黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版使徒行伝

使徒行伝第20章

分類
5 異邦に於けるパウロの伝道 13:1 - 21:16
5-4 パウロの第三伝道旅行 18:23 - 21:6
5-4-3 マケドニヤよりギリシャに至る 20:1 - 20:2

20章1節 騷亂(さうらん)のやみし(のち)[引照]

口語訳騒ぎがやんだ後、パウロは弟子たちを呼び集めて激励を与えた上、別れのあいさつを述べ、マケドニヤへ向かって出発した。
塚本訳(デメテリオ)騒動がやんだ後、パウロは(主の)弟子たちを呼んで励ました上、別れの挨拶をしてマケドニアへ出かけた。
前田訳騒ぎがやんだ後、パウロは弟子たちを集めて励まし、別れを告げてマケドニアへ出発した。
新共同この騒動が収まった後、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げてからマケドニア州へと出発した。
NIVWhen the uproar had ended, Paul sent for the disciples and, after encouraging them, said good-by and set out for Macedonia.
註解: デメテリオの事件(使19:23以下)のためパウロがエペソに滞在する事が自己の危険のみならず却ってエペソに於ける信徒の為に妨げとなったに相違ない。こうした場合パウロは(いたずら)にそこに固執するの愚を為さなかった。但し基督教の重要なる問題の為に死を期してエルサレムに上った事は自ら別である。22、23節および38節要義一参照。

パウロ弟子(でし)たちを(まね)きて(すすめ)をなし、

註解: 訣別の辞として信仰と忍耐とを薦めたのであろう、是がパウロに取りて最後の辞となる事の予感があったに相違ない。

(これ)(わかれ)()げ、

註解: 訣別の接吻を為す事が当時の習慣であった。

マケドニヤに()かんとて()()つ。

註解: 先づトロアスに到り(Uコリ2:12)それよりマケドニヤに渡った。▲パウロはそれより先、Uコリ1:15の計画を持っていたのを、本節の様に旅程を変更した。その事情についてはUコリ緒言を見よ。

20章2節 (しか)して、かの地方(ちはう)(めぐ)(おほ)くの(ことば)をもて弟子(でし)たちを(すす)めし(のち)[引照]

口語訳そして、その地方をとおり、多くの言葉で人々を励ましたのち、ギリシヤにきた。
塚本訳そしてその地方を巡回しながら、言葉をつくして信者たちを励まして、ギリシア[アカヤ州]に行った。
前田訳そしてその地方を通り、多くのことばで人々を励ましてギリシアへ来た。
新共同そして、この地方を巡り歩き、言葉を尽くして人々を励ましながら、ギリシアに来て、
NIVHe traveled through that area, speaking many words of encouragement to the people, and finally arrived in Greece,
註解: この地方の諸都市は彼の第二伝道旅行に際して経過せし処であり多くの弟子たちが各地にいて彼を迎へた。ロマ15:19のイルリコ地方の伝道は或はこの時に行われたのであろう。尚コリント後書はこの時に(したた)められた。恐らくピリピよりであろう。

ギリシヤに(いた)る。

註解: アカヤの別名。▲▲このギリシャ訪問に際して、コリントの訪問も行い、懸案をすべて解決したのであろう。

5-4-4 マケドニヤを経てトロアスに着く 20:3 - 20:6

20章3節 そこに(とどま)ること三个月(さんかげつ)にして[引照]

口語訳彼はそこで三か月を過ごした。それからシリヤへ向かって、船出しようとしていた矢先、彼に対するユダヤ人の陰謀が起ったので、マケドニヤを経由して帰ることに決した。
塚本訳(そこで)三か月を過ごしたのち、(エルサレムに上るため)シリヤに向かって船出するつもりであったが、彼に対してユダヤ人の陰謀がおこったので、(急に計画を変え、陸路)マケドニヤを通って帰ることに決心した。
前田訳そして三か月を過ごしてから、シリアに向かって船出しようとしたとき、彼に対してユダヤ人による陰謀があったので、マケドニアを経て帰ることに決めた。
新共同そこで三か月を過ごした。パウロは、シリア州に向かって船出しようとしていたとき、彼に対するユダヤ人の陰謀があったので、マケドニア州を通って帰ることにした。
NIVwhere he stayed three months. Because the Jews made a plot against him just as he was about to sail for Syria, he decided to go back through Macedonia.
註解: この期間は大部分コリントに於て費され、ロマ書はその宿泊所たるガイオの家に於て(ロマ16:23(したた)められた。

シリヤに(むか)ひて船出(ふなで)せんとする(とき)

註解: シリヤはパウロの母教会アンテオケのあるところ、当時は過越の節を守るためにエルサレムに上る旅客が多かった。パウロも過越の節をエルサレムにて守らんが為にコリントより直接にエルサレムに上らんとしたのであろう。

おのれを(そこな)はんとするユダヤ(びと)らの計略(はかりごと)()ひたれば、

註解: ユダヤ人は多くの巡礼者の中に混り、航海の途中パウロを海に投ぜんとしたのであろう。ユダヤ人は到る処パウロを迫害する。

マケドニヤを()(かへ)らんと(こころ)(さだ)む。

註解: 即ち再びマケドニヤを迂回する事とした。安全なる陸路によらんとしたのであった。

20章4節 (これ)(ともな)へる人々(ひとびと)[引照]

口語訳プロの子であるベレヤ人ソパテロ、テサロニケ人アリスタルコとセクンド、デルベ人ガイオ、それからテモテ、またアジヤ人テキコとトロピモがパウロの同行者であった。
塚本訳彼に付いてゆくのは、プロの子であるベレヤ人ソパテロ、テサロニケ人アリスタルコとセクンド、デルベ人ガイオと(それから)テモテ、アジヤ(州)人テキコとトロピモであった。
前田訳ついて行くのはプロの子でベレア人ソパテロ、テサロニケ人アリスタルコとセクンド、デルベ人ガイオとテモテ、アジア人テキコとトロピモであった。
新共同同行した者は、ピロの子でベレア出身のソパトロ、テサロニケのアリスタルコとセクンド、デルベのガイオ、テモテ、それにアジア州出身のティキコとトロフィモであった。
NIVHe was accompanied by Sopater son of Pyrrhus from Berea, Aristarchus and Secundus from Thessalonica, Gaius from Derbe, Timothy also, and Tychicus and Trophimus from the province of Asia.
註解: 多くの異本に「アジヤまで伴える人々は」とあり、然るに使21:29によればトロピモは尚エルサレムにパウロと偕に居り、使27:2はアリスタルコがパウロと共にカイザリヤにあり、そのために此句が除かれたものであろう。この句を保留する事を主張する学者は(1)これをソパテロのみに関係せしめるかまたは(2)「アジヤまで」をその先を否定せざる意味に解す。

ベレア(びと)にしてプロの()なるソパテロ、

註解: ロマ16:21のソシパテロと同人ならん。

テサロニケ(びと)アリスタルコ

註解: 使19:29のと同一人ならん、尚彼はローマまでペテロに従い行き彼と共に幽囚の身となった(使27:2コロ4:10ピレ1:24)。

(およ)びセクンド、

註解: この人につきては他に知られて居ない。

デルベ(びと)ガイオ

註解: 使19:29のガイオとは別人、

(およ)びテモテ、

註解: テモテに就ては使16:1註参照。

アジヤ(びと)テキコ(およ)びトロピモなり。

註解: テキコに就てはエペ6:21コロ4:7Uテモ4:12テト3:12

20章5節 (かれ)らは先立(さきだ)ちゆき、トロアスにて(われ)らを()てり。[引照]

口語訳この人たちは先発して、トロアスでわたしたちを待っていた。
塚本訳この人たちは先発してトロアスでわたし達(一五節マデノ「ワタシ達記録」ノ記者ヲ含ムパウロ一行)を待っていた。
前田訳彼らは先に出かけてわれらをトロアスで待っていた。
新共同この人たちは、先に出発してトロアスでわたしたちを待っていたが、
NIVThese men went on ahead and waited for us at Troas.
註解: 「彼ら」は原語「是ら」で(1)テキコ及びトロピモ、(2)上掲の七人全部、(3)これにパウロを加えし八人等種々に解せられて不明瞭なる一節である。従って「我ら」の誰なりやも異説を生ず、唯「我ら」の中にルカが加わっている事だけは間違が無い。此中(2)が最も適切ならん。即ちパウロはルカと共にピリピに止まった。ルカはここで再びパウロと一処になる(使16:40参照)。かく別々の行動を取った所以は不明であるが或はユダヤ人らをして乗ずる機会なからしめんが為であろう。

20章6節 (われ)らは除酵祭(ぢょかうさい)(のち)、ピリピより船出(ふなで)し、五日(いつか)にしてトロアスに()き、(かれ)らの(もと)(いた)りて七日(なぬか)のあひだ(とどま)れり。[引照]

口語訳わたしたちは、除酵祭が終ったのちに、ピリピから出帆し、五日かかってトロアスに到着して、彼らと落ち合い、そこに七日間滞在した。
塚本訳わたし達の方は種なしパンの祭の日の(終った)後ピリピから船出して、五日でトロアスの先発隊の所に着き、そこに七日滞在した。
前田訳われらは種なしパンの日の後にピリピから船出し、彼らのいるトロアスへ五日のうちに着き、そこに七日滞在した。
新共同わたしたちは、除酵祭の後フィリピから船出し、五日でトロアスに来て彼らと落ち合い、七日間そこに滞在した。
NIVBut we sailed from Philippi after the Feast of Unleavened Bread, and five days later joined the others at Troas, where we stayed seven days.
註解: パウロはユダヤ人として一人静にピリピに於て除酵祭を守ったのであろう。飲食物、祭日、安息日等の事につき自由である事を主張した彼は(コロ2:16)、彼自身最も適当と思う処に従って行動した。ユダヤ人を恐れてこれを為したのではなかった。

5-4-5 トロアスに於ける一夜 20:7 - 20:12

20章7節 一週(ひとまはり)(はじめ)()われらパンを()かんとて(あつま)りしが、[引照]

口語訳週の初めの日に、わたしたちがパンをさくために集まった時、パウロは翌日出発することにしていたので、しきりに人々と語り合い、夜中まで語りつづけた。
塚本訳週の始めの日[日曜日]に、わたし達はパンを裂くために集まった。パウロは人々に話をしたが、翌日出発するつもりであったので、夜中まで話が続いた。
前田訳週のはじめの日に、われらはパンを裂くために集まった。パウロは人々に語っていたが、翌日出発の予定であったので、夜中まで話をつづけた。
新共同週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。
NIVOn the first day of the week we came together to break bread. Paul spoke to the people and, because he intended to leave the next day, kept on talking until midnight.
註解: 一週の首の日即ち日曜日は基督者の集会に最も適当なる日であった(引照[週の初めの日]参照)。イエスの復活も、聖霊の降臨も共に日曜日であった。使徒時代より日曜日が礼拝日であったかどうかは確定出来ないけれども多分多くの場合この日に合同の礼拝を行い、共にパンを()き食事をなした事が遂に規則となったのであろう。パンを()く事は愛餐の一部として行われたのが後に一の儀式として愛餐と分離し、遂に愛餐は消滅しパンを()く聖餐式のみ後日に至るまで残存するに至った。日曜日はユダヤの暦法によればタ刻に始まる。

パウロ明日(あす)いで()たんとて(かれ)()とかたり、夜半(よなか)まで(かた)(つづ)けたり。

註解: 訣別の前夜であったので、パウロの心熱し語り続けて尽くる事を知らなかった。日曜礼拝が何時も夜半まで語りつづけたものと解すべきではない。当時の信徒の集会の自然さと自由さとを見よ。これを儀式に固定するに至ったのは信仰の死骸の保存に過ぎない。

20章8節 (あつま)りたる高樓(たかどの)には(おほ)くの燈火(ともしび)ありき。[引照]

口語訳わたしたちが集まっていた屋上の間には、あかりがたくさんともしてあった。
塚本訳集まっていた階上の部屋にはランプが沢山ともしてあった。
前田訳われらの集まっていた階上には明りがたくさんともしてあった。
新共同わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。
NIVThere were many lamps in the upstairs room where we were meeting.
註解: 聖餐式の式場として装飾したものと見るよりも、多数の会衆があった為と見るべきであろう。
辞解
[高楼] 家の最上階即ち屋根裏の室、この場合は三階であった(9節)。使1:13使9:37参照。

20章9節 (ここ)にユテコといふ若者(わかもの)(まど)()りて()しゐたるが、[引照]

口語訳ユテコという若者が窓に腰をかけていたところ、パウロの話がながながと続くので、ひどく眠けがさしてきて、とうとうぐっすり寝入ってしまい、三階から下に落ちた。抱き起してみたら、もう死んでいた。
塚本訳ユテコという一人の青年が窓に腰をかけていたところ、パウロがながながと話をするので、深い眠りに落ち、(とうとう)眠りに負けて三階から下に落ちた。だき起こすと、もう事切れていた。
前田訳ユテコという若者が窓に腰をかけていたが、パウロが長く話しつづけたので深く眠りこんだ。そして眠りに負けて三階から下に落ち、抱き起こすと死んでいた。
新共同エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。
NIVSeated in a window was a young man named Eutychus, who was sinking into a deep sleep as Paul talked on and on. When he was sound asleep, he fell to the ground from the third story and was picked up dead.
註解: 窓に倚りては「窓の上に」即ち窓の敷居の上に腰をかけた貌。会衆の多かりし為ならん。ユテコにつきては他に知られて居ない。

(いた)眠氣(ねむけ)ざすほどに、パウロの(かた)ること愈々(いよいよ)(ひさ)しくなりたれば、(つい)熟睡(じゅくすゐ)して三階(さんがい)より()つ。

註解: 肉体的疲労の為に眠気を催す事は罪悪と見る事が出来ない。夫ゆえにこの青年が三階より墜落せる事を居睡りの罰と見る事は宜しくない。殊に未だ信仰の事に目醒めざる青年に於ては尚更である。

