ルカ伝第22章
分類
10 イエスの受難 22:1 - 23:56
10-1 死の準備 22:1 - 22:23
10-1-イ ユダの裏切り 22:1 - 22:6
(マタ26:1-5、14-16) (マコ14:1-2、10-11)
口語訳 | さて、過越といわれている除酵祭が近づいた。 |
塚本訳 | 種無しパンの祭、すなわち、いわゆる過越の祭が近づいた。 |
前田訳 | 過越といわれる種なしパンの祭りが近づいた。 |
新共同 | さて、過越祭と言われている除酵祭が近づいていた。 |
NIV | Now the Feast of Unleavened Bread, called the Passover, was approaching, |
註解: 過越と除酵祭とはユダヤ人の最大の祭典であり、エジプト脱出を記念する式典であった。この二者を合わせて過越と呼ばれていた。ルカはこの二者を一つとして取扱っている(7節)。
22章2節
口語訳 | 祭司長たちや律法学者たちは、どうかしてイエスを殺そうと計っていた。民衆を恐れていたからである。 |
塚本訳 | 大祭司連と聖書学者たちは、イエスを(そっと)無き者にする方法を考えていた。人民(が暴動を起すの)を恐れたのである。 |
前田訳 | 大祭司と学者らは彼を殺す方法を探していた。民をおそれていたからである。 |
新共同 | 祭司長たちや律法学者たちは、イエスを殺すにはどうしたらよいかと考えていた。彼らは民衆を恐れていたのである。 |
NIV | and the chief priests and the teachers of the law were looking for some way to get rid of Jesus, for they were afraid of the people. |
註解: 祭司長・学者らはイエスを殺すことを熱望していたけれども、民の間にあるイエスの声望のために躊躇していた。▲口語訳によると「手段を選ばず何とかして殺そうと計っていた」こととなって正確ではない。原文は「如何なる手段で殺そうか」とその手段を「探究して」いたこととなる。
註解: マタイ伝、マルコ伝はこの間にベタニヤのマリヤの塗油の記事を掲げている。ルカは類似の記事をすでに掲げているので(ルカ7:36−50)あるいは重複を好まなかったためであろう。この記事を省略している。
22章3節
口語訳 | そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれていたユダに、サタンがはいった。 |
塚本訳 | すると(その時)悪魔が、十二人の(弟子の)数に入っていたイスカリオテと呼ばれるユダに入った。 |
前田訳 | 悪魔(サタン)が、十二人のひとりに数えられていてイスカリオテと呼ばれるユダに入った。 |
新共同 | しかし、十二人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った。 |
NIV | Then Satan entered Judas, called Iscariot, one of the Twelve. |
註解: ヨハ13:12よりも一層激しい言をもってユダの反逆をサタンの業として録している。
辞解
[十二の一人] 「十二の数からの」ユダがイエスを師と仰いだ動機は、始めより彼を裏切らんがためでは勿論無かった。イエスもまた彼を十二使徒の一人に撰んだのは、彼をして己を裏切らしめんためでもなかった。ユダはイエスをメシヤと信じ、イエスによってイスラエルを政治的に救わんと欲したのであった。然るにイエスには政治的野心は無く現世的成功が覚束 なかったことを見てイエスに対する不信の心が萠 し、そこにサタンが付け入ったのであった。
22章4節 ユダ
口語訳 | すなわち、彼は祭司長たちや宮守がしらたちのところへ行って、どうしてイエスを彼らに渡そうかと、その方法について協議した。 |
塚本訳 | 彼は出かけていって、大祭司連、宮の守衛長たちとイエスを売る方法について話し合った。 |
前田訳 | 彼は行って大祭司や守衛らとイエスを引き渡す方法について話しあった。 |
新共同 | ユダは祭司長たちや神殿守衛長たちのもとに行き、どのようにしてイエスを引き渡そうかと相談をもちかけた。 |
NIV | And Judas went to the chief priests and the officers of the temple guard and discussed with them how he might betray Jesus. |
口語訳 | 彼らは喜んで、ユダに金を与える取決めをした。 |
塚本訳 | 彼らは喜んで、金をやることに話をきめた。 |
前田訳 | 彼らはよろこんで、金を渡すことに決めた。 |
新共同 | 彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。 |
NIV | They were delighted and agreed to give him money. |
22章6節 ユダ
口語訳 | ユダはそれを承諾した。そして、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、機会をねらっていた。 |
塚本訳 | ユダは承諾し、群衆の目をぬすんで彼らにイエスを引き渡すよい機会をねらっていた。 |
前田訳 | ユダは承諾した。そして群衆のいないときにイエスを引き渡す好機をねらっていた。 |
新共同 | ユダは承諾して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。 |
NIV | He consented, and watched for an opportunity to hand Jesus over to them when no crowd was present. |
註解: ユダは師を裏切って祭司長宮守頭に売り渡し、群衆の反対を受ける心配がない機を窺って彼を付すことを約束した。
辞解
[宮守頭 ] 宮の守衛の職を掌 る者らの頭領。
要義 [イエスはユダの反逆を予知し給わざりしや]十二使徒選任の当時はイエスはユダの反逆を予知しなかったものと見るべきである。ユダはイエスを非常に尊敬しイエスに期待した。唯彼の期待がこの世的であったためにサタンの乗ずる処となったのであり、神はこのユダの反逆を利用してイエスをしてその十字架の贖罪を成就せしめ給うたのであったと見るべきである。
22章7節
口語訳 | さて、過越の小羊をほふるべき除酵祭の日がきたので、 |
塚本訳 | 過越の小羊を屠るべき種無しパンの祭の日が来た。 |
前田訳 | 過越の小羊をほふるべき種なしパンの祭りの日が来た。 |
新共同 | 過越の小羊を屠るべき除酵祭の日が来た。 |
NIV | Then came the day of Unleavened Bread on which the Passover lamb had to be sacrificed. |
註解: ニサンの月の十四日の午後に当る。その夕より過越の食が行われる。
22章8節 イエス、ペテロとヨハネとを
口語訳 | イエスはペテロとヨハネとを使いに出して言われた、「行って、過越の食事ができるように準備をしなさい」。 |
塚本訳 | イエスはこう言ってペテロとヨハネとを使いにやられた、「わたし達の過越の食事の支度をして来なさい。」 |
前田訳 | イエスはペテロとヨハネをつかわしていわれた、「われらの過越の食事を用意して来なさい」と。 |
新共同 | イエスはペトロとヨハネとを使いに出そうとして、「行って過越の食事ができるように準備しなさい」と言われた。 |
