黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版使徒行伝

使徒行伝第5章

分類
2 エルサレムに於ける使徒の活動 3:1 - 7:60
2-2 初代信徒の経済生活 4:32 - 5:12
2-2-2 アナニヤとサッピラの事件 5:1 - 5:11

5章1節 (しか)るにアナニヤと()(ひと)、その(つま)サツピラと(とも)資産(しさん)()り、[引照]

口語訳ところが、アナニヤという人とその妻サッピラとは共に資産を売ったが、
塚本訳ここにアナニヤというひとりの男は妻のサッピラと共に、地所を売り、
前田訳さて、アナニヤという人が妻サッピラとともに財産を売ったが、
新共同ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、
NIVNow a man named Ananias, together with his wife Sapphira, also sold a piece of property.

5章2節 その(あたひ)幾分(いくぶん)(かく)しおき、(のこ)幾分(いくぶん)()ちきたりて使徒(しと)たちの足下(あしもと)()きしが、(つま)(これ)(あづか)れり。[引照]

口語訳共謀して、その代金をごまかし、一部だけを持ってきて、使徒たちの足もとに置いた。
塚本訳その代金をごまかして、一部分(だけ)を持ってきて使徒たちの足元に置いた。妻も承知の上であった。
前田訳その代金を隠し、妻もそれを知っていたが、彼は一部だけを持ってきて使徒たちの足もとに置いた。
新共同妻も承知のうえで、代金をごまかし、その一部を持って来て使徒たちの足もとに置いた。
NIVWith his wife's full knowledge he kept back part of the money for himself, but brought the rest and put it at the apostles' feet.
註解: (▲信仰にあって最も大切なのは真実である。形式的信仰は不真実を許容し易い。)前章末尾又は2章末尾を見るならば初代教会は実に天使の集団の如くに見える。しかしながらサタンは最も激しくかかる集団を攻めその聖徒を捕囚とする。バルナバは前者の例であり、アナニヤとサツピラは後者の最も著しき一例であった。彼等がその資産を売りて寄進せんとせる動機は、信仰によったのではなくバルナバその他の信徒の行為に倣わんとする虚栄心からであった。純粋に神のみを仰ぎ()て行ふ行為との差異は外部より之を知る事が出来ないけれども、サタンは必ずかかる隙に乗じて彼らを誘い、その結果彼らは信仰とは正反対なる虚偽の罪に陥った。即ち彼らは全部を献げずして全部をささげし如くに見せかけんとしたのであった。人もしサタンの手中に陥るならば彼は神を見失ひ、神の審判を懼れず神をも欺き得る如く思うに至るものである。ここに於て彼を支配するものは人の前に美しからんとする虚栄心(全部をささげる如くに装い、且つ使徒の足下に置きて人々に誇った事)と、財宝に(つか)うる私慾心(幾分を自己に保留した事)と、人を欺かん為の虚偽(使徒たちに偽った事)とであった。
辞解
[アナニヤ] 又「ハナニヤ」とも読まれ「神恵み給う」の意、「サツピラ」は「美し」の意味で双方とも名実相反する名である。
[與れり] 知識を共にするとの意味でこころに知っていた事を意味す。

5章3節 (ここ)にペテロ()ふ『アナニヤよ、(なに)(ゆゑ)なんぢの(こころ)サタンにて滿()ち、(せい)(れい)(たい)(いつは)りて、地所(ぢしょ)(あたひ)幾分(いくぶん)(かく)したるぞ。[引照]

口語訳そこで、ペテロが言った、「アナニヤよ、どうしてあなたは、自分の心をサタンに奪われて、聖霊を欺き、地所の代金をごまかしたのか。
塚本訳するとペテロが言った、「アナニヤ、悪魔に心を占領され、聖霊に嘘をついて地所の代金をごまかすとは、なんということだ。
前田訳そこでペテロがいった、「アナニヤ、何とてあなたは悪魔に心を満たされて聖霊をいつわり、土地の代金を隠したのか。
新共同すると、ペトロは言った。「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。
NIVThen Peter said, "Ananias, how is it that Satan has so filled your heart that you have lied to the Holy Spirit and have kept for yourself some of the money you received for the land?
註解: ペテロはその霊的直感によりてアナニヤの虚偽を看破した。純真なる信仰のみよくサタンの姿を認識する。アナニヤはサタンにその心を占領せられその結果かかる行動に陥ったのであって、之は単にペテロを欺いただけではなく彼の心に宿り給う聖霊(Tテサ4:8)に対し(いつわ)る事であり、聖霊を逐い出してサタンにその所を得しむる事であった。即ちペテロに対する虚偽の行為は結局彼自身の信仰的破滅を意昧する。

5章4節 ()りし(とき)(なんぢ)(もの)なり、()りて(のち)(なんぢ)(けん)(うち)にあるに(あら)ずや、[引照]

口語訳売らずに残しておけば、あなたのものであり、売ってしまっても、あなたの自由になったはずではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人を欺いたのではなくて、神を欺いたのだ」。
塚本訳(売らずに)のこしておけばあなたのもの、売れても、代金はあなたの自由ではないか。なんでこんな(恐ろしい)ことを考えたのか。これは人間に嘘をついたというよりは、神に嘘をついたのだ。」
前田訳売らずにおけばあなたのもの、売れてもあなたの思うままになったではないか。なぜこんなことを考えたのか。あなたは人をでなく神を欺いたのだ」と。
新共同売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思いどおりになったのではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」
NIVDidn't it belong to you before it was sold? And after it was sold, wasn't the money at your disposal? What made you think of doing such a thing? You have not lied to men but to God."
註解: 夫故に汝の信仰の量に従い「(おし)むことなく、強てする事なく、その心に定めし如く」(Uコリ9:7)振舞い、正直に適宜の額を寄進すれば善かったのである。全部寄進しなければいけないとは誰も云はなかったのである。尚この一句は当時のエルサレム教会の共産生活は法律的強制的ならず信仰的任意的であった事の証拠となる使2:43-47要義1参照。

(なに)とて(かか)ることを(こころ)(くはだ)てし。なんぢ(ひと)(たい)してにあらず、(かみ)(たい)して(いつは)りしなり』

註解: 代金の半分を以て全部の如くに見せる事は単に対人関係の罪だけではなく神を欺く事の最大の罪である。これ神に対する忠誠を装いつつ、実は己の慾に支配せられているからである。
辞解
[人に対してにあらず] 神に対する罪たる事を強調せんが為に、対人関係の方を否定せる話法であって、人に対しても罪である事は勿論である。但し如何なる罪も結局神の誠命に反する意味に於て神に対する罪であるけれどもこの場合、単なる詐欺と異り神に対する献金の形に於て行われる詐欺故、その罪一層重大である。

5章5節 アナニヤこの(ことば)をきき、(たふ)れて(いき)()ゆ。[引照]

口語訳アナニヤはこの言葉を聞いているうちに、倒れて息が絶えた。このことを伝え聞いた人々は、みな非常なおそれを感じた。
塚本訳アナニヤはこの言葉を聞くと、(その場に)倒れて息が絶えた。聞いた者すべてに、大きな恐れが臨んだ。
前田訳アナニヤはこのことばを聞くと、倒れて息が絶えた。聞いたものすべてに大きなおそれがのぞんだ。
新共同この言葉を聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。そのことを耳にした人々は皆、非常に恐れた。
NIVWhen Ananias heard this, he fell down and died. And great fear seized all who heard what had happened.
註解: アナニヤは勿論彼の行動につき内心不安を感じていた。ペテロの言は適切にこの心の隙を衝いた為に彼の良心は非常なる打撃を受けてその畏れの為に気絶した。尚この死を以て単に神の罰の結果と見、アナニヤの内心の状態如何を全然問題としない見方があるけれども、それはあまりに実状より懸離れている。又之を偶然の出来事と見、丁度その時に死が彼を襲ったのであると見る事はこの記事を無意味のものと化する欠点がある。
辞解
[息絶ゆ] ekpsychô 医術語でルカ特有である(使5:10使12:23)。

これを()(もの)みな(おほい)なる(おそれ)(いだ)く。

註解: 罪人の上に神の審判が下る光景ほど恐ろしいものは無い。神の聖と義とがその完全なる稜威に於てあらわれるからである。

5章6節 若者(わかもの)ども()ちて(かれ)(つつ)み、()(いだ)して(はうむ)れり。[引照]

口語訳それから、若者たちが立って、その死体を包み、運び出して葬った。
塚本訳若者たちは立って彼(の死体)を包み、かついでいって葬った。
前田訳若者たちが立って彼を包み、かつぎ出して葬った。
新共同若者たちが立ち上がって死体を包み、運び出して葬った。
NIVThen the young men came forward, wrapped up his body, and carried him out and buried him.
註解: 即座に彼を葬り去った事は如何にも無慈悲の如くに見えるけれども、初代教会はこの一事件の中に神の敵サタンの襲撃を感じ、一挙に之を撲滅するの必要を感じたのである。人情を云々すべき場合では無かった。尚ユダヤ人は死体を出来るだけ速に葬る習慣がある。
辞解
[若者] 一の職名と見る説(M0)は適切ではない。
[包み] 原語は難解で(1)移す(L1)、(2)四肢を縮めて堅く縛る事(M0)、(3)埋葬の準備をする事等の訳を主張する学者があるけれども「包む」が最も適当ある。
要義 [アナニヤの罪]アナニヤの罪は凡ての方面より見て極めて重要なる性質を有する事に注意しなければならない。之を単に献金額を偽りたる虚偽の行為としてのみ観察するならば、この事件の重大なる意義を見失う。(1)サタンの活動。神の国の襲撃はサタンの最も力を尽くす所である。エルサレム初代教会の美しき信仰の姿はサタンの嫉視の的であった。彼はアナニヤを捕えてその襲撃を開始したのである。サタンには一歩も場所を与えてはならない。今日の教会の堕落はかかる場合サタンに侵入を許す事から起る。(2)アナニヤの罪。彼は自ら喜んで資産を献げんとしたのではなく周囲の人々の態度に引摺られたのであった、そこに彼の虚栄心がある。彼は全部を献げる事に於て生活の不安を感じた、そこに彼の不信仰がある。彼は半分を全部として偽った、そこに彼の詐欺がある。殊に彼は神に対する忠実を装ひつつこの詐欺を働いていた点に於て神に対する詐欺である。これが最大の罪であり最も恐るべき事であった。(3)一の罪は他の罪を生む。彼は最初より神を欺かんとしたのではあるまい。しかし一の罪は他の罪を生み、遂に神をも欺かんとするに至るものである。誡命の一つを犯すは凡てを犯すのである、罪は要するに一の総括的全体的存在であり、サタンの働きであり、神に対する反逆である。

5章7節 (おほよ)(さん)時間(じかん)()て、その(つま)この()りし(こと)()らずして()(きた)りしに、[引照]

口語訳三時間ばかりたってから、たまたま彼の妻が、この出来事を知らずに、はいってきた。
塚本訳三時間ばかりたって、その妻がこんなことがあったとは知らずに入ってきた。
前田訳三時間ほど経ってのこと、彼の妻が出来事を知らずに入ってきた。
新共同それから三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。
NIVAbout three hours later his wife came in, not knowing what had happened.

