黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版ヤコブ書

ヤコブ書第5章

分類
4 患難苦悩とその慰め 5:1 - 5:20
4-1 禍害なるかな富める者 5:1 - 5:6

5章1節 ()け、()める(もの)よ、なんぢらの(うへ)(きた)らんとする艱難(なやみ)のために()きさけべ。[引照]

口語訳富んでいる人たちよ。よく聞きなさい。あなたがたは、自分の身に降りかかろうとしているわざわいを思って、泣き叫ぶがよい。
塚本訳さあ、金持ち、君達に臨もうとする不幸を嘆きながら泣き叫べ。
前田訳ところで、金持ちの人々は、やがて降りかかるわざわいについて声を上げて泣きなさい。
新共同富んでいる人たち、よく聞きなさい。自分にふりかかってくる不幸を思って、泣きわめきなさい。
NIVNow listen, you rich people, weep and wail because of the misery that is coming upon you.
註解: 1−6節におけるヤコブは富者の罪とその上に来たらんとする審判の恐るべきことを告げて、一面富めるキリスト者(当時のキリスト者中にもかかるものがあった)を警戒すると共に、他面貧しき信徒をして富者を羨むことなからしめ、富者を神の審判に任せて自ら貧に安んずることを得しめんとしているのである。
辞解
[来たらんとする] キリスト再臨の時は勿論この世においてもその審判の一部が実現するであろう。
[泣きさけべ] 「泣く」は悔改めのためではなく、神の審判に対する恐怖より来る。「さけべ」 ololuzô は強き泣き声で、旧約聖書に多く神の審判を恐れて叫ぶことに用いる。イザ13:6イザ14:31イザ15:3等。「悔改めも泣くことはあるけれども慰めが加えられるが故に叫ぶに至らない」(C1)。

5章2節 (なんぢ)らの(たから)()ち、(なんぢ)らの(ころも)(むしば)み、[引照]

口語訳あなたがたの富は朽ち果て、着物はむしばまれ、
塚本訳君達の富は腐れた。君達の着物は紙魚に食われた。
前田訳あなた方の富はくさり、着物はむしばまれ、
新共同あなたがたの富は朽ち果て、衣服には虫が付き、
NIVYour wealth has rotted, and moths have eaten your clothes.

5章3節 (なんぢ)らの(きん)(ぎん)()びたり。[引照]

口語訳金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。あなたがたは、終りの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
塚本訳君達の金と銀とは錆びた。その錆が君達の(罪の)証拠になり、“火”のように君達の肉を食うであろう。君達は最後の日において(なおも)“宝を積んだ”。
前田訳金や銀はさびています。その毒はあなた方を苦しめ、あなた方の肉を食うこと火のごとくでしょう。この終わりの時にあなた方は宝をためたのです。
新共同金銀もさびてしまいます。このさびこそが、あなたがたの罪の証拠となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くすでしょう。あなたがたは、この終わりの時のために宝を蓄えたのでした。
NIVYour gold and silver are corroded. Their corrosion will testify against you and eat your flesh like fire. You have hoarded wealth in the last days.
註解: 単に地上の富はみな腐朽壊廃に帰することを意味しているのではなく、富者の富はその飽くなき貪慾のために貯えられ、これを虚しく死蔵して人のために用いざるが故に、その富にはすでにこれらの汚れが附着し神の呪咀(のろい)により朽ち、(むしば)み、錆びるに至っていることを示す。神が人類一般のために創造(つく)り給いし財宝を彼らはかくして破壊することは人類の敵というべきである(C1)。
辞解
[錆び] 金銀は錆びが付かないというので種々に解せられている。しかしこれを別段具体的に取る必要はなく、これらの不浄財には多くの汚穢が附着しており、これらのものがその本来の用途に使用されていないことを意味すると見るべきである。次節参照。

この(さび)なんぢらに(むか)ひて(あかし)をなし、かつ()のごとく(なんぢ)らの(にく)()はん。

註解: 財宝を死蔵しまたは悪用することによりてその財宝に附着せる汚物(富者の心が汚れているのであるが、この汚れが財宝そのものの上にあるかのごとくに取り扱われている)がその所有者なる富者の罪の証拠となり、彼を平安幸福ならしむべきはずの富がかえって彼を苦しめ火をもって焼くがごとくに彼の肉を()うであろう。すなわちかかる富は富そのものがその人を地獄の火の中に投げ込むのである。この事実は人の生時において幾分の度においてすでに実現し後にキリスト再臨の時完全に実現するに至るであろう。