NIV | Jesus sent Peter and John, saying, "Go and make preparations for us to eat the Passover." |
22章9節
口語訳 | 彼らは言った、「どこに準備をしたらよいのですか」。 |
塚本訳 | 二人が言った、「どこで支度をしましょうか。」 |
前田訳 | ふたりはいった、「どこで用意しましょうか」と。 |
新共同 | 二人が、「どこに用意いたしましょうか」と言うと、 |
NIV | "Where do you want us to prepare for it?" they asked. |
註解: マタイ伝、マルコ伝には弟子たちが始めにイエスに問いを発したように録されている。15節にはイエスが主動的立場を取り給うたように録されている。従ってマタイ、およびマルコはこれを簡単にしたこととなる。なおマルコ伝には単に二人の弟子とあって名称は省略されている。
22章10節 イエス
口語訳 | イエスは言われた、「市内にはいったら、水がめを持っている男に出会うであろう。その人がはいる家までついて行って、 |
塚本訳 | 彼らに言われた、「都に入ると、水瓶をかついだ男に出合うから、そのあとについて行って、その人が入ってゆく家にはいって、 |
前田訳 | 彼はいわれた、「都に入ると、水瓶を運ぶ人に出会うから、あとについて行って、その人の入る家に入って、 |
新共同 | イエスは言われた。「都に入ると、水がめを運んでいる男に出会う。その人が入る家までついて行き、 |
NIV | He replied, "As you enter the city, a man carrying a jar of water will meet you. Follow him to the house that he enters, |
22章11節
口語訳 | その家の主人に言いなさい、『弟子たちと一緒に過越の食事をする座敷はどこか、と先生が言っておられます』。 |
塚本訳 | その家の主人に、『わたしが弟子たちと一しょに過越の食事をする部屋はどこか、と先生があなたに言われる』と言いなさい。 |
前田訳 | 家の主人にいいなさい、『弟子たちと過越の食事を共にする部屋はどこか、と先生があなたにいわれる』と。 |
新共同 | 家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をする部屋はどこか」とあなたに言っています。』 |
NIV | and say to the owner of the house, `The Teacher asks: Where is the guest room, where I may eat the Passover with my disciples?' |
22章12節 さらば
口語訳 | すると、その主人は席の整えられた二階の広間を見せてくれるから、そこに用意をしなさい」。 |
塚本訳 | するとその人は敷物のしいてある、大きな二階座敷に案内してくれるから、そこで(食事の)支度をしなさい。」 |
前田訳 | するとその人は敷物のある大きな二階の座敷を見せてくれよう。そこで用意しなさい」と。 |
新共同 | すると、席の整った二階の広間を見せてくれるから、そこに準備をしておきなさい。」 |
NIV | He will show you a large upper room, all furnished. Make preparations there." |
22章13節 かれら
口語訳 | 弟子たちは出て行ってみると、イエスが言われたとおりであったので、過越の食事の用意をした。 |
塚本訳 | 二人は行って見ると、はたしてイエスの言葉どおりだったので、(そこで)過越の食事の支度をした。 |
前田訳 | 彼らが行ってみると、いわれたとおりであったので、過越の用意をした。 |
新共同 | 二人が行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。 |
NIV | They left and found things just as Jesus had told them. So they prepared the Passover. |
註解: 10−13節は大体マコ14:13−16と同一である。「水を入れたる瓶を持つ人」に逢うであろうということをイエスは如何にして知ったか、またその人がちょうどその求める家の家族または僕であることを如何にして知ったか等は不明である。しかし家の主人に「師」というだけで了解された点またその二階座敷の内部までも熟知していた点などより考えて、イエスと親密な関係にあった人と見るべきであろう。これがイエスの弟子の一人かまたはマルコの父の家であるまいかとの想像が行われているのもこのためである。これをイエスの千里眼的透視力によったものと解する必要はない。ただしルカ19:29−34の場合と同じく、イエスの偉大なる直観力が、水瓶を持った人のことを適確に言い当てたものと見ることができる。それ故この二つの記事は全部奇蹟的記事と見る必要はないが、また全部平凡な事実と見ることもできない。
22章14節
口語訳 | 時間になったので、イエスは食卓につかれ、使徒たちも共に席についた。 |
塚本訳 | (日が暮れて食事の)時間になると、イエスは席につかれた。使徒たちも一しょであった。 |
前田訳 | 時が来ると、彼は食卓につかれた。使徒たちもいっしょであった。 |
新共同 | 時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。 |
NIV | When the hour came, Jesus and his apostles reclined at the table. |
22章15節 かくて
口語訳 | イエスは彼らに言われた、「わたしは苦しみを受ける前に、あなたがたとこの過越の食事をしようと、切に望んでいた。 |
塚本訳 | 彼らに言われた、「わたしは苦しみをうける前に、あなた達と一しょにこの過越の食事がしたくて、たまらなかった。 |
前田訳 | 彼らにいわれた、「わたしは、苦難を受ける前にあなた方とこの過越の食事を共にすることを切に望んでいた。 |
新共同 | イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。 |
NIV | And he said to them, "I have eagerly desired to eat this Passover with you before I suffer. |
22章16節 われ
口語訳 | あなたがたに言って置くが、神の国で過越が成就する時までは、わたしは二度と、この過越の食事をすることはない」。 |
塚本訳 | わたしは言う、神の国でほんとうの過越の食事──(罪のあがないの記念の食事)──をする時まで、わたしはもう決して、この(エジプトからあがなわれた記念の)食事をしないのだから。」 |
前田訳 | わたしはいう、神の国で過越が成就するときまで、わたしは決してこの食事をしない」と。 |
新共同 | 言っておくが、神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決してこの過越の食事をとることはない。」 |
NIV | For I tell you, I will not eat it again until it finds fulfillment in the kingdom of God." |
