第2テモテ書第3章
分類
3 テモテに対する教訓 2:1 - 4:8
3-2 苦難と闘え 3:1 - 4:8
3-2-イ 来世に起るべき諸悪 3:1 - 3:9
註解: 1−9節においてパウロは末の世における世相を示し、これに対して警戒すべきことをテモテに示すため(10−17節)の準備としている。
3章1節 されど
口語訳 | しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には、苦難の時代が来る。 |
塚本訳 | しかしこのことを知れ──最後の日には(本当に)難しい時が来る。 |
前田訳 | ぜひ知ってもらいたいのは、終わりの日に難しい時が来ることです。 |
新共同 | しかし、終わりの時には困難な時期が来ることを悟りなさい。 |
NIV | But mark this: There will be terrible times in the last days. |
註解: 「末の世」原語「末の日」はキリストの昇天よりキリストの再臨に至るまでの一世代を指す。この間はマタ24:11、12にも示されるごとく、この世界は次第に進歩して黄金時代を顕出するのではなく、キリストの再臨の前にはかえって大艱難の時代が来ることを予想している。これがキリストならびに使徒たちの終末観であり(マタ24:21、マタ24:29。Uペテ3:7。黙7:14)、また当時の一般のユダヤ人の終末観であった。この終末観はユダヤ人の永年の歴史より生み出されし所であって、キリストの福音により益々その真理性が明かにせられた所のものである。すなわちこの「末の日」は苦しき時であり悪が満ち苦難が臨む。
註解: 本節以下の罪の目録は語形によりあるいは近似の内容により二語ずつ対をなして雑然と排列されたもののようである。思想的の連絡または系統は見出し得ない。
口語訳 | その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、 |
塚本訳 | (その時)人は(皆)利己主義、金好き、法螺吹き、横柄、冒涜者、親不孝、恩知らず、無道者、 |
前田訳 | 人々は自己愛、金銭愛、ほら吹き、高慢、涜神、親不孝、忘恩、不信心、 |
新共同 | そのとき、人々は自分自身を愛し、金銭を愛し、ほらを吹き、高慢になり、神をあざけり、両親に従わず、恩を知らず、神を畏れなくなります。 |
NIV | People will be lovers of themselves, lovers of money, boastful, proud, abusive, disobedient to their parents, ungrateful, unholy, |
註解: 己を愛するは「悪の第一の根」(B1)である。▲このベンゲルの語と西郷南洲(隆盛)の遺訓にある「己を愛するは善からぬことの第一なり」とは良き暗合である。
註解: 己を愛することの一変形であるが、ついには金銭それ自身を目的とするに至る。金銭は人間を支配する大なる力である。
註解: 前者は浮薄なる調子の大言壮語、後者は他人を軽蔑し自己を高しとする態度。ロマ1:30辞解参照。
註解: 罵る者 blasphêmos は本節の場合は多く人間に対する者と解せられているけれども神に対する涜し言を意味すと見る方が適当である。不孝の罪と一対としたのもそのためであろう。
註解: 親に不孝なる者は人の恩を忘れ神の恩恵を無視する。また神を涜す者はその心も自ら汚れる。
口語訳 | 無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、 |
塚本訳 | 無情者、頑固者、悪口家、放埒な、粗野な、善の敵、 |
前田訳 | 無情、不和、中傷、放縦、粗野、背徳、 |
新共同 | また、情けを知らず、和解せず、中傷し、節度がなく、残忍になり、善を好まず、 |
NIV | without love, unforgiving, slanderous, without self-control, brutal, not lovers of the good, |
註解: 自然の人情を欠いている者。
註解: 協調的精神を有せざる者。
註解: 前者は虚偽の誹謗をなす者、後者は自制力を欠く者、すなわち感情や慾情に支配される者。
註解: 前者は憐憫ある者の反対、後者は善を愛する者の反対。
口語訳 | 裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、 |
塚本訳 | 裏切り者、向こう見ず、思い上がった、神を愛するより快楽を愛する者になるからである。 |
前田訳 | 反逆、軽率、自負に陥り、神よりも快楽を愛し、 |
新共同 | 人を裏切り、軽率になり、思い上がり、神よりも快楽を愛し、 |
NIV | treacherous, rash, conceited, lovers of pleasure rather than lovers of God-- |
註解: 後者は向う見ずなる者。
註解: Tテモ3:6辞解参照。
註解: 信者は神を愛し、神を愛せざる者は自己の快楽を追求する。
3章5節
口語訳 | 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。 |
塚本訳 | 彼らは敬虔を装うが(真面目な生活をしようとせず、)その(乱れた生活によってかえって敬虔の)能力を否定している。彼らを離れよ。 |
前田訳 | 敬虔の外形を持ちつつも、その力を否むでしょう。これらの人々をお避けなさい。 |
新共同 | 信心を装いながら、その実、信心の力を否定するようになります。こういう人々を避けなさい。 |
NIV | having a form of godliness but denying its power. Have nothing to do with them. |
註解: 表面の態度は信仰を装っておりながら、その信仰より出づる力を失っている人々がある。形式主義の信者を指す。
辞解
[貌 ] morphê は外形を意味す。
[徳を捨つ] 原語「能力 を否む」でこの否むは事実によりて否むの意味で、事実能力を失っている意味と解することができる。
註解: パウロはテモテをしてこの種の人々より遠ざからしめ、顔を背けしめんとして apotrepô かく教えている。なお2節以下に列挙されるごとき人々がキリスト者すなわち教会内部の人であるかまたは外部の人であるかは明かではない。2節の「人々」は「人間が」というごとき一般的意味である故、これらの罪悪の列挙は一般の人を指すと見るべきであろう。そしてこの一般の悪徳が教会にも影響し、偽教師らによりて益々増長される処は多かった。それ故にパウロはかかる者を避けしめんとしたのであった。
3章6節
口語訳 | 彼らの中には、人の家にもぐり込み、そして、さまざまの欲に心を奪われて、多くの罪を積み重ねている愚かな女どもを、とりこにしている者がある。 |
塚本訳 | その中には(人の)家に潜り込んで、女どもを口車に乗せる者がある──様々な慾に引かれて罪を重ね、 |
前田訳 | 彼らのあるものは、人の家に入り込み、いろいろな欲にかられて罪を重ねた女たちを迷わせています。 |
新共同 | 彼らの中には、他人の家に入り込み、愚かな女どもをたぶらかしている者がいるのです。彼女たちは罪に満ち、さまざまの情欲に駆り立てられており、 |
