マルコ伝第6章
分類
2 ガリラヤにおけるイエスの活動 1:21 - 7:23
2-6 イエスの活動の頂点 6:1 - 7:23
2-6-イ イエス故郷にて冷遇せられ給う 6:1 - 6:6a
(マタ13:53-58) (ルカ4:16-30)
註解: イエスはその故郷ナザレにおいては冷遇せられ給うた。ルカはこれを荒野の
試誘 の直後の事件として記し、マタイはこれをガリラヤ伝道の末期に配置している。彼を冷遇せる事実は終始変らなかったため、三福音書の記者が適宜の場所にこれを挿入したのであろう。
6章1節
口語訳 | イエスはそこを去って、郷里に行かれたが、弟子たちも従って行った。 |
塚本訳 | そこを去って郷里(ナザレ)に行かれた。弟子たちもついて行った。 |
前田訳 | 彼はそこを去って、おのが郷(さと)へ行かれた。弟子たちがお伴した。 |
新共同 | イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。 |
NIV | Jesus left there and went to his hometown, accompanied by his disciples. |
註解: 己が郷はナザレである。イエスはナザレに三十年間生活し給うたので、深い親しみをナザレに持ち給うたことは勿論である。
6章2節
口語訳 | そして、安息日になったので、会堂で教えはじめられた。それを聞いた多くの人々は、驚いて言った、「この人は、これらのことをどこで習ってきたのか。また、この人の授かった知恵はどうだろう。このような力あるわざがその手で行われているのは、どうしてか。 |
塚本訳 | 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。 |
前田訳 | 安息日になると会堂で教えはじめられた。多くの人々がそれを聞いておどろいていった、「この人はどこでこれを得たのだろう。この人に与えられた知恵は何だろう。その手でなされたこれらの奇跡はどうしてだろう。 |
新共同 | 安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。 |
NIV | When the Sabbath came, he began to teach in the synagogue, and many who heard him were amazed. "Where did this man get these things?" they asked. "What's this wisdom that has been given him, that he even does miracles! |
註解: 当時会堂にて会衆中の主なる者は立ちて聖書につき教うることができ、イエスは到る処にて安息日に於て教えを垂れ給うた。ナザレの会衆は三十年間見慣れていた青年イエスの顔を見、その一変せる姿を見ておどろき、その智慧と能力とを見て怪しんだ。しかしながらこの驚異の心はついに彼らを捕えてイエスの御前に跪 かしむることができなかった。その故は彼らがあまりによく外側のイエスを知っていたからである。
辞解
[能力 ある業] 奇蹟のこと、ナザレの人々はイエスが他の場所にて奇蹟を行い給いしことを聞き及んでいた。
6章3節 マリヤの
口語訳 | この人は大工ではないか。マリヤのむすこで、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。またその姉妹たちも、ここにわたしたちと一緒にいるではないか」。こうして彼らはイエスにつまずいた。 |
塚本訳 | これはあの大工ではないか。マリヤの息子で、ヤコブとヨセとユダとシモンとの兄弟ではないか。女兄弟たちは、ここで、わたし達の所に住んでいるではないか。」こうして人々はイエスにつまずいた。(そのため彼の言葉に耳を傾ける者がなかった。) |
前田訳 | この人は建築家で、マリヤの子でヤコブとヨセとユダとシモンの兄弟ではないか。姉妹たちはここでわれらのところにいるではないか」と。そして彼らはイエスにつまずいた。 |
新共同 | この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。 |
NIV | Isn't this the carpenter? Isn't this Mary's son and the brother of James, Joseph, Judas and Simon? Aren't his sisters here with us?" And they took offense at him. |
註解: イエスをその肉において観察する時、他の人々と全く異なった処がなかった。その三十年のナザレの生活は、普通の男子の普通の生涯であったことがこの一節よりこれを知ることができる。肉によるイエス(Uコリ5:16)を知り過ぎていることは、かえって霊によるイエスの真相を見失わしむる原因となる。ナザレの人々はイエスに躓き彼を信じ得なかった。
辞解
[木匠 ] techtôn はマタ13:55とこことのみにあり、大工のみならず鋤や軛等をも作るごとき仕事を為す者。ヨセフにつき一言もないのはすでに死去したためと見るべきで、処女降誕の思想からではない(ルカ3:23)。「マリヤの子」とあるのも同様である。なおイエスの兄弟につきてはヨハ19:42の附記2を見よ。
6章4節 イエス
口語訳 | イエスは言われた、「預言者は、自分の郷里、親族、家以外では、どこででも敬われないことはない」。 |
塚本訳 | イエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と親族と家族のところだけである。」 |
前田訳 | そこで彼らにいわれた、「預言者はおのが郷と親戚と家以外でははずかしめられない」と。 |
新共同 | イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。 |
NIV | Jesus said to them, "Only in his hometown, among his relatives and in his own house is a prophet without honor." |
註解: 類似の格言は他の文学書の中にも多く見出される。最も普通の事実であり、如何なる偉人も哲人もそれに最も接近する家人にとりて凡人または厄介者のごとくに見ゆる例は多くある。親族同郷人にとりても同様である。大なる人物はある距離よりこれを見るにあらざればその真相を認めることができない。
6章5節
口語訳 | そして、そこでは力あるわざを一つもすることができず、ただ少数の病人に手をおいていやされただけであった。 |
塚本訳 | (郷里の人々の不信仰のゆえに)そこでは何一つ奇蹟を行うことが出来ず、ただわずかの病人に手をのせて、なおされただけであった。 |
前田訳 | そこでは何の奇跡も行なえず、ただわずかの病人に手を置いていやされただけであった。 |
新共同 | そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。 |
NIV | He could not do any miracles there, except lay his hands on a few sick people and heal them. |
註解: イエスといえども信ぜざるものを救うこと能わざるごとくに、また、彼を冷遇するものに対して奇蹟を行う能力を有ち給わなかった。奇蹟は信ずる心に対する神の力の作用であって機械的に作用する暴力または強制力ではない。
辞解
「能はず」といいてイエスの無能力を遠慮なく記すのがマルコ伝の特徴である。マタ13:58には「為し給はざりき」とあり、幾分イエスの無能力を緩和している。
ただ
註解: 全町の不信の中にも少数の真実なる魂は見出される。イエスはこれらを棄て給わなかった。なおこの一句は本節前半と矛盾するので後世の訂正と見る説あれど(L2)その必要はなくまたその証拠もない。
口語訳 | そして、彼らの不信仰を驚き怪しまれた。それからイエスは、附近の村々を巡りあるいて教えられた。 |
塚本訳 | イエスは人々の不信仰に驚かれた。それから村々をぐるぐる回りながら教えられた。 |
前田訳 | 彼は人々の不信におどろかれた。 |
新共同 | そして、人々の不信仰に驚かれた。それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。 |
NIV | And he was amazed at their lack of faith. Then Jesus went around teaching from village to village. |
註解: 故郷ナザレが彼を信ぜず、故国ユダヤが彼を受けないことはイエスにとりて最大の苦痛であった。
要義 [預言者とその故郷]如何なる偉人といえども近くからこれを観察する場合、種々の欠点に目が付き、かつその偉大さには慣らされる。その結果多くの偉人はその家族、同族同郷人の目には凡人またはその以下の者として見ゆる場合が多い。殊にイエスの偉大さは、普通の道徳家、またパリサイ人らの認むる偉大さとは、その内容を異にしていた(マタ11:19)。従ってこの偉大さを真に認むることは、神の黙示によることであった(マタ16:17)。ゆえに偉人をその肉により知ることは彼を理解するの妨げであって、助けとなることは少ない。「されば今より後われ肉によりて人を知るまじ」(Uコリ5:16)との態度によってのみ真の預言者を見出すことができ、イエスの神の子に在し給うことを知ることができる。然のみならず預言者の任務は神に代りて国人の罪を責むるに在るが故に、国人はこれを好まず、かくして彼を迫害する。イエスはナザレにおいて拒否せられ、ユダヤ人に殺され、全世界に受け納れられなかった(ヨハ1:11)。キリスト者は凡て預言者である。従って同様にその故郷、その国人に納れられない。
註解: イエスが巡回の伝道を行い十二使徒を遣し給える動機はマタ9:35−38に詳述されるごとく、さ迷える羊群を憫み給えるが故であった。
口語訳 | また十二弟子を呼び寄せ、ふたりずつつかわすことにして、彼らにけがれた霊を制する権威を与え、 |
塚本訳 | また(前に選んだ)十二人(の弟子)を呼びよせ、二人ずつ(を一組にして伝道に)派遣することを始められた。そして汚れた霊を支配する全権を授け、 |
前田訳 | 十二人を呼んでふたりずつつかわすことをはじめられた。彼らにけがれた霊を押える権威を与え、 |
新共同 | そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、 |
NIV | Calling the Twelve to him, he sent them out two by two and gave them authority over evil spirits. |
註解: マコ3:14、15に十二使徒を選び給いしその目的が掲げられている。今やこの十二使徒を選び給える目的の実行に取りかかり給う。二人ずつこれを遣し給えるは証人 の性質として二人を適当とするとの観念からであろう(申19:15)かつ事実上も二人の旅路は互に相助くることを得るの益があったに相違ない。「弟子」はこの時始めて真に「使徒」 apostolos すなわち遣される者となった。
註解: イエスの為し給えると同じことを為すの権威を弟子にも与え給うた。病を醫す力(マタ10:1。ルカ9:1)が省略せられているのは13節のためであろう。
6章8節 かつ
口語訳 | また旅のために、つえ一本のほかには何も持たないように、パンも、袋も、帯の中に銭も持たず、 |
塚本訳 | また旅行には杖一本のほかに、何も──パンも、旅行袋も、帯の中に金も持ってゆかず、 |
前田訳 | 旅には杖一本のほか何も持たず、パンも袋も帯の中に金も持たず、 |
新共同 | 旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、 |
NIV | These were his instructions: "Take nothing for the journey except a staff--no bread, no bag, no money in your belts. |
註解: 伝道旅行中の生活は全くこれを神にまかせ、その食物その他の必要品は、道を伝えられる者の感謝の献物として受くべきことを意味す(マタ10:10後半)。なおマタ10:10。ルカ9:3に「杖をも持つな」とあるは、巡廻伝道者の無所有の姿を一層強めんため、また絶対に神にまかせて自衛のための杖をも要せざる心持を示したものであろう。本節はマタイ、ルカに比しかえって長途の旅行に適す。
6章9節 ただ
口語訳 | ただわらじをはくだけで、下着も二枚は着ないように命じられた。 |
塚本訳 | ただ草鞋をはくことを、また「下着を二枚着るな」と命じられた。 |
前田訳 | 草鞋(わらじ)をはいて、肌着は二枚着ないよう指図された。 |
新共同 | ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。 |
NIV | Wear sandals but not an extra tunic. |
註解: 「草鞋 」 Sandalia は最も簡単なる履物。マタ10:10に「鞋 hupodêmaをもつな」とあり、(1)草鞋と鞋とを区別せるもの。(2)予備を持つなとの意。(3)本節に否定詞が脱落せるものと見る等種々の説あり、またマタイ、ルカには二つの下衣を所持することを禁じている、精神において差別がない。
6章10節
口語訳 | そして彼らに言われた、「どこへ行っても、家にはいったなら、その土地を去るまでは、そこにとどまっていなさい。 |
塚本訳 | なお彼らに言われた、「どんな家でも一度入ったら、その土地を立ってゆくまではその家に泊まっておれ。 |
前田訳 | そしていわれた、「どこでもある家に入ったら、その地を去るまでその家にとどまりなさい。 |
新共同 | また、こうも言われた。「どこでも、ある家に入ったら、その土地から旅立つときまで、その家にとどまりなさい。 |
NIV | Whenever you enter a house, stay there until you leave that town. |
註解: 使徒たちを受納れる家を中心として伝道すべきこと、多く宿所を変更することは伝道の集中を妨げる。かつ一定の家の特定の個人に深く福音を植付くることは最も賢き伝道法である。
6章11節
口語訳 | また、あなたがたを迎えず、あなたがたの話を聞きもしない所があったなら、そこから出て行くとき、彼らに対する抗議のしるしに、足の裏のちりを払い落しなさい」。 |
塚本訳 | しかしある所で、あなた達を歓迎せず、言うことに耳をかたむけないなら、(すぐその土地を出てゆけ。そして)そこを出てゆくとき、(縁を切ったことを)そこの人々に証明するため、足の裏の埃を払いおとせ。」 |
前田訳 | しかし、ある地で、あなた方を迎えもせず、耳傾けもしなければ、そこを去るとき足の裏のちりを払いなさい、彼らへの証のために」と。 |
