黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版使徒行伝

使徒行伝第27章

分類
6 捕囚のパウロ 21:17 - 28:31
6-3 ロマ行の航海 27:1 - 28:15
6-3-1 カイザイリヤよりクレテまで 27:1 - 27:8

27章1節 すでに我等(われら)をイタリヤに(わた)らしむることに(さだま)りたれば、パウロ(およ)びその(ほか)數人(すにん)囚人(めしうど)近衞(このゑ)(たい)百卒長(ひゃくそつちゃう)ユリアスと()(ひと)(わた)せり。[引照]

口語訳さて、わたしたちが、舟でイタリヤに行くことが決まった時、パウロとそのほか数人の囚人とは、近衛隊の百卒長ユリアスに託された。
塚本訳さて、(パウロが皇帝の裁きをうけるため)わたし達(二八・一六マデ「ワタシ達記録」)がイタリヤに渡ることに決定すると、パウロと他の数人の囚人とは近衛部隊のユリアスという百卒長に引き渡された。
前田訳われらがイタリアに船出することが決まったとき、パウロと他の囚人数名とが親衛隊のユリアスという百卒長に引き渡された。
新共同わたしたちがイタリアへ向かって船出することに決まったとき、パウロと他の数名の囚人は、皇帝直属部隊の百人隊長ユリウスという者に引き渡された。
NIVWhen it was decided that we would sail for Italy, Paul and some other prisoners were handed over to a centurion named Julius, who belonged to the Imperial Regiment.
註解: 是より愈々(いよいよ)パウロのロマ行の旅行記となる。この旅行記は非常に委曲に記載せられているのは、イエスの受難週間の諸事実に類似している故と見るよりも(ラツカム)、是が当時のルカに取りて最も印象深く残っている事実であり且つパウロの性格を示す良き機会の一つと感じたからであろう。この記事は航海業者より見ても立派なる記録であり、目撃者の手になる事は疑うべくもない。
辞解
[我ら] とありルカも同行せる事を知る。
[その他] heteros は種類を異にする事を意味し、パウロとは異れる種類の罪人である事を示す、恐らくロマに於て衆人環視の中に死刑に処せらるべき重罪人であろう(ラムゼー)。
[近衛隊] speira Sebastê 文字の意味より云えばロマ皇帝の近衛兵の如くに思われるけれども、それらがカイザリヤに居る事の理由無き故難解の文字である。或は(1)偶然カイザリヤ来ていた近衛兵があったのであろう。或は(2)アグリツパの手兵(H0)または(3)サマリヤの首府セバスト市の兵或は(4)ローマのケーリヤの丘に駐屯せる兵団で植民地との間を往復してその連絡の任に当っていたもの(ラツカム)等と解せらる。最後の説が或は最も適当ならん。

27章2節 (ここ)(われ)らアジヤの[海邊(うみべ)なる]各處(ところどころ)()せゆくアドラミテオの(ふね)出帆(しゅっぱん)せんとするに()りて()づ。テサロニケのマケドニヤ(びと)アリスタルコも(われ)らと(とも)にありき。[引照]

口語訳そしてわたしたちは、アジヤ沿岸の各所に寄港することになっているアドラミテオの舟に乗り込んで、出帆した。テサロニケのマケドニヤ人アリスタルコも同行した。
塚本訳わたし達は(小)アジヤの各地に寄港する(ムシヤ地方の)アドラミテオ(港)の船に乗って船出した。テサロニケ生まれのマケドニヤ人アリスタルコもわたし達と一緒であった。
前田訳われらはアジア沿岸の諸所に寄港する予定のアドラミテオの船に乗って出帆した。テサロニケ出のマケドニア人アリスタルコもわれらといっしょであった。
新共同わたしたちは、アジア州沿岸の各地に寄港することになっている、アドラミティオン港の船に乗って出港した。テサロニケ出身のマケドニア人アリスタルコも一緒であった。
NIVWe boarded a ship from Adramyttium about to sail for ports along the coast of the province of Asia, and we put out to sea. Aristarchus, a Macedonian from Thessalonica, was with us.
註解: ロマ直航行の便船でなくアジヤ沿岸航路の船に乗り、乗り換えて(6節)ロマに行く計画であった
辞解
[アドラミテオ] ムシヤの海港。
[アリスタルコ] につきては使19:29使20:4コロ4:10ピレ1:24参照。

27章3節 (つぎ)()シドンに()きたれば、ユリアス懇切(ねんごろ)にパウロを(あしら)ひ、その(とも)らの(もと)にゆきて款待(もてなし)()くることを(ゆる)せり。[引照]

口語訳次の日、シドンに入港したが、ユリアスは、パウロを親切に取り扱い、友人をおとずれてかんたいを受けることを、許した。
塚本訳次の日、わたし達はシドンに入港したが、ユリアスはパウロを親切に取り扱い、(その地の)教友たちの所に行ってもてなしを受けることを許した。
前田訳翌日われらはシドンに入港した。ユリアスはパウロを親切に扱い、友人たちのところへ行ってもてなしを受けることを許した。
新共同翌日シドンに着いたが、ユリウスはパウロを親切に扱い、友人たちのところへ行ってもてなしを受けることを許してくれた。
NIVThe next day we landed at Sidon; and Julius, in kindness to Paul, allowed him to go to his friends so they might provide for his needs.
註解: 聖書に出て来る百卒長等、ロマの兵士や官吏が皆人間的に立派な人物であったことは注意すべき現象である。パウロをかくの如くに取扱った事はパウロの人格に対する信頼の結果であった事勿論である。
辞解
[懇切に] philanthropôs は人道的に、博愛を以ての意。
[款待(もてなし)をうく] 「世話になる」と云う如き意。

27章4節 (かく)此處(ここ)より船出(ふなで)せしが、(かぜ)(さから)ふによりてクプロの風下(かざしも)(かた)をはせ、[引照]

口語訳それからわたしたちは、ここから船出したが、逆風にあったので、クプロの島かげを航行し、
塚本訳そこを船出して、向い風であったためクプロ(島)の陰を行き、
前田訳そこから船出したが、向かい風であったので、キプロスの陰を進み、
新共同そこから船出したが、向かい風のためキプロス島の陰を航行し、
NIVFrom there we put out to sea again and passed to the lee of Cyprus because the winds were against us.

27章5節 キリキヤ(およ)びパンフリヤの(おき)()ぎてルキヤのミラに()く。[引照]

口語訳キリキヤとパンフリヤの沖を過ぎて、ルキヤのミラに入港した。
塚本訳キリキヤ、パンフリヤ沿岸の沖を過ぎてルキヤのミラに着いた。
前田訳キリキアとパンフリアの沖を過ぎてルキアのミラに着いた。
新共同キリキア州とパンフィリア州の沖を過ぎて、リキア州のミラに着いた。
NIVWhen we had sailed across the open sea off the coast of Cilicia and Pamphylia, we landed at Myra in Lycia.
註解: 晩夏、初秋の頃には西風の吹くのを常とする、夫ゆえにクプロの南を航行する事は不利なのでその東を島沿いに北に航して西風をさけ、それよりキリキヤ、パンフリヤの沖を航行した。ミラはルキヤの海港でエジプト貿易の要衝(ようしょう)である。

27章6節 彼處(かしこ)にてイタリヤにゆくアレキサンデリヤの(ふね)()ひたれば、百卒長(ひゃくそつちゃう)われらを(これ)()らしむ。[引照]

口語訳そこに、イタリヤ行きのアレキサンドリヤの舟があったので、百卒長は、わたしたちをその舟に乗り込ませた。
塚本訳ここで百卒長はイタリヤ行きのアレキサンドリヤの船を見つけて、それにわたし達を乗り込ませた。
前田訳そこで百卒長はイタリア行きのアレクサンドリアの船を見つけて、われらをそれに乗せた。
新共同ここで百人隊長は、イタリアに行くアレクサンドリアの船を見つけて、わたしたちをそれに乗り込ませた。
NIVThere the centurion found an Alexandrian ship sailing for Italy and put us on board.
註解: エジプトはロマに対する穀物の大供給地であり、従って多くの穀物船が往復していた、この船もその一つであったに相違ない(38節)、船が大きくあった事はその乗船者の数によりて知る事が出来る(37節)。この船も風の為にエジプトより直接に西北に航する事が出来ずにこの途を取ったものと思われる。百卒長はこの便船に一同を乗換させた。

27章7節 (おほ)くの()のあひだ(ふね)(すす)(おそ)く、(から)うじてクニドに(むか)へる(ところ)(いた)りしが、(かぜ)(さへぎ)られてサルモネの(おき)()ぎ、クレテの風下(かざしも)(かた)をはせ、[引照]

口語訳幾日ものあいだ、舟の進みがおそくて、わたしたちは、かろうじてクニドの沖合にきたが、風がわたしたちの行く手をはばむので、サルモネの沖、クレテの島かげを航行し、
塚本訳しかしかなりの日数の間船足がおそく、やっとクニド(の町)の沖に来たけれども、風で寄りつけないので、クレテ(島)の陰をサルモネ(岬)の方に行き、
前田訳かなりの日のあいだ船足はおそく、かろうじてクニドの沖に来たが、風で進めなかったので、サルモネの沖を経てクレタの陰を進んだ。
新共同幾日もの間、船足ははかどらず、ようやくクニドス港に近づいた。ところが、風に行く手を阻まれたので、サルモネ岬を回ってクレタ島の陰を航行し、
NIVWe made slow headway for many days and had difficulty arriving off Cnidus. When the wind did not allow us to hold our course, we sailed to the lee of Crete, opposite Salmone.

27章8節 (くが)沿()(から)うじて()(みなと)といふ(ところ)につく。その(ちか)(ところ)にラサヤの(まち)あり。[引照]

口語訳その岸に沿って進み、かろうじて「良き港」と呼ばれる所に着いた。その近くにラサヤの町があった。
塚本訳やっとその島に沿って航行して、美しい港という所に着いた。ラサヤの町はその近くであった。
前田訳その岸に沿って行き、美しい港と呼ばれる所に来た。それはラサヤの町の近くであった。
新共同ようやく島の岸に沿って進み、ラサヤの町に近い「良い港」と呼ばれる所に着いた。
NIVWe moved along the coast with difficulty and came to a place called Fair Havens, near the town of Lasea.
註解: 西または西北の風に妨げられて難航を続けて小アジヤの西南端クニドの沖に達したけれども、それ以上は西北風に妨げられて西航は不能なので、西南クレテ島に向いて航行しその東北端サルモネの沖を過ぎクレテ島の南岸を西に航しラサヤの町に近き「良き港」に着いた。この港は今もこの名を以て呼ばれているとの事。ラサヤの町名は種々に綴られている。

6-3-2 パウロ一行の難航 27:9 - 27:26

27章9節 [船路(ふなじ)] (ひさ)しきを()て、斷食(だんじき)期節(きせつ)(すで)()ぎたれば、航海(かうかい)(あやふ)きにより、パウロ人々(ひとびと)(すす)めて()ふ、[引照]

口語訳長い時が経過し、断食期も過ぎてしまい、すでに航海が危険な季節になったので、パウロは人々に警告して言った、
塚本訳しかし(出発してから)かなりの時がたち、すでに(チシュリ[九−十月]十日の)断食(の日)も過ぎているため、航海はすでに危険であったので、パウロは忠告して、
前田訳今までにかなりの時がたち、断食の日もすでに過ぎていたので、航海は今や危険であった。それでパウロは忠告して、
新共同かなりの時がたって、既に断食日も過ぎていたので、航海はもう危険であった。それで、パウロは人々に忠告した。
NIVMuch time had been lost, and sailing had already become dangerous because by now it was after the Fast. So Paul warned them,
註解: 「断食の期節」はレビ16:29以下の大贖罪日の断食で、これはテイスリの月(第七月で今の九月末から十月頃に相当する。秋分の時の断食を指す)に行われた。この五日後に仮廬の祭ありその時以後は航海は危険であるとされていた。パウロはこうした場合に於ても常人以上の意見を持っていた。

