知っておられる方だからです。ついては、どうかしばらく御清聴を願います。
前田訳あなたはユダヤ人の慣わしと問題とに、もっともよく通じておいでだからです。それで、忍耐をもってお聞きください。
新共同王は、ユダヤ人の慣習も論争点もみなよくご存じだからです。それで、どうか忍耐をもって、私の申すことを聞いてくださるように、お願いいたします。
NIVand especially so because you are well acquainted with all the Jewish customs and controversies. Therefore, I beg you to listen to me patiently.
註解: ユダヤ人の種族であり且つその王であるアグリツパの前に弁明する事はパウロに取りては全ユダヤ人に対する福音の宣言を意味していた。殊に彼はやがてロマに赴かんとしている時であったので、彼はこれをユダヤ国民に対する最後の辞と考えたのであろう。殊にアグリツパがユダヤ人の習慣や要求を知っていた事はパウロに好都合であり、彼はこれを喜びとした。
辞解
[ユダヤ人] 冠詞を用いず、漠然と一般にユダヤ人を指す。

6-2-8-イ パウロの信仰とユダヤ教との関係 26:4 - 26:8

註解: 4-8節はパウロの信仰とユダヤ教との関係を叙述す。

26章4節 わが(はじめ)より國人(くにびと)のうちに(また)エルサレムに()ける(おさな)(とき)よりの生活(せいくわつ)(さま)は、ユダヤ(びと)のみな()(ところ)なり。[引照]

口語訳さて、わたしは若い時代には、初めから自国民の中で、またエルサレムで過ごしたのですが、そのころのわたしの生活ぶりは、ユダヤ人がみんなよく知っているところです。
塚本訳若い時からのわたしの生活は、初めから(ユダヤ)国民の中で、しかもエルサレムですごしましたので、ユダヤ人は皆知っております。
前田訳わたしが始めから同胞の中で、またエルサレムで過ごしました若い時の生活は、すべてのユダヤ人が知っております。
新共同さて、私の若いころからの生活が、同胞の間であれ、またエルサレムの中であれ、最初のころからどうであったかは、ユダヤ人ならだれでも知っています。
NIV"The Jews all know the way I have lived ever since I was a child, from the beginning of my life in my own country, and also in Jerusalem.
註解: パウロは先づ第一に自己の過去の生活の何たりしかをその幼時に遡って証明し、本来ユダヤ人と極めて密接なる関係に在る者なる事を示してアグリツパの理解を助けた。
辞解
「始より」と「幼き時より」とは同じ事を繰返したので、パウロはこれにより強くその始めの時代を聴者に印象付けんとしているのであった。

26章5節 (かれ)()もし(あかし)せんと(おも)はば、わが(われ)らの宗教(しゅうけう)(もっと)(きび)しき()(したが)ひて、パリサイ(びと)生活(なりはひ)をなしし(こと)(はじめ)より()れり。[引照]

口語訳彼らはわたしを初めから知っているので、証言しようと思えばできるのですが、わたしは、わたしたちの宗教の最も厳格な派にしたがって、パリサイ人としての生活をしていたのです。
塚本訳以前からわたしを知っている彼らは、証人になる気さえあれば、わたしが国の宗教の最も厳格な派に従って、(すなわち)バリサイ人として生活したことを、知っているのです。
前田訳彼らは前からわたしを知っておりますので、証言しようと思えばできるのですが、わたしはわれらの宗教のもっともきびしい派に従って、すなわちパリサイ人として生活しました。
新共同彼らは以前から私を知っているのです。だから、私たちの宗教の中でいちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員として私が生活していたことを、彼らは証言しようと思えば、証言できるのです。
NIVThey have known me for a long time and can testify, if they are willing, that according to the strictest sect of our religion, I lived as a Pharisee.
註解: ユダヤ人の中でもパリサイ人は最も厳格に律法を守り、その中でもヒレル派は殊に厳格であった。パウロは斯くしてユダヤ人中のユダヤ人とも云うべきで律法を無視する如き心は始めより全く有たなかった。
辞解
[もし証せんと思わば] 半面に彼らがこれを希望せざるべしとの想像を含む、何となればこの事実を認むる事はパウロの改心によりて基督の福音の偉大さと真実さを証明する事となるからである(B1)。
[始より] 前節と同じくパウロの幼時の生活を彼らをして思い出さしめん為である。
[知れり] proginôskô は 「前より知っている」の意で、パウロがこれにて四度過去の事を強調している事となる。

26章6節 (いま)わが()ちて(さば)かるるは、(かみ)(われ)らの先祖(せんぞ)たちに約束(やくそく)(たま)ひしことの希望(のぞみ)()りてなり。[引照]

口語訳今わたしは、神がわたしたちの先祖に約束なさった希望をいだいているために、裁判を受けているのであります。
塚本訳それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。
前田訳そして今、わたしが裁かれて立っているのは、神がわれらの先祖にお与えの約束への希望のためです。
新共同今、私がここに立って裁判を受けているのは、神が私たちの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけているからです。
NIVAnd now it is because of my hope in what God has promised our fathers that I am on trial today.
註解: この希望はイスラエル復興の希望であり、神の約束し給う処であった(引照)。パウロはこの希望がイエスの復活によりて真の意味に成就せし事を信じたるがゆえに審かれるのである。即ちユダヤ人と同一の信仰の基礎の上に立ちつつ而かもユダヤ人に審かれるとは甚だ(いわ)れなき事である。

26章7節 (これ)()んことを(のぞ)みて()十二(じふに)(やから)(よる)(ひる)熱心(ねっしん)(かみ)(つか)ふるなり。[引照]

口語訳わたしたちの十二の部族は、夜昼、熱心に神に仕えて、その約束を得ようと望んでいるのです。王よ、この希望のために、わたしはユダヤ人から訴えられています。
塚本訳わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。
前田訳われらの十二部族は、夜昼絶え間なく神に仕えて、この約束のものを得る希望をもっております。王よ、わたしはこの希望についてユダヤ人に訴えられているのです。
新共同私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕え、その約束の実現されることを望んでいます。王よ、私はこの希望を抱いているために、ユダヤ人から訴えられているのです。
NIVThis is the promise our twelve tribes are hoping to see fulfilled as they earnestly serve God day and night. O king, it is because of this hope that the Jews are accusing me.
註解: ユダヤ人の昼夜の絶えざる祈は、この希望の約束に到達せん事であった。而も彼らはこの希望が既に成就せし事を告げられてもこれを信じなかった。
辞解
[(イスラエルの)十二の族] 「十二の族」の中十の族はバビロンの捕囚より帰らずにいわゆるデイアスポラ diaspora 散り居る民となったが、それにも関らずユダヤ人はヤコブの十二人の子の子孫と信じていた。

(わう)よ、この希望(のぞみ)につきて、(われ)はユダヤ(びと)(うった)へられたり。

註解: ユダヤ人の切に待望む希望を信じその実現を主張した為にユダヤ人に訴えられる事は、全く不合理であるとの主張を含む。パウロに取りてはユダヤ人の希望とイエスの復活とは密接なる関係があり、イエスの復活を信ずるがゆえに彼は審かれるのである。此ゆえに次節を以てこの点を反駁(はんばく)する。

26章8節 (かみ)死人(しにん)(よみが)へらせ(たま)ふとも、(なんぢ)()なんぞ(しん)(かた)しとするか。[引照]

口語訳神が死人をよみがえらせるということが、あなたがたには、どうして信じられないことと思えるのでしょうか。
塚本訳(あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。
前田訳神が死人たちを復活なさるということを、なぜあなた方は信じられないとお考えですか。
新共同神が死者を復活させてくださるということを、あなたがたはなぜ信じ難いとお考えになるのでしょうか。
NIVWhy should any of you consider it incredible that God raises the dead?
註解: 万能の神に取りては能わざる事は一も無い。ゆえに神が死人を甦えらせ給う事を信じ得ない理由はない。夫ゆえに自分の信仰は何等イスラエルの信仰と矛盾する処が無い。
辞解
[汝等] ここでパウロは一般のユダヤ人にその論鋒を向ける。

6-2-8-ロ 復活のイエスとパウロの使徒職 26:9 - 26:18

註解: 9-18節は復活のイエスとパウロの使徒職との関係を叙述す。

26章9節 (われ)(さき)にはナザレ(びと)イエスの()(さから)ひて樣々(さまざま)(こと)をなすを()きことと(みづか)(おも)へり。[引照]

口語訳わたし自身も、以前には、ナザレ人イエスの名に逆らって反対の行動をすべきだと、思っていました。
塚本訳ところで実はこう言うわたしも、(かつては)ナザレ人のイエスの(救世主という)名に対して大いに反抗すべきであると考え、
前田訳わたしもナザレ人イエスの名に大いに反対せねばならぬと思いました。
新共同実は私自身も、あのナザレの人イエスの名に大いに反対すべきだと考えていました。
NIV"I too was convinced that I ought to do all that was possible to oppose the name of Jesus of Nazareth.
註解: パウロも本来は基督教を嫌った。此処までは今のユダヤ人と同様の心持であった。
辞解
[イエスの名に逆いて云々] 具体的にはイエスの名を信じこれを呼ぶ者に対して反対の行動を取る事。

26章10節 (われ)エルサレムにて(これ)をおこなひ、祭司長(さいしちゃう)らより權威(けんゐ)()けて(おほ)くの聖徒(せいと)(ひとや)にいれ、(かれ)らの(ころ)されし(とき)これに同意(どうい)し、[引照]

口語訳そしてわたしは、それをエルサレムで敢行し、祭司長たちから権限を与えられて、多くの聖徒たちを獄に閉じ込め、彼らが殺される時には、それに賛成の意を表しました。
塚本訳エルサレムで実際それをやったのです。すなわち大祭司連から全権を受けて多くの聖徒を牢に閉じこめ、また彼らが処刑されるときそれに賛成したのは、だれあろうこのわたしでありました。
前田訳エルサレムでもそれを実行し、大祭司たちから権限を受けて、自ら多くの聖徒を牢に閉じこめ、彼らが殺されるときそれに賛成しました。
新共同そして、それをエルサレムで実行に移し、この私が祭司長たちから権限を受けて多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは、賛成の意思表示をしたのです。
NIVAnd that is just what I did in Jerusalem. On the authority of the chief priests I put many of the saints in prison, and when they were put to death, I cast my vote against them.
註解: 彼の基督教徒に対する迫害はエルサレムに始まった。是等の事実につきては使7:58使8:1-3。使9:1-3参照。
辞解
[聖徒] 迫害を加えし当時は、これを聖徒と思わず神の敵と考えていた。
[これに同意し] 原語、一票を投じた事、即ち賛意を表せる事を意味す。
[かれら] ステパノ及び他の殉教者。

26章11節 (しょ)教會堂(けうくわいだう)にてしばしば(かれ)らを(ばっ)し、()ひて涜言(けがしごと)()はしめんとし、(はなは)だしく(くる)ひ、迫害(はくがい)して外國(ぐわいこく)(まち)にまで(いた)れり。[引照]