これを(たす)(おこ)したるに、はや()にたり。

註解: 是は実際死んだので、死んだと誤認した(W2)のではない。

20章10節 パウロ()りて()(うへ)()し、[引照]

口語訳そこでパウロは降りてきて、若者の上に身をかがめ、彼を抱きあげて、「騒ぐことはない。まだ命がある」と言った。
塚本訳パウロが下りてきて青年の上にのしかかり、抱きしめて(人々に)言った、「騒ぐことはない。命はあるのだから。」
前田訳パウロが下りてきて若者の上に身をかがめ、抱きあげていった、「騒ぎなさるな、いのちがあります」と。
新共同パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」
NIVPaul went down, threw himself on the young man and put his arms around him. "Don't be alarmed," he said. "He's alive!"
註解: T列17:17-24のエリヤの如く祈りの態度を取る為か、またはU列4:34のエリシヤの如く、その死屍を温める為かは不明であるが、こうした場合に自然にこうした態度を取る様になるものである。尚パウロはその講話を中断した事に注意すべし、こうした愛の行為が却ってよりよき説教である。

かき(いだ)きて()ふ『なんぢら(さわ)ぐな、生命(いのち)は[なほ](うち)にあり』

註解: 「なお」は原文になし、除くべきである。パウロのこの言は「生命はなお内にあり」でもなく「生命は再び内にあり」でもない。前者ならば仮死、後者ならば復活を意味する事となる。パウロは唯現在の事実をそのままに述べた。即ちその時生命がこの青年の内に在ったのである。ここにパウロの謙遜なる心持と、死者を復活せしめ給うたのは自分ではなく神である事の心持が自然にあらわれている。尚マコ5:39マタ9:24のイエスの御言を参照すべし。

20章11節 (すなは)(また)のぼりてパンを()き、(しょく)してのち(ひさ)しく(かた)りあひ、夜明(よあけ)(いた)(つい)()でたてり。[引照]

口語訳そして、また上がって行って、パンをさいて食べてから、明けがたまで長いあいだ人々と語り合って、ついに出発した。
塚本訳そして(階上に)上がっていって、(一同と)パンを裂いて食べ、ゆっくり明け方まで話して、それから出かけた。
前田訳そして上がってパンを裂いて食べ、ゆっくり夜明けまで話し、それから出発した。
新共同そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。
NIVThen he went upstairs again and broke bread and ate. After talking until daylight, he left.
註解: 夜半以後に食事を為した。またパンを()いたのもキリストを記念する自然の儀式であった。凡ての点に於て極めて自然な動作として行われた。食事と聖餐式とは別々に考えられなかった事が判明る。徹夜の集会は特別の場合と見るべきである。

20章12節 人々(ひとびと)かの若者(わかもの)()きたるを()れきたり、(いた)慰藉(なぐさめ)()たり。[引照]

口語訳人々は生きかえった若者を連れかえり、ひとかたならず慰められた。
塚本訳人々は生きかえった少年を(家に)つれて行った。みんなが一方ならず喜んだ。
前田訳人々は生き返った子を連れてゆき、ひとかたならず慰められた。
新共同人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。
NIVThe people took the young man home alive and were greatly comforted.
註解: 死者の復活、パウロの信仰の力等を知りて、パウロ去りて後もその慰藉(なぐさめ)は豊に彼らに与えられた。
辞解
[若者] 「僕」または「子供」と訳される文字、従ってユテコが至って幼年なりし事が判明り、その家または集会の下僕であったろうとの想像の根拠となる。
[甚く] 「量なく」の意。
要義 [異邦人教会の集会の状態]7-12節の記事より推測し得る諸点は、使徒時代の異邦人の教会は(1)多く日曜日の夕刻に集れる事、(2)儀式張らざる自然なる集会であった事、(3)会食をなし(愛餐)その場合の家長または司会者がパンを()く事に特別に重要なる意味が附せられた事、(4)聖餐式なる特別なる儀式が分離して存在しなかった事、(5)説教の時間等に一定の規則が無かった事、等である。是より次第に転化して一定の日時に一定の形式によって行われる礼拝式が生ずるに至った。

5-4-6 トロアスよりミレトまで 20:13 - 20:16

20章13節 (かく)(われ)らは先立(さきだ)ちて(ふね)()り、[引照]

口語訳さて、わたしたちは先に舟に乗り込み、アソスへ向かって出帆した。そこからパウロを舟に乗せて行くことにしていた。彼だけは陸路をとることに決めていたからである。
塚本訳さてわたし達は(パウロより)先に立って船に乗り、アソス(の町)に向けて船出した。そこからパウロを船に迎えるつもりであった。彼自身は(アソスまで)歩いてゆこうとしていたので、そのように言いつけていたからである。
前田訳われらは先に船に乗ってアソスに向かって出かけた。そこからパウロを船に迎える予定であった。彼自身は徒歩で行く予定であったので、そのように決めていたのである。
新共同さて、わたしたちは先に船に乗り込み、アソスに向けて船出した。パウロをそこから乗船させる予定であった。これは、パウロ自身が徒歩で旅行するつもりで、そう指示しておいたからである。
NIVWe went on ahead to the ship and sailed for Assos, where we were going to take Paul aboard. He had made this arrangement because he was going there on foot.
註解: 「我ら」はパウロを除外せる人々、「船」に冠詞ある点(38節も同様)及びエペソに立寄らずしてパウロの欲する如き他の諸港に立寄れる点及び使21:2の「船」に冠詞なき点等よりこの船は一行の為に借切った沿岸航行の船であったと想像する事が出来る(M0)。

アソスにてパウロを()せんとして彼處(かしこ)船出(ふなで)せり。(かれ)徒歩(かち)にて()かんとて(かく)くは(さだ)めたるなり。

註解: トロアスよりアソスまで約三十二キロ、何ゆえにパウロは徹夜の講話をも物ともせず徒歩にて行きしかは不明であり、種々の想像説あれど、恐らくその地の信徒を訪わんが為ならん(H0)、尚(1)ユダヤ人の陥穽(おとしあな)を免れる為、(2)一時淋しく暮さん為、(3)健康の為(C1)、(4)同伴者を休養せしむる為等種々の説あり。

20章14節 (われ)らアソスにてパウロを()(むか)へ、[引照]

口語訳パウロがアソスで、わたしたちと落ち合った時、わたしたちは彼を舟に乗せてミテレネに行った。
塚本訳アソスで落ち合うと、わたし達は彼を船に迎えてミテレネ(の町)に行き、
前田訳彼はアソスでわれらと落ち合い、われらは彼を船に迎えてミテレネに行った。
新共同アソスでパウロと落ち合ったので、わたしたちは彼を船に乗せてミティレネに着いた。
NIVWhen he met us at Assos, we took him aboard and went on to Mitylene.
註解: 原文「彼アソスにて我らに落合いしとき」となる。

これを()せてミテレネに(わた)り、

註解: ミテレネはレスボス島の首都、美しき市。

20章15節 また彼處(かしこ)より船出(ふなで)して翌日(よくじつ)キヨスの彼方(かなた)にいたり、(つぎ)()サモスに()()り、その(つぎ)()ミレトに()く。[引照]

口語訳そこから出帆して、翌日キヨスの沖合にいたり、次の日にサモスに寄り、その翌日ミレトに着いた。
塚本訳そこを出て翌日キヨス(島)の沖合に着き、次の日サモス(島)に渡り、その次の日に(ミレトの町)に来た。
前田訳そこから翌日、船出してキオスの沖に達し、次の日サモスに渡り、その次の日ミレトに来た。
新共同翌日、そこを船出し、キオス島の沖を過ぎ、その次の日サモス島に寄港し、更にその翌日にはミレトスに到着した。
NIVThe next day we set sail from there and arrived off Kios. The day after that we crossed over to Samos, and on the following day arrived at Miletus.
註解: サモスはエペソと相対する島。パウロはエペソに立寄らなかった。トロアスよりミレトに至るまで五日の航海であった。尚異本にはミレトに着く前に「トロギリウムに一泊し」とあり。

20章16節 パウロ、アジヤにて(とき)(つひや)さぬ(ため)にエペソには(ふね)()せずして()ぐることに(さだ)めしなり。これは()るべく五旬節(ごじゅんせつ)()エルサレムに()ることを()んとて(いそ)ぎしに()る。[引照]

口語訳それは、パウロがアジヤで時間をとられないため、エペソには寄らないで続航することに決めていたからである。彼は、できればペンテコステの日には、エルサレムに着いていたかったので、旅を急いだわけである。
塚本訳これはパウロがアジヤで暇取らないように、エペソに寄らずに行くことにきめていたからである。彼は出来ることなら五旬節の祭の日にエルサレムについていたいと、(旅行を)急いだのである。
前田訳これはパウロが、アジアで暇どらないために、エペソを素通りすることに決めていたからである。彼は、できることなら、五旬節の日にエルサレムにいるよう急いでいたのである。
新共同パウロは、アジア州で時を費やさないように、エフェソには寄らないで航海することに決めていたからである。できれば五旬祭にはエルサレムに着いていたかったので、旅を急いだのである。
NIVPaul had decided to sail past Ephesus to avoid spending time in the province of Asia, for he was in a hurry to reach Jerusalem, if possible, by the day of Pentecost.
註解: エペソは彼と密接なる関係あり数日の滞在にては不充分であった。且つ敵も多きことゆえ如何なる事が起らんとも予測し得ず、従って滞在の日数も予定出来ず、エルサレム行の失敗に帰せん事を恐れた。夫ゆえに(わざ)とエペソに立寄らなかった。五旬節にエルサレムに到らんとしたのはエルサレムにてこの祝節を記念する事の意義ある事たるのみならず、各地より集う多くのユダヤ人らに福音の証を為さんが為であった。尚おエペソに立寄らなかったにも関らずトロアス(6節)、ツロ(使21:4)、カイザリヤ(使21:10)等に比較的長く滞留せるを見てもエペソに立寄らなかったのは敵の為にエルサレム行を妨げられる事を憂えた事が重なる理由であった事が判明る。

5-4-7 エペソの長老との決別 20:17 - 20:38

20章17節 [(しか)してパウロ、]ミレトより(ひと)をエペソに(つかは)し、教會(けうくわい)長老(ちゃうらう)たちを()びて、[引照]

口語訳そこでパウロは、ミレトからエペソに使をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。
塚本訳パウロはミレトからエペソに使をやって、そこの集会の長老たちを呼びよせた。
前田訳パウロはミレトからエペソに使いをやって集まりの長老たちを呼びよせた。
新共同パウロはミレトスからエフェソに人をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。
NIVFrom Miletus, Paul sent to Ephesus for the elders of the church.
註解: ミレトよりエペソまでは約四十八キロあり態々(わざわざ)こうした遠距離の地に呼出した事も上掲の理由による、「長老」は原語「老人」の意味であるけれども必ずしも年令上の老人ではなく主要の人物を指す。

20章18節 その(きた)りしとき、かれらに()ふ『わがアジヤに(きた)りし(はじめ)()より如何(いか)なる(さま)にて(つね)(なんぢ)らと(とも)()りしかは、(なんぢ)らの()(ところ)なり。[引照]

口語訳そして、彼のところに寄り集まってきた時、彼らに言った。「わたしが、アジヤの地に足を踏み入れた最初の日以来、いつもあなたがたとどんなふうに過ごしてきたか、よくご存じである。
塚本訳そしてあつまって来ると、こう言った。「あなた達にはこのことがよくわかっているはずだ、このアジヤの地を踏んだ最初の日から、わたしはいつもあなた達と一緒にいて、
前田訳彼らが集まってくると、こういった、「あなた方はご存じです、わたしがアジアに来た最初の日から、いかにあなた方とともに過ごして来たかを。
新共同長老たちが集まって来たとき、パウロはこう話した。「アジア州に来た最初の日以来、わたしがあなたがたと共にどのように過ごしてきたかは、よくご存じです。
NIVWhen they arrived, he said to them: "You know how I lived the whole time I was with you, from the first day I came into the province of Asia.
註解: パウロは常に自己の実生活を証拠としてその使徒職とその福音の神より出づる事を証明する。例えばTコリ4:16Tコリ11:1Uコリ1:12ピリ3:17の如し。

20章19節 (すなは)謙遜(けんそん)(かぎり)をつくし、(なみだ)(なが)し、ユダヤ(びと)計略(はかりごと)によりて(せま)()艱難(かんなん)()へて(しゅ)につかへ、[引照]

口語訳すなわち、謙遜の限りをつくし、涙を流し、ユダヤ人の陰謀によってわたしの身に及んだ数々の試練の中にあって、主に仕えてきた。
塚本訳謙遜のかぎりを尽くし、多くの涙を流し、ユダヤ人の陰謀でわたしに起こったかずかずの試みの間にあって、主に仕えたことが。
前田訳謙遜をきわめ、涙を流し、ユダヤ人の陰謀で受けた試みの数々の中で、わたしは主に仕えました。
新共同すなわち、自分を全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました。
NIVI served the Lord with great humility and with tears, although I was severely tested by the plots of the Jews.
註解: 「謙遜」以下凡て「主につかえ」を形容す。多くの辱かしめを受くるも謙遜を保ち如何なる卑しき立場にも自己を置き、種々の憂慮と誤解と離反とに遭いて涙を流し、種々の試練に際して忍耐を表わした。かくして彼は徹頭徹尾主につかうることに専念したのであった。「涙を流し」た事はエペソの教会に関しては記事なし、使19:9の場合は「ユダヤ人の計略」の例であるが、この場合にも彼は涙を流したのであろう。「艱難」は「試練」と訳すべし。

20章20節 (えき)となる(こと)(なに)くれとなく(はばか)らずして()げ、公然(おほやけ)にても家々(いへいへ)にても(なんぢ)らを(をし)へ、[引照]