註解: (14−16節はルカ伝特有である。13節までマルコ伝と歩調を合わせて来たルカがここでマルコ伝を離れたこと、殊に17−20節の問題に関する重要な変更は、ルカが独特の資料により確信をもって事実有りのままを録したものと考えられる。)イエスは彼の上に苦難が臨むことが極めて切迫していることを感じたので、過越の祭まで果して生きられるかを疑い、最後の過越を弟子たちと共に食することを切に望み給うた。それが実現したことがイエスにとって大きいよろこびであった。そして彼は弟子たちに向い、「神の国において過越が成就するまで」すなわちイスラエルが過越の羔羊によってエジプトから救い出されたように、イエスの死によって神の国に救われた者が神の国において天国の饗宴に加わりイエスと共に食事する時が来るまで、イエスはもはや彼らと過越の食を共にすることは決して無いであろうこと、すなわち間もなく死んでこの世を去り給うことを彼らに告げ給うた。
22章17節 かくて
口語訳 | そして杯を取り、感謝して言われた、「これを取って、互に分けて飲め。 |
塚本訳 | そして(いつものように)杯を受け取り、(神に)感謝したのち、(弟子たちに)言われた、「これを取って、みなで回して飲みなさい。 |
前田訳 | そして杯を受けて感謝してからいわれた、「これを受けて互いに分けなさい。 |
新共同 | そして、イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱えてから言われた。「これを取り、互いに回して飲みなさい。 |
NIV | After taking the cup, he gave thanks and said, "Take this and divide it among you. |
22章18節 われ
口語訳 | あなたがたに言っておくが、今からのち神の国が来るまでは、わたしはぶどうの実から造ったものを、いっさい飲まない」。 |
塚本訳 | わたしは言う、今からのち神の国が来るまで、わたしは決して葡萄の木から出来たものを飲まないのだから。」 |
前田訳 | わたしはいう、今からのち、神の国が来るまで、わたしは決してぶどうから作ったものを飲むまい」と。 |
新共同 | 言っておくが、神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」 |
NIV | For I tell you I will not drink again of the fruit of the vine until the kingdom of God comes." |
註解: ルカは他の福音書と異なりイエスの受難が切迫している場合のイエスの訣別の感情を中心に記事を進めているものと見るべきであろう。マタイ伝、マルコ伝ではイエスがこの際聖餐式を制定し給うたもののごとくに記しているのと非常に異なっている。なお附記参照。すなわちイエスは酒杯を受けてこれを弟子たちに分ち与え、神の国において弟子たちと共に新たに酒杯を取る時までは、葡萄酒を飲むことは又とは無い。すなわち、これが飲み納めであるとの意。イエスはその切迫せる死について明白に意識し給うた。なおこの際イエスは過越の食の慣例に反して葡萄酒を自らは飲み給わなかったと解することは(酒杯を「受け」とあり、「取り」となっていないのがその理由とされている。Z0、M0)必ずしも必要ではない。パンについても同様のことが言える。ルカが聖餐式との関連を眼中に置かなかったことは、パンよりも前に葡萄酒を置いていること、および後に記すように19b−20節が本来ルカ伝に欠けているとすれば葡萄酒がイエスの血を表徴すとの記事が全く欠けていることによってこれを認めることができる。ルカの記事はイエスの死が接近しているという緊迫感に充たされている。
22章19節 またパンを
口語訳 | またパンを取り、感謝してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「これは、あなたがたのために与えるわたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。 |
塚本訳 | またパンを(手に)取り、感謝して裂き、彼らに渡して言われた、「これはわたしの体である。[以下及び20無し |
前田訳 | また、パンを受け、感謝して裂き、彼らに渡していわれた、「これはあなた方のために与えられるわが体である。これをわが記念に行ないなさい」と。 |
新共同 | それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」 |
NIV | And he took bread, gave thanks and broke it, and gave it to them, saying, "This is my body given for you; do this in remembrance of me." |
22章20節
口語訳 | 食事ののち、杯も同じ様にして言われた、「この杯は、あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である。 |
塚本訳 | |
前田訳 | 同じように食後杯をとっていわれる、「これはあなた方のために流されるわが血による新しい契約である。 |
新共同 | 食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。 |
NIV | In the same way, after the supper he took the cup, saying, "This cup is the new covenant in my blood, which is poured out for you. |
註解: 19節の中「イエス言い給ふ『これ我が體なり』」までがイエスの言として録され、それ以下(邦訳「汝らの為に與ふる」もこの中に含まる)および20節が全く欠けている写本がある。おそらくこれが正しい原本であろう(S1、M0、W2、Z0)。19節bおよび20節はTコリ11:23−25による後代の挿入であろう。1946年発行の米国の公認新訳版はこの19b−20節を欄外に移している。従って福音書中にはイエスが聖餐式を制定し給うたことはないこととなった。附記参照。
22章21節 されど
口語訳 | しかし、そこに、わたしを裏切る者が、わたしと一緒に食卓に手を置いている。 |
塚本訳 | しかし驚いてはいけない、わたしを(敵に)売る者が、わたしと一しょに手を食事の上において食事をしている! |
前田訳 | しかし、見よ、わたしを引き渡すものがわたしといっしょに食卓に手を置いている。 |
新共同 | しかし、見よ、わたしを裏切る者が、わたしと一緒に手を食卓に置いている。 |
NIV | But the hand of him who is going to betray me is with mine on the table. |
22章22節
口語訳 | 人の子は定められたとおりに、去って行く。しかし人の子を裏切るその人は、わざわいである」。 |
塚本訳 | 人の子(わたしはかねて神に)定められているとおりに死んでゆくのだから。しかし(人の子を)売るその人は、ああかわいそうだ!」 |
前田訳 | 人の子は定められたとおり去って行く。しかし人の子を引き渡すその人はわざわいである」と。 |
新共同 | 人の子は、定められたとおり去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。」 |
NIV | The Son of Man will go as it has been decreed, but woe to that man who betrays him." |
註解: イエスは神の聖旨により、その死が定められていると思いつつも、その愛する弟子の一人が彼を売るに至ったことを識 り、これを考えて耐え得ない苦痛を感じ給うた。ルカの霊筆はよくこの切実な感情を描写している。