口語訳それから、いたるところの会堂で、しばしば彼らを罰して、無理やりに神をけがす言葉を言わせようとし、彼らに対してひどく荒れ狂い、ついに外国の町々にまで、迫害の手をのばすに至りました。
塚本訳わたしはまたあらゆる礼拝堂でしばしば罰をもって彼らを強要して、(イエスを)冒涜させようとしました。そして彼にむかい猛り狂って、(ユダヤの)国の外の町々にまで行って、迫害をつづけたのであります。
前田訳また、あらゆる会堂で、しばしば彼らを罰してみ名を汚すことを強い、彼らに激しく怒り狂って、国外の町々まで行って迫害をつづけました。
新共同また、至るところの会堂で、しばしば彼らを罰してイエスを冒涜するように強制し、彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたのです。」
NIVMany a time I went from one synagogue to another to have them punished, and I tried to force them to blaspheme. In my obsession against them, I even went to foreign cities to persecute them.
註解: 猛烈なる迫害を叙べて自己のユダヤ人としての過去を明示す、こうした者が一変して基督者となる事は神の力にあらざれば不可能である。
辞解
[諸会堂にて] 会堂毎にと云う意味でエルサレム中の会堂を一々捜索せる事。
[涜言(けがしごと)] イエスに対する涜言(けがしごと)、またはイエスを神とする事は神に対する涜言(けがしごと)であるとの事。
[外国] パレスチナの外。
[町] 「町々」でダマスコに行く途上の町々を指すと見るべきであろう。

26章12節 ()のとき祭司長(さいしちゃう)らより權威(けんゐ)委任(ゐにん)とを()けてダマスコに(おもむ)きしが、[引照]

口語訳こうして、わたしは、祭司長たちから権限と委任とを受けて、ダマスコに行ったのですが、
塚本訳こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
前田訳このようにして、大祭司たちから権限と委任を受けてダマスコへと進んでいるとき、
新共同「こうして、私は祭司長たちから権限を委任されて、ダマスコへ向かったのですが、
NIV"On one of these journeys I was going to Damascus with the authority and commission of the chief priests.

26章13節 (わう)よ、その(みち)にて正午(まひる)ごろ(てん)よりの(ひかり)()たり、()にも(まさ)りて(かがや)き、(われ)伴侶(みちづれ)とを(かこ)(てら)せり。[引照]

口語訳王よ、その途中、真昼に、光が天からさして来るのを見ました。それは、太陽よりも、もっと光り輝いて、わたしと同行者たちとをめぐり照しました。
塚本訳王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
前田訳王よ、昼ごろ、途中で、天から太陽の輝きにまさる光が、わたしと連れの人たちとのまわりを照らすのを見ました。
新共同その途中、真昼のことです。王よ、私は天からの光を見たのです。それは太陽より明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました。
NIVAbout noon, O king, as I was on the road, I saw a light from heaven, brighter than the sun, blazing around me and my companions.
註解: 使9:1-3。使22:4-6。
辞解
[王よ] と呼びかけて、この特別なる事実に対する注意を促す、尚パウロの弁舌益々熱し来るを見るべし。

26章14節 我等(われら)みな()(たふ)れたるにヘブルの(ことば)にて「サウロ、サウロ、(なん)(われ)迫害(はくがい)するか、(とげ)ある(むち)()るは(かた)し」といふ(こゑ)(われ)きけり。[引照]

口語訳わたしたちはみな地に倒れましたが、その時ヘブル語でわたしにこう呼びかける声を聞きました、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげのあるむちをければ、傷を負うだけである』。
塚本訳わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
前田訳われらは皆、地に倒れ、わたしはヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか、刺の棒を打つのは難しい』という声を聞きました。
新共同私たちが皆地に倒れたとき、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか。とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う』と、私にヘブライ語で語りかける声を聞きました。
NIVWe all fell to the ground, and I heard a voice saying to me in Aramaic, `Saul, Saul, why do you persecute me? It is hard for you to kick against the goads.'
註解: ヘブル語即ちアラム語は当時パレスチナ地方に行われ、イエスもこの語を以て語り給うたものと思われる。パウロはこの時はギリシヤ語で語っていたに相違ない。そして恐らくヘブル語にて主の言葉を繰返したかも知れない。「刺ある策を云々」は多く用いられるギリシヤの格言、刺ある策を蹴る牛の如く、愚なる反抗であって自己を傷つけるのみなる事を意味す。

26章15節 われ()ふ「(しゅ)よ、なんぢは(たれ)ぞ」(しゅ)いひ(たま)ふ「われは(なんぢ)迫害(はくがい)するイエスなり。[引照]

口語訳そこで、わたしが『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、主は言われた、『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
塚本訳わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
前田訳わたしはいいました、『主よ、あなたはどなたですか』と。主がいわれました、『わたしはあなたが迫害しているイエスだ。
新共同私が、『主よ、あなたはどなたですか』と申しますと、主は言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
NIV"Then I asked, `Who are you, Lord?' "`I am Jesus, whom you are persecuting,' the Lord replied.

26章16節 ()きて(なんぢ)(あし)にて()て、わが(なんぢ)(あらは)れしは、(なんぢ)をたてて()()しことと()(なんぢ)(あらは)れて(しめ)さんとする(こと)との役者(えきしゃ)また證人(あかしびと)たらしめん(ため)なり。[引照]

口語訳さあ、起きあがって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしに会った事と、あなたに現れて示そうとしている事とをあかしし、これを伝える務に、あなたを任じるためである。
塚本訳さあ、起きて、“自分の足で立て。”わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
前田訳しかし起き上がって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現われたのは、あなたを僕として、またわたしを見たことと、これから示されるであろうこととの証人として定めたからである。
新共同起き上がれ。自分の足で立て。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、そして、これからわたしが示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人にするためである。
NIV`Now get up and stand on your feet. I have appeared to you to appoint you as a servant and as a witness of what you have seen of me and what I will show you.
註解: イエスはここにパウロの使徒職への召命を宣言し給う。イエスの前に平伏したるパウロはここに新なる人間として起ち上らしめられ、使徒として立てられた。使徒の職務は従者としてつかえまた証する事であり、その内容は(1)パウロの目撃せる事実(2)イエスがパウロに現れて示し給える事柄(直訳、我が汝に現されし事実)即ちイエスの復活、イエスの黙示等。

26章17節 (われ)なんぢを()(たみ)および異邦人(いはうじん)より(すく)はん、(また)なんぢを(かれ)らに(つかは)し、[引照]

口語訳わたしは、この国民と異邦人との中から、あなたを救い出し、あらためてあなたを彼らにつかわすが、
塚本訳(かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また”異教人(の手)から”“(かならず)救い出してやる。”“彼らの中にわたしが君を遣わすのは、”
前田訳わたしはあなたを民からまた異教徒から救い出す。あなたを異邦人へつかわすのは、
新共同わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。
NIVI will rescue you from your own people and from the Gentiles. I am sending you to them
註解: 「この民」はユダヤ人、従ってこの民及び異邦人は全世界の民と云うに同じ、イエスはパウロを是らの凡ての民の迫害より助け出し給う、これパウロに取りて大なる安心の原因であった。またイエスはパウロを全世界(「彼ら」即ちこの民及び異邦人)に遣し給う、即ち全人類への使徒である。

26章18節 その()をひらきて(くらき)より(ひかり)に、サタンの權威(けんゐ)より(かみ)()(かへ)らせ、(われ)(たい)する信仰(しんかう)によりて(つみ)(ゆるし)(きよ)められたる(もの)のうちの嗣業(しげふ)とを()しめん」と。[引照]

口語訳それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである』。
塚本訳彼らの“目をあけて”彼らが“暗闇から光に、”悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。
前田訳その目を開き、彼らを闇から光へ、悪魔の権力から神へと向け、彼らがわたしへの信仰によって罪の許しを受け、聖められたものの中で(神の国の)相続をするためである』と。
新共同それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。』」
NIVto open their eyes and turn them from darkness to light, and from the power of Satan to God, so that they may receive forgiveness of sins and a place among those who are sanctified by faith in me.'
註解: 本節はパウロの使徒職の目的を示す。即ち伝道の目的の要約である。その目的は(1)開目。霊の事を見得る様にする事。(2)転向。全く新なる生涯に入る、即ち(イ)罪と苦難と絶望の暗黒世界より正義と歓喜と希望の光明の世界に転向する。(ロ)サタンの権威の下にある状態より神の国への転向。(3)賜与(しよ)。(イ)罪が赦される事。(ロ)聖徒と共に嗣業を受ける事。而して是らはイエスに対する信仰によるのである。この一節は新生命に入る事の要約とも言うべきものであり、伝道の目的の如何を明示している。是等の状態が実現しないならば、未だ信仰に入りたるものと云う事が出来ない。
辞解
[光] 神は光であり(Tヨハ1:5)、イエスは真の光である(ヨハ1:9)。この光は「暗黒」の中に照り(ヨハ1:5)、暗黒はこれを把握しない(ヨハ1:5)。
[サタン] 自ら神に叛き、また人を支配しこれを神に(そむ)かしめる。
[潔められたる者] 聖徒即ち基督者。
[嗣業] 永遠に神の国を嗣ぎその祝福に与る事。

6-2-8-ハ パウロの行動 26:19 - 26:23

26章19節 この(ゆゑ)にアグリッパ(わう)よ、われは(てん)よりの顯示(しめし)(そむ)かずして、[引照]

口語訳それですから、アグリッパ王よ、わたしは天よりの啓示にそむかず、
塚本訳アグリッパ王よ、(こんな栄光ある職を受けたのです。)それゆえ、わたしはこの天からの示しにそむかず、
前田訳それゆえ、アグリッパ王よ、わたしは天からの示しに背かず、
新共同「アグリッパ王よ、こういう次第で、私は天から示されたことに背かず、
NIV"So then, King Agrippa, I was not disobedient to the vision from heaven.

26章20節 ()づダマスコに()るもの(つぎ)にエルサレム(およ)びユダヤ全國(ぜんこく)、また異邦人(いはうじん)にまで、悔改(くいあらた)めて(かみ)()ちかへり、()悔改(くいあらため)にかなふ(わざ)をなすべきことを宣傅(のべつた)へたり。[引照]

口語訳まず初めにダマスコにいる人々に、それからエルサレムにいる人々、さらにユダヤ全土、ならびに異邦人たちに、悔い改めて神に立ち帰り、悔改めにふさわしいわざを行うようにと、説き勧めました。
塚本訳まずダマスコとエルサレムとの人たちに、ユダヤ全国に、それから異教人に、悔改めて神に帰り、悔改めにふさわしいわざをするようにと告げました。
前田訳まずダマスコで、さらにエルサレムで、ユダヤ全国で、そして異教徒に、悔い改めて神に向かい、悔い改めにふさわしいわざをするよう告げました。
新共同ダマスコにいる人々を初めとして、エルサレムの人々とユダヤ全土の人々、そして異邦人に対して、悔い改めて神に立ち帰り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと伝えました。
NIVFirst to those in Damascus, then to those in Jerusalem and in all Judea, and to the Gentiles also, I preached that they should repent and turn to God and prove their repentance by their deeds.
註解: 19-23はパウロがイエスの召命に応じて為せる活動を記す。パウロは第一にそのイエスを宣伝えるは天よりの顕示に従ったのであった事につき特に王の注意を促し、次に順次に全世界にその福音の宣伝をなしたる事を告げる。宣伝の内容は(1)罪よりの悔改め、(2)サタンの権威より神に立帰る事、(3)悔改にかなう行を為す事である。この間に一点の責むべき処なく迫害せらるべき理由は一も無い。
辞解
[アグリツパ王よ] 特に王の注意を要する処に用う(213節)。
[「悔改め」と神に「立ちかえる事」] 同一の心の両面である。これを別々の事とし前者を主としてユダヤ人、後者を主として異邦人に適用すとする事(B1)は適当ではない。

26章21節 (これ)がためにユダヤ(びと、)われを(みや)にて(とら)へ、かつ(ころ)さんとせり。[引照]

口語訳そのために、ユダヤ人は、わたしを宮で引き捕えて殺そうとしたのです。
塚本訳そのためユダヤ人はわたしを宮でつかまえて、殺害しようと企てたのです。
前田訳このためにユダヤ人はわたしを宮で捕えて殺そうとしました。
新共同そのためにユダヤ人たちは、神殿の境内にいた私を捕らえて殺そうとしたのです。
NIVThat is why the Jews seized me in the temple courts and tried to kill me.