新共同 | しかし、あなたがたを迎え入れず、あなたがたに耳を傾けようともしない所があったら、そこを出ていくとき、彼らへの証しとして足の裏の埃を払い落としなさい。」 |
NIV | And if any place will not welcome you or listen to you, shake the dust off your feet when you leave, as a testimony against them." |
註解: 「何地にても」は「何地にもあれ」の意。福音宣伝者の悲しみ悩みはその福音が拒まれ、伝道者がこれと同時に拒まれることである。
註解: その土地の人々と何らの関係をも有せざることを示す態度。イエスを受けざる者との区別を明かにすることは、福音の宣伝に必要なる態度である。党派心を持つにあらず、真理を明かにするためである。
辞解
[足の塵を払へ] 外国を旅行してパレスチナに帰る者は、その国に入る時足の塵を払う習慣があった。異邦の穢れを聖地に持ち込まないためである。
6章12節
口語訳 | そこで、彼らは出て行って、悔改めを宣べ伝え、 |
塚本訳 | そこで十二人は出かけていって、(罪を赦されるための)悔改めを説き、 |
前田訳 | 十二人は出かけて人々に悔い改めを説いた。 |
新共同 | 十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。 |
NIV | They went out and preached that people should repent. |
註解: 悔改めが最初にしてかつ最も重要なる伝道の要素である。
6章13節
口語訳 | 多くの悪霊を追い出し、大ぜいの病人に油をぬっていやした。 |
塚本訳 | 多くの悪鬼を追い出し、また油を塗って大勢の病人をなおした。 |
前田訳 | そして多くの悪霊を追い出し、多くの病人に油をぬっていやした。 |
新共同 | そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。 |
NIV | They drove out many demons and anointed many sick people with oil and healed them. |
註解: 使徒たちは多くの奇蹟を行ったのみならず、その愛の心より普通の方法なる塗油(イザ1:6。ルカ10:34。ヤコ5:14)をもっても彼らの病を醫した。この塗油に特別の意味(M0)を附する必要はない。油を塗ることの治病に効あることは今日もこれを経験することができる。
要義1 [使徒の派遣]イエスは始め自ら陣頭に立って伝道し給い弟子たちは唯彼に従っていた。しかしながら、世界の果てまで福音を伝うべきものである以上、イエス一人にてはこれを為すことができない。使徒の派遣が必要なのはそのためであった。すなわち使徒の伝道はイエスの伝道の継続であり、今日に至るまでこれが継続している。この意味において今日の福音宣伝もまた、このイエスの教訓の精神によるべきことは勿論である。
要義2 [伝道の精神]伝道の動機は牧者なき羊の憫むべき状態に対する愛の心であり、その手段は四方の巡回であり、その伝道者は無所有をもって凡てを神に任せ、而してその生活の必要品は彼らを受くる者の献ぐる物資によって充さるべきものである。すなわち神に対する絶対の信頼と、人に対する深き愛と、自己に対する全き無慾とが伝道の根本的要素である。
6章14節
口語訳 | さて、イエスの名が知れわたって、ヘロデ王の耳にはいった。ある人々は「バプテスマのヨハネが、死人の中からよみがえってきたのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」と言い、 |
塚本訳 | イエスの噂が高くなったので、ヘロデ(・アンテパス)王の耳にはいった。──「洗礼者ヨハネが死人の中から生きかえったのだ。それだからあんな(不思議な)力が彼の中に働いている」とある人々は言った。 |
前田訳 | ヘロデ王がそれを聞いた。イエスの名がひろがったのである。人々はいった、「洗礼者ヨハネが死人の中から復活した。それゆえ彼の中に力がはたらいている」と。 |
新共同 | イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」 |
NIV | King Herod heard about this, for Jesus' name had become well known. Some were saying, "John the Baptist has been raised from the dead, and that is why miraculous powers are at work in him." |
註解: ヨハネの死までは(マコ1:14より若干の年月を経過した後ヨハネは殺された)イエスの名声はあまり顕れなかった。ヨハネの死後その名が顕れ、ヘロデはこれを聞きてヨハネの再来と考えてこれを恐れた。疑心暗鬼を生ずる類である。
辞解
[言ふ] elegen は異本に「彼ら言う」 elegon とあり、この場合次節と合して「ヘロデ王これを聞けり、そはイエスの御名あらわれ、人々『 』と云い……或人は『 』と云えばなり」となる(B1、L2、M0)。すなわちこれはヘロデの言にあらざることとなる。参考すべし。16節を見よ。
[王] 不精確なる尊称で真の位は「分封の国守」tetrarchêsこのヘロデはヘロデ大王と妻マルタケとの間の子ヘロデ・アンテパスで紀元前二〇年に生まれ、ガリラヤ、ペレアの分封の国守であった。
[バプテスマのヨハネ] ここでは「バプテスマを施す処のヨハネ」と訳すべき文字を用る。
口語訳 | 他の人々は「彼はエリヤだ」と言い、また他の人々は「昔の預言者のような預言者だ」と言った。 |
塚本訳 | しかし、「預言者エリヤだ」言う者もあり、「(昔の)普通の預言者のような預言者だ」と言う者もあった。 |
前田訳 | ある人々は「エリヤ」といい、ある人々は「預言者のひとり」といった。 |
新共同 | そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。 |
NIV | Others said, "He is Elijah." And still others claimed, "He is a prophet, like one of the prophets of long ago." |
註解: エリヤは来るべき預言者として特に期待せられている預言者であった。
註解: これは従来顕れし多くの預言者に伍すべき一人の預言者としてイエスを見る説、かくのごとく、人間の判断は数多くあるも一つも的中せるものはなかった。
6章16節 ヘロデ
口語訳 | ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首を切ったあのヨハネがよみがえったのだ」と言った。 |
塚本訳 | しかしヘロデは聞いて、「わたしが首をはねたヨハネ、あれが生きかえったのだ」と言った。 |
前田訳 | ヘロデはそれを聞いていった、「わたしが首をはねたあのヨハネが復活した」と。 |
新共同 | ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と言った。 |
NIV | But when Herod heard this, he said, "John, the man I beheaded, has been raised from the dead!" |
註解: 14節の意見の重複となるけれども14節辞解のごとくに訳する場合、この重複は消失し、本節においてヘロデが始めて自己の意見を述べたこととなる。
6章17節 ヘロデ
口語訳 | このヘロデは、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤをめとったが、そのことで、人をつかわし、ヨハネを捕えて獄につないだ。 |
塚本訳 | それにはこういう訳がある。──このヘロデは(前に)その兄弟ピリポの妻ヘロデヤと結婚したことから、ヨハネを捕えさせて牢につないだことがあった。 |
前田訳 | このヘロデは使いにヨハネを捕えさせて牢に縛った。それは、彼の兄弟ピリポの妻ヘロデヤをめとったことからである。 |
新共同 | 実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。 |
NIV | For Herod himself had given orders to have John arrested, and he had him bound and put in prison. He did this because of Herodias, his brother Philip's wife, whom he had married. |
6章18節 ヨハネ、ヘロデに『その
口語訳 | それは、ヨハネがヘロデに、「兄弟の妻をめとるのは、よろしくない」と言ったからである。 |
塚本訳 | ヨハネがヘロデに、「あなたは自分の兄弟の妻を妻にするのはよろしくない」と言ったからである。 |
前田訳 | すなわち、ヨハネがヘロデに、「あなたの兄弟の妻をめとるのはよくない」といったのである。 |
新共同 | ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。 |
NIV | For John had been saying to Herod, "It is not lawful for you to have your brother's wife." |
註解: ヨハネは権勢を恐れず、死を賭してヘロデの態度を非難したために、その妻たる姦婦ヘロデヤの悪 むところとなりこの禍に遭った。ヨセフスの歴史によればヨハネの投獄されし場所はペレアのマケルスで死海の岸である。
辞解
[ヘロデヤ] ヘロデ大王の子アリストボロの娘ですなわち大王の孫に当る。
[ピリポ] ヘロデ・アンテパスの異母兄弟ヘロデのことで他の異母兄弟ピリポと混同すべからず(ヘロデ家の系図参照)。
6章19節 ヘロデヤ、ヨハネを
口語訳 | そこで、ヘロデヤはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。 |
塚本訳 | (そのため)ヘロデヤはヨハネを恨んで、殺したいと考えていたが、出来なかった。 |
前田訳 | ヘロデヤは彼をうらんで、殺したく思っていたが、それはできなかった。 |
新共同 | そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。 |
NIV | So Herodias nursed a grudge against John and wanted to kill him. But she was not able to, |
辞解
[ヨハネを怨みて] 「ヨハネに狙いをつけて」の意、彼を目の敵 とすること。
6章20節 それはヘロデ、ヨハネの
口語訳 | それはヘロデが、ヨハネは正しくて聖なる人であることを知って、彼を恐れ、彼に保護を加え、またその教を聞いて非常に悩みながらも、なお喜んで聞いていたからである。 |
塚本訳 | それはヘロデがヨハネを正しい聖なる人と知って、これを恐れ、保護を加えていたからである。ヘロデはヨハネに話を聞くと非常に当惑したが、それでも喜んで聞いていたのである。 |
前田訳 | ヘロデがヨハネを正しく聖(きよ)い人と知り、彼をおそれ、また保護していたのである。ヘロデは彼に話を聞くと大いに戸惑ったが、なおかつよろこんで聞いでいた。 |
新共同 | なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。 |
NIV | because Herod feared John and protected him, knowing him to be a righteous and holy man. When Herod heard John, he was greatly puzzled ; yet he liked to listen to him. |
註解: ヘロデは真理と正義とに対する尊敬を有し、ヨハネを心から畏敬し、擁護し、かつその教えを聴いた。ただ彼にはそれより以上にこの世と肉の願望とが強く支配していた。彼はこれに打勝ち得なかったために心に悩みを持っていた。ゆえにヘロデヤの要求を斥けつつも、彼自身動揺する基礎の上に立っていた。一方に真理に対する感受性を有ちながら他方肉の慾に打勝ち難き者は常にこの悩みの中にいるより外にない。なおマタ14:5およびヨセフスの歴史によればヨハネを殺さんとしたのはヘロデであることとなる。
辞解
[大いに悩みつつも、なお] 異本に「多くのことを行い、かつ」とあり意味は平凡となる。
口語訳 | ところが、よい機会がきた。ヘロデは自分の誕生日の祝に、高官や将校やガリラヤの重立った人たちを招いて宴会を催したが、 |
塚本訳 | すると(ヘロデヤにとり)好い機会がきた。ヘロデが自分の誕生祝いに、大官、将軍、ガリラヤの名士たちを招待して宴会を催した時、 |
前田訳 | しかし、(ヘロデヤに)よい機会が来た。ヘロデが自分の誕生祝いに自分の高官や千卒長やガリラヤの名士たちを宴会に招いたとき、 |
新共同 | ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、 |
NIV | Finally the opportune time came. On his birthday Herod gave a banquet for his high officials and military commanders and the leading men of Galilee. |
註解: ヘロデヤにとりてはその多年の宿望を遂ぐる好機会、ヘロデにとりてはその良心の悩みを除かれる好機会であった。
ヘロデ
註解: かかる宴会においては虚栄と良心の麻痺がその特徴となり、往々予期せざりし不幸事が起ることがある。
6章22節 かのヘロデヤの
口語訳 | そこへ、このヘロデヤの娘がはいってきて舞をまい、ヘロデをはじめ列座の人たちを喜ばせた。そこで王はこの少女に「ほしいものはなんでも言いなさい。あなたにあげるから」と言い、 |
塚本訳 | ヘロデヤの娘が席に出て舞をまい、ヘロデと列座の人々とを喜ばせたのである。王が少女に言った、「ほしいものがあったら言ってみよ。褒美にやろう。」 |
前田訳 | ヘロデヤの娘が座に加わって舞をまい、ヘロデとお客たちをよろこばせた。王は娘にいった、「ほしいものがあればいいなさい、あげるから」と。 |
新共同 | ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、 |
NIV | When the daughter of Herodias came in and danced, she pleased Herod and his dinner guests. The king said to the girl, "Ask me for anything you want, and I'll give it to you." |
