黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版テトス書

テトス書第2章

分類
3 信徒の訓育 2:1 - 2:15
3-1 信徒各自の生活態度 2:1 - 2:10
3-1-イ 老人に対して 2:1 - 2:3  

2章1節 されど(なんぢ)健全(けんぜん)なる(をしへ)(かな)ふことを(かた)れ。[引照]

口語訳しかし、あなたは、健全な教にかなうことを語りなさい。
塚本訳しかし君は健全な教えに相応しいことを語れ──
前田訳しかしあなたは健全な教えにかなうことを語ってください。
新共同しかし、あなたは、健全な教えに適うことを語りなさい。
NIVYou must teach what is in accord with sound doctrine.
註解: 偽教師らと正反対の態度を取り(Tテモ6:11Uテモ3:10Uテモ4:5)、不健全なる事柄(テト1:14)を語らず、人を健全ならしむる教え─福音─に適うことを語るべきである。

註解: 次に10節までに列挙される処はクレテの教会がその信仰および道徳の程度において低きことを示す。

2章2節 老人(らうじん)には(みづか)(せい)することと[引照]

口語訳老人たちには自らを制し、謹厳で、慎み深くし、また、信仰と愛と忍耐とにおいて健全であるように勧め、
塚本訳(すなわち)老人達には真面目で、謹厳で、考え深く、信仰、愛、忍耐に健全であるように語り、
前田訳長老の男性には、酒を慎しみ、端正で、節度があり、信仰と愛と忍耐に健全であるように、
新共同年老いた男には、節制し、品位を保ち、分別があり、信仰と愛と忍耐の点で健全であるように勧めなさい。
NIVTeach the older men to be temperate, worthy of respect, self-controlled, and sound in faith, in love and in endurance.
註解: Tテモ3:2註参照。大酒等自己の要求を制せざる態度に陥らぬように注意すること。

謹嚴(きんげん)

註解: semnos 主として行動についての厳格さをいう(Tテモ2:2Tテモ3:8)。

謹愼(つつしみ)とを(すす)め、

註解: sôphrôn は生活態度の厳格なること。

また信仰(しんかう)(あい)忍耐(にんたい)とに健全(けんぜん)ならんことを(すす)めよ。

註解: 信仰、愛、忍耐は往々にして並記されている(Tテモ6:11)。老いたる人々はこの点において健全であることが必要である。

2章3節 ()いたる(をんな)にも(おな)じく、清潔(きよき)にかなふ行爲(おこなひ)をなし、[引照]

口語訳年老いた女たちにも、同じように、たち居ふるまいをうやうやしくし、人をそしったり大酒の奴隷になったりせず、良いことを教える者となるように、勧めなさい。
塚本訳老婦人達にも同様、(その)態度が聖者らしく、(人の)悪口を言わず、大酒の奴隷とならず、(凡ての)善いことの教師となり、
前田訳長老の女性にも同じく態度を敬虔にし、そしらず、大酒に負けず、良い教えをするよう勧めなさい。
新共同同じように、年老いた女には、聖なる務めを果たす者にふさわしくふるまい、中傷せず、大酒のとりこにならず、善いことを教える者となるように勧めなさい。
NIVLikewise, teach the older women to be reverent in the way they live, not to be slanderers or addicted to much wine, but to teach what is good.
註解: 「清潔にかなふ行為」は原語の意味は「聖徒たるに相応しき様子」のこと、老いたる女性は往々にして厚顔無恥に陥り易い。

(ひと)(そし)らず、

註解: Tテモ3:11Uテモ3:3

大酒(たいしゅ)奴隷(どれい)とならず、

註解: Tテモ3:8には執事につき同様の注意を与えている。

()(こと)(をし)ふる(もの)とならんことを[(すす)めよ]。

註解: 「善き事を教ふる者」なる語は他に用いられていないが、偽教師らの悪しきことを教えることに対応せしめたものである。ただしキリストの福音のみに限る要なく、一般的に善き事をその多年の経験より教えるべきである。

3-1-ロ 若き女子に対して 2:4 - 2:5  

2章4節 かつ(かれ)()をして(わか)(をんな)(をっと)(あい)し、()(あい)し、[引照]

口語訳そうすれば、彼女たちは、若い女たちに、夫を愛し、子供を愛し、
塚本訳若い婦人達に勧めて、夫を愛し、子を愛し、
前田訳それは若い女性に夫を愛し、子を愛し、
新共同そうすれば、彼女たちは若い女を諭して、夫を愛し、子供を愛し、
NIVThen they can train the younger women to love their husbands and children,

2章5節 謹愼(つつしみ)貞操(みさを)とを(まも)り、(いへ)(つとめ)をなし、仁慈(なさけ)をもち、(おの)(をっと)(したが)はんことを(をし)へしめよ。これ(かみ)(ことば)(けが)されざらん(ため)なり。[引照]