26章22節 (しか)るに(かみ)(たすけ)によりて今日(こんにち)(いた)るまで(なほ)(ながら)へて、(せう)なる(ひと)にも(だい)なる(ひと)にも(あかし)をなし、[引照]

口語訳しかし、わたしは今日に至るまで神の加護を受け、このように立って、小さい者にも大きい者にもあかしをなし、預言者たちやモーセが、今後起るべきだと語ったことを、そのまま述べてきました。
塚本訳しかし神の助けをこうむり、今日まで(こうして)立って、小さい者にも大きい者にも証しをしているのです。それも預言書とモーセ[聖書]とが、将来必ずおこると語った以外のことは、何も言いません。
前田訳ところが神から助けを受けてこんにちまで堅く立ち、小さいものにも大きいものにも証をしています。預言者とモーセとが起こらねばならぬ、といったことのほかは、何もいいません。
新共同ところで、私は神からの助けを今日までいただいて、固く立ち、小さな者にも大きな者にも証しをしてきましたが、預言者たちやモーセが必ず起こると語ったこと以外には、何一つ述べていません。
NIVBut I have had God's help to this very day, and so I stand here and testify to small and great alike. I am saying nothing beyond what the prophets and Moses said would happen--
註解: 上述の如き全く理由なき事の為にユダヤ人はパウロを迫害した。パウロが今尚生存しているのは全く神の助による事である。而してパウロは尚も凡ての人に福音の(あかし)を為しているのである。
辞解
[(あかし)をなし] またこれを受動態に読み「小なる者よりも大なる者よりも(あかし)せられ」と解する説あれど(M0)、現行訳の如く解するを可とす。

()ふところは預言者(よげんしゃ)およびモーセが(かなら)(きた)るべしと(かた)りしことの(ほか)ならず。

註解: 福音の証明として宣伝えた処は全く旧約聖書(預言者及びモーセ)の預言の成就せる事柄のみであった。夫ゆえにユダヤ人より反対せらるべき筋合は全く無い。
辞解
[預言者及びモーセ] 「律法と預言者」と云うと同じく旧約聖書を指す。
[来るべし] 「成るべし」と訳してもよろし。

26章23節 (すなは)ちキリストの苦難(くるしみ)()くべきこと、最先(いやさき)死人(しにん)(うち)より(よみが)へる(こと)によりて(たみ)異邦人(いはうじん)とに(ひかり)(つた)ふべきこと(これ)なり』[引照]

口語訳すなわち、キリストが苦難を受けること、また、死人の中から最初によみがえって、この国民と異邦人とに、光を宣べ伝えるに至ることを、あかししたのです」。
塚本訳すなわち、救世主は死なねばならないこと、彼は死人の中から最初に復活して、(イスラエルの)民にも異教人にも光を伝えねばならないことを…」
前田訳すなわち、キリストは苦しみ、死人の中から最初に復活して光を民にも異教徒にも伝えねばならぬということです」。
新共同つまり私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです。」
NIVthat the Christ would suffer and, as the first to rise from the dead, would proclaim light to his own people and to the Gentiles."
註解: イザ53:1以下其他によりメシヤの受難は預言せられていたけれども、ユダヤ人はこれを信じなかった(Tコリ1:23ガラ5:11)。而してエホバは光である事(イザ2:5)の最もよき証明はイエスが最先に甦えり給える事であった。
辞解
[最先に死人の中より甦える事によりて] 「死人の復活の最初の者として」と訳すべきである。
要義 [パウロの弁明の意義及び価値]このパウロの弁明はユダヤ教及びユダヤ人に対する基督教及び基督者の最も有力なる弁明である。其故はパウロ自身ユダヤ人中のユダヤ人たるのみならず、イエス・キリストの福音はこのパウロをも改宗せしむるの力あり、而してパウロの使徒職はイスラエルの父祖の神、詳しく云えばその子なるイエスより直接に授けられ、その宣ぶる処は旧約聖書に預言される処であり、万民の救に関る事である。夫ゆえにユダヤ人をして真のイスラエルたらしむるものはこの復活し給えるイエスを信ずる事である。この福音を宣伝える以外に何も無きパウロが、ユダヤ人より迫害される事は全く(いわ)れなき事であると云うのがパウロの弁明である。ユダヤ教と基督教とが如何に密接なる関係にあるかを明かにするに最も力ある弁論である。

6-2-9 パウロ、王及び総督と応酬す 26:24 - 26:32

26章24節 パウロ()辯明(べんめい)しつつある(とき)、フェスト大聲(おほごゑ)()ふ『パウロよ、なんぢ狂氣(きゃうき)せり、博學(はくがく)なんぢを狂氣(きゃうき)せしめたり』[引照]

口語訳パウロがこのように弁明をしていると、フェストは大声で言った、「パウロよ、おまえは気が狂っている。博学が、おまえを狂わせている」。
塚本訳彼がこのように弁明したとき、フェストが大声で(それをさえぎって)言う、「パウロ、お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせたのだ。」
前田訳彼がこのように弁明すると、フェストは大声でいった、「パウロ、あなたは狂っている。博学があなたを狂わせている」と。
新共同パウロがこう弁明していると、フェストゥスは大声で言った。「パウロ、お前は頭がおかしい。学問のしすぎで、おかしくなったのだ。」
NIVAt this point Festus interrupted Paul's defense. "You are out of your mind, Paul!" he shouted. "Your great learning is driving you insane."
註解: フエストはユダヤ人の宗教を解せす、パウロの堂々たる言論は彼の全く理解せざる処であり、従ってこれを狂人の言と思った。彼は神の恩恵がパウロをしてこうした者たらしめた事を知らず、唯パウロの神学上の博学の為に常軌を(いっ)したものと考えた(B1)。それゆえにフエストは遂に耐え切れないで大声を発してパウロを遮ったのであった。信仰が徹底せる場合狂人と思われる事が多い。

26章25節 パウロ()ふ『フェスト閣下(かくか)よ、(われ)狂氣(きゃうき)せず、()ぶる(ところ)(まこと)にして(たしか)なる(ことば)なり。[引照]

口語訳パウロが言った、「フェスト閣下よ、わたしは気が狂ってはいません。わたしは、まじめな真実の言葉を語っているだけです。
塚本訳パウロが言う、「フェスト閣下、気は狂っておりません。わたしは正気で真理の言葉を話しています。
前田訳パウロはいう、「フェスト閣下、わたしは狂ってはいません。真理と良識のことばを話しています。
新共同パウロは言った。「フェストゥス閣下、わたしは頭がおかしいわけではありません。真実で理にかなったことを話しているのです。
NIV"I am not insane, most excellent Festus," Paul replied. "What I am saying is true and reasonable.
註解: パウロは落付いてフエストに答える。
辞解
[フエスト閣下よ] なる表顕は落付いた心持を示す。
[(たしか)なる] sôphrosunê は謹みあり思慮ある事。

26章26節 (わう)(これ)()のことを()るゆゑに、(われ)その(まへ)(はばか)らずして(かた)る。これらの(こと)片隅(かたすみ)(おこな)はれたるにあらねば、(ひと)つとして(わう)()(かく)れたるはなしと(しん)ずるに()る。[引照]

口語訳王はこれらのことをよく知っておられるので、王に対しても、率直に申し上げているのです。それは、片すみで行われたのではないのですから、一つとして、王が見のがされたことはないと信じます。
塚本訳(いま言った)これらのことは(アグリッパ)王がよく御承知だから、わたしも王に率直に話をしているのです。これらのことが何か王に隠れているとは信じ得ないからです。これは(公然エルサレムで行われ、決してこそこそと)片隅で行われたのではありません。
前田訳王はこれらのことをご承知ですから、わたしも率直にお話ししています。これらのことの中で王のお気づきでないことがあるとは思いません。これは片隅でなされたのではないからです。
新共同王はこれらのことについてよくご存じですので、はっきりと申し上げます。このことは、どこかの片隅で起こったのではありません。ですから、一つとしてご存じないものはないと、確信しております。
NIVThe king is familiar with these things, and I can speak freely to him. I am convinced that none of this has escaped his notice, because it was not done in a corner.
註解: パウロはフエストの無理解なるを見、アグリツパ王の或程度までこれらの事を理解する故その弁論を王の前に叙べたのであると主張している。而して上述の如き事実、殊にイエスの受難と復活との如き事柄は隠密の中に行われたのではなく、白昼堂々として公衆の前に行われたのであって、王に取りて皆知られている事であると主張する。これに対してアグリツパ王はこれを否定する事が出来なかった。この有様を見てパウロは進んで次節の突撃を王に向って試みた。パウロの勇気と大胆と確信と自己の運命如何を全く眼中に置かざる態度とを見よ。

26章27節 アグリッパ(わう)よ、なんぢ預言者(よげんしゃ)(ふみ)(しん)ずるか、(われ)なんぢの(しん)ずることを()る』[引照]

口語訳アグリッパ王よ、あなたは預言者を信じますか。信じておられると思います」。
塚本訳アグリッパ王よ、王は預言者たち(の言葉)を信じておられますか。(ユダヤ人たるあなたは、もちろん)信じておられると思いますが。」
前田訳アグリッパ王、預言者たちをお信じですか。わたしはお信じと思います」。
新共同アグリッパ王よ、預言者たちを信じておられますか。信じておられることと思います。」
NIVKing Agrippa, do you believe the prophets? I know you do."
註解: 単刀直入アグリツパをして周章狼狽せしめた。「信ず」と答えんか、直ちにキリスト・イエスをも信ぜざる可からざる事となり「信ぜず」と云わんか、ユダヤ人たるに相応しからざる事となる。

26章28節 アグリッパ、パウロに()ふ『なんぢ[()くこと](わづか)にして(われ)をキリステアンたらしめんとするか』[引照]

