黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版使徒行伝

使徒行伝第15章

分類
5 異邦に於けるパウロの伝道 13:1 - 21:16
5-2 使徒会議 15:1 - 15:35
5-2-1 パウロ等エルサレムに往く 15:1 - 15:5

註解: 本章はいわゆる使徒会議の記事で第一伝道旅行と第二伝道旅行との間に介在する重大事件である。救に割礼が必要なりや否やの問題で、律法対福音、ユダヤ主義の基督教対異邦人の基督教の問題に関する重要なる分岐点であった。幸にユダヤ主義律法主義の基督者は敗れたけれども、この精神は人間に付随して離れず、其後ガラテヤの教会に於てもこの問題が起り、ガラテヤ書の書かれし原因となり、其後の教会史上にも屡々(しばしば)この思想が台頭した。福音を受納れ難き人間の本性のあらわれである。

15章1節 (ある)人々(ひとびと)ユダヤより(くだ)りて、[引照]

口語訳さて、ある人たちがユダヤから下ってきて、兄弟たちに「あなたがたも、モーセの慣例にしたがって割礼を受けなければ、救われない」と、説いていた。
塚本訳すると(そのころ、)ユダヤ[エルサレム]から(アンテオケに)下ってきて(そこの)兄弟に、「あなた達(異教人)も(わたし達と同じに、)モーセの慣例に従って割礼を受けなければ、救われない」と教えた者があった。
前田訳ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに、「あなた方はモーセの慣わしどおり割礼を受けなければ救われない」と教えていた。
新共同ある人々がユダヤから下って来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と兄弟たちに教えていた。
NIVSome men came down from Judea to Antioch and were teaching the brothers: "Unless you are circumcised, according to the custom taught by Moses, you cannot be saved."
註解: この人々は主としてパリサイ派の人々にしてキリストを信じたものであった(5節)。「下りて」はアンテオケに下った事。

兄弟(きゃうだい)たちに『なんぢらモーセの(れい)(したが)ひて割禮(かつれい)()けずば(すく)はるるを()ず』と(をし)ふ。

註解: こうした思想の起る理由は(1)多年固執し来れる習慣は容易に脱却し得ざる事、(2)信仰のみによりて救われる恩恵主義は理解し難き事、(3)異邦人は穢れて居り、割礼を受けてユダヤ人と同一の資格を得たる改宗者となる事によりて始めて潔き者となるとの思想が脱け切れない事等であって、彼らは真面目にかく信じ、是を主張した。併しこれを認容する事は福音の破滅である。
辞解
[割礼を受けずば] これによりて改宗者となり一旦ユダヤ人と同資格となる事を意味し、従って凡ての律法を遵守する事の意味となるけれども、そこまで徹底的に考えず唯割礼のみを重大視せる習慣に捉われる者が多かったのであると見るべきであろう。この種の人々には律法を与えられこれを遵守している事の自負心と、これを固執する頑固さと、他人をも自分の如くに思わしめんとする野心とが支配している。それゆえに神の恩恵のみによる罪の赦の福音に徹底する事が出来ない。従ってこの人々の為にアンテオケの信徒の心は動揺した(24節)。人間の自然性の目には律法主義が最高のものの如くに見え易い。

15章2節 (ここ)(かれ)らとパウロ(およ)びバルナバとの(あひだ)に、(おほい)なる紛爭(あらそひ)議論(ぎろん)(おこ)りたれば、[引照]

口語訳そこで、パウロやバルナバと彼らとの間に、少なからぬ紛糾と争論とが生じたので、パウロ、バルナバそのほか数人の者がエルサレムに上り、使徒たちや長老たちと、この問題について協議することになった。
塚本訳そのためパウロ、バルナバとその人たちとの間に、相当大きく意見が対立し争論がおこったので、この問題の(解決の)ため、パウロ、バルナバ、そのほかの数人の者がエルサレムに上り、使徒、長老たちをたずねることに決まった。
前田訳それでパウロ、バルナバとその人々との間に、少なからぬ不和と論争がおこったので、パウロ、バルナバ、その他数人がこの問題のためエルサレムヘ行って使徒と長老たちをたずねることに決めた。
新共同それで、パウロやバルナバとその人たちとの間に、激しい意見の対立と論争が生じた。この件について使徒や長老たちと協議するために、パウロとバルナバ、そのほか数名の者がエルサレムへ上ることに決まった。
NIVThis brought Paul and Barnabas into sharp dispute and debate with them. So Paul and Barnabas were appointed, along with some other believers, to go up to Jerusalem to see the apostles and elders about this question.
註解: 正しき教が現れん為には時に紛争も止むを得ない(Tコリ11:19)。福音の真理の純潔の為には虚偽の一致を為すべきではない。聖霊による一致のみが真の一致である(エペ4:3)。パウロは自己の救われしは割礼を受けたからではなくまた律法を守ったからでもない事を充分に知っていた。それゆえに異邦人に割礼を施す必要を認めず、またかゝる律法の行為を必要とする思想を不純なる信仰として排斥したのであった。それゆえに極力ユダヤ主義の基督者と争った。
[大なる] ▲「少なからぬ」(口語訳)の方が正しい。

兄弟(きゃうだい)たちはパウロ、バルナバ(およ)びその(うち)の(()の)數人(すにん)をエルサレムに(のぼ)らせ、()問題(もんだい)につきて使徒(しと)長老(ちゃうらう)たちに()はしめんと(さだ)む。

註解: (1)アンテオケの信者の中にも、(せつ)にこのユダヤ主義に共鳴する者も有りしなるべく、(2)またエルサレムの母教会の使徒・長老たちが、果して如何なる意見なりやも必ずしも明かでなかった点もあり、(3)またこのままにてはパウロ等とユダヤ主義の基督者との間の一致点を見出し得ざる(まま)物別れとなるより外無く、(4)また同時にアンテオケの教会が二分する処も有ったので、最後の手段としてエルサレムの使徒長老たちの意見を問う事となった。但しパウロ自身は其必要を感じない程自己の信仰の絶対性を信じたであろうけれども、彼はエルサレムに上る事がこの場合最良の策である事を黙示によりて示され(ガラ2:2)エルサレムに上った。
辞解
[その中の数人] 「彼らの中の他の数人」でこの中にはテトスもいた(ガラ2:1)。
[エルサレムに上らせ・・・・] ▲▲以下原文を直訳すれば「この問題について使徒たちに逢わせるためにエルサレムに上らせることにきめた」となる。

15章3節 かれら教會(けうくわい)の[人々(ひとびと)]に()(おく)られて、ピニケ(およ)びサマリヤを()異邦人(いはうじん)改宗(かいしゅう)せしことを(つぶさ)()げて、(すべ)ての兄弟(きゃうだい)(おほい)なる喜悦(よろこび)()させたり。[引照]

口語訳彼らは教会の人々に見送られ、ピニケ、サマリヤをとおって、道すがら、異邦人たちの改宗の模様をくわしく説明し、すべての兄弟たちを大いに喜ばせた。
塚本訳さて一行は集会の人々に見送られて、ピニケ、サマリヤを通り、異教人の改信(の様子)を詳しく話したので、(各地の)兄弟たちは皆大喜びであった。
前田訳彼らは集まりに見送られ、フェニキア、サマリアを通り、異邦人の回心を物語って、兄弟たちすベてに大きなよろこびを与えた。
新共同さて、一行は教会の人々から送り出されて、フェニキアとサマリア地方を通り、道すがら、兄弟たちに異邦人が改宗した次第を詳しく伝え、皆を大いに喜ばせた。
NIVThe church sent them on their way, and as they traveled through Phoenicia and Samaria, they told how the Gentiles had been converted. This news made all the brothers very glad.
註解: アンテオケの教会の人々が彼らに好意を表示したのみならず、ピニケ、サマリヤ等沿道の同信の人々も彼らに反対せず却ってその伝道の成果を喜んだ、エルサレムにのみ反対があるのは伝統的精神が強過ぎているからである。
辞解
[見送られ] 途中まで送って来る事。

15章4節 エルサレムに(いた)り、教會(けうくわい)使徒(しと)長老(ちゃうらう)とに(むか)へられ、(かみ)(おのれ)らと(とも)(いま)して()(たま)ひし(すべ)ての(こと)()べたるに、[引照]

口語訳エルサレムに着くと、彼らは教会と使徒たち、長老たちに迎えられて、神が彼らと共にいてなされたことを、ことごとく報告した。
塚本訳エルサレムに着くと、集会の人々、使徒、長老たちの歓迎を受け、神が自分たちと一緒にいてしてくださったことをのこらず報告した。
前田訳エルサレムに着くと、集まり、使徒、長老たちに歓迎され、神が彼らとともになさったことを、のこらず告げた。
新共同エルサレムに到着すると、彼らは教会の人々、使徒たち、長老たちに歓迎され、神が自分たちと共にいて行われたことを、ことごとく報告した。
NIVWhen they came to Jerusalem, they were welcomed by the church and the apostles and elders, to whom they reported everything God had done through them.
註解: エルサレムの教会全体としてはパウロやバルナバに敵意が無かった事を知る事が出来る。バルナバの存在はこうした場合に調和の為に重要なる役目を果したに相違ない。パウロやバルナバ等の伝道とその効果は神が為し給える御業であった。

15章5節 信者(しんじゃ)となりたるパリサイ()()人々(ひとびと)()ちて『異邦人(いはうじん)にも割禮(かつれい)(ほどこ)し、モーセの律法(おきて)(まも)ることを(めい)ぜざる()からず』と()ふ。[引照]

口語訳ところが、パリサイ派から信仰にはいってきた人たちが立って、「異邦人にも割礼を施し、またモーセの律法を守らせるべきである」と主張した。
塚本訳ところが信仰に入ったパリサイ派の者数人が立って、彼ら(異教人)にも割礼を施すべきであり、モーセ律法を守るようにと命ずべきである、と言った。
前田訳しかし信徒になったパリサイ派の数名が立って、「異邦人に割礼し、モーセの律法を守るよう命ずべきである」といった。
新共同ところが、ファリサイ派から信者になった人が数名立って、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と言った。
NIVThen some of the believers who belonged to the party of the Pharisees stood up and said, "The Gentiles must be circumcised and required to obey the law of Moses."
註解: 信仰に入りて後も、その以前の性格や思想信念の傾向等は容易に脱け切れないものである。是等のパリサイ人も其例に漏れなかった。是を自己に与えられた賜物または使命として考うる間は正しいけれども、これを他人の上にも強要せんとする場合に誤れる態度となる。またこれを救の必要條件とする場合に本末顛倒となる。パウロ等の極力反対したのは律法を守る事ではなく、守らなければ救はれずとする点であった。
要義1 [律法主義]律法主義とは、律法を遵守する事即ち自己を完全にする事によりて、神の前に義とせられんとする主義である。この思想はユダヤ教殊にそのパリサイ派に於て最も強く現れているけれども、決して彼らに特有なる信仰ではなく、凡ての人間に共通なる自然の傾向である。神に対する信仰を失った人間は、自然の傾向として、自力により自己を美しきものたらしめ、これによって神の前に立たんとるものである。信仰はちょうどその正反対で、自己をその醜さのまま神の御手に投げかけ、神の恩恵による罪の救いを信ずる心である。この信仰と律法主義とは両立しない。而してこの「恩恵の神」の御旨を(かし)こみ、その戒命(いましめ)を守ることは律法主義とは全然別の心の態度である。ゆえに律法主義と恩恵主義との争いは人間の自然性とその再生せる性質との争であり、アダムとキリストとの争である。
要義2 [旧套(きゅうとう)を脱する事の困難]長く慣れた習慣や、歴史的に伝わって来た民族的風習の如きは、これを脱却する事は容易でない。而して信仰の根本に反対するものはこれを棄てなければならないと共に、信仰に対して第二義的なるものは、これを他に強制してはならない。この区別を正しく認識する唯一の途は、信仰そのものを本質的に把握することである。パウロがこの問題につきて正しき態度を取る事ができたのは、この点において彼が明瞭なる信仰を持ったからであった。

5-2-2 ペテロの弁明 15:6 - 15:11

15章6節 (ここ)使徒(しと)長老(ちゃうらう)たち()(こと)につきて協議(けふぎ)せんとて(あつま)る。[引照]

口語訳そこで、使徒たちや長老たちが、この問題について審議するために集まった。
塚本訳使徒たちと長老たちとがこの事を解決するために集まった。(集会の人々も一緒であった。)
前田訳使徒と長老たちはこのことを検討するため集まった。
新共同そこで、使徒たちと長老たちは、この問題について協議するために集まった。
NIVThe apostles and elders met to consider this question.
註解: 教会全体の漠然たる議論では結末が付き難いので、特別に使徒、長老のみの会議を開き、教会の大衆はこれを傍聴していた(122225節)。但しガラ2:2に「名ある者どもに(ひそ)かに(個人的に)告げたり」とあるのを見れば、この会議の開かれる前にパウロは使徒たちの主なる者にその意見を陳述していたものと見える。是は必要の手段であった。

15章7節 (おほ)くの議論(ぎろん)ありし(のち)[引照]

口語訳激しい争論があった後、ペテロが立って言った、「兄弟たちよ、ご承知のとおり、異邦人がわたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようにと、神は初めのころに、諸君の中からわたしをお選びになったのである。
塚本訳長らく争論があったのち、ペテロが立ち上がって言った、「兄弟の方々、(集会が出来た)始めの時から、神は異教人がわたしの口によって福音の言葉を聞いて信ずるようにと、あなた達の間でわたしを選ばれたことは御承知のとおりである。
前田訳多くの論争があったので、ペテロが立っていった、「兄弟方、ご存じのとおり、初めのころから、あなた方の間で、神はわたしの口によって異邦人が福音のことばを聞いて信ずるようお決めでした。
新共同議論を重ねた後、ペトロが立って彼らに言った。「兄弟たち、ご存じのとおり、ずっと以前に、神はあなたがたの間でわたしをお選びになりました。それは、異邦人が、わたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためです。
NIVAfter much discussion, Peter got up and addressed them: "Brothers, you know that some time ago God made a choice among you that the Gentiles might hear from my lips the message of the gospel and believe.
註解: 議論は神の決定を仰ぐの前提である。神の御旨が明かにされる為には人間の論議は必要である。テトスの割礼の問題(ガラ2:3)もこの議論の題目の一つであったろう。この場合この問題につき論ぜられた事は後世の為に幸福であった。