27章10節 人々(ひとびと)よ、(われ)この航海(かうかい)(がい)あり(そん)(おほ)くして、ただ積荷(つみに)(ふね)とのみならず、(われ)らの生命(いのち)にも(およ)ぶべきを(みと)む』[引照]

口語訳「皆さん、わたしの見るところでは、この航海では、積荷や船体ばかりでなく、われわれの生命にも、危害と大きな損失が及ぶであろう」。
塚本訳言った、「諸君、この航海は積荷や船ばかりでなく、わたし達の命にまで、危険と大きな損害とがありそうにわたしには見える。」
前田訳いった、「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積荷と船にだけでなく、われらのいのちにまでも危険と大損害をひきおこすでしょう」と。
新共同「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積み荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と多大の損失をもたらすことになります。」
NIV"Men, I can see that our voyage is going to be disastrous and bring great loss to ship and cargo, and to our own lives also."
註解: 夫ゆえにこの航海をここで打切りこの港に停泊すべしとするのがパウロの主張であった。必ずしも専門家ならざるパウロの判断は利益の念によりて濁される人々の判断より正確であった。

27章11節 されど百卒長(ひゃくそつちゃう)はパウロの()(ところ)よりも(ふね)(をさ)(ふな)(ぬし)との(ことば)(おも)んじたり。[引照]

口語訳しかし百卒長は、パウロの意見よりも、船長や船主の方を信頼した。
塚本訳しかし百卒長はパウロの言ったことよりも、むしろ船長と船主との勧告にしたがった。
前田訳しかし百卒長はパウロのいったことよりも、船長と船主とに従った。
新共同しかし、百人隊長は、パウロの言ったことよりも、船長や船主の方を信用した。
NIVBut the centurion, instead of listening to what Paul said, followed the advice of the pilot and of the owner of the ship.
註解: 百卒長としては斯く決する事も無理もなかった。何となれば船長は航海の経験家であり、船主は航海の如何によりて最も多く利害を感ずる当事者だからである。併し乍ら経験に頼って神に頼らない事は却って失敗の本となり、利害の念は物事の正しき判断を失わしめる。

27章12節 (かつ)この(みなと)(ふゆ)(すご)すに不便(ふべん)なるより、多數(たすう)(もの)も、なし()んにはピニクスに(いた)り、彼處(かしこ)にて(ふゆ)(すご)さんとて此處(ここ)船出(ふなで)するを()しとせり。ピニクスはクレテの(みなと)にて(ひがし)(きた)(ひがし)(みなみ)とに(むか)ふ。[引照]

口語訳なお、この港は冬を過ごすのに適しないので、大多数の者は、ここから出て、できればなんとかして、南西と北西とに面しているクレテのピニクス港に行って、そこで冬を過ごしたいと主張した。
塚本訳なおこの港は冬を越すには不適当であったので、大部分の者は、ピクニスまで行けば冬が越せはしないかと、そこから船出することに心を決めた。ピクニスはクレテの港で、南西(の風)と北西(の風)とに開いていた。
前田訳それに港が冬ごもりに向かなかったので、大部分のものが、フェニクスまで行けば冬ごもりできはしないかと思って、そこから船出することに賛成した。フェニクスはクレタの港で、南西と北西とに開いていた。
新共同この港は冬を越すのに適していなかった。それで、大多数の者の意見により、ここから船出し、できるならばクレタ島で南西と北西に面しているフェニクス港に行き、そこで冬を過ごすことになった。
NIVSince the harbor was unsuitable to winter in, the majority decided that we should sail on, hoping to reach Phoenix and winter there. This was a harbor in Crete, facing both southwest and northwest.
註解: ラサヤの町は極めて微々たる町なる故「良き港」に冬を過す事を望まないのが航海者の普通の心持である。従って多くは当時繁栄せるピニクスの港にて冬を過さん事を欲した。些少の慾望が大なる失敗の原動力となる事は往々あり得る事である。
辞解
[東北と東南とに向う] 原語直訳「西南風と西北風とに従い(その方向を)眺める」で上記はその意訳である。この方向は西風または北西風に対して安全である。

27章13節 (みなみ)(かぜ) (おもむ)ろに()きたれば、(かれ)志望(こころざし)()たりとして[(いかり)を]あげ、クレテの(きし)()沿()ひて(すす)みたり。[引照]

口語訳時に、南風が静かに吹いてきたので、彼らは、この時とばかりにいかりを上げて、クレテの岸に沿って航行した。
塚本訳すると南風が静かに吹きはじめたので、彼らは計画を達し得たかのように思って、錨をあげ、クレテ(島)にできるだけ近く沿って航行した。
前田訳南のそよ風が吹きはじめたので、彼らは計画が実現すると思って、錨をあげ、クレタの岸近くを航海した。
新共同ときに、南風が静かに吹いて来たので、人々は望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ、クレタ島の岸に沿って進んだ。
NIVWhen a gentle south wind began to blow, they thought they had obtained what they wanted; so they weighed anchor and sailed along the shore of Crete.
註解: 南より来る微風は彼らを西北に航行せしむるに都合がよい。彼らはこれを以て彼らの意見を実行する好機会と思った。

27章14節 幾程(いくほど)もなくユーラクロンといふ疾風(はやて)その(しま)より()きおろし、[引照]

口語訳すると間もなく、ユーラクロンと呼ばれる暴風が、島から吹きおろしてきた。
塚本訳しかし間もなく、北東風という暴風がその島から吹きつけてきた。
前田訳しかし、間もなく、北東風(エウラクロン)という暴風が島から吹きつけて来た。
新共同しかし、間もなく「エウラキロン」と呼ばれる暴風が、島の方から吹き降ろして来た。
NIVBefore very long, a wind of hurricane force, called the "northeaster," swept down from the island.

27章15節 (これ)がために(ふね)()(なが)され、(かぜ)(むか)ひて(すす)むこと(あた)はねば、(ふね)(かぜ)()ふに(まか)す。[引照]

口語訳そのために、舟が流されて風に逆らうことができないので、わたしたちは吹き流されるままに任せた。
塚本訳船がさらわれ、船首を風に向けることが出来ないので、わたし達は(風に)流されるに任せた。
前田訳船はさらわれ、船首を風に向けえないので、われらは風にまかせて漂流した。
新共同船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができなかったので、わたしたちは流されるにまかせた。
NIVThe ship was caught by the storm and could not head into the wind; so we gave way to it and were driven along.
註解: パウロの預言が的中して彼らは台風に逢着(ほうちゃく)した。
辞解
[ユーラクロン] eurakulôn 東北東の風を意味す。尚異本にユーロクルドン eurokludôn とあり激浪を伴う東南風の意味。
[疾風] 「台風」。▲「台風」は台湾海峡に起こる暴風のみを呼ぶ名称であるとすれば、本註解中の台風は誤りで、これを暴風と訂正することが必要である。

27章16節 クラウダといふ小島(こじま)風下(かざしも)(かた)にいたり、(から)うじて小艇(こぶね)(をさ)め、[引照]

口語訳それから、クラウダという小島の陰に、はいり込んだので、わたしたちは、やっとのことで小舟を処置することができ、
塚本訳クラウダという小島の陰を進むようになって、わたし達はやっと(引いていた)小舟を支配することが出来た。
前田訳クラウダという小島の陰に入ったとき、われらはやっと小舟を使いこなしえた。
新共同やがて、カウダという小島の陰に来たので、やっとのことで小舟をしっかりと引き寄せることができた。
NIVAs we passed to the lee of a small island called Cauda, we were hardly able to make the lifeboat secure.

27章17節 これを(ふね)引上(ひきあ)げてのち備綱(そなへづな)にて船體(せんたい)()(しば)り、[引照]

口語訳それを舟に引き上げてから、綱で船体を巻きつけた。また、スルテスの洲に乗り上げるのを恐れ、帆をおろして流れるままにした。
塚本訳彼らはそれを(甲板に)引きあげ、綱を用いて船(の胴体)を縛った。また砂州に乗り上げはしないかと心配し、(出来るだけ船足をおそくするため)海錨をおろし、こうして流されていた。
前田訳それを引き上げ、綱を用いて船を縛った。また、スルテスの州に乗り上げるのをおそれて、主帆を下ろして漂流した。
新共同小舟を船に引き上げてから、船体には綱を巻きつけ、シルティスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて海錨を降ろし、流されるにまかせた。
NIVWhen the men had hoisted it aboard, they passed ropes under the ship itself to hold it together. Fearing that they would run aground on the sandbars of Syrtis, they lowered the sea anchor and let the ship be driven along.
註解: クラウダ(カウダまたはガウドス等の異本あり)はクレテの西南の小島、その風下にて暴風に対する準備をした。即ち本船に附属せる小舟を引上げて本船に結付けられし綱の切断により小舟を失う事を防ぎ、また備綱にて船体を恐らく水平の方向に巻き縛った。これは風浪の為に動揺する事によりて船体が崩れん事を防ぐ為である(或は乗直に船を縛るのであると解する説もある)。
辞解
[備綱] 原語「補助具」の意味で、綱や鎖やその他のものをも含むと見るべきである。

またスルテスの()()りかけんことを(おそ)れ、()(おろ)して(なが)る。

註解: 「スルテス」ばアフリカ北岸の砂洲の名称、「帆を下して」は直訳すれば「船具を下して」であるが主として帆を下した事を意味し、これによりて船の速力を減じて、強く砂洲に衝突する事を防いだ。

27章18節 いたく暴風(あらし)(なやま)され、(つぎ)()、[(ふね)(もの)ども積荷(つみに)を]()げすて、[引照]

口語訳わたしたちは、暴風にひどく悩まされつづけたので、次の日に、人々は積荷を捨てはじめ、
塚本訳しかしわたし達があまりひどく嵐に悩まされたので、次の日彼らは投荷を行い、
前田訳われらにとってあまり暴風がひどかったので、翌日、人々は積荷を投げはじめた。
新共同しかし、ひどい暴風に悩まされたので、翌日には人々は積み荷を海に捨て始め、
NIVWe took such a violent battering from the storm that the next day they began to throw the cargo overboard.