22章23節
口語訳 | 弟子たちは、自分たちのうちのだれが、そんな事をしようとしているのだろうと、互に論じはじめた。 |
塚本訳 | (これを聞くと)弟子たちは、自分たちのうちでいったいだれがそんな(だいそれた)ことをしようとしているのかと、みなで言い合いを始めた。 |
前田訳 | 弟子たちは、自分たちのうちのだれがいったいそんなことをしようかと、互いにいいあいはじめた。 |
新共同 | そこで使徒たちは、自分たちのうち、いったいだれが、そんなことをしようとしているのかと互いに議論をし始めた。 |
NIV | They began to question among themselves which of them it might be who would do this. |
註解: 弟子たちは未だ充分にイエスの死が近付いていることを解していなかった。いわんや彼らの中から裏切者が現れるであろうことを夢にも考えなかった。彼らが驚いた表情が本節に巧みに記されている。
附記 [17−20節について]この部分は多くの写本の間に混乱があり、(1)17、18節を19節の後に置くもの、(2)17、18節を全く除いてあるもの、(3)19、20a「夕餐の後」、17、20b「この酒杯は・・・・」18の順序によるもの、(4)19b「汝らの為に与ふる所のものなり、我が記念として・・・・」および20を全く欠いているもの、および(5)現行訳のごときものである。この混乱の原因はマタイおよびマルコと異なり酒杯が前後二回用いられており、しかもパンよりも先に置かれており、かつ第一の酒杯には「我が血」としての解釈が加えられていないからであろう。これらの混乱の中おそらく(4)が原形であったのを、他の福音書のごとく聖餐式的形体を添えるためにTコリ11:23−25より借用してここに挿入したのが現行訳の原本(5)であり、その場合生じた酒杯の重複を防ぐために、変更を加えたのが(1)(2)(3)であろうとする学説が最も真に近い(Z0、M0、W2)。もしこの推測が正しいとすればルカはこの場合イエスの死の切迫感を中心に、彼自身の攻究した資料によって記載したのであって、極めて意義深き記録であると言わなければならない。事実イエスがその切迫せる死を前にして、聖餐式と称えられるごとき儀式を制定したというようなことは、甚だ真実に遠い考え方である。勿論弟子たちの間に聖餐式が儀式として確立された原因は、この最後の晩餐が弟子たちの心に与えた印象によることは疑いないことであるが、イエスがそれを制定したと考えることは、少なくとも福音書の記事からはこれを断定する材料はない。殊に注意を要することは一九四六年に発行された米国の Revised Standard Version(最新公定改訳)はこの(4)と同じく19節bと20節とを本文より除いて欄外に移していることである。
註解: 24−30節はマタ20:20−28。マコ10:35−45にゼベダイの子らと母とがイエスに来り、その子らが天国において高き地位を与えられんことを要求したことの記事に関連してイエスが教訓を垂れ給うた言葉に相当しているのであるが本書の場合は、イエスの死後弟子たちが奉仕の生活を送ることを望み給えるイエスの遺言として録されている。かつユダがイエスを付したのも、その虚栄心や支配慾の結果であることを彼らに知らせんとし給うたこともこれに加わっていたことであろう。ヨハ13:4−10の洗足の記事を背景としたものと解する学者が多いけれども、適当ではない(M0)。
22章24節 また
口語訳 | それから、自分たちの中でだれがいちばん偉いだろうかと言って、争論が彼らの間に、起った。 |
塚本訳 | また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。 |
前田訳 | 弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番偉く思われるかについて論争があった。 |
新共同 | また、使徒たちの間に、自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか、という議論も起こった。 |
NIV | Also a dispute arose among them as to which of them was considered to be greatest. |
口語訳 | そこでイエスが言われた、「異邦の王たちはその民の上に君臨し、また、権力をふるっている者たちは恩人と呼ばれる。 |
塚本訳 | するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。 |
前田訳 | イエスはいわれた、「異邦人の王たちはその民を支配し、その権力者は恩人と呼ばれる。 |
新共同 | そこで、イエスは言われた。「異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。 |
NIV | Jesus said to them, "The kings of the Gentiles lord it over them; and those who exercise authority over them call themselves Benefactors. |
註解: かかる議論がこの際に起ったと考えることは、必ずしも適当ではないが、イエスを売る者は誰であるかに関する議論から派生したものと考えられないことはない。
辞解
[誰か大ならん] 「誰がヨリ大であると認められるか」。
『
註解: 異邦の社会の風習として王は民の主となり、また民の上に権を取る者は恩人(功労者)と呼ばれる。すなわち支配者、権力者は尊ばれ民はこれに隷属するのが当然と考えられている。
辞解
[恩人] euergetês 「善行者」「功労者」等を意味し、「閣下」というごとき称呼として用いられている。
[宰 どり] kyrieuô は「主人となる」ことで従って民は奴隷となること。
[支配する] exousiazô は権威を有すること。
22章26節 されど
口語訳 | しかし、あなたがたは、そうであってはならない。かえって、あなたがたの中でいちばん偉い人はいちばん若い者のように、指導する人は仕える者のようになるべきである。 |
塚本訳 | しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。 |
前田訳 | しかしあなた方はそれではいけない。あなた方の一番偉いものは一番若いように、支配者は給仕人のようであれ。 |
新共同 | しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。 |
NIV | But you are not to be like that. Instead, the greatest among you should be like the youngest, and the one who rules like the one who serves. |
註解: 一般異邦人の社会では、若き者は事 うる者すなわち僕婢であり老いたる者優れたる者、指導者は事 えられる者であるが、キリスト者の間ではその正反対であるべきで、能力や経験が多ければ多いほど、これをもって多くの人に奉仕すべき義務を負うこととなる。官吏は神を知らざる社会では、公民の主人であるが、キリスト教的社会では公僕と考えられるのはそのためである。
辞解
[頭たる者] hêgoumenos 指導する者。
22章27節
口語訳 | 食卓につく人と給仕する者と、どちらが偉いのか。食卓につく人の方ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、給仕をする者のようにしている。 |