(なんぢ)()この(すゑ)[()](())に()りてなほ(たから)(たくは)へたり。

註解: 今は末の日でキリストの再臨が近付いている。然るになお蓄財に汲々たることは不信仰であるのみならず愚かなことである。彼らは重き審判を免れず、またその財によりて亡ぼされるであろう。

5章4節 ()よ、(なんぢ)()がその(はた)()()れたる勞動人(はたらきびと)(はら)はざりし(あたひ)(さけ)び、その()りし(もの)呼聲(よびごゑ)萬軍(ばんぐん)(しゅ)(みみ)()れり。[引照]

口語訳見よ、あなたがたが労働者たちに畑の刈入れをさせながら、支払わずにいる賃銀が、叫んでいる。そして、刈入れをした人たちの叫び声が、すでに万軍の主の耳に達している。
塚本訳見よ、畑を刈った労働者に君達が払わなかった“賃金は叫び”、刈り入れをした者たちの叫び声は“万軍の主の耳に”入った。
前田訳ごらんなさい、あなた方の畑を刈り取った人々に払わなかった賃金が叫んでいます。そして刈り手たちの叫びは万軍の主のお耳に入っています。
新共同御覧なさい。畑を刈り入れた労働者にあなたがたが支払わなかった賃金が、叫び声をあげています。刈り入れをした人々の叫びは、万軍の主の耳に達しました。
NIVLook! The wages you failed to pay the workmen who mowed your fields are crying out against you. The cries of the harvesters have reached the ears of the Lord Almighty.
註解: 4−6節に富者の罪を数え上げている。その第一は彼らを富ましめし原因を為す労働者(その中当時に在りて最も一般的であり、かつ搾取され易き農業労働者を一例として掲げている)に対する搾取である。この事実は必ずしも悪しき富者にかぎらず、普通の富者は不知不識の中にこれを行っている。そしてたといその労働者は従順で沈黙していても、その搾取されし価値そのものが叫びを上げ、この声が神の耳に達する。そして神は万軍の主に在し、無限の力を持ち給うが故に、やがて審判の日に至りて富者を罰し、搾取されし者に報い給うであろう。ゆえに搾取される者も神に依り頼みて富者に打ち勝つことができる。▲この一節を見るも富者の搾取は必ずしも資本主義経済の世界に限った現象ではないことがわかる。唯資本主義時代には一方に搾取の事実が強化し他方に労働者の人間としての自覚が増大したことが特徴をなす。

5章5節 (なんぢ)らは()にて(おご)(たの)しみ、(ほふ)らるる()()りて(なほ)おのが(こころ)()かせり。[引照]

口語訳あなたがたは、地上でおごり暮し、快楽にふけり、「ほふらるる日」のために、おのが心を肥やしている。
塚本訳君達は地上で贅沢をし享楽をして、“「屠りの日」に”心を肥やし(太らせ)た。
前田訳あなた方は地上でぜいたくし、快楽にふけり、殺される日に心を肥やしています。
新共同あなたがたは、地上でぜいたくに暮らして、快楽にふけり、屠られる日に備え、自分の心を太らせ、
NIVYou have lived on earth in luxury and self-indulgence. You have fattened yourselves in the day of slaughter.
註解: 富者の罪の第二はその奢侈(おごり)である。彼らはやがて破滅に帰すべきこの地上において、奢侈(しゃし)淫楽に耽ってその肉を喜ばしているのみならず、あたかもまさに犠牲に献げられんとする動物が屠られる日にもなおその慾望を追及して止まざると同じく、彼はこの末の日(3節)においてもなお自己の心の幸福を追及し、これによりて心を飽かしめている。富者は多くの富を神より託せられし者であって、その財を私すべきではない。ゆえに奢侈(しゃし)悦楽はそれ自身一つの罪である。かく考うる時、富者はみなこの罪に陥っているのである(ルカ16:19−31)。
辞解
[地にて] 天にてこの喜悦を得ることができない。
[屠られる日] 「審判の日」(M0)「宴会にて生物の屠られる日」(B1)等と解する学者があるけれども、旧約の祭事における犠牲屠殺の日を例とせるものと見るを可とする(イザ34:6エレ12:3使8:32ロマ8:36)。▲▲罪人は神によって屠られる時が来る。