27章19節 三日(みっか)めに()づから船具(ふなぐ)()てたり。[引照]

口語訳三日目には、船具までも、てずから投げすてた。
塚本訳三日目には手ずから船具をすら投げ捨てた。
前田訳三日目には手ずから船具を投げ捨てた。
新共同三日目には自分たちの手で船具を投げ捨ててしまった。
NIVOn the third day, they threw the ship's tackle overboard with their own hands.
註解: 暴風が益々激しくなり、先づ積荷(但し穀物の如き必要品は除く、38節)次に比較的不要なる船具をもパウロやルカが手づから棄てた。
辞解
[積荷を投げすて] 原語単に「投棄を実行し」とあり、「船具」の中の不要のものと解すべき事は勿論である。かくして船底を砂洲に乗上ぐる危険を防いだ。

27章20節 數日(すにち)のあひだ()(ほし)()えず、暴風(あらし) (はげ)しく(ふき)(すさ)びて、(われ)らの(すく)はるべき(のぞみ)ついに()()てたり。[引照]

口語訳幾日ものあいだ、太陽も星も見えず、暴風は激しく吹きすさぶので、わたしたちの助かる最後の望みもなくなった。
塚本訳幾日もの間太陽も星も陰さえ見えず、はげしい嵐が荒れ狂ったので、わたし達の助かるあらゆる望みがついに消えた。
前田訳幾日もの間、太陽も星も光を見せず、嵐がますます激しくなったので、ついにわれらが救われるあらゆる望みが消えた。
新共同幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。
NIVWhen neither sun nor stars appeared for many days and the storm continued raging, we finally gave up all hope of being saved.
註解: 暴風は数日継続したので日も星も見えず、船の位置は全然判明せず、食事の準備も出来なかったので、船客、船員一同に絶望の気が(みなぎ)って来た。

27章21節 人々(ひとびと)(しょく)せぬこと(ひさ)しくなりたる(とき)、パウロその(なか)()ちて()ふ『人々(ひとびと)よ、なんぢら(さき)()(すすめ)をきき、クレテより船出(ふなで)せずして、この(がい)(そん)とを()けずあるべき(はず)なりき。[引照]

口語訳みんなの者は、長いあいだ食事もしないでいたが、その時、パウロが彼らの中に立って言った、「皆さん、あなたがたが、わたしの忠告を聞きいれて、クレテから出なかったら、このような危害や損失を被らなくてすんだはずであった。
塚本訳一同は食欲をすっかりなくしていたので、その時パウロは彼らの真中に進み出て言った、「諸君、(やはり)わたしの言葉に従って、クレテ(のあの美しい港)から船出せずにおくべきであった。そうすればこの危険と損害とをまぬかれたのだ。
前田訳長らく食事をしなかったので、パウロは皆の中に立っていった、「皆さん、わたしのいうとおりにして、クレタから船出せずにおくべきでした。そうすればこの危険と損害とを避けられたのです。
新共同人々は長い間、食事をとっていなかった。そのとき、パウロは彼らの中に立って言った。「皆さん、わたしの言ったとおりに、クレタ島から船出していなければ、こんな危険や損失を避けられたにちがいありません。
NIVAfter the men had gone a long time without food, Paul stood up before them and said: "Men, you should have taken my advice not to sail from Crete; then you would have spared yourselves this damage and loss.
註解: この世の人々が絶望の中にある場合に於ても神を信ずる者は愈々(いよいよ)力を得て彼らを助ける事が出来る。
辞解
[食せぬ事] 暴風に際しては食事の用意が出来ず、また食欲も起らないのを常とする。

27章22節 いま(われ)なんぢらに(すす)む、(こころ)(やす)かれ、(なんぢ)()のうち一人(ひとり)だに生命(いのち)をうしなふ(もの)なし、ただ(ふね)(うしな)はん。[引照]

口語訳だが、この際、お勧めする。元気を出しなさい。舟が失われるだけで、あなたがたの中で生命を失うものは、ひとりもいないであろう。
塚本訳それで今あなた達に忠告する、元気を出しなさい。船の(なくなる)ほかは、だれ一人命を失う者はないのだから。
前田訳しかし今は、お勧めします、元気を出しなさい。船は別として、あなた方のうち、いのちを失うものはひとりもありません。
新共同しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。
NIVBut now I urge you to keep up your courage, because not one of you will be lost; only the ship will be destroyed.
註解: パウロは神の使の黙示によりてこの事を確信した、非常なる場合にこうした預言的眼光を得る事は往々にしてあり得る事である。

27章23節 わが(ぞく)するところ()(つか)ふる(ところ)(かみ)使(つかひ)昨夜(さくや)わが(かたは)らに()ちて、[引照]

口語訳昨夜、わたしが仕え、また拝んでいる神からの御使が、わたしのそばに立って言った、
塚本訳なぜなら、わたしの主でありまたわたしが礼拝している神の使が、昨夜わたしのそばに来て、
前田訳なぜなら、わたしがその僕であり、お仕えしている神の使いが昨夜わたしに現われて、
新共同わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、
NIVLast night an angel of the God whose I am and whom I serve stood beside me

27章24節 「パウロよ、(おそ)るな、なんぢ(かなら)ずカイザルの(まへ)()たん、()よ、(かみ)(なんぢ)同船(どうせん)する(もの)をことごとく(なんぢ)(たま)へり」と()ひたればなり。[引照]

口語訳『パウロよ、恐れるな。あなたは必ずカイザルの前に立たなければならない。たしかに神は、あなたと同船の者を、ことごとくあなたに賜わっている』。
塚本訳言われた、『恐れることはない、パウロ。あなたは(ローマに行って)皇帝(ネロ)の前に出なければならない。そら、神はあなたと一緒に乗ってゆく者を皆、あなたに賜ったではないか』と。
前田訳いわれるには、『パウロよ、おそれるな、あなたは皇帝(カイサル)の前に立たねばならない。確かに、神はあなたと同船している人々のいのちを皆あなたにお恵みです』と。
新共同こう言われました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』
NIVand said, `Do not be afraid, Paul. You must stand trial before Caesar; and God has graciously given you the lives of all who sail with you.'
註解: パウロの確信は神より出で来れるものであった。彼はこの事を同船の異邦人等に示さんが為に「我が属する所、わが事うる所の神」なる語を用い、自己の信仰の対象を明示した。

27章25節 この(ゆゑ)人々(ひとびと)よ、(こころ)(やす)かれ、(われ)はその(われ)(かた)(たま)ひしごとく(かなら)()るべしと(かみ)(しん)ず。[引照]

口語訳だから、皆さん、元気を出しなさい。万事はわたしに告げられたとおりに成って行くと、わたしは、神かけて信じている。
塚本訳だから諸君、元気を出しなさい。わたしは神を信ずる、わたしに語られたとおりになるにちがいないと。
前田訳それゆえ、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じます。わたしにいわれたとおりになるでしょう。
新共同ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。
NIVSo keep up your courage, men, for I have faith in God that it will happen just as he told me.

27章26節 (しか)して(われ)らは(ある)(しま)推上(おしあ)げらるべし』[引照]

口語訳われわれは、どこかの島に打ちあげられるに相違ない」。
塚本訳わたし達はどこかにある島に乗り上げねばなるまい。」
前田訳われらはかならずどこかの島に乗り上げます」と。
新共同わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」
NIVNevertheless, we must run aground on some island."
註解: パウロは神の黙示を確信し、この確信を以て同船者を慰めた。而して事実このパウロの言の通りになった。基督者は往々にして世人の未だ見得ざる未来の事件を預見する。是れ彼に示されし神の黙示であって、神に親しむ者に与えられる特別の恩恵である。尚21-26はパウロの言にあらず、事件の後にパウロの言として鋳造せられし「事後の預言」vaticinum ex eventu なりとする学者あれど、採り難し。
要義 [この世に於ける基督者の姿]多数の同船者の中に於て、パウロの一行は百卒長に護衛される囚徒であった。たとい彼は相当の礼を以て遇せられていたにしても甚だ見栄えなく、人に軽視せられ蔑視せられていた。波静なる時は他の人々の楽しみ、歌い、飲み食いする間に在りてパウロは極めて陰気な存在であり、人々より忌嫌われていた事であろう。然るに一旦暴風襲来して人々の生命すらも絶望に瀕するに及んで、このパウロは一躍して全船の主となリこれを指揮し、これを慰め、これに力附くる事が出来た。斯の如く基督者は平時に於て無視せられ軽蔑せられ邪魔物視せられているけれども、一旦全世界に絶望が臨む場合、基督者はその中にありて確かなる希望を懐き、絶望の淵に沈まんとする人類に慰安と力とを送る事が出来る。是れ神を信じ神に在りて生くるが故である。

6-3-3 一同難を免かる 27:27 - 27:44

27章27節 (かく)(じふ)四日(よっか)めの(よる)(いた)りて、アドリヤの(うみ)(ただよ)ひゆきたるに、夜半(よなか)ごろ水夫(かこ)(くが)(ちか)づきたりと(おも)ひて、[引照]

口語訳わたしたちがアドリヤ海に漂ってから十四日目の夜になった時、真夜中ごろ、水夫らはどこかの陸地に近づいたように感じた。
塚本訳(美しい港を出て)十四日目の夜、わたし達がアドリヤ海を漂っている時、夜中ごろ、水夫らはどこか陸地に近づいたように考えた。
前田訳十四日目の夜、アドリア海を漂流しているとき、夜中ごろ、水夫らはどこか陸に近づいたように感じた。
新共同十四日目の夜になったとき、わたしたちはアドリア海を漂流していた。真夜中ごろ船員たちは、どこかの陸地に近づいているように感じた。
NIVOn the fourteenth night we were still being driven across the Adriatic Sea, when about midnight the sailors sensed they were approaching land.

27章28節 (みづ)(はか)りたれば、()(じふ)(ひろ)なるを()り、()しく(すす)みてまた(はか)りたれば、(じふ)()(ひろ)なるを()り、[引照]

口語訳そこで、水の深さを測ってみたところ、二十ひろであることがわかった。それから少し進んで、もう一度測ってみたら、十五ひろであった。
塚本訳それで測鉛ではかってみると、二十オルグイヤ(三十六メートル)あった。少し進んでふたたびはかって見ると、十五オルグイヤ(二十七メートル)あった。
前田訳深さをはかると、二十オルグイア(三十六メートル)あった。少し進んでまたはかると十五オルグイア(二十七メートル)あった。
新共同そこで、水の深さを測ってみると、二十オルギィアあることが分かった。もう少し進んでまた測ってみると、十五オルギィアであった。
NIVThey took soundings and found that the water was a hundred and twenty feet deep. A short time later they took soundings again and found it was ninety feet deep.

27章29節 (いは)()()げんことを(おそ)れて(とも)より(いかり)()(おろ)して夜明(よあけ)()ちわぶ。[引照]

口語訳わたしたちが、万一暗礁に乗り上げては大変だと、人々は気づかって、ともから四つのいかりを投げおろし、夜の明けるのを待ちわびていた。
塚本訳そこでわたし達がどこか暗礁に乗り上げはしないかと心配し、彼らは艫から錨を四つ投げ込んで(船をとめ、)朝になるのを願っていた。
前田訳どこか暗礁に乗り上げないかとおそれて、艫(とも)から四つの錨を投げおろして、朝になるのを待っていた。
新共同船が暗礁に乗り上げることを恐れて、船員たちは船尾から錨を四つ投げ込み、夜の明けるのを待ちわびた。
NIVFearing that we would be dashed against the rocks, they dropped four anchors from the stern and prayed for daylight.
辞解
[十四日] 「良き港」よりマルタまでは約八百キロでこの時代荒天ならば十四五日を要したるならんとの事。
[陸に近づたり] 原文「陸が近付きたり」。
[思い] 岸に打ちよする浪の音か、眼前にほの見ゆる山の姿かによりこれを知ったのであろう。(へさき)より錨を下したのは直ちに出航し得んが為である。
[アドリヤ海] 今のアドリヤ海のみならずシシリーとギリシヤの間の海を総称す。

27章30節 (しか)るに水夫(かこ)(ふね)より(のがれ)()らんと(ほっ)し、(へさき)より(いかり)()きゆくに(こと)()せて小艇(こぶね)(うみ)(おろ)したれば、[引照]

口語訳その時、水夫らが舟から逃げ出そうと思って、へさきからいかりを投げおろすと見せかけ、小舟を海におろしていたので、
塚本訳すると水夫らは船から逃げようと思い、舳からも錨を下げようとしている振りをして、小舟をおろしたので、
前田訳水夫たちは船から逃げようとし、舳(へさき)から錨をおろす振りをして、小舟を海におろしたので、
新共同ところが、船員たちは船から逃げ出そうとし、船首から錨を降ろす振りをして小舟を海に降ろしたので、
NIVIn an attempt to escape from the ship, the sailors let the lifeboat down into the sea, pretending they were going to lower some anchors from the bow.