ペテロ()ちて()

註解: 十二使徒の代表としてペテロは何時もの如く先づ口を開くのであった。

兄弟(きゃうだい)たちよ、(なんぢ)らの()るごとく、(ひさ)しき(まへ)(かみ)は、なんぢらの(うち)より[(われ)を](えら)び、わが(くち)より異邦人(いはうじん)福音(ふくいん)(ことば)()かせ、(これ)(しん)ぜしめんとし(たま)へり。

註解: 「久しき前」は10章のコルネリオの回心の事実を指したるものならん。ペテロはヨツパ及びカイザリヤに於ける当時の出来事の始終を回想して、割礼なきコルネリオの救を(すこし)も疑う事が出来なかった。またその事が神の選によりて行われし事は明かであった。
辞解
[久しき前] 「古き日より」。即ちパウロ等が異邦人に伝道する以前より。
[福音] なる語はルカとヨハネの文書中此処と使20:24以外になし。

15章8節 (ひと)(こころ)()りたまふ(かみ)は、(われ)らと(おな)じく、(かれ)()にも(せい)(れい)(あた)へて(あかし)をなし、[引照]

口語訳そして、人の心をご存じである神は、聖霊をわれわれに賜わったと同様に彼らにも賜わって、彼らに対してあかしをなし、
塚本訳また、(人の)心を御存じの神は、(ユダヤ人たる)わたし達と同じく彼ら(異教人)にも、(信仰で救われる)証拠として聖霊を与え、
前田訳人の心をご存じの神は異邦人にもわれらにと同じく、聖霊を与えて彼らに証をなさいました。
新共同人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。
NIVGod, who knows the heart, showed that he accepted them by giving the Holy Spirit to them, just as he did to us.
註解: ペテロは先づ神が如何様に異邦人を取り扱い給うかにつき語っている、人の救われるは人が如何に自己を評価するかに由るのではなく、神の判断によるからである。神は第一に異邦人にもユダヤ人の信者と同一の聖霊を与え給うた(使10:44-47)。この事は神がこの両者を同一視し給う証拠である。神の同一視し給うものを人が区別してはならない。
辞解
[人の心を知りたまう神] 即ち人の外面を見給わざる神である、ゆえに割礼の有無の如きは問題とならない事を暗示す。

15章9節 かつ信仰(しんかう)によりて(かれ)らの(こころ)をきよめ、(われ)らと(かれ)らとの(あひだ)(へだて)()(たま)はざりき。[引照]

口語訳また、その信仰によって彼らの心をきよめ、われわれと彼らとの間に、なんの分けへだてもなさらなかった。
塚本訳信仰によって彼らの心を清めて、わたし達と彼らとの間になんの差別をもつけられなかった。
前田訳そして信仰によって彼らの心を清めて、われらと彼らとの間に、何の差別もおつけになりませんでした。
新共同また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。
NIVHe made no distinction between us and them, for he purified their hearts by faith.
註解: 神は割礼なる外部的手術によりて肉体を潔むる事よりも遙に高く深き処に於て、信仰によりて異邦人の心を潔め給うた。この点に於てユダヤ人の基督者と同一のものたらしめ給うた以上、外部的形式までも同一ならしむる必要は無いではないか、信仰とは我らが我らの心を潔める事ではなく、キリストの潔き心を我らの心に受けることである。

15章10節 (しか)るに(なん)(かみ)(こころ)みて、弟子(でし)たちの(くび)(われ)らの先祖(せんぞ)(われ)らも()(あた)はざりし(くびき)をかけんとするか。[引照]

口語訳しかるに、諸君はなぜ、今われわれの先祖もわれわれ自身も、負いきれなかったくびきをあの弟子たちの首にかけて、神を試みるのか。
塚本訳だからあなた達が、わたし達の先祖にもわたし達にも負いきれない(重い)軛を(異教人の主の)弟子たちの首にかけるのは、(信仰だけでよいと示される)神を試すことである。なぜそんなことをするのか。
前田訳それなのに、なぜ弟子たちのえりもとに軛をかけて神を試みるのですか。その軛はわれらの先祖もわれら自身も負いきれなかったではありませんか。
新共同それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に懸けて、神を試みようとするのですか。
NIVNow then, why do you try to test God by putting on the necks of the disciples a yoke that neither we nor our fathers have been able to bear?
註解: 神の欲し給う以外の事までも人間が要求する事は明かに神を軽蔑した事であり、神を試みてその怒を招く事である。割礼を受くる事、従ってモーセの律法を凡て守る事は、ユダヤ人自身すら不可能な事であった。況んや異邦人をや。これは負い得ざる軛である。

15章11節 (しか)らず、(われ)らの(すく)はるるも(かれ)らと(ひと)しく(しゅ)イエスの恩惠(めぐみ)()ることを(われ)らは(しん)ず』[引照]

口語訳確かに、主イエスのめぐみによって、われわれは救われるのだと信じるが、彼らとても同様である」。
塚本訳わたし達は信ずる、主イエスの恩恵(だけ)でわたし達は救われる。彼らも同様である。」
前田訳むしろ主イエスの恩恵でわれらは救われ、彼らも同様であると信じます」と。
新共同わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」
NIVNo! We believe it is through the grace of our Lord Jesus that we are saved, just as they are."
註解: パウロの思想と全く同一である。ロマ3:24ロマ5:15エペ2:5エペ2:8。▲割礼さえも思い切って不要と主張した使徒たちが、洗礼をこれに代えることは思いもよらないことである。
辞解
[彼ら] 異邦人を指す、先祖たち(C1)にあらず。
要義 [ペテロの信仰的立場]律法の行為によらず神の恩恵のみによりて救われる事の信仰をペテロは如何にして把握したかはパウロの場合の如くに明白ではないけれども、罪人たる事の意識の強かった彼として(ルカ5:8マタ26:75)、またイエスの恩恵の豊さを充分に体験した彼としては、彼の救いの理由をイエスの恩恵以外に見出すことは出来なかったに相違ない。またコルネリオの場合においても、不思議なる恩恵が彼らの間に働いたのであることをペテロは信じたに相違ない。ただ、パウロのごとき律法を完全に守らんとする苦闘がペテロには無かった結果、時々律法主義に転落せんとする場合があったことは注意すべき点である(ガラ2:11、12)。

5-2-3 ヤコブの弁明 15:12 - 15:21

15章12節 (ここ)會衆(くわいしゅう)みな(もく)して、バルナバとパウロとの(おのれ)()によりて(かみ)異邦人(いはうじん)のうちに()(たま)ひし(おほ)くの(しるし)不思議(ふしぎ)とを()ぶるを()く。[引照]

口語訳すると、全会衆は黙ってしまった。それから、バルナバとパウロとが、彼らをとおして異邦人の間に神が行われた数々のしるしと奇跡のことを、説明するのを聞いた。
塚本訳すると会衆一同が黙った。そしてバルナバとパウロとが、自分たちをもって神がどんな徴や不思議なことを異教人の間で行われたかを話してきかせるのを、(静かに)聞いていた。
前田訳全会衆は沈黙した。そしてバルナバとパウロとが、自分たちを通して神が徴と不思議とを異邦人の間になさったことを話すのを聞いていた。
新共同すると全会衆は静かになり、バルナバとパウロが、自分たちを通して神が異邦人の間で行われた、あらゆるしるしと不思議な業について話すのを聞いていた。
NIVThe whole assembly became silent as they listened to Barnabas and Paul telling about the miraculous signs and wonders God had done among the Gentiles through them.
註解: ペテロの一言によりて会衆は皆黙し静に異邦伝道の際に於ける神の御業に就て聴いた。蓋し真理を真に把握する者は小数であり、また極端にこれに反対する者も同様に小数であり、多数は主なる指導者に従うを常とするからである。
辞解
バルナバを第一に置きしは、エルサレムの教会に於ける一般の観念に従えるものである。

15章13節 (かれ)らの(かた)()へし(のち)、ヤコブ(こた)へて()[引照]

口語訳ふたりが語り終えた後、ヤコブはそれに応じて述べた、「兄弟たちよ、わたしの意見を聞いていただきたい。
塚本訳二人の話が終った後、(主の兄弟の)ヤコブが発言した。
前田訳彼らが話しおえると、ヤコブがいった、「兄弟方、お聞きください。
新共同二人が話を終えると、ヤコブが答えた。「兄弟たち、聞いてください。
NIVWhen they finished, James spoke up: "Brothers, listen to me.
註解: このヤコブは十二使徒の一人なるアルパヨの子ヤコブ(C1)ではなく、主の兄弟ヤコブであると見るべきである(使1:14ガラ1:19ガラ2:9ガラ2:12ヤコ緒言参照)。

兄弟(きゃうだい)たちよ、(われ)()け、

15章14節 シメオン(すで)(かみ)(はじ)めて異邦人(いはうじん)(かへり)み、その(うち)より御名(みな)()ふべき(たみ)()(たま)ひしことを()べしが、[引照]

口語訳神が初めに異邦人たちを顧みて、その中から御名を負う民を選び出された次第は、シメオンがすでに説明した。
塚本訳「兄弟の方々、聞いてもらいたい。シメオン[ペテロ]は(集会が出来た)始めに、神がいかに御心にかけて、異教人のうちから御自分のために一つの民を得られたかを話してくれたが、
前田訳シメオンが説明しましたように、初めに神はみ心を配って、異邦人の間からひとつの民をおん自らの名へとお迎えでした。
新共同神が初めに心を配られ、異邦人の中から御自分の名を信じる民を選び出そうとなさった次第については、シメオンが話してくれました。
NIVSimon has described to us how God at first showed his concern by taking from the Gentiles a people for himself.
註解: シメオンはシモンのヘブル語、シメオンの演説は神が異邦人中より神の民を取り給う事であって「著しき逆説」(B1)である。ユダヤ人に取りて是ほど意外な事はない。併し是は実は聖書に預言せられている事実であって信ずべき事柄であるとヤコブは言う。
辞解
[御名を負うべき] 「御名に」であって「彼自身に」と言うに同じ。

15章15節 預言者(よげんしゃ)たちの(ことば)も、これと()へり。[引照]

口語訳預言者たちの言葉も、それと一致している。すなわち、こう書いてある、
塚本訳預言者たちの言葉はそれと一致している。(ある所に)こう書いてある。
前田訳預言者のことばはこれと合っています。それにはこう書かれています、
新共同預言者たちの言ったことも、これと一致しています。次のように書いてあるとおりです。
NIVThe words of the prophets are in agreement with this, as it is written:
註解: 次節以下はアモス書よりの引用であるが、他の預言者もこの点に於て一致している。

15章16節 (しる)して、「こののち(われ)かへりて、(たふ)れたるダビデの幕屋(まくや)(ふたた)(つく)り、その(くづ)れし(ところ)(ふたた)(つく)り、(しか)して(これ)()てん。[引照]

口語訳『その後、わたしは帰ってきて、倒れたダビデの幕屋を建てかえ、くずれた箇所を修理し、それを立て直そう。
塚本訳“そのあとで[最後の日に]わたしは(イスラエルの民を)顧みて”“倒れたダビデの幕屋[王国]を建てなおす、その崩れた所を建てなおして幕屋を再建する、
前田訳『その後わたしは立ち帰って、倒れたダビデの幕屋を建てなおす。そのこわれたところを建てなおして幕屋をもとどおりにする。
新共同『「その後、わたしは戻って来て、/倒れたダビデの幕屋を建て直す。その破壊された所を建て直して、/元どおりにする。
NIV"`After this I will return and rebuild David's fallen tent. Its ruins I will rebuild, and I will restore it,
註解: 16、17節はアモ9:11、12の引用でヘブル原典とも七十人訳とも多少異っている。大意を自由に翻訳したのであろう。ダビデの幕屋即ち神の支配し給うダビデの王国は当時荒廃に帰していた。併し乍ら「こののち」(原文「其日には」)即ち、メシヤの来臨の日には、それが再建せられるであろう。換言すればキリストの来臨により、ダビデの王国は霊的意義に於て再建せられるであろう。ヤコブはアモスのこの預言を斯く解した。
辞解
[かえりて] anastrephô はヘブル原典、七十人訳にはなし。
[これを立てん] 「再びこれを立てん」と訳すべきで、かくしてこの一節に「再び」ara が四回繰返されている。壊滅に帰せるダビデ王国の民に取りて大なる希望である。

15章17節 これ殘餘(のこり)人々(ひとびと)(しゅ)(たづ)(もと)め、(すべ)()()をもて(とな)へらるる異邦人(いはうじん)もまた(しか)せん(ため)なり。[引照]

口語訳残っている人々も、わたしの名を唱えているすべての異邦人も、主を尋ね求めるようになるためである。
塚本訳これは残りの人々、すなわちわたしの名をもって呼ばれるすべての異教人にも、主をさがし出させるためである。このことをされる主はこう言われる、
前田訳それは残りの人々と、わが名で呼ばれるすべての異邦人が、主を求めるためである。このことをなさる主はこういわれる。
新共同-18節 それは、人々のうちの残った者や、/わたしの名で呼ばれる異邦人が皆、/主を求めるようになるためだ。」昔から知らされていたことを行う主は、/こう言われる。』
NIVthat the remnant of men may seek the Lord, and all the Gentiles who bear my name, says the Lord, who does these things'
註解: 回復せられしダビデの王国の民たるものはイスラエルの残れる者及び異邦人の中の信仰を持つものを指す(ロマ9:27ゼカ14:16)。而してこの預言はイエスの来臨によりて成就した。即ちこれによりてイスラエルと異邦人との完全なる一致が成就した訳である。
辞解
[残余の人々] ヘブル語原典は「エドムの遺余者」とあり、このエドムを七十人訳が誤ってアダムと読みたるもの。
[尋ね求め] ヘブル語「獲ん」を誤訳されたもの、ヤコブはヘブル語を以てこの節を引用したものかも知れないけれどもルカは七十人訳を用いて一層この目的に適切である事を認めた。
[我が名をもて称えられる] 「神の民」と云われる事。