5章8節 ペテロ(これ)(むか)ひて()ふ『なんぢら(これ)(ほど)(あたひ)にてかの地所(ぢしょ)()りしか、(われ)()げよ』(をんな)いふ『(しか)り、(これ)(ほど)なり』[引照]

口語訳そこで、ペテロが彼女にむかって言った、「あの地所は、これこれの値段で売ったのか。そのとおりか」。彼女は「そうです、その値段です」と答えた。
塚本訳ペテロが自分の方から彼女に向かって口を切った、「たずねるが、あなた達は(たしかに)これだけ(の値段)であの地所を売ったのか。」「そうです、それだけで」と彼女は答えた。
前田訳そこでペテロが話しかけた、「いってもらいたい、あなた方は土地をこれだけの値に売ったのか」と。彼女はいった、「はい、それだけにです」と。
新共同ペトロは彼女に話しかけた。「あなたたちは、あの土地をこれこれの値段で売ったのか。言いなさい。」彼女は、「はい、その値段です」と言った。
NIVPeter asked her, "Tell me, is this the price you and Ananias got for the land?" "Yes," she said, "that is the price."
註解: ペテロがサツピラにこの問を発したのは、之によりて彼女に悔改の機会を与えんが為であった。夫の死を予め知らせなかったのは、之を知りて後の悔改は真の悔改でないからである。
辞解
[向いて] 原語「答えて」で緊張せる場面を示す。
[これ程] 「かく少額の」の意味に取る必要なし。

5章9節 ペテロ()ふ『なんぢら(なん)(こころ)(あは)せて(しゅ)御靈(みたま)(こころ)みんとせしか、()よ、なんぢの(をっと)(はうむ)りし(もの)(あし)門口(かどぐち)にあり、(なんぢ)をもまた(かき)(いだ)すべし』[引照]

口語訳ペテロは言った、「あなたがたふたりが、心を合わせて主の御霊を試みるとは、何事であるか。見よ、あなたの夫を葬った人たちの足が、そこの門口にきている。あなたも運び出されるであろう」。
塚本訳そこでペテロが彼女に、「なんであなた達はぐるになって主の御霊を試したのか。そら、あなたの夫を葬りに行った者の足が(いま)門口に(帰って来て)いる。あなたも(墓に)かついでゆかれるであろう。」
前田訳ペテロはいった、「何とてあなた方はいっしょになって、主のみ霊を試したのか。ごらん、あなたの夫を葬った人々の足が戸口に来ている。あなたも運び出されよう」と。
新共同ペトロは言った。「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか。見なさい。あなたの夫を葬りに行った人たちが、もう入り口まで来ている。今度はあなたを担ぎ出すだろう。」
NIVPeter said to her, "How could you agree to test the Spirit of the Lord? Look! The feet of the men who buried your husband are at the door, and they will carry you out also."
註解: ペテロのこの一言は神の審判の()であって、サツピラの心を射通した。神に(いつわ)る事は同時に「主の御霊を試みる事」である。即ち「主の御霊が果して我が虚偽を知り之を罰し給うであろうか」との心が彼女の内心を動かしていたのである。妻もこの罪に共鳴し夫に加担した事はこの罪をして弥々(いよいよ)その重さを増さしむる所以であった。

5章10節 をんな立刻(たちどころ)にペテロの足下(あしもと)(たふ)れて(いき)()ゆ。[引照]

口語訳すると女は、たちまち彼の足もとに倒れて、息が絶えた。そこに若者たちがはいってきて、女が死んでしまっているのを見、それを運び出してその夫のそばに葬った。
塚本訳彼女はたちどころにペテロの足元に倒れて、息が絶えた。青年たちは入ってきて彼女が死んでいるのを見ると、かついでいって夫のそばに葬った。
前田訳たちまち彼女はペテロの足もとに倒れて、息が絶えた。若者たちが入ってきて、彼女が死んでいるのを見、かつぎ出して夫の側(そば)に葬った。
新共同すると、彼女はたちまちペトロの足もとに倒れ、息が絶えた。青年たちは入って来て、彼女の死んでいるのを見ると、運び出し、夫のそばに葬った。
NIVAt that moment she fell down at his feet and died. Then the young men came in and, finding her dead, carried her out and buried her beside her husband.
註解: アナニヤの場合と同じくサツピラの良心はペテロの言によりて致死的の打撃を受けた、これ取りも直さず、神の審判が彼女の上に下ったのである。アナニヤとサツピラの死が神の愛に矛盾せずや、又他の多くの偽善者が何故に同一の審きを受けざるや等に就ては要義を見よ

若者(わかもの)ども()(きた)りて、その()にたるを()、これを(かき)(いだ)して(をっと)(かたは)らに(はうむ)れり。

註解: かくして夫妻二人は僅かに三時間を隔てて共に神の審判に服した。かくして初代教会の上に神の義が輝き出でたのである。

5章11節 (ここ)(ぜん)教會(けうくわい)および(これ)()のことを()(もの)みな(おほい)なる(おそれ)(いだ)けり。[引照]

口語訳教会全体ならびにこれを伝え聞いた人たちは、みな非常なおそれを感じた。
塚本訳集会全体とこれを聞いた者すべてとに、大きな恐れが臨んだ。
前田訳集まり全体とこれを聞いたすべてのものに大きなおそれがのぞんだ。
新共同教会全体とこれを聞いた人は皆、非常に恐れた。
NIVGreat fear seized the whole church and all who heard about these events.
註解: (▲今日のキリスト教会にこの厳粛さがない。道徳的判断は麻痺し、正義に立って動かないような強い筋金がない。キリスト教伝道の振るわないのはこのためである。)使5:5の反覆である。その処の註参照、本書に於て「教会」なる文字はここに始めて用いられている。
要義1 [何故にかかる厳罰の必要ありしや]アナニヤとサツピラの罪は死を以て罰された。何故に他に多く存する偽善、虚偽の罪が同様に所罰せられないかとの問題を起す者がある。蓋し神は教会の純潔を保たんが為には如何に厳格にサタンの侵入を警戒しなければならないかをこの所罰の例によりて示し給うたのである。もし教会がその後とも、かく厳格にその純潔を保っていたならば、教会の今日は更に力強いものであったろう。
要義2 [教会の訓練]教会はキリストを首とするその体である(エペ1:23)。夫故にキリストに反するものは凡て之を体の中より除き去らなければならない。教会は人間の集合にして人間は皆肉を有つ、故に教会内に弱さの存在する事は当然である。しかしながらキリストに反するもの即ち虚偽、偽善、不信の存在を許してはならない。もしこれ等が見出されし場合、速に悔改めて教会の純潔を保持しなければならぬ。
要義3 [サツピラの例の我らに対する教訓]今日の教会に於てサツピラの如く多額の献金を為すものあれば、たといそこに不信や虚偽があってもその献金を受くる如き場合が有り勝ちである。教会がかかる誘惑に陥る場合、直ちに之に打ち勝たなければならぬ。又罪が厳格に所罰される事は我らに取ってよき警戒である。之によりて我ら自己を反省し、自己の罪を除く事が出来るからである。罪に慣れる事は最も恐るべき堕落である。
要義4 [永遠の刑罰]アナニヤとサツピラが永遠の滅亡に入りしや否や等の問題は我らの思考を超絶せる事項である。神はもし欲し給うならば、彼らの霊をして悔改めしめ、遂に救に入れ給うであろう。彼らの所罰の目的は教会の訓練に在り、神は必要に応じ自由にその力を用い給う。我等濫りに神の領分に立入りて(ほしいまま)なる推論を為す事は避けなければならぬ。

2-3 使徒等の奇蹟活動 5:12 - 5:42
2-3-1 使徒たちの行える奇蹟 5:12 - 5:16

5章12節 使徒(しと)たちの()によりて(おほ)くの(しるし)不思議(ふしぎ)(たみ)(うち)(おこな)はれたり。[引照]

口語訳そのころ、多くのしるしと奇跡とが、次々に使徒たちの手により人々の中で行われた。そして、一同は心を一つにして、ソロモンの廊に集まっていた。
塚本訳また使徒たちの手で多くの徴や不思議なことが民衆の間におこなわれた。そして(使徒たちも信じた者も)皆が心を一つにしてソロモンの回廊に(集まって)いた。
前田訳使徒たちの手で多くの徴や不思議が民衆の間になされた。そして皆がひとつ心でソロモンの廊に集まっていた。
新共同使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。一同は心を一つにしてソロモンの回廊に集まっていたが、
NIVThe apostles performed many miraculous signs and wonders among the people. And all the believers used to meet together in Solomon's Colonnade.
註解: 12-16節は使徒たちの奇跡的活躍に対して迫害が起る事を述ぶる準備として当時の教会内外の実況を記載している。当時使徒たちは聖霊に満されていたのでその能力によりて多くの奇蹟的治癒が行われた。

(かれ)らはみな(こころ)(ひと)つにして、ソロモンの(らう)にあり。

註解: ソロモンの廊は宮の囲の内にある広場で(使3:11参照)彼らの集合の最も適当なる場所であった。彼らの一団としての存在の基礎はその「心の一つ」なる点に存し、他に何物も無かった。

5章13節 (ほか)(もの)どもは(あへ)(ちか)づかず、(たみ)(かれ)らを(あが)めたり。[引照]

口語訳ほかの者たちは、だれひとり、その交わりに入ろうとはしなかったが、民衆は彼らを尊敬していた。
塚本訳ほかの者は(なんとなく近寄りがたくて、)だれ一人敢えて彼ら(の仲間)に加わろうとしなかったが、それでも民衆は彼らを尊敬していたので、──
前田訳ほかの者はだれひとり、あえて彼らに加わろうとしなかったが、民は彼らを尊敬していた。
新共同ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。しかし、民衆は彼らを称賛していた。
NIVNo one else dared join them, even though they were highly regarded by the people.
註解: 「近づく」は「眤懇(じっこん)になる事」「親しむ事」(ロマ12:9)を意味す。「他の者ども」とは恐らく「他の重立ちたる者」即ち祭司、サドカイ人らを指したものであろう。(17節)。彼らは敬遠主義を取り遠方より形勢を観望していた。使徒たちの勢に恐れたからである。一般の「民」は信徒たちの信仰を見て之を賞揚した。何等の非難すべき点なく、その信仰の強さと美しさとに感じたからであった。しかし何時の時代も同様、進んでその信仰に入らんとする者はその中の少数である。
辞解
[近づかず] ▲口語訳「その交わりに入ろうとはしなかった」はkollaomaiの訳語として適当ではない。「交わり」koinôniaと混同し易い欠点がある。
[他の者ども] (1)信徒以外の人、(2)使徒たち及びその周囲の信徒以外の一般信徒(3)新に信仰に入りし人、等の解釈があるけれども註の如き意味に解す。