27章31節 パウロ、百卒長(ひゃくそつちゃう)兵卒(へいそつ)らとに()ふ『この者等(ものども)()(ふね)(とどま)らずば、(なんぢ)(すく)はるること(あた)はず』[引照]

口語訳パウロは、百卒長や兵卒たちに言った、「あの人たちが、舟に残っていなければ、あなたがたは助からない」。
塚本訳パウロは百卒長と兵卒らとに言った、「この水夫らが船に留まっていなければ、あなた達は助かることが出来ない。」
前田訳パウロは百卒長と兵卒らとにいった、「この人たちが船にとどまっていなければ、あなた方は救われえない」と。
新共同パウロは百人隊長と兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助からない」と言った。
NIVThen Paul said to the centurion and the soldiers, "Unless these men stay with the ship, you cannot be saved."
註解: パウロより海のことを知っているとの自信を有する水夫は、パウロの言葉(22-26節)を信ぜずして小舟にて逃れんとした。この世の事柄に知識ある者は往々にして神の言葉を無視して失敗する。パウロはこの水夫らの挙動を察し、もしその行動を容認するならば、兵卒らの生命も危険なることを告げた。この語は一つの格言として用いられ教会の分離を(いまし)むるために用いられている。
辞解
[(へさき)より錨を曳きゆく] (へさき)より錨を小舟に移しこれを以て海中の適当の処にこれを伸ばして沈める事。
[これらの者] 水夫ら。
[汝ら] 兵卒。

27章32節 ここに兵卒(へいそつ)小艇(こぶね)(つな)斷切(たちき)りて、その(なが)れゆくに(まか)す。[引照]

口語訳そこで兵卒たちは、小舟の綱を断ち切って、その流れて行くままに任せた。
塚本訳それで兵卒らは小舟の曳綱を切断して、その流れゆくにまかせた。
前田訳そこで兵卒らは小舟の綱を切って、その流れるにまかせた。
新共同そこで、兵士たちは綱を断ち切って、小舟を流れるにまかせた。
NIVSo the soldiers cut the ropes that held the lifeboat and let it fall away.
註解: 兵卒等は船全体の危機を救わんが為に綱にて釣り下されし小舟のその綱を断切った。これが為に水夫は逃亡する事が出来ない様になった。併し結局水夫等はその為に生命を救う事が出来た。

27章33節 ()()けんとする(ころ)パウロ(すべ)ての(ひと)(しょく)せんことを(すす)めて()ふ『なんぢら()()ちて食事(しょくじ)せぬこと今日(けふ)にて(じふ)四日(よっか)なり。[引照]

口語訳夜が明けかけたころ、パウロは一同の者に、食事をするように勧めて言った、「あなたがたが食事もせずに、見張りを続けてから、何も食べないで、きょうが十四日目に当る。
塚本訳朝になる少し前に、パウロは皆に食事をするようにと勧めて言った、「あなた達はきょうで十四日目、待ちあぐんで、食事をせず、何も取らずにいる。
前田訳朝になりかけたころ、パウロは皆に食事をするよう勧めていった、「きょうで十四日、あなた方は待ちつづけて、空腹で過ごし、なお何も食べていません。
新共同夜が明けかけたころ、パウロは一同に食事をするように勧めた。「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。
NIVJust before dawn Paul urged them all to eat. "For the last fourteen days," he said, "you have been in constant suspense and have gone without food--you haven't eaten anything.

27章34節 されば(なんぢ)らに(しょく)せんことを(すす)む、これ(なんぢ)らが(すくひ)のためなり、(なんぢ)らの頭髮(かみのけ)一筋(ひとすじ)だに(かうべ)より()つる(こと)なし』[引照]

口語訳だから、いま食事を取ることをお勧めする。それが、あなたがたを救うことになるのだから。たしかに髪の毛ひとすじでも、あなたがたの頭から失われることはないであろう」。
塚本訳だから勧めるが、食事をしなさい。それはあなた達の命を救うのに役立つから。(今度の航海で)あなた達のだれ一人、髪の毛一本も無くすことはあるまい。」
前田訳それでお勧めします。食事をなさい。それはあなた方が救われるためです。あなた方の頭から髪の毛一本も失われないでしょう」と。
新共同だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」
NIVNow I urge you to take some food. You need it to survive. Not one of you will lose a single hair from his head."
註解: ここにパウロは凡ての人に食をすすめてこれに力附くる事を慫慂(しょうよう)しているのを見る。平時に於て無視せられ排斥される基督者は危急存亡の時に至って多くの人々に慰安と奨励とを与える。またこの世の人に絶望の如くに見ゆる時、基督者は希望を失わない。
辞解
[食事せぬ事] 勿論絶対的の意味ではない。
[救の為] 助かる為との意、岸に泳ぎ付く為の体力を養う事に必要である。
[汝らの頭髪一筋だに云々] ユダヤ人が常に用うる格言であった。

27章35節 ()()ひて(のち)みづからパンを()り、一同(いちどう)(まへ)にて(かみ)(しゃ)し、()きて(しょく)(はじ)めたれば、[引照]

口語訳彼はこう言って、パンを取り、みんなの前で神に感謝し、それをさいて食べはじめた。
塚本訳彼はこう言ってパンを手に取り、皆の前で神に感謝を捧げ、裂いて食べ始めた。
前田訳こういって、パンを取り、皆の前で神に感謝し、それを裂いて食べ始めた。
新共同こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。
NIVAfter he said this, he took some bread and gave thanks to God in front of them all. Then he broke it and began to eat.

27章36節 人々(ひとびと)もみな(こころ)(やす)んじて(しょく)したり。[引照]

口語訳そこで、みんなの者も元気づいて食事をした。
塚本訳皆も元気づいて食事を取った。
前田訳皆も元気になって食事をした。
新共同そこで、一同も元気づいて食事をした。
NIVThey were all encouraged and ate some food themselves.
註解: パウロの態度はイエスの食事の時の態度に似ていた。これがユダヤ人の習慣であり同時に基督者の習慣となった。異教徒が多くその場にいたけれどもバウロの真面目の祈は、彼らにもよき印象を与えたものらしく、彼らも安んじて食事する事が出来た。基督者の祈が往々にして他人に不快の感を与えるのは祈る者の真摯さが他を動かす事が出来ないからである。

27章37節 (ふね)()(われ)らは(すべ)()(ひゃく)(しち)(じふ)(ろく)(にん)なりき。[引照]

口語訳舟にいたわたしたちは、合わせて二百七十六人であった。
塚本訳わたし達船にいた者は皆で二百七十六人であった。
前田訳われら船に乗っていたものは皆で二百七十六人であった。
新共同船にいたわたしたちは、全部で二百七十六人であった。
NIVAltogether there were 276 of us on board.
註解: 史家ヨセフスが六百人の同船者と共に難船した事実があるのを見ても、当時の造船術は非常に進歩し多数の乗客を収容し得たことがわかる。但し異本に七十六人とあり。

27章38節 人々(ひとびと)(しょく)()きてのち穀物(こくもつ)(うみ)()()てて(ふね)(かろ)くせり。[引照]

口語訳みんなの者は、じゅうぶんに食事をした後、穀物を海に投げすてて舟を軽くした。
塚本訳人々は腹いっぱい食べたのち、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした。
前田訳満腹してから人々は穀物を海に投げて船を軽くした。
新共同十分に食べてから、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした。
NIVWhen they had eaten as much as they wanted, they lightened the ship by throwing the grain into the sea.
註解: 陸地に近付く必要上一層船を軽くする必要あり食物として保留していた穀物の残を海に棄てた。この穀物は積荷としての穀物ではない(18節)。

27章39節 夜明(よあけ)になりて、(いづれ)土地(とち)かは()らねど砂濱(すなはま)入江(いりえ)見出(みいだ)し、なし()べくば此處(ここ)(ふね)()せんと(あひ)(はか)り、[引照]

口語訳夜が明けて、どこの土地かよくわからなかったが、砂浜のある入江が見えたので、できれば、それに舟を乗り入れようということになった。
塚本訳朝になると、人々は陸地はわからなかったが、(良い)浜のある入江に気付いたので、出来ることならその浜に船を乗りつけようと思った。
前田訳朝になると、陸は見えなかったが、浜のある入江のようなものを感じたので、できるならばそこに船を乗りあげようと思った。
新共同朝になって、どこの陸地であるか分からなかったが、砂浜のある入り江を見つけたので、できることなら、そこへ船を乗り入れようということになった。
NIVWhen daylight came, they did not recognize the land, but they saw a bay with a sandy beach, where they decided to run the ship aground if they could.

27章40節 (いかり)()ちて(うみ)()つるとともに舵纜(かじづな)をゆるめ、(へさき)()()げて、(かぜ)にまかせつつ砂濱(すなはま)さして(すす)む。[引照]

口語訳そこで、いかりを切り離して海に捨て、同時にかじの綱をゆるめ、風に前の帆をあげて、砂浜にむかって進んだ。
塚本訳そこで錨(綱)を切って海に沈め、同時に舵の綱を解き、吹く風に前の帆を揚げながら浜に向かって進んだ。
前田訳そこで錨を切って海に捨て、同時に舵の綱をゆるめ、吹く風に前の帆をあげながら、浜に向かって進んだ。
新共同そこで、錨を切り離して海に捨て、同時に舵の綱を解き、風に船首の帆を上げて、砂浜に向かって進んだ。
NIVCutting loose the anchors, they left them in the sea and at the same time untied the ropes that held the rudders. Then they hoisted the foresail to the wind and made for the beach.
註解: マルタ島の普通の寄港地はヴアレツタでこれは航海者には知られていたけれども、今近付いた海浜はそれと異る未知の入江であった。砂浜に船を寄せて上陸する計画を取りその処置を取った。
辞解
[錨を断つ] もはや船としては最後の決心をなせる事を示す。
[舵(つな)をゆるめ] 舵を(つな)にて釣り上げまたはこれをそのまま固定せしめていたのをゆるめる事、即ち再び舵を使用する事。
[(へさき)の帆を揚げて風にまかせつつ] (へさき)の帆を揚げ風をはらませ」の意、尚「(へさき)の帆」artemôn は或は「(とも)の帆」なりとの説もあり、不明の文字なれど、航海者は前者がこの場合の事実に適合するものと判断する。

27章41節 (しか)るに(うしほ)(なが)れあふ(ところ)にいたりて(ふね)淺瀬(あさせ)()()げたれば、(へさき)膠著(ゐつ)きて(うご)かず、(とも)は[(なみ)の](はげ)しきに(やぶ)れたり。[引照]

口語訳ところが、潮流の流れ合う所に突き進んだため、舟を浅瀬に乗りあげてしまって、へさきがめり込んで動かなくなり、ともの方は激浪のためにこわされた。
塚本訳しかし浅瀬に来たとき船は坐礁し、舳はめり込んで動かなくなり、艫は(波の)力でこわれはじめた。
前田訳しかし潮流のあう浅瀬に乗りあげて船は座礁し、舳はめり込んで動かなくなり、艫は波の力でこわれはじめた。
新共同ところが、深みに挟まれた浅瀬にぶつかって船を乗り上げてしまい、船首がめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波で壊れだした。
NIVBut the ship struck a sandbar and ran aground. The bow stuck fast and would not move, and the stern was broken to pieces by the pounding of the surf.
註解: 二つの潮流の相合する処には浅瀬の突出が生ずる、現在マルタ島の聖パウロ湾中の聖パウロの浅瀬と称するもの是ならんとの事、この種の浅瀬は次第に沖に行くに従って深くなる故船の(へさき)は膠着して(とも)は浮動していた。

27章42節 兵卒(へいそつ)らは囚人(めしうど)(およ)ぎて(のがれ)()らんことを(おそ)れ、これを(ころ)さんと(はか)りしに、[引照]

口語訳兵卒たちは、囚人らが泳いで逃げるおそれがあるので、殺してしまおうと図ったが、
塚本訳兵卒らは囚人を殺してしまおうという意向であった。泳いで逃げる者がないようにというのである。
前田訳兵卒らは、泳いで逃げるものがないように、囚人たちを殺すことに決めた。
新共同兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計ったが、
NIVThe soldiers planned to kill the prisoners to prevent any of them from swimming away and escaping.