15章18節 (いにし)へより(これ)()のことを()らしめ(たま)(しゅ)、これを()(たま)ふ」とあるが(ごと)し。[引照]

口語訳世の初めからこれらの事を知らせておられる主が、こう仰せになった』。
塚本訳“遠い昔から知っておられて。”
前田訳いにしえから主はこれを知りたもう』。
新共同
NIVthat have been known for ages.
註解: この一節はイザ45:21より引用してここに附加えたもので、異邦人の救が神の永遠の経綸の中にある事を示している。当時の聖書引用法の自由さを示す

15章19節 (これ)によりて(われ)判斷(はんだん)す、異邦人(いはうじん)(うち)より(かみ)歸依(きえ)する(ひと)(わづら)はすべきにあらず。[引照]

口語訳そこで、わたしの意見では、異邦人の中から神に帰依している人たちに、わずらいをかけてはいけない。
塚本訳(このように、主は世の初めから、最後の日の御国に異教人を招こうとしておられるのである。)だからわたしはこういう意見である。異教人の中から(われわれの)神に転ずる人たちを、(面倒なモーセ律法で)困らせてはならない。
前田訳それゆえわたしは、異邦人の中から神に向かう人々を悩ましてはならないと考えます。
新共同それで、わたしはこう判断します。神に立ち帰る異邦人を悩ませてはなりません。
NIV"It is my judgment, therefore, that we should not make it difficult for the Gentiles who are turning to God.
註解: モーセの律法の下にあらざる異邦人も神の御名を以て呼ばれるに至る事は前節の如く聖書に預言される処であって神の御意である故、彼らにモーセの律法を無理強いをなすべきではない。この点に於てヤコブもペテロ、パウロと意見を同うしていた。
辞解
[煩わす] 身動きが出来ない様にする事。

15章20節 ただ()(おく)りて、偶像(ぐうざう)(けが)されたる(もの)淫行(いんかう)絞殺(しめころ)したる(もの)()とを()けしむべし。[引照]

口語訳ただ、偶像に供えて汚れた物と、不品行と、絞め殺したものと、血とを、避けるようにと、彼らに書き送ることにしたい。
塚本訳ただ偶像に(供えて)穢された物と、(近親との)不品行と、締め殺した動物(を食べること)と、血とを避けるべきであると書き送ったがよかろう。
前田訳ただ、偶像に汚されたものと、不品行と、絞め殺した生きものと血とを避けるよう書き送るべきです。
新共同ただ、偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けるようにと、手紙を書くべきです。
NIVInstead we should write to them, telling them to abstain from food polluted by idols, from sexual immorality, from the meat of strangled animals and from blood.
註解: ヤコブはここに四つの注意事項を提出した。是等はいずれもユダヤ人が非常に忌み嫌っているに反し、異邦人は平気で行っていた事柄であった。もし異邦人基督者が是等を行うならば、たとい救の問題に関係なしとしても、これがユダヤ人の基督者を躓かせ、両者の間に不和を来す。それゆえに、是等の点に於て異邦人基督者が自制する事は、この場合必要であると云うのである。この程度の事は異邦人基督者に重荷とならず、また他方この会議に於て、ユダヤ的基督者の側が全敗に帰し、踏みにじられた如き結果を来さぬようにとの政策的配慮も有ったものと思はれる。尚淫行以外の事柄につきてはパウロはこれを異邦人に強要せず自由問題として取扱う様になった(ロマ14章)、時代の推移による。また淫行を他の比較的軽微なる事柄と同列に置きし所以は、当時の異邦の世界はこれを格別の罪と見なかったからであると共に、これを除く場合、他の諸点は益々その重要さを失うからであろう。
辞解
[偶像に穢されたる物] 29節には「偶像に献げたるもの」とあり、犠牲の肉はその偶像によりて穢され、これを食する者はその穢を受くるものと考えられた(出34:15)。尚おTコリ8:1-13。Tコリ10:23-33にはパウロのこれに関する更に進んだ意見が示されている。
[淫行] 姦淫と異る、一般の放佚なる性的行為を云う。当時の世界に於ては、これ等は咎なしに行われた。これを種々特別の意味 -- 例えば蓄妾(ちくしょう)(C1)、近親結婚(L1)、多妻主義、祭礼日の淫行等 -- に取る必要はない。
[絞殺したる物] 血が身体内に止るゆえに血を食う事を嫌えるユダヤ人は当然絞殺したる物をも()んだ。尚S2によれば、「絞殺したる物」はレビ17:15の「自ら死たる物また裂ころされし物」を指すとなし、是等は血が流出せざる故生命が体内に窒息し(即ち絞殺され)ていると解す。
[血] 生命を表はすものとしてこれを食う事を禁じていた。レビ3:17レビ7:26以下。レビ17:10-14。申12:16申12:23

15章21節 (むかし)より、いづれの(まち)にもモーセを()ぶる(もの)ありて安息(あんそく)(にち)(ごと)(しょ)會堂(くわいだう)にて、その(ふみ)()めばなり』[引照]

口語訳古い時代から、どの町にもモーセの律法を宣べ伝える者がいて、安息日ごとにそれを諸会堂で朗読するならわしであるから」。
塚本訳なぜならば、モーセ(律法)は古い時代から町ごとにこれを説く者たちがあって、安息日のたびごとに礼拝堂で朗読されているからである。」
前田訳それは、モーセには、昔から町ごとにその律法をのべ伝える人々があって、安息日ごとに会堂で朗読されているからです」と。
新共同モーセの律法は、昔からどの町にも告げ知らせる人がいて、安息日ごとに会堂で読まれているからです。」
NIVFor Moses has been preached in every city from the earliest times and is read in the synagogues on every Sabbath."
註解: 前節の主張の止むを得ざる理由は、異邦人の居る処、殆んど何処にもユダヤ人が居り、安息日毎にモーセの書を読みその律法を守っている故、是等の人々の躓とならない様にする為である。即ちパウロのいわゆる愛のゆえに、自己の自由を制御する事を要求したのである。(Tコリ8:13Tコリ10:32、33)。

5-2-4 決議と公文書 15:22 - 15:29

15章22節 (ここ)使徒(しと)長老(ちゃうらう)たち(およ)(ぜん)教會(けうくわい)は、その(うち)より(ひと)(えら)びてパウロ、バルナバと(とも)にアンテオケに(おく)ることを()しとせり。(えら)ばれたるは、バルサバと(とな)ふるユダとシラスとにて、兄弟(きゃうだい)たちの(うち)重立(おもだ)ちたる(もの)なり。[引照]

口語訳そこで、使徒たちや長老たちは、全教会と協議した末、お互の中から人々を選んで、パウロやバルナバと共に、アンテオケに派遣することに決めた。選ばれたのは、バルサバというユダとシラスとであったが、いずれも兄弟たちの間で重んじられていた人たちであった。
塚本訳そこで、使徒と長老とは集会全体と共に、自分たちのうちから人を選んで、パウロ、バルナバと一緒に、アンテオケに派遣することに決した。そして兄弟たちの間で重んじられていた二人、バルサバと言われたユダとシラスとが選ばれ、
前田訳そこで使徒と長老たちは全集まりとともに、彼らから人を選んで、パウロ、バルナバとともにアンテオケに送ることを決めた。それはバルサバと呼ばれるユダとシラスとで、兄弟たちの中の指導的な人々であった。
新共同そこで、使徒たちと長老たちは、教会全体と共に、自分たちの中から人を選んで、パウロやバルナバと一緒にアンティオキアに派遣することを決定した。選ばれたのは、バルサバと呼ばれるユダおよびシラスで、兄弟たちの中で指導的な立場にいた人たちである。
NIVThen the apostles and elders, with the whole church, decided to choose some of their own men and send them to Antioch with Paul and Barnabas. They chose Judas (called Barsabbas) and Silas, two men who were leaders among the brothers.
註解: 前節まで記されし如き会議の状況及び結論をアンテオケの教会に伝える為にはパウロとバルナバだけでは不適当と考えられたのでエルサレムよりも人を遣す事となった。是は非常に適当なる処置であった。一方的証言は往々にして相手方の信頼を得兼ねるからである。
辞解
[ユダ・バルサバ] につきては他に録されず、使1:23のバルサバの兄弟たらんとの想像説あり。
[シラス] ラテン名シルワノで其後パウロと共に伝道旅行に赴き、共に苦難をうけ(使15:40使16:19-29。使17:4使17:10使17:14使18:5)、またペテロと共にも伝道していた(Tペテ5:12)。

15章23節 (これ)(たく)したる(ふみ)にいふ『使徒(しと)および長老(ちゃうらう)たる兄弟(きゃうだい)ら、[引照]

口語訳この人たちに託された書面はこうである。「あなたがたの兄弟である使徒および長老たちから、アンテオケ、シリヤ、キリキヤにいる異邦人の兄弟がたに、あいさつを送る。
塚本訳こう書いて彼らに託された。「あなた達の兄弟である使徒と長老とから、アンテオケをはじめシリヤとキリキヤとにある異教人出の兄弟たちに敬意を表する。
前田訳彼らの筆による手紙が託された、「使徒と長老とはアンテオケ、シリア、キリキアにある異邦人出の兄弟たちにごあいさつします。
新共同使徒たちは、次の手紙を彼らに託した。「使徒と長老たちが兄弟として、アンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、異邦人の兄弟たちに挨拶いたします。
NIVWith them they sent the following letter: The apostles and elders, your brothers, To the Gentile believers in Antioch, Syria and Cilicia: Greetings.
註解: 教会をこの中に入れないのはこの書翰の性質を純粋なるものとなさんが為であろう。

アンテオケ、シリヤ、キリキヤに()異邦人(いはうじん)兄弟(きゃうだい)たちの平安(へいあん)(いの)る。

註解: アンテオケ中心の周囲の教会に宛てられたるもの。
辞解
[平安を祈る] chairein は当時の書翰文の慣用語(使23:26ヤコ1:1)。

15章24節 我等(われら)のうちの(ある)人々(ひとびと)われらが(めい)じもせぬに、(ことば)をもて(なんぢ)らを(わづら)はし、(なんぢ)らの(こころ)(みだ)したりと()きたれば、[引照]

口語訳こちらから行ったある者たちが、わたしたちからの指示もないのに、いろいろなことを言って、あなたがたを騒がせ、あなたがたの心を乱したと伝え聞いた。
塚本訳聞くところによると、当方の者たちが(御地に行き、)われわれの指図なしにいろいろなことを言ってあなた達を騒がせ、あなた達の心を乱したそうであるから、
前田訳聞くところによりますと、当方のものたちが、われらから指図されずに、あなた方をことばで騒がせ、あなた方の心を乱したそうですので、
新共同聞くところによると、わたしたちのうちのある者がそちらへ行き、わたしたちから何の指示もないのに、いろいろなことを言って、あなたがたを騒がせ動揺させたとのことです。
NIVWe have heard that some went out from us without our authorization and disturbed you, troubling your minds by what they said.
註解: これによりて割礼を主張するユダヤ主義の基督者たちの行動は、彼らの勝手な行動であってエルサレムの使徒や長老とは関係なき事を示す。
辞解
[命じもせぬに] 必ずしも全ての事、使徒やエルサレム教会の命によらなければ為されないと云うのではない、パウロの場合を見よ、唯、ユダヤ主義基督者は、これを使徒たちの意見の如くに装った。
[煩はし] tarassô ヨハ14:1の「騒がす」と同じく動揺せしむる事。
[乱す] anaskeuazô 荷造をして掠奪する、都市を荒廃せしむる如き貌、信徒の心を奪い去る事。

15章25節 (われ)(こころ)(ひと)つにして(ひと)(えら)びて、[引照]

口語訳そこで、わたしたちは人々を選んで、愛するバルナバおよびパウロと共に、あなたがたのもとに派遣することに、衆議一決した。
塚本訳われわれは衆議一決、人を選んで(書面を持たせ、)愛するバルナバとパウロとの供をさせて、あなた達の所に派遣することにした。──
前田訳われらは全会一致、人を選んで愛するバルナバとパウロとともにあなた方につかわすことにしました。
新共同それで、人を選び、わたしたちの愛するバルナバとパウロとに同行させて、そちらに派遣することを、わたしたちは満場一致で決定しました。
NIVSo we all agreed to choose some men and send them to you with our dear friends Barnabas and Paul--

15章26節 (われ)らの(しゅ)イエス・キリストの()のために生命(いのち)(をし)まざりし(もの)なる、(われ)らの(あい)するバルナバ、パウロと(とも)(なんぢ)らに(つかは)すことを()しとせり。[引照]

口語訳このふたりは、われらの主イエス・キリストの名のために、その命を投げ出した人々であるが、
塚本訳この両人は(御承知のように)われわれの主イエス・キリストの御名のために命を捧げている人である。──
前田訳このふたりはわれらの主イエス・キリストのみ名のためにいのちをささげている人です。
新共同このバルナバとパウロは、わたしたちの主イエス・キリストの名のために身を献げている人たちです。
NIVmen who have risked their lives for the name of our Lord Jesus Christ.
註解: エルサレムの使徒たち及び凡ての教会の意見の一致せる事を書面を以て伝える事、及びバルナバとパウロとを極力推奨せる事は、アンテオケにあるユダヤ主義の基督者に対する最も有効なる反対の意思表示であり、またエルサレムより人を同行せしむるは、この書面の事実を裏書せしめんが為であった
辞解
[キリストの名のために生命を惜まざりし] 基督者としての最大の栄誉である。

15章27節 (これ)によりて(われ)らユダとシラスとを(つかは)す、かれらも(くち)づから(これ)()のことを()べん。[引照]

口語訳彼らと共に、ユダとシラスとを派遣する次第である。この人たちは、あなたがたに、同じ趣旨のことを、口頭でも伝えるであろう。
塚本訳それでいまユダとシラスとを派遣するが、彼らも口頭で(この書面と)同じことを伝えるであろう。
前田訳それで、ユダとシラスとをつかわしますが、彼らも直接ことばで(この手紙と)同じことをお伝えするでしょう。
新共同それで、ユダとシラスを選んで派遣しますが、彼らは同じことを口頭でも説明するでしょう。
NIVTherefore we are sending Judas and Silas to confirm by word of mouth what we are writing.
辞解
[口づから] 「言葉を以て」。
[此等の事] 「同じ事」