口語訳また、あなたがたの益になることは、公衆の前でも、また家々でも、すべてあますところなく話して聞かせ、また教え、
塚本訳またあなた達(の救い)に役立つことを、公にでも家庭(の集会)ででも、人をはばかって知らせなかったり教えなかったりしたことは、何一つないことが(あなた達にはわかっているはずだ。)
前田訳あなた方に役だつことはひとつとしておろそかにせず、公にも家々でもあなた方に知らせ、また教えました。
新共同役に立つことは一つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、あなたがたに伝え、また教えてきました。
NIVYou know that I have not hesitated to preach anything that would be helpful to you but have taught you publicly and from house to house.
註解: 私訳「益となる事は一もこれを留保せずして、公然にても家々にても汝らに告げ、また汝らを教えたり」パウロの伝道の公明正大なりし事、及びその内容の有益なりし事を明かにす。「告げ」は「宣伝える」事で「公然」と関連し、「教う」は「家々にて」に関連す。

20章21節 ユダヤ(びと)にもギリシヤ(びと)にも、(かみ)(たい)して悔改(くいあらた)め、われらの(しゅ)イエスに(たい)して信仰(しんかう)すべきことを(あかし)せり。[引照]

口語訳ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、強く勧めてきたのである。
塚本訳わたしはユダヤ人にも異教人にも、神に帰る悔改めと、わたし達の主イエスに対する信仰とを、証ししたのであった。
前田訳そしてユダヤ人にもギリシア人にも神への悔い改めとわれらの主イエスへの信仰とを証しました。
新共同神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、ユダヤ人にもギリシア人にも力強く証ししてきたのです。
NIVI have declared to both Jews and Greeks that they must turn to God in repentance and have faith in our Lord Jesus.
註解: ユダヤ人とギリシヤ人は人類全体と云うに同じく、悔改めと信仰とは福音の要約である。以上はパウロの過去の態度及び行動の回想であった。

註解: 22-24節は今後の見通し。

20章22節 ()よ、(いま)われは(こころ)(から)められて、エルサレムに()く。[引照]

口語訳今や、わたしは御霊に迫られてエルサレムへ行く。あの都で、どんな事がわたしの身にふりかかって来るか、わたしにはわからない。
塚本訳(だがいよいよお別れだ。)さあ、わたしは御霊に縛られて、エルサレムにのぼって行く。そこでどんな目に会うか、わたしは知らない、
前田訳今わたしはみ霊に縛られてエルサレムに上るところです。そこでどんな目にあうか、わかりません。
新共同そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。
NIV"And now, compelled by the Spirit, I am going to Jerusalem, not knowing what will happen to me there.
註解: 霊的に止むに止まれずして、往くの意。
辞解
[心搦められて] 直訳「霊に於て捕縛されて」で種々の意味に解せられているけれども本文の如くに解するよりも「聖霊によりて捕えられ」(C1)と解するを可とす。聖霊がパウロを捉えて強てエルサレムに引き往く如き心持であった。

彼處(かしこ)にて如何(いか)なる(こと)(われ)(およ)ぶかを()らず。

註解: 原文「知らずにエルサレムに行く」となり前半に関連す、何等か重大なる運命が彼を待ちつつあるが如き予感がしきりに彼を襲った。

20章23節 ただ(せい)(れい)いづれの(まち)にても(われ)(あかし)して縲絏(なはめ)患難(なやみ)(われ)()てりと()げたまふ。[引照]

口語訳ただ、聖霊が至るところの町々で、わたしにはっきり告げているのは、投獄と患難とが、わたしを待ちうけているということだ。
塚本訳ただ、聖霊は(預言者たちをもって)到る所の町で、縄目と苦難とが(あそこで)わたしを待っていると証しをしてくださったことのほかは。
前田訳ただわかるのは、逮捕と苦難がわたしを待っているといって、聖霊が町ごとに証をなさることです。
新共同ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています。
NIVI only know that in every city the Holy Spirit warns me that prison and hardships are facing me.
註解: 町々にて、預言する者が聖霊によりてパウロについて預言し彼の運命の多難なるべき事を告げた。「町々にて」とある故、この聖霊はパウロの内心に啓示し給うたのではなく、町々の預言者をして語らしめ給うた。使11:28使13:2使21:4使21:11の如し。

20章24節 ()れど(われ)わが(はし)るべき道程(みちのり)[引照]

口語訳しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。
塚本訳しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。
前田訳しかしわたしは、走るべき道のりを終え、神の恩恵の福音を伝えるという主イエスから受けたつとめを全うするためならば、わがいのちには何の値打ちも認めません。
新共同しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。
NIVHowever, I consider my life worth nothing to me, if only I may finish the race and complete the task the Lord Jesus has given me--the task of testifying to the gospel of God's grace.
註解: 走るべき道程を全うする事は(引照1参照)その天職を全うして一生を終る事。

(しゅ)イエスより()けし(つとめ)

註解: 「職」は原語diakonia で執事の職を意味す、当時教会職員の職名は今日の如く明瞭なる区別が無かった。

すなわち(かみ)(めぐみ)福音(ふくいん)(あかし)する(こと)

註解: 福音は神がその恩恵によりその独子を人類に賜い、その十字架の贖によりて凡ての人間の罪が赦される事の音信である故神の恩恵の福音と云う事が適切である。

(はた)さん(ため)には(もと)より生命(いのち)をも(おも)んぜざるなり。

註解: パウロの伝道は主イエスにその生命をささげていたことゆえ、自分の為に生命を惜む如き事は全く無かった。
辞解
[固より] 原語「如何なる理由の下にも」。
[重んぜざるなり] 「我自身に取りて価値あるものとしない」で、主の為には生命を泰山(たいざん@)よりも重しとするけれども、自分の為にはこれを鴻毛(こうもう)よりも軽しとした。

20章25節 ()よ、(いま)われは()る、(さき)(なんぢ)らの(うち)()(めぐ)りて御國(みくに)宣傳(のべつた)へし()(かほ)(なんぢ)(みな)ふたたび()ざるべきを。[引照]

口語訳わたしはいま信じている、あなたがたの間を歩き回って御国を宣べ伝えたこのわたしの顔を、みんなが今後二度と見ることはあるまい。
塚本訳さあ、もう二度と、あなた達みんなはわたしの顔を見ることはあるまい。わたしにはそれがわかっているのだ!ほんとうにわたしはあなた達の間を、御国(の福音)を説きながら回ったのだ。
前田訳さらに、今わたしにわかることは、皆さんがもうわが顔をごらんのことはあるまいということです。わたしは皆さんの間を回ってみ国を説いたのでした。
新共同そして今、あなたがたが皆もう二度とわたしの顔を見ることがないとわたしには分かっています。わたしは、あなたがたの間を巡回して御国を宣べ伝えたのです。
NIV"Now I know that none of you among whom I have gone about preaching the kingdom will ever see me again.
註解: パウロはここに感情が高まって自己の死の必然さを益々強く信ずるに至った。而してそこに集れる長老たちのみならず彼が伝道旅行の際に経過せる各所の人々すらも生きて再び彼の顔を見ないであろうと思うに至った。この確信は前に(したた)められしロマ15:22-29。後に(したた)められしピレ1:22ピリ2:24と矛盾しているけれども、この言はこの場合に於けるパウロの確信であったと見る事は少しも差支がない。この心持が28節以下の(すす)めを一層力強きものたらしめた。

20章26節 この(ゆゑ)に、われ今日(けふ)なんぢらに(あかし)す、[引照]

口語訳だから、きょう、この日にあなたがたに断言しておく。わたしは、すべての人の血について、なんら責任がない。
塚本訳だから(わたしの福音を聞いた)何人が滅びようとも、わたしは良心のとがめがないことを、今日はっきりあなた達に言っておく。
前田訳それゆえ、きょうあなた方に明言します、だれが裁きの血を流そうとも、わたしに責めがないことを。
新共同だから、特に今日はっきり言います。だれの血についても、わたしには責任がありません。
NIVTherefore, I declare to you today that I am innocent of the blood of all men.
註解: 最後の言として重大なる宣告を汝らに与える。
辞解
[今日] 原語「今日という日に」で強き意味、訣別の日にの意。

われは(すべ)ての(ひと)()につきて(いさぎ)よし。

註解: 血は死を意味し、この場合不信仰による永遠の滅亡を指す、パウロは生命の福音を充分に伝えた故、今後不信のために亡ぶるものありともそれはパウロの責任ではない。

20章27節 (そは)(われ)(はばか)らずして(かみ)御旨(みむね)をことごとく(なんぢ)らに()げ[し](たれば)なり。[引照]

口語訳神のみ旨を皆あますところなく、あなたがたに伝えておいたからである。
塚本訳わたしは人をはばかって、神の御心を全部あなた達に知らせないようなことは、しなかったのだから。
前田訳神のみ心のすべてをあなた方に伝えるに際して、わたしは何もおろそかにしませんでした。
新共同わたしは、神の御計画をすべて、ひるむことなくあなたがたに伝えたからです。
NIVFor I have not hesitated to proclaim to you the whole will of God.
註解: 神の御旨、御計画を(ことごと)く一も留保せずして宣言せし以上、最早やパウロに於ては手落は無い。神の御旨を正しく残なく告ぐる事は伝道者の重大なる責任である。

註解: 28-30節はエペソの長老たちに対する薦奨の言。

20章28節 (なんぢ)()みづから(こころ)せよ、[引照]

口語訳どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。
塚本訳自分自身に、また(信者の)群全体にも気をつけなさい。聖霊があなた達を群の監督にされたのは、神が御自分の(御子の)血で“かち取られた神の”集会を牧させるためである。
前田訳ご自身に、また群れ全体にお気をつけなさい。聖霊が群れの中にあなた方を監督としてお立てになったのは、神がご自身の血でかち取られた集会(エクレシア)を牧させるためです。
新共同どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。
NIVKeep watch over yourselves and all the flock of which the Holy Spirit has made you overseers. Be shepherds of the church of God, which he bought with his own blood.
註解: 自己の信仰と行為とに注意を払わず、そこに欠陥を有する者はその群を監督指導する事は出来ない、ゆえに先づ自らに注意する事が必要である。

(また)すべての(むれ)(こころ)せよ、

註解: 信徒の一団は羊の群でありこれを見守るよき牧者を要する。

(せい)(れい)(なんぢ)()(むれ)のなかに()てて監督(かんとく)となし、(かみ)(おのれ)()をもて()(たま)ひし教會(けうくわい)(ぼく)せしめ(たま)ふ。

註解: このエペソの長老たちをその職に任じたものは聖霊であり(使14:23の如く選挙による場合と(いえど)もこれを導くものは聖霊である)其職掌は群即ち教会を監視督励しまたこれを牧してこれに聖書の食を与うる事である。即ち長老、監督、牧師等権限の分離はこの当時に於ては未だ存在せず、是等の名称は権限の分界を示すものではなくその職務の内容の大体を示すものであった。従って互に相融通して用いられていた(テト1:5テト1:7)。尚教会は神がキリストの血を以て己が所有となし給いしものであって最も貴重なる存在である、従ってこれを監督することは重大な仕事である。また「己の血」即ち「神の血」と云う事は不適当であるけれどもキリストを神と呼ぶ信仰より出でし言である。また監督の職を牧者にたとえたのはルカ12:32ヨハ10:1-5。Tペテ5:2の思想による。

20章29節 われ()る、[引照]

口語訳わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒すようになることを、わたしは知っている。
塚本訳わたしが立ち去った後、獰猛な狼どもがあなた達の間に入ってきて、群を(荒して)容赦しないことが、わたしにわかっている。
前田訳わたしにはわかります、わたしの出発ののち荒々しい狼どもがあなた方の中に入って来て、群れを容赦なく荒らすことが。
新共同わたしが去った後に、残忍な狼どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。
NIVI know that after I leave, savage wolves will come in among you and will not spare the flock.
註解: 「我」を特に強めてその確信を表明す。

わが()()るのち(あら)豺狼(おほかみ)なんぢらの(うち)()りきたりて(むれ)(をし)まず、

註解: 外部より来りて教会を迫害する敵は暴き狼に譬えられている(ルカ10:3ヨハ10:12)。彼らは基督者を惜まずこれを迫害し、殺戮し、散乱せしめる、暴力を以て教会を迫害するユダヤ人や異教徒等これに属す。パウロが居る間はこうした狼はその威を(たくま)しくする事が出来ない。パウロ無き後が危険である。

20章30節 (また)なんぢらの(うち)よりも、弟子(でし)たちを(おの)(かた)()()れんとて、(まが)れることを(かた)るもの(おこ)らん。[引照]

口語訳また、あなたがた自身の中からも、いろいろ曲ったことを言って、弟子たちを自分の方に、ひっぱり込もうとする者らが起るであろう。
塚本訳またあなた達の中からさえ、異端邪説をとなえて、(主の)弟子たちを自分の方に引きずりこもうとする者どもがあらわれるであろう。
前田訳そしてあなた方自身の中からも、曲がったことを語って、弟子たちを自分の方に引きずりこむ者どもが現われるでしょう。
新共同また、あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。
NIVEven from your own number men will arise and distort the truth in order to draw away disciples after them.
註解: 内部より起って異る教を唱えて教会を分裂せしむる偽預言者、偽教師であるかれらは自己中心であり宗派心強く己が徒党に人を引入れん事に専念する。

註解: 31-35節はパウロを模範とすべき事を教へる。

20章31節 されば(なんぢ)()(さま)しをれ。[引照]

口語訳だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。
塚本訳だから目を覚ましていなさい。この三年のあいだ夜昼涙を流しながら、たえずあなた達それぞれに注意を与えたことを忘れないように。
前田訳それゆえ、目覚めていてください。三年の間、夜昼涙を流しつつ、あなた方ひとりひとりをたえず指図したことを思い出してください。
新共同だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。
NIVSo be on your guard! Remember that for three years I never stopped warning each of you night and day with tears.
註解: 暴き狼、偽教師等、一瞬も油断出来ない敵である。牧者、監督者の重大の任務は目を覚している事である。

三年(さんねん)(あひだ)わが(よる)(ひる)(やす)まず、(なみだ)をもて(なんぢ)()おのおのを訓戒(くんかい)せしことを(おぼ)えよ。

註解: パウロの三年間のエペソ伝道は熱心と緊張の三年間であり(使19:8使19:10)悲憤と絶望と苦痛との涙を流し、一人一人に訓戒を与え、かくして善き牧者の任務を果さんとした。エペソの信者はパウロのこの態度を忘れてはならない。尚おパウロが自己を模範として呈出した事につきては35節註を見よ。