27章43節 百卒長(ひゃくそつちゃう)パウロを(すく)はんと(ほっ)して、その(はか)るところを(はば)み、(およ)ぎうる(もの)(めい)じ、(うみ)(とび)()りて()上陸(じゃうりく)せしめ、[引照]

口語訳百卒長は、パウロを救いたいと思うところから、その意図をしりぞけ、泳げる者はまず海に飛び込んで陸に行き、
塚本訳しかし百卒長はパウロを救おうと思ってその計画をとめ、泳ぎの出来る者はまず飛び込んで上陸するようにと命令し、
前田訳しかし百卒長はパウロを救おうと思って彼らの計画を押さえ、泳げるものがまず飛び込んで陸に上がるよう命じた。
新共同百人隊長はパウロを助けたいと思ったので、この計画を思いとどまらせた。そして、泳げる者がまず飛び込んで陸に上がり、
NIVBut the centurion wanted to spare Paul's life and kept them from carrying out their plan. He ordered those who could swim to jump overboard first and get to land.

27章44節 その(ほか)(もの)をば(あるひ)(いた)あるひは(ふね)碎片(くだけ)()らしむ。()くしてみな上陸(じゃうりく)して(すく)はるるを()たり。[引照]

口語訳その他の者は、板や舟の破片に乗って行くように命じた。こうして、全部の者が上陸して救われたのであった。
塚本訳そのほかの者は、あるいは板、あるいは船の破片に乗って上陸させた。こうして、皆陸に救い上げられた。
前田訳残りのものは、あるいは板、あるいは船の破片に乗るようにさせた。こうして、皆が陸に救い上げられた。
新共同残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳いで行くように命令した。このようにして、全員が無事に上陸した。
NIVThe rest were to get there on planks or on pieces of the ship. In this way everyone reached land in safety.
註解: ここにパウロに対する最後の危険が臨んだけれども百卒長の好意によりてこの危機を脱した。かくして彼のみならず凡ての人は皆救われた。
要義1 [難破船の記事]この記事の極めて詳細にわたっている所以は、ルカがこの事件の直後にこれを記載したからであろう。この記事の中に聖経としては不必要なる記述を多く含んで居るにも関らず、ルカが凡てここにこれを収録せる所以は、恐らくルカの眼前にこの遭難事件の中に耀き出でていたパウロの姿が浮び出で、これとこの事件とを切離して考え得なかった為と、また使徒行伝の編著がこの事件後間もなかったからであろう。我らはこの記事の背後にあるパウロに注目しつつこの記事を読むべきである。
要義2 [パウロの人格的感化]この遭難の記事の中にパウロの人格が強く耀き出でているのを見る。蓋しパウロは一囚人に過ぎなかった、それにも関らずその信仰的態度は自然に人の注意を惹き、遂に迷える時の案内者、弱れる時の慰藉(なぐさめ)者となリ絶望せる者に望を与え、苦しめる者に慰めを与え途方に暮れる者の相談役となる事が出来た。是等は凡てパウロの性格の致す処であり、百卒長の絶大の信頼を得し所以もここに在った。泰平の時は一囚人として軽蔑せられしパウロが、一旦緩急あれば全船員の指導者となった。基督者もこの世に於ては一介の塵埃(ほこり)に過ぎないけれども、一且緩急あれば反対に最も重要なる役割を演ずるに至るのである。
要義3 [人生航路の難破船]人間に福音が示されていながら人がこれを信じ得ない理由は(1)少許の知識経験に依頼む事、(2)自己の利害に動かされる事、(3)自己の所有に執着する事、(4)自己の生命を惜む事である。而してこの難破船の記事の示すが如く、人は救われんと欲するならば如何に惜んでも結局是等の凡てを棄ててしまわなければならない。この事実を予め知りて人は凡ての所有をすてて神に従うべきである。これが救に(あずか)る最も正しき途である。

使徒行伝第28章
6-3-4 マルタ上陸の際の奇蹟 28:1 - 28:6

28章1節 われら(すく)はれて(のち)、この(しま)のマルタと(とな)ふるを()れり。[引照]

口語訳わたしたちが、こうして救われてからわかったが、これはマルタと呼ばれる島であった。
塚本訳救われた時、わたし達はこの島がマルタと呼ばれることを知った。
前田訳救われてから、われらはこの島がマルタと呼ばれることを知った。
新共同わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。
NIVOnce safely on shore, we found out that the island was called Malta.
註解: これは今日のマルタ島と見るを可とす、アドリヤ海のメレダ島なりとの説あれど取らず。

28章2節 土人(どじん)一方(ひとかた)ならぬ(なさけ)(われ)らに(あらは)し、()りしきる(あめ)寒氣(さむさ)とのために()()きて(われ)一同(いちどう)待遇(もてな)せり。[引照]

口語訳土地の人々は、わたしたちに並々ならぬ親切をあらわしてくれた。すなわち、降りしきる雨や寒さをしのぐために、火をたいてわたしたち一同をねぎらってくれたのである。
塚本訳土民たちはただならぬ歓待を示してくれた。降り出した雨と寒さとのために、焚火をしてわたし達を皆(そこに)迎えてくれたのである。
前田訳土民たちはなみなみならぬ歓待をしてくれた。降り出した雨と寒さとのために、火をたいてわれらすべてを迎えてくれた。
新共同島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。
NIVThe islanders showed us unusual kindness. They built a fire and welcomed us all because it was raining and cold.
註解: 旅人を待遇し、苦しむ者を憐む事は人道として全世界に通ずる処である。かくしてパウロはその同国人に迫害されつつ他の到る処に異邦人に好遇された。
辞解
[土人] Barbaros 「野蛮人」とも訳される事があるけれども必ずしも悪しき意味を持たない。ギリシヤ人ロマ人より見たる異国人を意味す。

28章3節 パウロ(しば)(つか)ねて()にくべたれば、(ねつ)によりて(まむし)いでて()()につく。[引照]

口語訳そのとき、パウロはひとかかえの柴をたばねて火にくべたところ、熱気のためにまむしが出てきて、彼の手にかみついた。
塚本訳さてパウロが柴を一束かき集めて火にくべたところ、一匹の蛇が熱のために(柴の中から)出てきて、手にかみついた。
前田訳さて、パウロが柴をひとたば集めて火にくべると、蛇が熱のため出て来て彼の手にかみついた。
新共同パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、その手に絡みついた。
NIVPaul gathered a pile of brushwood and, as he put it on the fire, a viper, driven out by the heat, fastened itself on his hand.

28章4節 (へび)のその()(かか)りたるを土人(どじん)()(たがひ)()ふ『この(ひと)(かなら)殺人者(ひとごろし)なるべし、(うみ)より(すく)はれしも、天道(てんだう)はその()くるを(ゆる)さぬなり』[引照]

口語訳土地の人々は、この生きものがパウロの手からぶら下がっているのを見て、互に言った、「この人は、きっと人殺しに違いない。海からはのがれたが、ディケーの神様が彼を生かしてはおかないのだ」。
塚本訳土民たちはこの(恐ろしい)動物がパウロの手にぶら下がっているのを見た時、互に言った、「この人はどうしても人殺しだ。海からは(やっと)救われたが、天道様が生かしておかないのだ。」
前田訳土民たちは、生き物が手からさがっているのを見ると、互いにいった、「この人はきっと人殺しだ。海から救われたが、正義の女神は生かしておかれまい」と。
新共同住民は彼の手にぶら下がっているこの生き物を見て、互いに言った。「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ。」
NIVWhen the islanders saw the snake hanging from his hand, they said to each other, "This man must be a murderer; for though he escaped from the sea, Justice has not allowed him to live."
註解: パウロの囚人たる事は手錠または他の徴によりて島人に判明していた、夫ゆえに蝮にかまれしを見て結局天罰は免れないと考えたのであった。
辞解
[手につく] 果して手を噛みしや否やにつき諸説あれど5、6節より見て然りと見ざるを得ない。然りとすれば「手に懸る」は手に噛みついて釣り下る事。
[天道] Dikê「正義の女神」と訳すべきで、処によりては宮の中に祭られている。その母はテミス(世界秩序)、姉妹はエイレーネー(平和)及びエウノミヤ(安寧)。

28章5節 パウロ(へび)()のなかに()(おと)して(なん)(がい)をも()けざりき。[引照]

口語訳ところがパウロは、まむしを火の中に振り落して、なんの害も被らなかった。
塚本訳ところがパウロはその動物を火の中にふるい落して、なんの害も受けなかった。
前田訳しかしパウロはその生き物を火の中にふるい落として、何の害も受けなかった。
新共同ところが、パウロはその生き物を火の中に振り落とし、何の害も受けなかった。
NIVBut Paul shook the snake off into the fire and suffered no ill effects.

28章6節 人々(ひとびと)(かれ)()()づるか、または(たちま)(たふ)()ぬるならんと(うかが)ふ。(ひさ)しく(うかが)ひたれど、(いささ)かも(がい)()けぬを()て、(おもひ)()へて、()(かみ)なりと()ふ。[引照]

口語訳彼らは、彼が間もなくはれ上がるか、あるいは、たちまち倒れて死ぬだろうと、様子をうかがっていた。しかし、長い間うかがっていても、彼の身になんの変ったことも起らないのを見て、彼らは考えを変えて、「この人は神様だ」と言い出した。
塚本訳しかし人々は、はれあがるか、たちまち死んで倒れるのを待っていた。長い間待っていたが、何も異常がおこらないのを見て、意見がかわり、彼を神様だと言い出した。
前田訳人々は、今にもはれ上がるか、たちまち死んで倒れるかと思っていた。しかし、長い間待って、何も異常がおこらないのを見て、人々は考えを変え、「彼は神だ」といい出した。
新共同体がはれ上がるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと、彼らはパウロの様子をうかがっていた。しかし、いつまでたっても何も起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神様だ」と言った。
NIVThe people expected him to swell up or suddenly fall dead, but after waiting a long time and seeing nothing unusual happen to him, they changed their minds and said he was a god.
註解: 土人の軽率にして迷信的なる判断が如実に示されている事に注意すべし。迷信は神ならぬ者を神とする事に於て極めて軽率である。但しこの奇蹟的事実の中にパウロに対する神の特別の守護があった事を思うべきであり、これを示すのがこの記事の目的であった。パウロが凡ての場合神の守りの下にある事が使徒行伝の末尾の特徴をなす。尚マルタには現在こうした蝮が居ない事を以てこの記事の事実性を否定せんとする事は早計である。

6-3-5 ポプリオの父癒さる 28:7 - 28:10

28章7節 この(ところ)(ほとり)島司(たうし)のもてる土地(とち)あり、島司(たうし)()はポプリオといふ。()(ひと)われらを(むか)へて懇切(ねんごろ)三日(みっか)(あひだ)もてなせり。[引照]

口語訳さて、その場所の近くに、島の首長、ポプリオという人の所有地があった。彼は、そこにわたしたちを招待して、三日のあいだ親切にもてなしてくれた。
塚本訳さて、その付近に、ポプリオという島の長官が地所を持っていたが、わたし達を三日家に泊めて、丁寧にもてなしてくれた。
前田訳そのあたりに、島の頭でポプリオという人の地所があった。彼はわれらを招き、三日の間手厚くもてなした。
新共同さて、この場所の近くに、島の長官でプブリウスという人の所有地があった。彼はわたしたちを歓迎して、三日間、手厚くもてなしてくれた。
NIVThere was an estate nearby that belonged to Publius, the chief official of the island. He welcomed us to his home and for three days entertained us hospitably.
註解: これはルカの記録せし第三回の歓待である(使27:3使28:2)。
辞解
[島司] prôtos は職名または官名と見るべきでマルタ島には適用せる名称である(H0、E0、ラムゼー)けれどもこれに反対なる説もある。