口語訳アグリッパがパウロに言った、「おまえは少し説いただけで、わたしをクリスチャンにしようとしている」。
塚本訳するとアグリッパがパウロに、「お前はいとも簡単にわたしを説き伏せてクリスチャンにしようとしている。」
前田訳アグリッパはパウロにいう、「間もなくあなたはわたしを説得してキリスト教徒にしようとする」と。
新共同アグリッパはパウロに言った。「短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト信者にしてしまうつもりか。」
NIVThen Agrippa said to Paul, "Do you think that in such a short time you can persuade me to be a Christian?"
註解: そう簡単には行かないとの反語的意義をこの中に読むべきである。
辞解
本節は短文であるけれども解釈上の難関である。
[説くこと僅にして] en oligôi の二字で(1)普通「短時間で」の意味に用いられ、ここでもかく解すべしとする学者があり、また(2)日本訳の如く「僅の言葉で」と解しまた(3)「僅かの労苦を以て」または(4)「殆んど」とする説あり何れも夫々の難点があるが(1)を適当と思う、尚次節を見よ。
[「たらしめんとするか」] 「・・・となさんと説得するか」とある写本、「・・・なし得ると信ずるか」とある写本あり、この両者(やや)意味を異にすまたこれを反語または諧謔(かいぎゃく)と解せずして、正直なる告白と見る説あり。
[キリステアン] 「キリステアン」なる語には幾分軽蔑の語気あり、我が国人が「ヤソ」と云う場合の如し。

26章29節 パウロ()ふ『[()くことの](わづか)なるにもせよ(おほ)きにもせよ、(かみ)(ねが)ふは(ただ)(なんぢ)のみならず、(すべ)今日(けふ)われに()ける(もの)の、この縲絏(なはめ)なくして()がごとき(もの)とならんことなり』[引照]

口語訳パウロが言った、「説くことが少しであろうと、多くであろうと、わたしが神に祈るのは、ただあなただけでなく、きょう、わたしの言葉を聞いた人もみな、わたしのようになって下さることです。このような鎖は別ですが」。
塚本訳パウロがいった、「簡単にせよ面倒にせよ、わたしが神に祈りたいのは、王だけでなく、きょうわたしの話を聞いておられる方々が皆、このわたしのような者になられることであります。もっともこの鎖だけは別として!」
前田訳パウロはいう、「間もなくであってもなくても、わたしは神に祈ります、あなただけでなく、きょうわたしの話をお聞きの人が皆、わたしのようになられることを。ただしこの鎖は別としてです」と。
新共同パウロは言った。「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります。このように鎖につながれることは別ですが。」
NIVPaul replied, "Short time or long--I pray God that not only you but all who are listening to me today may become what I am, except for these chains."
註解: 囚人パウロは王、総督及び一座の衆星の前に於て、彼らを(あたか)も無きものの如くに振舞っている。イエスと共に万物を神より賜わっているパウロとしてはまことに左も有るべきである。パウロは王侯の位よりも、巨万の富よりも、彼の信仰を喜び誇っていた。「この縲絏なくして」は彼の一流の諧謔(かいぎゃく)を匂わせて彼の言をして一層力あるものたらしめているのを見る。
辞解
[多きにもせよ] 写本により en megallôi または en pollôi を用う、意味は前節の en oligôi と共に種々の困難あり、パウロは言葉のあやにこれを用いたものと見るべきで精確に意味付くる必要なきものと思惟す。

26章30節 ここに(わう)總督(そうとく)もベルニケも列座(れつざ)(もの)どもも(みな)ともに()つ、[引照]

口語訳それから、王も総督もベルニケも、また列席の人々も、みな立ちあがった。
塚本訳王が、つづいて総督とベルニケおよび列席の者が立ち上がった。
前田訳王と、それから総督とベルニケと列席の人々が立ち上がった。
新共同そこで、王が立ち上がり、総督もベルニケや陪席の者も立ち上がった。
NIVThe king rose, and with him the governor and Bernice and those sitting with them.
註解: 王はパウロの追及にたえかね、且つその無罪を認めて第一に立上り、次にその位階の順に従って立上った。

26章31節 退(しりぞ)きてのち(あひ)(かた)りて()ふ『この(ひと)死罪(しざい)または縲絏(なはめ)(あた)るべき(こと)をなさず』[引照]

口語訳退場してから、互に語り合って言った、「あの人は、死や投獄に当るようなことをしてはいない」。
塚本訳そして退場しながら話し合って言った、「あの男は何一つ死罪や監禁に当ることをしていない。」
前田訳そして立ち去りながら互いに話し合っていた、「あの人は死罪や監禁に当たることを何ひとつしていない」と。
新共同彼らは退場してから、「あの男は、死刑や投獄に当たるようなことは何もしていない」と話し合った。
NIVThey left the room, and while talking with one another, they said, "This man is not doing anything that deserves death or imprisonment."
註解: 使23:29使25:25にも彼の無罪は認められたのであった。これで第三回目である。ローマの官憲は初期の基督教徒に対し大体に於て公平なる取扱をしていた。

26章32節 アグリッパ、フェストに()ふ『この(ひと)カイザルに上訴(じゃうそ)せざりしならば(ゆる)さるベかりしなり』[引照]

口語訳そして、アグリッパがフェストに言った、「あの人は、カイザルに上訴していなかったら、ゆるされたであろうに」。
塚本訳そしてアグリッパはフェストに言った、「あの男はもし皇帝に上訴していなかったら、(今でも)釈放が出来るのに。」
前田訳アグリッパはフェストにいった、「あの人は、もし皇帝に上訴していなかったら、釈放されえたのに」と。
新共同アグリッパ王はフェストゥスに、「あの男は皇帝に上訴さえしていなければ、釈放してもらえただろうに」と言った。
NIVAgrippa said to Festus, "This man could have been set free if he had not appealed to Caesar."
註解: 既に一旦上訴した以上(使25:11)は、飽くまでもそれが有効でありまたアグリツパ及びフエストは彼を無罪放免する事によってユダヤ人の怒を買う事を欲しなかったので、パウロは遂にローマに送られる事となった。而して是が神の御旨であったのである。

使徒行伝第27章
6-3 ロマ行の航海 27:1 - 28:15
6-3-1 カイザイリヤよりクレテまで 27:1 - 27:8

27章1節 すでに我等(われら)をイタリヤに(わた)らしむることに(さだま)りたれば、パウロ(およ)びその(ほか)數人(すにん)囚人(めしうど)近衞(このゑ)(たい)百卒長(ひゃくそつちゃう)ユリアスと()(ひと)(わた)せり。[引照]

口語訳さて、わたしたちが、舟でイタリヤに行くことが決まった時、パウロとそのほか数人の囚人とは、近衛隊の百卒長ユリアスに託された。
塚本訳さて、(パウロが皇帝の裁きをうけるため)わたし達(二八・一六マデ「ワタシ達記録」)がイタリヤに渡ることに決定すると、パウロと他の数人の囚人とは近衛部隊のユリアスという百卒長に引き渡された。
前田訳われらがイタリアに船出することが決まったとき、パウロと他の囚人数名とが親衛隊のユリアスという百卒長に引き渡された。
新共同わたしたちがイタリアへ向かって船出することに決まったとき、パウロと他の数名の囚人は、皇帝直属部隊の百人隊長ユリウスという者に引き渡された。
NIVWhen it was decided that we would sail for Italy, Paul and some other prisoners were handed over to a centurion named Julius, who belonged to the Imperial Regiment.
註解: 是より愈々(いよいよ)パウロのロマ行の旅行記となる。この旅行記は非常に委曲に記載せられているのは、イエスの受難週間の諸事実に類似している故と見るよりも(ラツカム)、是が当時のルカに取りて最も印象深く残っている事実であり且つパウロの性格を示す良き機会の一つと感じたからであろう。この記事は航海業者より見ても立派なる記録であり、目撃者の手になる事は疑うべくもない。
辞解
[我ら] とありルカも同行せる事を知る。
[その他] heteros は種類を異にする事を意味し、パウロとは異れる種類の罪人である事を示す、恐らくロマに於て衆人環視の中に死刑に処せらるべき重罪人であろう(ラムゼー)。
[近衛隊] speira Sebastê 文字の意味より云えばロマ皇帝の近衛兵の如くに思われるけれども、それらがカイザリヤに居る事の理由無き故難解の文字である。或は(1)偶然カイザリヤ来ていた近衛兵があったのであろう。或は(2)アグリツパの手兵(H0)または(3)サマリヤの首府セバスト市の兵或は(4)ローマのケーリヤの丘に駐屯せる兵団で植民地との間を往復してその連絡の任に当っていたもの(ラツカム)等と解せらる。最後の説が或は最も適当ならん。

27章2節 (ここ)(われ)らアジヤの[海邊(うみべ)なる]各處(ところどころ)()せゆくアドラミテオの(ふね)出帆(しゅっぱん)せんとするに()りて()づ。テサロニケのマケドニヤ(びと)アリスタルコも(われ)らと(とも)にありき。[引照]

口語訳そしてわたしたちは、アジヤ沿岸の各所に寄港することになっているアドラミテオの舟に乗り込んで、出帆した。テサロニケのマケドニヤ人アリスタルコも同行した。
塚本訳わたし達は(小)アジヤの各地に寄港する(ムシヤ地方の)アドラミテオ(港)の船に乗って船出した。テサロニケ生まれのマケドニヤ人アリスタルコもわたし達と一緒であった。
前田訳われらはアジア沿岸の諸所に寄港する予定のアドラミテオの船に乗って出帆した。テサロニケ出のマケドニア人アリスタルコもわれらといっしょであった。
新共同わたしたちは、アジア州沿岸の各地に寄港することになっている、アドラミティオン港の船に乗って出港した。テサロニケ出身のマケドニア人アリスタルコも一緒であった。
NIVWe boarded a ship from Adramyttium about to sail for ports along the coast of the province of Asia, and we put out to sea. Aristarchus, a Macedonian from Thessalonica, was with us.
註解: ロマ直航行の便船でなくアジヤ沿岸航路の船に乗り、乗り換えて(6節)ロマに行く計画であった
辞解
[アドラミテオ] ムシヤの海港。
[アリスタルコ] につきては使19:29使20:4コロ4:10ピレ1:24参照。

27章3節 (つぎ)()シドンに()きたれば、ユリアス懇切(ねんごろ)にパウロを(あしら)ひ、その(とも)らの(もと)にゆきて款待(もてなし)()くることを(ゆる)せり。[引照]

口語訳次の日、シドンに入港したが、ユリアスは、パウロを親切に取り扱い、友人をおとずれてかんたいを受けることを、許した。
塚本訳次の日、わたし達はシドンに入港したが、ユリアスはパウロを親切に取り扱い、(その地の)教友たちの所に行ってもてなしを受けることを許した。
前田訳翌日われらはシドンに入港した。ユリアスはパウロを親切に扱い、友人たちのところへ行ってもてなしを受けることを許した。
新共同翌日シドンに着いたが、ユリウスはパウロを親切に扱い、友人たちのところへ行ってもてなしを受けることを許してくれた。
NIVThe next day we landed at Sidon; and Julius, in kindness to Paul, allowed him to go to his friends so they might provide for his needs.
註解: 聖書に出て来る百卒長等、ロマの兵士や官吏が皆人間的に立派な人物であったことは注意すべき現象である。パウロをかくの如くに取扱った事はパウロの人格に対する信頼の結果であった事勿論である。
辞解
[懇切に] philanthropôs は人道的に、博愛を以ての意。
[款待(もてなし)をうく] 「世話になる」と云う如き意。

27章4節 (かく)此處(ここ)より船出(ふなで)せしが、(かぜ)(さから)ふによりてクプロの風下(かざしも)(かた)をはせ、[引照]

口語訳それからわたしたちは、ここから船出したが、逆風にあったので、クプロの島かげを航行し、
塚本訳そこを船出して、向い風であったためクプロ(島)の陰を行き、
前田訳そこから船出したが、向かい風であったので、キプロスの陰を進み、
新共同そこから船出したが、向かい風のためキプロス島の陰を航行し、
NIVFrom there we put out to sea again and passed to the lee of Cyprus because the winds were against us.