5章14節 (しん)ずるもの男女(なんにょ)とも増々(ますます)おほく(しゅ)()けり。[引照]

口語訳しかし、主を信じて仲間に加わる者が、男女とも、ますます多くなってきた。
塚本訳ますます主を信ずる男女の群が(増し)加えられた──
前田訳そして男も女も大勢、主を信ずるものが加えられてきた。
新共同そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。
NIVNevertheless, more and more men and women believed in the Lord and were added to their number.
註解: 多くの人々が嫉視、敬遠、躊躇しつつある中に、勇敢に信仰を告白して彼らの群に入り、主イエスに帰するに至った者も非常に多くあった。当時の信徒団の有様を巧に描いている。

5章15節 (つひ)には人々(ひとびと)()める(もの)大路(おほじ)()ききたり、寢臺(ねだい)または(とこ)(うへ)におく。(これ)()のうち(たれ)にもせよ、ペテロの()ぎん(とき)、その(かげ)になりと(おほ)はれんとてなり。[引照]

口語訳ついには、病人を大通りに運び出し、寝台や寝床の上に置いて、ペテロが通るとき、彼の影なりと、そのうちのだれかにかかるようにしたほどであった。
塚本訳その結果、人々は病人を大通りまでかついで来て寝床や担架の上にねかし、ペテロが(そこを)通るとき、そのうちのだれかが、せめて彼の陰にでもおおわれ(て病気を直され)るようにした。
前田訳ついに病人を大通りにまで運び出し、寝台や担架の上に置いて、ペテロが通るとき、彼らのうちのだれかに、せめてその影がおおいかかるようにした。
新共同人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。ペトロが通りかかるとき、せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。
NIVAs a result, people brought the sick into the streets and laid them on beds and mats so that at least Peter's shadow might fall on some of them as he passed by.
註解: 何れの時代にも人間の最初にして最大の要求は肉体の病の治癒である。治癒の力がペテロに与えられているを見て群衆は彼の許に集り、彼に対して迷信的崇拝心をすら持つに至った。之によりて当時のペテロの嘖々(さくさく)たる名声を知る事が出来る。しかしペテロはこの名声を利用して自己を神の地位に置く如き事をしなかった、尚ペテロの影によりて病が癒されしや否やは記されて居ない、次節より見ればこれらのものも癒されし如くである。
辞解
[寝台] klinarion は病者用寝台の事で医者ルカの特に用いし語。

5章16節 (また)エルサレムの周圍(まはり)町々(まちまち)より(おほ)くの人々(ひとびと)()める(もの)(けが)れし(れい)(なやま)されたる(もの)(たづさ)へきたりて(つど)ひたりしが、みな(いや)されたり。[引照]

口語訳またエルサレム附近の町々からも、大ぜいの人が、病人や汚れた霊に苦しめられている人たちを引き連れて、集まってきたが、その全部の者が、ひとり残らずいやされた。
塚本訳またエルサレムの周囲の町々の住民が、病人や汚れた霊に苦しめられている者をつれて集まってきたが、一人のこらずなおされた。
前田訳またエルサレム周辺の町々からも大勢が集まり、病人や汚れた霊に悩まされている人々をつれて来たが、それらは皆いやされた。
新共同また、エルサレム付近の町からも、群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、一人残らずいやしてもらった。
NIVCrowds gathered also from the towns around Jerusalem, bringing their sick and those tormented by evil spirits, and all of them were healed.
註解: ペテロの名声はエルサレムの周囲の町々にまで及び、彼らの病者の多くが医された。マタ4:23-25のイエスの伝道の初期の状況に髣髴たるものがある。病を癒す能力は聖霊の賜物の中の重要なる一つである(Tコリ12:9)。
辞解
[みな] ▲口語訳の「全部のものが一人残らず」は強すぎる。
要義 [治病の能力]信仰の熾烈なる時、それが治病の能力となって顕われる事は必ずしも基督教のみに限られた現象ではない、蓋し疾病の要素の大部分が精神的欠陥であるとすれば、信仰の力によりて病が癒される事は当然の事実である。唯多くの宗教に於ては治病の力を有する人間そのものが崇められるに反し、基督教に於ては神が崇められる。之れ治病の能力が聖霊の賜物なるが故である。

2-3-2 使徒たちの投獄とその奇蹟的脱出 5:17 - 5:32

5章17節 (ここ)(だい)祭司(さいし)および(これ)(とも)なる(もの)(すなは)ちサドカイ()人々(ひとびと)、みな(ねたみ)滿(みた)されて()ち、[引照]

口語訳そこで、大祭司とその仲間の者、すなわち、サドカイ派の人たちが、みな嫉妬の念に満たされて立ちあがり、
塚本訳すると大祭司と、その一派の者すなわちサドカイ派の者全体とは、(これを見て烈しい)嫉妬にかられて立ち上がり、
前田訳大祭司とその仲間全体は当時サドカイ派であったが、嫉妬にかられて立ち上がり、
新共同そこで、大祭司とその仲間のサドカイ派の人々は皆立ち上がり、ねたみに燃えて、
NIVThen the high priest and all his associates, who were members of the party of the Sadducees, were filled with jealousy.

5章18節 使徒(しと)たちに()をかけて(これ)留置場(とめおきば)()る。[引照]

口語訳使徒たちに手をかけて捕え、公共の留置場に入れた。
塚本訳使徒たちに手をかけて(捕え、)国の牢屋に入れた。
前田訳使徒たちに手をかけて公の留置場に入れた。
新共同使徒たちを捕らえて公の牢に入れた。
NIVThey arrested the apostles and put them in the public jail.
註解: 大祭司アンナス(使4:6)及び復活を否定するサドカイ派の人々はペテロとその一党の隆々たる勢力に深き嫉妬を以て満たされた。由来嫉妬は宗教家の特徴である。彼らは真理を求めずして自己の利益を求め真理を腕力を持って圧迫せんとし弟子たちを公けの留置場に入れた。
辞解
[派] hairesisは「選択」「選択せられしもの」の意味より転じて「選択せられし意見」にも用いられ、「主義」なる訳語が最も適合している様である。(▲このhairesisはheresy(異端)の原語。)サドカイ主義の人々は復活を否定した。

5章19節 (しか)るに(しゅ)使(つかひ)(よる)(ひとや)()をひらき、(かれ)らを()()して()ふ、[引照]

口語訳ところが夜、主の使が獄の戸を開き、彼らを連れ出して言った、
塚本訳しかし主の使が夜、牢の戸をあけ、使徒たちをつれだして言った、
前田訳しかし主の使いが夜、牢の戸をあけ、彼らを連れ出していった、
新共同ところが、夜中に主の天使が牢の戸を開け、彼らを外に連れ出し、
NIVBut during the night an angel of the Lord opened the doors of the jail and brought them out.

5章20節 ()きて(みや)()ち、この生命(いのち)(ことば)をことごとく(たみ)(かた)れ』[引照]

口語訳「さあ行きなさい。そして、宮の庭に立ち、この命の言葉を漏れなく、人々に語りなさい」。
塚本訳「行け、そして宮に出ていって、この命の言葉をのこらず民衆に語れ。」
前田訳「行って宮の中に立ち、このいのちのことばをすべて民に語りなさい」と。
新共同「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と言った。
NIV"Go, stand in the temple courts," he said, "and tell the people the full message of this new life."
註解: 使徒たちはかくも易々と主の使の手によりて留置場より脱出した。かかる奇蹟的救出は(使12章参照)使徒たちに取りては異とするに足らなかった事柄である為に、極めて淡々たる叙述を以て之を録したのであろう。訊問の際にこの事が問題とならなかった為、又は後に再び捕われた為、この釈放は無用の事であったとしてこの事実を否定する説、又はこの事実を地震、雷等の天災の為とか又は親切なる友人の(ひそ)かな援助によるものと解する説は根拠が無い。又之を12章の物語の重複とも見る事が出来ない。この記事の歴史的精確さは問題となり得るけれども、以上の如き説明を以て之を変更又は抹消し去る事は出来ない。主の使が彼らを釈放せる目的は「生命の言」を語らしめんが為であった。福音は永遠の生命なるキリストの言であり又このキリストに関する言である。
辞解
[この生命の言] 「この生命」と殊に強く指示せるものと解す(E0)。但し之を「生命に関するこれ等の言」と解する説もある(ヴイーネル、M0、B1)。

5章21節 かれら(これ)()き、夜明(よあけ)がた(みや)()りて(をし)ふ。[引照]

口語訳彼らはこれを聞き、夜明けごろ宮にはいって教えはじめた。一方では、大祭司とその仲間の者とが、集まってきて、議会とイスラエル人の長老一同とを召集し、使徒たちを引き出してこさせるために、人を獄につかわした。
塚本訳彼らはこれを聞き、夜の明けるのを待って宮に入って教えはじめた。その時、大祭司とその一派の者とは集まってきて、最高法院とイスラエルの子孫の全長老会議とを召集した。そして使徒たちを引き出すために、牢屋に人をやった。
前田訳彼らはこれを聞き、夜明けに宮に入って教えはじめた。
新共同これを聞いた使徒たちは、夜明けごろ境内に入って教え始めた。一方、大祭司とその仲間が集まり、最高法院、すなわちイスラエルの子らの長老会全体を召集し、使徒たちを引き出すために、人を牢に差し向けた。
NIVAt daybreak they entered the temple courts, as they had been told, and began to teach the people. When the high priest and his associates arrived, they called together the Sanhedrin--the full assembly of the elders of Israel--and sent to the jail for the apostles.
註解: かれらは何をも恐れず、主の命じ給える使命にしたがい、生命の言を宮に於て語った。「夜明がた」は夜の明くるを待ち兼ねた為であろう。但し日中暑き時には人々は早朝宮に集る習慣が有った為かも知れない。

(だい)祭司(さいし)および(これ)(とも)なる(もの)ども(つど)ひきたりて議會(ぎくわい)とイスラエル(びと)元老(げんらう)とを()びあつめ、使徒(しと)たちを()(きた)らせんとて、(ひと)牢舍(らうや)(つかは)したり。