5章6節 (なんぢ)らは(ただ)しき(もの)(つみ)(さだ)め、(かつ)これを(ころ)せり、(かれ)(なんぢ)らに抵抗(ていかう)することなし。[引照]

口語訳そして、義人を罪に定め、これを殺した。しかも彼は、あなたがたに抵抗しない。
塚本訳義人を罪に処して殺した──(しかも)彼らは君達に(少しも)抵抗しない。
前田訳あなた方は義人を責めて殺しました。彼はあなた方に抵抗しません。
新共同正しい人を罪に定めて、殺した。その人は、あなたがたに抵抗していません。
NIVYou have condemned and murdered innocent men, who were not opposing you.
註解: 富者の罪の第三は弱者、義者に対する迫害である。富者は義者を訴えてこれを罪に定め、または殺し、または裁判官や他の人々を動かしてかくせしめる。たしかに何れの世にありても(現代においては殊に甚だしく)富の力はこの世の凡ての権力を支配しており、そして富者がその不正の生活を行う場合において最も彼らの(はばか)る処のものは義者なるが故である。そして義者はこの世においては常に弱者であり、彼らに抵抗する力がない。かかる者を迫害殺戮するの罪は非常に重いのであって、やがて富者自身がこの運命に(さら)されるに至るであろう(アモ2:6、7、アモ2:12。ソロモンの智慧の書2:6−20)。この節は次節に移る思想上の連鎖をなしている。
辞解
[正しき者] キリスト(使3:14)ヤコブらをも指すとする説(B1)あれどヤコブの思想の中には唯正しき弱者があるのみであったろう(C1)。
要義 [富者の罪]富者は富者相応の生活を為すことをあたかも当然の権利なるごとくに思う考えの誤謬はこの5:1−6節よりこれを知ることができる。富者は神より大なる財宝を託せられしものであれば(これが富者の力である)この財宝すなわち力を決して自己のために用いず、神のために用いなければならない。而して財宝の死蔵、自己のための貯蓄、他人の搾取、奢侈(おごり)、快楽、義者の迫害等何れもみな財宝および力を自己のために悪用せる結果であって、大なる誤りであり神の審判を免れることができない。ルカ16:19以下の富者とラザロの比喩のごときもこの意味において真理であって富者は特にその生活を慎むにあらざれば、ルカ16:19の富める者の運命を免れることができないであろう(ルカ16:31要義参照)。▲富者の罪は彼に与えられた力を利用する点にある。共産主義は富者を消滅させることができても、力ある者がその力を利用し濫用することを()めさせることはできない。人間はみな罪人だからである。

4-2 主の再臨まで耐え忍べ 5:7 - 5:11

註解: 前節より一転して7節以下、迫害される弱き兄弟に対して慰めと薦めを与えている。

5章7節 兄弟(きゃうだい)よ、(しゅ)(きた)(たま)ふまで()(しの)べ。()よ、農夫(のうふ)()(たふと)()を、(まへ)(あと)との(あめ)()るまで()(しの)びて()つなり。[引照]

口語訳だから、兄弟たちよ。主の来臨の時まで耐え忍びなさい。見よ、農夫は、地の尊い実りを、前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで待っている。
塚本訳だから兄弟達よ、主の来臨(の時)まで忍耐せよ。見よ、農夫は地の尊い果実が“前の雨と後の雨を”受けるまで、忍耐して待っている(ではないか)。
前田訳それゆえ、兄弟よ、主の来臨まで忍耐なさい。ごらんなさい、農夫が地の尊い実りを待つのは、前の雨と後の雨とが降るまで忍耐しつつです。
新共同兄弟たち、主が来られるときまで忍耐しなさい。農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを待つのです。
NIVBe patient, then, brothers, until the Lord's coming. See how the farmer waits for the land to yield its valuable crop and how patient he is for the autumn and spring rains.