塚本訳 | 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。 |
前田訳 | 食卓につくものと給仕人とどちらが偉いか。食卓につくものではないか。わたしはあなた方の間では給仕人のようにしている。 |
新共同 | 食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。 |
NIV | For who is greater, the one who is at the table or the one who serves? Is it not the one who is at the table? But I am among you as one who serves. |
註解: 「食事の席に著 く者」は主人または賓客 であり、「事 ふる者」は「給仕する者」(僕婢)である。主人や賓客 は大なるものとして尊敬せられ、給仕する者は婢僕として卑しめられる。然るにイエスは弟子たちに対して僕の態度を取り給うた。これは必ずしも洗足のことを指すと見るべきではなく、イエスの生涯全体が弟子たちのために存在し、彼らのために生きまた死に給うたという事実が、彼の「事 ふる者」であることの証拠であると見ることができる。
22章28節
口語訳 | あなたがたは、わたしの試錬のあいだ、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。 |
塚本訳 | しかしあなた達はわたしのかずかずの試みの時に、一しょに持ちこたえてくれた人たちだ。 |
前田訳 | あなた方はわたしの試練の時々にいっしょに耐え抜いてくれた人たちである、 |
新共同 | あなたがたは、わたしが種々の試練に遭ったとき、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた。 |
NIV | You are those who have stood by me in my trials. |
22章29節 わが
口語訳 | それで、わたしの父が国の支配をわたしにゆだねてくださったように、わたしもそれをあなたがたにゆだね、 |
塚本訳 | だから父上がわたしに御国を委ねてくださったように、わたしもあなた達にわたしの国を委ね、 |
前田訳 | 父上がわたしにみ国をゆだねられたように、わたしもあなた方にそれをゆだね、 |
新共同 | だから、わたしの父がわたしに支配権をゆだねてくださったように、わたしもあなたがたにそれをゆだねる。 |
NIV | And I confer on you a kingdom, just as my Father conferred one on me, |
22章30節 これ
口語訳 | わたしの国で食卓について飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族をさばかせるであろう。 |
塚本訳 | (そこで)わたしの食卓で飲み食いさせ、また王座につかせて、イスラエルの(民の)十二族を支配させるであろう。」 |
前田訳 | み国のわが食卓で飲み食いさせ、王座につかせてイスラエルの十二の族(やから)を裁かせよう」と。 |
新共同 | あなたがたは、わたしの国でわたしの食事の席に着いて飲み食いを共にし、王座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。」 |
NIV | so that you may eat and drink at my table in my kingdom and sit on thrones, judging the twelve tribes of Israel. |
註解: 28、29節はルカ特有である。イエスの嘗試 とは、イエスの全生涯を通じてのサタンとの戦闘を指す。弟子たちは絶えずイエスと共に留まっていた。これがイエスの最も喜び給う処であること、あたかもイエスが常に神と共に在すことによって神の喜び給う処であるのと同一である。而して神がその御国をイエスにまかせ給うたと同様にイエスはその忠信なる弟子たちに国を委任し給うた。その結果彼らは神の国においてイエスと共に飲食することの幸福に与ることができ、また十二の座位に坐してイスラエルの十二の族を審 くこと、すなわち神の民の上に支配権を持つことができた。すなわち弟子たちは自ら大ならんとして大なり得ず、かえって自ら事 うる者となり、イエスの苦難と嘗試 とに与ることによって偉大なる者となることができた。
辞解
[絶えず我とともに居りし] diamenô の完了形、共に居ることを頑張り通したこと。
[任ず] diatithêmi はまかせられること。
22章31節 シモン、シモン、
口語訳 | シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。 |
塚本訳 | (そしてペテロに向かって言われた、)「シモン、シモン、見なさい、悪魔はあなた達を麦のように篩にかけることを(神に)願って聞き届けられた。 |
前田訳 | 「シモン、シモン、見よ、悪魔はあなた方を麦のように篩(ふるい)にかけることを願って、ゆるされた。 |
新共同 | 「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。 |
NIV | "Simon, Simon, Satan has asked to sift you as wheat. |
註解: 31−34節は十二使徒の主席にペテロを任命し給えること、そして同時にペテロの人間としての弱さを明かにした意味において重大なる意義を有する箇所である。イエスの死は弟子たちをサタンの激しい嘗試 に放任することとなる。麦を篩 う時のごとく激しく篩 われるであろう。「請ひ得たり」は、熱心に求めてついにその目的を達したこと、イエスの死はサタンの謀計の成功であった。しかしこれが彼の没落の原因となろうということは、サタンは考えなかった。この場合弟子たちをサタンが懇求獲得したことは弟子たちにとっては非常な危機であったことは勿論である。
辞解
[請ひ得たり] exaiteô は「求めて獲得すること」。
22章32節 されど
口語訳 | しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」。 |
塚本訳 | しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だから一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強めてやってほしい。」 |
前田訳 | しかしわたしはあなたのために、信仰がうせないように祈った。あなたが戻って来たら、兄弟たちを強めなさい」と。 |
新共同 | しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」 |
NIV | But I have prayed for you, Simon, that your faith may not fail. And when you have turned back, strengthen your brothers." |
註解: イエスは特にペテロのために祈り給うた。ペテロが十二使徒の首班としてその上に責任を持っていたことはこれによって知られる。イエスの祈りは必ず聴かれた。
なんぢ