口語訳慎み深く、純潔で、家事に努め、善良で、自分の夫に従順であるように教えることになり、したがって、神の言がそしりを受けないようになるであろう。
塚本訳貞淑で、純潔で、家庭的で、有能で、自分の夫に従順で、神の言が(彼らのふしだらの故に)涜されぬようにせよと語れ。
前田訳節度があり、純潔で、家事にはげみ、善良で、おのが夫に従うよう勧めることになります。そしてそれは神のことばが汚されないためです。
新共同分別があり、貞潔で、家事にいそしみ、善良で、夫に従うようにさせることができます。これは、神の言葉が汚されないためです。
NIVto be self-controlled and pure, to be busy at home, to be kind, and to be subject to their husbands, so that no one will malign the word of God.
註解: パウロはこの場合老いたる女をして若き女を教えしめんとしたことと、この若き女(主として結婚初期の女を目標にしていることは明らかであるが)に対する教訓の内容が全体として極めて当然のことが多い点とより考えるに、おそらくクレテにおいては若き女に対する家庭の教育が不充分であって、結婚後も自己の快楽や自己の主張を強く持ち、妻として、母として家庭の主婦としての義務を果さなかったからと思われる。テトスをして直接これらを教えしめなかったのは、パウロは更に深くクレテ人の家庭を潔めるの必要を感じたのであろう。
辞解
「夫を愛し」以下極めて自然の感情にさえも反するものの有ったことは、如何にクレテの女子が自己追及に沈溺していたかを知ることができる。
[これ神の言の汚されざらん為なり] 単にその前の夫に(したが)うことのみに関連する句と見る説あり、10節Tテモ6:1等より見ればかく解することも可能であるけれども、4節以下の全体に関連せしむる方が一層適切である。

3-1-ハ 若き男子に対して 2:6 - 2:8  

2章6節 (わか)(ひと)にも(おな)じく謹愼(つつしみ)(すす)め、[引照]

口語訳若い男にも、同じく、万事につけ慎み深くあるように、勧めなさい。
塚本訳若い男達にも同様、万事に考え深くあるよう訓戒し、
前田訳若い人々にも同じく、すべての節度があるよう勧めなさい。
新共同-7節 同じように、万事につけ若い男には、思慮深くふるまうように勧めなさい。あなた自身、良い行いの模範となりなさい。教えるときには、清廉で品位を保ち、
NIVSimilarly, encourage the young men to be self-controlled.
註解: 4節の若き女に対して若き男子に関する教訓上の注意を与えている。すなわち青年男子にも同様に謹慎(つつしみ)を奨励しなければならない。
辞解
[謹愼(つつし)む] sôphroneô は心が極端に走らず、健全なる状態にあること。この語および同語源の語は牧会書簡に(こと)に多く用いられている。

2章7節 なんぢ(みづか)(すべ)ての(こと)につきて()(わざ)模範(もはん)(しめ)せ。[引照]

口語訳あなた自身を良いわざの模範として示し、人を教える場合には、清廉と謹厳とをもってし、
塚本訳自分を善い仕事の手本として示し、純潔と威厳をもって教え、
前田訳あなた自らよいわざの模範を示し、教えには清廉と謹直をもってし、
新共同
NIVIn everything set them an example by doing what is good. In your teaching show integrity, seriousness
註解: 「ギリシャ人は教理を教理それ自身により判断せず、生活や行為を教理の試験とする」(C2)とあるごとく、実行の如何はキリスト教の真価を不信者に示す標準となる。

(をしへ)をなすには邪曲(よこしま)なきことと謹嚴(きんげん)と、

2章8節 ()むべき(ところ)なき健全(けんぜん)なる(ことば)とを(もっ)てすべし。[引照]

口語訳非難のない健全な言葉を用いなさい。そうすれば、反対者も、わたしたちについてなんの悪口も言えなくなり、自ら恥じいるであろう。
塚本訳(君の)言を健全な論駁の余地のないものにして、敵が私達に就き何一つ悪しざまに言うものなく、恥じ入るようにせよ。
前田訳健全な非の打ちどころないことばでなさい。反対者はわれらについて何も悪くいえなくて恥じるでしょう。
新共同非難の余地のない健全な言葉を語りなさい。そうすれば、敵対者は、わたしたちについて何の悪口も言うことができず、恥じ入るでしょう。
NIVand soundness of speech that cannot be condemned, so that those who oppose you may be ashamed because they have nothing bad to say about us.
註解: テトスが人を教うる場合に注意すべきことを示す。
辞解
[邪曲(よこしま)なき事] aphthoria(異本多し)は純潔、貞潔等を意味し、不純の要素を含まざる純真な教たるべきをことを示す。
[謹厳] semnotês は威厳に満ちたる態度(Tテモ2:2その他)。牧会書簡に特に多く用いらる。
[責むべき所なき] akatagnôstos は1:6の「責むべき所なく」と異なり、「訴えらるべき点なき」等を意味す。
[以てすべし] 前節の「示せ」を繰返す方が文法的である。

これ(さから)(もの)をして(われ)ら[の](につきて)(あく)()ふに(よし)なく、(みづか)()づる(ところ)あらしめん(ため)なり。

註解: 逆う者とはキリスト教に反対する不信者や異教徒を指す。彼らはキリスト教を非難せんとして常に虎視眈々としているのであって、キリスト教教師の教えに不完全なる点、(のろ)わるべき内容等がある場合またはキリスト者の行為に欠点を見出す場合には、彼らは直ちにこれをもって非難を福音そのものに向ける。これに反してもし我らに関して言うべき悪事が存在しない場合は彼らは恥じて当惑するより外にない。
辞解
[恥づる] entrepô は「顧る」「敬う」等の意味もあり重大なる関心を持つことである。従って自己に欠点を見出せば恥じて当惑する結果となりこの意味にも用いらる。

3-1-ニ 奴隷に対して 2:9 - 2:10  

2章9節 奴隷(どれい)には(おの)主人(あるじ)(したが)ひ、(すべ)ての(こと)において(これ)(よろこ)ばせ、(これ)()(さから)はず、[引照]

口語訳奴隷には、万事につけその主人に服従して、喜ばれるようになり、反抗をせず、
塚本訳奴隷には何事においても自分の主人(の命)に服し、(その)満足を図り、口答えせず、
前田訳奴隷には何につけ主人に従って気に入られ、いい逆らわず、
新共同奴隷には、あらゆる点で自分の主人に服従して、喜ばれるようにし、反抗したり、
NIVTeach slaves to be subject to their masters in everything, to try to please them, not to talk back to them,