15章28節 (せい)(れい)(われ)らとは()肝要(かんえう)なるものの(ほか)(なに)をも(なんぢ)らに()はせぬを()しとするなり。[引照]

口語訳すなわち、聖霊とわたしたちとは、次の必要事項のほかは、どんな負担をも、あなたがたに負わせないことに決めた。
塚本訳聖霊とわれわれとは、必要欠くべからざる次のもののほか、それ以上のいかなる重荷をもあなた達に負わせないことに決した。
前田訳聖霊とわれらとは、次のぜひ必要なことのほかは、あなた方に何も重荷を負わせないことに決めました。
新共同聖霊とわたしたちは、次の必要な事柄以外、一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。
NIVIt seemed good to the Holy Spirit and to us not to burden you with anything beyond the following requirements:

15章29節 (すなは)偶像(ぐうざう)(ささ)げたる(もの)()絞殺(しめころ)したる(もの)淫行(いんかう)とを()くべき(こと)なり、(なんぢ)()これを(つつし)まば()し。なんぢら(すこや)かなれ』[引照]

口語訳それは、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、避けるということである。これらのものから遠ざかっておれば、それでよろしい。以上」。
塚本訳すなわち偶像に供えた物と、血と、締め殺した動物(を食べること)と、(近親との)不品行とを避けること。これらのことによって身を汚されずにおれば、よろしい。敬具。」
前田訳すなわち、偶像に供えたものと、血と、絞め殺した生きものと、不品行とを避けることです。これらから自らを遠ざけていればよいのです。さよなら」と。
新共同すなわち、偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した動物の肉と、みだらな行いとを避けることです。以上を慎めばよいのです。健康を祈ります。」
NIVYou are to abstain from food sacrificed to idols, from blood, from the meat of strangled animals and from sexual immorality. You will do well to avoid these things. Farewell.
註解: 20節註及辞解参照。
辞解
[聖霊と我ら] 彼らは聖霊の導きなしに動かなかった。
[肝要] 「必要」と同じ、但し救の條件として必要なのではなく、その時代に於ける実際上の必要である。
[善し] 「立派な態度である」と云う如き意味で、救われると云う如き意味ではない。
[健かなれ] 書翰の結末の習慣句で「御機嫌よう」とか「健在を祈る」と云う如き意。
要義1 [この四ヶ條の意昧]この四ヶ條は救の条件ではなく、この場合に於けるユダヤ人と異邦人との基督者の間の反目を除かん為に提示せられし、和解条件である。是によって見るも割礼の問題が神学的に提出されたのではなく、ユダヤ人殊にパリサイ派の人々の伝統的精神に執着せる結果であることが判明する。ヤコブがこの四ヶ条を提出して当時の反目を鎮めることは賢明なる処置であった。しかしながらこれは信仰の本質を明らかにする上には何等の貢献をなさなかった。
要義2 [パウロと四ヶ條との関係]パウロは使徒会議が彼の信仰に何ものをも加えなかった事を主張しているのを見ても(ガラ2:6)、この四ヶ條を救の条件として受納れたのでは無かった事は明かである。パウロはこれを以て愛による自己制御の動作と見たのであろう。パウロ自身ユダヤ人にはユダヤ人のごとく、ギリシヤ人にはギリシヤ人のごとくに振舞った。この精神をもって異邦人にも行動せしめ、彼らをしてユダヤ人のごとくにならしめんとしたのであった。なおロマ14:13-23、Tコリ8:12Tコリ10:32、33参照。
附記 [ガラテヤ書2:1-10との関係]この二者は同一事実の記載であるにも関らず左の如き矛盾を有す。
(1)行伝によれば使徒会議はパウロの回心後第三回目のエルサレム上京であるが、ガラテヤ書によれば第二回目の上京となり、使11:30使12:25の上京の記事が無い。
(2)行伝によればパウロはバルナバと共にエルサレムに派遣されたのであるけれども(使15:2)、ガラテヤ書によれば、彼は黙示によって上京したのであった(ガラ2:2)。
(3)行伝によれば会議を開いて問題を討議したのであるけれども(使15:6)、ガラテヤ書によればパウロは主なる人々に個人的に説明した(ガラ2:2)。
(4)行伝によればヤコブは四ヶ条の禁止事項を異邦人に書き与えたけれども、ガラテヤ書によれば、パウロは自己の主張を一歩も譲らず、何をもその信仰に加えられなかった(ガラ2:5、6)。
(5)テトスの割礼のこと(ガラ2:3)、貧者を顧みるべき事(ガラ2:10)は行伝の方には録されていない。
このごとくこの二記事は不一致であるけれども、ガラテヤ書はパウロの主観を録し、行伝はルカが客観的に歴史として録したためにこの差異が起こったのであって、(一)使11:30使12:25の上京は、パウロがガラテヤ書に記載するだけの主観的価値なき上京であったために省略されたのであり、(二)使徒会議にパウロが上京したのは、単に教会に派遣されて機械的に上京しただけではなく同時に聖霊によりて黙示せられしためであり、(三)会議の前にパウロは最も力を(つく)して大使徒等を個人的に説得したものと考えることによってこの矛盾は解決され、(四)四ヶ条は救いの条件にあらざるがゆえにパウロより見れば彼の信仰に一点の変更を加える必要が無かった訳であり、(五)の事実は行伝に記載する必要なきことであったのであろう、かく解することによりて、この外面的矛盾は返って多くの興味を与え、内面的一致の表示となる。

要義3 [使徒会議の効果]使徒会議の効果が案外微弱であった事は其後の事実がこれを証明する。即ちガラテヤの諸教会に於ては割礼主義が再び台頭してパウロをして憤慨せしめ、またロマ、コリント等の教会に対しては偶像に献げし肉と雖も必ずしも絶対にこれを食う事を禁止しない様になったのを見ても、これを知ることができる。要するに使徒会議はパウロの信仰のみによる救いを否定しなかった点において正しくあり且つ歴史的意義があったけれども、この信仰を積極的に主張することにおいて微力であった。結局この会議は一時の紛争を終焉せしむる政治的効果が有ったに過ぎない。

5-2-5 会議の結果をアンテオケにもたらす 15:30 - 15:35

15章30節 かれら(わかれ)()げて[引照]

口語訳さて、一行は人々に見送られて、アンテオケに下って行き、会衆を集めて、その書面を手渡した。
塚本訳さて彼ら(四人)は別れを告げてアンテオケに下り、(集会の全)会衆を集めて手紙を渡した。
前田訳彼らは別れを告げてアンテオケに下り、会衆を集めて手紙を渡した。
新共同さて、彼ら一同は見送りを受けて出発し、アンティオキアに到着すると、信者全体を集めて手紙を手渡した。
NIVThe men were sent off and went down to Antioch, where they gathered the church together and delivered the letter.
註解: ベザ写本には此間に「数日にして」とあり。

アンテオケに(くだ)り、人々(ひとびと)(あつ)めて(ふみ)(わた)す。

註解: 彼らは急いでこの事件を落着せしめんとした事が知られる。

15章31節 人々(ひとびと)これを()慰安(なぐさめ)()(よろこ)べり。[引照]

口語訳人々はそれを読んで、その勧めの言葉をよろこんだ。
塚本訳人々はこれを読み、励ましを得て喜んだ。
前田訳人々はそれを読んで、励ましによろこんだ。
新共同彼らはそれを読み、励ましに満ちた決定を知って喜んだ。
NIVThe people read it and were glad for its encouraging message.
註解: 彼らの教えられし信仰が正しくありまた彼らの救が無条件に成立つ事を知ったのは彼らの非常なる慰安であり、喜びに耐えなかった。四ヶ條の附言の如きも彼らに何等の苦痛を与えなかった。

15章32節 ユダもシラスもまた預言者(よげんしゃ)なれば、(おほ)くの(ことば)をもて兄弟(きゃうだい)たちを(すす)めて(かれ)らを(かた)うし、[引照]

口語訳ユダとシラスとは共に預言者であったので、多くの言葉をもって兄弟たちを励まし、また力づけた。
塚本訳ユダとシラス自身も預言者であったから、さまざまの話をして兄弟たちを励まし力づけた。
前田訳ユダとシラスとは、自らも預言者であったので、多くのことばで兄弟たちを励まし強めた。
新共同ユダとシラスは預言する者でもあったので、いろいろと話をして兄弟たちを励まし力づけ、
NIVJudas and Silas, who themselves were prophets, said much to encourage and strengthen the brothers.
註解: ユダ及びシラスは使徒会議の状況報告及び書簡伝達の任務を果した上、更に進んで福音を宣伝して信仰を堅うした。彼らは到る処主イエスを伝えずにいる事が出来なかったのである。彼らもパウロ、バルナバ等と同じく預言者であり神の御旨を語る人々であった。

15章33節 (しばら)(とどま)りてのち、兄弟(きゃうだい)たちに平安(へいあん)(しゅく)せられ、(わかれ)()げて、(おのれ)らを(つかは)しし(もの)(かへ)れり。[引照]

口語訳ふたりは、しばらくの時を、そこで過ごした後、兄弟たちから、旅の平安を祈られて、見送りを受け、自分らを派遣した人々のところに帰って行った。
塚本訳二人は(ここでしばらく)時を過ごしたのち、兄弟たちに(旅路の)平安を祈られて別れを告げ、彼らを派遣した(エルサレムの)人たちの所に帰っていった。
前田訳ふたりはしばらくとどまってから、兄弟たちに平安を祈られて別れをつげ、彼らをつかわした人々のところへ帰っていった。
新共同しばらくここに滞在した後、兄弟たちから送別の挨拶を受けて見送られ、自分たちを派遣した人々のところへ帰って行った。
NIVAfter spending some time there, they were sent off by the brothers with the blessing of peace to return to those who had sent them.
註解: 私訳「平安の中に兄弟たちより別れて己らを遣しし者に帰れり」アンテオケの全教会はこの時平安を得ていて、ユダとシラスはこの有様を見て心に大なる安心を得てエルサレムに帰る事が出来た。雨降って地固まる結果となった。

15章34節 [なし] [引照]

口語訳〔しかし、シラスだけは、引きつづきとどまることにした。〕
塚本訳
前田訳〔しかしシラスはそこにとどまることに決め、ユダだけが去った。〕
新共同(†底本に節が欠落 異本訳)しかし、シラスはそこにとどまることにした。
NIV
註解: 34節なし。異本に「シラスはそこに留るをよしとせり」とあり、40節にパウロがシラスを伴える記事ある故、これと調和せんが為の後人の追加である。シラスは一旦エルサレムに帰って再びアンテオケに来たものであろう。

15章35節 (かく)てパウロとバルナバとは(なほ)アンテオケに(とどま)りて(おほ)くの(ひと)とともに(しゅ)御言(みことば)(をし)へ、かつ宣傳(のべつた)へたり。[引照]

口語訳パウロとバルナバとはアンテオケに滞在をつづけて、ほかの多くの人たちと共に、主の言葉を教えかつ宣べ伝えた。
塚本訳しかしパウロとバルナバとはアンテオケに滞在して、ほかの多くの人たちと共に、主の御言葉を教えまた伝えていた。
前田訳しかしパウロとバルナバとはアンテオケにとどまり、ほかの多くの人々とともに主のことばを教え、また伝えていた。
新共同しかし、パウロとバルナバはアンティオキアにとどまって教え、他の多くの人と一緒に主の言葉の福音を告げ知らせた。
NIVBut Paul and Barnabas remained in Antioch, where they and many others taught and preached the word of the Lord.
註解: この期間は不明である。尚ガラ2:11以下にあるペテロとパウロの争論はこの間に起ったのであろう。ペテロはこの頃アンテオケに下ったものらしい。

5-3 パウロの第二伝道旅行 15:36 - 18:23a
5-3-1 出発及びその間際の激論 15:36 - 15:41

註解: 是より18:22までは第二伝道旅行の記事となる。36-39節はその準備中の事件である。

15章36節 數日(すにち)(のち)パウロはバルナバに()ふ『いざ、(われ)(さき)(しゅ)御言(みことば)(つた)へし(すべ)ての(まち)にまた()きて兄弟(きゃうだい)たちを()ひ、その安否(あんぴ)(たづ)ねん』[引照]

口語訳幾日かの後、パウロはバルナバに言った、「さあ、前に主の言葉を伝えたすべての町々にいる兄弟たちを、また訪問して、みんながどうしているかを見てこようではないか」。
塚本訳数日の後、パウロはバルナバに言った、「さあ、もう一度行って、前に主の御言葉を伝えておいたすべての町の兄弟たちがどうしているか、見てこようではないか。」
前田訳数日ののち、パウロはバルナバにいった、「また出かけて、前に主のことばを伝えたすべての町の兄弟たちがどうしているか、見て来ましょう」と。
新共同数日の後、パウロはバルナバに言った。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。」
NIVSome time later Paul said to Barnabas, "Let us go back and visit the brothers in all the towns where we preached the word of the Lord and see how they are doing."
註解: 信者の信仰状態は決して常に確固不動ではあり得ない。ゆえに伝道者は常にその信者の信仰状態に配慮する事が必要である。
辞解
[そやの安否を尋ねん] は訳語不適当である、「その情態如何を視ん」と訳すべきである。
[数日の後] 若干日の後の事。

15章37節 バルナバはマルコと(とな)ふるヨハネを(ともな)はんと(のぞ)み、[引照]

口語訳そこで、バルナバはマルコというヨハネも一緒に連れて行くつもりでいた。
塚本訳ところで、バルナバは(今度も)マルコというヨハネを連れてゆこうと思ったのに、
前田訳それで、バルナバはマルコと呼ばれるヨハネも連れてゆくつもりであった。
新共同バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。
NIVBarnabas wanted to take John, also called Mark, with them,

15章38節 パウロは(かれ)(かつ)てパンフリヤより(はな)()りて勤勞(はたらき)のために(とも)()かざりしをもて(ともな)ふは(よろ)しからずと(おも)ひ、[引照]