註解: 彼らは使徒たちの脱出の事実を知らずに議会を召集した。神に逆う者は勝つ事が出来ない。
辞解
[イスラエルの元老] 「議会」の別名と見るか---この場合「議会即ち」と訳す---又は之を議会の議員に加へて更にイスラエルの老人株を召集したものと見るかにつき説が分れる。後説を採る。この会議の重要さを示さんが為に附加したものであろう。但し「元老」gerousia を議会 synedrion の別名に用いし例は七十人訳にもその他にも見出される。

5章22節 下役(したやく)ども()きしに、(ひとや)のうちに(かれ)らの()らぬを()て、(かへ)りきたり()げて()ふ、[引照]

口語訳そこで、下役どもが行って見ると、使徒たちが獄にいないので、引き返して報告した、
塚本訳下役らが行って見ると、彼らは牢の中にいないので、引き返してきて報告した、
前田訳下役らが行ってみると、彼らが牢に見当たらないので、引き返して
新共同下役たちが行ってみると、使徒たちは牢にいなかった。彼らは戻って来て報告した。
NIVBut on arriving at the jail, the officers did not find them there. So they went back and reported,

5章23節 『われら牢舍(らうや)(かた)()ぢられて、()(まへ)牢番(らうばん)()ちたるを()しに、(ひら)きて()れば、(うち)には(たれ)()らざりき』[引照]

口語訳「獄には、しっかりと錠がかけてあり、戸口には、番人が立っていました。ところが、あけて見たら、中にはだれもいませんでした」。
塚本訳「牢屋はとてもしっかり錠がかかっていて、戸の前にはそれぞれ牢番が立っていました。しかしあけて見ると、中にはだれもいませんでした。」
前田訳告げた、「牢屋は完全に錠がかけてあって、戸口には番人が立っていました。しかし、あけて見ると、中にはだれも見当たりませんでした」と。
新共同「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」
NIV"We found the jail securely locked, with the guards standing at the doors; but when we opened them, we found no one inside."
註解: 使徒たちの脱出は神の力により全然奇蹟的に行われた事を知る事が出来る。神の為し給う事は人の目に奇しとする処である。

5章24節 宮守頭(みやもりがしら)および祭司長(さいしちゃう)ら、この(ことば)()きて如何(いか)になりゆくべきかと、(まど)ひいたるに、[引照]

口語訳宮守がしらと祭司長たちとは、この報告を聞いて、これは、いったい、どんな事になるのだろうと、あわて惑っていた。
塚本訳宮の守衛長も大祭司連もこの言葉を聞くと、これはいったいどうなることかと、彼らのことですっかり不安になっていた。
前田訳宮の守衛長や大祭司らはこのことばを聞くと、これが一体どうなることかと、彼らのことでとまどった。
新共同この報告を聞いた神殿守衛長と祭司長たちは、どうなることかと、使徒たちのことで思い惑った。
NIVOn hearing this report, the captain of the temple guard and the chief priests were puzzled, wondering what would come of this.

5章25節 (ある)(ひと)きたり()げて()ふ『()よ、(なんぢ)らの(ひとや)()れし(ひと)は、(みや)()ちて(たみ)(をし)()るなり』[引照]

口語訳そこへ、ある人がきて知らせた、「行ってごらんなさい。あなたがたが獄に入れたあの人たちが、宮の庭に立って、民衆を教えています」。
塚本訳ところへ人が来て、「御覧なさい、あなた方が牢に入れた人たちは、(いま)宮に立って民衆を教えています」と報告した。
前田訳そこへ人が来て知らせた、「ごらんなさい、あなた方が牢に入れた人たちは、宮の中に立って民を教えています」と。
新共同そのとき、人が来て、「御覧ください。あなたがたが牢に入れた者たちが、境内にいて民衆に教えています」と告げた。
NIVThen someone came and said, "Look! The men you put in jail are standing in the temple courts teaching the people."
註解: 議会の議事に与る人々は、使徒たちの奇蹟的脱獄をきき、その異常なる力を見て恐怖逡巡(しゅんじゅん)した。堅固なるユダヤ教の陣営が僅かに十二人の使徒によりて揺り動かされているのである。聖霊の力の満つる処世界を動かすの力がある。然るに使徒たちは福音を宣ぶる事以外に何も無く、自己の安全を求むる如き心は全く無かった。夫故に再び捕えられ、前よりも多くの危険にさらされる処の多分にある事を知りつつも、彼らは神の使の御言に従い平気で又々宮の中に民を教えていた。彼らの眼中には唯福音を宣伝うる以外に何も無かったのである。

5章26節 (ここ)宮守頭(みやもりがしら)下役(したやく)(ともな)ひて()でゆき、(かれ)らを()(きた)る。されど手暴(てあら)きことをせざりき、これ(たみ)より(いし)にて()たれんことを(おそ)れたるなり。[引照]

口語訳そこで宮守がしらが、下役どもと一緒に出かけて行って、使徒たちを連れてきた。しかし、人々に石で打ち殺されるのを恐れて、手荒なことはせず、
塚本訳そこで守衛長は下役を連れて行って、彼らを(宮から)引いてきた。しかし手荒いことはしなかった。(民衆が同情を寄せているので、)自分たち(の方)が石で打ち殺されはしないかと、民衆を恐れたのである。
前田訳そこで守衛長は下役を連れて出かけ、彼らを連れてきたが、手荒くはしなかった。それは自分たちが民に石打ちされないかとおそれたからである。
新共同そこで、守衛長は下役を率いて出て行き、使徒たちを引き立てて来た。しかし、民衆に石を投げつけられるのを恐れて、手荒なことはしなかった。
NIVAt that, the captain went with his officers and brought the apostles. They did not use force, because they feared that the people would stone them.
註解: 宮守頭等の態度は飽く迄も政治家的であって人民の動向を見るに(さと)い。当時の人民は使徒たちに対しそれほどの熱心を示していた。即ち使徒たちが宮守頭や下役より暴行を受けなかったのは、彼らが使徒たちを尊敬したからでは無かった。尚当時ローマの政権の下にありながらユダヤ人の祭司等にある程度の警察権が与えられていた。

5章27節 (かれ)らを()(きた)りて議會(ぎくわい)(なか)()てたれば、(だい)祭司(さいし)()ひて()ふ、[引照]

口語訳彼らを連れてきて、議会の中に立たせた。すると、大祭司が問うて
塚本訳彼らを引いてくると、法院(の真中)に立たせた。大祭司が問うた、
前田訳彼らを連れてきて法院の中に立たせた。大祭司は彼らにたずねた、
新共同彼らが使徒たちを引いて来て最高法院の中に立たせると、大祭司が尋問した。
NIVHaving brought the apostles, they made them appear before the Sanhedrin to be questioned by the high priest.

5章28節 我等(われら)かの()によりて(をし)ふることを(かた)(きん)ぜしに、()よ、(なんぢ)らは()(をしへ)をエルサレムに滿(みた)し、かの(ひと)()(われ)らに()はせんと((ほつ))す』[引照]

口語訳言った、「あの名を使って教えてはならないと、きびしく命じておいたではないか。それだのに、なんという事だ。エルサレム中にあなたがたの教を、はんらんさせている。あなたがたは確かに、あの人の血の責任をわたしたちに負わせようと、たくらんでいるのだ」。
塚本訳「あの(男の)名を使って教えてはならぬと(あれほど)堅く申し付けておいたのに、こんなにエルサレム(中)をお前たちの教義で一ぱいにしてしまった。お前たちはあの男の(流した)血(に対する罰)をわれわれに負わせようと思っているのだろう。」
前田訳「あの人の名を使って教えてはならぬときびしく命じておいたのに、このようにエルサレムをお前らの教えでいっぱいにした。そしてお前らはあの人の血の責任をわれらに負わせようとしているのではないか」と。
新共同「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている。」
NIV"We gave you strict orders not to teach in this name," he said. "Yet you have filled Jerusalem with your teaching and are determined to make us guilty of this man's blood."
註解: 使徒たちに対する論告は二つの点よりなされた。その一は上司の命令(使4:18)に違反せる事、その二はイエスの殺戮の罪を大祭司等に負わせんと欲した事であった。前者に対する答弁は29節後半、後者に対しては30、31節、而して32節はこの両者に対する答弁である。
辞解
[かの名] 「イエス」と云わなかったのは之をロにするだに()んだのであろう。
[負わせんと(欲)す] と言いて使徒たちの悪意を責めているけれども、使徒たちにはかかる悪意はなく唯事実を事実として宣べたのみであった。

5章29節 ペテロ(およ)(ほか)使徒(しと)たち(こた)へて()ふ『(ひと)(したが)はんよりは(かみ)(したが)ふべきなり。[引照]

口語訳これに対して、ペテロをはじめ使徒たちは言った、「人間に従うよりは、神に従うべきである。
塚本訳ペテロを始め使徒たちが答えて言った、「人は人間(の命令)よりも神(の命令)の方に従うべきであります(から、神の命令にわたし達は従っているのです)。
前田訳ペテロはじめ使徒たちはいった、「人よりも神に従うべきです。
新共同ペトロとほかの使徒たちは答えた。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。
NIVPeter and the other apostles replied: "We must obey God rather than men!
註解: 使4:19よりも一層断定的に彼らの態度を明にし、彼らがイエス・キリストを宣伝うる所以は、神の命に従っているのであって如何なる権力者と雖も彼等を沈黙せしむる事が出来ない事を断言しているのである。尚お要義参照。

5章30節 (われ)らの先祖(せんぞ)(かみ)はイエスを(おこ)(たま)ひしに、(なんぢ)らは(これ)()()けて(ころ)したり。[引照]

口語訳わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木にかけて殺したイエスをよみがえらせ、
塚本訳わたし達の先祖の神は、あなた方が(十字架の)“木にかけて”殺害したイエスを復活させられました。
前田訳われらの先祖の神は、あなた方が木にかけて殺したイエスを復活させたまいました。
新共同わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。
NIVThe God of our fathers raised Jesus from the dead--whom you had killed by hanging him on a tree.
註解: 彼らがその名に於て語る事を禁止したイエスこそ使徒たちに取りて最も大切なる神の子メシヤであり、従って之を十字架に付けて殺したイスラエルの罪は神を拒む最大の罪である。
辞解
[我らの先祖] と言いてペテロにユダヤ教より分離せんとの意思なかりし事を自然に示している。
[起す] egeirô は之を「甦えらしむる」と訳すべしとする説が多い(C2、A1、M0、H0、W2、W1等)けれども日本訳の如く之を「起す」と解する説もある(B1、C1、E0)。第一説を取り「---神は汝らが木に懸けて殺したるイエスを甦らせ給えり」の方が相手を攻撃する力が強い様に思われる。尚お使3:26註参照。
[殺す] diacheirizomai は「手づから殺す」「手をかけて殺す」の意、ユダヤ人の罪の大さを表す。
[木] 「十字架」と云わなかったのは、木にかけられる事はユダヤに於て「呪われる事」を意味するからである。(ガラ3:13申21:23