2章10節 (もの)(ぬす)まず、(かへ)つて(まった)忠信(ちゅうしん)(あらは)すべきことを[(すす)めよ]。これ(すべ)ての(こと)において(われ)らの救主(すくひぬし)なる(かみ)(をしへ)(かざ)らん(ため)なり。[引照]

口語訳盗みをせず、どこまでも心をこめた真実を示すようにと、勧めなさい。そうすれば、彼らは万事につけ、わたしたちの救主なる神の教を飾ることになろう。
塚本訳(主人の物を)横領せず、かえって完全な立派な忠実さを示して、何事においても我らの救い主なる神の教えを飾り得るように訓戒せよ。
前田訳盗みをせず、善意に満ちた全き真実を示すよう勧めなさい。それは彼らが何につけ、われらの救い主にいます神の教えを飾るためです。
新共同盗んだりせず、常に忠実で善良であることを示すように勧めなさい。そうすれば、わたしたちの救い主である神の教えを、あらゆる点で輝かすことになります。
NIVand not to steal from them, but to show that they can be fully trusted, so that in every way they will make the teaching about God our Savior attractive.
註解: 次に信者となれる奴隷、僕婢に関する注意を与えている(エペ6:5以下および引照参照)。信仰の自由を得、人間として神の前に平等であるとの観念は、往々にしてこの世の秩序と義務とより解放せられしもののごとくに誤解する(おそれ)があったので特に奴隷に対してこの注意を与えたのであった。すなわち従来より存在する秩序とこれに伴う社会的道徳的義務をそのままに尊重するのみならず、一層これを完全に行うべきことを教えている。
辞解
9節の「凡ての事において」を「主人に(したが)ひ」の方に関連せしむる読み方あり(E0、W2、Z0)、エペ5:24その他類似の例より見てこの方を採る。「之を喜ばせ」は「気に入る様にする」こと、他の箇所は凡て神に対する関係において用いられている。「物を盗まず」は「胡魔化さず」と訳する方が適当と思われる。使5:2、3の「(かく)す」参照。「飾る」立派にすること、神の教えは従順にして正直なる信者たる奴隷の態度によりて立派に飾られる。日本の僕婢においてこの道徳が著しく発達していることは、日本においてキリスト教の信仰が受容れらるべき素地ができていることを示す、初代教父クリソストムは「善良なる奴隷があるということは困難なことであり驚異に値することである」と言っている。

3-2 信徒の生活の基礎 2:11 - 2:15

註解: 1節以下の全体の教訓を守らなければならない訳(gar)をその最高の原理をもって述べている。そのgar(何となれば・・・・・・の故に)は現行訳には訳されていない。

2章11節 (すべ)ての(ひと)(すくひ)()さする(かみ)恩惠(めぐみ)(すで)(あらは)れて、[引照]

口語訳すべての人を救う神の恵みが現れた。
塚本訳というのは、凡ての人を救うべき神の恩恵は(既に世に)顕れ、
前田訳神の恵みが現われて、すべての人に救いとなりました。
新共同実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。
NIVFor the grace of God that brings salvation has appeared to all men.
註解: 神が御子キリストを我らに賜い、彼の贖罪の死によりて万人に救いを得させ給うことが、神の恩恵のあらわれであり、これがキリスト者の凡ての生活の原動力となる。
辞解
[凡ての人に] 万人救済が神の御計画であった(Tテモ2:4Uペテ3:9)。

2章12節 ()敬虔(けいけん)()(よく)とを()てて謹愼(つつしみ)正義(ただしき)敬虔(けいけん)とをもて()()(すご)し、[引照]

口語訳そして、わたしたちを導き、不信心とこの世の情欲とを捨てて、慎み深く、正しく、信心深くこの世で生活し、
塚本訳私達を導いて、不敬虔とこの世の情欲とを離れ、考え深く、真直ぐに、また敬虔にこの世に生きさせ、
前田訳それはわれらを育てて、不敬虔と世俗の欲とを離れ、節度をもって正しく敬虔に今の世に生きるようにします。
新共同その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、
NIVIt teaches us to say "No" to ungodliness and worldly passions, and to live self-controlled, upright and godly lives in this present age,

2章13節 幸福(さいはひ)なる(のぞみ)、すなはち(おほい)なる(かみ)、われらの救主(すくひぬし)イエス・キリストの榮光(えいくわう)顯現(あらはれ)()つべきを(われ)らに(をし)ふ。[引照]