5章8節 (なんぢ)らも()(しの)べ、なんぢらの(こころ)(かた)うせよ。(しゅ)(きた)(たま)ふこと(ちか)づきたればなり。[引照]

口語訳あなたがたも、主の来臨が近づいているから、耐え忍びなさい。心を強くしていなさい。
塚本訳君達も忍耐せよ、心を強くせよ、主の来臨は近づいたから。
前田訳あなた方も忍耐なさい、心を強くなさい、主の来臨は間近ですから。
新共同あなたがたも忍耐しなさい。心を固く保ちなさい。主が来られる時が迫っているからです。
NIVYou too, be patient and stand firm, because the Lord's coming is near.
註解: 富者の圧迫もその他の困難苦痛も、主の再臨の時には凡て除かれて完全なる世界が実現し万物復興して歓喜と自由の世界が生れるであろう。農夫もその貴き実を得るまでは春の雨と秋の雨とを得るまで長い期間辛苦に耐え忍びてこれを待つ、これ実を得る確実なる希望を懐いているからである。我らも確実なる希望を堅く握ることにより我らの弱き心を強からしめ、我らの「心を堅くする」ことが必要である。そして主の再臨は近く、我らの握っている希望の実現は間近であり、従って耐忍も今一息であるが故にこの耐忍(が:原書文字判別不能のため括弧書き)可能である。
辞解
[前と後] パレスチナ地方を潤す春・秋との雨、収穫に大関係あり。
[「耐忍」「忍耐」] 「耐忍」 makrothumia と「忍耐」 hupomonê(ヤコ1:3)との差は前者は人より害を受けし場合に、その人に対して忍辱(にんにく)、寛容の心をもって永くこれに堪えることを意味し(邦訳においてしばしば「寛容」と訳される)、後者は迫害、困難、十字架の苦痛等に対し男らくこれに耐えることを言う。この両者は往々相共に用いられる(コロ1:11Uコリ6:5、6。Uテモ3:10ヤコ5:10、11。T0)。

5章9節 兄弟(きゃうだい)よ、(たがひ)怨言(うらみごと)をいふな、(おそ)らくは(さば)かれん。()よ、審判(さばき)(ぬし)(もん)(まへ)()ちたまふ。[引照]

口語訳兄弟たちよ。互に不平を言い合ってはならない。さばきを受けるかも知れないから。見よ、さばき主が、すでに戸口に立っておられる。
塚本訳兄弟達よ、審かれないために、互いに呟くな。見よ、審判者は戸の前に立って居られる。
前田訳兄弟よ、互いに不平をいわないでください。裁かれないためです。ごらんなさい、裁き主が戸口にお立ちです。
新共同兄弟たち、裁きを受けないようにするためには、互いに不平を言わぬことです。裁く方が戸口に立っておられます。
NIVDon't grumble against each other, brothers, or you will be judged. The Judge is standing at the door!
註解: たとい他人の自己に対する態度に不満足なるものがあっても互に嘆声を発し、怨言を言い、不平を(こぼ)してはならない。これらは自分のためにも他人のためにも有害であり(B1)かつ人を(さば)く態度であって、かかる態度は結局神より同様に(さば)かれるであろう(マタ7:1)。ゆえに我らは他人の態度を(さば)かず怨言を発せずに忍耐すべきである。やがて審判主なる主イエス来りて彼らを(さば)き給うであろう。否、彼はすでに近く門前に立ちてまさに室内に入らんとして身構えし給う。これを思うて我らは嘆声を発する必要がない。
辞解
[恐らくは(さば)かれん] マタ7:1のごとく「(さば)かれざらんためなり」と訳す方が優っている。
[門の前に] マタ24:33

5章10節 兄弟(きゃうだい)よ、(しゅ)()によりて(かた)りし預言者(よげんしゃ)たちを苦難(くるしみ)耐忍(しのび)との模範(もはん)とせよ。[引照]