NIV | They are the kind who worm their way into homes and gain control over weak-willed women, who are loaded down with sins and are swayed by all kinds of evil desires, |
註解: テモテらに逆う偽教師らの不道徳の実例を示す。当時の異教徒やグノシス主義的傾向を有する者らの特徴の一つとして性的放縦が指摘されている。
辞解
[愚なる女] gynaikaria は「小女共」の意味で軽蔑の語。
[虜にす] 戦争において捕虜とするの意味、逃れる術なきこと。
註解: この種の女子の生活の様はまことに詛わるべきであって、罪に罪を重ね、肉慾、虚栄等あらゆることに引きずられた。
3章7節
口語訳 | 彼女たちは、常に学んではいるが、いつになっても真理の知識に達することができない。 |
塚本訳 | (罪に悩んで)いつも学んでいるが、決して(救いの)真理の知識に達することの出来ない女どもを! |
前田訳 | 彼女らはつねに学びつつも、決して真理を知るに至りえません。 |
新共同 | いつも学んでいながら、決して真理の認識に達することができません。 |
NIV | always learning but never able to acknowledge the truth. |
註解: この種の女子はかえって教養ある上流の婦女子に多く、彼らはあるいはその教養に誇らんがためあるいは単なる好奇心より(B1)宗教や哲学を学ぶのであるけれども、その心に真実さがなく、その念が罪のために鈍くせられ、ために真理を知ることができない。彼らの教養は虚飾である。
3章8節
口語訳 | ちょうど、ヤンネとヤンブレとがモーセに逆らったように、こうした人々も真理に逆らうのである。彼らは知性の腐った、信仰の失格者である。 |
塚本訳 | この人達の真理は腐れ、信仰はまがい物で、ヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、真理に逆らうのである。 |
前田訳 | ヤンネとヤンブレとがモーセに逆らったように、彼らも真理に逆らっています。その知性は腐れ、信仰については失格者です。 |
新共同 | ヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、彼らも真理に逆らっています。彼らは精神の腐った人間で、信仰の失格者です。 |
NIV | Just as Jannes and Jambres opposed Moses, so also these men oppose the truth--men of depraved minds, who, as far as the faith is concerned, are rejected. |
註解: 6節にいえる男子らすなわち偽教師らに対する非難の連発である。すなわち彼らは正しき教(Uテモ2:15)に逆うことによりて真理に逆い、罪を罪とせざるほどその心は腐れ果て、その信仰は神の試験に合格することができない。かかる者でありながら、あたかもエジプトの法術士らがモーセに逆い、モーセの能力に類似せる能力を発揮せるごとく(出7:11以下)、偽教師らもテモテらに逆い、テモテに類せる者のごとくに人に思わせる。
辞解
「ヤンネとヤンブレ」なる名称は旧約聖書には録されていない。ユダヤ人の間に伝説として語り伝えられており後代の文献にそのことが録されている。パウロもこれを伝説によりて知ったのである。
[棄てられたる者] 試験に合格せざる者、無資格者と認められし者。
口語訳 | しかし、彼らはそのまま進んでいけるはずがない。彼らの愚かさは、あのふたりの場合と同じように、多くの人に知れて来るであろう。 |
塚本訳 | しかし(彼らのすることは一時はとにかく、結局)うまくゆかない。あの二人のように、(やがて)その馬鹿げたことが皆に見えすくからである。 |
前田訳 | しかし彼らはこれ以上進めますまい。彼らの無知は、あのふたりの場合のように、すべての人にわかるでしょう。 |
新共同 | しかし、これ以上はびこらないでしょう。彼らの無知がすべての人々にあらわになるからです。ヤンネとヤンブレの場合もそうでした。 |
NIV | But they will not get very far because, as in the case of those men, their folly will be clear to everyone. |
註解: 彼らの悪は益々進むけれども(13節)、真理に逆うことはこれ以上には進むことができない。神は適当なる処に限界を置きて悪の力を制御し給う。
そはかの
註解: 二人の法術士もついにモーセの前にその愚を暴露した(出8:14。出9:11)と同様に彼らもまたその愚を凡ての人の前に暴露するに至り、ついに真理をして勝ち遂げしめるのである。それ故に汝は恐れず確信に立ちて行動しこれらの悪しき者と断絶せよ。
要義 [悪人とその末路]悪人は往々にして猛々しく振舞い暴威を振う。而して神の福音を伝うる者に反抗するのが彼らの常である。しかしながら彼らの悪の力は有限である。我ら神に依り頼んでいる者は、最後に彼に打勝つことは、神の定めである。それ故に我らは安らかに彼らに対し彼らと争わず、彼らを避けていることにより彼らに打勝ち彼らが自然に亡び行くのを見守ることができる。我らは悪人の反対を恐れてはならない。
3章10節
口語訳 | しかしあなたは、わたしの教、歩み、こころざし、信仰、寛容、愛、忍耐、 |
塚本訳 | しかし(他人はともあれ、)君は私の教え(を守り、私の)行状、意向、信仰(を理解し、寛容、愛、忍耐(を見習い、) |
前田訳 | しかしあなたは、わが教え、歩み、考え、信仰、寛容、愛、忍耐、 |
新共同 | しかしあなたは、わたしの教え、行動、意図、信仰、寛容、愛、忍耐に倣い、 |
NIV | You, however, know all about my teaching, my way of life, my purpose, faith, patience, love, endurance, |
註解: 1−9節の偽教師が真理に逆う態度とは反対にテモテはパウロの全生活、全精神、全苦難に追随した。すなわち一から十までパウロの教えに従い、その生活態度(品行)や、生活の目的(志望)や信仰の内容につき学びてこれに依り、パウロの寛容と愛と忍耐と、殊にその迫害および苦難における態度に追随しこれに效 った。
辞解
[知り] parakoloutheô で追随することより知る意味にも用いられる語であるけれども本節の場合その本来の意味に解するを可とす。
3章11節 [また]アンテオケ、イコニオム、ルステラにて
口語訳 | それから、わたしがアンテオケ、イコニオム、ルステラで受けた数々の迫害、苦難に、よくも続いてきてくれた。そのひどい迫害にわたしは耐えてきたが、主はそれらいっさいのことから、救い出して下さったのである。 |
塚本訳 | (また)アンテオキヤ、イコニウム、リストラで私が遭った(数々の)迫害、苦難に(もよく)随って来た。(ああ、)何という(ひどい)迫害を耐え忍んだことか! しかし主は(これら)凡て(の迫害)から私を救い出してくださった。 |
前田訳 | わたしがアンテオケ、イコニオム、ルステラで受けた迫害と苦難によくついて来ました。その迫害にわたしは耐えましたが、すべてからわたしを解放してくださったのは主です。 |
新共同 | アンティオキア、イコニオン、リストラでわたしにふりかかったような迫害と苦難をもいといませんでした。そのような迫害にわたしは耐えました。そして、主がそのすべてからわたしを救い出してくださったのです。 |