20章32節 われ(いま)なんぢらを、(しゅ)および()(めぐみ)御言(みことば)(ゆだ)ぬ。[引照]

口語訳今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。
塚本訳今わたしは(神なる)主とその恩恵の御言葉とに、あなた達をお任せする。この御言葉にはあなた達を造りあげ、“すべてのきよめられた人たち”の仲間に入れ、“(御国の)相続財産を”与える力がある。
前田訳今わたしはあなた方を主とその恵みのことばにゆだねます。そのことばにはあなた方を形づくり、すべての聖められた人々の中でみ国の相続権を与える力があります。
新共同そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。
NIV"Now I commit you to God and to the word of his grace, which can build you up and give you an inheritance among all those who are sanctified.
註解: パウロはエペソの教会に自分の後継者を立てず、彼らを主に委ね、また恵の御言葉、即ち恩恵の福音に委ねた。この福音を信じて主に依頼むならばそれで充分である事をパウロは知っていた。

[御言(みことば)は]( (しゅ)は)(なんぢ)らの(とく)()て、すべての(きよ)められたる(もの)[とともに](の(なか)に)嗣業(しげふ)を[()けしめ()る]( (あた)ふる(こと)()たまふ)なり。

註解: 「御言は」とするよりも「主」を受けると見る方が文法上(やや)不円滑であるけれども意味より見て正しい。また徳を建つる事は教会の霊的建物の完成を目的とする。「潔められたる者」は「聖徒」であって基督者の全体を指し、嗣業を受くる事は旧約時代にはカナンをイスラエルの嗣業として受くる事を意味したけれども、新約に至りてこれを霊的に解し神の國を継ぐ事を意味す。主は是ら凡ての事を為し得給うがゆえに、主に依り頼み主に委ねる事ほど安全な事はない。

20章33節 (われ)(ひと)(きん)(ぎん)衣服(いふく)(むさぼ)りし(こと)なし。[引照]

口語訳わたしは、人の金や銀や衣服をほしがったことはない。
塚本訳わたしはだれに対しても、金銀や、(高価な)衣服を欲しがったことはない。
前田訳わたしは銀や金や衣服をだれからも欲しがったことはありません。
新共同わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。
NIVI have not coveted anyone's silver or gold or clothing.
註解: パウロはエペソの長老たちを先づ主なる神の御手に委ね、次に自己がエペソに於て行える態度を例示してこれに倣わん事を薦めている。而してその第一は貪欲を慎む事であった。パウロは如何なる苦境に於ても他人のものを貪り不当にこれを自分に取った事は無い、偶像教は結局金儲けの為に存するけれども、福音は然らず自己の凡てを与えて他人を救う事である。

20章34節 この()()必要(ひつえう)(そな)へ、また(われ)(とも)なる(もの)(そな)へしことを(なんぢ)()みづから()る。[引照]

口語訳あなたがた自身が知っているとおり、わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。
塚本訳この二つの手が、わたしの必要のためにも、わたしと一緒にいる者たちのためにも働いたことは、あなた達自身が知っている。
前田訳自らご存じのとおり、この両手が、わたしの必要のためにも、わたしといっしょにいる人々のためにも役だってきました。
新共同ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。
NIVYou yourselves know that these hands of mine have supplied my own needs and the needs of my companions.
註解: パウロは自ら労働して自己及び一行の生活を維持した事を非常に誇っていた(使18:3。及びその引照。殊にTテサ2:9Uテサ3:8)。彼は「この手は」と云いてその労働により骨太くなれる手を示し、「汝らみづから知る」と云い彼らをして事実を事実として承認せしめた。尚要義参照。

20章35節 (われ)すべての(こと)(おい)(れい)(しめ)せり、(すなは)(なんぢ)らも()(はたら)きて、(よわ)(もの)(たす)け、[引照]

口語訳わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。
塚本訳わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」
前田訳わたしはすべてについてあなた方に示しましたが、このように働いて、弱いものを助けるべきです。そして、主イエス自らがいわれた、受けるよりも与えるがさいわい、というおことばを思い出すべきです」と。
新共同あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」
NIVIn everything I did, I showed you that by this kind of hard work we must help the weak, remembering the words the Lord Jesus himself said: `It is more blessed to give than to receive.'"
註解: パウロは大胆に彼自身を模範として提供した(Tコリ4:16Tコリ11:1ピリ3:17ピリ4:9Tテサ1:6Uテサ3:9)、彼が神の御旨のままに生活している事の確信があったからである。而して信仰の弱き者は伝道者の労苦を見る事によりて信仰に入る場合多く、反対に伝道者が教会の俸給に衣食する場合に、その伝える福音に躓く場合多き故、この為にパウロは自給伝道の必要とエペソの長老もこれに倣うべき事を強調した。尚要義参照。

また(しゅ)イエスの(みづか)()(たま)ひし「(あた)ふるは()くるよりも幸福(さいはひ)なり」との御言(みことば)記憶(きおく)すべきなり』

註解: 人は与うるを嫌い受くる事を好む、併し乍ら事実は与うる事が却て受くる事よりも幸福である。福音を宣伝える場合に於ても、これに対して報を受くる事よりも、福音を与うる事に幸福を見出すべきであって、これを見出すならば自ら労働し自活する事は決して苦痛ではない。尚この主の御言は福音書には記されて居ない。従って他の文書に記録せられしものなりやまたは口頭にて伝えられしものなりや否やは不明である、クレメンス書簡に類似の句あり。

20章36節 ()()ひて(のち)、パウロ(ひざま)づきて一同(いちどう)とともに(いの)れり。[引照]

口語訳こう言って、パウロは一同と共にひざまずいて祈った。
塚本訳こう言ったあと、ひざまずいて、皆と一緒に祈りはじめた。
前田訳こういってから、ひざまずいて、皆とともに祈った。
新共同このように話してから、パウロは皆と一緒にひざまずいて祈った。
NIVWhen he had said this, he knelt down with all of them and prayed.
註解: 共に居りてこれを目撃せるルカの簡単なる叙述を以て、よく当時の光景を髣髴せしめているのを見る。

20章37節 みな(おほい)(なげ)きパウロの(くび)(いだ)きて接吻(くちつけ)し、[引照]

口語訳みんなの者は、はげしく泣き悲しみ、パウロの首を抱いて、幾度も接吻し、
塚本訳すると皆が大声で泣き出し、パウロの首に抱きついて接吻してやまなかった。
前田訳皆が大声で泣き出し、パウロの首を抱いて口づけしつづけた。
新共同人々は皆激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻した。
NIVThey all wept as they embraced him and kissed him.
註解: 長く彼らと共に在りしパウロと訣別する事の歎きは大きくあった。彼らは当時の習慣に従い離別の接吻を交した。
辞解
[接吻し] この場合の原語は激しく繰返し接吻する事を意味する文字。

20章38節 そのふたたび()(かほ)()ざるべしと()ひし(ことば)によりて(こと)(うれ)ひ、(つい)(かれ)(ふね)まで(おく)りゆけり。[引照]

口語訳もう二度と自分の顔を見ることはあるまいと彼が言ったので、特に心を痛めた。それから彼を舟まで見送った。
塚本訳もう二度と顔を見ることはあるまいと言ったパウロの言葉が、わけても悲しかったのである。一同は彼を船まで見送った。
前田訳もはや彼の顔を見まいと彼がいったことばが、とくに悲しかったのである。皆は彼を船まで見送った。
新共同特に、自分の顔をもう二度と見ることはあるまいとパウロが言ったので、非常に悲しんだ。人々はパウロを船まで見送りに行った。
NIVWhat grieved them most was his statement that they would never see his face again. Then they accompanied him to the ship.
註解: 25節を見よ。師弟の情愛と尊敬がかくまで深くあるのが本当である。今の世は、教師は講談師の如く信者はその聴衆の如し。
要義1 [パウロのエルサレム行]デメテリオの事件の際には、エペソを逃れ出でて自己の生命を全うせるパウロは、此度は万難を冒し生命をすててもエルサレムに行かんとの決心であった(22-24節)。パウロがかくその態度を変化せし理由は、前者の場合に於ては無智貪慾の異邦人よリ迫害される場合で、彼らの為に空しく殺される事の愚なるが故であり、後者の場合はパウロが異邦人の基督者とユダヤ人の基督者との間に於ける一体の関係を実現せんが為に、マケドニヤ、アカヤ等より醵金(きょきん)せるものを集めてエルサレムに上る場合であって、教会全体がキリストにある一体の関係を実現する大切な場合であり、これが為に彼の生命をも惜まなかったからである。
要義2 [長老、監督其他の職名]今日の教会に於てはこの三つの職名が各々異れる権限を有するものとして考えられているのであるけれども、初代基督教会に於ては是は明瞭なる限界はなく、同一人を時に長老と呼び時に監督と呼ぶ如き事は屡々(しばしば)あった(17節28節テト1:6、7)。またヨハネ、ペテロは自己を長老と呼び(Uヨハ1:1Vヨハ1:1Tペテ5:1)パウロは自己を執事と呼び(使20:24)、長老たちを牧師と呼んでいる(使20:28)。是等の事実を見るならば、是等の職名は初代教会に於ては権限の区別を示さず、職務の性質の如何を指せるものであり従って諸種の職掌を行う同一人を別の名称を以て呼び得る事となる。
要義3 [パウロの自給伝道]パウロは自己の日常の生活費を信者より徴集せず、自ら労働に従事してそれより得たる報酬を以て自己及び共働者の生活費に充てた。勿論彼も臨時の寄附を受け(Uコリ11:9)、また他の人々の為には屡々(しばしば)これを募集した(Tコリ16:1-3。ロマ15:25-28。Uコリ8:1-4。Uコリ9:1、2、Uコリ9:12等)。併し乍ら自分の日常の生活費の為には勉めて信徒を煩わさざらんとしたのであった。これ彼に使徒としての権威が無いからではなく、弱き信者を躓かせぬ為、また自由なる伝道を為し得んが為であった。パウロはこれを律法または規則として信徒に課しなかったけれども、彼の経験によりてこの態度が福音の伝道の為に如何に必要且つ有益であるかを知った為に、彼はエペソの長老達にもこの態度を取るべき事をすすめ、また彼は他の場合にもこの態度につき大なる誇を持っていた(Tコリ9:12-15。Tテサ2:9Uテサ3:7、8)。今日の基督教会も、もしこの態度を取る事が出来るならば、教会は制度によりて結ばれたる一団ではなく、自由なる信仰により聖霊によりて結ばれる一団となるであろう。

使徒行伝第21章
5-4-8 ミレトよりツロまで 21:1 - 21:6

21章1節 ここに(われ)人々(ひとびと)(わか)れて船出(ふなで)をなし、[引照]

口語訳さて、わたしたちは人々と別れて船出してから、コスに直航し、次の日はロドスに、そこからパタラに着いた。
塚本訳わたし達(一八節マデノ「ワタシ達記録」ノ記者ヲ含ムパウロ一行)は(やっと)彼らを振り切って船出して、まっすぐに進んでコスに、次の日ロドスに、そこからパタラ(港)に着いた。
前田訳彼らと無理に別れてわれらは船出し、コスに直行し、翌日ロドスに、そこからバタラに着いた。
新共同わたしたちは人々に別れを告げて船出し、コス島に直航した。翌日ロドス島に着き、そこからパタラに渡り、
NIVAfter we had torn ourselves away from them, we put out to sea and sailed straight to Cos. The next day we went to Rhodes and from there to Patara.
辞解
[別れて] apospaô 無理に引離しての意味で別れ難きを別れた事が暗示される。

眞直(ますぐ)にはせてコスに(いた)り、

註解: コスはエーゲ海の小島で葡萄酒及び高貴なる織物を産す。

(つぎ)()ロドスにつき、彼處(かしこ)よりパタラにわたる。

註解: ロドスは島名で同名の港あり、パタラはリキヤ州の一海港。

21章2節 ()(ところ)にてペニケにゆく(ふね)()ひ、これに()りて船出(ふなで)す。[引照]

口語訳ここでピニケ行きの舟を見つけたので、それに乗り込んで出帆した。
塚本訳そこで(折よく)ピニケへ直航の船を見つけたので、それに乗って船出した。
前田訳そこでフェニキア行きの船を見つけたので、それに乗って船出した。
新共同フェニキアに行く船を見つけたので、それに乗って出発した。
NIVWe found a ship crossing over to Phoenicia, went on board and set sail.
註解: 是までは内海航路の小船を借切っていたのであったと想像されるのであるが此処からペニケ即ちフエニキヤ行きの船に乗り込んだ。パレスチナ行の船を(わざ)と避けたのであろう。

21章3節 クプロを(のぞ)み、(これ)(ひだり)にして()ぎ、シリヤに(むか)ひて(すす)み、ツロに()きたり、此處(ここ)に[て](ふな)()(おろ)さんとすればなり。[引照]

口語訳やがてクプロが見えてきたが、それを左手にして通りすぎ、シリヤへ航行をつづけ、ツロに入港した。ここで積荷が陸上げされることになっていたからである。
塚本訳クプロ(島)が見えたが、それを左手にしたままシリヤへの船路をつづけ、ツロで上陸した。その船はそこへ積荷をおろすことになっていた。
前田訳キプロスが見えたが、それを左にしたままシリアに向かって船旅をし、ツロに上陸した。そこで船が積荷をおろすことになっていたからである。
新共同やがてキプロス島が見えてきたが、それを左にして通り過ぎ、シリア州に向かって船旅を続けてティルスの港に着いた。ここで船は、荷物を陸揚げすることになっていたのである。
NIVAfter sighting Cyprus and passing to the south of it, we sailed on to Syria. We landed at Tyre, where our ship was to unload its cargo.
註解: 海上平穏無事にこの遠距離を航海した。尚ルカの記載が使20:5以下本書の終までに於て特に詳細であるのは、この部分を録せる時日がこの時を(へだて)る事遠からざる為と見る事が出来る。または、此部分は彼の日記ならんとの推測もある。
辞解
[此処にて] 「此処に」と訳すべきで陸揚の方向を示す。
[卸さんとすればなり] 「卸し居たればなり」とするを可とす。
[著きたり] 「下り行けり」で船より陸に下りて行った事。
▲すなわち私訳すれば「・・・ツロに下船した。船がその荷を卸していたからである」すなわち荷揚げの時間を利用して七日間の滞在の余裕を得たのであった。