註解: 娘はヘロデヤの先夫の子で当時十六七歳の小娘であった。名はサロメ。
6章23節 また
口語訳 | さらに「ほしければ、この国の半分でもあげよう」と誓って言った。 |
塚本訳 | また、「願いとあらば、“国の半分でも”やろう」と誓った。 |
前田訳 | そして彼女に誓った、「ほしければわたしの国の半分までもあげよう」と。 |
新共同 | 更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。 |
NIV | And he promised her with an oath, "Whatever you ask I will give you, up to half my kingdom." |
註解: ヘロデは興に乗じて思慮なしに誓いを為した。独裁者の愚なる虚栄である。
辞解
[国の半まで] 文字通りの意味よりも、むしろ慣用句と見るべきである。「何にても」の意(T列13:8。エス5:3。エス7:2)。
6章24節
口語訳 | そこで少女は座をはずして、母に「何をお願いしましょうか」と尋ねると、母は「バプテスマのヨハネの首を」と答えた。 |
塚本訳 | 少女は出ていって母にきいた、「何を願いましょうか。」「洗礼者ヨハネの首を」と母がこたえた。 |
前田訳 | そこで彼女は出て行って母にいった、「何をお願いしましょうか」と。母はいった、「洗礼者ヨハネの首を」と。 |
新共同 | 少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。 |
NIV | She went out and said to her mother, "What shall I ask for?" "The head of John the Baptist," she answered. |
註解: 娘と母の合議をもってこの悪事を行わんとした。悪事は共謀によりていよいよその悪を増す、小娘も母に劣らざる毒婦であることが判明 る。
6章25節
口語訳 | するとすぐ、少女は急いで王のところに行って願った、「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆にのせて、それをいただきとうございます」。 |
塚本訳 | 少女は大急ぎですぐ王の前に出て、「洗礼者ヨハネの首を盆にのせてすぐに戴かせてください」と願った。 |
前田訳 | 娘は入るが早いか王のもとに急ぎ、願った、「すぐわたしに下さいまし、洗礼者ヨハネの首を盆にのせて」と。 |
新共同 | 早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。 |
NIV | At once the girl hurried in to the king with the request: "I want you to give me right now the head of John the Baptist on a platter." |
註解: 娘の大胆さを見よ。
6章26節
口語訳 | 王は非常に困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、少女の願いを退けることを好まなかった。 |
塚本訳 | 王は非常に悲しんだが、客の前で立てた誓いの手前、拒みたくなかった。 |
前田訳 | 王は深く悲しんだが、誓いのためと客の手前とで断わりたくなかった。 |
新共同 | 王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。 |
NIV | The king was greatly distressed, but because of his oaths and his dinner guests, he did not want to refuse her. |
註解: 王は事の重大なる結果となりたるを深く憂いた。しかし正義のためにこの願いを拒む勇気が無かった。おそらく心の中にこれによりて自己の良心の重荷となれる人物を除く口実を得しことを喜んだのであろう。この二種の心が一人の中に同時に存在することは有り得ることである。かかる場合、誓いを守ることの正しき口実に隠れて悪事を遂行するの勇気が出て来る。
辞解
[拒む] 契約を破棄すること。
6章27節
口語訳 | そこで、王はすぐに衛兵をつかわし、ヨハネの首を持って来るように命じた。衛兵は出て行き、獄中でヨハネの首を切り、 |
塚本訳 | そこで王はすぐヨハネの首を持ってくるように命令して、首斬役をやった。首斬役は行って牢でヨハネの首をはね、 |
前田訳 | そこですぐ王は衛兵をつかわして首を持って来るよう命じた。衛兵は行って牢の中で首をはねた。 |
新共同 | そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、 |
NIV | So he immediately sent an executioner with orders to bring John's head. The man went, beheaded John in the prison, |
註解: もしヨハネが17節註に示すがごとくペレヤのマケルスにいたとすれば、往復に相当の日数を要す。ここの記事によればヨハネはヘロデの居所なるチベリアスに在りしものにあらずやと思わしむる節 あれど、果して然りや否や不明なり。
辞解
[衛兵] spekouratôr はラテン語のspecula すなわち見張り櫓より来れる語で守衛、死刑執行人、近衛兵、伝令等のごとき務めをもなす。
6章28節 その
口語訳 | 盆にのせて持ってきて少女に与え、少女はそれを母にわたした。 |
塚本訳 | その首を盆にのせて持ってきて少女に渡し、少女はそれを母に渡した。 |
前田訳 | そして首を盆にのせて持って来て娘に与え、娘はそれを母に与えた。 |
新共同 | 盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。 |
NIV | and brought back his head on a platter. He presented it to the girl, and she gave it to her mother. |
註解: 神より遣されし人たるヨハネ、預言者中の預言者たるヨハネはかくして姦婦の怨恨と、ヘロデの放縦なる肉慾と薄弱なる意思と虚栄心との犠牲となりて空しく消えてしまった。この世における栄枯盛衰の神意に悖 ることかくのごとし。
6章29節 ヨハネの
口語訳 | ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、その死体を引き取りにきて、墓に納めた。 |
塚本訳 | ヨハネの弟子たちはこれを聞くと、来てなきがらを引き取り、墓に納めた。 |
前田訳 | ヨハネの弟子たちはそれを聞くと、来てなきがらを引き取って墓に納めた。 |
新共同 | ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた。 |
NIV | On hearing of this, John's disciples came and took his body and laid it in a tomb. |
註解: これは弟子が師に対する当然の礼である。かくしてヨハネは処分されたけれどもヘロデの良心はこれがために安らかならず、不吉なる予感の恐怖に襲われていた。これがイエスをヨハネの再来にあらずやと恐れし所以である。
要義1 [この世は聖者を容れることができない]神の御旨を行わんとしている者はこの世において忌み嫌われる。何となればこの世は神の御旨に比してあまりに汚れているからである。聖き人はその存在そのものがこの世の人にとりて良心の苦痛となる。それ故に世は彼を除かんとする。それ故に聖き者がこの世に存在せんがためには自己の聖さを棄てるかこの世をして潔きを求めしむるより外にない。この双方共不可能のことである故従ってこの世において聖者が迫害を受くることは免れ得ざる運命である。
要義2 [キリスト者はこの世の良心なり]たといキリスト者はこの世において迫害されるの運命にあり、ヨハネのごとく、暴君や姦婦の手に殺されるごときことありとも、キリスト者の存在はそれ故に無意味であるということはできない。キリスト者はこの世の良心である。この世はキリスト者の故にその罪を感ぜしめられてそのために苦しむ。良心なき者は自己の悪に関して何らの悩みもない、これと同じくキリスト者なきこの世は悪に対して何らの苦悩も反省をも持たない。かくして益々悪より悪に突進する。もしこの世が悪の中に亡び去ることを免れているとすれば、それはキリスト者がその良心となっているからである。少なくともかくあることがキリスト者の立場でなければならぬ。
6章30節
口語訳 | さて、使徒たちはイエスのもとに集まってきて、自分たちがしたことや教えたことを、みな報告した。 |
塚本訳 | (さて旅行から帰った十二人の)使徒たちはイエスの所に集まって、したこと、教えたことをのこらず報告した。 |
前田訳 | さて使徒たちはイエスのところに集まって、したこと教えたことのすべてを報告した。 |
新共同 | さて、使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。 |
NIV | The apostles gathered around Jesus and reported to him all they had done and taught. |
註解: 12節において派遣され、13節の働きを為した。その後若干日の後帰来してイエスの許に集りその報告をした。
辞解
「使徒」なる語はマルコ伝はここのみに用いらる。弟子が伝道に派遣された場合故、この名詞は殊に適当であり、この場合はその文字通りの意味に用いられたと見るべく(E0)、単なる名称と見るべきではない。
[為ししこと] 治病と奇蹟。
[教へし事] イエスに関するもの、弟子たちの活動もイエスのそれと同一であった。
6章31節 イエス
口語訳 | するとイエスは彼らに言われた、「さあ、あなたがたは、人を避けて寂しい所へ行って、しばらく休むがよい」。それは、出入りする人が多くて、食事をする暇もなかったからである。 |
塚本訳 | 彼らに言われる、「さあ、あなた達だけどこか静かな所へ行って、しばらく休んだがよかろう。」人の出入りが多く、食事する暇もなかったのである。 |
前田訳 | そこで彼らにいわれる、「さあ、あなた方だけで人里離れたところへ行って、しばらくお休みなさい」と。人の出入りが多くて彼らは食事の暇さえなかったのである。 |
新共同 | イエスは、「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」と言われた。出入りする人が多くて、食事をする暇もなかったからである。 |
NIV | Then, because so many people were coming and going that they did not even have a chance to eat, he said to them, "Come with me by yourselves to a quiet place and get some rest." |
註解: 激しき活動の後、静かなる処において息 うことは必要である。間断なき活動は人をして浅薄ならしむる処がある。イエスは常に寂しき処に祈ることを好み給うた。これによりて彼はその偉大なる力を蓄積し給うた。
辞解
[なんぢら] 原語「汝ら自身」と強き意味を表す語。「他の人は別として汝ら自身」の意ともなりまた「これまで活動し来れる汝ら自身」の意とも解することができる(H0、M0、E0)。
[人を避け] 「自分だけで」「私 かに」等の意味に用いられる語。
口語訳 | そこで彼らは人を避け、舟に乗って寂しい所へ行った。 |
塚本訳 | そこで彼らだけ、舟で(イエスと一しょに)人里はなれた所へ行った。 |
前田訳 | 彼らだけで人里離れたところへ舟で行った。 |
新共同 | そこで、一同は舟に乗って、自分たちだけで人里離れた所へ行った。 |
NIV | So they went away by themselves in a boat to a solitary place. |
註解: ルカ9:10にはこの寂しき処をベテサイダとしている。またマタ14:13はイエスが人を避け給える理由をヨハネの死に関連せしめている。前者は事実らしく後者は時日の不一致あり。
6章33節
口語訳 | ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見、それと気づいて、方々の町々からそこへ、一せいに駆けつけ、彼らより先に着いた。 |
塚本訳 | しかしその出かけるのを見て、多くの人はそれと感づいた。それで方々の町から陸を走ってそこへ集まり、彼らよりも先に着いた。 |
前田訳 | 多くの人々が彼らの立ち去るのを見てそれと悟り、すべての町々からそこへ陸(おか)を走って来て、彼らよりも先に着いた。 |
新共同 | ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見て、それと気づき、すべての町からそこへ一斉に駆けつけ、彼らより先に着いた。 |
NIV | But many who saw them leaving recognized them and ran on foot from all the towns and got there ahead of them. |
註解: 群衆のイエスを追い行く熱心は驚くべきものであった。イエスの行先をそれと察し、走りてその先に到着するごときはその熱心の発露であった。
辞解
[徒歩にて] 「陸路」とも訳す。この群衆の数は五千人であった。この時がイエスの伝道の成功の頂点ということができる。しかしながら同時にこの時は彼にとりて最も大きい誘惑の時であった(ヨハ6:15)。
6章34節 イエス
口語訳 | イエスは舟から上がって大ぜいの群衆をごらんになり、飼う者のない羊のようなその有様を深くあわれんで、いろいろと教えはじめられた。 |
塚本訳 | イエスは(舟から)あがって、多くの群衆が“羊飼のいない羊のように”しているのを見ると、かわいそうになり、多くのことを教え始められた。 |
前田訳 | 彼は舟からあがって大勢の群衆を見、彼らが牧者のない羊のようなのをあわれんで、多くのことを教えはじめられた。 |
新共同 | イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。 |
NIV | When Jesus landed and saw a large crowd, he had compassion on them, because they were like sheep without a shepherd. So he began teaching them many things. |