口語訳祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神、わたしたちの救主キリスト・イエスの栄光の出現を待ち望むようにと、教えている。
塚本訳幸福な希望と、大なる神及びわれらの救い主キリスト・イエスの栄光の顕現(によってその希望が満たされること)とを待ち望ませるのである。──
前田訳われらは大いなる神でわれらの救い主にいますキリスト・イエスの栄光の現われという、さいわいな希望の実現を待っているのです。
新共同また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。
NIVwhile we wait for the blessed hope--the glorious appearing of our great God and Savior, Jesus Christ,
註解: 救いを得さする神の恩恵が顕れたことは我らに以下の三点につき教える。すなわち(1)過去において我らに附着せる不敬虔すなわち不信仰と神に叛けるこの世的の諸種の要求を拒否すること、(2)自ら制し、自ら慎み、正義を行いて不義を憎み、敬虔なる信仰をもってこの時代に生活すること、(3)大なる神にして我らの救主なるイエス・キリストの栄光の顕現すなわちキリストの再臨とこれに伴う幸福なる希望を待望することである。第一は過去に関し何を棄つべきか、第二は現世において如何に生くべきか、第三は未来に対して何を望むべきかの問題であって、此の三者各々その正しき解決を得ることによりキリスト者はその救いを全うすることができる。
辞解
[世の慾] Tヨハ2:16、17。「世」は「神の国」と対立する存在と考えられている。
[此の世を過し] 直訳「今の時代に生活し」で今の時代とはキリストの昇天よりその再臨に至るまでの時代を指す。
第13節の重大なる問題は「大なる神」を「救主イエス・キリスト」の形容と見て「大なる神なる」と訳するか、または別の一位として「大なる神の栄光と救主イエス・キリストの顕現」と訳するかの問題である。現行訳は前者によるもののごとくであるけれども、後者の意味にも訳し得ることは明らかであり(M0、E0)、従ってその間に説が分れる。第一説の欠点はキリストを直接に神と呼ぶ場合が稀であることであるが、これは絶無ではなく(ロマ9:5)、また間接にこの思想を示せる箇所は少なくない(ロマ9:5註参照)。かつ、本節の場合冠詞が重複されていない点を厳格に解するならば(ただしこの文法上の規則は凡ての場合に強いることは無理である故絶対的の理由とはならないが)現行訳に若干の変更を加えて大体次のごとくに訳すべきであろう(Z0)。「大なる神にして我らの救主なるイエス・キリストの栄光の幸福なる望(のぞみ)と顕現(あらわれ)とを待つべきことを我らに教う」(Z0、W2)。なお「栄光の望」につきてはロマ5:2コロ1:27参照。

2章14節 キリストは我等(われら)のために(おのれ)(あた)へたまへり。(これ)われらを諸般(もろもろ)()(ほう)より(あがな)()して、()(わざ)熱心(ねっしん)なる特選(とくせん)(たみ)(おの)がために(きよ)めんとてなり。[引照]

口語訳このキリストが、わたしたちのためにご自身をささげられたのは、わたしたちをすべての不法からあがない出して、良いわざに熱心な選びの民を、ご自身のものとして聖別するためにほかならない。
塚本訳彼は私達を“凡ての不法から贖い出し”、また(私達を)“潔めて”、善い仕事に熱心な“自分の選民にしよう”として、私達のために自分を与え給うたのである。
前田訳彼は自らをわれらのためにお与えでした。それはわれらをすべての不義からあがない、よいわざに熱心な選びの民として自らのためにお聖めになるためです。
新共同キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。
NIVwho gave himself for us to redeem us from all wickedness and to purify for himself a people that are his very own, eager to do what is good.
註解: 前節の末尾にあるキリスト・イエスの説明であり、同時に人類救済の目的を示す。すなわちキリスト・イエスは我らのために己を与え(ガラ1:4Tテモ2:6)、十字架の上に血を流し給うた。あたかも奴隷が主人の払う犠牲の代償によりて贖い出されるように、キリストの宝血の贖いによりて我らは凡ての不法、凡ての罪より贖い出されるのである。そしてキリストがかく我らを救い給う所以はキリストの為に特選の民(珍宝として尊重される民、俗語の「取って置きの民」が最も原語に相当する)すなわち善行を熱心に行わんとする民を潔めんがためである。そしてキリストの栄光の顕現(13節)も要するにこの民がキリストの栄光となりて顕現するのである。▲マタ24:31およびその前後参照。
辞解
[己を與ふ] 「己を付す」とほとんど同義。
[特選の] periousios は「余分に存在するもの」の意味で従って「富」「所有」の意味となり、「特選の民」は神が自己の所有たらしめんとて多くの民の中より選べる民の意味であり、上記「取って置きの民」なる俗語に相当する。
[潔める] 神の民は潔くなければならない。

2章15節 なんぢ(まった)權威(けんゐ)をもて(これ)()のことを(かた)り、(すす)め、また()めよ。なんぢ(ひと)(かろ)んぜらるな。[引照]

口語訳あなたは、権威をもってこれらのことを語り、勧め、また責めなさい。だれにも軽んじられてはならない。
塚本訳斯く語り、諭し、断乎として責めよ。誰にも馬鹿にされるな。
前田訳あなたはこのことを語り、勧め、断固として論じなさい。だれにも侮られないようになさい。
新共同十分な権威をもってこれらのことを語り、勧め、戒めなさい。だれにも侮られてはなりません。
NIVThese, then, are the things you should teach. Encourage and rebuke with all authority. Do not let anyone despise you.
註解: これらのことは1節以下の各種の教訓である。単にこれを「語る」だけではいけない、さらにこれを「勧め」て信徒をして実行せしめなければならない。もし実行しない者がある場合これを「叱責し」なければならない。教会を牧する者は、この凡てを一様に実行し、かつ権威をもって命令的にこれを行わしめなければならない。もしこの中の一を欠くならば人に軽んぜられる故、注意すべしとの意味である。
要義 [キリスト教道徳の特質]第2章1−10節に掲げられる老年男女および青年男女に与えられし諸種の道徳的教訓は一見他の宗教や道徳教において教えられる処と何らの差異なきを思わしめる。然らばキリスト教はその道徳の点においてその他の宗教や道徳教と何らの差別なきやというに決して然らず。この道徳を行わせる原動力において根本的の差異が存しているのである。そして11−14節はこの原動力を示しているのであって、我らは神の恩恵によって救われ、神の特選の民とされているが故に、我らは未来の栄光を望んで生きることができ、その為に我らを支配するあらゆる罪と世につける慾とを棄てることができ、その結果この時代において立派なる生涯を送ることができるのである。以上のごとくキリスト教道徳が一見他の諸宗教や儒教等の道徳と大差ないこととその原動力において根本的に差異のあることとは二つの重要なる事実である。すなわち外観において大差なき故に、キリスト者であっても必ずしも他人に異様に思われるごとき奇抜なる道徳をもっているわけではなく、極めて平凡なる道徳律に支配されているのであるが、原動力において大差あるが故に、キリスト者にはこれらの道徳を行う力が与えられてこれを実行する者となり得るのである。故にキリスト者は平凡なるがごとくして非凡であり、特質なきがごとくして大いなる特質がある。