口語訳しかし、パウロは、前にパンフリヤで一行から離れて、働きを共にしなかったような者は、連れて行かないがよいと考えた。
塚本訳パウロは、(前の旅行の時)パンフリヤから自分たちを離れて、一緒に仕事に行かなかったような者を、連れてゆくべきでないと頑張った。
前田訳しかしパウロは、パンフリアから自分たちを離れて、いっしょに仕事に行かなかったものを連れてゆかないことを主張した。
新共同しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。
NIVbut Paul did not think it wise to take him, because he had deserted them in Pamphylia and had not continued with them in the work.
註解: マルコに就ては使12:12の註及び使13:13註を見よ。マルコが第一伝道旅行に於て途中より離れ去った事は、理由は不明であるけれども、何れにしても伝道上またパウロ等の心理上の打撃は大きかった。この一事実に対してパウロの峻厳(しゅんげん)なる性格とバルナバの寛大なる性格との間に判断の差異を生じたのであった。自己の利害に関する限り寛容は美徳である、併し乍ら公の問題に関する場合善悪邪正は明確になされなければならない。この点に於てパウロのバルナバに優れる所以が明かになった。

15章39節 (はげ)しき爭論(さうろん)となりて(つい)二人(ふたり)(あひ)(わか)れ、バルナバはマルコを(ともな)ひ、(ふね)にてクプロに(わた)り、[引照]

口語訳こうして激論が起り、その結果ふたりは互に別れ別れになり、バルナバはマルコを連れてクプロに渡って行き、
塚本訳それで烈しい仲違いになり、そのため二人は別れ別れになって、バルナバはマルコを連れ、(前回と同じく郷里)クプロへ船で出発した。
前田訳そこで不和がおこって互いが別れ、バルナバはマルコを連れてキプロスヘ船旅した。
新共同そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、
NIVThey had such a sharp disagreement that they parted company. Barnabas took Mark and sailed for Cyprus,
註解: 是まで共同していたものが別れる事は人情的にも悲しい事である、然のみならずこの争論は従来世話になったバルナバに対する争であり、また一度は彼らを離れたけれども再び帰り来れるマルコに関する事であり、またマルコの母は使徒たちの庇護者であった点(使12:12)等より考えてパウロがあまりに厳に過ぐとの批難を為す者があるけれども、私情と公職との区別を正しく保持した事はパウロの方が正しかった。この時以後パウロの伝道が栄え、バルナバの働きが鈍った事がこの事を証拠立てる。バルナバがクプロに渡ったのはその故郷であって知人が多いからであろう。

15章40節 パウロはシラスを(えら)び、[引照]

口語訳パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。
塚本訳パウロはパウロでシラスを選び、兄弟たちから主の恩恵にゆだねられて出発し、
前田訳パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恩恵にゆだねられて出発し、
新共同一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。
NIVbut Paul chose Silas and left, commended by the brothers to the grace of the Lord.
註解: エルサレムに帰ったシラスは(33節)再びアンテオケ来たものと見なければならない。

兄弟(きゃうだい)たちより(しゅ)恩惠(めぐみ)(ゆだ)ねられて()()ち、

註解: バルナバの場合に兄弟たちが如何なる態度を取ったかは録されて居ない。これを以て直ちに彼に対して冷淡な態度を取ったもの(C1)と判断する事は、ルカの立場より見て正当ではないけれども、少くともパウロに対して好意を持った事は事実であった。

15章41節 シリヤ、キリキヤを()(しょ)教會(けうくわい)(かた)うせり。[引照]

口語訳そしてパウロは、シリヤ、キリキヤの地方をとおって、諸教会を力づけた。
塚本訳シリヤ、キリキヤを通りながら、あちこちの集会を力づけた。
前田訳シリア、キリキアを通って集まりを強めた。
新共同そして、シリア州やキリキア州を回って教会を力づけた。
NIVHe went through Syria and Cilicia, strengthening the churches.
註解: パウロもまた己が故郷に向って出発した、是が第二伝道旅行の出発点である。
要義 [パウロとバルナバの争]「主の僕は争うべからず」(Uテモ2:24)。寛容は聖霊の結ぶ果実である(ガラ5:22)。併し乍ら事(いやしく)も公けの事柄に関する限り正邪曲直を不明に付すべきでなく、従って争は時に止むを得ない。パウロのバルナバに対する争はかくして止むを得ざるに出たのであった。従ってパウロはバルナバ及びマルコに対して、基督者として、また個人的関係に於て最後に親密さを回復していた事は、Tコリ9:6コロ4:10Uテモ4:11等よりこれを知る事が出来る。▲割礼問題についての争い、パウロとバルナバの争い等、初代教会にも幾多の難問題があった。その解決に関しても種々の不満もあったことと思う。ただそのすべてが聖霊に由って導かれて適当の線に決着したことは神の力によったものであった。

使徒行伝第16章
5-3-2 デルベ、ルステラよりトロアスまで 16:1 - 16:10

16章1節 (かく)てパウロ、デルベとルステラとに(いた)りたるに、()彼處(かしこ)にテモテと()弟子(でし)あり、[引照]

口語訳それから、彼はデルベに行き、次にルステラに行った。そこにテモテという名の弟子がいた。信者のユダヤ婦人を母とし、ギリシヤ人を父としており、
塚本訳それからパウロはデルベとルステラとに行った。すると、そこ[ルステラ]にテモテという(主の)弟子がいた。信者であるユダヤ婦人と異教人の父とのあいだの子で、
前田訳彼(パウロ)はデルベとルステラにも行った。そこにテモテという名の弟子がいた。信徒であるユダヤ婦人とギリシア人の父との子で、
新共同パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。
NIVHe came to Derbe and then to Lystra, where a disciple named Timothy lived, whose mother was a Jewess and a believer, but whose father was a Greek.
註解: デルベ、ルステラは第一伝道旅行の際に福音の種子が蒔かれた処(使14:6、7)、テモテ及び其一家はその伝道の果実である。「彼処に」は使20:4によりデルベなりとする学者もあるけれどもむしろ通説の如くルステラと解すべきである(M0、E0、H0)。

その(はは)信者(しんじゃ)なるユダヤ(びと)にて、(ちち)はギリシヤ(びと)なり。

註解: Uテモ1:5によれば母の名はユニケであり、祖母ロイスも亦キリストを信じていた、即ち敬虔なる家庭であった事が知られる(Uテモ3:15)。パウロがテモテに与えし書翰を見れば、彼が若年を以て伝道の善き戦を為していた事が判明る。

16章2節 (かれ)はルステラ、イコニオムの兄弟(きゃうだい)たちの(うち)令聞(よききこえ)ある(もの)なり。[引照]

口語訳ルステラとイコニオムの兄弟たちの間で、評判のよい人物であった。
塚本訳ルステラやイコニオムの兄弟たちの間に評判がよかった。
前田訳ルステラやイコニオムの兄弟たちの間で評判がよかった。
新共同彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。
NIVThe brothers at Lystra and Iconium spoke well of him.
註解: 基督者の少数なりし頃は殊に附近の都市の兄弟たちが親密に交ったのであろう。またテモテは若年乍ら信者の模範と見られていたのであろう。

16章3節 パウロかれの(とも)(いで)()つことを(ほっ)したれば、その(あたり)()るユダヤ(びと)のために(これ)割禮(かつれい)(おこな)へり、その(ちち)のギリシヤ(びと)たるを(すべ)ての(ひと)()(ゆゑ)なり。[引照]

口語訳パウロはこのテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、まず彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることは、みんな知っていたからである。
塚本訳パウロはこの人を連れて行きたいと思ったので、そのあたりにいるユダヤ人に気兼ねして、彼に割礼を施した。父が異教人であることをだれもが知っていたからである。
前田訳パウロはこの人を連れて出発したく思ったので、彼を迎え、その地方にいるユダヤ人たちの手前、彼に割礼した。父がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。
新共同パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。父親がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。
NIVPaul wanted to take him along on the journey, so he circumcised him because of the Jews who lived in that area, for they all knew that his father was a Greek.
註解: エルサレム会議(使15:1以下)に於てテトスに割礼を施す事を絶対に拒絶したパウロは(ガラ2:3)、ここでは一人でも多くのユダヤ人を福音に導かんが為に(Tコリ9:19-22)、彼らの躓を出来るだけ少くする様に、テモテに割礼を施した。パウロの態度の自由さを見よ。尚おユダヤ人が異邦人と結婚する事またその子に割礼を施さない事等は当時のユダヤ教が異邦に於てはその厳格さを失った事を示す。またテモテを同伴する事は、ユダヤ人及異邦人の双方への伝道上有益であったに相違ない。
辞解
[欲したれば] thelô 要求する意味の願を示す、使15:37の「望み」boulomai は企図する意味の願望を示す、
[ユダヤ人のため] 未だ信者とならざるユダヤ人を意味す。

16章4節 (かく)町々(まちまち)()ゆきて、エルサレムに()使徒(しと)長老(ちゃうらう)たちの(さだ)めし(のり)(まも)らせんとて(これ)人々(ひとびと)(さづ)けたり。[引照]

口語訳それから彼らは通る町々で、エルサレムの使徒たちや長老たちの取り決めた事項を守るようにと、人々にそれを渡した。
塚本訳パウロの一行はこれらの町々を通る時、(その地の異教人出の)信者たちに、エルサレムの使徒と長老とがさきに取り決めた規則を守るようにと言い渡した。
前田訳彼らは町々をめぐり、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規則を守るよう人々に伝えた。
新共同彼らは方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を守るようにと、人々に伝えた。
NIVAs they traveled from town to town, they delivered the decisions reached by the apostles and elders in Jerusalem for the people to obey.
註解: パウロの伝道の中心は前回と同じくキリストの福音であったけれども使徒会議の結論を人々に授くる事によりて、ユダヤ人の信者と異邦人の信者との間の関係を円滑にする事が出来た事は想像に難くない、次節はその結果と見るべきである。但しこのパウロの態度は其後に至って変更した(テト1:15ロマ14:2ロマ14:17Tコリ8:8Tコリ10:25)。自由問題は相手方の如何によりて愛を以て適宜に変更すべきである。

16章5節 (ここ)(しょ)教會(けうくわい)はその信仰(しんかう)(かた)うせられ、人員(ひとかず)日毎(ひごと)にいや()せり。[引照]

口語訳こうして、諸教会はその信仰を強められ、日ごとに数を増していった。
塚本訳さてもろもろの集会は信仰を強められ、日ごとに(信者の)数を増していった。
前田訳それで集まりはその信仰を強められ、日ごとに人数を増していった。
新共同こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに人数が増えていった。
NIVSo the churches were strengthened in the faith and grew daily in numbers.
註解: 一方ユダヤ人に対しては使徒会議の決定によりて躓が除去せられ、他方異邦人は割礼を強制せられない為に困難が取除かれたので、信仰は堅うせられ、人数は増加した。信仰の強さと人数の増加とが同時に来る事は稀に見る現象である。(B1)

16章6節 (かれ)らアジヤにて御言(みことば)(かた)ることを(せい)(れい)(きん)ぜられたれば、[引照]

口語訳それから彼らは、アジヤで御言を語ることを聖霊に禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤ地方をとおって行った。
塚本訳それから彼ら[パウロ一行]は(始め西海岸の各地に向かおうと計画したが、)アジヤで御言葉を語ることを聖霊に禁じられたので、(北に行くことにして、)フルギヤ(地方)とガラテヤ地方とを通った。
前田訳彼らは、アジアでみことばを語ることを聖霊に禁じられたので、フルギアとガラテア地方を通った。
新共同さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。
NIVPaul and his companions traveled throughout the region of Phrygia and Galatia, having been kept by the Holy Spirit from preaching the word in the province of Asia.
註解: アジヤは今の小亜細亜の一部で最西方に位する一州であり、黙示録の七つの教会は此中に在る。聖霊が如何なる方法を以て禁じたかは不明である。或は思はざる故障により、或は預言的直感によりて聖霊の(ささや)きを聴いたのであろう。

フルギヤ(およ)びガラテヤの()()ゆきて、

註解: これを「フルギヤ・ガラテヤ地方」と読みガラテヤ州に属するフルギヤ地方と解すべしとする説が有力である(L1、ラムゼー)、即ち人種的に云えば昔からのフルギヤであり、最近に変更せられし政治的区別によればガラテヤ州に属する地方を指す。パウロが北部ガラテヤに伝道せるや否やは重要なる問題として論議せられ、本節及び使18:23がこれを決定する重要なる役割を演じている。上記の解釈に従えばパウロは北部ガラテヤには伝道せず、ガラテヤ書は南部ガラテヤ即ちフルギヤ、ルカオニヤの地方に宛てられたものである事となる。

16章7節 ムシヤに(ちか)づき、ビテニヤに()かんと(こころ)みたれど、イエスの御靈(みたま) (ゆる)(たま)はず、[引照]

口語訳そして、ムシヤのあたりにきてから、ビテニヤに進んで行こうとしたところ、イエスの御霊がこれを許さなかった。
塚本訳ムシヤ(地方)の境まで来たとき、(さらに北の)ビテニヤ(州)に進もうとしてみたけれども、(これも)イエスの御霊が許されなかったので、
前田訳ムシアの方に来たとき、ビテニアへ行こうとしたが、イエスのみ霊が許されなかった。
新共同ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。
NIVWhen they came to the border of Mysia, they tried to enter Bithynia, but the Spirit of Jesus would not allow them to.
註解: アジヤに於て御言を語る事をば禁じられたけれども、アジヤを通過する事は禁じられなかったのであろう。アジヤを通過してムシヤに近付き更に東北に折れてビテニヤの地方に往かんとした。小アジヤの征服がパウロの野心であったのであろう。併し乍ら神の御計画は人の計画と異り、パウロはイエスの御霊に止められてその計画を実行する事が出来なかった。
辞解
[ムシヤ] 小アジヤの西北端の地方でアジヤの一部。
[ビテニヤ] ビテニヤはその東北方に当り黒海及びボスフオラス海に臨む一州。
[イエスの御霊] 聖霊と云うに同じ。

16章8節 (つい)にムシヤを()ぎてトロアスに(くだ)れり。[引照]