口語訳兄弟たちよ。苦しみを耐え忍ぶことについては、主の御名によって語った預言者たちを模範にするがよい。
塚本訳兄弟達よ、主の名において語った預言者達を、辛抱と忍耐の手本にせよ。
前田訳兄弟よ、苦難と忍耐については預言者を模範となさい。彼らは主のみ名によって語ったのです。
新共同兄弟たち、主の名によって語った預言者たちを、辛抱と忍耐の模範としなさい。
NIVBrothers, as an example of patience in the face of suffering, take the prophets who spoke in the name of the Lord.
註解: ここに旧約の聖徒を例示して忍耐の必要を強調している。すなわちキリスト者の受くる苦難はすべてみな旧約時代の預言者たちにその模範を見出すことができる。これを思う時その苦難に多くの慰安が伴うであろう。そして我らは「主の名によりて語り」て臆することなかりし信仰の勇者なる彼ら預言者が如何にその苦難に対したか、また如何に彼らを迫害する者に対して寛容の態度をもって忍んだかを見てこれを我らの模範とし、我らもまたその態度を取りて怨言を言うことなく寛容を示さなければならぬ。
辞解
[耐忍] makrothumia 7、8節参照。

5章11節 ()よ、(われ)らは(しの)(もの)幸福(さいはひ)なりと(おも)ふ。なんぢらヨブの忍耐(にんたい)()けり、(しゅ)の[(かれ)()(たま)ひし](はて)()たり、(すなは)(しゅ)慈悲(じひ)ふかく、かつ憐憫(あはれみ)あるものなり。[引照]

口語訳忍び抜いた人たちはさいわいであると、わたしたちは思う。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いている。また、主が彼になさったことの結末を見て、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかが、わかるはずである。
塚本訳見よ、”私達は待ち堪えた者の幸福を讃える”。君達はヨブの(大なる)忍耐(の物語)を聞いた、また主の(来らせ給うたそのめでたい終局を見た、“主は憐れみに富み、また慈悲深くあり給う”ではないか。
前田訳耐え抜いた人々をわれらはさいわいと思います。あなた方はヨブの我慢をお聞きです。また、主が結局どうなさったか、すなわちあわれみ深く恵み多い方であることをご存じです。
新共同忍耐した人たちは幸せだと、わたしたちは思います。あなたがたは、ヨブの忍耐について聞き、主が最後にどのようにしてくださったかを知っています。主は慈しみ深く、憐れみに満ちた方だからです。
NIVAs you know, we consider blessed those who have persevered. You have heard of Job's perseverance and have seen what the Lord finally brought about. The Lord is full of compassion and mercy.
註解: 忍ぶことを得ずして呟く者は審判(さば)かれ(9節)忍ぶ者は主ついにこれに報い給う。ゆえに忍ぶ者は幸福である。ヨブの例を見ればこのことは明らかであって、彼はよく忍びしが故に主は終りに豊かに彼に報い給うた(ヨブ42:12−17)。すなわち主の慈悲と憐憫(あわれみ)に富み給うことをこの事実において知ることができる。ゆえに我らも彼に寄り頼みて忍ぶことができる。
辞解
[忍ぶ、忍耐] hupomenô、hupomonê 7、8節辞解参照。
[主の彼に成し給ひし(はて)] 原語「主の終り」「主の結末」その意味は最後に主がヨブに対し為し給える御業のこと。
[慈悲ふかく] polusplanchnos と「憐憫(あわれみ)ある」 oiktirmôn との間に大差なし。前者は他の苦痛に対する同情心の豊かなること、後者は苦難の有無にかかわらず情け深き優しき心を持つこと(ピリ2:1の改訳には前者を憐憫(あわれみ)、後者を慈悲と訳しあり)。

4-3 誓うなかれ 5:12

5章12節 わが兄弟(きゃうだい)よ、何事(なにごと)よりも()(ちか)ふな、(あるひ)(てん)、あるひは()、あるひは()(ほか)のものを()して(ちか)ふな。(ただ)なんぢら(しか)りは(しか)(いな)(いな)とせよ、(つみ)(さだ)めらるる(こと)なからん(ため)なり。[引照]