NIV | persecutions, sufferings--what kinds of things happened to me in Antioch, Iconium and Lystra, the persecutions I endured. Yet the Lord rescued me from all of them. |
註解: 引照の箇所の示すがごとく、パウロはこれらの地方にて多くの迫害を受けた。その当時はテモテは未だパウロに随行してはいなかったけれどもおそらくそれらの事実を目撃しまたは伝聞したことであろう。あるいそれらが彼のパウロの弟子となる動機であったかもしれない、なお使17、18章における迫害はテモテが事実パウロと共にいたので、言うまでもなきこと故これを録さないのであろう。
辞解
本節は現行訳のごとくに訳するよりもこれを感嘆文的に訳する方が適当であろう。すなわち「アンテオケにて、イコニオムにて、ルステラにて我に何たる大事が起りしことよ、我は何たる大なる迫害を忍びしことよ」となる。かく訳する場合本節後半とよく連絡する(Z0、I0、B1)。
(
註解: 主はパウロをその生命の危険より救い、彼を信仰の破滅より保護し給うた。
3章12節
口語訳 | いったい、キリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな、迫害を受ける。 |
塚本訳 | (私だけでなく、)キリスト・イエスにあって敬虔に生きようとする者は皆迫害される。 |
前田訳 | およそキリスト・イエスにあって敬虔に生きようとするものは皆迫害されます。 |
新共同 | キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます。 |
NIV | In fact, everyone who wants to live a godly life in Christ Jesus will be persecuted, |
註解: 10、11節よりパウロの連想は、一般キリスト者に対する迫害の必然的であることに及んでいる。この世は神の国とは正反対である故、キリスト者を迫害する。キリストはすでにこのことを知りこれを予告し給うた(ヨハ15:18−20)。キリスト・イエスに在る信仰の生涯は、それ自身不義を審 く力がある故、この世の不義はこれに耐えることができずしてキリスト者を迫害する。
3章13節 (されど)
口語訳 | 悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。 |
塚本訳 | そして悪人と詐欺師とはいよいよ悪に進み行くであろう──瞞しつ瞞されつつしながら! |
前田訳 | 悪者と山師とは惑わし惑わされて、ますます悪へと落ち込みます。 |
新共同 | 悪人や詐欺師は、惑わし惑わされながら、ますます悪くなっていきます。 |
NIV | while evil men and impostors will go from bad to worse, deceiving and being deceived. |
註解: 義しき者は迫害されるにかかわらず信仰は益々進歩し、悪しき者、人を欺く者は自らの安易と利益とを得ておりながら益々悪に進歩するに過ぎない。そして彼らは人を惑わすのであるけれども、悪はまたさらに一層の悪に打勝たれ、結局において人に惑わされるに至る。
辞解
本節と9節の「進むこと能はじ」との矛盾につきては9節を見よ。
[人に惑されん] これを中間態と解すれば「自ら惑うに至らん」と訳す(B1、E0、Z0)。結局自己にその報いを受けることを示す。この方適当なり。
3章14節 されど
口語訳 | しかし、あなたは、自分が学んで確信しているところに、いつもとどまっていなさい。あなたは、それをだれから学んだか知っており、 |
塚本訳 | しかし君は(先輩達から)学んだこと、(自ら)確信したことに(しっかり)留まって居れ。誰から(それを)学んだか、 |
前田訳 | しかしあなたは学んで確信するところにとどまってください。だれから学んだかはご存じです。 |
新共同 | だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、 |
NIV | But as for you, continue in what you have learned and have become convinced of, because you know those from whom you learned it, |
註解: 偽教師らやまた異説に惑わされることなく、汝が学びかつ確信せる処に留まることが必要である。
なんぢ
註解: 「よく汝の信仰の師たりし人々のことを考えよ。然らば汝の信仰は健全ならざるを得ないはずである」との意。「誰」は複数形故、この場合パウロ自身ならびに祖母ロイス、母ユニケらを指す。
3章15節 また
口語訳 | また幼い時から、聖書に親しみ、それが、キリスト・イエスに対する信仰によって救に至る知恵を、あなたに与えうる書物であることを知っている。 |
塚本訳 | また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。 |
前田訳 | あなたは幼いころから聖書に親しみました。それはキリスト・イエスへの信仰による救いへの知恵をあなたに与えうるものです。 |
新共同 | また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。 |
NIV | and how from infancy you have known the holy Scriptures, which are able to make you wise for salvation through faith in Christ Jesus. |
註解: 「知ればなり」は「知りて」と訳されるべき分詞で前節の「常に居れ」に懸る。彼は幼少の時より聖書すなわち今日の旧約聖書を教えられた。これがテモテの信仰の基礎を為しているのである。このことを考えてその学習し確信を得ている処に常住しなければならない。
この
註解: 聖書の力を示す、この聖書はこれをイエス・キリストに在る信仰をもって学ぶ時、我らを慧 くして救いに至らしめ得るものである。すなわちこの聖書は能力あり、我らを救いに至らしめ得るのであるが、唯その要件として我らはキリスト・イエスに在る信仰によらなければならない。
3章16節
口語訳 | 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。 |
塚本訳 | 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、 |
前田訳 | すべて聖書は神の霊に満ちていて、教え、いましめ、改善、義への教育に益があります。 |
新共同 | 聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。 |
NIV | All Scripture is God-breathed and is useful for teaching, rebuking, correcting and training in righteousness, |