28章8節 ポプリオの(ちち)(ねつ)痢病(りびゃう)とに(かか)りて()()たれば、パウロその(もと)にいたり、(いの)り、かつ()()きて(いや)せり。[引照]

口語訳たまたま、ポプリオの父が赤痢をわずらい、高熱で床についていた。そこでパウロは、その人のところにはいって行って祈り、手を彼の上においていやしてやった。
塚本訳たまたまポプリオの父が熱病と下痢とに苦しんで寝ていたので、パウロは彼の所に行って祈りをし、手をのせて直した。
前田訳たまたまポプリオの父が熱と赤痢に苦しんで床についていた。パウロは彼のところに行って祈り、手を置いて直した。
新共同ときに、プブリウスの父親が熱病と下痢で床についていたので、パウロはその家に行って祈り、手を置いていやした。
NIVHis father was sick in bed, suffering from fever and dysentery. Paul went in to see him and, after prayer, placed his hands on him and healed him.
註解: パウロは病を医す賜物を与えられていた。これを奇蹟的治癒と見る必要はない、歓待に対する感謝の心がこの治病の賜物を一層力強く働かせる事が出来た。
辞解
[熱] 複数形を用い、複雑せる性質の熱病たる事を表わす。

28章9節 この(こと)ありてより(しま)()める人々(ひとびと)みな(きた)りて(いや)されたれば、[引照]

口語訳このことがあってから、ほかに病気をしている島の人たちが、ぞくぞくとやってきて、みないやされた。
塚本訳このことがあったので、島のほかの病人たちも(パウロの所に)来てなおしてもらった。
前田訳このことがあったので、島のほかの病人たちも来て、直してもらった。
新共同このことがあったので、島のほかの病人たちもやって来て、いやしてもらった。
NIVWhen this had happened, the rest of the sick on the island came and were cured.

28章10節 (れい)(あつ)くして(われ)らを(うやま)ひ、また船出(ふなで)(とき)には必要(ひつえう)なる品々(しなじな)(おく)りたり。[引照]

口語訳彼らはわたしたちを非常に尊敬し、出帆の時には、必要な品々を持ってきてくれた。
塚本訳彼らはわたし達に非常な尊敬を払い、船出のときには必要な品々をくれた。
前田訳彼らはわれらを深く尊敬し、船出するときには必要な品々をくれた。
新共同それで、彼らはわたしたちに深く敬意を表し、船出のときには、わたしたちに必要な物を持って来てくれた。
NIVThey honored us in many ways and when we were ready to sail, they furnished us with the supplies we needed.
註解: この治病はルカもこれに加わり、医術的治療をも施したものであろう。「我ら」はこれを示す。当時に於ては、霊的の治療と技術的治療との限界が今日の如く明かでなかった。
辞解
[礼を厚くして我らを敬い] 原語「多くの尊敬(または代価)を以て我らを敬い」で、謝礼その他の形式を以て敬意を表したものと思われる。また船出の時には難破の為に失いし必要品を与えた。

6-3-6 マルタよりロマまで 28:11 - 28:15

28章11節 三月(みつき)(のち)、われらはこの(しま)冬籠(ふゆごもり)せしデオスクリの(しるし)あるアレキサンデリヤの(ふね)にて()で、[引照]

口語訳三か月たった後、わたしたちは、この島に冬ごもりをしていたデオスクリの船飾りのあるアレキサンドリヤの舟で、出帆した。
塚本訳三月の後に、わたし達はこの島で冬を越していたアレキサンドリヤの船で船出した。それには(航海者の守り神)デオスクリの船首像があった。
前田訳三か月の後、われらはこの島で冬を越していたアレクサンドリアの船で出帆した。それにはデオスクロイのしるしがあった。
新共同三か月後、わたしたちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航した。ディオスクロイを船印とする船であった。
NIVAfter three months we put out to sea in a ship that had wintered in the island. It was an Alexandrian ship with the figurehead of the twin gods Castor and Pollux.

28章12節 シラクサにつきて三日(みっか)とまり、[引照]

口語訳そして、シラクサに寄港して三日のあいだ停泊し、
塚本訳わたし達は(シチリヤ島の)シラクサに入港して三日泊まり、
前田訳われらはシラクサに入港して三日とどまり、
新共同わたしたちは、シラクサに寄港して三日間そこに滞在し、
NIVWe put in at Syracuse and stayed there three days.
註解: 冬は航海困難であり、春三月始頃より航海の季節となる。
辞解
[デオスクリ] 双子の神の名でカストルとポルクスとの二神である。船舶及び船員の守護神として崇められていた。この神のマークが船首を飾っていた船を意味す。シラクサはイタリーの南端の島シシリーの一港。

28章13節 此處(ここ)より(めぐ)りてレギオンにいたり、一日(いちにち)()ぎて(みなみ)(かぜ)ふき(おこ)りたれば、(われ)二日(ふつか)めにポテオリに()き、[引照]

口語訳そこから進んでレギオンに行った。それから一日おいて、南風が吹いてきたのに乗じ、ふつか目にポテオリに着いた。
塚本訳そこから(島の東海岸を)まわってレギオンに行った。(イタリヤである。)一日の後に南風が吹き出したので(北に進んで、)二日目に(港町)ポテオリに着いた。
前田訳そこからまわってレギオンに行った。一日たつと南風が吹きはじめたので、二日目にポテオリに着いた。
新共同ここから海岸沿いに進み、レギオンに着いた。一日たつと、南風が吹いて来たので、二日でプテオリに入港した。
NIVFrom there we set sail and arrived at Rhegium. The next day the south wind came up, and on the following day we reached Puteoli.
辞解
[レギオン] 今のレツギオReggio
[ポテオリ] 今のプツツオリPuzzuoli でロマ市の海港でありナポリ湾にあり(ロマより約二百二十キロあり)、帆檣(はんしょう)林立していた。

28章14節 此處(ここ)にて兄弟(きゃうだい)たちに()ひ、その(すすめ)によりて七日(なぬか)のあひだ(とどま)り、(しか)して(つい)にロマに()く。[引照]

口語訳そこで兄弟たちに会い、勧められるまま、彼らのところに七日間も滞在した。それからわたしたちは、ついにローマに到着した。
塚本訳そこで兄弟たちに出会い、招待されて彼らのところに七日泊まった。こうして、(ついに)ローマに、わたし達は着いた。
前田訳そこで兄弟たちに出会い、勧められて彼らのところに七日泊まった。こうしてわれらはローマに着いた。
新共同わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。こうして、わたしたちはローマに着いた。
NIVThere we found some brothers who invited us to spend a week with them. And so we came to Rome.
註解: ポテオリは上記の如き港で諸国の人々の混合居住せる都市であった。従って其中に基督者もいたのであった。如何にしてその中の基督者を見出したかは録されていない。パウロ一行及びその地の基督者の歓びは大きくあった。
辞解
[勧によりて] 「我ら慰められて」と読む説あれどこの場合適当ではない。七日の滞在が許されたのは百卒長の好意ある取扱によったものであろう。
[ロマ] 冠詞あり(16節にはなし)、「かの多年の宿望(しゅくぼう)たりしロマ」と云う心持を示す。

28章15節 かしこの兄弟(きゃうだい)たち(われ)らの(こと)をききて、アピオポロおよびトレスタベルネまで(きた)りて(われ)らを(むか)ふ。パウロこれを()(かみ)感謝(かんしゃ)し、その(こころ)(いさ)みたり。[引照]

口語訳ところが、兄弟たちは、わたしたちのことを聞いて、アピオ・ポロおよびトレス・タベルネまで出迎えてくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し勇み立った。
塚本訳(ローマの)兄弟たちはわたし達のことを聞き、そこから(はるばる)アピオ・ポロやトレス・タベルネ(の町々)まで迎えに来てくれた。パウロはその人たちに会って神に感謝し、勇気づけられた。
前田訳兄弟たちはわれらのことを聞いて、ローマからアピウスの広場やトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気を得た。
新共同ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。
NIVThe brothers there had heard that we were coming, and they traveled as far as the Forum of Appius and the Three Taverns to meet us. At the sight of these men Paul thanked God and was encouraged.
註解: ポテオリより陸路ロマに向う。其前にパウロの到着の報ロマに伝わり、その地の基督者はロマ書を受取ってパウロの来るのを期待していたので、その一組は遥々アピオポロ(ロマより約六十九キロ、二十里)まで、他の一組はこれより更に四里(十六キロ)ロマに近きトレスタベルネまで出迎えた。パウロはロマ行を熱望していたけれども、ロマの基督者が果して彼を受納れるや否やにつき不安を持っていたので、今この出迎を受けてパウロ一行の心は感謝と歓喜に溢れ勇気百倍した。
辞解
[アピオポロ] アピオの市場の意で有名なるアピア街道Via Appia に沿う市場。
[トレスタベルネ] 「三つの宿」の意で小邑である。基督者が二組になって迎に来たのは、ロマに在る多数の基督者の間に必ずしも組織的統一が行われて居なかった為であろう。

6-4 ロマに於けるパウロ 28:16 - 28:31
6-4-1 ロマの幽囚 28:16

28章16節 (われ)らロマに()りて(のち)、パウロは(おのれ)(まも)一人(ひとり)兵卒(へいそつ)とともに(べつ)()むことを(ゆる)さる。[引照]

口語訳わたしたちがローマに着いた後、パウロは、ひとりの番兵をつけられ、ひとりで住むことを許された。
塚本訳わたし達がローマに入った時、パウロは(家を借り)監視の一兵卒と共にひとり住まいを許されていた。
前田訳われらがローマに入ったとき、パウロは番兵つきでひとり住むことを許された。
新共同わたしたちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された。
NIVWhen we got to Rome, Paul was allowed to live by himself, with a soldier to guard him.
註解: 異本に「・・・入りては百卒長は囚人らを近衛隊長に付しパウロは・・・」とあり、当時の法規に叶える記録である。パウロは百卒長より特に信頼せられまたペリクスよりの書翰に無罪の意向が記されて有る事と多くの人命を救いしことにより特別の取扱を受けた。兵卒と自分とを鎖でつないで居るのが普通の方法であるが、果して何れの程度までこれを実行したかは疑問である。要するにパウロの幽閉は至って自由なるものであったと思われる。

6-4-2 パウロ、ユダヤ人と論争す 28:17 - 28:29

28章17節 三日(みっか)すぎてパウロ、ユダヤ(びと)重立(おもだ)ちたる(もの)()(あつ)む。[引照]

口語訳三日たってから、パウロは、重立ったユダヤ人たちを招いた。みんなの者が集まったとき、彼らに言った、「兄弟たちよ、わたしは、わが国民に対しても、あるいは先祖伝来の慣例に対しても、何一つそむく行為がなかったのに、エルサレムで囚人としてローマ人たちの手に引き渡された。
塚本訳三日の後にパウロは(その地の)ユダヤ人の名士たちを呼びあつめ、集まったとき彼らに言った、「わたしは、兄弟の方々よ、(イスラエルの)民あるいは先祖の習慣に逆らうことを何一つしなかったのに、エルサレムから囚人としてローマ人の手に引き渡されました。
前田訳三日の後、パウロは在住のおもだったユダヤ人を呼び、集まったときいった、「兄弟方、わたしは何も民あるいは先祖の慣わしに反したことはしませんでしたのに囚人となり、エルサレムからローマ人の手に渡されました。
新共同三日の後、パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた。彼らが集まって来たとき、こう言った。「兄弟たち、わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました。
NIVThree days later he called together the leaders of the Jews. When they had assembled, Paul said to them: "My brothers, although I have done nothing against our people or against the customs of our ancestors, I was arrested in Jerusalem and handed over to the Romans.
註解: ロマ到着怱々(そうそう)パウロの為さんとする処はロマに在るユダヤ人に対して自己の立場を明にする事であった。然らざればパウロのカイザルに上告せる理由が彼らに不明であるからである。パウロは囚人たりし関係上、彼らの許に往く事は不可能であったので彼らの来会を求めたのであった。
辞解
[重立ちたる者] 諸会堂の司、長老たち。