口語訳さて、わたしの兄弟たちよ。何はともあれ、誓いをしてはならない。天をさしても、地をさしても、あるいは、そのほかのどんな誓いによっても、いっさい誓ってはならない。むしろ、「しかり」を「しかり」とし、「否」を「否」としなさい。そうしないと、あなたがたは、さばきを受けることになる。
塚本訳しかしわが兄弟達よ、何はさて措き、誓うな、天をさしても、地をさしても、(また)他の如何なる誓いをもするな。君達の然りは然り、否は否であれ。これは審判に陥らないためである。
前田訳わが兄弟よ、何よりもまず誓わないようになさい。天によっても地によっても、その他何の誓いによってもです。あなた方は、ただ然りを然りとし、否を否となさい。裁きにあわないためです。
新共同わたしの兄弟たち、何よりもまず、誓いを立ててはなりません。天や地を指して、あるいは、そのほかどんな誓い方によってであろうと。裁きを受けないようにするために、あなたがたは「然り」は「然り」とし、「否」は「否」としなさい。
NIVAbove all, my brothers, do not swear--not by heaven or by earth or by anything else. Let your "Yes" be yes, and your "No," no, or you will be condemned.
註解: マタ5:33−37註および要義参照。天地間の何物かを指して誓うことにより、誓いの責任を免れんとする不誠実を戒め、徹頭徹尾誠実に生き、然りを然りとし、否を否とするの生活を送るべきことを示す。かかる心の態度に生くる者はことさらに神を指して誓う必要もない。凡ての言はみな神に向けられているからである。そして軽々しく虚偽の心をもって誓う者は審判を免れることができない。
辞解
[何事よりも先ず] このことの重要さを示す。
[然りは然り否は否] マタ5:37の「然り然り否々」もかく読むべしとする説がある。意味は大差なし。
[罪に定められることなからんためなり] 直訳「審判に陥ることなからんためなり」。異本「偽善に陥ることなからんためなり」。

4-4 病者のための祈り 5:13 - 5:18

5章13節 (なんぢ)()のうち(くる)しむ(もの)あるか、その(ひと)(いのり)せよ。(よろこ)(もの)あるか、その(ひと)讃美(さんび)せよ。[引照]

口語訳あなたがたの中に、苦しんでいる者があるか。その人は、祈るがよい。喜んでいる者があるか。その人は、さんびするがよい。
塚本訳君達の中に苦しんでいる者があるのか、その人は祈ったがよかろう。喜んでいる者があるのか、その人は(神に)讃美の歌をうたったがよかろう。
前田訳あなた方のうちに苦しむ人がありますか。その人は祈りなさい。よろこぶ人がありますか。その人は讃美なさい。
新共同あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。
NIVIs any one of you in trouble? He should pray. Is anyone happy? Let him sing songs of praise.
註解: 神は如何なる場合においても人々を彼に来るべく招き給う。苦悶の場合は祈りによりて神より力を得、喜悦の際には讃美によりて溢れる喜びを神に告げる。然るに人は苦悶によりては失望落胆に陥りて神を離れ易く、喜悦の中においては有頂天となって神を忘れ易い。

5章14節 (なんぢ)()のうち()める(もの)あるか、その(ひと)教會(けうくわい)長老(ちゃうらう)たちを(まね)け。(かれ)らは(しゅ)()により()(ひと)(あぶら)をぬりて(()(ひと)(ため)に)(いの)るべし。[引照]

口語訳あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。
塚本訳君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
前田訳あなた方のうちに病む人がありますか。その人は集まりの長老たちを招き、主のみ名によって油を注いで祈ってもらいなさい。
新共同あなたがたの中で病気の人は、教会の長老を招いて、主の名によってオリーブ油を塗り、祈ってもらいなさい。
NIVIs any one of you sick? He should call the elders of the church to pray over him and anoint him with oil in the name of the Lord.
註解: 前節の苦痛の最も一般的なる場合として疾病を掲げ、これに対する祈りの必要を示す。全教会が祈るべき場合であるけれども、その代りとしてその中の主要の人々(C1)を招き、当時の習慣に従って(M0)油を塗り、しかもこれを信仰によりて為し、そしてその人の上に祈るべきである。長老 に特に疾病治癒の賜物があるという意味でもなく、また油にその効果があるのでもなく、全教会を代表する彼らが当時の常用の治癒法を用いつつ切に祈りを捧ぐべきことを意味する。
辞解
[祈るべし] 「彼の上に祈るべし」とあり、他人の上につき祈ることは特に力強き働きをなす(C1)。
[油をぬり] これを教会において守るべき礼典とせよとの意味ではない。当時ユダヤ人の間にも異邦人の間にもこの習慣が広く行われ治癒の力あるものとされていた(マコ6:13)。