口語訳それで、ムシヤを通過して、トロアスに下って行った。
塚本訳(急いで)ムシヤを横切り、トロアス(の港)に下った。
前田訳それでムシアを通ってトロアスに下った。
新共同それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。
NIVSo they passed by Mysia and went down to Troas.
註解: トロアスはムシヤの西方の海港で欧亜連絡の要路。
辞解
[ムシヤを過ぎて] そこにて説教せずに素通りせる事。
[トロアス] ローマの殖民地。

16章9節 パウロ(よる)幻影(まぼろし)()たるに、一人(ひとり)のマケドニヤ(びと)あり、()ちて(おのれ)(まね)き『マケドニヤに(わた)りて(われ)らを(たす)けよ』と()ふ。[引照]

口語訳ここで夜、パウロは一つの幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が立って、「マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」と、彼に懇願するのであった。
塚本訳すると(そこである)夜、パウロに幻が見えた。それはひとりのマケドニヤ人で、(わきに)立ち、こう言って頼んだ、「(すぐ)マケドニヤに渡ってきてわたし達を助けてください。」
前田訳すると夜パウロに幻が見えた。ひとりのマケドニア人が立って彼に頼んだ、「マケドニアに渡ってわれらを助けてください」と。
新共同その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。
NIVDuring the night Paul had a vision of a man of Macedonia standing and begging him, "Come over to Macedonia and help us."
註解: 主の御霊パウロを導きてトロアスに至らしめ、遂にマケドニアに渡らしめんとした。自己の願望が充されずして主の御旨が成就する事は幸である。
辞解
[マケドニヤ] ギリシヤの北方の一地方、このマケドニヤ人はルカであってルカは此処にてパウロ一行と合したのであるとする説がある。興味ある推定であるけれども、幻影を実在の人と見る事は困難である。
[助けよ] そこに福音に対する強き要求がある事を示す。要求を有たざる者はこれを助ける事難い。

16章10節 パウロこの幻影(まぼろし)()たれば、(われ)らは(かみ)のマケドニヤ(びと)福音(ふくいん)宣傳(のべつた)へしむる(ため)(われ)らを()(たま)ふことと(おも)(さだ)めて、(ただ)ちにマケドニヤに(おもむ)かんと()り。[引照]

口語訳パウロがこの幻を見た時、これは彼らに福音を伝えるために、神がわたしたちをお招きになったのだと確信して、わたしたちは、ただちにマケドニヤに渡って行くことにした。
塚本訳パウロがこの幻を見た時、わたし達(一七節マデノ「ワタシ達記録」ノ記者ヲ含ムパウロ一行)はさっそくマケドニヤ州に出かけることにした。マケドニナの人に福音を説くために、神はわたし達を呼び出されたのだという結論に達したからである。
前田訳パウロが幻を見たとき、われらはマケドニアに出かけることにした。神がそこの人々に福音を説くよう、われらをお招きとわかったからである。
新共同パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。
NIVAfter Paul had seen the vision, we got ready at once to leave for Macedonia, concluding that God had called us to preach the gospel to them.
註解: (▲神は往々にして人の欲しない方向に彼を導き、人は神の意思に従うことに由って思わない働きをするものである。)この幻影によりパウロの心は固く欧洲伝道に向わしめられた。神招き給う場合、最早や逡巡(しゅんじゅん)すべきではない。「我ら」とあるは本節よりルカがこの一行に加わり、その目撃せる処を記録せる事を示す(10-17節)、これを「我ら部」と称す。尚使20:5-15。使21:1-18。使27:1-28:16もこれに属す。ルカがパウロと行動を共にせる場合に当る。

5-3-3 ピリピに於けるパウロ 16:11 - 16:40
5-3-3-イ ルデヤの入信 16:11 - 16:15

16章11節 さてトロアスより船出(ふなで)して眞直(ますぐ)にはせてサモトラケにいたり、(つぎ)()ネアポリスにつき、[引照]

口語訳そこで、わたしたちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。
塚本訳そこでわたし達はトロアスから船出してサモトラケ(島)に直航し、翌日ネアポリス(の港)についた。
前田訳われらはトロアスから船出しサモトラケヘ直行し、翌日ネアポリスについた。
新共同わたしたちはトロアスから船出してサモトラケ島に直航し、翌日ネアポリスの港に着き、
NIVFrom Troas we put out to sea and sailed straight for Samothrace, and the next day on to Neapolis.
註解: サモトラケはトロアスとネアポリスの中間の島で高山あり港あり、ネアポリスはピリピの港で数哩北方にあり。

16章12節 彼處(かしこ)よりピリピにゆく。ここはマケドニヤの(うち)にて、この(あたり)第一(だいいち)(まち)にして殖民地(しょくみんち)なり、[引照]

口語訳そこからピリピへ行った。これはマケドニヤのこの地方第一の町で、植民都市であった。わたしたちは、この町に数日間滞在した。
塚本訳そこから(歩いて、)マケドニヤ第一区の町で(ローマの)植民地であるピリポに行った。わたし達は数日この町に滞在していた。
前田訳そこからピリピヘ行った。それはマケドニア地方第一の町で(ローマの)植民地であった。われらはこの町に数日滞在した。
新共同そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った。そして、この町に数日間滞在した。
NIVFrom there we traveled to Philippi, a Roman colony and the leading city of that district of Macedonia. And we stayed there several days.
註解: ピリピはアレキサンダー大王の父ピリポの建設せる市、ローマ都市でローマの勢力が優勢であるけれども、同時に貿易都市として繁栄した。
辞解
[第一の町] 種々の意味に取られているけれども、殖民都市としての第一に位する事の意味である。即ち「第一の殖民都市なり」と訳すべきである。
[殖民地] kolônia ローマの殖民地を呼ぶ名称。

われら數日(すにち)(あひだ)この(まち)(とどま)る。

註解: この町に欧洲に於ける最初の教会が出来、而もパウロに取りて最も親しみある記念すべき教会であった。

16章13節 安息(あんそく)(にち)(まち)(もん)()でて祈場(いのりば)あらんと(おも)はるる(かは)のほとりに()き、其處(そこ)()して、(あつま)れる(をんな)たちに(かた)りたれば、[引照]

口語訳ある安息日に、わたしたちは町の門を出て、祈り場があると思って、川のほとりに行った。そして、そこにすわり、集まってきた婦人たちに話をした。
塚本訳安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。
前田訳安息日にわれらは町の門を出て川のほとりに行った。祈り場があると思ったのである。そしてすわって、集まってきた婦人たちに話した。
新共同安息日に町の門を出て、祈りの場所があると思われる川岸に行った。そして、わたしたちもそこに座って、集まっていた婦人たちに話をした。
NIVOn the Sabbath we went outside the city gate to the river, where we expected to find a place of prayer. We sat down and began to speak to the women who had gathered there.
註解: ユダヤ人の少き等の為、会堂を有せざる処では、ユダヤ人等は多くは河の(ほとり)(身体を潔むるに便なる為)等に適当の場所を選びて安息日の礼拝を行った。これを祈場proseuchê と称した。ピリピの町に於ても、会堂がが無かったのであろう。また礼拝に集まったのは女たちだけであったものと見える。何処の国でも男子は信仰に不熱心である。「あらんと思われる」は「ある習慣となっている」と訳する説あれど「あるらしき」の意に取るべきである。

16章14節 テアテラの(まち)(むらさき)(ぬの)商人(あきうど)にして(かみ)(うやま)ふルデヤと()(をんな)きき()りしが、(しゅ)その(こころ)をひらき(つつし)みてパウロの(かた)(ことば)をきかしめ(たま)ふ。[引照]

口語訳ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた。
塚本訳するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。
前田訳テアテラの町の紫織物(むらさきおりもの)の商人で、敬神家のルデアという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロのいうことに心を向けさせられた。
新共同ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアという婦人も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。
NIVOne of those listening was a woman named Lydia, a dealer in purple cloth from the city of Thyatira, who was a worshiper of God. The Lord opened her heart to respond to Paul's message.
註解: (▲神は人間の思いがけないところにその民を備えたもう。)人の心は福音の真理に対して閉されていて主より心を開かれるにあらざればこれを(さと)る事が出来ない。夫ゆえに福音を聴く者は主に心を向けなければならない。
辞解
[テアテラ] 黙2:18註参照)はルデヤ地方の一都市で紫布はその地の特産であった。
[神を敬う] 門の改宗者。
[謹みて・・・きかしめ] パウロの語る言に心が引きつけられて全心を傾注するに至った事。

16章15節 (かれ)(おのれ)家族(かぞく)もバプテスマを()けてのち、(われ)らに(すす)めて()ふ『なんぢら(われ)(しゅ)信者(しんじゃ)なりとせば、()(いへ)(きた)りて(とどま)れ』()()ひて(われ)らを(とど)めたり。[引照]

口語訳そして、この婦人もその家族も、共にバプテスマを受けたが、その時、彼女は「もし、わたしを主を信じる者とお思いでしたら、どうぞ、わたしの家にきて泊まって下さい」と懇望し、しいてわたしたちをつれて行った。
塚本訳彼女が家族と共に洗礼を受けた時、「あなた達がもしわたしを(ほんとうに)主を信ずる者とお考えなら、家に来て泊まってください」と言って願い、わたし達を無理に連れていった。
前田訳彼女とその家のものとが洗礼を受けたとき、「もしあなた方がわたしを主を信ずるものとお考えでしたら、わが家に来てお泊まりください」といって願った。そしてわれらに強いてそうさせた。
新共同そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください」と言ってわたしたちを招待し、無理に承知させた。
NIVWhen she and the members of her household were baptized, she invited us to her home. "If you consider me a believer in the Lord," she said, "come and stay at my house." And she persuaded us.
註解: (▲信者よりの歓待は伝道者に取ってのオアシスである。)信仰に入りたる歓喜は、斯の如く、福音を伝えし人に対して発露するのは自然でありまた当然である。これが為にパウロ一行は温き宿舎を得たるのみならず、このルデヤの態度がピリピの教会に一の美しき精神を与えた。パウロがピリピ書に於て溢れる歓喜を示しているのは、この一人の婦人の影響が大きかった事を見ることが出来る。尚お本節と33節及び使18:8Tコリ1:16等は嬰児洗礼の根拠として引用される処である。当時は個人主義思想は存在せず、家族は全部家長の意思に従う事を当然としていたことゆえ、嬰児にも洗霊を授けた事は有り得る事である。併し洗礼が救の条件なりと考えざる者に取りてはこの問題は重要ではない。
要義1 [聖霊の指示]聖霊が如何なる方法を以て我らに語り給うかは一定して居ない。時には我らの気分を支配して我らの為さんとする事を為すを得ざらしめまたは為さんと企てざりし事を為さしむる如き場合あり、また時には周囲の事情や境遇を動かして斯くせしむる場合あり、或は我らの心の中に御旨をささやき給う事がある。唯注意すべきは自己の精神的の異状と聖霊の働きとを混同しない事である。是には信仰が一片の感情に堕落せざる様にし、自己の凡ての欲望によりて心を動かされず、唯主イエスを仰ぎ見るの態度に徹底するより外に途は無い。
要義2 [嬰児洗礼に就て]使16:15使16:33使18:8Tコリ1:16等の場合に於て嬰児に洗礼を施した可能性はあるにしても必ずしも確実ではなく、其他の場合新約聖書に於て信仰能力なきもののバプテスマは記録されて居ない。もしバプテスマが信仰と離るべからざるものとすれば、信仰能力なき嬰児の洗礼は無意味となり、もしまたバプテスマそのものに新生、キリストの体への同化、潔め等の効果あるものとすれば、嬰児洗礼は望ましく必要なる事となるけれども、かくてはバプテスマは一の魔術の如きものと化し去る恐がある。もしまた洗礼によりて人が救われるものとすれば信仰は不要となる。要するに洗礼は信仰の外形的告白である。従って初代に於ける如く、家長と家族とが不可分の一体として信仰が告白されし場合のみ全家族(其中に嬰児があるものとして)の洗礼が意味をなす。何れにしても洗礼は救の必要条件にあらざる故各自の自由に委すべき問題である。
要義3 [ピリピの教会に就て]パウロは其後第三伝道旅行に於て再びピリピの町を訪問した。ピリピ書に現われているパウロの心持は、ピリピの教会に対して深い信頼と歓喜と、感情とを持っている事を示し、またUコリ8:1-5。Uコリ11:9等にマケドニヤの信徒を極力推奨しているのを見ても、パウロに取りてピリピの教会が如何に重きを為していたかを知る事が出来る。ルデヤを中心とせる信徒の一団の信仰の美しさを我らは注意しなければならない。蓋し一地方の信仰の全体が一人の信徒の如何による場合があるからである。

5-3-3-ロ ト筮(うらない)女とパウロ 16:16 - 16:18

16章16節 われら祈場(いのりば)()途中(とちゅう)卜筮(うらなひ)(れい)(つか)れて卜筮(うらなひ)をなし、()主人(しゅじん)らに(おほ)くの()()さする婢女(はしため)、われらに()ふ。[引照]

口語訳ある時、わたしたちが、祈り場に行く途中、占いの霊につかれた女奴隷に出会った。彼女は占いをして、その主人たちに多くの利益を得させていた者である。
塚本訳また(ある安息日に、)わたし達は祈り場に行く途中、占いの霊につかれたひとりの女奴隷に出合った。この女は占いをして、主人たちに多くの収益を得させていた。
前田訳われらが祈り場に行くとき、占いの霊をもつ女奴隷に出会った。彼女は占いをして主人たちに多くの利益を得させていた。
新共同わたしたちは、祈りの場所に行く途中、占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていた。
NIVOnce when we were going to the place of prayer, we were met by a slave girl who had a spirit by which she predicted the future. She earned a great deal of money for her owners by fortune-telling.
註解: 聖霊の働きの豊なる処には、サタンは悪霊を用いてこれに対せしむ。
辞解
[卜筮の霊] 直訳プユトンの霊、プユトンはデルフアイの神の神蛇でト占(うらない)を為すものと考えられていた。腹話術を用うるものもこの類と見られていた。
[主人ら] この女は多くの人に雇われてその利殖の道具とされていた。