註解: 「立ち帰り」 epistrephô は向きをかえること、回心の意味にも用う。この場合難解であるが、これまで主イエスの方のみに目を向けていたのを、今後弟子たちの方に向きかわって彼らの信仰を堅うせよとの意味であろう。これを単に「汝としては」の意味に解する説(E0)またはこれを他動詞的に見て「汝は兄弟たちを回心せしめてこれを堅うせよ」と訳する説がある(Z0)が、次節との関係から見ても上記のように解すべきであろう。
22章33節 シモン
口語訳 | シモンが言った、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」。 |
塚本訳 | するとペテロは言った、「主よ、ご一しょに、牢に入っても、死んでもよい覚悟ができております。」 |
前田訳 | ペテロはいった、「主よ、お伴をして、いつ牢に入っても、いつ死んでも結構です」と。 |
新共同 | するとシモンは、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言った。 |
NIV | But he replied, "Lord, I am ready to go with you to prison and to death." |
註解: ペテロの決心はあくまでも主イエスと生死を共にすることであった。従って向き帰って弟子たちの監督者となることのごときは思いもよらないというのである。その熱情はまことに愛すべきものであったけれども、肉による熱情は失敗し易いことは後の事実が示す通りである。
22章34節 イエス
口語訳 | するとイエスが言われた、「ペテロよ、あなたに言っておく。きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」。 |
塚本訳 | イエスは言われた、「ペテロ、わたしは言う、きょう(今夜、)三度、あなたがわたしを知らないと言うまで、鶏は鳴かない。」 |
前田訳 | イエスはいわれた、「ペテロ、わたしはいう、今夜三度あなたがわたしを否むまで、にわとりは鳴くまい」と。 |
新共同 | イエスは言われた。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう。」 |
NIV | Jesus answered, "I tell you, Peter, before the rooster crows today, you will deny three times that you know me." |
註解: ペテロの熱情的告白も間もなくその弱さのために破滅に帰することをイエスは知悉 し、これに警戒を与え給うた。マタイ、マルコによればペテロに関するこのイエスの預言は、彼らが過越の食を終えて橄欖 山に向って出て行った時のこととなっている。この二つの記事を強いて調和する必要はない。
要義1 [奉仕の生活]イエスがこの世を去るに当り、その弟子たちに残し給える遺訓の重要なるものは弟子たちが人に事 うる者となるべきことであった。キリスト教の道徳の凡てはこれを隣人愛の一語に要約することができ、そして隣人愛の実行は奉仕となって表われるとすれば、奉仕の生活はキリスト教道徳のアルパでありオメガであることとなる。それ故に弟子たちの態度としても、それが第一に強調さるべきであったこと勿論である。もし弟子たちがイエスの十二弟子に選ばれたことを誇るような心をもっているならば、彼らはユダと同じくたちまちサタンの誘うところとなるであろう。
要義2 [天国における地位の上下]この数節の示すごとく天国においても地位の差別は有るものと考えらるべきであろう。ただしそれはこの地上における地位身分の上下と異なり、地上の生活において他人のために奉仕し、信仰のために苦しみ、キリストと同じ生活を送った者に対して与えられる栄誉であり、そしてその地位はそのまま他の人々に対する審判となるであろう。何となれば正しい生活の明白な報いとして与えられているからである(マタ5:12)。そしてその地位は富や権力を享楽するのではなく、イエスと共に在るの幸福を享楽するごとき地位であろう。
註解: 35−38節はルカに特有の部分で、イエスがその死を前にして、弟子たちを警戒し、今後彼らの境遇が全く一変し以前の伝道のごとき温かき歓迎を期待し得るものではなく、敵意と迫害の中に立たなければならないとの決心を彼らに与えんとし給うたのであった。かく解することによって36節bも理解し易くなるけれどもなお解釈上問題の点が多い個所である。大体ルカ特有の部分には優れたものが多いと同時に難解の部分も多い。
22章35節 かくて
口語訳 | そして彼らに言われた、「わたしが財布も袋もくつも持たせずにあなたがたをつかわしたとき、何かこまったことがあったか」。彼らは、「いいえ、何もありませんでした」と答えた。 |
塚本訳 | それから彼らに言われた、「(前に)財布も旅行袋も靴も持たせずに、あなた達を(伝道に)やった時、何か足りない物があったか。」彼らが答えた、「いえ、何も。」 |
前田訳 | 彼らにいわれた、「財布も袋も靴もなしにあなた方をつかわしたとき、何か足りなかったか」と。彼らはいった、「何も」と。 |
新共同 | それから、イエスは使徒たちに言われた。「財布も袋も履物も持たせずにあなたがたを遣わしたとき、何か不足したものがあったか。」彼らが、「いいえ、何もありませんでした」と言うと、 |
NIV | Then Jesus asked them, "When I sent you without purse, bag or sandals, did you lack anything?" "Nothing," they answered. |
註解: ルカ9:3−5。ルカ10:4参照。イエスが「善き師」として人民一般に崇められていた間は、弟子たちの伝道は比較的容易であり、平穏無事であった。しかしイエスが罪人と共に数えられ、悪人として処刑された場合、一般の人の態度は一変しもはや従来のごとき歓迎を期待し得ないこととなる。
22章36節 イエス
口語訳 | そこで言われた、「しかし今は、財布のあるものは、それを持って行け。袋も同様に持って行け。また、つるぎのない者は、自分の上着を売って、それを買うがよい。 |
塚本訳 | 彼らに言われた、「しかし今は(もうそれではいけない。)財布を持っている者は持ってゆけ。旅行袋も同様。剣を持たない者は、(もし金がなかったら、)上着を売ってでも買いなさい。 |
前田訳 | 彼はいわれた、「しかし今は財布のあるものは持って行け。袋も同様に。剣のないものは上着を売って買え。 |
新共同 | イエスは言われた。「しかし今は、財布のある者は、それを持って行きなさい。袋も同じようにしなさい。剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい。 |
NIV | He said to them, "But now if you have a purse, take it, and also a bag; and if you don't have a sword, sell your cloak and buy one. |