21章4節 (かく)弟子(でし)たちに(たづ)()ひて七日(なぬか)(とどま)れり。[引照]

口語訳わたしたちは、弟子たちを捜し出して、そこに七日間泊まった。ところが彼らは、御霊の示しを受けて、エルサレムには上って行かないようにと、しきりにパウロに注意した。
塚本訳わたし達は(その間に主の)弟子たちをさがし出し、そこに七日滞在した。彼らは御霊に示されてパウロに、エルサレムに上ってはいけないとくりかえし言った。
前田訳弟子たちを見つけ出して、われらはそこに七日滞在した。彼らは、み霊に示されて、パウロにエルサレムに上らぬよう、いいつづけた。
新共同わたしたちは弟子たちを探し出して、そこに七日間泊まった。彼らは“霊”に動かされ、エルサレムへ行かないようにと、パウロに繰り返して言った。
NIVFinding the disciples there, we stayed with them seven days. Through the Spirit they urged Paul not to go on to Jerusalem.
註解: ツロの如き大市に小数の基督者がいた場合これを見出す事は容易ではない、併し彼らが相逢える時の喜びは如何ばかりであったろう。

かれら御靈(みたま)によりてパウロに、エルサレムに(のぼ)るまじき(こと)()へり。

註解: パウロは同じ聖霊に促されてエルサレムに上らんとす。聖霊自身矛盾せる二つの命令を下すはずが無い。本節の場合は聖霊の賜物を受くる事少き人々に示された事柄であって、聖霊の啓示も時に人間の欲望によりて歪められる事が有る事を示す、本節の場合聖霊は彼らにパウロの受難を示し給うたのであろう、それに彼らは己が希望を加えてパウロを引留めんとしたのであろう(M0、B1、C1、H0等)。唯彼らにこの自己の希望と聖霊の働きとの区別が明かで無かった。

21章5節 (しか)るに(われ)七日(なぬか)(をは)りて(のち)、いでて旅立(たびだち)ちたれば、(かれ)()みな(つま)()とともに(まち)(そと)まで(おく)りきたり、[引照]

口語訳しかし、滞在期間が終った時、わたしたちはまた旅立つことにしたので、みんなの者は、妻や子供を引き連れて、町はずれまで、わたしたちを見送りにきてくれた。そこで、共に海岸にひざまずいて祈り、
塚本訳しかし(忠告に従わず、七日の)日が過ぎてわたし達が旅立つと、皆が妻子をつれて町外れまで見送りに来た。わたし達は海岸にひざまずいて祈り、
前田訳しかし、滞在の日が過ぎると、われらは出かけて歩きはじめた。皆は妻子とともにわれらを町はずれまで見送りに来た。われらは海岸にひざまずいて祈り、
新共同しかし、滞在期間が過ぎたとき、わたしたちはそこを去って旅を続けることにした。彼らは皆、妻や子供を連れて、町外れまで見送りに来てくれた。そして、共に浜辺にひざまずいて祈り、
NIVBut when our time was up, we left and continued on our way. All the disciples and their wives and children accompanied us out of the city, and there on the beach we knelt to pray.
註解: 基督者同志の美しき友情をここにも見る事が出来る。少数の基督者なる故、従ってその妻子とも親しむ機会を得たのであった。町の外までは相当の距離があったものと考えられる。

諸共(もろとも)濱邊(はまべ)(ひざま)づきて(いの)り、

註解: 人無き浜辺は祈に適す。彼らは訣別の祈を(なし)たのである。

21章6節 相互(かたみ)(わかれ)()げて(われ)らは(ふね)()り、(かれ)らは(いへ)(かへ)れり。[引照]

口語訳互に別れを告げた。それから、わたしたちは舟に乗り込み、彼らはそれぞれ自分の家に帰った。
塚本訳互に別れを惜しんだ。それからわたし達は船に乗り、その人たちは家に帰った。
前田訳互いに別れを惜しんだ。そしてわれらは船に乗り、彼らは家に帰った。
新共同互いに別れの挨拶を交わし、わたしたちは船に乗り込み、彼らは自分の家に戻って行った。
NIVAfter saying good-by to each other, we went aboard the ship, and they returned home.
註解: 美しき離別の光景であった。この船は前に船荷を卸しつつあった船である。平和なる旅行の前途に物凄き黒雲が横たわっている事に注意すべし、ルカの叙述の巧妙さは驚くばかりである。                

5-4-9 カイザリヤに於けるピリポとパウロ 21:7 - 21:16

21章7節 ツロをいでトレマイに(いた)りて(ふな)()つきたり。[引照]

口語訳わたしたちは、ツロからの航行を終ってトレマイに着き、そこの兄弟たちにあいさつをし、彼らのところに一日滞在した。
塚本訳さてわたし達はツロを出、トレマイに着いて(無事に長い)航海を終り、(トレマイの)兄弟たちに挨拶して、一日だけ彼らのところに泊まった。
前田訳われらはツロからの航海を終えてプトレマイスに着き、兄弟たちにあいさつしてから、一日彼らのところに泊まった。
新共同わたしたちは、ティルスから航海を続けてプトレマイスに着き、兄弟たちに挨拶して、彼らのところで一日を過ごした。
NIVWe continued our voyage from Tyre and landed at Ptolemais, where we greeted the brothers and stayed with them for a day.
註解: 原文は「我ら船路の終りにツロよりトレマイに着きたり」と云う如き意、トレマイはツロとカイザリヤの途中にある海港。

此處(ここ)にて兄弟(きゃうだい)たちの安否(あんぴ)()ひ、

註解: この地の信徒は恐らくパウロを知らないのであろう。而もパウロは彼らを訪う事を怠らなかった。

かれらの(もと)一日(いちにち)(とどま)り、

註解: 親交の程度が深く無かった為に滞在も自然に短かった。

21章8節 (あく)()ここを()りてカイザリヤにいたり、[引照]

口語訳翌日そこをたって、カイザリヤに着き、かの七人のひとりである伝道者ピリポの家に行き、そこに泊まった。
塚本訳翌日立って(陸路)カイザリヤに行き、七人の(世話役の)一人である伝道者ピリポの家に入って、泊まった。
前田訳翌日そこを発ってカイサリアに行き、七人のひとりである伝道者ピリポの家に入って泊まった。
新共同翌日そこをたってカイサリアに赴き、例の七人の一人である福音宣教者フィリポの家に行き、そこに泊まった。
NIVLeaving the next day, we reached Caesarea and stayed at the house of Philip the evangelist, one of the Seven.
註解: この間を徒歩旅行に費した事となる。

傳道者(でんどうしゃ)ピリポの(いへ)()りて(とどま)る、(かれ)はかの七人(しちにん)一人(ひとり)なり。

註解: ピリポは七人の一人で、「七人」は使6:3、5の執事を指す。使8:5-40に於てその伝道の記事が掲げられ、其後カイザリヤに伝道者 euangelistês として定住していた。エルサレムの信徒が迫害によりて散された為に執事の必要が無くなったので彼は伝道者として活動した。

21章9節 この(ひと)預言(よげん)する四人(よにん)(むすめ)ありて、處女(をとめ)なりき。[引照]

口語訳この人に四人の娘があったが、いずれも処女であって、預言をしていた。
塚本訳ピリポに預言をする未婚の娘が四人あった。
前田訳彼に四人の娘があり、預言するおとめたちであった。
新共同この人には預言をする四人の未婚の娘がいた。
NIVHe had four unmarried daughters who prophesied.
註解: Tコリ14:1以下の預言する能力を有てる娘であった。四人とも(ことごと)くこうした女子である事は特別の恩恵である。彼らが処女たる事を特記せる所以は独身生活を奨励する意味に於てではなく、父を助けて四人とも伝道に従事するは著しき事実であるからであろう。

21章10節 (われ)數日(すにち)(とどま)()るうちに、アガボと()預言者(よげんしゃ)ユダヤより(くだ)り、[引照]

口語訳幾日か滞在している間に、アガボという預言者がユダヤから下ってきた。
塚本訳幾日も滞在しているうちに、ユダヤからアガボという預言者が下ってきたが、
前田訳幾日か滞在すると、ユダヤからアガボという預言者が下って来た。
新共同幾日か滞在していたとき、ユダヤからアガボという預言する者が下って来た。
NIVAfter we had been there a number of days, a prophet named Agabus came down from Judea.
註解: このアガボは使11:28の預言者と同一人ならん、ルカが未知の人としてこれを記載せる所以は使徒行伝の最後の部分を彼は最初に日記様に記録せるものならんとの想像を裏書する。

21章11節 (われ)らの(もと)(きた)りてパウロの(おび)をとり、(おの)(あし)()とを(しば)りて()ふ『(せい)(れい)かく()(たま)ふ「エルサレムにて、ユダヤ(びと)この(おび)(ぬし)(かく)(ごと)(しば)りて異邦人(いはうじん)()(わた)さん」と』[引照]

口語訳そして、わたしたちのところにきて、パウロの帯を取り、それで自分の手足を縛って言った、「聖霊がこうお告げになっている、『この帯の持ち主を、ユダヤ人たちがエルサレムでこのように縛って、異邦人の手に渡すであろう』」。
塚本訳わたし達の所に来てパウロの帯を取り、(それで)自分の手と足とを縛って言った、「聖霊がこう言われる、『この帯の持ち主は、エルサレムでこのようにユダヤ人から縛られ、異教人の手に引き渡される』と。」
前田訳われらのところに来てパウロの帯をとり、自分の足と手とを縛っていった、「聖霊がこう仰せです、『この帯の持ち主をユダヤ人がエルサレムでこのように縛り、異邦人の手に引き渡そう』」と。
新共同そして、わたしたちのところに来て、パウロの帯を取り、それで自分の手足を縛って言った。「聖霊がこうお告げになっている。『エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主をこのように縛って異邦人の手に引き渡す。』」
NIVComing over to us, he took Paul's belt, tied his own hands and feet with it and said, "The Holy Spirit says, `In this way the Jews of Jerusalem will bind the owner of this belt and will hand him over to the Gentiles.'"
註解: 預言は屡々(しばしば)表徴的に示されまた表わされる(T列22:11イザ20:2-4)。而してこの預言は全くそのままに実現されるに至った(使22:24)。

21章12節 われら(これ)()きて()()人々(ひとびと)とともにパウロに、エルサレムに(のぼ)らざらんことを(すす)む。[引照]

口語訳わたしたちはこれを聞いて、土地の人たちと一緒になって、エルサレムには上って行かないようにと、パウロに願い続けた。
塚本訳これを聞くと、わたし達も土地の人も、エルサレムに上らないようにと懇願した。
前田訳これを聞いて、われらも土地の人々も彼がエルサレムに上らないよう勧めた。
新共同わたしたちはこれを聞き、土地の人と一緒になって、エルサレムへは上らないようにと、パウロにしきりに頼んだ。
NIVWhen we heard this, we and the people there pleaded with Paul not to go up to Jerusalem.
註解: かくして引留めんとせし事は弟子たちの師を思ふ真情であり、また軽々しく危険に近付く事は常識の許さざる処である故、弟子たちがかくパウロを引留めし事は正しい事である。聖霊は彼らにパウロを引留めよとは命じ給わなかった。

21章13節 その(とき)パウロ(こた)ふ『なんぢら(なん)(なげ)きて()(こころ)(くじ)くか、(われ)エルサレムにて、(しゅ)イエスの()のために、(ただ)(しば)らるるのみかは、()ぬることをも覺悟(かくご)せり』[引照]

口語訳その時パウロは答えた、「あなたがたは、泣いたり、わたしの心をくじいたりして、いったい、どうしようとするのか。わたしは、主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけでなく、死ぬことをも覚悟しているのだ」。
塚本訳その時パウロは答えた、「あなた達は泣いて、わたしの心をくじいて、どうしようというのか。わたしは主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることはもちろん、死ぬことさえも覚悟しているのだ。」
前田訳そのときパウロは答えた、「あなた方は泣いて、わが心をくじいて、何をするのですか。わたしは主イエスのみ名のために、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことも覚悟しています」と。
新共同そのとき、パウロは答えた。「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」
NIVThen Paul answered, "Why are you weeping and breaking my heart? I am ready not only to be bound, but also to die in Jerusalem for the name of the Lord Jesus."
註解: パウロは自分の死は既に覚悟していた故少しもこれを恐れなかったけれども、カイザリヤの人々の悲嘆を見ては心挫かれる思をせざるを得なかった。併し乍らパウロはこの人情に打勝ち専ら聖霊命じ給うままに従って行く決心をしていた。如何に親切なる忠告と(いえど)も、時に聖霊の御言に反する場合あり、こうした時はこれに従う事が出来ない。マタ16:22、23のイエスの態度を參照すべし。
辞解
[覚悟せり] 「覚悟して居ればなり」で理由を示す。

21章14節 ()(われ)らの勸告(すすめ)()れぬによりて『(しゅ)御意(みこころ)(ごと)くなれかし』と()ひて()む。[引照]