16章17節 (かれ)はパウロ(およ)(われ)らの(あと)(したが)ひつつ(さけ)びて()ふ『この(ひと)たちは至高(いとたか)(かみ)(しもべ)にて(なんぢ)らに(すくひ)(みち)(をし)ふる(もの)なり』[引照]

口語訳この女が、パウロやわたしたちのあとを追ってきては、「この人たちは、いと高き神の僕たちで、あなたがたに救の道を伝えるかただ」と、叫び出すのであった。
塚本訳パウロとわたし達とのあとについて来て、叫んで言った、「この人たちはいと高き神の僕です。あなた達に救いの道を伝えられるのです。」
前田訳彼女はパウロとわれらについて来て、叫びつづけた、「この人たちはいと高き神の僕で、あなた方に救いの道をお伝えです」と。
新共同彼女は、パウロやわたしたちの後ろについて来てこう叫ぶのであった。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」
NIVThis girl followed Paul and the rest of us, shouting, "These men are servants of the Most High God, who are telling you the way to be saved."
註解: 神の僕の本質を知るものは第一に神の霊をもてる者であり(Tコリ2:11)次にはサタン及びその僕どもである(マタ8:29参照)。このト筮(うらない)の女はそのト筮(うらない)の霊によりパウロの一行の本質を正しく認識する事が出来た。併し乍ら正しき認識は必ずしも正しき信仰に導かない。サタンが彼を支配していたからである。また信仰は信仰を生むけれども認識とその宣伝とは信仰を生まない。

16章18節 幾日(いくひ)()くするをパウロ(うれ)ひて振反(ふりかへ)り、[引照]

口語訳そして、そんなことを幾日間もつづけていた。パウロは困りはてて、その霊にむかい「イエス・キリストの名によって命じる。その女から出て行け」と言った。すると、その瞬間に霊が女から出て行った。
塚本訳幾日も幾日もこうして止めなかったので、ついにパウロは腹を立て、振り向いてその霊に言った、「イエス・キリストの名で、女から出てゆくことをお前に命ずる。」するとその瞬間に霊は出ていった。
前田訳彼女はこのことを幾日もしつづけた。パウロは困りぬき、振り向いてその霊にいった、「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出てゆけ」と。するとたちまち霊は去った。
新共同彼女がこんなことを幾日も繰り返すので、パウロはたまりかねて振り向き、その霊に言った。「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行った。
NIVShe kept this up for many days. Finally Paul became so troubled that he turned around and said to the spirit, "In the name of Jesus Christ I command you to come out of her!" At that moment the spirit left her.
註解: 始の程はパウロはこれを放置していた。積極的にパウロの伝道の妨害を為なかった為であろう。併し乍ら何時までもこれを放置する場合、ト筮(うらない)者の言に従って福音を学ばんとする如きものも生じ得るのであって、遂にこれを放置し得ざるに至った。

その(れい)()ふ『イエス・キリストの()によりて(なんぢ)に、この(をんな)より()でん(こと)(めい)ず』(れい)ただちに()でたり。

註解: パウロは遂に神の霊に充されて悪鬼の霊を追放した。人は神の力によるにあらざればこれを為す事は出来ない。正しき事を語る霊であっても必ずしも聖霊に非ず、聖霊と然らざる霊との区別は決して容易ではない。その人の全生活に照して判断しなければならぬ。

5-3-3-ハ パウロの投獄と獄吏(ごくり)の回心 16:19 - 16:34

16章19節 (しか)るにこの(をんな)主人(しゅじん)()()(のぞみ)()くなりたるを()てパウロとシラスとを(とら)へ、市場(いちば)()きて(つかさ)たちに()き、[引照]

口語訳彼女の主人たちは、自分らの利益を得る望みが絶えたのを見て、パウロとシラスとを捕え、役人に引き渡すため広場に引きずって行った。
塚本訳女の主人たちは収益の望みが無くなったのを見て(憤り、)パウロとシラスとをつかまえて広場に引っ張ってゆき、役人のところに来て
前田訳彼女の主人たちは利益の望みが去ったのを見て、パウロとシラスとを捕え、役人に引き渡すため広場へ連れていった。
新共同ところが、この女の主人たちは、金もうけの望みがなくなってしまったことを知り、パウロとシラスを捕らえ、役人に引き渡すために広場へ引き立てて行った。
NIVWhen the owners of the slave girl realized that their hope of making money was gone, they seized Paul and Silas and dragged them into the marketplace to face the authorities.

16章20節 (これ)上役(うはやく)らに(いだ)して()[引照]

口語訳それから、ふたりを長官たちの前に引き出して訴えた、「この人たちはユダヤ人でありまして、わたしたちの町をかき乱し、
塚本訳長官たちの前に引き出して言った、「この人たちは(新しい教えを持って来て)わたし達の町をかき乱しています。ユダヤ人であって、
前田訳そして長官たちの前に引き出していった、「この人たちはわれらの町を乱しています。ユダヤ人でして、
新共同そして、二人を高官たちに引き渡してこう言った。「この者たちはユダヤ人で、わたしたちの町を混乱させております。
NIVThey brought them before the magistrates and said, "These men are Jews, and are throwing our city into an uproar
註解: 基督教に対する迫害の原因は表面上種々の理由が掲げられるけれども、裏面には常に利害の打算が伴う。殊に基督教は利益を以てそれらの者を誘う事をしない故常に迫害を免れない。本節以下の迫害はパウロらが異邦人より受けた最初の迫害であった。
辞解
[市場] 使17:17辞解参照。
[「司」archôn、「上役」stratêgos] はローマ政府の役人でこのニ種の官吏(かんり)によりて行政や兵政が行われていた。

『この人々(ひとびと)はユダヤ(びと)にて、(われ)らの(まち)(いた)(さわ)がし、

16章21節 (われ)らロマ(びと)たる(もの)()くまじ、く(おこな)ふまじき習慣(ならはし)(つた)ふるなり』[引照]

口語訳わたしたちローマ人が、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しているのです」。
塚本訳ローマ人たるわたし達が採用しても実行してもよくない習慣を宣伝しています。」
前田訳ローマ人であるわれらには、認めることも行なうことも許されない風習をのべ伝えています」と。
新共同ローマ帝国の市民であるわたしたちが受け入れることも、実行することも許されない風習を宣伝しております。」
NIVby advocating customs unlawful for us Romans to accept or practice."
註解: 先づユダヤ人をロマ人と対比する事によりてユダヤ人に対する軽蔑の情を表わし、次にユダヤ人の罪状として町を動揺せしめ、安寧秩序を紊乱せしむる事と、異る習慣を伝える事とを主張した。勿論是等は表面の理由に過ぎないけれども、幾分の程度に於て基督教はこの種の非難を受け易い事は争われない。其故はキリストを信ずる事によりて家庭内に不和を生ずる場合多く、また新宗教として入り来れる際には、従来の宗教や慣習と衝突するが如き異様の習慣が目立つからである。併し乍らそれらは止むを得ない。

16章22節 群衆(ぐんじゅう)(ひと)しく(おこ)()ちたれば、上役(うはやく)(めい)じて()(ころも)()ぎ、かつ(しもと)にて()たしむ。[引照]

口語訳群衆もいっせいに立って、ふたりを責めたてたので、長官たちはふたりの上着をはぎ取り、むちで打つことを命じた。
塚本訳群衆も一緒に立って二人に迫ったので、(あわてた)長官たちは(取り調べもせずに、)二人の上着をはぎ取って笞で打つようにと命じ、
前田訳群衆も共に立ってふたりに手向かったので、長官たちはふたりの上着をはいで苔で打つよう命じ、
新共同群衆も一緒になって二人を責め立てたので、高官たちは二人の衣服をはぎ取り、「鞭で打て」と命じた。
NIVThe crowd joined in the attack against Paul and Silas, and the magistrates ordered them to be stripped and beaten.
註解: ローマ人殊にその官吏(かんり)等はユダヤ人に対してこうした乱暴なる態度を取る事を常とした。何故パウロ及びシラスはこの場合37節使22:25-29の如くそのロマ市民たるの権利を利用しなかったかは不明であるが、自己の苦痛を逃れんが為に濫にこの種の権利を利用する事は彼の好まない処であったろう。
辞解
[群衆も] ▲(+)彼に向かって

16章23節 (おほ)()ちてのち(ひとや)()れ、獄守(ひとやもり)(かた)(まも)るべきことを(めい)ず。[引照]

口語訳それで、ふたりに何度もむちを加えさせたのち、獄に入れ、獄吏にしっかり番をするようにと命じた。
塚本訳ひどく打たせたのち、牢に入れて、牢番に手抜かりなく見張りをするようにと命令した。
前田訳何度も打たせてから牢に入れ、看守に厳重に見張るよう命じた。
新共同そして、何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込み、看守に厳重に見張るように命じた。
NIVAfter they had been severely flogged, they were thrown into prison, and the jailer was commanded to guard them carefully.
註解: 安寧秩序の撹乱者として充分に取調べる必要があったから逃亡等を警戒したのであった。

16章24節 獄守(ひとやもり)この命令(めいれい)()けて二人(ふたり)(おく)(ひとや)()れ、(かせ)にてその(あし)()()きたり。[引照]

口語訳獄吏はこの厳命を受けたので、ふたりを奥の獄屋に入れ、その足に足かせをしっかとかけておいた。
塚本訳こんな(きびしい)命令を受けたので、牢番は二人を一番奥の牢に入れ、足に足枷をはめた。
前田訳この命令を受けた看守はふたりを奥の牢に入れ、足かせをはめた。
新共同この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。
NIVUpon receiving such orders, he put them in the inner cell and fastened their feet in the stocks.
註解: 他の囚人たちよりも一層厳重に警戒されていた。

16章25節 夜半(よなか)ごろパウロとシラスと(いの)りて(かみ)讃美(さんび)するを囚人(めしうど)()きゐたるに、[引照]

口語訳真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。
塚本訳パウロとシラスとは夜中ごろ、祈りながら神の讃美の歌をうたっていた。囚人どもは聞き入っていた。
前田訳真夜中ごろ、パウロとシラスとは神に祈りながら讃美の歌をうたっていた。囚人たちはそれに聞きいっていた。
新共同真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。
NIVAbout midnight Paul and Silas were praying and singing hymns to God, and the other prisoners were listening to them.
註解: パウロとシラスとに取りてはキリストの為とならば桎梏(しっこく)の中も苦痛ではなかった、祈の中に神と共に居る事によりて牢獄の中も天国の如くであった。讃美の歌はかれらの中より溢れ出でたのである。これをきき居たる囚人らのおどろきは如何ばかりであったろうか。

16章26節 (にはか)(おほい)なる地震(ぢしん)おこりて牢舍(らうや)(もとゐ)ふるひ(うご)き、その()たちどころに(みな)ひらけ、(すべ)ての囚人(めしうど)縲絏(なはめ)とけたり。[引照]

口語訳ところが突然、大地震が起って、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった。
塚本訳すると突然大地震がおこり、牢屋の土台が揺れた。あっと言う間に戸が皆あいて、すべての囚人の繋ぎが解けてしまった。
前田訳すると突然、大地震がおこって牢屋の土台がゆれた。たちまちすべての戸が開いてみんなのつなぎが解けた。
新共同突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった。
NIVSuddenly there was such a violent earthquake that the foundations of the prison were shaken. At once all the prison doors flew open, and everybody's chains came loose.
註解: 真夜中の祈の声と讃美のうたに伴って起れる大地震であったので囚人らは皆これを神の御業として恐れ(おのの)いたのであろう。彼らはその縲絏(なわめ)のとけ(鉄鎖を固定せる場所が崩壊したのであろう)たにも関らず逃げ出さなかった。

16章27節 獄守(ひとやもり)()さめ(ひとや)()(ひら)けたるを()て、囚人(めしうど)にげ()れりと(おも)ひ、(かたな)()きて自殺(じさつ)せんとしたるに、[引照]

口語訳獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て、囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた。
塚本訳牢番は目を覚まし、牢の戸があいているのを見ると、囚人どもが逃げたものと思い、剣を抜いて自決しようとした。
前田訳看守が目をさまして、牢屋の戸が開いているのを見ると、囚人たちが逃げ出したと思って、剣を抜いて自殺しようとした。
新共同目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとした。
NIVThe jailer woke up, and when he saw the prison doors open, he drew his sword and was about to kill himself because he thought the prisoners had escaped.
註解: 一は彼の責任感より一は所罰を恐れてこうした挙に出でんとしたのであろう。ローマの法律によれば囚人が逃走せる場合獄卒はその囚人の受くべき罰に相当する罰を受くる規定であった。

16章28節 パウロ大聲(おほごゑ)(よば)はりて()ふ『(みづか)(そこな)ふな、(われ)(みな)ここに()り』[引照]

口語訳そこでパウロは大声をあげて言った、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」。
塚本訳するとパウロが大声を出して言った、「早まったことをしなさるな。みんなここにいるのだから。」
前田訳パウロは大声で叫んだ、「何も自害することはない、みんなここにいるから」と。
新共同パウロは大声で叫んだ。「自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる。」
NIVBut Paul shouted, "Don't harm yourself! We are all here!"
註解: 我らはパウロとシラスを指して言えるものであろう。獄中に居る他の凡ての囚徒が逃亡せずにいたかどうかはパウロには判明らない。

16章29節 獄守(ひとやもり)燈火(ともしび)(もと)め、()()りて(をのの)きつつパウロとシラスとの(まへ)平伏(ひれふ)し、[引照]

口語訳すると、獄吏は、あかりを手に入れた上、獄に駆け込んできて、おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した。
塚本訳牢番は明りを持って来させて(牢の中に)駈けこみ、震えながらパウロとシラスとの前にひれ伏した。
前田訳看守は明りをとりよせて奥へ駆け込み、ふるえながらパウロとシラスとの前にひれ伏した。
新共同看守は、明かりを持って来させて牢の中に飛び込み、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、
NIVThe jailer called for lights, rushed in and fell trembling before Paul and Silas.