註解: 一般の人々は弟子たちに生活の資料をも与えず、また生命の保護をも与えず、かえって彼らを殺そうとするであろう。イエスの死によって世人の彼らに対する態度は一変するであろうことを、イエスはこの言によって彼らに示さんとし給うたのであった。それ故(1)以前は自らの生命も生活も全く神にのみ依り頼んでいたけれども今後は財袋 や嚢 や剣のごとき物質の力に依り頼まなければならないということを教え給うたのでは勿論なく、また(2)財袋 や嚢 は霊の生活資料、剣は御言の剣(エペ6:17)を意味する(オルスハウゼンその他)比喩的教訓でもなく、いわんや(3)法王ボニファキウス八世のごとく二振の剣は霊界と俗界の支配権を示すのでもない。イエスはかつて「財袋 や嚢 や糧食や衣類を持つな」と命じ給うた場合でも、それらを形式的に守らせるためではなく、彼らに神に対する絶対的信頼を持たせるためであった(ルカ9:3とルカ10:4との間に内容を異にしている点にも注意せよ)。同様に本節の場合でも、弟子たちが全く孤立無援の立場に立つであろうことに対する警戒としてのみ意味があるのであって、貧弱な財布や二振の剣で彼らを防衛すべきことを教えたのではない。イエスはこれらのものを持つべきや否やを問題とし給うたのではなく、彼らの持つべき覚悟を教え給うたのである。平和無抵抗を主義とするイエスの弟子に「衣まで売って剣を買え」と教えられたことは如何にも不相応であったことは、古くより凡ての人に感じられていたために、古い記録にも「多くの写本には『剣を買ひて之を佩 け』の代りに『汝の敵の為に祈りせよ』とある」とあり(Z0六八四頁註六八参照)、また多くの学者や平和論者たちは、これを霊的の剣と解しようとするけれども、解釈としては正しくない。かく解せんとする精神を一歩進めてイエスの精神そのものに接することにより本節の真意を感得することができるであろう。以上の解釈はなおルカ22:38、ルカ22:50、51節によって確められるであろう。
辞解
[劍] この場合過越の羔羊を屠るための大形のナイフであったろうと想像する学者がある(クリソストム、Z0)、ペテロとヨハネの二人(ルカ22:7節)がこれを所持したのであろう(ルカ22:38、ルカ22:50節)と想像されている。反対説もあるが興味ある説である。
[また劍なき者] 原語は「劍」を略しているので「財布と嚢なき者は」(M0)とかまたは単に「持たぬ者は」(すなわち貧者はの意)(H0)に解する説あれど不適当なり。
22章37節 われ
口語訳 | あなたがたに言うが、『彼は罪人のひとりに数えられた』としるしてあることは、わたしの身に成しとげられねばならない。そうだ、わたしに係わることは成就している」。 |
塚本訳 | わたしは言う、“彼は咎人の一人に数えられた”と(聖書に)書いてあること、をわたしは成就せねばならないのだから。そしてわたしの務は(いよいよこれで)果てるのだ。(あなた達も戦いの準備をするがよい。)」 |
前田訳 | わたしはいう、『不法もののひとりに数えられた』と聖書にあることはわが身に成就されねぱならない、わたしにかかわることは成就する」と。 |
新共同 | 言っておくが、『その人は犯罪人の一人に数えられた』と書かれていることは、わたしの身に必ず実現する。わたしにかかわることは実現するからである。」 |
NIV | It is written: `And he was numbered with the transgressors' ; and I tell you that this must be fulfilled in me. Yes, what is written about me is reaching its fulfillment." |
註解: イザ53:12の預言がイエスの身において完うせられることとなる。すなわち弟子たちにとって大切な師が、この世からは愆人 (anomoi 無律法者)と見られ、罪人として取扱われることをイエスは彼らに告げ給う。ここでイエスがイザ53:4−6のごとき贖罪の死について語られなかった訳は「万人救済主義の点でパウロ主義者であったルカは20節以外にはパウロの贖罪論の神学について知っていないことを示している(E0)」のではなく、この場合イエスの死が弟子たちを如何なる状態に陥れるかを彼らに知らせるのが主眼であったので愆人 と同視される点を掲げたのであろう。
註解: 本節前半の理由として預言が成就することを示している。ただしこの部分を「我に関することは終りとなれり」「我が運命は定まれり」等の意味に訳する説あり(Z0、H0、Z0)。原文としてはこの方が適当である。
22章38節
口語訳 | 弟子たちが言った、「主よ、ごらんなさい、ここにつるぎが二振りございます」。イエスは言われた、「それでよい」。 |
塚本訳 | 彼らが言った、「主よ、剣ならばここに二振あります。」イエスが(笑いながら)言われた、「それで沢山々々。」 |
前田訳 | 彼らはいった、「主よ、剣はここに二振りあります」と。彼はいわれた、「それで十分」と。 |
新共同 | そこで彼らが、「主よ、剣なら、このとおりここに二振りあります」と言うと、イエスは、「それでよい」と言われた。 |
NIV | The disciples said, "See, Lord, here are two swords." "That is enough," he replied. |
註解: 弟子たちは師の言から、事情が極めて切迫し、今にも敵が彼を襲うであとうと考え、持ち合わせている二振の剣では果して足るや否やを問うつもりでイエスに向って二振の剣を示した。彼らの態度があまりにも幼稚であり、またイエスの真意を理解しないので、イエスは「よしよし」とか「もうそれで結構」とかいう言葉の通り、談話を打切る意味の答を与え給うたのであると解すべきである(M0、E0、H0)。二本の剣で十二弟子の自己防衛に充分であるという意味では勿論ない。このイエスの答と態度とによって、弟子たちも36節後半のイエスの御言の真意が文字以外の点にあることを幾分悟ったであろう。
22章39節
口語訳 | イエスは出て、いつものようにオリブ山に行かれると、弟子たちも従って行った。 |
塚本訳 | それから(都を)出て、例のとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たち(十一人)もついて行った。(もう真夜中すぎであった。) |
前田訳 | それから出かけて、いつものとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たちもお伴した。 |
新共同 | イエスがそこを出て、いつものようにオリーブ山に行かれると、弟子たちも従った。 |
NIV | Jesus went out as usual to the Mount of Olives, and his disciples followed him. |
22章40節
口語訳 | いつもの場所に着いてから、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈りなさい」。 |
塚本訳 | いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」 |
前田訳 | いつものところにつくと、彼らにいわれた、「誘惑にかからぬよう祈りなさい」と。 |
新共同 | いつもの場所に来ると、イエスは弟子たちに、「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言われた。 |
NIV | On reaching the place, he said to them, "Pray that you will not fall into temptation." |
註解: 「常のごとく」は原語「習慣に従って」でイエスは常にオリブ山に往き殊にゲッセマネ(マタ26:36。マコ14:32)の園にて祈ることを習慣とし給うた。「其處に至りて」は「例の場所に至り」でこの園を指す。唯ルカはその名称を省略している。イエス自らも祈らんとしているのであるが、同時に弟子たちにも誘惑に陥らぬように祈ることを勧めている。その故はイエスの死はサタンの乗ずる裁量の機会であり、弟子たちを信仰から引き離そうとして、これを誘惑するに相違ないからである。
22章41節 かくて
口語訳 | そしてご自分は、石を投げてとどくほど離れたところへ退き、ひざまずいて、祈って言われた、 |
塚本訳 | そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って |