口語訳こうして、パウロが勧告を聞きいれてくれないので、わたしたちは「主のみこころが行われますように」と言っただけで、それ以上、何も言わなかった。
塚本訳彼が一向に聞き入れようとしないので、わたし達は、「主の御心が成りますように!」と言って、口をつぐんだ。
前田訳彼が聞き入れないので、われらは、「主のみ心が成りますように」といって黙った。
新共同パウロがわたしたちの勧めを聞き入れようとしないので、わたしたちは、「主の御心が行われますように」と言って、口をつぐんだ。
NIVWhen he would not be dissuaded, we gave up and said, "The Lord's will be done."
註解: 弟子たちもパウロの頑固なのは、決して単に彼の心が頑固な為ではなくそれがパウロの言う如く主の御意である事を覚った。たといパウロは死ぬるとしても主の御旨ならばせん方なしとしたのが彼らの態度であった、止むに止まれない聖霊の強迫に遭う時、我らは如何なる代価を払ってもこれに従わなければならない。▲パウロがエルサレム行きを固執したのは、エルサレムのユダヤ人基督者の中にパウロの律法に対する態度について、パウロに反対する者が多いことと、信者以外のユダヤ人には一層この傾向が多いためであった。すなわちこの間の誤解を解くことと和解をすることとが彼の目的であった。

21章15節 この(のち)われら行李(かうり)(ととの)へてエルサレムに(のぼ)る。[引照]

口語訳数日後、わたしたちは旅装を整えてエルサレムへ上って行った。
塚本訳(カイザリヤ滞在)数日の後、わたし達は旅支度をしてエルサレムへと上っていった。
前田訳数日ののち、われらは支度をしてエルサレムへ上っていった。
新共同数日たって、わたしたちは旅の準備をしてエルサレムに上った。
NIVAfter this, we got ready and went up to Jerusalem.
註解: 「行李を整え」の原語は唯一回用いられているのみで種々に解せらる、「馬に荷を積み」と解する説あり(ラムゼー)、此場合適当ならん、カイザリヤよりエルサレムまでは百キロ余あり、徒歩旅行としても荷物は重荷となる。

21章16節 カイザリヤに()弟子(でし)數人(すにん)、ともに()き、(われ)らの宿(やど)らんとするクプロ(びと)マナソンといふ(ふる)弟子(でし)のもとに案内(あんない)したり。[引照]

口語訳カイザリヤの弟子たちも数人、わたしたちと同行して、古くからの弟子であるクプロ人マナソンの家に案内してくれた。わたしたちはその家に泊まることになっていたのである。
塚本訳カイザリヤの(主の)弟子たち数人も一緒に来て、クプロ人マナソンという古い弟子の家に案内した。わたし達は彼のところに泊めてもらった。
前田訳カイサリアの弟子たちの数名もいっしょに来て、古い弟子であるキプロス人ムナソンのところに案内した。われらはそこに泊めてもらった。
新共同カイサリアの弟子たちも数人同行して、わたしたちがムナソンという人の家に泊まれるように案内してくれた。ムナソンは、キプロス島の出身で、ずっと以前から弟子であった。
NIVSome of the disciples from Caesarea accompanied us and brought us to the home of Mnason, where we were to stay. He was a man from Cyprus and one of the early disciples.
註解: ベザ写本にこの道行を(やや)詳しく記している。恐らくカイザリヤ、エルサレム間を一泊もしくは二泊しその中の一夜をマナソンの家に過したのであろう。パウロは彼を知らなかったのでカイザリヤ人の案内は此際有効であった。
辞解
後半原文やや簡単に過ぎ別種の訳も可能である。
[旧き弟子] 恐らく使1:15の百二十名の一人ならん、クプロ人である関係上パウロはバルナバより間接にこの人の事を聴いていたかも知れない。マナソンにつきては他に知られて居ない。

分類
6 捕囚のパウロ 21:17 - 28:31
8-1 エルサレムに於けるパウロ 21:17 - 23:30
6-1-1 兄弟と面会祈願を為す 21:17 - 21:26

21章17節 エルサレムに(いた)りたれば、兄弟(きゃうだい)たち(よろこ)びて(われ)らを(むか)へたり。[引照]

口語訳わたしたちがエルサレムに到着すると、兄弟たちは喜んで迎えてくれた。
塚本訳エルサレムにつくと、兄弟たちが喜んで迎えてくれた。
前田訳エルサレムに着くと、兄弟たちが喜んでわれらを迎えてくれた。
新共同わたしたちがエルサレムに着くと、兄弟たちは喜んで迎えてくれた。
NIVWhen we arrived at Jerusalem, the brothers received us warmly.
註解: 多くの兄弟たちの中に反パウロ派もあることゆえ歓迎したのはその一部であろう。

21章18節 翌日(よくじつ)パウロ(われ)らと(とも)にヤコブの(もと)()きしに、長老(ちゃうらう)たちみなあつまり()たり。[引照]

口語訳翌日パウロはわたしたちを連れて、ヤコブを訪問しに行った。そこに長老たちがみな集まっていた。
塚本訳翌日パウロはわたし達と一緒に(主の兄弟の)ヤコブの所に行った。長老たちも皆集まっていた。
前田訳翌日、パウロはわれらとともにヤコブを訪れた。長老たちもすべて集まっていた。
新共同翌日、パウロはわたしたちを連れてヤコブを訪ねたが、そこには長老が皆集まっていた。
NIVThe next day Paul and the rest of us went to see James, and all the elders were present.
註解: 翌日パウロは旅の疲を医して後公式にヤコブの所を訪ねた。集り居るは長老たちであった、使徒をこの中に含ませる事は差支が無いけれどもペテロやヨハネ等の主要なる人物は多く伝道の為エルサレムを去っていたのであろう。このヤコブは主の兄弟ヤコブである(使12:17使15:13)。

21章19節 パウロその安否(あんぴ)()ひて(のち)、おのが勤勞(はたらき)によりて異邦人(いはうじん)のうちに(かみ)(おこな)(たま)ひしことを、一々(いちいち)()げたれば、[引照]

口語訳パウロは彼らにあいさつをした後、神が自分の働きをとおして、異邦人の間になさった事どもを一々説明した。
塚本訳パウロは彼らに挨拶したあと、神が自分の伝道によって異教人の間でされたことを、詳しく話してきかせた。
前田訳彼らにあいさつしてから、パウロは神が彼の奉仕を通じて異邦人の間になさったことをひとつひとつ話した。
新共同パウロは挨拶を済ませてから、自分の奉仕を通して神が異邦人の間で行われたことを、詳しく説明した。
NIVPaul greeted them and reported in detail what God had done among the Gentiles through his ministry.
註解: パウロはヤコブ及び長老たちにその伝道の成績を報告した。「勤労」は原語 diakonia 奉仕または執事の仕事を意味する故、この中にマケドニヤ、アカヤ等に於ける醵金(きょきん)の事柄をも報告したものと見るべきである。こうした多額の醵金(きょきん)は驚くべき神の働きである。

21章20節 (かれ)()きて(かみ)(あが)め、またパウロに()ふ『兄弟(きゃうだい)よ、なんぢの()るごとくユダヤ(びと)のうち、信者(しんじゃ)となりたるもの數萬人(すまんにん)あり、みな律法(おきて)(たい)して熱心(ねっしん)なる(もの)なり。[引照]

口語訳一同はこれを聞いて神をほめたたえ、そして彼に言った、「兄弟よ、ご承知のように、ユダヤ人の中で信者になった者が、数万にものぼっているが、みんな律法に熱心な人たちである。
塚本訳彼らはこれを聞いてしばし神を讃美していたが、やがて言った、「兄弟よ、ユダヤ人ですでに信者になった者が実に何万とあるが、みんな(モーセ)律法に熱心であることは、あなたも認めている。
前田訳彼らはそれを聞いて神をたたえていたが、こうもいった、「兄弟よ、お認めのように、ユダヤ人の中で信徒になったものが数万あり、みな律法に熱心です。
新共同これを聞いて、人々は皆神を賛美し、パウロに言った。「兄弟よ、ご存じのように、幾万人ものユダヤ人が信者になって、皆熱心に律法を守っています。
NIVWhen they heard this, they praised God. Then they said to Paul: "You see, brother, how many thousands of Jews have believed, and all of them are zealous for the law.
註解: ユダヤ人基督者がかく多くありしに関らず迫害が起らなかった事は、彼らは(かつ)てパウロが然りし如く(ガラ1:14)律法に熱心であったからであった。ユダヤ教徒に取りては律法を守る事が大事件であってイエスがメシヤなりや否やは小問題に見えたからである。何時の世の中でも、一般の宗教信者は大事と小事とを見分け得ない。
辞解
[数万人] 原語は漠然たる多数を意味す。

21章21節 (かれ)らは、(なんぢ)異邦人(いはうじん)のうちに()(すべ)てのユダヤ(びと)(むか)ひて、その()らに割禮(かつれい)(ほどこ)すな、習慣(ならはし)(したが)ふなと()ひて、モーセに(とほ)ざかることを(をし)ふと()けり。[引照]

口語訳ところが、彼らが伝え聞いているところによれば、あなたは異邦人の中にいるユダヤ人一同に対して、子供に割礼を施すな、またユダヤの慣例にしたがうなと言って、モーセにそむくことを教えている、ということである。
塚本訳ところが彼らは、あなたが異教人の中にいるすべてのユダヤ人に、子供に割礼を施してはならない、(ユダヤ人の)習慣にしたがって歩いてもいけないと言って、モーセ(律法)に背くように教えているという噂を聞いている。
前田訳ところが彼らがあなたについて聞かされているのは、異邦人の中にいるすべてのユダヤ人に、子供に割礼をするな、慣わしに従って歩むな、といって、モーセに背くよう教えている、ということです。
新共同この人たちがあなたについて聞かされているところによると、あなたは異邦人の間にいる全ユダヤ人に対して、『子供に割礼を施すな。慣習に従うな』と言って、モーセから離れるように教えているとのことです。
NIVThey have been informed that you teach all the Jews who live among the Gentiles to turn away from Moses, telling them not to circumcise their children or live according to our customs.
註解: パウロの真の態度はかくの如くに誤り伝えられていた。パウロはユダヤ人たると異邦人たるとを問わず、是らが自由問題であり、救と関係なき事として各人の自由に任せていた(Tコリ7:6Tコリ7:19Tコリ10:25コロ2:11コロ2:16ロマ14:3ガラ5:6)。唯その律法主義者(律法の行為によりて義とされる事を主張する者)に対する激しき争闘の為に、かく誤解される事は多くあった(ガラ5:2の如きかく誤解される恐あり)。ガラ3:1-6を見よ。併し乍らこれは要するにパウロの「信仰のみによりて義とされる」事の意味が充分に理解せられざるが為であって、何れの国何れの時代に於てもこれは困難なる事柄である。

21章22節 如何(いか)にすべきか、(かれ)らは(かなら)(なんぢ)(きた)りたるを()かん。[引照]

口語訳どうしたらよいか。あなたがここにきていることは、彼らもきっと聞き込むに違いない。
塚本訳ついては、どうしたらよいだろうか。どの道、あなたが(ここに)来ていることは彼らの耳にはいるにちがいない。──
前田訳それで、どうしましょう。あなたが来られたことは、きっと彼らの耳にはいるでしょう。
新共同いったい、どうしたらよいでしょうか。彼らはあなたの来られたことをきっと耳にします。
NIVWhat shall we do? They will certainly hear that you have come,
註解: 彼らは集り来って如何なる問題を起すやも計り難い。
辞解
[如何にすべきか] 「さらば如何にすべきか」とも訳されている(Tコリ14:15)。問題を提出して結論を引出す場合に用う、ロマ3:9参照。

21章23節 されば(なんぢ)われらの()(ごと)くせよ、[引照]

口語訳ついては、今わたしたちが言うとおりのことをしなさい。わたしたちの中に、誓願を立てている者が四人いる。
塚本訳だからわれわれの言うとおりにしないか。われわれのあいだに(ナジル人の)誓願を立てた者(で、金がなくて願果たしのできない者)が四人ほどいる。
前田訳それゆえ、われらのいうとおりになさい。われらの中に誓いを立てたものが四人います。
新共同だから、わたしたちの言うとおりにしてください。わたしたちの中に誓願を立てた者が四人います。
NIVso do what we tell you. There are four men with us who have made a vow.
註解: ヤコブ及び長老等はパウロに対して何等の疑惑も持たなかった。唯パウロをして無事にエルサレム訪問の目的を達せしめん為に忠告を与えるのであった。

(われ)らの(うち)に((おの)がための)誓願(せいぐわん)あるもの四人(よにん)あり、

註解: 「我らの中に」とあるより判断すれば彼らも基督者であった。それにも関らずこうした迷信に近き行為を為していた事は、当時のユダヤ的基督者の信仰の程度の低かった事と、旧き習慣は容易に脱却し得ざる事と、而してモーセの律法は尚重大なる規律として残っていた事とを示す。この誓願は多分ナザレ人の誓願であろう(M0、H0)。使18:18参照。

21章24節 (なんぢ)かれらと()みて(これ)とともに(きよめ)をなし、(かれ)()のために(つひえ)(いだ)して(かみ)()らしめよ。[引照]

口語訳この人たちを連れて行って、彼らと共にきよめを行い、また彼らの頭をそる費用を引き受けてやりなさい。そうすれば、あなたについて、うわさされていることは、根も葉もないことで、あなたは律法を守って、正しい生活をしていることが、みんなにわかるであろう。
塚本訳あなたはその人たちを引き受け、一緒に清めをして、彼らのために(願果たしの)費用を立て替えて頭を剃らせてやったらどうだろう。そうすれば、みんながあなたについて噂を聞いたことが根も葉もないことで、あなた自身は律法を守って歩いていることがわかるだろう。
前田訳この人たちを引きうけて、あなたもいっしょに清めをし、彼が頭を剃る費用をお払いなさい。そうすれば皆が、あなたについてうわさされていることが何でもないことで、あなた自身も律法を守って生活していることがわかるでしょう。
新共同この人たちを連れて行って一緒に身を清めてもらい、彼らのために頭をそる費用を出してください。そうすれば、あなたについて聞かされていることが根も葉もなく、あなたは律法を守って正しく生活している、ということがみんなに分かります。
NIVTake these men, join in their purification rites and pay their expenses, so that they can have their heads shaved. Then everybody will know there is no truth in these reports about you, but that you yourself are living in obedience to the law.
註解: ナザレ人の誓願の終了の時は髪を剃りてこれを祭壇の火に焼き、其他犠牲の供物を必要とした為に、相当の費用を要し、貧しき者に取りて屡々(しばしば)重荷であった。その為に富裕なる者が彼らの為に出金して誓願を終えしむる事があり、これは善行としてたたえられていた。