註解: 聖書は徒 にこれを読むべきものではない。その一書一書ことごとく神の霊感によりて書かれたものであり、かつ福音を宣伝える職を有する者にとりては種々の意味において有益なる書である。すなわち知らざるを「教」え、罪咎を「譴責 」し、倒れんとする者を正しく立ち上がらしめ(矯正)、義をもって訓練する(薫陶)等伝道者の働きに対して聖書の与うる益は非常に多い。▲本節は聖書の逐語霊感説の根拠となっているものであるが、これについては要義を見よ。
3章17節 これ
口語訳 | それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。 |
塚本訳 | かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。 |
前田訳 | それは神の人に適切な状態、すなわちあらゆるよいわざへの備えがあるためです。 |
新共同 | こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。 |
NIV | so that the man of God may be thoroughly equipped for every good work. |
註解: 聖書(を学ぶこと)の目的は神の人すなわち神の召しによりて伝道に従事する者(Tテモ6:11)をして、全くならしめ、その義務を全うする資格を備えしめかつ人の師表として諸般の善行を為すのに準備万端整った者、すなわち何時でも直ちに善行を為さんとする状態におる者たらしめんがためである。かく言いてパウロはテモテが聖書を教えられた故かかる者となるべきであることをさとしているのである。
辞解
[神の人] この場合のみ一般のキリスト者と解すべしとなし、従って16、17節とも一般の人々のための教訓であると解する学者(M0)もあるけれども、教訓の内容およびTテモ6:11より見て、これをも同様に伝道者のためすなわちテモテのために言われたものと見るべきである(B1、E0)。
要義1 [キリスト者と迫害]イエスも言い給えるごとく(マタ10:17、18。ヨハ15:18−20)キリスト者には迫害が付き物である。しかしながらキリスト者にはこれと同時にこれに打勝つ途をも与えられている。すなわち神の御言を学ぶことである。この御言の剣をもって凡ての迫害に打勝つことができる。
要義2 [聖書霊感説について]聖書の全部が神の霊感により、すなわち神が記者の霊を動かして書かれたものであるとする説につき以下のごとき注意を必要とする。
(1)聖書記者の受けし霊感とは、神の霊により催眠状態に陥らしめられ、無意識に書かされたことではない。すなわち神の霊が機械的に記者を動かしたのではない。記者の霊が神の霊と共にあり、信仰的立場において書いたものである。
(2)それ故に逐語霊感説というごとき一言一句みな神の霊によりて書かれ、従って一言一句の誤謬もないという考え方は誤っている。神の霊が人間なる不完全なる器に宿り、人間の意識と個性とを通じて現れていること故それぞれの記者の性格と、時代の環境と、問題の性質とによりてそこに不完全さもあり、制限もあり、特徴もあることを認めなければならぬ。
(3)従って我らは聖書そのものを、かくのごとくに書かしめ給える聖霊自身の御旨を把握することに努力しなければならぬ。すなわち聖書の書かれし時代、記者の性格、記者の論ぜんとせる問題の性質等を理解し、神の霊がこの器と通じてこの場合に表顕されし聖書を読み、逆に聖書の各書に示される神の霊の御旨の如何を見出すべきである。
(4)この意味において聖書に対する時聖書は完全に無謬であり、神の御旨を示せる書であるということができる。聖書霊感説も無謬説もこの意味においてのみ真理である。
第2テモテ書第4章
3-2-ハ 伝道者の職を全うせよ 4:1 - 4:5
註解: パウロは進んでテモテに教訓を与え、パウロなき後の伝道の職を全うすべきことを教えた。
4章1節 われ
口語訳 | 神のみまえと、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの出現とその御国とを思い、おごそかに命じる。 |
塚本訳 | 神の御前、また生者と死者を審かんとし給うキリスト・イエスの御前で、且つその(最後の日における)顕現とその(時うち建てられる)王国とをかけ、誓って(君に)命令する、 |
前田訳 | 神の前に、また生者と死者とを裁くべきキリスト・イエスの前に、彼の出現と彼の国とのゆえに命じます。 |
新共同 | 神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。 |
NIV | In the presence of God and of Christ Jesus, who will judge the living and the dead, and in view of his appearing and his kingdom, I give you this charge: |
註解: パウロはその死期の近きを知り、テモテをして彼無き後の伝道の任務を果さしめんとして厳粛なる命令を発している(この命令の原語は誓または呪詛 の意味にも用う)。この場面は神とキリストとがパウロの前に在し給う光景であってパウロがテモテに命ずることは結局神とキリストがこれを裁可し給うことの意味である。そしてパウロはこの場合、キリストの再臨により最後の審判の場合を想像したのであって、その顕現はキリストの再臨であり御国はかくしてキリストの支配し給う国である。パウロは単に神とキリストの前にて命ずるというだけでなく、このキリスト再臨の光景を指してこの命を与えた(指して誓うというがごとし。E0)。
口語訳 | 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。 |
塚本訳 | 御言を宣べよ、折よくも折悪くも(たえずそのために)準備して居れ。寛容と教訓の限りを尽くして咎め、叱り、(また)諭せ。 |
前田訳 | みことばをのべ伝えなさい。おりを得ても得なくてもそれに努め、あくまで寛容に教えつつ、導き、いましめ、勧めなさい。 |
新共同 | 御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。 |
NIV | Preach the Word; be prepared in season and out of season; correct, rebuke and encourage--with great patience and careful instruction. |
註解: 神の御言を宣伝えることが伝道者の職務の中心である。
註解: 都合の良い時でも悪い時でも何時でも御言を宣伝える用意をしておくべしとの意で、この都合は聴者(M0、W2)の都合のみならず伝道者の都合をも含む。それ故に結局如何なる場合においてもの意味に解して差支えなし。そしてこの都合の中には社会情勢をも含むこと勿論なり。
辞解
[常に勵め] ephistêmi は「近づく」「近きに在る」意味の語であるが、本節の場合用意が何時でもできていることを意味す。すなわち一触即発というがごとし。
註解: 罪は責めなければならず悪は戒めなければならず、そしてこれと同時に善を勧めなければならない。そしてこれらは凡て寛容の心と親切なる教誨 とをもって為なければならぬ。教師たる者の態度は凡てかくのごとくであるべきである。
4章3節
口語訳 | 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、 |
塚本訳 | というのは、(今に)人が健全な教えに我慢出来ず、自分の慾のままに先生を狩り集めて耳を擽り、 |