註解: この五千余人の群衆が霊の糧を切に求めてイエスに従うを見て、あたかも牧者なき羊のごとき憫れさを感じ、心より彼らを憐み給うた。憐憫の情が真の伝道の原動力である。疲労し給えるイエスもかかる者を力付くることのためにはその疲労を忘れて教え始め給い、彼および弟子たちの求むる休息を得ることできなかった。
6章35節
口語訳 | ところが、はや時もおそくなったので、弟子たちはイエスのもとにきて言った、「ここは寂しい所でもあり、もう時もおそくなりました。 |
塚本訳 | とかくするうち、もう時間もおそくなったので、弟子たちはイエスのそばに来て言った、「ここは人里はなれた所、それにもう時間もおそいので、 |
前田訳 | はや時もおそくなったので、弟子たちはおそばへ来ていった、「ここは人里離れたところで、はや時もおそくなりました。 |
新共同 | そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。 |
NIV | By this time it was late in the day, so his disciples came to him. "This is a remote place," they said, "and it's already very late. |
6章36節
口語訳 | みんなを解散させ、めいめいで何か食べる物を買いに、まわりの部落や村々へ行かせてください」。 |
塚本訳 | 人々を解散させ、まわりの部落や村に行って、自分で何か食べるものを買わせてください。」 |
前田訳 | 彼らを解散させてください、まわりの里や村へ行って自分で何か食べ物を買うように」と。 |
新共同 | 人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」 |
NIV | Send the people away so they can go to the surrounding countryside and villages and buy themselves something to eat." |
註解: イエスは霊の糧を与うるに忙しかったので、知らずして多くの時を経過した。弟子たちの心は群衆の肉の糧のことに思い煩っていた。イエス弟子たちの不信を悲しみ、「先ず神の国と神の義とを求むる者には、必要なるものは悉 く与えられること」を示さんとし給う。
口語訳 | イエスは答えて言われた、「あなたがたの手で食物をやりなさい」。弟子たちは言った、「わたしたちが二百デナリものパンを買ってきて、みんなに食べさせるのですか」。 |
塚本訳 | イエスは答えて言われた、「あなた達が自分で食べさせてやったらよかろう。」彼らが言う、「わたし達が行って二百デナリ[十万円]のパンを買ってきて、食べさせるのでしょうか。」 |
前田訳 | 彼は答えられた、「あなた方が彼らに食べ物を与えなさい」と。彼らはいった、「われらが出かけて二百デナリのパンを買って食べさせましょうか」と。 |
新共同 | これに対してイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とお答えになった。弟子たちは、「わたしたちが二百デナリオンものパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」と言った。 |
NIV | But he answered, "You give them something to eat." They said to him, "That would take eight months of a man's wages ! Are we to go and spend that much on bread and give it to them to eat?" |
註解: 「汝ら自分で」というごとき意。「彼らは熱心に我が言を聴かんとしているではないか。お前たちが彼らに食物を与えたらよかろう」というごとき語意あり、弟子たちを苦しめてその無力をさとらしめ給う(ヨハ6:6)。
註解: この時イエスを中心とせる一団の財嚢 に二百デナリの金子 が有ったのであろう。一デナリは労働者一日の賃銀である。この二百デナリをもってしても五千余にとりては充分とは言えない(ヨハ6:7)。ゆえに弟子たちの答はイエスの命令の実行の不能にして無効なることを暗示している。神は人の為し能わざることを為し給う。
6章38節 イエス
口語訳 | するとイエスは言われた、「パンは幾つあるか。見てきなさい」。彼らは確かめてきて、「五つあります。それに魚が二ひき」と言った。 |
塚本訳 | 彼らに言われる、「手許にいくつパンがあるか。見て来なさい。」確かめて来て言う、「五つ。それと魚が二匹です。」 |
前田訳 | 彼はいわれる、「いまパンがいくつあるか。見て来なさい」と。確かめて来ていう、「五つです。それに魚が二匹です」と。 |
新共同 | イエスは言われた。「パンは幾つあるのか。見て来なさい。」弟子たちは確かめて来て、言った。「五つあります。それに魚が二匹です。」 |
NIV | "How many loaves do you have?" he asked. "Go and see." When they found out, they said, "Five--and two fish." |
註解: 弟子たちはその有てる凡てのものをイエスに献げ、その祝福を受けてこれを用うべきであった。
6章39節 イエス
口語訳 | そこでイエスは、みんなを組々に分けて、青草の上にすわらせるように命じられた。 |
塚本訳 | そこで皆を一組一組、青い草の上に坐らせるよう弟子たちに命じられると、 |
前田訳 | そこで皆を組ごとに青草の上にすわらせるよう弟子たちに命じられた。 |
新共同 | そこで、イエスは弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じになった。 |
NIV | Then Jesus directed them to have all the people sit down in groups on the green grass. |
6章40節
口語訳 | 人々は、あるいは百人ずつ、あるいは五十人ずつ、列をつくってすわった。 |
塚本訳 | あるいは百人ずつ、あるいは五十人ずつ、一列一列になってすわった。 |
前田訳 | 彼らは百人、五十人と列をなしてすわった。 |
新共同 | 人々は、百人、五十人ずつまとまって腰を下ろした。 |
NIV | So they sat down in groups of hundreds and fifties. |
註解: 組々となるのは家における食卓の形をここに現さんとしたもの。畝のごとく列 んだのはその間を弟子たちが食物を分配するために通り易からしめたのである。イエスはここに神の国の家族の食卓の光景を出現し給うた。
辞解
[組々] sumposia sumposia 同一の語を繰返してその数の多きことを示す。「組」は食卓につく一組のこと。「畝のごとく」 prasiai prasiai 畝々。
6章41節
口語訳 | それから、イエスは五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンをさき、弟子たちにわたして配らせ、また、二ひきの魚もみんなにお分けになった。 |
塚本訳 | イエスは(いつも家長がするように、)その五つのパンと二匹の魚を(手に)取り、天を仰いで(神を)讃美したのち、パンを裂き、人々に配るため弟子たちに渡された。二匹の魚も皆に分けられた。 |
前田訳 | 彼はそのパン五つと魚二匹をとり、天を仰ぎ、感謝してパンを裂き、人々に配るよう弟子たちに与えられた。魚二匹も皆に分けられた。 |
新共同 | イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。 |
NIV | Taking the five loaves and the two fish and looking up to heaven, he gave thanks and broke the loaves. Then he gave them to his disciples to set before the people. He also divided the two fish among them all. |
註解: この時イエスは一家の家長のごとき態度をもって食物を祝し感謝してこれを群衆に分配し給う。五つのパンと二つの魚が如何にしてかく多くの人々に分配せられしかは我らの知識をもってはこれを知ることができない。イエスはここにその創造者(ヨハ1:1、2)たる性質の片鱗を示し給うた。▲今日の精神科学は精神現象の客観的観察だけであって、それ以上の力の根源に関してはほとんど無知である。やがて将来精神科学の発達と共に本節のごとき現象について説明し得る時期が来るであろう。
口語訳 | みんなの者は食べて満腹した。 |
塚本訳 | 皆が食べて満腹した。 |
前田訳 | 皆は食べて満ち足りた。 |
新共同 | すべての人が食べて満腹した。 |
NIV | They all ate and were satisfied, |
註解: 五つのパンと二つの魚が五千余人をして飽かしむる分量に増加せることはあたかもイエスの語り給う御言が多くの人々の霊の糧として彼らを飽かしむるに似ているのを見る。
6章43節 パンの
口語訳 | そこで、パンくずや魚の残りを集めると、十二のかごにいっぱいになった。 |
塚本訳 | そして(パンの)屑を拾うと、十二の篭に一杯あった。魚の残りも拾った。 |
前田訳 | くずを拾うと魚の残りも含めて籠十二にいっぱいであった。 |
新共同 | そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。 |
NIV | and the disciples picked up twelve basketfuls of broken pieces of bread and fish. |
註解: 無より有を創造し、少数のパンを数千のパンに増加するを得給う神に在し給いながら、少しの残品をも無駄にこれを棄て給わない。神の御旨の奇 しきを見よ。
口語訳 | パンを食べた者は男五千人であった。 |
塚本訳 | パンを食べた者は、男五千人であった。 |
前田訳 | パンを食べたものは男五千人であった。 |
新共同 | パンを食べた人は男が五千人であった。 |
NIV | The number of the men who had eaten was five thousand. |
註解: マタ14:21には「女と子供とを除き」とあり、何れにしても非常なる多数が集ってイエスの教えを受け、イエスによりて養われた事実は、まことに驚くべきものがあった。
要義 [イエス五千人を養い給いし意義]この奇蹟は四福音書に共通せる唯一の奇蹟である点において特に重要さを有している。(1)かかることが可能なりや否やは、他の奇蹟の可能なりや否やと同一の問題である。イエスがその創造力の片鱗を示し給えるものと見るか、または非常に偉大なる精神力をもって全群集の精神を支配し、この記事のごとくに実感せしめ給いしものと解するか、または一時復活体のごとき肉体に変化し給えるものと見るより外に我らの知力をもって説明することができない。ただし解釈の不可能または困難は事実の存在を否定する理由とはならない。これをU列4:42−44より転化せる作話と解することも凡ての点を説明し尽くすことができない。(2)イエスの愛と、その教えを伝うることの熱心とが彼をして食事を忘れしめたので、かかる結果が来り彼はその熱心の力をもってこの奇蹟を行い給うた。(3)このイエスの力と愛とが顕れる処、そこに神の国が出現し、その民はイエスの言を食いて飽くことを得、イエスはその神の国の家長として全家族を主の聖餐に与らしめ給う(シュヴァイツェル)。なおヨハ6:15要義参照。
6章45節 イエス
口語訳 | それからすぐ、イエスは自分で群衆を解散させておられる間に、しいて弟子たちを舟に乗り込ませ、向こう岸のベツサイダへ先におやりになった。 |
塚本訳 | それからすぐイエスは弟子たちを強いて舟に乗らせ、向う岸のベッサイダに先発させられた、自分では群衆を解散させる間に。 |
前田訳 | それからすぐ彼は弟子たちを強いて舟に乗らせ、向こう岸のベツサイダへ先に行かせて、自分で群衆を解散させておられた。 |
新共同 | それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間に御自分は群衆を解散させられた。 |
NIV | Immediately Jesus made his disciples get into the boat and go on ahead of him to Bethsaida, while he dismissed the crowd. |
註解: イエスは偉大なる奇蹟を行い給える後は再び弱き人間としての彼を見出し、かえって大なる淋しさを感じ給うたもののごとくである。而してこの淋しさは、唯神との交わりによりてのみ醫されるのであって彼の周囲の群衆が多きに従ってかえって益々増大した。それ故に彼は唯一人にて神に祈らんことを切望し、弟子たちを強いて舟にて送り出し自ら群衆を解散し給うた。強いて舟に乗らせたのは師の評判の素晴らしさのために虚栄心に駆られて群衆の誘惑に陥らざらんがためとも見るべく、または強いて彼らを突き放して困難をもって鍛錬せんがためとも見ることを得。
辞解
[彼方なるベツサイダ] カペナウムの西方の地域を指すと解するを可とす(L2、M0)(ヨハ6:17参照)。反対に東方の地域を指すと解する説あれど適当ではない。
[自ら] 特に強めて言う。
[返す] 「解散する」こと。
6章46節
口語訳 | そして群衆に別れてから、祈るために山へ退かれた。 |
塚本訳 | そして群衆に別れると、祈りのため山に行かれた。 |
前田訳 | 群衆に別れると、山へ行って祈られた。 |
新共同 | 群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた。 |
NIV | After leaving them, he went up on a mountainside to pray. |
註解: 弟子たちを送り出したる後は群衆を解散せしむることは比較的容易であった。かくしてイエスは独り神と交わり、神より力を得んとして山にゆき給うた。(▲神より力を与えられるには祈りによるより外に無い。イエスですらそうであった。いわんや我らにとっては祈りの不足は霊の力を死滅せしめる。)群衆の喚呼は神との交わりを妨げる。
6章47節
口語訳 | 夕方になったとき、舟は海のまん中に出ており、イエスだけが陸地におられた。 |
塚本訳 | 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。 |
前田訳 | 夕方になると、舟は湖の真ん中であったが、彼はひとり陸におられた。 |