さらば人々(ひとびと)みな(なんぢ)につきて()きたることの虚僞(いつはり)にして、(なんぢ)律法(おきて)(まも)りて(ただ)しく(あゆ)()ることを()らん。

註解: 世間一般の事件に於ては百の議論よりも一の事実が良き証明となる。ヤコブその他の長老はこの案を提出して、一はパウロの態度を検査し、一は反パウロ派に対するパウロの擁護の手段とせんとした。この方法は一見智慧ある巧なる手段方法の如くであるけれども実は甚だ拙なるものであり決して根本的な解決法では無かった。またこうした行為そのものが信仰違反と称し得られないにしても少くとも、高き程度に於ける信仰的行為ではなかった。夫ゆえにたとえパウロがこれに加わったにしてもパウロは他の人々と同一の心持を以てこれに參加する事は出来なかった。唯彼は愛のゆえに、平和を欲する事の為にこれを受諾したのであった(26節)。▲正義に違反する行為にあらざる限り協調的態度は必要であった。ただ信仰そのものいついて誤解を招かない様に注意しなければならない。

21章25節 異邦人(いはうじん)信者(しんじゃ)となりたる(もの)につきては、(われ)(すで)()(おく)りて、偶像(ぐうざう)(ささ)げたる(もの)()絞殺(しめころ)したる(もの)淫行(いんかう)とに(とほ)ざかるべき(こと)(さだ)めたり』[引照]

口語訳異邦人で信者になった人たちには、すでに手紙で、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、慎むようにとの決議が、わたしたちから知らせてある」。
塚本訳しかし(これはユダヤ人の信者だけのことで、)信者になった異教人については、(あなたも知っているように、)偶像に供えた物と、血と、絞め殺した動物と、不品行とを遠ざけるべきことを取り決めて、すでに書き送った。」
前田訳信徒になった異邦人については、偶像に供えたものと、血と、絞め殺した生物と、不身持ちとを避けるべきことを決めて手紙を書きました」と。
新共同また、異邦人で信者になった人たちについては、わたしたちは既に手紙を書き送りました。それは、偶像に献げた肉と、血と、絞め殺した動物の肉とを口にしないように、また、みだらな行いを避けるようにという決定です。」
NIVAs for the Gentile believers, we have written to them our decision that they should abstain from food sacrificed to idols, from blood, from the meat of strangled animals and from sexual immorality."
註解: 使15:20使15:29。異邦人の信者につきては律法よりの自由があった。ゆえにこの一節を加へし所以はパウロに対する要求は単にユダヤ人に対する場合のみである事を示したのである。是れ一面に於てパウロに対して許容せる自由の報として此度の問題解決の為に努力する事を要望せる如き心持を此中に汲取る事が出来る。

21章26節 (ここ)にパウロその人々(ひとびと)()みて、(つぎ)()ともどもに、(きよめ)をなして(みや)()り、(きよめ)()滿()ちて各人(おのおの)のために献物(ささげもの)をささぐべき()()げたり。[引照]

口語訳そこでパウロは、その次の日に四人の者を連れて、彼らと共にきよめを受けてから宮にはいった。そしてきよめの期間が終って、ひとりびとりのために供え物をささげる時を報告しておいた。
塚本訳そこでパウロはその人たちを引き受け、次の日一緒に清めをして宮に入ってゆき、“清めの日数が”満ちてひとりびとりの(願果たしの)ために捧げ物を捧げる日のことを、(祭司に)告げた。
前田訳そこでパウロはその人たちを引きうけ、次の日いっしょに清めをして宮に入り、清めの日々が終わって、ひとりひとりのために供え物をする日を告げた。
新共同そこで、パウロはその四人を連れて行って、翌日一緒に清めの式を受けて神殿に入り、いつ清めの期間が終わって、それぞれのために供え物を献げることができるかを告げた。
NIVThe next day Paul took the men and purified himself along with them. Then he went to the temple to give notice of the date when the days of purification would end and the offering would be made for each of them.
註解: 後半私訳「潔の日の満ちたる事を告げ各人のために献物をささぐるまでに到れり」誓願をなせる人々は少くとも三十日の期間潔めを為す必要があった。パウロの如くそれらの人々の為に費用を出して共同に誓願を為す場合は恐らく短期間を以て同様に有効と認められ、他の人々と同一視せられ普通の潔め(民19:12民31:19民31:23U歴29:5U歴29:34U歴30:17の如き)の日数七日(27節)にて完了したのであろう(S2参照)。潔の日充ちたる事を告げたのは祭司に告げたのであった。而してやがて献物を捧げんとした時に不慮の禍害が彼に臨んだのである。
要義1 [ヤコブの解決案]律法主義的なるエルサレムの基督者と、信仰絶対主義のパウロ一派との間には、所詮完全なる一致は不可能であった。少くともヤコブはパウロをしてその所信を披瀝(ひれき)し、反対者と論戦せしむるの方法を取るべきであった。然るに誓願の式に加わらしむる事を申出したるは、唯外観的一致を来さしめんとするに過ぎざる拙なる解決法であった。パウロがこれを拒絶しなかったのは、拒絶する事によりて彼の目的とせる教会の一致を空しくせん事を憂へ、またヤコブの好意を受くる事を至当と考えたのであろう。
要義2 [パウロの態度は偽善にあらずや]パウロがヤコブ其他の長老たちの要請に応じて、誓願の式に参加した事は、ガラ2:3-5、ガラ2:13、14。ガラ5:2-4を叫べる彼には相応しからずとし、或は彼のこの行動を非難し、或はこの記事を捏造の記事と見る学者があるけれども、パウロの此度のエルサレム行の目的は、ユダヤ人の基督者と異邦人の基督者との間にキリストにある一体の事実を具現せんとするに在った故、パウロはTコリ9:20の主義に従い、またテモテに割礼を施した時の心持を以て(使16:3)この誓願に参加したのであった。第一義の事柄に就きてペテロの顔をも恐れずしてこれと争ったパウロは、第二義以下の事柄につきては偽善者と称されるをも恐れずしてこれを譲歩した。ここに却って彼の偉大さがある。この行動を以て彼の怯懦(きょうだ)の結果と見るは誤である。もし彼がユダヤ的基督者の迫害を恐れたのであるならば始めよりエルサレムに上らなかったであろう。また彼のこの試が失敗に帰したがゆえに彼の行為まで非難すべきではない。結果の失敗は行為の善悪を決定しない。イエスの十字架を見よ。

6-1-2 パウロの受難 21:27 - 21:36

21章27節 (かく)七日(なぬか)(をは)らんとする(とき)、アジヤより(きた)りしユダヤ(びと)ら、(みや)(うち)にパウロの()るを()群衆(ぐんじゅう)(さわが)し、かれに()をかけ、(さけ)びて()ふ、[引照]

口語訳七日の期間が終ろうとしていた時、アジヤからきたユダヤ人たちが、宮の内でパウロを見かけて、群衆全体を煽動しはじめ、パウロに手をかけて叫び立てた、
塚本訳そして(パウロのための)七日(の清めの日)が終ろうとしている時、アジヤ(のエペソ)から来たユダヤ人たちはパウロを宮で見かけると、群衆をことごとく騒ぎ立たせ、彼に手をかけて、
前田訳七日が終わろうとしていたとき、アジアから来たユダヤ人がパウロを宮の中で見かけ、群衆全体を騒がせて彼に手をかけ、
新共同七日の期間が終わろうとしていたとき、アジア州から来たユダヤ人たちが神殿の境内でパウロを見つけ、全群衆を扇動して彼を捕らえ、
NIVWhen the seven days were nearly over, some Jews from the province of Asia saw Paul at the temple. They stirred up the whole crowd and seized him,
註解: 「七日」に冠詞あり、既定または明瞭なる七日である。前節註参照。アジヤより来りしユダヤ人はパウロの顔を知っている者が多く、直ちに彼を発見した。エルサレムの人々はバウロの顔をあまり知らない。「宮」はこの場合神殿とその周囲のイスラエル人の庭の部分で異邦人の庭の内側を総称する。そこには制札(せいさつ)あり異邦人の入る事が禁じられていた。

21章28節 『イスラエルの人々(ひとびと)(たす)けよ、この(ひと)はいたる(ところ)にて(たみ)律法(おきて)()(ところ)とに(もと)れることを人々(ひとびと)(をし)ふる(もの)なり、[引照]

口語訳「イスラエルの人々よ、加勢にきてくれ。この人は、いたるところで民と律法とこの場所にそむくことを、みんなに教えている。その上に、ギリシヤ人を宮の内に連れ込んで、この神聖な場所を汚したのだ」。
塚本訳叫んだ、「イスラエル人諸君、手を貸してくれ!これはだれにでも、どこででも、(イスラエルの)民と律法とこの場所[宮]とを軽蔑することを教える男だ。なおその上に、(規則にそむいて)異教人までも宮につれ込んで、この神聖な場所はけがされてしまった。」
前田訳こう叫んだ、「イスラエル人の方々、手助けしてください。これは、だれにも、どこでも、民と律法とこの所に逆らうことを教える男です。その上、ギリシア人をも宮に連れ込んで、この聖なる所を汚したのです」と。
新共同こう叫んだ。「イスラエルの人たち、手伝ってくれ。この男は、民と律法とこの場所を無視することを、至るところでだれにでも教えている。その上、ギリシア人を境内に連れ込んで、この聖なる場所を汚してしまった。」
NIVshouting, "Men of Israel, help us! This is the man who teaches all men everywhere against our people and our law and this place. And besides, he has brought Greeks into the temple area and defiled this holy place."
註解: イスラエルの民、モーセの律法、エルサレムの宮の三者はユダヤ人の宗教の三要素とも云うべき重要なるものであった。従ってこれに反する事を教う事は彼らに取りて許すべからざる非愛国的反逆行為であった。但し勿論パウロはかく教えたのではなく、真のイスラエル(ガラ6:16)、完き律法(ロマ13:10)、心の宮(Tコリ3:16)につき教えたのであった。真の愛国は固陋(ころう)の愛国者よりは反逆者の如くに思われる。

(しか)のみならずギリシヤ(びと)(みや)()()れて()(せい)なる(ところ)をも(けが)したり』

21章29節 かれら(さき)にエペソ(びと)トロピモがパウロとともに市中(しちゅう)にゐたるを()て、パウロ(これ)(みや)()()れしと(おも)ひしなり。[引照]

口語訳彼らは、前にエペソ人トロピモが、パウロと一緒に町を歩いていたのを見かけて、その人をパウロが宮の内に連れ込んだのだと思ったのである。
塚本訳前にエペソ人トロピモが都で彼と一緒にいるのを彼らは見たので、その人をパウロが宮につれ込んだと思ったのである。
前田訳彼らは前にエペソ人トロピモが町で彼といっしょにいるのを見たので、パウロがその人を宮に連れ込んだと思ったのである。
新共同彼らは、エフェソ出身のトロフィモが前に都でパウロと一緒にいたのを見かけたので、パウロが彼を境内に連れ込んだのだと思ったからである。
NIV(They had previously seen Trophimus the Ephesian in the city with Paul and assumed that Paul had brought him into the temple area.)
註解: 異邦人を宮(異邦人の庭以内)に入れる事は死刑を以て禁止せられていた。パウロに対し反感と邪推とを懐いていた彼らはパウロとトロピモが共に市中を歩いていたのを見て直ちに宮の中に引入れたものと速断した。平日に於けるパウロの自由な行動を見ていた彼らは、かく推定したのであろう。
辞解
[トロピモ] 使20:4参照。

21章30節 (ここ)市中(しちゅう)みな(さわ)ぎたち、(たみ)ども()(あつま)り、パウロを(とら)へて(みや)(そと)()(いだ)せり、(かく)(もん)(ただ)ちに(とざ)されたり。[引照]

口語訳そこで、市全体が騒ぎ出し、民衆が駆け集まってきて、パウロを捕え、宮の外に引きずり出した。そして、すぐそのあとに宮の門が閉ざされた。
塚本訳そこで都中が騒ぎ出し、民衆が駈けあつまって来て、パウロをつかまえて宮の外に引きずり出した。そしてすぐ(宮の)門はとざされた。
前田訳そこで町全体が動揺し、民衆が駆けより、パウロを捕えて宮の外へ引きずり出した。そしてすぐ門が閉ざされた。
新共同それで、都全体は大騒ぎになり、民衆は駆け寄って来て、パウロを捕らえ、境内から引きずり出した。そして、門はどれもすぐに閉ざされた。
NIVThe whole city was aroused, and the people came running from all directions. Seizing Paul, they dragged him from the temple, and immediately the gates were shut.
註解: こうした問題に関して極端に敏感なるユダヤ人らはこの叫びにより騒然として馳せ集まり、パウロを宮の中にて殺害する事により宮を汚さん事を恐れてこれを宮の外に曳出し、門を鎖して再び彼を入れない事とした。
辞解
[市中みな] 誇張せる言い方であるが、騒擾(そうじょう)の大なりし事を示す。

21章31節 (かれ)らパウロを(ころ)さんと()しとき、軍隊(ぐんたい)千卒長(せんそつちゃう)に、エルサレム(じゅう)さわぎ()てりとの(こと)きこえたれば、[引照]

口語訳彼らがパウロを殺そうとしていた時に、エルサレム全体が混乱状態に陥っているとの情報が、守備隊の千卒長にとどいた。
塚本訳人々がパウロを殺そうとしていたとき、エルサレム中が混乱しているという報告が(守備)部隊の千卒長に届いた。
前田訳彼らがパウロを殺そうとしていたとき、エルサレムじゅうが混乱しているとの情報が、守備隊の千卒長に届いた。
新共同彼らがパウロを殺そうとしていたとき、エルサレム中が混乱状態に陥っているという報告が、守備大隊の千人隊長のもとに届いた。
NIVWhile they were trying to kill him, news reached the commander of the Roman troops that the whole city of Jerusalem was in an uproar.
註解: 千卒長は神殿地域の西北隅にあるアントニアの(やぐら)(たむろ)していて、市中の騒擾(そうじょう)の風評が立ち上って千卒長の耳に達した。