5章31節 (かみ)(かれ)(きみ)とし救主(すくひぬし)として(おの)(みぎ)にあげ、悔改(くいあらため)(つみ)(ゆるし)とをイスラエルに(あた)へしめ(たま)ふ。[引照]

口語訳そして、イスラエルを悔い改めさせてこれに罪のゆるしを与えるために、このイエスを導き手とし救主として、ご自身の右に上げられたのである。
塚本訳この方を神は、イスラエルに悔改めと罪の赦しとを与えるために、(命の)先達また救い主として御自分の右に挙げられたのです。
前田訳この方を神は、イスラエルに悔い改めと罪の許しとを与えるために、指導者また救い主として御自らの右にお挙げでした。
新共同神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。
NIVGod exalted him to his own right hand as Prince and Savior that he might give repentance and forgiveness of sins to Israel.
註解: 私訳「神はイスラエルに悔改と罪の赦とを与えん為に彼を君とし救主とし己が右にあげ給えり」神はイエスを甦らしめ給えるのみならず彼を昇天せしめその右に坐せしめ給うた、これイスラエルの罪を審かん為ではなく、イスラエルをして悔改めしめ、之に罪の赦を与へんが為であった。「このイエスこそ汝らの救主に在し給うたのである」と言いてペテロは最後に強き一突を敵の喉元に与えている。尚「神の右に」ついては使2:33辞解参照。

5章32節 (われ)らは()(こと)證人(しょうにん)なり。[引照]

口語訳わたしたちはこれらの事の証人である。神がご自身に従う者に賜わった聖霊もまた、その証人である」。
塚本訳わたし達はこれらの事柄の証人であります。神が御命令に従う者にお与えになる聖霊も、同じくその証人であります。」
前田訳われらはこれらの事どもの証人です。神が御自らに従うものにお与えの聖霊もまたその証人です」と。
新共同わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。」
NIVWe are witnesses of these things, and so is the Holy Spirit, whom God has given to those who obey him."
註解: イスラエルに取りて、否全人類に取りてこれ程重大なる問題はない。我らはその証人として神に召されし者である。如何にして黙する事が出来ようか、我らが語っているのは汝らにイエスの血を流せる罪を負わしめんとする如き動機からでない(28節参照)。
辞解
[この事] 「これらの言葉」で「これらの事柄」の意。

(かみ)のおのれに(したが)(もの)(たま)(せい)(れい)もまた(しか)り』

註解: イエスがキリストである事は聖霊を与えられて始めて之を知る事が出来る。故に聖霊は以上の事柄の証人である。ペテロはかく言いてペンテコステの日の聖霊降下の事実を暗示し、祭司等に対する証拠とした。
要義 [上司に対する服従の限界]ユダヤ人の議会即ち sanhedrim は祭司、学者、長老等より成る最高法院で当時に於ても宗教上の事物に関しては最上の権力保持機関であった(マタ5:22辞解参照)。上にある権威に従うべき事を命じているペテロが(Tペテ2:13)何故に祭司等の命令(使4:18)に従わなかったのであるか。それはペテロに取ってはイエスを宣伝うる事は明かに神の命であると確信したので、この神の命に反する事を命ずる祭司等は、その職務違反の事又職務以外の事を命じていると信じたからであった。神に立てられたる権力者がその権限の範囲を超えて神の国の領域までその手を伸ぶる時、神の民は之に服従する義務から免ぜられるのは当然である。その処では神に従うべきであって人に従うべきではない。

2-3-3 ガマリエル使徒たちを救う 5:33 - 5:42

5章33節 かれら(これ)をききて(いかり)滿()ち、使徒(しと)たちを(ころ)さんと(おも)へり。[引照]

口語訳これを聞いた者たちは、激しい怒りのあまり、使徒たちを殺そうと思った。
塚本訳これを聞いた者たちは真赤になっておこり、彼らを殺そうと思った。
前田訳これを聞いた者たちは怒り狂って彼らを殺そうと思った。
新共同これを聞いた者たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうと考えた。
NIVWhen they heard this, they were furious and wanted to put them to death.
註解: 大祭司始め長老たちはペテロによりて神に対する反逆者たる烙印を押されたので彼らの誇は粉砕され、その怒骨髄に徹した。彼らは使徒たちを殺さずに置く事が出来なかった程の忿怒であった。
辞解
[怒に満ち] 原語 diapriô は「(のこぎり)を以て挽き割く」事を意味し(のこぎり)にて挽かれる程の苦痛を感じた事を意味す(ヘブ4:12)。
[思えり] 「欲せり」の意、異本には「相談せり」なる文字を用うるものもある。

5章34節 (しか)るにパリサイ(びと)にて(すべ)ての(たみ)(たふと)ばるる教法(けうほふ)學者(がくしゃ)ガマリエルと()ふもの、議會(ぎくわい)(なか)()ち、(めい)じて使徒(しと)たちを(しばら)(そと)(いだ)さしめ、議員(ぎゐん)らに(むか)ひて()ふ、[引照]

口語訳ところが、国民全体に尊敬されていた律法学者ガマリエルというパリサイ人が、議会で立って、使徒たちをしばらくのあいだ外に出すように要求してから、
塚本訳そのとき、ガマリエルという、パリサイ人で、全国民に尊敬されている律法学者である人が法院に立ち、その人たちを少しのあいだ外に出すようにと命じて、
前田訳そのとき、ガマリエルという名のパリサイ人で、律法学者として民全体に尊敬されている人が法院の中に立ち、その人たちをしばらく外に出すよう命じ
新共同ところが、民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルという人が、議場に立って、使徒たちをしばらく外に出すように命じ、
NIVBut a Pharisee named Gamaliel, a teacher of the law, who was honored by all the people, stood up in the Sanhedrin and ordered that the men be put outside for a little while.
註解: このガマリエルは有名なるラビ・ヒレルの孫で議会の議員の一人であり、議長ではなかったけれども非常に有力なる一人であった事は歴史に録されている。彼はパウロの師であった(使22:3)。激烈なる性格のパウロが真理の前に正直であり、異邦人に対して同情を持ち得たのはこのガマリエルに負う所多いのであろう。35節以下の彼の態度を悪意に解し(サドカイ派に対する反感、基督者に対する秋波、偽善者等)ている学者もあるけれども、正当なる解釈ではない。

5章35節 『イスラエルの(ひと)よ、(なんぢ)らが()人々(ひとびと)()さんとする(こと)につきて(こころ)せよ。[引照]

口語訳一同にむかって言った、「イスラエルの諸君、あの人たちをどう扱うか、よく気をつけるがよい。
塚本訳それから言った、「イスラエル人諸君、諸君はあの人たちに何をしようとしているのか、よく考えてみるがよかろう。
前田訳皆にいった、「イスラエルの方々、この人々をどう扱うべきか、お気をつけなさい。
新共同それから、議員たちにこう言った。「イスラエルの人たち、あの者たちの取り扱いは慎重にしなさい。
NIVThen he addressed them: "Men of Israel, consider carefully what you intend to do to these men.
註解: 正しき人は重要なる機会にその同胞を罪より救う、但し多くの人の意向に反して正しき事を言う事は勇気を要する。

5章36節 (まへ)にチウダ(おこ)りて、(みづか)(おほい)なりと(しょう)し、(これ)附隨(つきしたが)(もの)(かず、)おほよそ()(ひゃく)(にん)なりしが、(かれ)(ころ)され、(したが)へる(もの)はみな(ちら)されて跡無(あとな)きに(いた)れり。[引照]

口語訳先ごろ、チゥダが起って、自分を何か偉い者のように言いふらしたため、彼に従った男の数が、四百人ほどもあったが、結局、彼は殺されてしまい、従った者もみな四散して、全く跡方もなくなっている。
塚本訳なぜなら、(御承知のとおり)さきごろチゥダが立って、自分を何か(えらい者)のように言いふらしたので、彼に付いた男の数が四百人ばかりもあったが、(間もなく)チゥダは殺され、その口車に乗った者は皆、散って跡形もなくなったからである。
前田訳先ごろチゥダが立って、自らをひとかどのもののようにいったので、彼について行った男の数はおよそ四百人ほどでした。しかし彼は殺され、従ったものは皆散らされて、何もなくなりました。
新共同以前にもテウダが、自分を何か偉い者のように言って立ち上がり、その数四百人くらいの男が彼に従ったことがあった。彼は殺され、従っていた者は皆散らされて、跡形もなくなった。
NIVSome time ago Theudas appeared, claiming to be somebody, and about four hundred men rallied to him. He was killed, all his followers were dispersed, and it all came to nothing.
註解: ガマリエルは実例を以て議会を説得せんとして先づチウダの例を引用した。政治や宗教が混沌としている時代には、チウダの如き野心家が起って政治界や宗教界を攪乱する事が多い。しかしガマリエルの言いし如く、神より出でざるものは真に偉大なる事を為す事が出来ない。
辞解
[チウダ] ヨセフスの歴史に預言者と自称するチウダなる反逆者に関しこの記事に類似せる記事があるけれどもその年代は紀元44年以後の事であって年代が一致しない、従って(1)本節の記事は同名異人に関する別の事件であるか、(2)ヨセフスが誤謬に陥ったのであるか、(3)ルカが誤った伝説をそのまま記載したのであるか、或は(4)この種の事件が当時しばしば起ったのでその一つがチウダの名によりて伝ったのであるか種々に考えられるけれどもその中の一も確証を得る事が出来ない。

5章37節 そののち戸籍(こせき)登録(とうろく)のときガリラヤのユダ(おこ)りて(おほ)くの(たみ)(さそ)ひ、おのれに(したが)はしめしが、(かれ)(ほろ)(したが)へる(もの)もことごとく(ちら)されたり。[引照]

口語訳そののち、人口調査の時に、ガリラヤ人ユダが民衆を率いて反乱を起したが、この人も滅び、従った者もみな散らされてしまった。
塚本訳彼のあとで、人口調査の時にガリラヤ人ユダが立って、民衆を自分の方におびき寄せて(謀反させ)た。しかし彼(自身)も滅び、その口車に乗った者は皆、(蜘蛛の子のように)ちりぢりになってしまった。
前田訳その後人口調査のとき、ガリラヤ人ユダが立って、民をさそってそむかせましたが、彼も滅び、従ったものは皆散らされました。
新共同その後、住民登録の時、ガリラヤのユダが立ち上がり、民衆を率いて反乱を起こしたが、彼も滅び、つき従った者も皆、ちりぢりにさせられた。
NIVAfter him, Judas the Galilean appeared in the days of the census and led a band of people in revolt. He too was killed, and all his followers were scattered.
註解: 紀元6年ユダヤはシリヤの一州としてローマ帝国の一部となり、クレニオ、シリヤの總督来りて戸籍登録を行った(ルカ2:1、2の戸籍登録は之より以前の出来事である)之に反対してユダが起ち人民を煽動してロマの政府に反対せしめんとした事があった。ヨセフスはこのユダを或はガマラのユダと称し或はガリラヤのユダとも呼ぶ。ガマラはガリラヤの市邑と考えられたからである。いわゆる熱心党は之より起った。チウダは宗教的の一揆でありユダは政治的の一揆である。而してこの双方とも不成功に終った。

5章38節 ()れば(いま)なんぢらに()ふ、この人々(ひとびと)より(はな)れて、その()すに(まか)せよ。()しその企圖(くわだて)その所作(しわざ)(ひと)より()でたらんにはおのづから(たぶ)れん。[引照]

口語訳そこで、この際、諸君に申し上げる。あの人たちから手を引いて、そのなすままにしておきなさい。その企てや、しわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。
塚本訳だから今のところ、わたしは諸君に言う。あの人たちから手を引いて、(そっと)放っておきなさい。それは、もしあの企てやすることが人間(の考え)から出たものならば、(手を下すまでもなくひとりでに)ほろびるであろうし、
前田訳それで今申しますが、あの人々から手を引いて、放ってお置きなさい。もしその計画や行動が人から出たものならば、自滅するでしょう。
新共同そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、
NIVTherefore, in the present case I advise you: Leave these men alone! Let them go! For if their purpose or activity is of human origin, it will fail.