前田訳 | 時が来て、人々が健全な教えに耐えず、おのが欲に従って教師を集めて耳を快くしましょう。 |
新共同 | だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、 |
NIV | For the time will come when men will not put up with sound doctrine. Instead, to suit their own desires, they will gather around them a great number of teachers to say what their itching ears want to hear. |
註解: 「健全なる教」につきてはTテモ1:10辞解を見よ、不健全さや誤謬を含まざる教えは、人間を霊的に健康ならしむる教えであるにもかかわらず、自己の自然の慾望を満足せしむる性質のものではない。むしろ自然に発露する私慾を制して、神の御旨に従うべきことを教える処のものである。それ故にかかる人々はこれに堪え得ず、何らか奇抜なる教えに接し、または自己の放縦なる生活を承認し、または自己の嗜好する問題を解明するごとき教えを聞かんとの熱望にその耳の痒きを覚え、自分で勝手に自分の気に合う教師をたくさんに持つに至る。この種の教師は責め戒め勧むることをせず聴く者の耳に快く、心に諂 う言のみ出す。▲例えば「生長の家」教団のごこときはかかる要求に適合する。
口語訳 | そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。 |
塚本訳 | 真理に耳を背けて(つまらぬ)昔話に外れゆく時が来るからである。 |
前田訳 | そして真理から耳をそむけて作り話に向かうでしょう。 |
新共同 | 真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。 |
NIV | They will turn their ears away from the truth and turn aside to myths. |
註解: 真理を聞くことを苦痛に思い、ことさらに真理に耳をおおいて無意味なる昔話、架空の神秘談(Tテモ1:4辞解参照)に浸るに至る。これはその人の好奇心を満足せしめ、他人に対しては博識を誇り、その良心の苦痛を紛らわすために有効であって、まじめに真理を求めるがごとくに装いつつ実は真理より遠ざかりつつある者である。
4章5節 されど
口語訳 | しかし、あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい。 |
塚本訳 | しかし君は何事にも真面目であれ、苦難に耐え、伝道者の仕事を為し、君の職務を全うせよ。 |
前田訳 | しかしあなたは何につけても慎しみ、苦しみを忍び、福音のわざをしてあなたの務めを全うしなさい。 |
新共同 | しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。 |
NIV | But you, keep your head in all situations, endure hardship, do the work of an evangelist, discharge all the duties of your ministry. |
註解: テモテは前節のごとき者に堕落してはならない。凡てにおいて慎み、真面目に事を為し、迫害その他より来る苦難を忍び伝道者として活動し、人々に奉仕を充分に為すべし。
辞解
[傳道者] 一定の羊を牧せざる点において牧者と異なり、キリストより直接に派遣されない点において使徒と異なり、福音を宣伝うることに中心を有する点において預言者と異なる。各地を巡回して福音を宣伝うる人をいう。
[職] diakonia で奉仕のこと、執事が為すごとき種類の仕事。
註解: 6−8節はパウロ自身の終りが近きことを示し、その一生を回顧して勝利の叫びをあげ、テモテをしてこれに
效 わしめんとしている。
口語訳 | わたしは、すでに自身を犠牲としてささげている。わたしが世を去るべき時はきた。 |
塚本訳 | もう(直に)私は(犠牲の)血を注ぐのであって、別離の時は迫った。── |
前田訳 | わたしはすでに自らを犠牲にしています。そしてわが去る時が近づきました。 |
新共同 | わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。 |
NIV | For I am already being poured out like a drink offering, and the time has come for my departure. |
註解: 直訳「我はすでに灌祭 として献げられたり」で、間もなく来るべきパウロの殉教の死を現実に感じ、その血を灌ぐことを祭壇にささげられる犠牲の死にたとえてかく言う。パウロはすでに死を覚悟していた。
わが
註解: 「去るべき時」は「死期」を意味す、「近づけり」は「すでに至れり」(E0)というがごとき強き意味。
4章7節 われ
口語訳 | わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。 |
塚本訳 | ああ、善い戦いを戦った、競争を終わった、忠誠を守った。 |
前田訳 | わたしは善戦をし、走るべき行程を全うし、信仰を守りました、 |
新共同 | わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。 |
NIV | I have fought the good fight, I have finished the race, I have kept the faith. |
註解: パウロはその一生を回顧してその為すべき義務を悉 く果したことを思い、欣喜 にたえざるもののごとくに叫んでいるのである。
辞解
「たたかひ」「果し」「守れり」何れも完了形の動詞を用い、それらがすでに過去において終了し、現在はその状態にあることを示す、すなわちパウロはすでにこの世におけるその務めを悉 く果した心持でかく叫んでいるのである。如何ばかり心地よきことであろう。
[善き戰鬪 ] 「善き闘争」と訳すべく、競技における競争にたとえたのである。「走るべき道程」も同上。
4章8節
口語訳 | 今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。 |
塚本訳 | 今や(ただ)義の冠が私を待っている(だけである)。かの日、義しい審判者である主は、私に、(否、)私だけでなくその顕現を待ち焦れた凡ての人に、これを賜うであろう。 |
前田訳 | 今や義の冠がわたしを待っています。正しい審判者である主はかの日にそれをお与えでしょう。それはわたしにだけでなく、すべて彼の出現を熱望するものにもです。 |
新共同 | 今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。 |
NIV | Now there is in store for me the crown of righteousness, which the Lord, the righteous Judge, will award to me on that day--and not only to me, but also to all who have longed for his appearing. |