21章32節 かれ(すみや)かに兵卒(へいそつ)および百卒長(ひゃくそつちゃう)らを(ひき)ゐて()(くだ)る。[引照]

口語訳そこで、彼はさっそく、兵卒や百卒長たちを率いて、その場に駆けつけた。人々は千卒長や兵卒たちを見て、パウロを打ちたたくのをやめた。
塚本訳千卒長はさっそく兵卒と百卒長らとを率いて、(アントニヤの兵営から)彼らのところに駈けくだった。千卒長と兵卒らとを見ると、彼らはパウロを打つことをやめた。
前田訳彼はさっそく兵卒と百卒長らを率いて彼らのところに駆けつけた。彼らは千卒長と兵卒らとを見ると、パウロを打つのをやめた。
新共同千人隊長は直ちに兵士と百人隊長を率いて、その場に駆けつけた。群衆は千人隊長と兵士を見ると、パウロを殴るのをやめた。
NIVHe at once took some officers and soldiers and ran down to the crowd. When the rioters saw the commander and his soldiers, they stopped beating Paul.
註解: 速かに騒擾(そうじょう)を鎮圧する為に部下を率いて(やぐら)より馳せ下った。

かれら千卒長(せんそつちゃう)兵卒(へいそつ)とを()て、パウロを()つことを()む。

註解: ローマの守備兵は警察権を行使していた。

21章33節 千卒長(せんそつちゃう)(ちか)よりてパウロを(とら)へ、(めい)じて(ふた)つの(くさり)にて(つな)がせ、[引照]

口語訳千卒長は近寄ってきてパウロを捕え、彼を二重の鎖で縛っておくように命じた上、パウロは何者か、また何をしたのか、と尋ねた。
塚本訳千卒長は近づいてパウロをつかまえ、鎖二つでつなぐようにと命令したのち、これはいったい何者であるか、何をしたのかと問うた。
前田訳千卒長は近づいて彼を捕え、二つの鎖で縛るよう命じた。そして彼がだれで、何をしたかをたずねた。
新共同千人隊長は近寄ってパウロを捕らえ、二本の鎖で縛るように命じた。そして、パウロが何者であるのか、また、何をしたのかと尋ねた。
NIVThe commander came up and arrested him and ordered him to be bound with two chains. Then he asked who he was and what he had done.
註解: パウロを繋ぐ事によりて彼の逃亡を禦ぐと同時に、民衆より隔離する事によりて彼を保護する巧なる処置を取った。

その(なに)(びと)なるか、何事(なにごと)をなしたるかを(たづ)ぬるに、

註解: この二つの問は事件の性質を明確にするに必要なる点であった。

21章34節 群衆(ぐんじゅう)(うち)にて(ある)(もの)はこの(こと)を、(ある)(もの)はかの(こと)(よば)はり、騷亂(さわぎ)のために(たしか)なる(こと)()るに(よし)なく、(めい)じて陣營(ぢんえい)()(きた)らしめたり。[引照]

口語訳しかし、群衆がそれぞれ違ったことを叫びつづけるため、騒がしくて、確かなことがわからないので、彼はパウロを兵営に連れて行くように命じた。
塚本訳しかし群衆のめいめいがそれぞれ違ったことをどなり、騒々しくて確かなことを知ることが出来ないので、パウロを兵営につれて行くようにと命令した。
前田訳しかし、群衆の中でおのおのが他とちがったことを叫びつづけ、騒がしくて確かなことを知りえないので、彼を兵営につれてゆくよう命じた。
新共同しかし、群衆はあれやこれやと叫び立てていた。千人隊長は、騒々しくて真相をつかむことができないので、パウロを兵営に連れて行くように命じた。
NIVSome in the crowd shouted one thing and some another, and since the commander could not get at the truth because of the uproar, he ordered that Paul be taken into the barracks.
註解: 罪状不明であったのでその(まま)放免する事が出来ず、アントニアの陣営に曳き来らしめた。

21章35節 階段(きざはし)(いた)れるに、群衆(ぐんじゅう)手暴(てあら)きによりて、兵卒(へいそつ)パウロを()ひたり。[引照]

口語訳パウロが階段にさしかかった時には、群衆の暴行を避けるため、兵卒たちにかつがれて行くという始末であった。
塚本訳しかし彼が(宮の庭から兵営へ上る)階段にさしかかった時には、群衆の暴動のために、とうとう兵卒らにかつがれた。
前田訳階段にさしかかったとき、彼は群衆の暴行のため、兵卒にかつぎ上げられねばならなかった。
新共同パウロが階段にさしかかったとき、群衆の暴行を避けるために、兵士たちは彼を担いで行かなければならなかった。
NIVWhen Paul reached the steps, the violence of the mob was so great he had to be carried by the soldiers.
註解: (やぐら)には階段より上らなければならなかった。群衆と兵卒との間の紛争が手に取る如くに描かれている。目撃者の筆になる事を示す、当時のローマの政府及び軍隊は基督者の為にはむしろこれを保護する場合が多かった。後に至ってその形勢は一変した。

21章36節 これ(むらが)れる(たみ)ども『(かれ)(のぞ)け』と(さけ)びつつ(したが)(せま)れる(ゆゑ)なり。[引照]

口語訳大ぜいの民衆が「あれをやっつけてしまえ」と叫びながら、ついてきたからである。
塚本訳民衆の群が「あれを片付けろ」と叫びながら、あとについて来たからである。
前田訳大勢の民衆が「あれを殺せ」と叫びながらついて来た。
新共同大勢の民衆が、「その男を殺してしまえ」と叫びながらついて来たからである。
NIVThe crowd that followed kept shouting, "Away with him!"
註解: マコ15:13ルカ23:18の群衆の叫びを思わしむ。群集の声は往々にして神の御旨に対する反逆である。

6-1-3 パウロと千卒長 21:37 - 21:40

21章37節 パウロ陣營(ぢんえい)()()れられんと()るとき、千卒長(せんそつちゃう)()ふ『われ(なんぢ)(かた)りて()きか』かれ()ふ『なんぢギリシヤ(ことば)()るか。[引照]

口語訳パウロが兵営の中に連れて行かれようとした時、千卒長に、「ひと言あなたにお話してもよろしいですか」と尋ねると、千卒長が言った、「おまえはギリシヤ語が話せるのか。
塚本訳兵営につれ込まれようとしたとき、パウロが(ギリシヤ語で)千卒長に、「よろしかったら一言申し上げたいのですが」と言うと、千卒長が言った、「ギリシヤ語がわかるのか。
前田訳兵営に連れ込まれようとしたとき、パウロが千卒長に、「ひとこと申し上げてよいですか」というと、千卒長はいった、「ギリシア語を知っているのか。
新共同パウロは兵営の中に連れて行かれそうになったとき、「ひと言お話ししてもよいでしょうか」と千人隊長に言った。すると、千人隊長が尋ねた。「ギリシア語が話せるのか。
NIVAs the soldiers were about to take Paul into the barracks, he asked the commander, "May I say something to you?" "Do you speak Greek?" he replied.
註解: パウロの心はこうした生命の危険に(さら)されつつも、自己につきては何事も考えず唯ユダヤ人にイエスの福音を伝える事に集中されていた。夫故階段に上りかけし機会を利用して群衆に福音を伝えんとしたのである。その大胆さと心の余裕と、頓智(とんち)と而して福音の為には何事をも恐れざる勇気とを見よ、千卒長がパウロのギリシヤ語をききておどろきたる有様を想像すべし。

21章38節 (なんぢ)はかのエジプト(びと)にして、(さき)(みだれ)(おこ)して四千(しせん)(にん)刺客(しかく)荒野(あらの)(ひき)()でし(もの)ならずや』[引照]

口語訳では、もしかおまえは、先ごろ反乱を起した後、四千人の刺客を引き連れて荒野へ逃げて行ったあのエジプト人ではないのか」。
塚本訳ではお前は、この間一揆を起こして刺客を四千人も荒野に連れだした(あの)エジプト人ではないのか。」
前田訳それならお前は先ごろ暴動をおこして刺客四千人を荒野に連れ出したあのエジプト人ではないのか」と。
新共同それならお前は、最近反乱を起こし、四千人の暗殺者を引き連れて荒れ野へ行った、あのエジプト人ではないのか。」
NIV"Aren't you the Egyptian who started a revolt and led four thousand terrorists out into the desert some time ago?"
註解: この疑問詞 ouk ara は否定的の答を予期せしもの。このエジプト人はヨセフスの歴史によればネロ帝(紀元54-68)の時にローマの政府を転覆せんとして起れる偽預言者で、刺客四千(ヨセフスの歴史によれば三万)を率いてオリブ山に登りエルサレムの滅亡を眺めんとして遂にペリクスに破られて逃亡した。千卒長は疑ひつつも事によったらこの反逆者が何れからか現れて来たのかとも考えたのであろう。
辞解
[刺客] 懐剣(ふところがたな)(ふところ)にして人を殺す事を常習とする匪賊(ひぞく)の如きもの。

21章39節 パウロ()ふ『(われ)はキリキヤなるタルソのユダヤ(びと)(いや)しからぬ()市民(しみん)なり。[引照]

口語訳パウロは答えた、「わたしはタルソ生れのユダヤ人で、キリキヤのれっきとした都市の市民です。お願いですが、民衆に話をさせて下さい」。
塚本訳パウロが言った、「わたしはユダヤ人です。キリキヤの名もない町ではないタルソの市民です。お願いします、あの民衆に話をすることを許してください。」
前田訳パウロはいった、「わたしはユダヤ人で、タルソの出身です。キリキアの有名な町の市民です。お願いですが、民衆に話すことをお許しください」と。
新共同パウロは言った。「わたしは確かにユダヤ人です。キリキア州のれっきとした町、タルソスの市民です。どうか、この人たちに話をさせてください。」
NIVPaul answered, "I am a Jew, from Tarsus in Cilicia, a citizen of no ordinary city. Please let me speak to the people."
註解: パウロの身分に関する誇がここにあらわれている。
辞解
[鄙しからぬ市] 「相当に人に知られている市」の事。

()(たみ)(かた)るを(ゆる)せ』

註解: 自己の立場を弁明せんが為である事をパウロは千卒長に告げたのであろう。

21章40節 (これ)(ゆる)したれば、パウロ階段(きざはし)(うへ)()ち、(たみ)(むか)ひて()(うご)かし、(おほい)(しづ)まれる(とき)、ヘブルの(ことば)にて(かた)りて()ふ、[引照]

口語訳千卒長が許してくれたので、パウロは階段の上に立ち、民衆にむかって手を振った。すると、一同がすっかり静粛になったので、パウロはヘブル語で話し出した。
塚本訳許されると、パウロは階段の上に立ち、民衆に向かって手で合図をし、すっかり静かになったとき、ヘブライ語[アラミ語]で話しかけた。──
前田訳許されると、パウロは階段の上に立ち、民衆に手で合図をし、すっかり静かになったとき、ヘブライ語で話しかけた。
新共同千人隊長が許可したので、パウロは階段の上に立ち、民衆を手で制した。すっかり静かになったとき、パウロはヘブライ語で話し始めた。
NIVHaving received the commander's permission, Paul stood on the steps and motioned to the crowd. When they were all silent, he said to them in Aramaic :
註解: 千卒長はパウロのギリシヤ語とその身分とに驚きて語る事を許し、群衆はパウロの態度とそのヘブル語即ちシロ・カルデヤ語(またアラム語と称されるもの)を聞いておどろいて沈黙した。この間をパウロは天馬空を行くが如くに、その弁証論を吐露したのである。
要義1 [パウロに対する誤解]パウロはトロピモを宮の中に入れたものとしてユダヤ人の迫害を受けた。是は事実に相違していたけれども、実は平生に於けるパウロの自由なる行動を目撃していた彼らとしては無理もなき誤解であった。もしこの誤解を恐れるならばパウロも普通のユダヤ人と同じく異邦人に遠ざからなければならない。併し是はパウロには出来なかった。パウロはユダヤ人の規則を破ってまでも、トロピモを宮の中に曳入れる事はしなかったけれども、トロピモと共に市中を歩む事を恐れなかった。李下(りか)に冠を正さず瓜田(かでん)に靴を脱がざる注意は或程度まで必要であるが、重大なる真理の証明の為に必要なる場合は他人の誤解を恐れてはならない。
要義2 [パウロの伝道の熱心さ]熱心は我らに思いがけなき智慧を与える。パウロはユダヤ人らに迫害せられローマの兵士に捕えられて将にアントニアの兵営に曳き行かれんとしてその階段を上りかけていた。普通ならば、早く兵舎の中に入りてその危険を免れる事を望む処であるのに、パウロはこの機会を利用して、階段の上より群衆に向ってキリストの福音を証せんとした。大胆不敵の態度である。神を思う熱心が彼をしてこの巧なる智慧を有たしめたのであった。伝道の為に必要なものは学問よりも、雄弁よりも、牧会学よりも、むしろ伝道の熱心である。
要義3 [至高の真理は大衆に誤解される]パウロは「民と律法とこの所とに(もと)れることを人々に教うる者」(28節)として非難せられ、また「聖なる所を汚すもの」と誤解された。然るに事実パウロの主張する処は肉によれるイスラエルを高めて霊のイスラエルたらしめん事であり(ガラ6:18)、モーセの律法を一層完全なるキリストの律法(Tコリ9:21ガラ6:2)、愛の律法(ロマ13:10)たらしむる事であり、我らの体を神の宮たらしむる事(Tコリ3:16)であった。(かつ)パウロは神の宮を汚す事は心に罪をいだき、神の子イエスを拒む事であると主張した。こうした高き主張は一般イスラエルの悟る処とならず、却って彼を以てイスラエルの伝統に反する反逆者として彼を迫害した。何時の時代も最高の真理は誤解と迫害とを受ける。