5章39節 もし(かみ)より()でたらんには(かれ)らを(やぶ)ること(あた)はず、(おそ)らくは(なんぢ)(かみ)(てき)する(もの)とならん』[引照]

口語訳しかし、もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことはできまい。まかり違えば、諸君は神を敵にまわすことになるかも知れない」。そこで彼らはその勧告にしたがい、
塚本訳神から出たものなら、(どんなにしても)彼らをほろぼすことは出来ないのだから。そうでないと、諸君は神に手向かう者にならぬとはかぎらない。」そこで彼らはその勧告に従って、
前田訳しかしもし神から出たものならば、あなた方は彼らを滅ぼすことはできますまい。ことによると、あなた方は神に敵するものになります」と。彼らは説得され、
新共同神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。」一同はこの意見に従い、
NIVBut if it is from God, you will not be able to stop these men; you will only find yourselves fighting against God."
註解: このガマリエルの判断及び態度は宗教に対する政策の上乗なるものと云う事が出来る。即ち一の宗教運動は、それが治安を害し公序良俗を損せざる限り、自由放任の政策に出づべしと云うのである。もしそれが人間の智慧や慾求の所産であるならば、敢て之を弾圧するを要せずして皆壊滅に帰するであろう、又は弾圧の必要を生じて来たならばその時でも遅くは無いであろう。しかしながらもしそれが神より出でしものであるならば人間の力は之を如何ともする事が出来ず、又強て之を弾圧するならば神の敵となり、神に対して戦う事となる。キリストの福音があらゆる迫害を通過して今日に至ったのも、それが神より出づる事の証拠である。今後と雖も真の信仰は神の守護の下に永遠に死なない。尚ガマリエルに就ては彼が異邦人や異教徒に対する同情ある賢明なる所置を為せる事が記録に残って居り、又柔和にして寛大なる性格につき録されているのである。尚お彼が基督者となったとの伝説があるけれども信じ難い。

5章40節 (かれ)()その勸告(すすめ)にしたがひ、(つい)使徒(しと)たちを()(いだ)して(これ)(むち)うち、イエスの()によりて(かた)ることを(かた)(きん)じて(ゆる)せり。[引照]

口語訳使徒たちを呼び入れて、むち打ったのち、今後イエスの名によって語ることは相成らぬと言いわたして、ゆるしてやった。
塚本訳使徒たちを呼びいれて(鞭で)打ち、(今後決して)イエスの名を使って話をしてはならないと命令して、釈放した。
前田訳使徒たちを呼びよせて鞭うち、イエスの名によって語るなと命じて釈放した。
新共同使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した。
NIVHis speech persuaded them. They called the apostles in and had them flogged. Then they ordered them not to speak in the name of Jesus, and let them go.
註解: 彼等はガマリエルに説服された。唯使徒たちを理由無しに尋問した事となるのは甚だ拙であるのみならず彼等の心の怒は中々解けず、結局使徒たちを笞刑(ちけい)に処して放免した、問題は使徒等が「イエスの名によりて語る事を堅く禁じられた」時に如何に返答したかの点である。ルカはこの事を記載せず唯彼らが釈放されるや否や直ちにイエスのキリストなる事を宣伝えて止まざる事(42節)を記しているに止まる。察する処使徒たちは祭司等の命令に対し沈黙して返答を与えなかったのではあるまいか。

5章41節 使徒(しと)たちは御名(みな)のために(はづか)しめらるるに相應(ふさは)しき(もの)とせられたるを(よろこ)びつつ、議員(ぎゐん)らの(まへ)()でされり。[引照]

口語訳使徒たちは、御名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜びながら、議会から出てきた。
塚本訳さて、彼らは御名のために恥を受けるに足る者とされたことを喜びながら、法院から出ていった。
前田訳彼らはみ名のためはずかしめられるに値するものとされたので、よろこんで法院から出て行った。
新共同それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、
NIVThe apostles left the Sanhedrin, rejoicing because they had been counted worthy of suffering disgrace for the Name.
註解: イエスより斯くあるべしと教えられし使徒たちは(マタ5:10-12)それが実現して、イエスの御名の為に辱しめられるに相応しき者とせられし事を却て喜んだ。最も崇高なる歓喜である、彼らは天に於ける報を疑はなかったからである。基督者は常に御名の為に辱しめられるに至らなければならぬ。

5章42節 (かく)日毎(ひごと)(みや)また(いへ)にて(をしへ)をなし、イエスのキリストなる(こと)宣傳(のべつた)へて()まざりき。[引照]

口語訳そして、毎日、宮や家で、イエスがキリストであることを、引きつづき教えたり宣べ伝えたりした。
塚本訳そして毎日、宮や家々で教えること、すなわち救世主イエスの福音を伝えることを、やめなかった。
前田訳そしていつの日も宮や家で教え、キリストであるイエスをのべ伝えることを止めなかった。
新共同毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。
NIVDay after day, in the temple courts and from house to house, they never stopped teaching and proclaiming the good news that Jesus is the Christ.
註解: 使徒たちの態度は以前と少しも異らず宮にて又家々にてイエスを宣伝えて止まなかった。これが彼らの神より命ぜられし使命であったからである。斯くして彼らは死に至るまでその使命に忠実であった。
辞解
[家にて] 「家々にて」と訳する事も出来、その方が優っている(使2:46註。使20:20参照)。
要義1 [ガマリエルの宗教行政論]ガマリエルの方針は絶対的自由放任主義の如くであるけれども、その例証として挙げし二つの場合は何れも軍隊の干渉によりて破滅に帰したのであって、必ずしも絶対無干渉を主義とするものと見る事が出来ない。ガマリエルの思想は、ある宗教が神よリ出づるものであるならば如何なる権力の圧迫によりても之を滅す事が出来ず、反対にそれが人より出づるものであるならば之を自由に放任して置いてもやがてはそれは社会の公序良俗、安寧秩序に関する点に於て破滅の原因を作るに至り、自然に国家的又は社会的に排撃されるに至るとの意味であらう。もし然りとすればこの考は基督教的に考察して正しき態度であると云わなければならぬ。何となれば信仰の世界は純粋に内面的霊的問題であって、之を人間の制度や規則を以て律する事は出来ず、従って政治的の問題となり得ない。之は神と人間とのみの対立の世界であって他の人間によりて判断せられ得ない場所である。しかしながらこの信仰が種々の形に於て外部に表はれる時、そこには政治上の問題を起し得るのであって、この場合は絶対無干渉主義は成立たない。社会の安寧秩序を乱し公序良俗に反するものは権力の干渉を必要とする。カルヴインはガマリエルのこの放任の態度を非難しているけれども、それはカルヴインが信仰そのものまでも政治上の問題として取扱う事を神の御旨と考えたからであって、この点にカルヴインの誤謬がある。
要義2 [宗教と政治]宗教と政治とは互に相助けて行くべきである。宗教なしに政治のみにて社会は成立たず、反対に政治なしに宗教のみにて社会を治める事は出来ない。この両者は互に相助けて行くべきものである。しかしこの両者には各々独立の範囲がある。純粋に霊的の世界に対しては政治的権力の干渉は不可能であり又不適当である。政治は宗教の外的表題に対してのみ干与する事の必要と能力とを有するに過ぎない。信仰の自由はこの意味に於てあらゆる政治の根本原理でなければならないと同時に、信仰の対社会の影響が政治上の問題となる場合、即ち社会の安寧秩序を害し、公序良俗に反する場合は之を政治的権力を以て干捗する事も亦必要にして正当なる処置である。

使徒行伝第6章
2-4 七人の執事の選任 6:1 - 6:7

6章1節 そのころ弟子(でし)のかず(まし)(くは)はり、ギリシヤ(ことば)のユダヤ(びと)、その寡婦(やもめ)らが日々(ひび)施濟(ほどこし)(もら)されたれば、ヘブル(ことば)のユダヤ(びと)(たい)して(つぶや)(こと)あり。[引照]

口語訳そのころ、弟子の数がふえてくるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちから、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して、自分たちのやもめらが、日々の配給で、おろそかにされがちだと、苦情を申し立てた。
塚本訳そのころ、(主の)弟子たち(の数)が次第にふえてきたため、ギリシヤ語を話す(外国そだちの)ユダヤ人からヘブライ語を話す(はえぬきの)ユダヤ人に対して、自分の方の寡婦たちは、毎日の援助においてないがしろにされているという苦情が出た。
前田訳そのころ弟子たちがふえるにつれて、ヘレニストからヘブライ人に対して、自分の方の寡婦たちが毎日の配給で軽んぜられているという苦情が出た。
新共同そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。
NIVIn those days when the number of disciples was increasing, the Grecian Jews among them complained against the Hebraic Jews because their widows were being overlooked in the daily distribution of food.
註解: 弟子の数増し加わると共に内部に紛争が起って来た。教会もまた人間社会である事は避け難き矛盾である。殊に事実上の不平は多く物質的方面より起る事は悲むべき事である。
辞解
[ギリシヤ語のユダヤ人] 原語 Hellenistês で Hellên(ギリシヤ人)と異り、ユダヤ人にして異邦に生れ、その文化の影響の下に育ち、ギリシヤ語を語る人を指す。
[ヘブル語のユダヤ人] 原語 Hebraios で Ioudaios(ユダヤ人)と異り、パレスチナ生れのユダヤ人でアラミ語(ヘブル語の近代化せるもの)を語るものを指す。この両者の間に意思の疎通を欠く事もあるべく、又後者の優越感も之に加わり互に相争うに至った。
[寡婦] 既にユダヤ教に於ても之を助くる施設があったのでキリストの教会も自然之と同様なる施設を必要とするに至った(Tテモ5:3-16)。
[日々の施済(ほどこし)] 使2:45施済(ほどこし)のみならず、日毎の食事をも指す、
[施済(ほどこし)] diakonia 。
[弟子] なる語は福音書に最も多く、書簡には之を用いず、行伝はその過渡期にあり
[漏され] 未完了過去形、継続的状態を示す。