27章5節 キリキヤ(およ)びパンフリヤの(おき)()ぎてルキヤのミラに()く。[引照]

口語訳キリキヤとパンフリヤの沖を過ぎて、ルキヤのミラに入港した。
塚本訳キリキヤ、パンフリヤ沿岸の沖を過ぎてルキヤのミラに着いた。
前田訳キリキアとパンフリアの沖を過ぎてルキアのミラに着いた。
新共同キリキア州とパンフィリア州の沖を過ぎて、リキア州のミラに着いた。
NIVWhen we had sailed across the open sea off the coast of Cilicia and Pamphylia, we landed at Myra in Lycia.
註解: 晩夏、初秋の頃には西風の吹くのを常とする、夫ゆえにクプロの南を航行する事は不利なのでその東を島沿いに北に航して西風をさけ、それよりキリキヤ、パンフリヤの沖を航行した。ミラはルキヤの海港でエジプト貿易の要衝(ようしょう)である。

27章6節 彼處(かしこ)にてイタリヤにゆくアレキサンデリヤの(ふね)()ひたれば、百卒長(ひゃくそつちゃう)われらを(これ)()らしむ。[引照]

口語訳そこに、イタリヤ行きのアレキサンドリヤの舟があったので、百卒長は、わたしたちをその舟に乗り込ませた。
塚本訳ここで百卒長はイタリヤ行きのアレキサンドリヤの船を見つけて、それにわたし達を乗り込ませた。
前田訳そこで百卒長はイタリア行きのアレクサンドリアの船を見つけて、われらをそれに乗せた。
新共同ここで百人隊長は、イタリアに行くアレクサンドリアの船を見つけて、わたしたちをそれに乗り込ませた。
NIVThere the centurion found an Alexandrian ship sailing for Italy and put us on board.
註解: エジプトはロマに対する穀物の大供給地であり、従って多くの穀物船が往復していた、この船もその一つであったに相違ない(38節)、船が大きくあった事はその乗船者の数によりて知る事が出来る(37節)。この船も風の為にエジプトより直接に西北に航する事が出来ずにこの途を取ったものと思われる。百卒長はこの便船に一同を乗換させた。

27章7節 (おほ)くの()のあひだ(ふね)(すす)(おそ)く、(から)うじてクニドに(むか)へる(ところ)(いた)りしが、(かぜ)(さへぎ)られてサルモネの(おき)()ぎ、クレテの風下(かざしも)(かた)をはせ、[引照]

口語訳幾日ものあいだ、舟の進みがおそくて、わたしたちは、かろうじてクニドの沖合にきたが、風がわたしたちの行く手をはばむので、サルモネの沖、クレテの島かげを航行し、
塚本訳しかしかなりの日数の間船足がおそく、やっとクニド(の町)の沖に来たけれども、風で寄りつけないので、クレテ(島)の陰をサルモネ(岬)の方に行き、
前田訳かなりの日のあいだ船足はおそく、かろうじてクニドの沖に来たが、風で進めなかったので、サルモネの沖を経てクレタの陰を進んだ。
新共同幾日もの間、船足ははかどらず、ようやくクニドス港に近づいた。ところが、風に行く手を阻まれたので、サルモネ岬を回ってクレタ島の陰を航行し、
NIVWe made slow headway for many days and had difficulty arriving off Cnidus. When the wind did not allow us to hold our course, we sailed to the lee of Crete, opposite Salmone.

27章8節 (くが)沿()(から)うじて()(みなと)といふ(ところ)につく。その(ちか)(ところ)にラサヤの(まち)あり。[引照]

口語訳その岸に沿って進み、かろうじて「良き港」と呼ばれる所に着いた。その近くにラサヤの町があった。
塚本訳やっとその島に沿って航行して、美しい港という所に着いた。ラサヤの町はその近くであった。
前田訳その岸に沿って行き、美しい港と呼ばれる所に来た。それはラサヤの町の近くであった。
新共同ようやく島の岸に沿って進み、ラサヤの町に近い「良い港」と呼ばれる所に着いた。
NIVWe moved along the coast with difficulty and came to a place called Fair Havens, near the town of Lasea.
註解: 西または西北の風に妨げられて難航を続けて小アジヤの西南端クニドの沖に達したけれども、それ以上は西北風に妨げられて西航は不能なので、西南クレテ島に向いて航行しその東北端サルモネの沖を過ぎクレテ島の南岸を西に航しラサヤの町に近き「良き港」に着いた。この港は今もこの名を以て呼ばれているとの事。ラサヤの町名は種々に綴られている。

6-3-2 パウロ一行の難航 27:9 - 27:26

27章9節 [船路(ふなじ)] (ひさ)しきを()て、斷食(だんじき)期節(きせつ)(すで)()ぎたれば、航海(かうかい)(あやふ)きにより、パウロ人々(ひとびと)(すす)めて()ふ、[引照]

口語訳長い時が経過し、断食期も過ぎてしまい、すでに航海が危険な季節になったので、パウロは人々に警告して言った、
塚本訳しかし(出発してから)かなりの時がたち、すでに(チシュリ[九−十月]十日の)断食(の日)も過ぎているため、航海はすでに危険であったので、パウロは忠告して、
前田訳今までにかなりの時がたち、断食の日もすでに過ぎていたので、航海は今や危険であった。それでパウロは忠告して、
新共同かなりの時がたって、既に断食日も過ぎていたので、航海はもう危険であった。それで、パウロは人々に忠告した。
NIVMuch time had been lost, and sailing had already become dangerous because by now it was after the Fast. So Paul warned them,
註解: 「断食の期節」はレビ16:29以下の大贖罪日の断食で、これはテイスリの月(第七月で今の九月末から十月頃に相当する。秋分の時の断食を指す)に行われた。この五日後に仮廬の祭ありその時以後は航海は危険であるとされていた。パウロはこうした場合に於ても常人以上の意見を持っていた。

27章10節 人々(ひとびと)よ、(われ)この航海(かうかい)(がい)あり(そん)(おほ)くして、ただ積荷(つみに)(ふね)とのみならず、(われ)らの生命(いのち)にも(およ)ぶべきを(みと)む』[引照]

口語訳「皆さん、わたしの見るところでは、この航海では、積荷や船体ばかりでなく、われわれの生命にも、危害と大きな損失が及ぶであろう」。
塚本訳言った、「諸君、この航海は積荷や船ばかりでなく、わたし達の命にまで、危険と大きな損害とがありそうにわたしには見える。」
前田訳いった、「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積荷と船にだけでなく、われらのいのちにまでも危険と大損害をひきおこすでしょう」と。
新共同「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積み荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と多大の損失をもたらすことになります。」
NIV"Men, I can see that our voyage is going to be disastrous and bring great loss to ship and cargo, and to our own lives also."
註解: 夫ゆえにこの航海をここで打切りこの港に停泊すべしとするのがパウロの主張であった。必ずしも専門家ならざるパウロの判断は利益の念によりて濁される人々の判断より正確であった。

27章11節 されど百卒長(ひゃくそつちゃう)はパウロの()(ところ)よりも(ふね)(をさ)(ふな)(ぬし)との(ことば)(おも)んじたり。[引照]

口語訳しかし百卒長は、パウロの意見よりも、船長や船主の方を信頼した。
塚本訳しかし百卒長はパウロの言ったことよりも、むしろ船長と船主との勧告にしたがった。
前田訳しかし百卒長はパウロのいったことよりも、船長と船主とに従った。
新共同しかし、百人隊長は、パウロの言ったことよりも、船長や船主の方を信用した。
NIVBut the centurion, instead of listening to what Paul said, followed the advice of the pilot and of the owner of the ship.
註解: 百卒長としては斯く決する事も無理もなかった。何となれば船長は航海の経験家であり、船主は航海の如何によりて最も多く利害を感ずる当事者だからである。併し乍ら経験に頼って神に頼らない事は却って失敗の本となり、利害の念は物事の正しき判断を失わしめる。

27章12節 (かつ)この(みなと)(ふゆ)(すご)すに不便(ふべん)なるより、多數(たすう)(もの)も、なし()んにはピニクスに(いた)り、彼處(かしこ)にて(ふゆ)(すご)さんとて此處(ここ)船出(ふなで)するを()しとせり。ピニクスはクレテの(みなと)にて(ひがし)(きた)(ひがし)(みなみ)とに(むか)ふ。[引照]

口語訳なお、この港は冬を過ごすのに適しないので、大多数の者は、ここから出て、できればなんとかして、南西と北西とに面しているクレテのピニクス港に行って、そこで冬を過ごしたいと主張した。
塚本訳なおこの港は冬を越すには不適当であったので、大部分の者は、ピクニスまで行けば冬が越せはしないかと、そこから船出することに心を決めた。ピクニスはクレテの港で、南西(の風)と北西(の風)とに開いていた。
前田訳それに港が冬ごもりに向かなかったので、大部分のものが、フェニクスまで行けば冬ごもりできはしないかと思って、そこから船出することに賛成した。フェニクスはクレタの港で、南西と北西とに開いていた。
新共同この港は冬を越すのに適していなかった。それで、大多数の者の意見により、ここから船出し、できるならばクレタ島で南西と北西に面しているフェニクス港に行き、そこで冬を過ごすことになった。
NIVSince the harbor was unsuitable to winter in, the majority decided that we should sail on, hoping to reach Phoenix and winter there. This was a harbor in Crete, facing both southwest and northwest.
註解: ラサヤの町は極めて微々たる町なる故「良き港」に冬を過す事を望まないのが航海者の普通の心持である。従って多くは当時繁栄せるピニクスの港にて冬を過さん事を欲した。些少の慾望が大なる失敗の原動力となる事は往々あり得る事である。
辞解
[東北と東南とに向う] 原語直訳「西南風と西北風とに従い(その方向を)眺める」で上記はその意訳である。この方向は西風または北西風に対して安全である。

27章13節 (みなみ)(かぜ) (おもむ)ろに()きたれば、(かれ)志望(こころざし)()たりとして[(いかり)を]あげ、クレテの(きし)()沿()ひて(すす)みたり。[引照]

口語訳時に、南風が静かに吹いてきたので、彼らは、この時とばかりにいかりを上げて、クレテの岸に沿って航行した。
塚本訳すると南風が静かに吹きはじめたので、彼らは計画を達し得たかのように思って、錨をあげ、クレテ(島)にできるだけ近く沿って航行した。
前田訳南のそよ風が吹きはじめたので、彼らは計画が実現すると思って、錨をあげ、クレタの岸近くを航海した。
新共同ときに、南風が静かに吹いて来たので、人々は望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ、クレタ島の岸に沿って進んだ。
NIVWhen a gentle south wind began to blow, they thought they had obtained what they wanted; so they weighed anchor and sailed along the shore of Crete.
註解: 南より来る微風は彼らを西北に航行せしむるに都合がよい。彼らはこれを以て彼らの意見を実行する好機会と思った。

27章14節 幾程(いくほど)もなくユーラクロンといふ疾風(はやて)その(しま)より()きおろし、[引照]

口語訳すると間もなく、ユーラクロンと呼ばれる暴風が、島から吹きおろしてきた。
塚本訳しかし間もなく、北東風という暴風がその島から吹きつけてきた。
前田訳しかし、間もなく、北東風(エウラクロン)という暴風が島から吹きつけて来た。
新共同しかし、間もなく「エウラキロン」と呼ばれる暴風が、島の方から吹き降ろして来た。
NIVBefore very long, a wind of hurricane force, called the "northeaster," swept down from the island.