テトス書第3章

分類
4 一般社会並びに異端に対する態度 3:1 - 3:11
4-1-イ 王並びに一般人に対して 3:1 - 3:2  

註解: キリスト者として権威を持てる司たちおよび一般の世人に対し如何に振舞うべきかを教う。

3章1節 (なんぢ)かれらに(つかさ)權威(けんゐ)ある(もの)とに(ふく)し、かつ(したが)ひ、(すべ)ての()(わざ)をおこなふ(そなへ)をなし、[引照]

口語訳あなたは彼らに勧めて、支配者、権威ある者に服し、これに従い、いつでも良いわざをする用意があり、
塚本訳当局(と)官憲に服し従うべきこと、善い業は(何でも喜んでする)心用意をしていること、
前田訳彼らに思い出させてください、支配者や権威に服し、従い、いつでもよいわざをする用意があり、
新共同人々に、次のことを思い起こさせなさい。支配者や権威者に服し、これに従い、すべての善い業を行う用意がなければならないこと、
NIVRemind the people to be subject to rulers and authorities, to be obedient, to be ready to do whatever is good,
註解: 政治を(つかさど)る司、権威者はたとい異教徒であっても神に立てられてその権を行うもの故これに服従しなければならなぬ(ロマ13:1以下。Tペテ2:13以下)。また一般に社会国家に対し善き業を為す用意をせねばならぬ。キリスト者は神の国の民であるとの理由よりこの世の国に対し不従順や無関心であってはならない。
辞解
「司」「権威ある者」の二者に上下の区別はない。「かつ従ひ」の「かつ」は原語になし。「従ひ」 peitharcheô は在上者(神に対しても用う)に服従すること故、司、権威ある者に従う意味となる。ゆえに「かつ」を加えて意訳することは適当である。「凡ての善き業」をも司や権威ある者に対する意味に解する学者があるけれども(M0)ここでは一般的に見るべきであろう(E0)。

3章2節 (ひと)(そし)らず、(あらそ)はず、寛容(くわんよう)にし、(つね)柔和(にうわ)(すべ)ての(ひと)(あらは)すべきことを(おも)()させよ。[引照]

口語訳だれをもそしらず、争わず、寛容であって、すべての人に対してどこまでも柔和な態度を示すべきことを、思い出させなさい。
塚本訳誰にも悪口しないこと、平和好きで、優しく、凡ての人にあらん限りの柔和を示すべきことを(知っているはずであるが、それをもう一度)彼らに思い出させるようにせよ。
前田訳だれをもそしらず、争わず、おおらかで、すべての人にあくまで柔和を示すように、と。
新共同また、だれをもそしらず、争いを好まず、寛容で、すべての人に心から優しく接しなければならないことを。
NIVto slander no one, to be peaceable and considerate, and to show true humility toward all men.
註解: 一般の人に対しては、たとい彼らに悪事があっても(そし)らず、反対されても争わず、非難されても寛容をもってこれに対し、常に凡ての人に対して柔和の態度を取ることが必要である。このことを「かれら」すなわち教会の人々に「思い出させる」ことが必要である。

4-1-ロ 我らの救われし基礎を思え 3:3 - 3:7  

3章3節 (われ)らも(まへ)には(おろか)なるもの、(したが)はぬもの、(まよ)へる(もの)、さまざまの(よく)快樂(けらく)とに(つか)ふるもの、惡意(あくい)嫉妬(ねたみ)とをもて(すご)すもの、(にく)むべき(もの)、また(たがひ)(にく)()(もの)なりき。[引照]

口語訳わたしたちも以前には、無分別で、不従順な、迷っていた者であって、さまざまの情欲と快楽との奴隷になり、悪意とねたみとで日を過ごし、人に憎まれ、互に憎み合っていた。
塚本訳私達とてもかつては無智で、不従順で、(道に)迷い、様々な慾と快楽の奴隷となり、悪意と妬みとに(日を)過ごし、(人に)嫌われ、(また)互いに憎み合っていたのである。
前田訳かつてはわれらも無思慮、不従順で迷っており、さまざまな欲望と快楽の奴隷であり、悪意と妬みで日を過ごし、人にきらわれ、互いに憎んでいました。
新共同わたしたち自身もかつては、無分別で、不従順で、道に迷い、種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌み嫌われ、憎み合っていたのです。
NIVAt one time we too were foolish, disobedient, deceived and enslaved by all kinds of passions and pleasures. We lived in malice and envy, being hated and hating one another.
註解: 「何となれば」 gar が文の初めにあり前節の理由を示す。すなわち1、2節のごとき要求をクレテの信徒に対して為すのは一見無理を強いるごとくであるが、「実は我らも前にはかくのごとくであったのに、今は救われてかくのごときものとなった(5節)のを思えば決して無理なことではない」との心持である。ここに列挙せる諸悪は、精密なる列挙でもなく、系統的分類でもないけれども、大体において1、2節の勧告と正反対なる状態を示し、人間の自然のままの罪の姿を描いている。

3章4節 されど(われ)らの救主(すくひぬし)なる(かみ)仁慈(なさけ)と、(ひと)(あい)したまふ(あい)との(あらは)れしとき、[引照]