6章2節 (ここ)十二(じふに)使徒(しと)すべての弟子(でし)()(あつ)めて()ふ『われら(かみ)(ことば)差措(さしお)きて、食卓(しょくたく)(つか)ふるは(よろ)しからず。[引照]

口語訳そこで、十二使徒は弟子全体を呼び集めて言った、「わたしたちが神の言をさしおいて、食卓のことに携わるのはおもしろくない。
塚本訳そこで十二人(の使徒)は弟子の団体を呼びあつめて言った、「わたし達(伝道を命ぜられた者)が、神の言葉を(伝える仕事を)放っておいて食卓の世話をするのは適当でない。
前田訳そこで十二人は弟子の群れを呼び集めていった、「われらが神のことばをなおざりにして食卓に仕えるのはよくありません。
新共同そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。
NIVSo the Twelve gathered all the disciples together and said, "It would not be right for us to neglect the ministry of the word of God in order to wait on tables.
註解: 十二使徒は実際問題に処するの道を知って居り、且つ公平なる心を持っていた、而して彼らは自己の与えられし最も重要なる天職使命に従わん事を欲した為に日々の施済(ほどこし)の問題を掌る事を善しとしなかった。ここに各人の使命の区別がある。彼らは施済(ほどこし)そのものを軽視したのではない。
辞解
[十二使徒] なる語は彼らの特別の生活を暗示する。
[すべて] 「多数」の意、
[食卓に事ふる] 貧者、寡婦等に対する日々の食事の分配等物質的の仕事を指す。
[事ふる] 原語で diakoneô で執事 diakonos 、deaconの原語。

6章3節 ()れば兄弟(きゃうだい)よ、(なんぢ)らの(うち)より御靈(みたま)智慧(ちゑ)とにて滿()ちたる令聞(よききこえ)ある(もの)七人(しちにん)見出(みいだ)せ、それに()(こと)(つかさ)どらせん。[引照]

口語訳そこで、兄弟たちよ、あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判のよい人たち七人を捜し出してほしい。その人たちにこの仕事をまかせ、
塚本訳それで兄弟たちよ、あなた達の中から御霊と知恵とに満ちた評判のよい者を七人だけ、さがしてもらいたい。その人たちをこの役に任じよう。
前田訳兄弟方、あなた方の中から霊と知恵に満ちた評判のいい七人を探し出しなさい。その人たちをこの役につけましょう。
新共同それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。
NIVBrothers, choose seven men from among you who are known to be full of the Spirit and wisdom. We will turn this responsibility over to them
註解: 専ら施済(ほどこし)(奉仕 diakonia)に従う人々を選ばしめた事は使徒たちに与えられし智慧であった。教会は必要に応じ必要なる手段を取る事を聖霊によりて示される。選任の方法及び標準は極めて適正であった。「御霊に満つる事」無しに神の事を正しく行う事が出来ない。「智慧」なしに複雑なる人事を賢明に処置する事が出来ない。「令聞(よききこえ)」なしに多くの人の上に立つ事は出来ない。又使徒自ら指名せずして選任せしめた事は専制的処置を避けし正しき態度であった。
辞解
[令聞(よききこえ)ある] 「その性格につき保証されている」と言う如き意味、
[七人] を選べる所以は七なる聖数によったものであろう。之に種々の解釈を加える事は正しくない。

6章4節 (われ)らは(もっぱ)(いのり)をなすことと御言(みことば)(つか)ふることとを(つと)めん』[引照]

口語訳わたしたちは、もっぱら祈と御言のご用に当ることにしよう」。
塚本訳わたし達は祈りと御言葉を伝えることに専念する。」
前田訳われらはもっぱら祈りとみことばの奉仕とをしましょう」と。
新共同わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」
NIVand will give our attention to prayer and the ministry of the word."
註解: 使徒の任務は「御言に事うる事」即ち御言を宣伝うる事であった。その為には「祈をなす事」が前提要件である。祈なしに御言に事える事は出来ない。
辞解
[努めん] proskartereô は頑固に執念する事。

6章5節 (あつま)れる(すべ)ての(もの)この(ことば)()しとし、信仰(しんかう)(せい)(れい)とにて滿()ちたるステパノ(およ)びピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、またアンテオケの改宗者(かいしゅうしゃ)ニコラオを(えら)びて、[引照]

口語訳この提案は会衆一同の賛成するところとなった。そして信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、それからピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、およびアンテオケの改宗者ニコラオを選び出して、
塚本訳この言葉は会衆一同の賛成を得、信仰と聖霊とに満ちた人ステパノをはじめ、ピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、およびアンテオケの改宗者ニコラオ(の七人)を選んで、
前田訳この話は全員に受け入れられ、信仰と聖霊に満ちた人ステパノ、それからピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、およびアンテオケの改宗者ニコラオを選んで、
新共同一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、
NIVThis proposal pleased the whole group. They chose Stephen, a man full of faith and of the Holy Spirit; also Philip, Procorus, Nicanor, Timon, Parmenas, and Nicolas from Antioch, a convert to Judaism.

6章6節 使徒(しと)たちの(まへ)()てたれば、[引照]

口語訳使徒たちの前に立たせた。すると、使徒たちは祈って手を彼らの上においた。
塚本訳使徒たちの前に立たせた。使徒たちが祈って彼らに手をのせた。
前田訳使徒たちの前に立たせた。使徒たちは祈って、彼らに手を置いた。
新共同使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。
NIVThey presented these men to the apostles, who prayed and laid their hands on them.
註解: 七人の名称はギリシヤ名であるけれども当時のユダヤ人にてギリシヤ名を有する者も多かった故、この七人を全部ギリシヤ語のユダヤ人と決定する事は出来ない。七人の中ステパノは次章に記される如く殉教の死を遂げ、ピリポは使8:5以下及び使21:8に録されているけれども他の五人につきてはこの以外知られて居ない。ニコラオは黙2:6のニコライ宗の祖であるとの伝説が古くより伝っているけれども(黙2:6辞解参照)信じ難い。ステパノのみ特に「信仰と聖霊とにて満てる」事を録されし所以は彼の偉大さを示す為である。改宗者をも執事の職に任じた事はユダヤ教と基督教との差異を示す適例である。当時の七人は必ずしも食卓に事うるのみでは無かった。ステパノもピリボも伝道を行った事実に注意すべし。

使徒(しと)たち(いの)りて()をその(うへ)()けり。

註解: 按手の式は旧約時代にはモーセがヨシユアに対する場合等種々の場合に行われていた任職の式である(民27:18申34:9)但し「儀式自身に力があるのではなく、効果は唯神の霊のみに依るのである、之は凡ての儀式につきて言う事が出来る」(C1)。夫故に使徒たちは祈によりて神の御霊の働きを求めたのであった。
要義1 [職務の高下と之に任命されるものの態度]使徒たちは「御言に事うること」を選び「食卓に事うること」を七人の執事に委せた。御言に事うる事は勿論食卓に事うる事に比し高き任務である。使徒たちは自ら高きを選び他人に(ひく)さを押付けた如き形となる。しかしながら神の前には職の高下は問題ではなく、如何に完全に之を遂行するやが問題である。職の種類は神之を定め之を与え給う、故に高き職に任ぜられたる者も誇るべからず、低き職を与えられしものも失望すべからず、唯如何にしてその与えられし職を全うし得るかを念頭に置かなければならない。ペテロが「神の言を差措きて食卓に事うるは宜しからず」と云ったのはこの意味である。
要義2 [執事の職]選ばれた七人が「執事」なる職名を有ちしや否や不明である。又当時の教会の職制や職名を後代の組織せられし教会の職制を以て判断する事は誤謬を来す基となる。聖霊は必要に応じて必要なる制度を建てしめ給う。その後次第に執事の職掌等が一定するに至ったけれども始めよりかかるものであったと考うる必要はない。
要義3 [按手に就いて]イエスはしばしば手を按きて病者を医し給うた。又使徒たちは聖霊の降下を手を按きて祈った。何れも祈によって神より力を得、その力が祈る者の手を通して手を()かれし人に及ぶ事を示す型である。しかしながらこれは一の形式に過ぎないのであって、聖霊や神の力がこの手を通してのみ伝わるものと考うべきではない。従ってこの種の儀式や形式は聖霊を受け、聖職に任ぜらる等の必要条件ではない。唯それらの事実を最も適当に表顕する一の形式に過ぎない。

6章7節 (かく)(かみ)(ことば)ますます(ひろま)り、弟子(でし)(かず)エルサレムにて(はなは)(おほ)くなり、祭司(さいし)(うち)にも信仰(しんかう)(みち)(したが)へるもの(おほ)かりき。[引照]

口語訳こうして神の言は、ますますひろまり、エルサレムにおける弟子の数が、非常にふえていき、祭司たちも多数、信仰を受けいれるようになった。
塚本訳こうして神の言葉は成長し、エルサレムにおける(主の)弟子の数は猛烈にふえていった。また(ユダヤ教の)祭司までが大勢、従順に信仰を受けいれた。
前田訳こうして神のことばは成長し、弟子の数はエルサレムで非常にふえ、祭司もおおぜい信仰に入った。
新共同こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。
NIVSo the word of God spread. The number of disciples in Jerusalem increased rapidly, and a large number of priests became obedient to the faith.
註解: 後半直訳「非常に多数の祭司も信仰に聴従せり」。七人の執事の選任によりて教会の内訌も鎮定した。而して祭司階級の中に於ける無信仰や種々の軋轢や、党派心やを目撃して一方使徒たち、信徒たちの信仰的生活を見る時、彼らの中の多くの者はイエスを信ずるに至ったのは当然である。

2-5 ステパノの殉教 6:8 - 7:60
2-5-1 ステパノの活動とその捕縛 6:8 - 6:15

6章8節 さてステパノは恩惠(めぐみ)能力(ちから)とにて滿()ち、(たみ)(うち)(おほい)なる不思議(ふしぎ)(しるし)とを(おこな)へり。[引照]