27章15節 (これ)がために(ふね)()(なが)され、(かぜ)(むか)ひて(すす)むこと(あた)はねば、(ふね)(かぜ)()ふに(まか)す。[引照]

口語訳そのために、舟が流されて風に逆らうことができないので、わたしたちは吹き流されるままに任せた。
塚本訳船がさらわれ、船首を風に向けることが出来ないので、わたし達は(風に)流されるに任せた。
前田訳船はさらわれ、船首を風に向けえないので、われらは風にまかせて漂流した。
新共同船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができなかったので、わたしたちは流されるにまかせた。
NIVThe ship was caught by the storm and could not head into the wind; so we gave way to it and were driven along.
註解: パウロの預言が的中して彼らは台風に逢着(ほうちゃく)した。
辞解
[ユーラクロン] eurakulôn 東北東の風を意味す。尚異本にユーロクルドン eurokludôn とあり激浪を伴う東南風の意味。
[疾風] 「台風」。▲「台風」は台湾海峡に起こる暴風のみを呼ぶ名称であるとすれば、本註解中の台風は誤りで、これを暴風と訂正することが必要である。

27章16節 クラウダといふ小島(こじま)風下(かざしも)(かた)にいたり、(から)うじて小艇(こぶね)(をさ)め、[引照]

口語訳それから、クラウダという小島の陰に、はいり込んだので、わたしたちは、やっとのことで小舟を処置することができ、
塚本訳クラウダという小島の陰を進むようになって、わたし達はやっと(引いていた)小舟を支配することが出来た。
前田訳クラウダという小島の陰に入ったとき、われらはやっと小舟を使いこなしえた。
新共同やがて、カウダという小島の陰に来たので、やっとのことで小舟をしっかりと引き寄せることができた。
NIVAs we passed to the lee of a small island called Cauda, we were hardly able to make the lifeboat secure.

27章17節 これを(ふね)引上(ひきあ)げてのち備綱(そなへづな)にて船體(せんたい)()(しば)り、[引照]

口語訳それを舟に引き上げてから、綱で船体を巻きつけた。また、スルテスの洲に乗り上げるのを恐れ、帆をおろして流れるままにした。
塚本訳彼らはそれを(甲板に)引きあげ、綱を用いて船(の胴体)を縛った。また砂州に乗り上げはしないかと心配し、(出来るだけ船足をおそくするため)海錨をおろし、こうして流されていた。
前田訳それを引き上げ、綱を用いて船を縛った。また、スルテスの州に乗り上げるのをおそれて、主帆を下ろして漂流した。
新共同小舟を船に引き上げてから、船体には綱を巻きつけ、シルティスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて海錨を降ろし、流されるにまかせた。
NIVWhen the men had hoisted it aboard, they passed ropes under the ship itself to hold it together. Fearing that they would run aground on the sandbars of Syrtis, they lowered the sea anchor and let the ship be driven along.
註解: クラウダ(カウダまたはガウドス等の異本あり)はクレテの西南の小島、その風下にて暴風に対する準備をした。即ち本船に附属せる小舟を引上げて本船に結付けられし綱の切断により小舟を失う事を防ぎ、また備綱にて船体を恐らく水平の方向に巻き縛った。これは風浪の為に動揺する事によりて船体が崩れん事を防ぐ為である(或は乗直に船を縛るのであると解する説もある)。
辞解
[備綱] 原語「補助具」の意味で、綱や鎖やその他のものをも含むと見るべきである。

またスルテスの()()りかけんことを(おそ)れ、()(おろ)して(なが)る。

註解: 「スルテス」ばアフリカ北岸の砂洲の名称、「帆を下して」は直訳すれば「船具を下して」であるが主として帆を下した事を意味し、これによりて船の速力を減じて、強く砂洲に衝突する事を防いだ。

27章18節 いたく暴風(あらし)(なやま)され、(つぎ)()、[(ふね)(もの)ども積荷(つみに)を]()げすて、[引照]

口語訳わたしたちは、暴風にひどく悩まされつづけたので、次の日に、人々は積荷を捨てはじめ、
塚本訳しかしわたし達があまりひどく嵐に悩まされたので、次の日彼らは投荷を行い、
前田訳われらにとってあまり暴風がひどかったので、翌日、人々は積荷を投げはじめた。
新共同しかし、ひどい暴風に悩まされたので、翌日には人々は積み荷を海に捨て始め、
NIVWe took such a violent battering from the storm that the next day they began to throw the cargo overboard.

27章19節 三日(みっか)めに()づから船具(ふなぐ)()てたり。[引照]

口語訳三日目には、船具までも、てずから投げすてた。
塚本訳三日目には手ずから船具をすら投げ捨てた。
前田訳三日目には手ずから船具を投げ捨てた。
新共同三日目には自分たちの手で船具を投げ捨ててしまった。
NIVOn the third day, they threw the ship's tackle overboard with their own hands.
註解: 暴風が益々激しくなり、先づ積荷(但し穀物の如き必要品は除く、38節)次に比較的不要なる船具をもパウロやルカが手づから棄てた。
辞解
[積荷を投げすて] 原語単に「投棄を実行し」とあり、「船具」の中の不要のものと解すべき事は勿論である。かくして船底を砂洲に乗上ぐる危険を防いだ。

27章20節 數日(すにち)のあひだ()(ほし)()えず、暴風(あらし) (はげ)しく(ふき)(すさ)びて、(われ)らの(すく)はるべき(のぞみ)ついに()()てたり。[引照]

口語訳幾日ものあいだ、太陽も星も見えず、暴風は激しく吹きすさぶので、わたしたちの助かる最後の望みもなくなった。
塚本訳幾日もの間太陽も星も陰さえ見えず、はげしい嵐が荒れ狂ったので、わたし達の助かるあらゆる望みがついに消えた。
前田訳幾日もの間、太陽も星も光を見せず、嵐がますます激しくなったので、ついにわれらが救われるあらゆる望みが消えた。
新共同幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。
NIVWhen neither sun nor stars appeared for many days and the storm continued raging, we finally gave up all hope of being saved.
註解: 暴風は数日継続したので日も星も見えず、船の位置は全然判明せず、食事の準備も出来なかったので、船客、船員一同に絶望の気が(みなぎ)って来た。

27章21節 人々(ひとびと)(しょく)せぬこと(ひさ)しくなりたる(とき)、パウロその(なか)()ちて()ふ『人々(ひとびと)よ、なんぢら(さき)()(すすめ)をきき、クレテより船出(ふなで)せずして、この(がい)(そん)とを()けずあるべき(はず)なりき。[引照]

口語訳みんなの者は、長いあいだ食事もしないでいたが、その時、パウロが彼らの中に立って言った、「皆さん、あなたがたが、わたしの忠告を聞きいれて、クレテから出なかったら、このような危害や損失を被らなくてすんだはずであった。
塚本訳一同は食欲をすっかりなくしていたので、その時パウロは彼らの真中に進み出て言った、「諸君、(やはり)わたしの言葉に従って、クレテ(のあの美しい港)から船出せずにおくべきであった。そうすればこの危険と損害とをまぬかれたのだ。
前田訳長らく食事をしなかったので、パウロは皆の中に立っていった、「皆さん、わたしのいうとおりにして、クレタから船出せずにおくべきでした。そうすればこの危険と損害とを避けられたのです。
新共同人々は長い間、食事をとっていなかった。そのとき、パウロは彼らの中に立って言った。「皆さん、わたしの言ったとおりに、クレタ島から船出していなければ、こんな危険や損失を避けられたにちがいありません。
NIVAfter the men had gone a long time without food, Paul stood up before them and said: "Men, you should have taken my advice not to sail from Crete; then you would have spared yourselves this damage and loss.
註解: この世の人々が絶望の中にある場合に於ても神を信ずる者は愈々(いよいよ)力を得て彼らを助ける事が出来る。
辞解
[食せぬ事] 暴風に際しては食事の用意が出来ず、また食欲も起らないのを常とする。

27章22節 いま(われ)なんぢらに(すす)む、(こころ)(やす)かれ、(なんぢ)()のうち一人(ひとり)だに生命(いのち)をうしなふ(もの)なし、ただ(ふね)(うしな)はん。[引照]

口語訳だが、この際、お勧めする。元気を出しなさい。舟が失われるだけで、あなたがたの中で生命を失うものは、ひとりもいないであろう。
塚本訳それで今あなた達に忠告する、元気を出しなさい。船の(なくなる)ほかは、だれ一人命を失う者はないのだから。
前田訳しかし今は、お勧めします、元気を出しなさい。船は別として、あなた方のうち、いのちを失うものはひとりもありません。
新共同しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。
NIVBut now I urge you to keep up your courage, because not one of you will be lost; only the ship will be destroyed.
註解: パウロは神の使の黙示によりてこの事を確信した、非常なる場合にこうした預言的眼光を得る事は往々にしてあり得る事である。

27章23節 わが(ぞく)するところ()(つか)ふる(ところ)(かみ)使(つかひ)昨夜(さくや)わが(かたは)らに()ちて、[引照]

口語訳昨夜、わたしが仕え、また拝んでいる神からの御使が、わたしのそばに立って言った、
塚本訳なぜなら、わたしの主でありまたわたしが礼拝している神の使が、昨夜わたしのそばに来て、
前田訳なぜなら、わたしがその僕であり、お仕えしている神の使いが昨夜わたしに現われて、
新共同わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、
NIVLast night an angel of the God whose I am and whom I serve stood beside me

27章24節 「パウロよ、(おそ)るな、なんぢ(かなら)ずカイザルの(まへ)()たん、()よ、(かみ)(なんぢ)同船(どうせん)する(もの)をことごとく(なんぢ)(たま)へり」と()ひたればなり。[引照]

口語訳『パウロよ、恐れるな。あなたは必ずカイザルの前に立たなければならない。たしかに神は、あなたと同船の者を、ことごとくあなたに賜わっている』。
塚本訳言われた、『恐れることはない、パウロ。あなたは(ローマに行って)皇帝(ネロ)の前に出なければならない。そら、神はあなたと一緒に乗ってゆく者を皆、あなたに賜ったではないか』と。
前田訳いわれるには、『パウロよ、おそれるな、あなたは皇帝(カイサル)の前に立たねばならない。確かに、神はあなたと同船している人々のいのちを皆あなたにお恵みです』と。
新共同こう言われました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』
NIVand said, `Do not be afraid, Paul. You must stand trial before Caesar; and God has graciously given you the lives of all who sail with you.'
註解: パウロの確信は神より出で来れるものであった。彼はこの事を同船の異邦人等に示さんが為に「我が属する所、わが事うる所の神」なる語を用い、自己の信仰の対象を明示した。

27章25節 この(ゆゑ)人々(ひとびと)よ、(こころ)(やす)かれ、(われ)はその(われ)(かた)(たま)ひしごとく(かなら)()るべしと(かみ)(しん)ず。[引照]

口語訳だから、皆さん、元気を出しなさい。万事はわたしに告げられたとおりに成って行くと、わたしは、神かけて信じている。
塚本訳だから諸君、元気を出しなさい。わたしは神を信ずる、わたしに語られたとおりになるにちがいないと。
前田訳それゆえ、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じます。わたしにいわれたとおりになるでしょう。
新共同ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。
NIVSo keep up your courage, men, for I have faith in God that it will happen just as he told me.