新共同 | 夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた。 |
NIV | When evening came, the boat was in the middle of the lake, and he was alone on land. |
註解: キリスト者はイエスを離れては荒海の中の助け無き小舟の中にあるに等しく、イエスはその御心において常に信徒と共に在し給う。
辞解
[夕] 35節の時もすでに「晩 く」なっていたので、この「夕」は夜中のこと。
6章48節
口語訳 | ところが逆風が吹いていたために、弟子たちがこぎ悩んでいるのをごらんになって、夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らに近づき、そのそばを通り過ぎようとされた。 |
塚本訳 | そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。 |
前田訳 | 向かい風なので弟子たちが漕ぎなやむのを見て、午前三時ごろ、湖の上を歩いて彼らのところに来て、通りすぎようとされた。 |
新共同 | ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。 |
NIV | He saw the disciples straining at the oars, because the wind was against them. About the fourth watch of the night he went out to them, walking on the lake. He was about to pass by them, |
註解: かかる場合、弟子たちはイエスに祈りその助けを期待すべきであった。しかし彼らはイエスが海の上まで来りて助け給うことが不可能であると思い込んでいた。然るにイエスはその祈りによりて再び超人的力を得、また強いて送り出せる弟子たちの難航を見てこれを棄て措くことができず、これを助けんために海上を歩みて彼らの許に至り給う。往き過ぎんとし給える所以は彼らの信仰を試みんためであろう。彼らは直ちにイエスをそれと見出すべきであった。
辞解
[風] ガリラヤ湖上には往々この種の突風の襲来あり舟子を悩ます。
[夜明の四時] 原語「夜の第四の見張」で夜を四分してその第四番目の見張り、すなわち午前三時頃以後のこと。
[往き過ぎんと〔欲〕し給ふ] マルコのみにあり難解なり、弟子たちをしてイエスに助けを求めしめんがために往き過ぎんとせるものと解する学者(M0)多し。なおこれを「追付く」「同行する」等と訳する説あり、また先に岸に着きて彼らを驚かせんとせるものと解する等種々の説あれど適切なるものはない。
6章49節
口語訳 | 彼らはイエスが海の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。 |
塚本訳 | 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。 |
前田訳 | 弟子たちは彼が湖の上を歩かれるのを見て、幽霊と思って叫んだ。 |
新共同 | 弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。 |
NIV | but when they saw him walking on the lake, they thought he was a ghost. They cried out, |
註解: ▲我々人間は我々の精神とその力より外のものを知らない。イエスの精神は神との直接の連結を持っており、その肉体は、この人間以上の精神力によって支配されていた。かかる精神が物質を左右し得る力があることは考え得る処で、今日のごとき原子力科学の進歩は同時に精神に関する科学の進歩を促し、生命とその力の本質を究明し得るに至るであろう。
口語訳 | みんなの者がそれを見て、おじ恐れたからである。しかし、イエスはすぐ彼らに声をかけ、「しっかりするのだ。わたしである。恐れることはない」と言われた。 |
塚本訳 | イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。 |
前田訳 | 皆が彼を見ておどろいたのである。しかし彼はすぐ彼らに話しかけて、「安心なさい、わたしです。こわがることはない」といわれた。 |
新共同 | 皆はイエスを見ておびえたのである。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。 |
NIV | because they all saw him and were terrified. Immediately he spoke to them and said, "Take courage! It is I. Don't be afraid." |
註解: イエスが荒海の上を歩みてその許に来り給うならんとは夢にも思わなかったので、甚 く驚き叫んだ。神の祐助は我らの全く予想し得ざりし方法をもって我らに与えられる。
辞解
[変化 の者] phantasma 「幽霊」というごとき意、なおマタ14:28−31にはペテロが海上を歩みてイエスに到らんとして沈みかけし記事あり、マタイ特有の記事でマルコにこれを略したのはペテロの謙遜なる心よりならん。
イエス
註解: 愛と力とに充ちたるイエスの御言は、弟子たちより凡ての恐怖と不安とを除き去った。苦難の中にありてイエスの御声を聞くことは最大の慰安である。
6章51節
口語訳 | そして、彼らの舟に乗り込まれると、風はやんだ。彼らは心の中で、非常に驚いた。 |
塚本訳 | そして彼らの舟に乗られると、風はやんだ。弟子たちはすっかり呆気にとられてしまった。 |
前田訳 | そして彼らのいる舟に乗られると、風はやんだ。彼らはすっかりおどろきいった。 |
新共同 | イエスが舟に乗り込まれると、風は静まり、弟子たちは心の中で非常に驚いた。 |
NIV | Then he climbed into the boat with them, and the wind died down. They were completely amazed, |
註解: イエスが海上を歩み給えることも、風が止みたることも凡て奇蹟的であった。神が自然を支配し給うごとく、イエスもまた時に自然を左右する力を持ち給うた。
6章52節 (そは)
口語訳 | 先のパンのことを悟らず、その心が鈍くなっていたからである。 |
塚本訳 | 彼らは(五千人の)パンのことによっても(神の子の力を)悟らず、心が頑なになっていたのである。 |
前田訳 | 彼らはパンのことをも悟らず、その心が頑であった。 |
新共同 | パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたからである。 |
NIV | for they had not understood about the loaves; their hearts were hardened. |
註解: もしパンの奇蹟を見てイエスがまことに神の子に在し給うことを信じ、彼を神として崇むる心ができていたならば、今の場合も彼らは少しも驚かなかったはずである。然るに彼らは未だパンの奇蹟の意義を充分に悟らなかった。イエスを肉によりて知る者は彼の神の子たるを悟ることは容易ではない。
辞解
[甚 く] 「非常に、法外に」というごとき意。
[鈍く] 「固陋 」となること。
要義 [海の上を歩み給えること]これを一つの作話と解しその事実性を否定する学者も多くあるけれども(W2)、それはかかる奇蹟の不可能を前提としたものであって、この前提が絶対的真理であることの説明を必要とする。復活後のイエスにおいて存したるごとき特別なる霊体(ヨハ20:26)の、予備的顕現と解することは不可能ではない。而してこの記事の我らの実際生活に対する教訓は極めて豊富である。すなわち(1)キリストは時に我らを強いて苦難の中に投込み給うこと、(2)キリストを離れて我らは苦難の中に怖じ惑うこと、(3)キリストは全く予期せざりし方法をもって我らを救い給うこと、(4)かくして救われるまでは我らは神を信頼することの遅きこと等、我らの信仰生活の実際に対する多くの暗示を含む。
6章53節
口語訳 | 彼らは海を渡り、ゲネサレの地に着いて舟をつないだ。 |
塚本訳 | ついに(湖を)渡って、ゲネサレの地に着き、舟をつないだ。(風でベツサイダに行けなかったのである。) |
前田訳 | 渡り終えてゲネサレの地に着き、舟をつないだ。 |
新共同 | こうして、一行は湖を渡り、ゲネサレトという土地に着いて舟をつないだ。 |
NIV | When they had crossed over, they landed at Gennesaret and anchored there. |
註解: ゲネサレはカペナウムの西方ガリラヤ湖の西北岸の地。
6章54節
口語訳 | そして舟からあがると、人々はすぐイエスと知って、 |
塚本訳 | 彼らが舟からあがると、人々はすぐイエスと知って、 |
前田訳 | 彼らが舟からあがると、人々はすぐ彼と知って、 |
新共同 | 一行が舟から上がると、すぐに人々はイエスと知って、 |
NIV | As soon as they got out of the boat, people recognized Jesus. |
口語訳 | その地方をあまねく駆けめぐり、イエスがおられると聞けば、どこへでも病人を床にのせて運びはじめた。 |
塚本訳 | そのあたりを隅なく駆けまわり、イエスがおられると聞く所に、病人を担架で運び始めた。 |
前田訳 | そのあたり至るところを駆けまわり、彼がおられると聞くところに病人を担架で運びはじめた。 |
新共同 | その地方をくまなく走り回り、どこでもイエスがおられると聞けば、そこへ病人を床に乗せて運び始めた。 |
NIV | They ran throughout that whole region and carried the sick on mats to wherever they heard he was. |
註解: イエスの到着を待ち焦がれている人々に報知するために、あちこち馳せ廻った。
辞解
[偏 くあたりを] 直訳すれば「その全地方を」で附近一般にの意。
その
註解: 「つれ来る」は「つれ廻る」または「運び廻る」と訳すべき文字で、イエスの跡を追うて探し廻った有様を示す。
6章56節 その
口語訳 | そして、村でも町でも部落でも、イエスがはいって行かれる所では、病人たちをその広場におき、せめてその上着のふさにでも、さわらせてやっていただきたいと、お願いした。そしてさわった者は皆いやされた。 |
塚本訳 | 村でも町でも部落でも、その行かれる所にはどこでも、病人を広場にねかし、着物の裾にでもさわらせてほしいとイエスに願った。さわったほどの者はみななおった。 |
前田訳 | そして村でも町でも里でも、彼の行かれるところはどこでも、病人を広場に置いて、お着物の裾にでもさわれるようお願いした。さわったものは皆なおった。 |
新共同 | 村でも町でも里でも、イエスが入って行かれると、病人を広場に置き、せめてその服のすそにでも触れさせてほしいと願った。触れた者は皆いやされた。 |
NIV | And wherever he went--into villages, towns or countryside--they placed the sick in the marketplaces. They begged him to let them touch even the edge of his cloak, and all who touched him were healed. |
註解: イエスの到る処病者の山を築いた。「市場」は「里」の場合不適当でD写本には「街」と訂正しあり。
辞解
[市場] agora は都市の門にある広場で官公署の所在地として、また取引契約等の行わる場所として多くの人の集合所であった。
註解: イエスの奇蹟力が最も著明に到る処にあらわれた。53−56節は特定の事件を指さず一般的の状態を記述す。
マルコ伝第7章
2-6-ト 手を洗う事について 7:1 - 7:23
(マタ15:1-20)
註解: 1−23節においてイエスは(1)神の誡命よりも人の言伝えを重視することの非と、(2)儀式的清浄の無意味と霊的清潔の重要なる所以とを示し給う。
7章1節 パリサイ
口語訳 | さて、パリサイ人と、ある律法学者たちとが、エルサレムからきて、イエスのもとに集まった。 |
塚本訳 | パリサイ人とエルサレムから来た数人の聖書学者とがイエスの所に集まったとき、 |
前田訳 | パリサイ人と学者の数人がエルサレムから来て、彼のところに集まった。 |
新共同 | ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。 |
NIV | The Pharisees and some of the teachers of the law who had come from Jerusalem gathered around Jesus and |
註解: 彼らはイエスを非難する材料を見出さんとして虎視眈々たるものがあった。由来宗教家、学者、思想家は最も嫉妬心徒党心に富む。エルサレムの学者は到る処に非常な尊敬を得ていた。
7章2節
口語訳 | そして弟子たちのうちに、不浄な手、すなわち洗わない手で、パンを食べている者があるのを見た。 |
塚本訳 | イエスの弟子のうちにけがれた、すなわち洗わない手で食事をする者があるのを見た。 |
前田訳 | そして彼の弟子たちにけがれた、すなわち洗わぬ手でパンを食べるものがあるのを見かけた。 |
新共同 | そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。 |
NIV | saw some of his disciples eating food with hands that were "unclean," that is, unwashed. |
註解: イエスは勿論、弟子たちもまた最も根本的なる心の問題に注意を集注していたので、些細なる伝統は自然にこれを無視していた。然るに学者、パリサイ人らは、根本的なる心の問題を無視して形式的些事を重視していた。この両者の間に一致がないのは当然である。
註解: 3、4節はユダヤ人の習慣を知らざる人々に対する著者の解説。
7章3節 パリサイ
口語訳 | もともと、パリサイ人をはじめユダヤ人はみな、昔の人の言伝えをかたく守って、念入りに手を洗ってからでないと、食事をしない。 |
塚本訳 | ──いったいパリサイ人はもとより、ユダヤ人というユダヤ人は、先祖の言伝えをかたく守って、(きまった方式で)手を洗ってからでないと決して食事をせず、 |
前田訳 | パリサイ人はじめすべてのユダヤ人は先祖のいい伝えを守って手をよく洗わずには食事せず、 |
新共同 | ――ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の人の言い伝えを固く守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、 |