5章15節 さらば信仰(しんかう)(いのり)()める(もの)(すく)はん、(しゅ)かれを(おこ)(たま)はん、もし(つみ)(をか)しし(こと)あらば(ゆる)されん。[引照]

口語訳信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。
塚本訳信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。
前田訳信仰による祈りは病む人を救い、主はその人をお立たせになります。その人が罪を犯していてもゆるされます。
新共同信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦してくださいます。
NIVAnd the prayer offered in faith will make the sick person well; the Lord will raise him up. If he has sinned, he will be forgiven.
註解: 信仰による祈りには力があり、病者を癒しこれを床より起上らしむることができる。もしまたその疾病が何らかの罪の結果である場合には、主はまずその罪を赦しその結果としてのその疾病をも取り去り給うであろう。疾病は凡て神の醫し給う処である。人間の手当て、看護および医師の治療は神これを潔め用いて人を癒し給う。また祈祷によりても癒されざる疾病は神の御旨が治療以外にもある場合である。
辞解
「もし」とあるは罪の結果にあらざる疾病もあり得るからである。

5章16節 この(ゆゑ)(たがひ)(つみ)()(あらは)し、かつ(いや)されんために(あひ)(たがひ)(いの)れ、(ただ)しき(ひと)(いのり)ははたらきて(おほい)なる(ちから)あり。[引照]

口語訳だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。
塚本訳だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある。
前田訳それで、互いに罪を告白し、いやされるよう互いのためにお祈りなさい。義人の祈りは力強く、働きがあります。
新共同だから、主にいやしていただくために、罪を告白し合い、互いのために祈りなさい。正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします。
NIVTherefore confess your sins to each other and pray for each other so that you may be healed. The prayer of a righteous man is powerful and effective.
註解: 教会の長老たちの祈りは勿論なすべきことであるが、しかしこれに限る理由はない。ヤコブは本節に進んで信徒相互の間の罪の告白と祈祷とをすすめている。たしかに他人のために祈る場合において(他人の疾病の場合も同様)その罪の告白をききその苦痛の事実を知ることによりて、ますます真剣に祈ることができるものである。そして信徒相互のかかる祈りおよび執成(とりな)しによりてその罪は赦されその病は癒される。正しき人、すなわち神の前に暗き良心を持っていない人の祈りは働きて大なる益を与えるものである。この一節より見れば信徒が司祭の前のみに罪の告白を為すの義務を定めしカトリック教徒は本節の言に直接に違反している。本節は信徒相互の問題を述べたのであって、信徒はみな祭司たることを原則とする福音に叶っている。
辞解
[癒されんため] 病を癒すことの外に罪の赦しの意味にも用いられる(ヘブ12:13Tペテ2:24)。
[正しき人] 神の前に義しき人、すなわちキリストの血によりてその罪を洗われし人。
[はたらきて] 「祈り」の形容詞として「(あつ)き祈り」と訳する説あり(元訳、ラケ訳)、改訳を可とする(M0、B1、C1、A1)。
[大なる力あり] 「大に益あり」と訳することができる。

5章17節 エリヤは(われ)らと(おな)(じゃう)をもてる(ひと)なるに、(あめ)()らざることを(せつ)(いの)りしかば、三年(さんねん)六个月(ろくかげつ)のあひだ()(あめ)()らざりき。[引照]

口語訳エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈をささげたところ、三年六か月のあいだ、地上に雨が降らなかった。
塚本訳エリヤは私達と同じ(ただの)人間であるが、雨が降らないように切に祈ると、地上に三年六か月雨が降らなかった。
前田訳エリヤはわれらと同じような人間でしたが、雨が降らないよう祈ると、三年六か月、地に雨が降りませんでした。
新共同エリヤは、わたしたちと同じような人間でしたが、雨が降らないようにと熱心に祈ったところ、三年半にわたって地上に雨が降りませんでした。
NIVElijah was a man just like us. He prayed earnestly that it would not rain, and it did not rain on the land for three and a half years.