口語訳ところが、わたしたちの救主なる神の慈悲と博愛とが現れたとき、
塚本訳しかし我らの救い主なる神の慈愛と愛情とが顕れた時、
前田訳しかし、われらの救い主なる神の善意と博愛とが現われたとき、
新共同しかし、わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、
NIVBut when the kindness and love of God our Savior appeared,
註解: これは如何にして顕われたか(ロマ3:21−28)というに、その独子を我らに賜い、彼を十字架にかけることによりて我らの罪を赦し給うたのであった(ヨハ3:16)、すなわち人類の救いは神の御業の顕現によるのである。
辞解
[人を愛したまふ愛] philanthrôpia 博愛の意味にも用いられる語であり、当時のギリシャ思想においても最高の徳とせられている処であるが、本節の場合は神より人に対する愛として用いられている。

3章5節 - 6節 (われ)らの(おこな)ひし()(わざ)にはよらで、(ただ)その憐憫(あはれみ)により、更生(うまれかはり)(あらひ)と、(われ)らの救主(すくひぬし)イエス・キリストをもて(ゆたか)(そそ)ぎたまふ(せい)(れい)による維新(ゐしん)とにて、(われ)らを(すく)(たま)へり。[引照]

口語訳わたしたちの行った義のわざによってではなく、ただ神のあわれみによって、再生の洗いを受け、聖霊により新たにされて、わたしたちは救われたのである。[6節]この聖霊は、わたしたちの救主イエス・キリストをとおして、わたしたちの上に豊かに注がれた。
塚本訳私達がした義の行為からでなく、(ただ)その憐憫により、再生と聖霊による革新とを齎す水浴びをもって私達を救い給うた。[6節]神はこの聖霊を我らの救い主イエス・キリストによって豊かに私達の上に注ぎ給うたが、
前田訳われらがなした義のわざによらず、彼のあわれみによって、彼はわれらを再生の洗いでお救いでした。それは聖霊による更新です。[6節]彼は聖霊をわれらの救い主イエス・キリストによってわれらの上に豊かに注がれました。
新共同神は、わたしたちが行った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。[6節]神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊をわたしたちに豊かに注いでくださいました。
NIVhe saved us, not because of righteous things we had done, but because of his mercy. He saved us through the washing of rebirth and renewal by the Holy Spirit, [6節]whom he poured out on us generously through Jesus Christ our Savior,
註解: ロマ3:21以下、ガラ2:16エペ2:4−10。ピリ3:9等の思想と同一で律法の行為によらず信仰によりて義とされることの意味と見て差支えない。唯「律法の行為」と言わず「我らの行いし義の業」と言っており、また「信仰」の代りに「更生(うまれかわり)の洗と聖霊による維新」とある点に注意する必要がある。「義の業」は原語「義における行為」で自己の義をもって行える行為と解すべく、「更生(うまれかわり)の洗」はパブテスマを指しているけれども、これをバプテスマそのものが我らを救う力がある(M0)と解するは字義に囚われすぎているのであって、ロマ6:3−5に示されるごとくバプテスマによりキリストと共に死にキリストと共に甦り新たなる生命に更生(うまれかわり)せることを意味すと解すべきであり、また「聖霊による維新」は新生せる者に聖霊が内在してこれを新たに造りかえることを意味する。そしてこの聖霊は救主イエス・キリストによりて我らに豊かに注がれるのであってキリストを信じる者は彼との霊的交通の中に生きるが故に、聖霊が豊かに注がれるのである。要するに表顕は異なっているけれどもパウロの根本思想と異なる処はない。なお「聖霊による維新の洗」と読む説あれど不可。

3章7節 これ(われ)らが()恩惠(めぐみ)によりて()とせられ、永遠(とこしへ)生命(いのち)(のぞみ)にしたがひて世嗣(よつぎ)とならん(ため)なり。[引照]

口語訳これは、わたしたちが、キリストの恵みによって義とされ、永遠のいのちを望むことによって、御国をつぐ者となるためである。
塚本訳これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。
前田訳それはわれらが彼の恵みによって義とされ、希望によって永遠のいのちを継ぐものになるためです。
新共同こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。
NIVso that, having been justified by his grace, we might become heirs having the hope of eternal life.
註解: 神が我らを救い給える目的は、我らが義とせられ、やがて永遠の生命の希望が実現して神の世嗣となるためである。我らは我らの罪の状態(3節)より救われてこのようなものとされたのである故、これを思いて1、2節のごとき行為を為すことができるはずである。
辞解
「其の」は「キリストの」と解するよりも「神の」と解する方が適当である。
「永遠の生命の望にしたがひて世嗣とならん為なり」は「望にしたがひて永遠の生命の世嗣とならん為」と読む説多し(M0、Z0、W2)、テト1:1に同様の語があるけれども、必ずしもかく読む必要はない(E0)。

4-1-ハ これを確証して論争を避けよ 3:8 - 3:11  

3章8節 この(ことば)(しん)ずべきなれば、(われ)なんぢが(これ)()につきて確證(かくしょう)せんことを(ほっ)す。[引照]