NIV | (The Pharisees and all the Jews do not eat unless they give their hands a ceremonial washing, holding to the tradition of the elders. |
辞解
「凡てのユダヤ人」というは「大体ユダヤ人は」というごとき意。
[古 への人] 「老人」とも訳し得る presbyteroi 。
[懇 ろに] 原語 pygmêi は意味不明の語で(1)手首まで、(2)拳を丸め手の掌の凹みでこすること。(3)水を手一杯に汲んで、(4)予め、(5)熱心に屡々 等種々に解せらる、改訳は(5)によれるものでむしろ異本の pykna によれるものならん。
7章4節 また
口語訳 | また市場から帰ったときには、身を清めてからでないと、食事をせず、なおそのほかにも、杯、鉢、銅器を洗うことなど、昔から受けついでかたく守っている事が、たくさんあった。 |
塚本訳 | 市場から帰ったときは(身を)洗い浄めねば食事をせず、このほかにも杯や壷や銅の器をすすぐことなど、かたく守っている仕来たりが沢山あるのである。── |
前田訳 | 市場から帰って身を清めずには食事しない。そのほか杯や鉢や銅の器の洗いなど、守っているしきたりが多い。 |
新共同 | また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしない。そのほか、杯、鉢、銅の器や寝台を洗うことなど、昔から受け継いで固く守っていることがたくさんある。―― |
NIV | When they come from the marketplace they do not eat unless they wash. And they observe many other traditions, such as the washing of cups, pitchers and kettles. ) |
註解: 市場より帰りたる場合は全身を浴してこれを潔め、その他器物の洗滌等、彼らは一々伝統に従って行動し、かくすることを誇りとしていた。▲これらの習慣それ自身は衛生的に良習慣であるが、これは良心的善悪問題ではなく、神に対する関係の問題でもない。この両者を混同して形式だけで神に受納れられると考える点に対しイエスは反対し給うた。そのためには衛生的良習慣をさえも無視し給うた。
7章5節 パリサイ
口語訳 | そこで、パリサイ人と律法学者たちとは、イエスに尋ねた、「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人の言伝えに従って歩まないで、不浄な手でパンを食べるのですか」。 |
塚本訳 | パリサイ人と聖書学者がイエスに尋ねた、「あなたの弟子はなぜ先祖の言伝えに従って歩かずに、けがれた手で食事をするのか。」 |
前田訳 | それでパリサイ人と学者は彼に問うた、「なぜあなたの弟子は先祖の伝統に従って歩まずにけがれた手でパンを食べますか」と。 |
新共同 | そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちが尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。」 |
NIV | So the Pharisees and teachers of the law asked Jesus, "Why don't your disciples live according to the tradition of the elders instead of eating their food with `unclean' hands?" |
註解: 質問の形式ではあるが実は弟子たちの行動に対する非難であり、而して間接にその師なるイエスに対する非難であった。
辞解
[古への人] 3節辞解参照。
7章6節 イエス
口語訳 | イエスは言われた、「イザヤは、あなたがた偽善者について、こう書いているが、それは適切な預言である、『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。 |
塚本訳 | 彼らに言われた、「イザヤはあなた達偽善者のことを預言して、こう書いているが、うまいものである。“この民は口先でわたし[神]を敬いながら、その心は遠くわたしから離れている。 |
前田訳 | 彼はいわれた、「イザヤがあなた方偽善者のことを預言したのは当たっている。いわく、『この民は口先でわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。 |
新共同 | イエスは言われた。「イザヤは、あなたたちのような偽善者のことを見事に預言したものだ。彼はこう書いている。『この民は口先ではわたしを敬うが、/その心はわたしから遠く離れている。 |
NIV | He replied, "Isaiah was right when he prophesied about you hypocrites; as it is written: "`These people honor me with their lips, but their hearts are far from me. |
7章7節 ただ
口語訳 | 人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』。 |
塚本訳 | 彼らは(熱心に)わたしを拝むが無駄である、彼らが教えとして教えているのは、人間の(作った)規則であるから。” |
前田訳 | 彼らのわたしへの礼拝はむなしい、人の定めを教えとしているから』と。 |
新共同 | 人間の戒めを教えとしておしえ、/むなしくわたしをあがめている。』 |
NIV | They worship me in vain; their teachings are but rules taught by men.' |
註解: イエスはイザヤの預言を引用して彼らの信仰の虚偽を叱責し給う。その鋒先は甚だ鋭くあった(イザ29:13)。すなわち彼らの口頭の信仰、形式的礼拝を非難し、その結果人の訓誡を神の言よりも重要なものと見ることを攻撃し給うた。
辞解
本節の引用は最後の部分ヘブル語の原典とも異なり、また七十人訳とも少しく異なる。イエスは自由に変更して教訓を垂れ給うたものと見るべきである。
[偽善者] マルコ伝にはここに一回用いられるのみ。
7章8節
口語訳 | あなたがたは、神のいましめをさしおいて、人間の言伝えを固執している」。 |
塚本訳 | あなた達は神の掟をすてて、人間の言伝えをかたく守っている。」 |
前田訳 | あなた方は神の掟を捨てて人のいい伝えを守っている」と。 |
新共同 | あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。」 |
NIV | You have let go of the commands of God and are holding on to the traditions of men." |
註解: 宗教家の陥る普通の欠点は、事の大小を見分くる能力を失うことである。時の古今、洋の東西を問わずこの弊が常に宗教に固着して離れない。
7章9節 また
口語訳 | また、言われた、「あなたがたは、自分たちの言伝えを守るために、よくも神のいましめを捨てたものだ。 |
塚本訳 | また話しつづけられた、「あなた達は自分の言伝えを守ろうとして、神の掟をないがしろにしているが、うまいものだ! |
前田訳 | またいわれた、「よくもあなた方は神の掟をさし置いて自分らのいい伝えを守ろうとしている。 |
新共同 | 更に、イエスは言われた。「あなたたちは自分の言い伝えを大事にして、よくも神の掟をないがしろにしたものである。 |
NIV | And he said to them: "You have a fine way of setting aside the commands of God in order to observe your own traditions! |
註解: イエスは皮肉をもって彼らに対し、彼らの言伝えの巧妙さを嘲り給うた。パリサイ人らはその言伝えを重視するの余り、神の誡命と矛盾するに至る時、言伝えを棄てずして神の誡命を棄てた。信仰の根本を把握しなかったからである。
7章10節
口語訳 | モーセは言ったではないか、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。 |
塚本訳 | モーセは、“父と母とを敬え、”また“父または母を罵る者はかならず死に処せられる”と言ったのに、 |
前田訳 | モーセは『父母を敬え』といい、『父または母をののしるものは死に処せられる』ともいった。 |
新共同 | モーセは、『父と母を敬え』と言い、『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』とも言っている。 |
NIV | For Moses said, `Honor your father and your mother,' and, `Anyone who curses his father or mother must be put to death.' |
註解: 出20:12。出21:17。申5:16。これらは十誡の第五誡で最も重要なる神の誡命である。
7章11節
口語訳 | それだのに、あなたがたは、もし人が父または母にむかって、あなたに差上げるはずのこのものはコルバン、すなわち、供え物ですと言えば、それでよいとして、 |
塚本訳 | あなた達はこう言うのだから。──『もしある人が父または母にむかって、わたしがあなたに差し上げるはずのものはコルバン[すなわち(神への)供え物]にする、と言えば、 |
前田訳 | しかるにあなた方はいう、『ある人が父または母に向かって、差しあげるはずのものはコルバン、すなわち供え物ですといえば、 |
新共同 | それなのに、あなたたちは言っている。『もし、だれかが父または母に対して、「あなたに差し上げるべきものは、何でもコルバン、つまり神への供え物です」と言えば、 |
NIV | But you say that if a man says to his father or mother: `Whatever help you might otherwise have received from me is Corban' (that is, a gift devoted to God), |
7章12節 そののち
口語訳 | その人は父母に対して、もう何もしないで済むのだと言っている。 |
塚本訳 | (扶養の義務をまぬかれて、)もはや父または母に何一つすることを許されない』と。 |
前田訳 | その人にはもはや父または母に何ひとつさせない』と。 |
新共同 | その人はもはや父または母に対して何もしないで済むのだ』と。 |
NIV | then you no longer let him do anything for his father or mother. |
註解: 単にコルバンなりと言うだけで父母扶養の義務をも免ぜらるというごときは考え難きことであるけれども、その初めは、「これは神に対する供物なり」といえる場合その供物を極端に神聖視し、犯すべからざるものと考えしことが起因となり、その誓言の前には凡ての他のものを軽視せることとなったのであろう。すなわち本来神を敬う心より出たのであるけれども、それが信仰の霊的本質を離れて徒 らに形式的となりついには孝養の義務をもこれを無視するに至った。かくして人の言伝えが神の誡命以上に重んぜられることとなったのである。
辞解
[コルバン] ヘブル語で、神に対する供物の意味。
[言はば] すなわち単に言うだけで、別に神に供うる必要がなかった。
7章13節 かく
口語訳 | こうしてあなたがたは、自分たちが受けついだ言伝えによって、神の言を無にしている。また、このような事をしばしばおこなっている」。 |
塚本訳 | こうして、あなた達は自分で伝えてきた言伝えによって神の言葉を反故にしている。なお、これに似たことをあなた達は沢山している。」 |
前田訳 | あなた方が引きついだ自分のいい伝えで神のことばを無にしている。なおこれに類したことをたくさんしている」と。 |
新共同 | こうして、あなたたちは、受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている。また、これと同じようなことをたくさん行っている。」 |
NIV | Thus you nullify the word of God by your tradition that you have handed down. And you do many things like that." |
註解: ユダヤ人らはこの種の言伝えを多く造りて、神の言を空しうしていた。すなわち彼らは神の言よりも、人の言伝えを重視したのである。
7章14節
口語訳 | それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた、「あなたがたはみんな、わたしの言うことを聞いて悟るがよい。 |
塚本訳 | それからまた群衆を呼びよせて言われた、「皆、わたしの言うことを聞いて悟れ。 |
前田訳 | また彼は群衆を近くに呼んでいわれた、「皆わたしに耳傾けて理解せよ。 |
新共同 | それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。 |
NIV | Again Jesus called the crowd to him and said, "Listen to me, everyone, and understand this. |
7章15節
口語訳 | すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。かえって、人の中から出てくるものが、人をけがすのである。 |
塚本訳 | 人の(体の)外から入って、人をけがし得るものは何もない。人から出るものが、人をけがすのである。」 |
前田訳 | 人の外から中へ入って人をけがせるものはない。人から出るものが人をけがす」と。 |
新共同 | 外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」 |
NIV | Nothing outside a man can make him `unclean' by going into him. Rather, it is what comes out of a man that makes him `unclean.' " |
註解: 本節より以後においてイエスは手を洗う必要なきことの意義を明かにし給う。すなわち人の清きや否やの問題は、食物の問題でなく、心の問題であり、従って手を洗うことは重大なる必要ではない。「更に」は「再び」で他の機会においてイエスはこの説明を与え給うたのである。なおこの間にマタ15:12−14あり参照すべし。〔16なし〕