その(あつま)りたる(とき)これに()ふ『兄弟(きゃうだい)たちよ、(われ)はわが(たみ)わが先祖(せんぞ)たちの慣例(ならはし)(もと)ることを(ひと)つも()さざりしに、エルサレムより囚人(めしうど)となりて、ロマ(びと)()(わた)されたり。

註解: パウロはユダヤ人の律法及び先祖よりの伝統の尊重者であった。唯パウロの反対したのは、この律法を守る事によりて義とせられんとする事であった。

28章18節 かれら(われ)(さば)きて()(あた)ることなき(ゆゑ)に、(われ)(ゆる)さんと(おも)ひしに、[引照]

口語訳彼らはわたしを取り調べた結果、なんら死に当る罪状もないので、わたしを釈放しようと思ったのであるが、
塚本訳彼らはわたしを取り調べたが、死罪にあたるなんの罪もなかったので、赦そうと思ったのでした。
前田訳彼らはわたしを調べ、何も死罪に当たる理由がなかったので、釈放しようと思ったのでした。
新共同ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。
NIVThey examined me and wanted to release me, because I was not guilty of any crime deserving death.

28章19節 ユダヤ(びと)さからひたれば、餘義(よぎ)なくカイザルに上訴(じゃうそ)せり。[引照]

口語訳ユダヤ人たちがこれに反対したため、わたしはやむを得ず、カイザルに上訴するに至ったのである。しかしわたしは、わが同胞を訴えようなどとしているのではない。
塚本訳しかしユダヤ人が反対したため(赦されず、)わたしは余儀なく皇帝に上訴しました。だが何もわたしの国の人を訴えようなどというのではありません。
前田訳しかしユダヤ人が反対したので、わたしはやむをえず皇帝(カイサル)に上訴しました。それはわが国人を訴えようとしてではありません。
新共同しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。これは、決して同胞を告発するためではありません。
NIVBut when the Jews objected, I was compelled to appeal to Caesar--not that I had any charge to bring against my own people.
註解: 千卒長ルシヤ、ペリクス等パウロの無罪を認めたけれども(使23:29使25:18、19、使25:25使26:32)一度もパウロを(ゆる)さんとせし記事がなく、またカイザルに上訴せるに至ったのはユダヤ人の為でなくフエストの為であった(使25:11)。唯是等の外面的の事件の進展をその内面の原因より見れば上にパウロの述ぶる処の通りであったと言う事が出来る。

()れど()國人(くにびと)(うった)へんとせしにあらず。

註解: 唯自己の生命を救わんが為にカイザルに上訴したに過ぎなかった。▲勿論単に生命を救うためではなく、イエスの証をするための生命であるから、これを無理解なるユダヤ人に委せることはできなかったからである。

28章20節 この(ゆゑ)(われ)なんぢらに()ひ、かつ(とも)(かた)らんことを(ねが)へり、(われ)はイスラエルの(いだ)希望(のぞみ)(ため)にこの(くさり)(つな)がれたり』[引照]

口語訳こういうわけで、あなたがたに会って語り合いたいと願っていた。事実、わたしは、イスラエルのいだいている希望のゆえに、この鎖につながれているのである」。
塚本訳こんな訳で、わたしはあなた達に会って話したいと願ったのです。わたしは(神のお約束による)イスラエル人の希望のために、この鎖につながれているのですから。」
前田訳こういう訳で、わたしはあなた方にお会いしてお話するよう願ったのです。わたしはイスラエルの希望のゆえにこの鎖につながれているのです」と。
新共同だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。イスラエルが希望していることのために、わたしはこのように鎖でつながれているのです。」
NIVFor this reason I have asked to see you and talk with you. It is because of the hope of Israel that I am bound with this chain."
註解: パウロはその祖国民ユダヤ人に対する自己の態度を明かにする事が目的であった。但し自己の囚徒たる事の理由は無いにしてもユダヤ人に誤解される原因は無いではない。それは「イスラエルの望」に関する解釈であって、この差異より誤解を生じ、その為に鎖に繋がれるに至ったのであると云うのがパウロの解釈であった。

28章21節 かれら()ふ『われら(なんぢ)につきてユダヤより(ふみ)()けず、また兄弟(きゃうだい)たちの(うち)より(きた)りて(なんぢ)()からぬ(こと)()げたる(もの)も、(かた)りたる(もの)もなし。[引照]

口語訳そこで彼らは、パウロに言った、「わたしたちは、ユダヤ人たちから、あなたについて、なんの文書も受け取っていないし、また、兄弟たちの中からここにきて、あなたについて不利な報告をしたり、悪口を言ったりした者もなかった。
塚本訳すると彼らが言った、「わたし達はユダヤからあなたのことについて書面も受け取っておらず、まただれか兄弟が(ここに)来て、何かあなたについての悪口を報告したことも話したこともない。
前田訳彼らはいった、「われらはあなたについてユダヤから手紙も受けとっておらず、兄弟のだれかが来て、あなたについて何か悪いことを報告したり、うわさしたこともありません。
新共同すると、ユダヤ人たちが言った。「私どもは、あなたのことについてユダヤから何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟のだれ一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありませんでした。
NIVThey replied, "We have not received any letters from Judea concerning you, and none of the brothers who have come from there has reported or said anything bad about you.

28章22節 ただ(われ)らは(なんぢ)(おも)ふところを()かんと(ほっ)するなり。それは()宗旨(しゅうし)(いた)(ところ)にて()(なん)せらるるを()ればなり』[引照]

口語訳わたしたちは、あなたの考えていることを、直接あなたから聞くのが、正しいことだと思っている。実は、この宗派については、いたるところで反対のあることが、わたしたちの耳にもはいっている」。
塚本訳しかし(そのイスラエル人の希望に関する)あなたの考えを、直接あなたに聞くのがよいと思う。この異端については、到る所で反対されていることがわたし達に知れているのだから。」
前田訳しかしあなたがお考えのことを、直接あなたから聞くのがよいと思います。この宗派については、至るところ反対されていることをわれらは知っていますから」と。
新共同あなたの考えておられることを、直接お聞きしたい。この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです。」
NIVBut we want to hear what your views are, for we know that people everywhere are talking against this sect."
註解: ロマに在るユダヤ人、殊にその重立ちたる者がパウロに就きて何も知らなかったとは思われない。殊に基督者に関する悪評が到る処に行われる以上(22節)その首魁(しゅかい)たちにつき聞かないはずはない。唯この場合ユダヤ人の重なる人々は、その公人としての地位より公けの報告を受けない事を理由として、全然知らない態度を取り、かくしてパウロをして充分にその主張を説明せしめんとしたものと思われる。もしパウロにつき全然知らないならば、一囚人の言を()までに重視する理由はないからである。但しエルサレムより何故パウロの上告につきて公報が来なかったかは疑問とすべき点であって、或はパウロのローマ出発の時期が晩秋であったので、パウロの到着以前に使者または書面をロマに送り得なかった為であろう。或学者は、クラウデオ帝の時ユダヤ人が追放されたので、ロマの基督者は異邦人のみとなり、其後ユダヤ人が帰還を許されてからもその間の交渉が無くなり、遂にパウロの事を聞く機会が無かったと解し、またはロマの如き大都市のユダヤ人の中の極めて少数の基督者は、会堂司等の注意に上らなかったろうと説明するけれども、是らは事実に適合しているものと思われない。
辞解
[聞かんと欲するなり] 「聞く事が至当と思う」の意。
[宗旨] hairesis はまた「派」または「異端」とも訳される文字(使24:5)。

28章23節 (ここ)()(さだ)めて(おほ)くの(ひと)、パウロの宿(やど)(きた)りたれば、パウロ(あした)より(ゆふべ)まで(かみ)(くに)のことを説明(ときあか)して(あかし)をなし、かつモーセの律法(おきて)預言者(よげんしゃ)(ふみ)とを()きてイエスのことを(すす)めたり。[引照]

口語訳そこで、日を定めて、大ぜいの人が、パウロの宿につめかけてきたので、朝から晩まで、パウロは語り続け、神の国のことをあかしし、またモーセの律法や預言者の書を引いて、イエスについて彼らの説得につとめた。
塚本訳そこで彼らは日を決め、もっと大勢でパウロの宿に来た。彼は早朝から夕方まで、神の国のことを彼らに証しして説明し、モーセ律法と預言書[聖書]とから、イエスの(救世主である)ことについて彼らを説得しようとした。
前田訳彼らは日を決めて、さらに大勢でパウロの宿に来た。彼は神の国を証して彼らに説明し、モーセの律法と預言書とから、イエスのことについて彼らを説得しようとした。それは朝から夕方までつづいた。
新共同そこで、ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。
NIVThey arranged to meet Paul on a certain day, and came in even larger numbers to the place where he was staying. From morning till evening he explained and declared to them the kingdom of God and tried to convince them about Jesus from the Law of Moses and from the Prophets.
註解: この会合の為にパウロは特別の日を指定し、その日に彼らの前にその使徒としての職務を遂行しイエスに関する証しを為した。斯くして朝より夕に至ったのを見て如何にその論議の(さかん)であったかが想像せられる。而してその証の中心は神の国の問題であり、神の国の王はメシヤであり、而してイエスはこのメシヤである事を証するのがパウロの任務であった。パウロはユダヤ人の信ずる聖書を証拠としてこのイエスを証し、彼を信ずる事を勧めた。
辞解
[宿] 30節に詳述される宿と見るべきであろう(H0)。

28章24節 パウロのいふ(ことば)(ある)(もの)(しん)じ、(ある)(もの)(しん)ぜず。[引照]

口語訳ある者はパウロの言うことを受けいれ、ある者は信じようともしなかった。
塚本訳すると、ある者は彼の言ったことで説得されたが、ある者は信じなかった。
前田訳するとあるものはいわれたことで説得され、あるものは信じなかった。
新共同ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。
NIVSome were convinced by what he said, but others would not believe.
註解: 福音の宣伝は必ず宣伝される者を二つに分割する、一は信じ一は信じない、使17:32-34。

28章25節 (たがひ)(あひ)()はずして退(しりぞ)かんとしたるに、パウロ一言(ひとこと)()べて()ふ『(うべ)なるかな、(せい)(れい)預言者(よげんしゃ)イザヤによりて(なんぢ)らの先祖(せんぞ)たちに(かた)(たま)へり。[引照]

口語訳互に意見が合わなくて、みんなの者が帰ろうとしていた時、パウロはひとこと述べて言った、「聖霊はよくも預言者イザヤによって、あなたがたの先祖に語ったものである。
塚本訳彼らは互いに一致しないので、立ち去ろうとしたとき、パウロは一言こう言った、「聖霊は預言者イザヤ(の口)をもってあなた達先祖に語っておられるが、うまいものである。
前田訳彼らは互いに不一致のまま帰ろうとしたので、パウロはひとこといった、「聖霊が預言者イザヤによってあなた方の先祖に語られたことは、そのとおりでした。
新共同彼らが互いに意見が一致しないまま、立ち去ろうとしたとき、パウロはひと言次のように言った。「聖霊は、預言者イザヤを通して、実に正しくあなたがたの先祖に、
NIVThey disagreed among themselves and began to leave after Paul had made this final statement: "The Holy Spirit spoke the truth to your forefathers when he said through Isaiah the prophet:
註解: パウロは最後に彼らの不信が聖書に預言せられている事を叫びて彼らの反省を促すと共に彼らの上に神の審判を宣言した。以下に引用される処(26、27節)はイザ6:9、10の七十人訳によったのである。イエスの屡々(しばしば)用い給いし処の句であって、まことに適切なる聖霊の言である。マタ13:14、15。マコ4:12ルカ8:10ヨハ12:39、40。ロマ11:8

(いは)く、

28章26節 「なんぢらこの(たみ)()きて()へ、なんぢら()きて()けども(さと)らず、()()れども(みと)めず、[引照]

口語訳『この民に行って言え、あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。
塚本訳──“この民に行って言え、『あなた達は聞いても聞いても決して悟るまい、見ても見ても決してわかるまい。
前田訳『この民に行っていえ、あなた方は聞きに聞いても悟るまい、見に見てもわかるまい。
新共同語られました。『この民のところへ行って言え。あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、/見るには見るが、決して認めない。
NIV"`Go to this people and say, "You will be ever hearing but never understanding; you will be ever seeing but never perceiving."