口語訳この言葉は確実である。わたしは、あなたがそれらのことを主張するのを願っている。それは、神を信じている者たちが、努めて良いわざを励むことを心がけるようになるためである。これは良いことであって、人々の益となる。
塚本訳この言は信ずべきである。どうかこれらのこと(の真理であること)を強く証明して、神を信じた人達が専心善い業にいそしむようにしてもらいたい。これは善いことで、人に益がある。
前田訳信ずべきはこのことばです。あなたがこれらについて主張なさることを望みます。それは、神を信じるようになったものが、よいわざに励むことを心がけるためです。これはよいこと、人々を益することです。
新共同この言葉は真実です。あなたがこれらのことを力強く主張するように、わたしは望みます。そうすれば、神を信じるようになった人々が、良い行いに励もうと心がけるようになります。これらは良いことであり、人々に有益です。
NIVThis is a trustworthy saying. And I want you to stress these things, so that those who have trusted in God may be careful to devote themselves to doing what is good. These things are excellent and profitable for everyone.
註解: 「この言」は4−7節を指す。パウロはテトスがこれらのことを確然と証言して人々に教えんことを要求している。「確証す」Tテモ1:7参照。強く断言すること。

(かみ)(しん)じたる(もの)をして(つつし)みて()(わざ)(つと)めしめん(ため)なり。かくするは()(こと)にして(ひと)(えき)あり。

註解: テトスをしてこれらのことを確証させる目的は神を信じている人々すなわち信者たちをして専心に善行にいそしませるためである。「斯くするならば」すなわち確証を為して人々をして善行にいそしませることは善きことであり、また人々にも益を与えることである。
辞解
「愼みて」は注意して、反省しつつ、その事に興味を持ちて等の意味に用いる phrontizô で、「専心に」と訳する方が幾分原意に近いであろう。
「務め」 proistamai は前に立つ意味で個人が店の前に立ちて熱心に商売をする場合のごとく、熱心に注意を払うこと、「いそしむ」と訳すべきか。
「斯くするは」は「これらは」で確証することを指すか善行にいそしませることを指すかにつき説が分れるけれども、この双方を指すと解して可なり。

3章9節 されど(おろか)なる議論(ぎろん)系圖(けいづ)爭鬪(あらそひ)、また律法(おきて)()きての分爭(ぶんさう)()けよ。これらは(えき)なくして(むな)しきものな(ればな)り。[引照]

口語訳しかし、愚かな議論と、系図と、争いと、律法についての論争とを、避けなさい。それらは無益かつ空虚なことである。
塚本訳しかし愚かな論議と(下らぬ)系図(論)と争いと律法に関する論争に遠ざかれ。これらは無益で無駄であるから。
前田訳しかし愚かな議論と系図と争いと律法論とはお避けなさい。それは無益でむなしいことです。
新共同愚かな議論、系図の詮索、争い、律法についての論議を避けなさい。それは無益で、むなしいものだからです。
NIVBut avoid foolish controversies and genealogies and arguments and quarrels about the law, because these are unprofitable and useless.
註解: Tテモ1:4Tテモ1:7Uテモ2:23等の思想と同様であり8節の態度の正反対である。当時の偽教師らは、系図とか律法の中の末梢的の事柄につきて議論を戦わし、争い分裂するごとき状態に在り、また人々をかかる方面に導いていた。パウロはテトスをしてかかる事柄に関係せしめず、これより遠ざからしめた。これらは無益にして何らの良き結果を来たさないからである。

3章10節 異端(いたん)(もの)をば一度(ひとたび)もしくは二度(ふたたび)訓戒(くんかい)して(のち)これを()てよ。[引照]

口語訳異端者は、一、二度、訓戒を加えた上で退けなさい。
塚本訳異端論者は一、二度訓戒した後、(聴かぬ時は集会から)断れ。
前田訳異端者は一度また二度の警告のうえ遠ざけなさい。
新共同分裂を引き起こす人には一、二度訓戒し、従わなければ、かかわりを持たないようにしなさい。
NIVWarn a divisive person once, and then warn him a second time. After that, have nothing to do with him.
註解: 「異端の者」は「分派を立てんとする人」とか「異説を立てて正しき信仰を離れる者」を意味す。すなわち教会内部の人にしてかかる傾向を有する者を指すのであって、この種の人は一二度訓戒しても従わぬ場合はこれを拒絶し回避すべきである。
辞解
[異端の者] hairetikos anthrôpos で、hairesis は「派」および「異端」等と訳され、必ずしも常に悪しき意味ではない。本節の場合はむしろ悪しき意味で、福音の真理を拒んで分派を立てる者を意味する。
[棄てよ] 形式的破門を意味せず、俗に「御免を蒙る」というごとく関係を断つこと。

3章11節 かかる(もの)(なんぢ)()るごとく、邪曲(よこしま)にして(みづか)(つみ)(みと)めつつ(なほ)これを(をか)すなり。[引照]

口語訳たしかに、こういう人たちは、邪道に陥り、自ら悪と知りつつも、罪を犯しているからである。
塚本訳こんな人は心が歪んでいて、自分で自分を審きながら、(なお)罪を犯し(続け)ていることを君は知っている。
前田訳ただし、そのような人が邪道で、自ら責めながらも罪を犯していることを確かめてのことです。
新共同あなたも知っているとおり、このような人は心がすっかりゆがんでいて、自ら悪いと知りつつ罪を犯しているのです。
NIVYou may be sure that such a man is warped and sinful; he is self-condemned.
註解: 私訳「かかる者はヒネクレ者にして自らを罪に定めつつ罪を犯すことを汝ら知る故に」で前節の「棄てよ」の理由の説明となる。
辞解
[邪曲(よこしま)にして] 俗にヒネクレているというごとき意。
[自ら罪と認めつつ] 自らを罪にさだめつつの意。

分類
5 消息、挨拶、祝祷 3:12 - 3:15

3章12節 (われ)アルテマス(あるひ)はテキコを(なんぢ)(つかは)さん、[引照]