註解: すでに為すべき務めを悉 く為したのである以上残っていることは正義の冠冕 (勝利者に賞品として戴 かしむる冠冕 )が我がために備えられ、彼の日すなわちキリストの再臨、最後の審判の日に正しき審判者たる主が予の生涯の勝利を認めてこれを予に賜うことだけである。やがてこれは予が上に実現するであろう。
辞解
[義の冠冕 ] (1)正義の褒賞として与えられる冠冕 、(2)正義を表示する冠冕 、すなわちこれを受ける者が正義の生涯を送ったことを示す冠冕 、等種々に解せらる。第二の解釈を採る。
[今より後] むしろ「残っていることは」の意味に採るを可とす(E0、M0)。
註解: キリストの再臨を切に待望む凡ての者はこの光栄を与えられる。
要義 [義の冠冕 ]パウロの生涯が徹頭徹尾イエスに対する信従と奉仕の生涯であった。唯パウロはこれに対して義の冠冕 の賞賜(または報償その他の語をもって表わされる褒美)を期待していたことは確かである。この思想はイエスにも存し(マタ5:3−12)、ヨハネにもこれを見ることができる(黙2:7、黙2:11、黙2:17、黙2:26−28。黙3:5、黙3:12、黙3:21)。この思想は一見卑しい心持を持つもののごとくに思われるけれども、実は然らず、神の御旨を深く覚る場合、神は明かにかかる者に褒美を賜うことを疑うことができない。神の与えんとするものを感謝と歓喜とをもって期待し、またこれを受けることが神の最も喜び給う処である。ただしこの褒賞を期待し得るが故に善行を為す者のごときは勿論褒賞に与ることはできない。
分類
4 消息一般 4:9 - 4:21
4-1-イ 同労者、背教者の消息ならびに雑用 4:9 - 4:18
口語訳 | わたしの所に、急いで早くきてほしい。 |
塚本訳 | 急いで早く私の所に来い。 |
前田訳 | 努めて早くわたしのところに来てください。 |
新共同 | ぜひ、急いでわたしのところへ来てください。 |
NIV | Do your best to come to me quickly, |
註解: テモテを招致せんとしたのは一つは殉教の死を遂げる前に一度彼を見んと欲したのかも知れず、また次節以下にあるごとく多くの弟子に棄てられし淋しさに耐え得なかったためかもしれない。21節には「冬の前に」と時期までも指定している。
4章10節 デマスは
口語訳 | デマスはこの世を愛し、わたしを捨ててテサロニケに行ってしまい、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行った。 |
塚本訳 | デマはこの世を愛し私を棄ててテサロニケに行き、クレスケはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ってしまったから。 |
前田訳 | デマスはこの世を愛し、わたしを捨ててテサロニケに行き、クレスケンスはガラテアに、テトスはダルマテアに行きました。 |
新共同 | デマスはこの世を愛し、わたしを見捨ててテサロニケに行ってしまい、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマティアに行っているからです。 |
NIV | for Demas, because he loved this world, has deserted me and has gone to Thessalonica. Crescens has gone to Galatia, and Titus to Dalmatia. |
口語訳 | ただルカだけが、わたしのもとにいる。マルコを連れて、一緒にきなさい。彼はわたしの務のために役に立つから。 |
塚本訳 | ルカだけが私と一緒にいる。マルコは私の仕事に(非常に)役立つから一緒に連れて来い。 |
前田訳 | ルカひとりがわたしといっしょです。マルコを連れていっしょにいらっしゃい。彼はわたしの務めに役だちます。 |
新共同 | ルカだけがわたしのところにいます。マルコを連れて来てください。彼はわたしの務めをよく助けてくれるからです。 |
NIV | Only Luke is with me. Get Mark and bring him with you, because he is helpful to me in my ministry. |
註解: デマスは獄中書簡が認 められし頃はパウロの同労者として彼に伴っていた(コロ4:14。ピレ1:24)。何故にパウロを棄てしかは不明であるがパウロにとりては大なる悲しみであったにちがいない。(▲今日も伝道者は同様の悲劇を経験させられる場合が多い。パウロのごとき大使徒にもかかる事実があったことは一般伝道者も少しく自ら慰めることができる。)彼がテサロニケに往った訳はそこが彼の故郷なるがためにあらずやと想像する学者もある。あるいは商用を含めるものかも知れない。クレスケンスは他に出て来ぬ人物故詳細は不明、ガラテヤは異本ガリヤとあり、もしパウロが第一回幽囚より解放されし後イスパニヤまで伝道したとすればあるいはフランスのガリヤ(ゴール)地方などに人を遣わすことは有り得ないことではない。またテトスはイルリコ地方に近きダルマテヤに行った。これによりテトスはテト1:5の職務を完遂した後クレタ島をまもなく離れたものと思われる。かくしてパウロと共にいる者はルカのみとなった。
註解: マルコにつきては本註解マルコ伝緒言参照。「職 」はパウロが使徒としてローマの信徒のために尽す務めを指す。パウロは不自由なる幽囚生活に在りてマルコのごとき助手を必要とすることが多かったのであろう。▲▲第一回幽囚の際はマルコはパウロと共にいた。コロ4:10。
口語訳 | わたしはテキコをエペソにつかわした。 |
塚本訳 | テキコはエペソに遺った。 |
前田訳 | テキコはエペソへつかわしました。 |
新共同 | わたしはティキコをエフェソに遣わしました。 |
NIV | I sent Tychicus to Ephesus. |
註解: テキコはアジヤ人であり(使20:4、5)、獄中書簡の携帯者であって(コロ4:7。エペ6:21)パウロの同労者たる忠実なる役者であった。なおもしテモテがこの書簡を受領する時にエペソにいたとすれば「エペソ」にということは不可解なのであるいは(1)前二節に場所を表示したのに対応するようにせるものと解し、(2)あるいはテモテ前書の携帯者を意味すと解しているけれども、むしろ(3)当時テモテは一時エペソを去り巡回伝道者として働いていたものと想像する方(5節)が適当ならんと思わる。Uテモ1:15、Uテモ1:18の場所的表示もこのことを暗示する(E0)。なおテト3:12と併せ考うる時アルテマスがテトスの許にまず遣わされ、残れるテキコがテモテの許に遣わされたのであろう(Z0)。
4章13節
口語訳 | あなたが来るときに、トロアスのカルポの所に残しておいた上着を持ってきてほしい。また書物も、特に、羊皮紙のを持ってきてもらいたい。 |
塚本訳 | (もう直き冬だから、)トロアスのカルポの所に置いて来た外套を来る時に持って来てくれ。それから書物、とりわけ羊皮紙のを(忘れないように)。 |
前田訳 | おいでのとき、トロアスのカルポのところに置いてきた上衣を持ってきてください。それから書物も、とくに羊皮紙をお願いします。 |
新共同 | あなたが来るときには、わたしがトロアスのカルポのところに置いてきた外套を持って来てください。また書物、特に羊皮紙のものを持って来てください。 |