5章18節 かくて(ふたた)(いの)りたれば、(てん)(あめ)()らし、()その()(しゃう)ぜり。[引照]

口語訳それから、ふたたび祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実をみのらせた。
塚本訳そして再び祈ると、天は雨を与え地はその果実を生じた。
前田訳そしてふたたび祈ると、天は雨を与え、地はその実を生みました。
新共同しかし、再び祈ったところ、天から雨が降り、地は実をみのらせました。
NIVAgain he prayed, and the heavens gave rain, and the earth produced its crops.
註解: 祈祷の経験についてエリヤの霊を持って証明している。そしてエリヤのごとき偉大なる預言者が普通の信徒の例とはなり得ずと考えることのないように「同じ情を持てる人」(使14:15を見よ)なることを附加している。祈りは自然力にまでもその力を及ぼすことができる。(注意)T列17:1T列18:1以下、T列18:41以下等にエリヤが祈りしことの直接の記載はないけれども、前後の関係よりその祈りを意味していることを推定することができる。
辞解
[切に祈る] 原語「祈りを祈る」で単に「祈る」より激しき強き祈りを意味す。
要義 [祈祷の必要とその力]祈祷はキリスト者の霊の呼吸である。ゆえにこれは中絶することができず、中絶はすなわち信仰の死を意味する。苦難においても歓喜に於てもこの呼吸が必要なるはそのためである(13節)。そして祈祷は神の御手を動かすの力を有っているのであって、これによりて人力の及ばざることを神は為し給う。ゆえに祈祷はまたキリスト者の活動力である。そして神との霊交を妨げるものは罪であるけれども、これをも主の御前に祈りつつ告白する時、これによりて赦されるに至るのである。

4-5 迷えるものを救え 5:19 - 5:20

5章19節 わが兄弟(きゃうだい)よ、(なんぢ)()のうち眞理(まこと)より(まよ)(もの)あらんに、(たれ)(これ)引回(ひきかへ)さば、[引照]

口語訳わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち、真理の道から踏み迷う者があり、だれかが彼を引きもどすなら、
塚本訳わが兄弟達よ、君達の中に真理から迷う者があって、誰かがそれを引き戻すならば、
前田訳わが兄弟よ、あなた方のうちに真理から迷い出るものがあり、その人を連れもどすものがあれば、
新共同わたしの兄弟たち、あなたがたの中に真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を真理へ連れ戻すならば、
NIVMy brothers, if one of you should wander from the truth and someone should bring him back,

5章20節 その(ひと)()れ、罪人(つみびと)をその(まよ)へる(みち)より引回(ひきかへ)(もの)は、かれの靈魂(たましひ)()より(すく)ひ、(おほ)くの(つみ)(おほ)ふことを。[引照]

口語訳かように罪人を迷いの道から引きもどす人は、そのたましいを死から救い出し、かつ、多くの罪をおおうものであることを、知るべきである。
塚本訳罪人を迷いの道から引き戻した者はその人の魂を死から救い、且つ多くの“罪を蔽う”ことを知れ
前田訳罪びとを迷いの道から連れもどすものは、その魂を死から救い出し、罪の数々をおおうことを知ってください。
新共同罪人を迷いの道から連れ戻す人は、その罪人の魂を死から救い出し、多くの罪を覆うことになると、知るべきです。
NIVremember this: Whoever turns a sinner from the error of his way will save him from death and cover over a multitude of sins.
註解: 疾病の治癒よりも一層大切なるは人の魂をその滅亡より救い出すことである。すなわち人もし真理を踏み外して罪の途を歩む場合には我らはこれを正道に引回(ひきかへ)さなければならぬ。かくして立帰る者はその魂が死と滅亡より免れ、かつ多くの罪はこれによりて神の御前に(おお)われ赦される(箴10:12Tペテ4:8参照)。神は悔改めて正しき道に立帰る者の多くの罪を赦し給う。キリスト者は真理より迷い出でし者を救うがために戦わなければならならぬ。そしてこれキリスト者の愛の活動の極致である。