27章26節 (しか)して(われ)らは(ある)(しま)推上(おしあ)げらるべし』[引照]

口語訳われわれは、どこかの島に打ちあげられるに相違ない」。
塚本訳わたし達はどこかにある島に乗り上げねばなるまい。」
前田訳われらはかならずどこかの島に乗り上げます」と。
新共同わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」
NIVNevertheless, we must run aground on some island."
註解: パウロは神の黙示を確信し、この確信を以て同船者を慰めた。而して事実このパウロの言の通りになった。基督者は往々にして世人の未だ見得ざる未来の事件を預見する。是れ彼に示されし神の黙示であって、神に親しむ者に与えられる特別の恩恵である。尚21-26はパウロの言にあらず、事件の後にパウロの言として鋳造せられし「事後の預言」vaticinum ex eventu なりとする学者あれど、採り難し。
要義 [この世に於ける基督者の姿]多数の同船者の中に於て、パウロの一行は百卒長に護衛される囚徒であった。たとい彼は相当の礼を以て遇せられていたにしても甚だ見栄えなく、人に軽視せられ蔑視せられていた。波静なる時は他の人々の楽しみ、歌い、飲み食いする間に在りてパウロは極めて陰気な存在であり、人々より忌嫌われていた事であろう。然るに一旦暴風襲来して人々の生命すらも絶望に瀕するに及んで、このパウロは一躍して全船の主となリこれを指揮し、これを慰め、これに力附くる事が出来た。斯の如く基督者は平時に於て無視せられ軽蔑せられ邪魔物視せられているけれども、一旦全世界に絶望が臨む場合、基督者はその中にありて確かなる希望を懐き、絶望の淵に沈まんとする人類に慰安と力とを送る事が出来る。是れ神を信じ神に在りて生くるが故である。

6-3-3 一同難を免かる 27:27 - 27:44

27章27節 (かく)(じふ)四日(よっか)めの(よる)(いた)りて、アドリヤの(うみ)(ただよ)ひゆきたるに、夜半(よなか)ごろ水夫(かこ)(くが)(ちか)づきたりと(おも)ひて、[引照]

口語訳わたしたちがアドリヤ海に漂ってから十四日目の夜になった時、真夜中ごろ、水夫らはどこかの陸地に近づいたように感じた。
塚本訳(美しい港を出て)十四日目の夜、わたし達がアドリヤ海を漂っている時、夜中ごろ、水夫らはどこか陸地に近づいたように考えた。
前田訳十四日目の夜、アドリア海を漂流しているとき、夜中ごろ、水夫らはどこか陸に近づいたように感じた。
新共同十四日目の夜になったとき、わたしたちはアドリア海を漂流していた。真夜中ごろ船員たちは、どこかの陸地に近づいているように感じた。
NIVOn the fourteenth night we were still being driven across the Adriatic Sea, when about midnight the sailors sensed they were approaching land.

27章28節 (みづ)(はか)りたれば、()(じふ)(ひろ)なるを()り、()しく(すす)みてまた(はか)りたれば、(じふ)()(ひろ)なるを()り、[引照]

口語訳そこで、水の深さを測ってみたところ、二十ひろであることがわかった。それから少し進んで、もう一度測ってみたら、十五ひろであった。
塚本訳それで測鉛ではかってみると、二十オルグイヤ(三十六メートル)あった。少し進んでふたたびはかって見ると、十五オルグイヤ(二十七メートル)あった。
前田訳深さをはかると、二十オルグイア(三十六メートル)あった。少し進んでまたはかると十五オルグイア(二十七メートル)あった。
新共同そこで、水の深さを測ってみると、二十オルギィアあることが分かった。もう少し進んでまた測ってみると、十五オルギィアであった。
NIVThey took soundings and found that the water was a hundred and twenty feet deep. A short time later they took soundings again and found it was ninety feet deep.

27章29節 (いは)()()げんことを(おそ)れて(とも)より(いかり)()(おろ)して夜明(よあけ)()ちわぶ。[引照]

口語訳わたしたちが、万一暗礁に乗り上げては大変だと、人々は気づかって、ともから四つのいかりを投げおろし、夜の明けるのを待ちわびていた。
塚本訳そこでわたし達がどこか暗礁に乗り上げはしないかと心配し、彼らは艫から錨を四つ投げ込んで(船をとめ、)朝になるのを願っていた。
前田訳どこか暗礁に乗り上げないかとおそれて、艫(とも)から四つの錨を投げおろして、朝になるのを待っていた。
新共同船が暗礁に乗り上げることを恐れて、船員たちは船尾から錨を四つ投げ込み、夜の明けるのを待ちわびた。
NIVFearing that we would be dashed against the rocks, they dropped four anchors from the stern and prayed for daylight.
辞解
[十四日] 「良き港」よりマルタまでは約八百キロでこの時代荒天ならば十四五日を要したるならんとの事。
[陸に近づたり] 原文「陸が近付きたり」。
[思い] 岸に打ちよする浪の音か、眼前にほの見ゆる山の姿かによりこれを知ったのであろう。(へさき)より錨を下したのは直ちに出航し得んが為である。
[アドリヤ海] 今のアドリヤ海のみならずシシリーとギリシヤの間の海を総称す。

27章30節 (しか)るに水夫(かこ)(ふね)より(のがれ)()らんと(ほっ)し、(へさき)より(いかり)()きゆくに(こと)()せて小艇(こぶね)(うみ)(おろ)したれば、[引照]

口語訳その時、水夫らが舟から逃げ出そうと思って、へさきからいかりを投げおろすと見せかけ、小舟を海におろしていたので、
塚本訳すると水夫らは船から逃げようと思い、舳からも錨を下げようとしている振りをして、小舟をおろしたので、
前田訳水夫たちは船から逃げようとし、舳(へさき)から錨をおろす振りをして、小舟を海におろしたので、
新共同ところが、船員たちは船から逃げ出そうとし、船首から錨を降ろす振りをして小舟を海に降ろしたので、
NIVIn an attempt to escape from the ship, the sailors let the lifeboat down into the sea, pretending they were going to lower some anchors from the bow.

27章31節 パウロ、百卒長(ひゃくそつちゃう)兵卒(へいそつ)らとに()ふ『この者等(ものども)()(ふね)(とどま)らずば、(なんぢ)(すく)はるること(あた)はず』[引照]

口語訳パウロは、百卒長や兵卒たちに言った、「あの人たちが、舟に残っていなければ、あなたがたは助からない」。
塚本訳パウロは百卒長と兵卒らとに言った、「この水夫らが船に留まっていなければ、あなた達は助かることが出来ない。」
前田訳パウロは百卒長と兵卒らとにいった、「この人たちが船にとどまっていなければ、あなた方は救われえない」と。
新共同パウロは百人隊長と兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助からない」と言った。
NIVThen Paul said to the centurion and the soldiers, "Unless these men stay with the ship, you cannot be saved."
註解: パウロより海のことを知っているとの自信を有する水夫は、パウロの言葉(22-26節)を信ぜずして小舟にて逃れんとした。この世の事柄に知識ある者は往々にして神の言葉を無視して失敗する。パウロはこの水夫らの挙動を察し、もしその行動を容認するならば、兵卒らの生命も危険なることを告げた。この語は一つの格言として用いられ教会の分離を(いまし)むるために用いられている。
辞解
[(へさき)より錨を曳きゆく] (へさき)より錨を小舟に移しこれを以て海中の適当の処にこれを伸ばして沈める事。
[これらの者] 水夫ら。
[汝ら] 兵卒。

27章32節 ここに兵卒(へいそつ)小艇(こぶね)(つな)斷切(たちき)りて、その(なが)れゆくに(まか)す。[引照]

口語訳そこで兵卒たちは、小舟の綱を断ち切って、その流れて行くままに任せた。
塚本訳それで兵卒らは小舟の曳綱を切断して、その流れゆくにまかせた。
前田訳そこで兵卒らは小舟の綱を切って、その流れるにまかせた。
新共同そこで、兵士たちは綱を断ち切って、小舟を流れるにまかせた。
NIVSo the soldiers cut the ropes that held the lifeboat and let it fall away.
註解: 兵卒等は船全体の危機を救わんが為に綱にて釣り下されし小舟のその綱を断切った。これが為に水夫は逃亡する事が出来ない様になった。併し結局水夫等はその為に生命を救う事が出来た。

27章33節 ()()けんとする(ころ)パウロ(すべ)ての(ひと)(しょく)せんことを(すす)めて()ふ『なんぢら()()ちて食事(しょくじ)せぬこと今日(けふ)にて(じふ)四日(よっか)なり。[引照]

口語訳夜が明けかけたころ、パウロは一同の者に、食事をするように勧めて言った、「あなたがたが食事もせずに、見張りを続けてから、何も食べないで、きょうが十四日目に当る。
塚本訳朝になる少し前に、パウロは皆に食事をするようにと勧めて言った、「あなた達はきょうで十四日目、待ちあぐんで、食事をせず、何も取らずにいる。
前田訳朝になりかけたころ、パウロは皆に食事をするよう勧めていった、「きょうで十四日、あなた方は待ちつづけて、空腹で過ごし、なお何も食べていません。
新共同夜が明けかけたころ、パウロは一同に食事をするように勧めた。「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。
NIVJust before dawn Paul urged them all to eat. "For the last fourteen days," he said, "you have been in constant suspense and have gone without food--you haven't eaten anything.

27章34節 されば(なんぢ)らに(しょく)せんことを(すす)む、これ(なんぢ)らが(すくひ)のためなり、(なんぢ)らの頭髮(かみのけ)一筋(ひとすじ)だに(かうべ)より()つる(こと)なし』[引照]

口語訳だから、いま食事を取ることをお勧めする。それが、あなたがたを救うことになるのだから。たしかに髪の毛ひとすじでも、あなたがたの頭から失われることはないであろう」。
塚本訳だから勧めるが、食事をしなさい。それはあなた達の命を救うのに役立つから。(今度の航海で)あなた達のだれ一人、髪の毛一本も無くすことはあるまい。」
前田訳それでお勧めします。食事をなさい。それはあなた方が救われるためです。あなた方の頭から髪の毛一本も失われないでしょう」と。
新共同だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」
NIVNow I urge you to take some food. You need it to survive. Not one of you will lose a single hair from his head."
註解: ここにパウロは凡ての人に食をすすめてこれに力附くる事を慫慂(しょうよう)しているのを見る。平時に於て無視せられ排斥される基督者は危急存亡の時に至って多くの人々に慰安と奨励とを与える。またこの世の人に絶望の如くに見ゆる時、基督者は希望を失わない。
辞解
[食事せぬ事] 勿論絶対的の意味ではない。
[救の為] 助かる為との意、岸に泳ぎ付く為の体力を養う事に必要である。
[汝らの頭髪一筋だに云々] ユダヤ人が常に用うる格言であった。

27章35節 ()()ひて(のち)みづからパンを()り、一同(いちどう)(まへ)にて(かみ)(しゃ)し、()きて(しょく)(はじ)めたれば、[引照]

口語訳彼はこう言って、パンを取り、みんなの前で神に感謝し、それをさいて食べはじめた。
塚本訳彼はこう言ってパンを手に取り、皆の前で神に感謝を捧げ、裂いて食べ始めた。
前田訳こういって、パンを取り、皆の前で神に感謝し、それを裂いて食べ始めた。
新共同こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。
NIVAfter he said this, he took some bread and gave thanks to God in front of them all. Then he broke it and began to eat.