NIV | When you come, bring the cloak that I left with Carpus at Troas, and my scrolls, especially the parchments. |
註解: テモテはなおアジヤにいるものと見え、ローマに来る時にトロアス経由の途を取ることがパウロには当然と考えられた。その時に外套と書物と殊に羊皮紙の書物とを持参すべきことを命じている。
辞解
[外衣 ] 防寒用上衣ならん、これを書籍の上包または荷造箱(書物入)と解する説あれど適当ではない。
「書籍」と「羊皮紙のもの」の内訳如何 につき種々の推測があるけれども要するに推測に過ぎず、「羊皮紙のもの」につきてはこれを旧約聖書の羊皮紙の巻物と解する説(E0、A1、B1)と、羊皮紙を綴り合せた帳簿様のものでパウロの雑記帳ならんとの説(W2、Z0)等あり、前者と見るべきであろう。「書籍」は当時としては、パピルスに書かれしものであった。なお死を前にしてパウロがかかる書籍を入用と考えたことを不可解とする人があるけれども、パウロは死を前にしてもなお一日として研究を怠らなかったと見ることができる。
4章14節
口語訳 | 銅細工人のアレキサンデルが、わたしを大いに苦しめた。主はそのしわざに対して、彼に報いなさるだろう。 |
塚本訳 | 鍛冶屋のアレキサンデルが悪い事を沢山私にした。“主はその仕業に応じて”彼に“報い給うであろう”。 |
前田訳 | 銅工のアレクサンデルはわたしをさんざんな目にあわせました。主はそのわざに従ってお報いでしょう。 |
新共同 | 銅細工人アレクサンドロがわたしをひどく苦しめました。主は、その仕業に応じて彼にお報いになります。 |
NIV | Alexander the metalworker did me a great deal of harm. The Lord will repay him for what he has done. |
4章15節
口語訳 | あなたも、彼を警戒しなさい。彼は、わたしたちの言うことに強く反対したのだから。 |
塚本訳 | 君も彼を警戒せよ、ひどく私達の言に逆らったのだから。 |
前田訳 | あなたも彼に気をつけなさい。彼はわれらのいうことに激しく逆らったのです。 |
新共同 | あなたも彼には用心しなさい。彼はわたしたちの語ることに激しく反対したからです。 |
NIV | You too should be on your guard against him, because he strongly opposed our message. |
註解: このアレキサンデルとTテモ1:20のアレキサンデルとは同一人と見るを通説とす(Z0反対)るけれども、使19:33のアレキサンデルとは別人と見る学者多し。ただしこれをも同一人と見ることは必ずしも無理でも困難でもない。Tテモ1:20にはパウロは彼をサタンに付したとあり、本節ではなお彼がパウロを悩ますとあることを不可解と考える学者があるけれども、これは「サタンに付す」ことを中世カトリック教会の破門のごとくに考えるより生ずる誤解である。以上のごとくこの三つのアレキサンデルを同一人と仮定するならば、エペソにおいて金細工人デメテリオよりパウロ一行が迫害されし時は、同じ金細工人としてテメテリオとも知己 でありかつ雄弁家であったと想像せられ、またパウロらの同情者(あるいはキリスト者であったかも知れぬ)と思われる彼がパウロの弁護のために立った。その後彼はパウロの弟子として入信したのであったがついに背教者となったものと思われる。本節の場合如何にしてパウロを悩ましたかは記されていないけれども、あるいはエペソよりローマに来り、16節の弁明の際にパウロの告訴者としてかれを苦しめたのかも知れない。なおパウロは主がその行為に随いて報い給うべしといったのはアレキサンデルに対する復讐心を満足せんとしたのでは勿論なく、現在如何に猛威を振ってパウロを苦しめていても主は必ず彼の行為に正しき報復を為し給うことの事実、すなわち神の義の勝利と不義の敗北に対する彼の確信を述べたに過ぎない。
辞解
[大に我を悩ませり] 「多くの悪を示した」で多くの意地悪を行ったこと。
[汝もまた彼に心せよ] テモテがローマに来れる後のことか、またはアレキサンデルがその後エペソに帰ったためか不明。
[我らの言] パウロおよびテモテの言と解し、パウロがエペソに行きし時のことと解する説あれど(B1)、むしろローマにおけるパウロとその同労者たちの言と見るを可とす。
4章16節 わが
口語訳 | わたしの第一回の弁明の際には、わたしに味方をする者はひとりもなく、みなわたしを捨てて行った。どうか、彼らが、そのために責められることがないように。 |
塚本訳 | 私の始めの弁明の時には誰一人扶けてくれず、皆私を棄てた──この罪が彼らに帰せられないように!── |
前田訳 | わたしの最初の弁論のとき、だれもわたしを支持せず、皆がわたしを見捨てました。どうか彼らが責められませんように。 |
新共同 | わたしの最初の弁明のときには、だれも助けてくれず、皆わたしを見捨てました。彼らにその責めが負わされませんように。 |
NIV | At my first defense, no one came to my support, but everyone deserted me. May it not be held against them. |
註解: この第一回弁明は使23:1以下の審判でもなく、また第一回ローマ幽囚の時の弁明でもなく、この度の第二回ローマ幽囚の時の第一回弁論と見るのが最も適当である。やがて第二回弁論が近付いていたのでパウロは殊にテモテの来援を望んだのかもしれない。悲しいかな第一回弁論の時は、彼の側になお数多の信仰の弟子があったにもかかわらず(21節)だれも彼を助けず彼を見棄てた。これ世の人の顔を恐れたからである。その結果アレキサンデルが暴威を逞 しくしてパウロを苦しめたのであろう。しかもパウロは彼らにその罪が帰せざらんことを祈るのであった。人間の弱さに対する理解と、彼らに対する愛とよりかかる祈りが出たのである。己に対する罪をもかく赦し得る者は幸福である。
4章17節 されど
口語訳 | しかし、わたしが御言を余すところなく宣べ伝えて、すべての異邦人に聞かせるように、主はわたしを助け、力づけて下さった。そして、わたしは、ししの口から救い出されたのである。 |
塚本訳 | しかし私によって宣教が全うされ、異教人が皆(これを)聴く(ことが出来る)ために、主は私を援け、力づけ給うて、私は“獅子の口から”救い出されたのである。 |
前田訳 | 主はわたしを支えて力づけ、わたしによって宣教が全うされて、すべての異邦人がそれを聞くようになさいました。そしてわたしは獅子の口から解放されたのです。 |
新共同 | しかし、わたしを通して福音があまねく宣べ伝えられ、すべての民族がそれを聞くようになるために、主はわたしのそばにいて、力づけてくださいました。そして、わたしは獅子の口から救われました。 |
NIV | But the Lord stood at my side and gave me strength, so that through me the message might be fully proclaimed and all the Gentiles might hear it. And I was delivered from the lion's mouth. |