口語訳 | 〔聞く耳のある者は聞くがよい〕」。 |
塚本訳 | (無し) |
前田訳 | 〔「聞く耳あるものは聞け」〕。 |
新共同 | (†底本に節が欠落 異本訳) 聞く耳のある者は聞きなさい。 |
NIV |
7章17節 イエス
口語訳 | イエスが群衆を離れて家にはいられると、弟子たちはこの譬について尋ねた。 |
塚本訳 | 群衆を離れて家にかえられた時、弟子たちがこの譬(の意味)を尋ねた。 |
前田訳 | 群衆に別れて家へ帰られたとき、弟子たちは譬えについておたずねした。 |
新共同 | イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。 |
NIV | After he had left the crowd and entered the house, his disciples asked him about this parable. |
註解: 15節は一種の謎のごとき言い方であって弟子たちはこれを譬として解した。
辞解
[弟子たち] マタ15:15にペテロとあり、マルコ伝は往々ペテロの名を出すことを避くるもののごとくである。
7章18節
口語訳 | すると、言われた、「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか。 |
塚本訳 | 彼らに言われる、「あなた達までそんなに悟りが悪いのか。すべて外から人(の体)に入るものは、人をけがし得ないことが解らないのか。 |
前田訳 | するといわれる、「あなた方までそれほど無理解か。すべて外から人に入るものは人をけがせないことがわからないか。 |
新共同 | イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。 |
NIV | "Are you so dull?" he asked. "Don't you see that nothing that enters a man from the outside can make him `unclean'? |
7章19節 これ
口語訳 | それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。 |
塚本訳 | 心に入らず、腹に入って、便所に出てゆくからだ。」──イエスは(これによって、人は何を食べてもけがれないことを教えて、)すべての食物を清められたのである。 |
前田訳 | それは心には入らずに腹に入って、厠に出るから」と。こうして彼はすべての食べ物を清いとされた。 |
新共同 | それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる。」 |
NIV | For it doesn't go into his heart but into his stomach, and then out of his body." (In saying this, Jesus declared all foods "clean.") |
註解: イエスにとりて汚れの問題は外部的、儀式的汚れのことではなく、心のみの問題であった。心さえ汚されないならば、外部的儀式的の汚れは問題とするに足らない。手を洗わずにパンを食うとも、それは結局腹を通って厠 に落つるだけであって心とは全然没交渉である。「如何に手を潔めても結局穢き厠に落つるではないか」という辛辣な皮肉である。▲「厠におつる」を口語訳では「外に出て行く」と訳したのは、この下品な表顕はイエスに相応しくないと思ったためなのではあるまいか。RSVも同様である。もしそうならば無用の心配である。イエスは金襴の衣で着飾った上品な大僧正ではなく、一個の自由な自然人であった。イエスの自由さ自然さを示すこの原語 aphedrôn をわざわざ変更したのは口語訳の失敗である。
かく
註解: イエスはかくして食物の中に汚れしものと潔きものとの区別を立つることをも撤廃し給うた。
辞解
この一句は「凡ての食物を潔めて」と読むべき文字故、これを「厠」と関連せしむる解あれどやや晦渋 なり。
7章20節 また
口語訳 | さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。 |
塚本訳 | また言われた、「人から出るもの、そちらが人をけがす。 |
前田訳 | またいわれた、「人から出るものこそ人をけがす。 |
新共同 | 更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。 |
NIV | He went on: "What comes out of a man is what makes him `unclean.' |
7章21節 それ
口語訳 | すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、 |
塚本訳 | 内から、つまり、人の心からは、邪念が出るからである。(すなわち)不品行、盗み、人殺し、 |
前田訳 | 内から、すなわち人の心から悪心が出る。不身持(ふみもち)、盗み、殺人、 |
新共同 | 中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、 |
NIV | For from within, out of men's hearts, come evil thoughts, sexual immorality, theft, murder, adultery, |
7章22節
口語訳 | 姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。 |
塚本訳 | 姦淫、欲張り、悪意、悪巧み、道楽、妬み、悪口、高ぶり、愚かさ(など)。 |
前田訳 | 姦淫、貪欲、悪意、奸計(かんけい)、逸楽、妬み、悪口、倣慢(ごうまん)、ふしだら、 |
新共同 | 姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、 |
NIV | greed, malice, deceit, lewdness, envy, slander, arrogance and folly. |
7章23節 すべて
口語訳 | これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。 |
塚本訳 | これらの悪は皆、内から出て人をけがすのである。」 |
前田訳 | これらの悪はみな内から出て人をけがす」と。 |
新共同 | これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」 |
NIV | All these evils come from inside and make a man `unclean.'" |
註解: 心より悪念出で来ってこれらの種々の罪悪となりて我らを汚す、それ故に我らの注意すべきことは手を洗うことではなく、心を潔く保つことである。心をば種々の汚れに充しつつ手のみを洗うとも何の益あらんや、パリサイ人らは全く事の本末を転倒してイエスの弟子を非難したのであった。
要義 [内と外]外側の行為を潔くすることは困難のようであって実は容易であり、内側の心を潔くすることはその反対に容易のようであって困難である。人間の心の中を見得るものは自己と神とのみである故、人はその心の汚穢を他人の前に偽り隠し、これによって外側の行為を聖者のごとくならしむることができる。しかしながら人は神によらざれば自己の内心を潔めることができない。それ故に人は難行を忌避して易行に移り行き、従って宗教は常に外側の行為を喧 しく言う律法主義に陥る。イエスの粉砕せんとし給えるはこの外側のみを飾る律法主義であった。
分類
3 異邦におけるイエスの活動 7:24 - 8:26
3-1-イ スロ・フェニキヤの娘を醫し給う 7:24 - 7:30
(マタ15:21-28)
口語訳 | さて、イエスは、そこを立ち去って、ツロの地方に行かれた。そして、だれにも知れないように、家の中にはいられたが、隠れていることができなかった。 |
塚本訳 | そこを立って、ツロ地方に行かれた。ある家に入って、だれにも知られたくないと思っておられた。しかし隠れていることが出来ず、 |
前田訳 | そこを立ってツロの地方へ行かれた。ある家に入って、だれにも知られたくないとお考えであったが、隠れておいでになれなかった。 |
新共同 | イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた。ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられたが、人々に気づかれてしまった。 |
NIV | Jesus left that place and went to the vicinity of Tyre. He entered a house and did not want anyone to know it; yet he could not keep his presence secret. |
註解: イエスはイスラエルの代表者ともいうべき学者、パリサイ人らの無理解による反対に遭い、心中悲憤の情を禁ずることができず、独り静かにその弟子たちを訓練せんがために(I0)ガリラヤ地方を去り給うた。
ツロの
註解: フェニキヤの海港にして地中海に面する海港ツロのある地方に往き給うた。
辞解
[地方] horia(異本 methoria)は境界または境界地方の意であるため、イエスはツロへの境界近きガリラヤの地方に行き給うたのであると解する説あれど(B1、M0)新約聖書の用法としてはむしろツロの地方に入り給えりと解すべきである(I0、E0、L2)。異本に「およびシドン」とあれど31節よりみて無い方が正し。
註解: イエスは伝道の目的をもってツロの地方に赴いたのではなく、しばらくユダヤ人を避けんがためであった。而してこれがかえって異邦人に対して自己を示し給う機となった。常に伝道、伝道と称して駆け廻ることが必ずしも最善の伝道ではない。隠れんとして隠れる能わざる者のみ真の伝道を為すことを得。▲イエスが特に「人に知られまいとし給うた」理由は、神との交わりが空虚にならないためである。
辞解
[家] 異邦人の家かユダヤ人の家かにつきては知ることができない(L2)あるいはこれをイエスを敬う人(M0)または未知の人(E0)等に限定せんとするのは単なる想像に過ぎない。
7章25節
口語訳 | そして、けがれた霊につかれた幼い娘をもつ女が、イエスのことをすぐ聞きつけてきて、その足もとにひれ伏した。 |
塚本訳 | 汚れた霊につかれた小さい娘を持つ一人の女が、すぐイエスのことを聞きつけ、来て足下にひれ伏した。 |
前田訳 | ある女にけがれた霊につかれた娘があって、すぐ彼のことを聞きつけ、来てお足もとにひれ伏した。 |
新共同 | 汚れた霊に取りつかれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエスのことを聞きつけ、来てその足もとにひれ伏した。 |
NIV | In fact, as soon as she heard about him, a woman whose little daughter was possessed by an evil spirit came and fell at his feet. |
註解: 心に切に求めつつあるものは最も速やかにイエスを見出すことができる。娘の母が「直ちに」イエスのことを聞き付けたのは、切に娘が病より救われんことを求めていたからであった。求むる心なき者にとりてはイエスの存在は意味が無く、飽き足れる者にとりては山海の珍味も瓦礫に等しい。
7章26節 この
口語訳 | この女はギリシヤ人で、スロ・フェニキヤの生れであった。そして、娘から悪霊を追い出してくださいとお願いした。 |
塚本訳 | この女は異教人で、スロフェニキア生まれであったが、娘から悪鬼を追い出してほしいとイエスに願った。 |
前田訳 | この女は異邦人で、スロフェニキアの生まれであったが、娘から悪霊を追い出すようお願いした。 |
新共同 | 女はギリシア人でシリア・フェニキアの生まれであったが、娘から悪霊を追い出してくださいと頼んだ。 |
NIV | The woman was a Greek, born in Syrian Phoenicia. She begged Jesus to drive the demon out of her daughter. |
辞解
ユダヤ人以外の諸国民を漠然とギリシャ人と呼んでいた(使18:4。使19:10。ロマ3:9。ロマ10:12等)。それ故にこの女がカナン人であることと矛盾しない(マタ15:22)。スロ・フェニキヤはスリヤ地方のフェニキヤ領の意味で、北アフリカのリビヤ地方のフェニキヤすなわちリボ・フェニキヤと区別するための名称。
その
註解: イエスの御足の許に平伏し祈りの心をもってこれを嘆願した。イエスを受くべきイスラエルの民はかえって彼を拒み、彼と無関係なる異邦の女がかえって彼を信ずるを見て、イエスの淋しき心は一層その淋しさを増したことであろう。
7章27節 イエス
口語訳 | イエスは女に言われた、「まず子供たちに十分食べさすべきである。子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。 |
塚本訳 | 女に言われた、「まず子供たち(イスラエル人)を満腹させなくてはいけない。子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」 |
前田訳 | するといわれた、「まず子らを満腹させよ。子らのパンを取って小犬に投げ与えるのはよくない」と。 |
新共同 | イエスは言われた。「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない。」 |
NIV | "First let the children eat all they want," he told her, "for it is not right to take the children's bread and toss it to their dogs." |
註解: イエスはイスラエルと異邦人との関係を、家庭における子供とその愛犬との関係とに比較し給うた。子供を飢えしめて犬を飽かしむべきではない。ユダヤ人に救いを与えずして異邦人に救いを与うべきではない。イエスはこの女の苦悩に同情し給わなかったのではなく、この女の態度によりて一層切にイスラエルに対する愛心に燃え給い、その衷心の苦痛をこの女に向って吐露し給うた。
辞解
[まづ] 第一がユダヤ人第二が異邦人ということの意義で、ユダヤ人の普通の思想であった (使3:26。使13:46。ロマ1:16。ロマ2:9-10)。マタ15:24 は一層強くイスラエルのみに限定せるごとくに見ゆる故に、この「まづ」は編纂者の挿入なりとする説あれど(L2)かく見る必要はない。