口語訳さて、ステパノは恵みと力とに満ちて、民衆の中で、めざましい奇跡としるしとを行っていた。
塚本訳さてステパノは恩恵と力とに満たされて、民衆の間で驚くべき不思議なことや徴を行っていた。
前田訳ステパノは恵みと力に満ち、民衆の間で偉大な不思議と徴を行なっていた。
新共同さて、ステファノは恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で行っていた。
NIVNow Stephen, a man full of God's grace and power, did great wonders and miraculous signs among the people.
註解: ステパノは殉教の(さきがけ)をなした。この事実は初代教会に於ける最大の事件である故、ルカは特に詳細にこの事を録している。
辞解
[恩恵] 神の恩恵、
[能力] 信仰による聖霊の力。之が表れて不思議となり徴となる。

6章9節 (ここ)()(とな)ふるリベルテンの會堂(くわいだう)およびクレネ(びと)、アレキサンデリヤ(びと)、またキリキヤとアジヤとの(ひと)(しょ)會堂(くわいだう)より、人々(ひとびと)()ちてステパノと(ろん)ぜしが、[引照]

口語訳すると、いわゆる「リベルテン」の会堂に属する人々、クレネ人、アレキサンドリヤ人、キリキヤやアジヤからきた人々などが立って、ステパノと議論したが、
塚本訳すると解放奴隷、クレネ人、アレキサンドリヤ人の礼拝堂と言われる礼拝堂の人々や、キリキヤ(州)、(小)アジヤの人々があらわれてステパノと議論をしたが、
前田訳すると、いわゆるリベルテン(解放奴隷)、クレネ人、アレクサンドリア人の会堂の人々やキリキアとアジアの人々が立ってステパノと議論をしたが、
新共同ところが、キレネとアレクサンドリアの出身者で、いわゆる「解放された奴隷の会堂」に属する人々、またキリキア州とアジア州出身の人々などのある者たちが立ち上がり、ステファノと議論した。
NIVOpposition arose, however, from members of the Synagogue of the Freedmen (as it was called)--Jews of Cyrene and Alexandria as well as the provinces of Cilicia and Asia. These men began to argue with Stephen,
註解: 何故にパレスチナ以外のユダヤ人がステパノの敵となったかは明かではない、多分彼らが最も多くステパノに接する機会が有ったのであろう。
辞解
[リベルテン] につきては種々の解があるけれども最も正しき解釈と信ぜられるものはユダヤの兵卒にしてローマに捕虜となりたるものにしてその後釈放せられし者を指すとする説である、リベルテンは、ラテン語の自由人を意味す。
[クレネ] リビヤの北部の主都。
[アレキサンデリヤ] 住民の五分の二はユダヤ人でユダヤ思想が普及していた、勿論彼らはギリシヤ語を用いた。フイローンは有名なる哲学者であり七十人訳はこの市で出来た。
[キリキヤ] パウロの故郷、パウロは多分この会堂に属していたのであろう。この会堂は(1)これ等の五種の地方の人々に分れたる五つの会堂なりとする説(M0その他)と(2)初の三つが一つの会堂、後の二つが一つの会堂で結局二つの会堂であったと見る説(ヴイーナー)と(3)全部を一つの会堂に属せるものと見る説(B1、C1)とがある。文法上も実際上も(2)が最も事実らしく思わる。

6章10節 その(かた)るところの智慧(ちゑ)御靈(みたま)とに(てき)すること(あた)はず。[引照]

口語訳彼は知恵と御霊とで語っていたので、それに対抗できなかった。
塚本訳知恵と御霊とによって語るステパノに太刀打ち出来なかった。
前田訳彼が知恵と霊によって語るのに対抗できなかった。
新共同しかし、彼が知恵と“霊”とによって語るので、歯が立たなかった。
NIVbut they could not stand up against his wisdom or the Spirit by whom he spoke.
註解: ステパノの有する処は「神の智慧」(Tコリ2:7)であった、又彼は御霊に満されていた、何人も彼に敵する事が出来ないのは当然である。

6章11節 (すなは)(ある)(もの)どもを(そその)かして『(われ)らはステパノが、モーセと(かみ)とを(けが)(ことば)をいふを()けり』と()はしめ、[引照]

口語訳そこで、彼らは人々をそそのかして、「わたしたちは、彼がモーセと神とを汚す言葉を吐くのを聞いた」と言わせた。
塚本訳そこで彼らは人々をそそのかして、「わたし達はステパノが、モーセと神とに冒涜の言葉を語るのを聞いた」と言わせた。
前田訳そこで彼らは人々をそそのかして、「われらはステパノが、モーセと神とにけがしごとをいうのを聞いた」といわせた。
新共同そこで、彼らは人々を唆して、「わたしたちは、あの男がモーセと神を冒涜する言葉を吐くのを聞いた」と言わせた。
NIVThen they secretly persuaded some men to say, "We have heard Stephen speak words of blasphemy against Moses and against God."
註解: 議論に負かされし私憤を漏すにかかる卑劣なる手段を取る事は往々にして行われる事であり、宗教界に於てこの弊は殊に甚しい。イエスをキリストと信ずる事により神に対する態度もモーセに対する心持も一変する、この事が保守的ユダヤ人には冒涜の如くに思われたのであった。之を利用する事はステパノを陥れる有力なる手段であった。

6章12節 (たみ)および長老(ちゃうらう)學者(がくしゃ)らを煽動(せんどう)し、(にはか)(きた)りてステパノを(とら)へ、議會(ぎくわい)()きゆき、[引照]

口語訳その上、民衆や長老たちや律法学者たちを煽動し、彼を襲って捕えさせ、議会にひっぱってこさせた。
塚本訳また民衆や、(最高法院の役人すなわち大祭司連、)長老、聖書学者たちを煽動して、彼を襲ってとらえ、最高法院に引いてゆかせた。
前田訳また、民衆や長老や学者らを扇動し、彼を襲って捕え、法院に連れて行った。
新共同また、民衆、長老たち、律法学者たちを扇動して、ステファノを襲って捕らえ、最高法院に引いて行った。
NIVSo they stirred up the people and the elders and the teachers of the law. They seized Stephen and brought him before the Sanhedrin.
註解: 民意に反して事を成す事は出来ず、長老学者の意見に反したる訴は無力である故、これ等のものを巧に煽動した。真理は一人で立つ、虚偽は同類を糾合する

6章13節 僞證者(ぎしょうしゃ)()てて()はしむ『この(ひと)はこの(せい)なる(ところ)律法(おきて)とに(さから)(ことば)(かた)りて()まず、[引照]

口語訳それから、偽りの証人たちを立てて言わせた、「この人は、この聖所と律法とに逆らう言葉を吐いて、どうしても、やめようとはしません。
塚本訳そして偽りの証人を立ててこう言わせた、「この人はこの神聖な場所[宮]と律法とをけがす言葉を語って、どうしてもやめない。
前田訳そして偽りの証人を立てていわせた、「この人はこの聖なる所と律法とをけがすことばを語ってやめません。
新共同そして、偽証人を立てて、次のように訴えさせた。「この男は、この聖なる場所と律法をけなして、一向にやめようとしません。
NIVThey produced false witnesses, who testified, "This fellow never stops speaking against this holy place and against the law.

6章14節 (すなは)ち、かのナザレのイエスは()(ところ)(こぼ)ち、かつモーセの(つた)へし(れい)()ふべしと、(かれ)()へるを()けり』と。[引照]

口語訳『あのナザレ人イエスは、この聖所を打ちこわし、モーセがわたしたちに伝えた慣例を変えてしまうだろう』などと、彼が言うのを、わたしたちは聞きました」。
塚本訳『あのナザレ人イエスはこの場所をこわし、モーセがわたし達に言い伝えた慣例を変えるだろう』と彼が言うのを、わたし達は(この耳で)聞いたのだから。」
前田訳『あのナザレ人イエスはこの所をこわし、モーセがわれらに伝えた慣わしを変えよう』、と彼がいうのをわれらは聞いたのです」と。
新共同わたしたちは、彼がこう言っているのを聞いています。『あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変えるだろう。』」
NIVFor we have heard him say that this Jesus of Nazareth will destroy this place and change the customs Moses handed down to us."
註解: 聖なる宮はイエスに於て完成せられ(ヘブ10:20)律法は廃れて福音が之に代り、イエスは死して三日目に復活すべき事を教えんとしてこの宮を(こぼ)てと言い給うた(ヨハ2:19マタ26:61マタ27:40マコ14:58マコ15:29)、又イエスは律法の完成者としてモーセの律法を変更したもうた(マタ5:17以下)。ステパノはこれらの事柄につきて語ったのを彼らは悪意を以て之を利用したのである。イエスに対する態度と同様であった。他人の説を非難せんとする場合その言の一部のみを引用して巧に利用する事によりて、思いもよらない結論を造り出す事が出来る。偽証者の列挙する諸点もステパノが全然言わなかったのではない。唯それらを別の意味を以て語ったのであった。
辞解
[例] ethos 習慣の意、慣例と訳して適当ならん。

6章15節 (ここ)議會(ぎくわい)()したる(もの)みな()(そそ)ぎてステパノを()しに、その(かほ)御使(みつかひ)(かほ)(ごと)くなりき。[引照]

口語訳議会で席についていた人たちは皆、ステパノに目を注いだが、彼の顔は、ちょうど天使の顔のように見えた。
塚本訳法院に坐っていた者が皆ステパノに目をとめた。彼の顔がちょうど天使の顔のように(輝いて)見えた。
前田訳法院にすわっていたものは皆ステパノに目を注ぐと、彼の顔は天使のように見えた。
新共同最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。
NIVAll who were sitting in the Sanhedrin looked intently at Stephen, and they saw that his face was like the face of an angel.
註解: 神の霊が人に宿りその人を支配する時その顔は人間の顔ではなく御使の如くに輝く、基督者の顔にはかかる耀きが有る筈である。
要義1 [偽証を立つる事]福音の真理を曲げて之を邪説の如くに見ゆる様にせんとする事は至って容易なる業である。それは基督者の言行の一部を捕えてその真意を曲解する事によりて行われる。悪意を以て基督教に対する時、基督者を国賊の如くにする事も容易である。恰もステパノを陥れんとせる者共が、彼に関して多くの偽証を挙げる事が出来たのと同様である。夫故に我らはかかる者を恐れてはならない。唯神の前に正しからん事をのみ期すべきである。
要義2 [基督者の容貌]基督者の顔や全身より発散するその耀きはその信仰の表顕である。もしその処に偽善者らしきもの、弱々しきもの、卑劣なるもの等が感ぜられるならば、それはその信仰の虚偽なるか又は不純なるかを示す。真の信仰は人をして天使の如きものたらしめる。