註解: この一節が如何なる事実を指すか難解である。人間が凡て彼を棄て去りたる時、そこに主偕に在し、傍らに立ち給い、パウロを強め給うた。これがために孤軍奮闘第一回の訊問を終った。かく主が彼を援 け彼を強め給える所以はパウロによりて福音の宣伝が完成し、従来の伝道をもってしてはなお足らざる処があったのを充実せしめ、そしてローマ帝国の主都の裁判所において全世界の異邦人の代表者ともいうべき人々の前にて福音の真理を弁護し、もって福音を凡ての異邦人に聞かしめんがためであった。そして自分は最も切迫せる生命の危険より救われたのである。たとい第二回の訊問により死刑に処されることがあっても ─ それはおそらくそうなることであろうが ─ 第一回の弁明と救出とにてすでに自分の果すべき使命を果したのである。
辞解
[凡ての異邦人云々] パウロ特有の誇張と解するにしてもあまりに大袈裟なので種々に解されているけれども、上記のごとき意味と解するをよしとす。
[獅子の口] 生命の危険を意味す(詩22:21)。パウロはローマの市民権を有していたので獅子に喰わしむる刑罰に遭うはずはない。また獅子をネロまたは他の暴君を指すと見または幻影に獅子を見たのであろうと解する(B1)必要はない。
4章18節 また
口語訳 | 主はわたしを、すべての悪のわざから助け出し、天にある御国に救い入れて下さるであろう。栄光が永遠から永遠にわたって主にあるように、アァメン。 |
塚本訳 | (かくてまた)主は私を凡ての悪の業から救い出して、天の王国に導き給うであろう。栄光世々限りなく彼にあらんことを、アメーン! |
前田訳 | 主はわたしをすべての悪のわざから解放して、天にある彼の国に救い入れてくださるでしょう。栄光が世々とこしえに主にありますように。アーメン。 |
新共同 | 主はわたしをすべての悪い業から助け出し、天にある御自分の国へ救い入れてくださいます。主に栄光が世々限りなくありますように、アーメン。 |
NIV | The Lord will rescue me from every evil attack and will bring me safely to his heavenly kingdom. To him be glory for ever and ever. Amen. |
註解: 過去において然りしごとく、未来においても主イエスはパウロをその敵の奸悪 なる業より救い出し、たとい死しても、または殺されても天なるその御国に救い入れ給うであろう。かくしてローマの獄中に、その目前に迫れる死を眺めつつ、パウロは永遠の勝利にその心躍り、ついに本節後半のごとき頌栄がその口より迸 り出でたのである。
要義 [パウロの孤独]イエスの弟子が次第にイエスを去り、ついにイエスをして「汝も亦去らんと思ふや」(ヨハ6:67)とのやるせなき淋しき呻吟 を発せしめしごとく、パウロもまたその晩年において非常な淋しさを味わなければならなかった。しかしながらキリスト者の生命はこの世において淋しさが増すに従ってその天国における歓喜が増して来るのであって、ついにこの世においてその生命を断つに至る瞬間においてに完全なる勝利の自覚と、永遠の栄光の希望に躍ることができるのである。
4章19節
口語訳 | プリスカとアクラとに、またオネシポロの家に、よろしく伝えてほしい。 |
塚本訳 | プリスカとアキラに、またオネシフォロの家によろしく。 |
前田訳 | プリスカとアクラとに、またオネシポロの家によろしく。 |
新共同 | プリスカとアキラに、そしてオネシフォロの家の人々によろしく伝えてください。 |
NIV | Greet Priscilla and Aquila and the household of Onesiphorus. |
註解: やがてテモテが巡回伝道を終えてエペソに帰った場合のことであろう。プリスカ、アクラの夫婦は初代キリスト信徒の中の大黒柱であった(ロマ16:3辞解参照)。この当時は彼らはエペソにいたのであろう。「オネシポロの家」につきてはUテモ1:16註参照。彼はおそらく死去していたのでその家族に対して挨拶を送った。
4章20節 エラストはコリントに
口語訳 | エラストはコリントにとどまっており、トロピモは病気なので、ミレトに残してきた。 |
塚本訳 | エラストはコリントに留まっている。トロピモは病気であったのでミレトに遺して来た。 |
前田訳 | エラストはコリントにとどまり、トロピモは病気なのでミレトに残しました。 |
新共同 | エラストはコリントにとどまりました。トロフィモは病気なのでミレトスに残してきました。 |
NIV | Erastus stayed in Corinth, and I left Trophimus sick in Miletus. |
註解: このエラストが使19:22においてテモテと共にエペソよりマケドニヤに遣わされしエラストと同人ならん。ロマ16:23にあるコリントの庫司 エラストとは別人と見るべきであろう(M0、E0)。パウロは第一回のローマ幽囚より釈放されたる後その最後の伝道旅行において(Z0)エラストおよびトロピモをも伴ったのであったがエラストをばコリントに残し、トロピモ(使21:29参照)をばエペソの南なるミレトに遣わした。彼が病んだからである。ただしこの場合何故テモテ前書にこのことが記されなかったかにつきては問題が発生し得るのであるがテモテ前書の性質上かかることにまで筆が及ばなかったのであろう。
辞解
三人のエラストの異同性につきては諸説あり、上記と反対に本節のエラストとロマ16:23のそれとが同一人なりとする説あり(Z0)。
口語訳 | 冬になる前に、急いできてほしい。ユブロ、プデス、リノス、クラウデヤならびにすべての兄弟たちから、あなたによろしく。 |
塚本訳 | 冬(になる)前に急いで来い。ユブロとプデとリノとクラウデヤと兄弟達皆から君によろしく。 |
前田訳 | 冬にならぬうちに、努めて来てください。ユブロとプデスとリノスとクラウデアとすべての兄弟から、あなたによろしくいっています。 |
新共同 | 冬になる前にぜひ来てください。エウブロ、プデンス、リノス、クラウディア、およびすべての兄弟があなたによろしくと言っています。 |
NIV | Do your best to get here before winter. Eubulus greets you, and so do Pudens, Linus, Claudia and all the brothers. |
註解: 冬期には航海が途絶する故にその前に来る必要があり、殊にパウロの死が近付いていたこと故なおさらに急ぐ必要があった(9節参照)。
ユブロ、プデス、リノス、クラウデヤ、
註解: これらの人々はパウロの同労者にあらず、テモテの知人ならん、なおこれら人名は聖書の他の箇所にはあらわれていない。後代の学者の詳しい穿鑿 も推測の範囲を出ない。リノスは初代ローマの監督リノスと同人なりとの伝説あり。
分類
5 祝祷 4:22
4章22節
口語訳 | 主が、あなたの霊と共にいますように。恵みが、あなたがたと共にあるように。 |
塚本訳 | 主、君の霊と共に、恩恵、君達と共にあらんことを! |
前田訳 | 主があなたの霊とともにいますように。恵みがあなた方にありますように。 |
新共同 | 主があなたの霊と共にいてくださるように。恵みがあなたがたと共にあるように。 |
NIV | The Lord be with your spirit. Grace be with you. |
註解: 「なんぢの霊と偕に」といい「なんぢと偕に」と言わないのは、おそらくテモテの外的生活は常に主の守護の下にありと感じ得る状態であったけれどもパウロは特にテモテの心の中に主の宿り給わんことを祈っていたからであろう。