16章30節 (これ)()(いだ)して()ふ『君達(きみたち)よ、われ(すく)はれん(ため)(なに)をなすべきか』[引照]

口語訳それから、ふたりを外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。
塚本訳そして二人を外につれだして言った、「先生方、救われるにはどうしなければならないのですか。」
前田訳そしてふたりを外に案内して、「先生方、わたくしが救われるには何をすべきですか」といった。
新共同二人を外へ連れ出して言った。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」
NIVHe then brought them out and asked, "Sirs, what must I do to be saved?"
註解: 獄守(ひとやもり)の目には今やパウロとシラスは単なる囚徒ではなく、神の使の如くに見えた。従って彼自身は自己の罪深きを知り、自己の魂の救われん事を切に求めて、その手段を彼らに尋ねた。イザ6:1-5のイザヤの叫びに類する心の姿である。人は驚くべき事実に直面して始めて自己の何たるかを反省する。

16章31節 二人(ふたり)()ふ『(しゅ)イエスを(しん)ぜよ、()らば(なんぢ)(なんぢ)家族(かぞく)(すく)はれん』[引照]

口語訳ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。
塚本訳二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われる。」
前田訳ふたりは答えた、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われよう」と。
新共同二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」
NIVThey replied, "Believe in the Lord Jesus, and you will be saved--you and your household."
註解: 主イエスを信ずる事が唯一にして完全なる救の途である。「何を為すべきか」の問に対して、律法の行為によらず信仰のみによりて義とされる事の真理を提唱せるもの。尚お家族も共に救われる事の意味は家族は家長と一体のものと考えられたからである、また事実当時の家族は近代に於ける如く個人的に分離せず、家長の権に服従せる一体的存在であった。

16章32節 (かく)(かみ)(ことば)獄守(ひとやもり)とその(いへ)()(すべ)ての人々(ひとびと)(かた)れり。[引照]

口語訳それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた。
塚本訳そして彼に、家中の者も一緒にして、神の言葉を語った。
前田訳そして彼と家のもの一同とに神のことばを語った。
新共同そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った。
NIVThen they spoke the word of the Lord to him and to all the others in his house.
註解: パウロ等は打傷より滴れる血潮すら洗わざるままにその傷の痛さをも忘れて獄守(ひとやもり)とその家族にイエスの福音を語った。神の愛とイエスの十字架について語ったのである。福音の証しは斯の如く生命懸けの仕事である。尚獄守(ひとやもり)の家の所在につきては34節辞解を見よ。

16章33節 この()即時(そくじ)獄守(ひとやもり)かれらを引取(ひきと)りて、その打傷(うちきず)(あら)ひ、(つい)(おのれ)(おのれ)(ぞく)する(もの)もみな(ただ)ちにバプテスマを()け、[引照]

口語訳彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、その打ち傷を洗ってやった。そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け、
塚本訳すると夜のそんな時刻であったが、牢番は二人を(井戸端に)連れていって打ち傷を洗い、一家こぞってその場で洗礼を受けた。
前田訳夜おそくであったが、看守はふたりを引きとって打ち傷を洗い、その後すぐ、彼と家中のものとが洗礼を受けた。
新共同まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。
NIVAt that hour of the night the jailer took them and washed their wounds; then immediately he and all his family were baptized.

16章34節 かつ二人(ふたり)自宅(じたく)(ともな)ひて食事(しょくじ)をそなへ、全家(ぜんか)とともに(かみ)(しん)じて(よろこ)べり。[引照]

口語訳さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし、神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ。
塚本訳なお二人を(二階にあった)その家に案内してご馳走をし、自分が神を信ずる者となったことを全家族と共に大いに喜んだ。
前田訳そしてふたりを家に案内して食事を供え、神を信じたことを家族とともに大よろこびした。
新共同この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神を信じる者になったことを家族ともども喜んだ。
NIVThe jailer brought them into his house and set a meal before them; he was filled with joy because he had come to believe in God--he and his whole family.
註解: 獄守(ひとやもり)は自己の職掌(しょくしょう)柄より見れば、非常に思い切った態度に出たのであった、即ちその看視の下にありし囚人を師とし客として接待し、それよりバプテスマを受けたのである。併し乍ら彼は尚おパウロとシラスを囚人として取扱っていた事は35、36節よりこれを知る事が出来るのであって、此処に彼ら相互の間にこの世の民の関係と神の国の民としての関係との間に微妙なる対立と調和とを開展しているのを見る事が出来る。即ち神の国の民としてはパウロは師として獄守(ひとやもり)の上に立ち、この世の民としてはパウロは囚人として獄守(ひとやもり)の看視の下に在った。この間に何等の不都合をも感じなかったのである。なお獄守(ひとやもり)及びその一家は救の歓喜に溢れていた。救に入る前には何人も想像だにせざる歓喜である。
辞解
[伴い] anagô は「上り行く」意味で獄守(ひとやもり)の住居は牢屋のニ階にあったのであろう。

5-3-3-二 パウロの釈放 16:35 - 16:40

16章35節 夜明(よあけ)になりて上役(うはやく)らは警吏(けいり)どもを(つかは)して『かの人々(ひとびと)(ゆる)せ』と()はせたれば、[引照]

口語訳夜が明けると、長官たちは警吏らをつかわして、「あの人たちを釈放せよ」と言わせた。
塚本訳朝になると、長官たちは警官らを使にやって、「あの人々を釈放せよ」と言わせた。
前田訳朝になると、長官たちは警官らをつかわして、「あの人々を釈放せよ」といわせた。
新共同朝になると、高官たちは下役たちを差し向けて、「あの者どもを釈放せよ」と言わせた。
NIVWhen it was daylight, the magistrates sent their officers to the jailer with the order: "Release those men."
註解: その理由は不明であるが獄中に於ける彼らの立派なる態度と昨夜の地震が彼ら無辜(むこ)の民を投獄した為ではないかとの風評または恐怖心からであろうかと想像される。

16章36節 獄守(ひとやもり)これらの(ことば)をパウロに()げて()ふ『上役(うはやく)(ひと)(つかは)して(なんぢ)らを(ゆる)さんとす。()れば(いま)いでて(やす)らかに()け』[引照]

口語訳そこで、獄吏はこの言葉をパウロに伝えて言った、「長官たちが、あなたがたを釈放させるようにと、使をよこしました。さあ、出てきて、無事にお帰りなさい」。
塚本訳牢番はこの言葉をパウロに報告した、「長官たちがあなた方を釈放するようにと使をよこしました。だからすぐお出なさい、”さよなら、平安あれ。”」
前田訳看守はこのことをパウロに伝え、「長官たちはあなた方を釈放するようにと使いをよこしました。すぐお出になって平安にお発ちください」といった。
新共同それで、看守はパウロにこの言葉を伝えた。「高官たちが、あなたがたを釈放するようにと、言ってよこしました。さあ、牢から出て、安心して行きなさい。」
NIVThe jailer told Paul, "The magistrates have ordered that you and Silas be released. Now you can leave. Go in peace."
註解: 獄守(ひとやもり)は始めからパウロ等の無罪を知っていたけれども、自分で彼らを放免する事が出来ずにいた処上役よりの釈放の通告を受けて非常に喜びこれをパウロ等に告げた。

16章37節 ここにパウロ警吏(けいり)()ふ『(われ)らはロマ(びと)たるに(つみ)(さだ)めずして公然(おほやけ)(むち)うち、(ひとや)()()れたり。(しか)るに(いま)ひそかに(われ)らを(いだ)さんと()るか。(しか)るべからず、(かれ)()みづから(きた)りて(われ)らを()(いだ)すべし』[引照]

口語訳ところが、パウロは警吏らに言った、「彼らは、ローマ人であるわれわれを、裁判にかけもせずに、公衆の前でむち打ったあげく、獄に入れてしまった。しかるに今になって、ひそかに、われわれを出そうとするのか。それは、いけない。彼ら自身がここにきて、われわれを連れ出すべきである」。
塚本訳しかしパウロは警官らに言った、「長官たちは(いやしくも)ローマ市民たるわたし達を、(正式の)裁判もせず公然となぐって、牢に放り込んでおきながら、今になってこっそり出そうとするのか。いけない、実に!自分が来て、わたし達をつれだしたらよかろう。」
前田訳しかしパウロは皆にいった、「長官たちは、口ーマ市民たるわれらを裁判もせずに公然と打ち、牢に投げこんだ。それを今そっとわれらを出そうとするのか。いけない。自ら来てわれらを連れ出すべきだ」と。
新共同ところが、パウロは下役たちに言った。「高官たちは、ローマ帝国の市民権を持つわたしたちを、裁判にもかけずに公衆の面前で鞭打ってから投獄したのに、今ひそかに釈放しようとするのか。いや、それはいけない。高官たちが自分でここへ来て、わたしたちを連れ出すべきだ。」
NIVBut Paul said to the officers: "They beat us publicly without a trial, even though we are Roman citizens, and threw us into prison. And now do they want to get rid of us quietly? No! Let them come themselves and escort us out."
註解: 何故パウロはこの時になって急に今更そのローマの市民権を用いて上役を苦しめんとしたのであるかは明記されて居ない。また何故初にそれを言わなかったのであるか等の問題につきては雑多の意見がある。或はこの全所置の不法性を此際明示せんが為となし(ラツカム)或は先に群衆に笞にて撃たれし時には声を出しても聞えなかったのであるとし(C1)、或はパウロは心の余裕を示さんが為に諧謔(かいぎゃく)(ろう)したのであるとする。恐らく上司たちがその職務遂行上に注意しなければならぬ事を示して、他の一般の人々が不当に官憲に圧迫される事無き為の一種の教訓を与えたものであろう。
辞解
[ロマ人] 法律上の多くの特権を有っていた。パウロはその特権を利用する事を嫌わなかった。

16章38節 警吏(けいり)これらの(ことば)上役(うはやく)()げたれば、()のロマ(びと)たるを()きて(おそ)れ、[引照]

口語訳警吏らはこの言葉を長官たちに報告した。すると長官たちは、ふたりがローマ人だと聞いて恐れ、
塚本訳警官らがこの言葉を長官たちに報告すると、ローマ市民であると聞いて恐れをなし、
前田訳警官らはこのことばを長官たちに告げた。彼らはローマ市民と聞いておそれをなし、
新共同下役たちは、この言葉を高官たちに報告した。高官たちは、二人がローマ帝国の市民権を持つ者であると聞いて恐れ、
NIVThe officers reported this to the magistrates, and when they heard that Paul and Silas were Roman citizens, they were alarmed.

16章39節 (きた)(なだ)めて二人(ふたり)()(いだ)し、かつ(まち)()らんことを()ふ。[引照]

口語訳自分でやってきてわびた上、ふたりを獄から連れ出し、町から立ち去るようにと頼んだ。
塚本訳来て二人を宥め、(牢から)つれだした上、町を立ち去ってもらいたいと頼んだ。
前田訳来てふたりをなだめ、ふたりを連れ出して町から離れるよう頼んだ。
新共同出向いて来てわびを言い、二人を牢から連れ出し、町から出て行くように頼んだ。
NIVThey came to appease them and escorted them from the prison, requesting them to leave the city.
註解: 不法にロマ人を処罰せる者は公権を剥奪される等の罰を受けた。彼らは是を恐れてパウロの言に唯々(いい)として従い、自ら来りてパウロを出した。且つ町を去らんことを乞える所以は町が彼らの為に再び擾乱(じょうらん)に陥らざらん為であった。

16章40節 二人(ふたり)(ひとや)()でてルデヤの(いへ)()り、兄弟(きゃうだい)たちに()ひ、(すすめ)をなして()()けり。[引照]

口語訳ふたりは獄を出て、ルデヤの家に行った。そして、兄弟たちに会って勧めをなし、それから出かけた。
塚本訳二人は牢を出ると、ルデヤの所に行き、兄弟たちに会って励ましたのち、(町を)出ていった。
前田訳ふたりは牢を出て、ルデアのところに行き、兄弟たちに会って励ましてから町を出ていった。
新共同牢を出た二人は、リディアの家に行って兄弟たちに会い、彼らを励ましてから出発した。
NIVAfter Paul and Silas came out of the prison, they went to Lydia's house, where they met with the brothers and encouraged them. Then they left.
註解: この家の教会はピリピの教会の濫觴(らんしょう)であって、パウロに取りて忘れ難き愛着を有った処のものであった。従ってパウロはこの家に集っている兄弟たちに逢いて信仰の勤をなす事を心から要求したのであったろう。なお「我ら部」はここで終り20:5にまた始まるのを見ればルカはピリピに留ったのであろうと見られている。
要義1 [聖霊と悪霊]17節によればト筮(うらない)の霊に憑かれし女もパウロ等を「至高き神の僕にて汝らに救の道を教うる者なり」と云い、事実を正確に認識しているのを見る。夫ゆえに事実を正しく認識しただけではそれが聖霊の働きである証拠とはならない。聖霊は我らをして神に対し「アバ父」と呼ばしめ(ロマ8:15ガラ4:6)またキリストに対し神の子としてこれを拝せしめる(Tヨハ4:2)。神を信じイエスを拝するに至る霊が聖霊であってその他の事は悪霊と雖もこれを為す事が出来る。
要義2 [肉の不自由と霊の自由]この世の権力は基督者の肉体を殺しまたはこれを束縛する事が出来るけれども、その霊を殺しまたは束縛する事が出来ない。基督者はその肉体が殺されても霊は永遠に生き、その肉体が牢獄の中に繋がれていても、霊は自由の天地に天かける事が出来る。夫ゆえに身を殺して霊魂をゲヘナに投入れる事能わざるものを懼れる必要は無い。
要義3 [この世の特権と信仰生活]基督者の中にこの世に属する特権を有する者がある場合、それを利用する事は許されるや否やにつきパウロの態度は多くの暗示を与える。本章の場合に於て、パウロは恐らく上司らをしてその職務を遂行する上に充分に注意深くあるべき事をこの機会に教えたものであると解すべく、使22:25-29の場合は、福音の証明を為す機会を多く与えられん為にユダヤ人の攻撃を避くる盾としてこの特権を用いたのであろう。何れの場合に於てもパウロは、自己の利益の為にこれを利用しなかった。この意味に於けるこの世の特権の利用は悪事ではない。但しその特権を用うる事によって福音そのものが不純となる場合はこれを用いてはならない。例えば上官がその権力を利用して部下を信仰に引入れる如き是である。