28章27節 この(たみ)(こころ)(にぶ)く、(みみ)()くに(ものう)く、()()ぢたればなり。これ()にて()(みみ)にて()き、(こころ)にて(さと)り、(ひるが)へりて(われ)(いや)さるることなからん(ため)なり」[引照]

口語訳この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』。
塚本訳この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、その目は閉じてしまっているからだ。そうでないと、彼らは目で見、耳で聞き、心で悟り心を入れかえて(わたし[神に]帰り、)わたしに直されるかも知れない』と。
前田訳この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じているから。それは彼らが目で見、耳で聞き、心で悟り、立ち返って、わたしがいやすことのないためである』と。
新共同この民の心は鈍り、/耳は遠くなり、/目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、/耳で聞くことなく、/心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない。』
NIVFor this people's heart has become calloused; they hardly hear with their ears, and they have closed their eyes. Otherwise they might see with their eyes, hear with their ears, understand with their hearts and turn, and I would heal them.'
註解: イスラエルの民は心頑固にして神に向ってその目、耳、心を閉ぢている。その結果目も耳も心も、真のものを見る事が出来ず、聞く事も悟る事も出来ない。彼らは福音を聞きてもこれを信ずる事が出来ず、イエスを見てもこれを受くる事が出来ない。この頑固さがイスラエルの先祖にもありし如くその子孫にも有る。

28章28節 ()れば(なんぢ)()れ、(かみ)のこの(すくひ)異邦人(いはうじん)(つかは)されたり、(かれ)らは(これ)()くべし』[引照]

口語訳そこで、あなたがたは知っておくがよい。神のこの救の言葉は、異邦人に送られたのだ。彼らは、これに聞きしたがうであろう」。
塚本訳だから、この“神の救いは”(あなた達を去って)“異教人に”おくられたことを、あなた達はよく知ってもらいたい。彼らならば聞くであろう。」
前田訳それゆえ、あなた方はこの神の救いが異邦人に送られたことを知ってください。彼らは耳を傾けるでしょう」と。
新共同だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」
NIV"Therefore I want you to know that God's salvation has been sent to the Gentiles, and they will listen!"
註解: この心持はパウロの屡々(しばしば)経験せし処であり、また宣言せる処であった(使13:46、47。使18:6使22:21使26:20)。それにも関らずパウロはその福音を先づユダヤ人に宣伝えずにいる事が出来なかった(使13:5使13:14使13:46)。其他の場合皆然り。而して最後に彼は異邦人の主都ロマに於てこの事を宣言したのであった。

28章29節 [なし][引照]

口語訳〔パウロがこれらのことを述べ終ると、ユダヤ人らは、互に論じ合いながら帰って行った。〕
塚本訳[無シ]
前田訳〔彼がこのことをいうと、ユダヤ人は互いに論じながら帰って行った。〕
新共同(†底本に節が欠落 異本訳)パウロがこのようなことを語ったところ、ユダヤ人たちは大いに論じ合いながら帰って行った。
NIV

6-4-3 ロマに於けるパウロの生活 28:30 - 28:31

28章30節 パウロは滿(まん)二年(にねん)のあひだ、(おの)()()けたる(いへ)(とどま)り、その(もと)にきたる(すべ)ての(もの)(むか)へて、[引照]

口語訳パウロは、自分の借りた家に満二年のあいだ住んで、たずねて来る人々をみな迎え入れ、
塚本訳パウロは丸二年自分の借りた家に滞在した。彼の所にたずねて来る者を皆迎えて、
前田訳丸二年パウロは自ら借りた家にとどまり、たずねて来るものを皆迎え、
新共同パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、
NIVFor two whole years Paul stayed there in his own rented house and welcomed all who came to see him.

28章31節 (さら)(おく)せず、また(さまた)げられずして(かみ)(くに)をのべ、(しゅ)イエス・キリストの(こと)(をし)へたり。[引照]

口語訳はばからず、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えつづけた。
塚本訳全く公然と何の妨げもなく、神の国(の福音)を説き、主イエス・キリストのことを教えた。
前田訳神の国をのべ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。それは全くはばからずなされ、何の妨げもなかった。
新共同全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。
NIVBoldly and without hindrance he preached the kingdom of God and taught about the Lord Jesus Christ.
註解: かくしてパウロがロマに到るまで福音を宣伝えんと欲した処の目的は達成した。従ってこれが使徒行伝の結末にして適当なる一節である。尚ベザ写本はこれに加えて「このイエスはキリスト、神の子にして彼によりて全世界の審かるべき事を宣べたり」とあり、この一句はよくイエス・キリストの本質を示す処のものである。其後数年にしてパウロはネロ帝の迫害の下に殉教の死を遂げたのであるが、ルカがこの事を記さなかったのは、或は(1)これを記す事が当時の官憲の忌諱(きい)に触れる恐があった為か或は(2)ルカが第三の書を目論見ていたのであろうとされている。何れにしても本節は本書の結尾として記されたものである事に疑いはない。
要義1 [ロマの教会とパウロ]パウロは斯くして二年間ロマに於て幽囚に在りて福音を宣伝えた。この間如何なる関係をロマの信徒に対して有っていたかは本書に全然記されて居ない。唯パウロがこの幽囚の中より(したた)めし書簡(エペソ書、ピリピ書、コロサイ書、ピレモン書)によりて、就中(なかんずく)ピリピ書によってこれを推測し得るに過ぎない。是等によって観察する場合、パウロはロマの教会に於て首脳の地位に在りし形跡なく(勿論パウロは自らこれを表顕する事を欲しなかったであろうけれども)、またロマに於て組織的教会を設立せんとの意図も無く、唯その借家に集い来る信徒に道を伝える事が彼の働きの凡てであった如くに見えるのである。学者はその理由を説明して(ラツカム)、(1)パウロが幽囚中に在りて自由なる活動が出来なかった事、(2)他の使徒殊にペテロの伝道地であってこれに闖入(ちんにゅう)するを欲しなかった事、(3)ロマ教会の独立主義的傾向等を掲げている。けれども、真の原因はそれではなく、むしろ最も有力なる原因は、人為的制度化せる教会を組織してこれを支配すると云う如き事を全く眼中に置かなかった為であろう。こうした事はパウロの信仰そのものから見て当然の結論である。
要義2 [ロマに於けるパウロの周囲の人々]前掲獄中書簡によリパウロのロマの生活の幾分を(うかが)ふ事が出来る。それによれば、テモテは彼と共に居り(ピリ1:1コロ1:1)またアリスタルコ(コロ4:10ピレ1:24)は使19:29以来尚パウロと偕に居り、バルナバの従弟マルコ(コロ4:10)は勘当を赦されて再びパウロの許に在り(使15:38-40参照)、その他ユスト、エパフラス、ルカ、デマス(コロ4:12コロ4:14ピレ1:24)等も皆パウロの周囲に集り、テキコは是等の三書簡を携えてアジヤに使した。またコロサイの基督者たるピレモンの奴隷オネシモが逃げてロマに来たのもこの時であり、パウロはこれをピレモンに送り返した。かくしてパウロは幽囚の中に時にピリピの信徒よりの愛の贈物に接し(ピリ4:10-19)、また時に諸教会の憂慮あり、また時に反対者よりの妨害あり(ピリ1:15-17)、この間に我らに獄中書簡を残す事が出来たのであった。かくの如くに多士済々(たしせいせい)たりしにも関らず、人為的に教会を形成しなかった処にパウロの信仰の性質が(ひらめ)いているのを見る。
要義3 [その後のパウロ]紀元六十六年頃(この年代諸説あり)ネロの迫害の為に殉教の死を遂げたとすれば、六十年頃より六十二年に至るロマの幽囚との間に尚三四年の間隔がある事となる。而してテモテ前後書、及びテトス書即ちいわゆる牧会書簡はこの間に入るものと考えざれば他に適当なる時期を見出す事が出来ない。其他伝説の示す処を参考すれば、其後パウロは一旦釈放されて、伝道の為イスパニヤに赴き、其後ギリシヤを訪い、クレタ及びエペソに至り、トロアスを経てマケドニヤに渡りエピルスのニコポリス(テト3:12)にて一冬を過さんとした形跡がある(Tテモ1:3Uテモ4:13テト1:5テト3:12)。紀元六四年七月ロマの大火の後、ネロ帝の下に基督者の大迫害起り、パウロは再びロマに捕えられ、六六年頃ペテロと前後して殉教の死を遂げたものと考えられる。
要義4 [パウロの幽囚の福音的意義]パウロのロマ捕囚の二年間は獄中書簡(エペソ書、ピリピ書、コロサイ書、ピレモン書)に残された事によって間接に想像し得るに過ぎない。是等の書簡によりて推察し得る処によれば(1)パウロはこの間に於て教会の霊的一致と、キリストを首とせる体、キリストを花婿とせる花嫁としての教会の本質を明かにするに非常なる貢献を為した。蓋しパウロはその伝道せるシリヤ小アジヤ、マケドニヤ、ギリシヤ地方の信徒との間に肉身的の連絡を断たれた結果、彼らとの間の霊的一致、見えざる教会の実在を益々明かに意識したのであった。(2)キリストとの霊交が益々高められ、ロマ書等に録されし信仰によりて義とされる事より更に一歩進んでヨハネ文書に録される如きキリストとの深き霊的の交りに入りたる事は、獄中書簡、殊にエペソ書、コロサイ書等に顕著である。(3)ピりピ書に示される著しき事実はパウロがその苦難の中にあって歓喜に溢れている事であった。この信仰の勝利の姿が最も鮮かに顕われているのはロマ幽囚の中に於てである。是等の諸事実が福音の内容として極めて重大なる点であって、それだけパウロのロマ幽囚は福音の為に必要であり且つ有益であった、神の御旨であると考えなければならない。
要義5 [ロマに於ける伝道の成績]統計的に知り得べき何ものもないけれども、パウロの縲絏(なわめ)が却って信者の伝道心を刺激せる事(ピリ1:14)、最も福音に縁遠き近衛の兵士までがパウロの立場を理解せる事(ピリ1:13)、カイザルの宮廷の中にも信者が生ずるに至った事(ピリ4:22)、パウロに対する嫉妬より反対の立場に立ちて福音を伝える者の生じた事(ピリ1:15-18)等より見るも、パウロの伝道が大なる波紋を全世界の上に投げかけていた事が判明る。パウロの場合に於ては、全世界を馳駆(ちく)して伝道する事も、一室に閉込められて伝道する事も同一の事であった。