[犬] ユダヤ人が異邦人を軽蔑して用うる言葉であるためイエスに相応しからずとする説あれど、イエスは神の国の経綸の中におけるユダヤ人と異邦人の地位を家庭における子供と小狗 に譬えたのであって、軽蔑の意味を含んでいない。
7章28節
口語訳 | すると、女は答えて言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる小犬も、子供たちのパンくずは、いただきます」。 |
塚本訳 | しかし女は答えた、「主よ、是非どうぞ!食卓の下の小犬どもも、子供さんたちのパン屑をいただきます。」 |
前田訳 | 彼女は答えた、「主よ、それはそれでも、食卓の下の小犬も子どものパンくずを食べます」と。 |
新共同 | ところが、女は答えて言った。「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます。」 |
NIV | "Yes, Lord," she replied, "but even the dogs under the table eat the children's crumbs." |
註解: 純真なる信仰は神の御言の中より、人の気付かざる真理を抽出 すことができる。熱心に求むるものは、他の人の顧みざる物をもって己の要求を充すことを得。贅沢なる求道者は結局如何に貴重なる真理を与えられるもこれをもって心が満ち足ることができない。この女にかかる軽妙なる答を与うるを得しめたのは、その切に求むる心とその純なる信頼の心とであった。
7章29節 イエス
口語訳 | そこでイエスは言われた、「その言葉で、じゅうぶんである。お帰りなさい。悪霊は娘から出てしまった」。 |
塚本訳 | イエスは言われた、「それほど言うなら、よろしい、帰りなさい。悪鬼はもう娘から出ていった。」 |
前田訳 | 彼はいわれた、「それほどいえるなら、お帰りなさい。娘さんから悪霊は出た」と。 |
新共同 | そこで、イエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった。」 |
NIV | Then he told her, "For such a reply, you may go; the demon has left your daughter." |
註解: 「安んじ」は原文になし、直訳「この言の故に往け」で「この一言で充分だ、よろしい、往け」というごとき意でイエスはこの言の中に彼女の輝ける信仰を見出したのである。
註解: イエスはその娘の母の信仰を通じてその能力を娘に及ぼし、マタ8:13のごとく距離を超越して奇蹟をもって娘を癒し給うた。
7章30節
口語訳 | そこで、女が家に帰ってみると、その子は床の上に寝ており、悪霊は出てしまっていた。 |
塚本訳 | 女が家にかえって見ると、子供は寝床にねており、悪鬼はもう出ていた。 |
前田訳 | 彼女が家へ帰ると、子は床に寝ていて、悪霊は出ていた。 |
新共同 | 女が家に帰ってみると、その子は床の上に寝ており、悪霊は出てしまっていた。 |
NIV | She went home and found her child lying on the bed, and the demon gone. |
註解: 寝台の上に平安に臥している姿は、悪鬼の去りたる証拠であった。
要義1 [淋しきイエス]イエスがスロ・フェニキヤの女の請に対してこれを一応拒絶し給える理由として種々の説が唱えられるけれども(マタ15:28要義二参照)むしろイエスの内心の淋しさの反影と見る方が適当であろう。イエスは神の選民イスラエルを心より愛し給うたにもかかわらず、イスラエルは彼を受けず彼を排斥した。イエスはそのままイスラエルの地に留ることの堪え得ざる苦痛を感じ給うたので、自然に異邦の地に身を隠さんとし給うたのであろう。而してこの異邦においてこの女の驚くべき信仰に接したるは、イエスをして一層その淋しさを増さしめたことであろう。パウロはユダヤ人の不信仰の故に「我ら転じて異邦人に向はん」(使13:46)と言いつつもなおユダヤ人に対し断ち難き執着を有っていた(使14:1。使17:1、2)。イエスは「先ずユダヤ人に」または「ユダヤ人のみに」遣され給えることを主張しつつ異邦の娘を醫し給うた。何れもユダヤ人と共に異邦人を愛することを示すと同時に何れもその愛するものに受納れられざる淋しさを物語っている。神による真の愛は、常にその国人に誤認せられ排斥せらる。
要義2 [スロフェニキヤの女の信仰]7:28における女の答は英知に充てるものであった。しかしながら単にこれを機智とのみ見るべきではなく、この中に重大なる真理を語っている。すなわち神の祝福は自らアブラハムの子なりとして誇れるイスラエルには与えられずして、自己の無価値を信じて、謙遜なる心をもって神の祝福を求むるものに与えられることである。而してこの女がこの重大なる真理を発見したのはその求むる心の切なるが故であった。渇して水を求むる者は岩間より流れ出づる糸のごとき細き水をも直ぐに発見する。
註解: 31−37節はマルコ伝特有である。ただし31,32節はマタ15:29−31において敷衍せられている。
7章31節 イエス
口語訳 | それから、イエスはまたツロの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通りぬけ、ガリラヤの海べにこられた。 |
塚本訳 | それからイエスはツロ地方を出て、シドンを通り、またガリラヤ湖の近く、デカポリス地方の真中に来られた。 |
前田訳 | それからイエスはツロの地方を去り、シドンを経、デカポリス地方を通ってガリラヤ湖へ行かれた。 |
新共同 | それからまた、イエスはティルスの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた。 |
NIV | Then Jesus left the vicinity of Tyre and went through Sidon, down to the Sea of Galilee and into the region of the Decapolis. |
註解: イエスはツロより北に赴きさらに東南に下りガリラヤ湖の東なるデカポリス地方に入り、ガリラヤ湖畔に来給うたのであろう。この旅程はやや難解であるため種々の変更を為さんとする説あり、而してこのイエスの旅行の目的は伝道のためではなかったけれども、彼の奇蹟を行い給う機会となった。
辞解
[シドンを過ぎ] 単に「フェニキヤを経て」の意味に解するは(L2)無理である。
7章32節
口語訳 | すると人々は、耳が聞えず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いした。 |
塚本訳 | 人々が聾で舌のまわらぬ人をつれて来て、手をのせて(直して)ほしいと願う。 |
前田訳 | 人々は耳しいで言語障害の人を連れて来て手をお置きくださるようお願いする。 |
新共同 | 人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願った。 |
NIV | There some people brought to him a man who was deaf and could hardly talk, and they begged him to place his hand on the man. |
註解: デカポリスの地方にはイエスの奇蹟につきすでに知れ渡っていた(マコ5:20)ので多くの人々病を醫されんがために集い来り(マタ15:30)その中の一人としてこの聾唖者があった。またこの人がユダヤ人なりしや異邦人なりしやは不明であるが、おそらく後者であろう。マルコが特に聾唖者をここに選び出したのは、異邦人の不信の表徴としてカナンの女の信仰的なりし場合と対立せしめたのかもしれない。手を按くことは治癒するため。
辞解
[物言ふこと難き] magilalos で唖者 alalos と同義に用いらる(七十人訳)。ただし本節の場合は35節の「正しく物言へり」より見て、若干言語に近き声を発し得る唖者であったように見える(I0。ただし単に唖者と訳する説あり、L2、M0)。
7章33節 イエス
口語訳 | そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し、 |
塚本訳 | イエスはその人をただ一人、群衆の中から連れ出して、指をその両耳にさしこみ、次に(指に)唾をしてその舌にさわり、 |
前田訳 | 彼はその人ひとりを群衆から連れ出して、指を両耳に入れ、唾して舌にさわり、 |
新共同 | そこで、イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた。 |
NIV | After he took him aside, away from the crowd, Jesus put his fingers into the man's ears. Then he spit and touched the man's tongue. |
註解: イエスはその注意を彼に集中し、また彼をしてその信仰をイエスに向けしめんがために群衆より彼を離したのであろう(M0)。なおこれにつきては多くの理由が挙げられているけれども何れも想像説に過ぎず、学的根拠があるわけではない、すなわち(1)大量的治癒を行わされることを嫌い給えるため(E0)、(2)治療の方法を秘密にするため(L2)、(3)奇蹟をできるだけ人に知らせざるため(I0)、その他種々あり。
その
7章34節
口語訳 | 天を仰いでため息をつき、その人に「エパタ」と言われた。これは「開けよ」という意味である。 |
塚本訳 | 天を仰いで溜息をつき、その人に「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる。 |
前田訳 | 天を仰いで溜息して彼にいわれる、「エパタ」と。開け、の意味である。 |
新共同 | そして、天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。これは、「開け」という意味である。 |
NIV | He looked up to heaven and with a deep sigh said to him, <"Ephphatha!"> (which means, "Be opened!"). |
註解: イエスが具体的の術を用い給うたのは、言のみにては聾者に聴えないので、イエスの心持をこの外部的手段によりて、彼に印象せんがためであったに相違ない。天を仰ぎて嘆じ給えるは、この聾唖者の心持に深く同情し給い、彼に代ってその悩める心を吐露し給うたのであろう。それ故にこの呻吟 は一種の祈りである。イエスはその全心の愛と力とを注ぎて未知の一病者を醫し給うた。
辞解
[唾し] 聾唖者の舌に唾したのか、イエスの手に唾して病者の舌に觸れたのか不明にして異本には数々の変更あり。
[エパタ] アラム語。
[嘆じ] 「呻吟 し」の意、これを治療の手段(L2)と見るは不可。
7章35節
口語訳 | すると彼の耳が開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった。 |
塚本訳 | すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった。 |
前田訳 | すると聞こえるようになり、すぐ舌のもつれがほどけて、普通に話した。 |
新共同 | すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった。 |
NIV | At this, the man's ears were opened, his tongue was loosened and he began to speak plainly. |
註解: 彼は先天的聾唖者であらざりしもののごとし。幾分言語をも記憶していたのであろう。
口語訳 | イエスは、この事をだれにも言ってはならぬと、人々に口止めをされたが、口止めをすればするほど、かえって、ますます言いひろめた。 |
塚本訳 | イエスはだれにも言ってはならぬと人々に命じられたが、命ずれば命ずるだけ、ますます言いふらした。 |
前田訳 | 彼は人々にだれにもいうなと命じられた。しかし人々は命じられるとますます言いふらし、 |
新共同 | イエスは人々に、だれにもこのことを話してはいけない、と口止めをされた。しかし、イエスが口止めをされればされるほど、人々はかえってますます言い広めた。 |
NIV | Jesus commanded them not to tell anyone. But the more he did so, the more they kept talking about it. |
註解: イエスは自己の奇蹟の人に知られることを極端に嫌い給うた(マタ8:4引照参照)。彼の使命は肉体の病の治癒にあらず、人々の魂を神に導くに在ったからである。人々は霊魂の救われることを願わず、かえって肉体の病の醫されんことを願う。
註解: 人情の自然としても、戒められる程いよいよ言い広めたくなることであろう。イエスは山の上の邑のごとく人の目に隠れんとして隠れることができなかった。
7章37節 また
口語訳 | 彼らは、ひとかたならず驚いて言った、「このかたのなさった事は、何もかも、すばらしい。耳の聞えない者を聞えるようにしてやり、口のきけない者をきけるようにしておやりになった」。 |
塚本訳 | そして驚きはてて言った、「あの方のされたことは、何もかも良いことばかりだ。聾や唖に、聞かせたり、物を言わせたりされるのだから。」 |
前田訳 | 並々ならぬおどろきぶりでいった、「あの方のなさったことは皆いい。耳しいが聞こえ、唖者が話すようになる」と。 |
新共同 | そして、すっかり驚いて言った。「この方のなさったことはすべて、すばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる。」 |
NIV | People were overwhelmed with amazement. "He has done everything well," they said. "He even makes the deaf hear and the mute speak." |
註解: 異邦人はかえって単純にイエスの為し給えること、また現に為し給いつつあることを賞揚した。
辞解
[甚だしく] 原語 huperperissôs で「非常以上に」の意、他に用例なし。
[打驚き] ekplêssomai も強き語で打撃を受けて気が遠くなるがごとき意。
要義 [聾唖者の治癒]「耳ひらけ」「舌の縺 ただちに解け」「正しく物言ふ」この事実は奇しくも罪の中にある我らの救われし時の姿に髣髴せるものがある。我らの心の耳は我らの罪のために、真理の言を聴くことができない。従って我らの舌は不自由であって正しく語ることができない。然るにいったん我ら信仰によって新生命を得るに至れば、我らの耳は未だ曾て聴かざりし真理を聞き、我らの舌は自由となって正しき言葉を語ることができる。イエスによりて新生命に復活せしめられし者はみなかかる者となり得るのである。