口語訳わたしがアルテマスかテキコかをあなたのところに送ったなら、急いでニコポリにいるわたしの所にきなさい。わたしは、そこで冬を過ごすことにした。
塚本訳私がアルテマからテキコを君の所に遺ったら、急いでニコポリスの私の所に来てもらいたい。其処で冬を過ごすことに決めたから。
前田訳わたしがアルテマスかテキコをそちらにつかわしたら、急いでニコポリスのわたしのところに来てください。そこで冬を過ごすことにしました。
新共同アルテマスかティキコをあなたのもとへ遣わしたら、急いで、ニコポリスにいるわたしのところへ来てください。わたしはそこで冬を越すことにしたからです。
NIVAs soon as I send Artemas or Tychicus to you, do your best to come to me at Nicopolis, because I have decided to winter there.
註解: アルテマスにつきては他に記事なく従って何も知られていない。テキコにつきてはUテモ4:12使20:4参照。彼は獄中書簡(エペ、ピリ、コロ、ピレ)の持参者であった(獄中書簡序言および、エペ6:21コロ4:7)。この派遣の目的は不明であるがおそらくテトスがパウロの許に来てからの留守を預からせるためか、またはテトスを伴い来たらせるためであろうと想像されているが、おそらく前者であろう。

その(とき)なんぢ(いそ)ぎてニコポリなる()がもとに(きた)れ。われ彼處(かしこ)にて(ふゆ)(すご)さんと(さだ)めたり。

註解: ニコポリスなる地名は諸所にあり、パウロの越冬せんとしたのはイオニヤ海に面せるエピルスのニコポリスであることはヒエロニムス以来多くの人の賛同する処である。

3章13節 教法師(けうほふし)ゼナス(およ)びアポロを(ねんご)ろに(おく)りて、(とぼ)しき(こと)なからしめよ。[引照]

口語訳法学者ゼナスと、アポロとを、急いで旅につかせ、不自由のないようにしてあげなさい。
塚本訳法学者ゼナとアポロが、少しも不自由のない(旅が続けられる)ようによく気をつけて見送ってやれ。
前田訳法学者ゼナスとアポロとを周到な用意で旅立たせ、彼らに不自由のないようにしてください。
新共同法律家ゼナスとアポロとを、何も不自由しないように、よく世話をして、送り出してください。
NIVDo everything you can to help Zenas the lawyer and Apollos on their way and see that they have everything they need.
註解: 教法師とはおそらく元ユダヤの教法師なりし人を意味するであろう(M0、E0)。ゼナスにつきては他に記事なし、アポロは使18:24にある雄弁家でTコリ1−4章にしばしばあらわる。クレテ島に赴いたことにつきては他に記録なし、伝道者に対して礼を厚くして送り出すことを努力することは当然であり、また必要であることをパウロは教えている。彼らに欠乏を感ぜしめないためである。
辞解
[(ねんご)ろに] spoudaiôs 一所懸命に準備しての意。

3章14節 かくて(われ)らの伴侶(ともがら)()(わざ)(つと)めて必要(ひつえう)(たす)けんことを(まな)ぶべし、これ()(むす)ばぬ(こと)なからん(ため)なり。[引照]

口語訳わたしたちの仲間も、さし迫った必要に備えて、努めて良いわざを励み、実を結ばぬ者とならないように、心がけるべきである。
塚本訳そして(このことによって、)私達の仲間も(兄弟の)切迫した必要を満たす善い業にいそしむことを学び、(信仰の)実を結ばぬ者にならぬようにせねばならぬ。
前田訳われらの仲間も、差し迫った必要のためによいわざに励み、実りのないものにならないよう学ぶべきです。
新共同わたしたちの仲間も、実際に必要な物を賄うために、良い行いに励むことを学ばねばなりません。実を結ばない者とならないためです。
NIVOur people must learn to devote themselves to doing what is good, in order that they may provide for daily necessities and not live unproductive lives.
註解: 私訳「されば我らの伴侶も止むを得ざる必要に応ぜんために善き業にいそしむことを学ぶべきなり、これ果を結ばぬことなからんためなり。」善き業にいそしみて生活に余裕を生ぜしめておくことは他の人々の止むを得ざる必要に応ずるために必要である。そしてかくして善き業にいそしみ、余裕を他に与うることは必ず与うる人の霊にも肉にも良き結果を生ずるものである。
辞解
[我らの伴侶] クレテ島における全キリスト者を指す。
[務め] 8節辞解参照。

3章15節 (われ)(とも)()(もの)みな(なんぢ)安否(あんぴ)()ふ。信仰(しんかう)()りて(われ)らを(あい)する(もの)安否(あんぴ)()へ。[引照]

口語訳わたしと共にいる一同の者から、あなたによろしく。わたしたちを愛している信徒たちに、よろしく。恵みが、あなたがた一同と共にあるように。
塚本訳私と一緒にいる者達皆から君に宜しく。信仰において私達を愛してくれる者たちによろしく。恩恵、君達凡てと共にあらんことを!
前田訳わたしといっしょのものが皆よろしくいっています。信仰によるわれらの友によろしく。恵みが皆さんとともにありますように。
新共同わたしと一緒にいる者たちが皆、あなたによろしくと言っています。わたしたちを愛している信仰の友人たちによろしく伝えてください。恵みがあなたがた一同と共にあるように。
NIVEveryone with me sends you greetings. Greet those who love us in the faith. Grace be with you all.
註解: 「我と偕に居る者」はパウロの同労者たち、「信仰に在りて我らを愛する者」はクレテ島にあるキリスト者たちを指す。

(ねが)はくは御惠(みめぐみ)、なんぢら(すべ)ての(もの)(とも)にあらん(こと)を。

註解: テトスに与えた書簡であるけれども、この書簡が全教会に示されることがパウロの期待する処であった。それ故に祝祷は全教会のためにささげられている。