27章36節 人々(ひとびと)もみな(こころ)(やす)んじて(しょく)したり。[引照]

口語訳そこで、みんなの者も元気づいて食事をした。
塚本訳皆も元気づいて食事を取った。
前田訳皆も元気になって食事をした。
新共同そこで、一同も元気づいて食事をした。
NIVThey were all encouraged and ate some food themselves.
註解: パウロの態度はイエスの食事の時の態度に似ていた。これがユダヤ人の習慣であり同時に基督者の習慣となった。異教徒が多くその場にいたけれどもバウロの真面目の祈は、彼らにもよき印象を与えたものらしく、彼らも安んじて食事する事が出来た。基督者の祈が往々にして他人に不快の感を与えるのは祈る者の真摯さが他を動かす事が出来ないからである。

27章37節 (ふね)()(われ)らは(すべ)()(ひゃく)(しち)(じふ)(ろく)(にん)なりき。[引照]

口語訳舟にいたわたしたちは、合わせて二百七十六人であった。
塚本訳わたし達船にいた者は皆で二百七十六人であった。
前田訳われら船に乗っていたものは皆で二百七十六人であった。
新共同船にいたわたしたちは、全部で二百七十六人であった。
NIVAltogether there were 276 of us on board.
註解: 史家ヨセフスが六百人の同船者と共に難船した事実があるのを見ても、当時の造船術は非常に進歩し多数の乗客を収容し得たことがわかる。但し異本に七十六人とあり。

27章38節 人々(ひとびと)(しょく)()きてのち穀物(こくもつ)(うみ)()()てて(ふね)(かろ)くせり。[引照]

口語訳みんなの者は、じゅうぶんに食事をした後、穀物を海に投げすてて舟を軽くした。
塚本訳人々は腹いっぱい食べたのち、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした。
前田訳満腹してから人々は穀物を海に投げて船を軽くした。
新共同十分に食べてから、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした。
NIVWhen they had eaten as much as they wanted, they lightened the ship by throwing the grain into the sea.
註解: 陸地に近付く必要上一層船を軽くする必要あり食物として保留していた穀物の残を海に棄てた。この穀物は積荷としての穀物ではない(18節)。

27章39節 夜明(よあけ)になりて、(いづれ)土地(とち)かは()らねど砂濱(すなはま)入江(いりえ)見出(みいだ)し、なし()べくば此處(ここ)(ふね)()せんと(あひ)(はか)り、[引照]

口語訳夜が明けて、どこの土地かよくわからなかったが、砂浜のある入江が見えたので、できれば、それに舟を乗り入れようということになった。
塚本訳朝になると、人々は陸地はわからなかったが、(良い)浜のある入江に気付いたので、出来ることならその浜に船を乗りつけようと思った。
前田訳朝になると、陸は見えなかったが、浜のある入江のようなものを感じたので、できるならばそこに船を乗りあげようと思った。
新共同朝になって、どこの陸地であるか分からなかったが、砂浜のある入り江を見つけたので、できることなら、そこへ船を乗り入れようということになった。
NIVWhen daylight came, they did not recognize the land, but they saw a bay with a sandy beach, where they decided to run the ship aground if they could.

27章40節 (いかり)()ちて(うみ)()つるとともに舵纜(かじづな)をゆるめ、(へさき)()()げて、(かぜ)にまかせつつ砂濱(すなはま)さして(すす)む。[引照]

口語訳そこで、いかりを切り離して海に捨て、同時にかじの綱をゆるめ、風に前の帆をあげて、砂浜にむかって進んだ。
塚本訳そこで錨(綱)を切って海に沈め、同時に舵の綱を解き、吹く風に前の帆を揚げながら浜に向かって進んだ。
前田訳そこで錨を切って海に捨て、同時に舵の綱をゆるめ、吹く風に前の帆をあげながら、浜に向かって進んだ。
新共同そこで、錨を切り離して海に捨て、同時に舵の綱を解き、風に船首の帆を上げて、砂浜に向かって進んだ。
NIVCutting loose the anchors, they left them in the sea and at the same time untied the ropes that held the rudders. Then they hoisted the foresail to the wind and made for the beach.
註解: マルタ島の普通の寄港地はヴアレツタでこれは航海者には知られていたけれども、今近付いた海浜はそれと異る未知の入江であった。砂浜に船を寄せて上陸する計画を取りその処置を取った。
辞解
[錨を断つ] もはや船としては最後の決心をなせる事を示す。
[舵(つな)をゆるめ] 舵を(つな)にて釣り上げまたはこれをそのまま固定せしめていたのをゆるめる事、即ち再び舵を使用する事。
[(へさき)の帆を揚げて風にまかせつつ] (へさき)の帆を揚げ風をはらませ」の意、尚「(へさき)の帆」artemôn は或は「(とも)の帆」なりとの説もあり、不明の文字なれど、航海者は前者がこの場合の事実に適合するものと判断する。

27章41節 (しか)るに(うしほ)(なが)れあふ(ところ)にいたりて(ふね)淺瀬(あさせ)()()げたれば、(へさき)膠著(ゐつ)きて(うご)かず、(とも)は[(なみ)の](はげ)しきに(やぶ)れたり。[引照]

口語訳ところが、潮流の流れ合う所に突き進んだため、舟を浅瀬に乗りあげてしまって、へさきがめり込んで動かなくなり、ともの方は激浪のためにこわされた。
塚本訳しかし浅瀬に来たとき船は坐礁し、舳はめり込んで動かなくなり、艫は(波の)力でこわれはじめた。
前田訳しかし潮流のあう浅瀬に乗りあげて船は座礁し、舳はめり込んで動かなくなり、艫は波の力でこわれはじめた。
新共同ところが、深みに挟まれた浅瀬にぶつかって船を乗り上げてしまい、船首がめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波で壊れだした。
NIVBut the ship struck a sandbar and ran aground. The bow stuck fast and would not move, and the stern was broken to pieces by the pounding of the surf.
註解: 二つの潮流の相合する処には浅瀬の突出が生ずる、現在マルタ島の聖パウロ湾中の聖パウロの浅瀬と称するもの是ならんとの事、この種の浅瀬は次第に沖に行くに従って深くなる故船の(へさき)は膠着して(とも)は浮動していた。

27章42節 兵卒(へいそつ)らは囚人(めしうど)(およ)ぎて(のがれ)()らんことを(おそ)れ、これを(ころ)さんと(はか)りしに、[引照]

口語訳兵卒たちは、囚人らが泳いで逃げるおそれがあるので、殺してしまおうと図ったが、
塚本訳兵卒らは囚人を殺してしまおうという意向であった。泳いで逃げる者がないようにというのである。
前田訳兵卒らは、泳いで逃げるものがないように、囚人たちを殺すことに決めた。
新共同兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計ったが、
NIVThe soldiers planned to kill the prisoners to prevent any of them from swimming away and escaping.

27章43節 百卒長(ひゃくそつちゃう)パウロを(すく)はんと(ほっ)して、その(はか)るところを(はば)み、(およ)ぎうる(もの)(めい)じ、(うみ)(とび)()りて()上陸(じゃうりく)せしめ、[引照]

口語訳百卒長は、パウロを救いたいと思うところから、その意図をしりぞけ、泳げる者はまず海に飛び込んで陸に行き、
塚本訳しかし百卒長はパウロを救おうと思ってその計画をとめ、泳ぎの出来る者はまず飛び込んで上陸するようにと命令し、
前田訳しかし百卒長はパウロを救おうと思って彼らの計画を押さえ、泳げるものがまず飛び込んで陸に上がるよう命じた。
新共同百人隊長はパウロを助けたいと思ったので、この計画を思いとどまらせた。そして、泳げる者がまず飛び込んで陸に上がり、
NIVBut the centurion wanted to spare Paul's life and kept them from carrying out their plan. He ordered those who could swim to jump overboard first and get to land.

27章44節 その(ほか)(もの)をば(あるひ)(いた)あるひは(ふね)碎片(くだけ)()らしむ。()くしてみな上陸(じゃうりく)して(すく)はるるを()たり。[引照]

口語訳その他の者は、板や舟の破片に乗って行くように命じた。こうして、全部の者が上陸して救われたのであった。
塚本訳そのほかの者は、あるいは板、あるいは船の破片に乗って上陸させた。こうして、皆陸に救い上げられた。
前田訳残りのものは、あるいは板、あるいは船の破片に乗るようにさせた。こうして、皆が陸に救い上げられた。
新共同残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳いで行くように命令した。このようにして、全員が無事に上陸した。
NIVThe rest were to get there on planks or on pieces of the ship. In this way everyone reached land in safety.
註解: ここにパウロに対する最後の危険が臨んだけれども百卒長の好意によりてこの危機を脱した。かくして彼のみならず凡ての人は皆救われた。
要義1 [難破船の記事]この記事の極めて詳細にわたっている所以は、ルカがこの事件の直後にこれを記載したからであろう。この記事の中に聖経としては不必要なる記述を多く含んで居るにも関らず、ルカが凡てここにこれを収録せる所以は、恐らくルカの眼前にこの遭難事件の中に耀き出でていたパウロの姿が浮び出で、これとこの事件とを切離して考え得なかった為と、また使徒行伝の編著がこの事件後間もなかったからであろう。我らはこの記事の背後にあるパウロに注目しつつこの記事を読むべきである。
要義2 [パウロの人格的感化]この遭難の記事の中にパウロの人格が強く耀き出でているのを見る。蓋しパウロは一囚人に過ぎなかった、それにも関らずその信仰的態度は自然に人の注意を惹き、遂に迷える時の案内者、弱れる時の慰藉(なぐさめ)者となリ絶望せる者に望を与え、苦しめる者に慰めを与え途方に暮れる者の相談役となる事が出来た。是等は凡てパウロの性格の致す処であり、百卒長の絶大の信頼を得し所以もここに在った。泰平の時は一囚人として軽蔑せられしパウロが、一旦緩急あれば全船員の指導者となった。基督者もこの世に於ては一介の塵埃(ほこり)に過ぎないけれども、一且緩急あれば反対に最も重要なる役割を演ずるに至るのである。
要義3 [人生航路の難破船]人間に福音が示されていながら人がこれを信じ得ない理由は(1)少許の知識経験に依頼む事、(2)自己の利害に動かされる事、(3)自己の所有に執着する事、(4)自己の生命を惜む事である。而してこの難破船の記事の示すが如く、人は救われんと欲するならば如何に惜んでも結局是等の凡てを棄ててしまわなければならない。この事実を予め知りて人は凡ての所有をすてて神に従うべきである。これが救に(あずか)る最も正しき途である。