前田訳 | そして自分は石を投げうるほどのところに離れて、ひざまずいて祈っていわれた、 |
新共同 | そして自分は、石を投げて届くほどの所に離れ、ひざまずいてこう祈られた。 |
NIV | He withdrew about a stone's throw beyond them, knelt down and prayed, |
註解: イエスにとっては彼のみに関する特別の祈りを必要とする切迫せる場面であった。
22章42節 『
口語訳 | 「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」。 |
塚本訳 | 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」 |
前田訳 | 「父上、み心ならば、どうぞこの杯をわたしからお取りください。しかし、わが心でなく、み心がなりますように」と。 |
新共同 | 「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」〔 |
NIV | "Father, if you are willing, take this cup from me; yet not my will, but yours be done." |
註解: イエスの苦杯はその近付いている死であった。死に対してはイエスも我らと同じく本能的忌避感を有ったに相違ないが、単にそれだけではなく、神との不断の親しき交わりに生き給うた彼としては、死によってこの関係が消滅することが最大の苦痛であった、それ故に彼は死にたくなかったのである。しかし他の半面においてイエスは死を予感ししばしばこれを預言し、また聖書の預言の成就すべきことを信じ(ルカ22:37節)、それが凡て父の御旨であると信じ給うた。それ故この最後の場面においてイエスと神との間にその欲求が齟齬を生じた訳である。欲求が相一致しないことは罪ではない。問題はそのために神に叛き神を離れてサタンに降服するか、または自己の欲求の成らんことよりも以上に神の御意の成ることを欲しこれを祈るかの点にある。そしてイエスの祈りはこの後者であって神に対する完全なる服従の模範である。▲イエスはイザ53章の「主の僕」のごとく人類の罪を贖うためにその身代の小羊として死ななければならないことを既に知りまた弟子にも語り給うた(ルカ9:22−27。マタ16:21−28、マコ8:31−9:1)唯その死が切迫したために、この死の苦痛なしにその贖罪の使命を全うすることができないだろうかと考えこれを父に祈り給うた。贖罪の使命を避けようとしたのではないと考うべきである。
22章43節
口語訳 | そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。 |
塚本訳 | そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。 |
前田訳 | 天からみ使いが彼に現われて力を添えた。 |
新共同 | すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。 |
NIV | An angel from heaven appeared to him and strengthened him. |
註解: この場合一方にイエスはサタンの力を非常に強く感じたと同時に、天の使い来ってイエスに力を添え、彼をサタンより守ったのであった。なお本節および次節はシナイ写本、D写本、その他少数の写本にのみ存しているのであるが、極めて重要なる事実を保存しているというべきである。天使のことはイエスがこれを弟子たちに話す機会が無かったに相違ないとの点から、後代の物語に過ぎないと主張する学者もあり、また弟子たちはこれを目撃したのであろうと解する学者もあるけれども、何れも決定的ではない。聖霊がこれを後世に語り伝えたものというより外にない。
22章44節 イエス
口語訳 | イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた。 |
塚本訳 | イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。 |
前田訳 | 彼は苦しみのうちに死物狂いで祈られた。汗が血のしたたるように地に落ちた。 |
新共同 | イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。〕 |
NIV | And being in anguish, he prayed more earnestly, and his sweat was like drops of blood falling to the ground. |
註解: イエスの祈りが如何に真剣であり全生命の全精力を搾り出せる祈りであったかが窺われる。「血の涙」という場合と同様、汗の中に血が混ったと見る(M0)必要がない。
辞解
[悲しみ迫り] 苦闘に陥り、後半は「血の雫の如きその汗は地上に落ちたり」と訳すべきである。孰 れもその祈りによる苦闘の激しさを示す。
22章45節
口語訳 | 祈を終えて立ちあがり、弟子たちのところへ行かれると、彼らが悲しみのはて寝入っているのをごらんになって |
塚本訳 | やがて祈りから立ち上がって弟子たちの所に来て、彼らが悲しさのあまり寝入っているのを見ると、 |
前田訳 | 祈りから立ちあがって弟子たちのところへ来て、彼らが悲しみのあまり寝入っているの見ると、いわれた、 |
新共同 | イエスが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻って御覧になると、彼らは悲しみの果てに眠り込んでいた。 |
NIV | When he rose from prayer and went back to the disciples, he found them asleep, exhausted from sorrow. |
22章46節 『なんぞ
口語訳 | 言われた、「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らないように、起きて祈っていなさい」。 |
塚本訳 | 言われた、「なぜ眠るのか。誘惑に陥らないように、立ち上がって祈っていなさい。」 |
前田訳 | 「なぜ眠っているのか。誘惑にかからぬように、立って祈りなさい」と。 |
新共同 | イエスは言われた。「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らぬよう、起きて祈っていなさい。」 |
NIV | "Why are you sleeping?" he asked them. "Get up and pray so that you will not fall into temptation." |
註解: 祈りを終え給えるイエスは苦闘の姿はなく、極めて平静であった。父の御意は明かにイエスを死なしむることにあることをイエスは明かに悟り給うたのであった。弟子たちにはイエスに比すべき苦闘の跡は見られない。唯夜が晩 いのと(マタ26:41)、イエスの運命に関する「憂い」とで眠りに陥っていた。これに対しイエスは「誘惑に入らぬよう起ちて祈れ」(私訳)と彼らに命じ給うた。人は神の苦痛を知ることにおいては非常に鈍い。
22章47節 なほ
口語訳 | イエスがまだそう言っておられるうちに、そこに群衆が現れ、十二弟子のひとりでユダという者が先頭に立って、イエスに接吻しようとして近づいてきた。 |
塚本訳 | イエスの言葉がまだ終らぬうちに、そこに一群の人があらわれた。十二人の一人である、前に言ったユダが先頭に立ち、イエスに接吻しようとして近寄ってきた。 |
前田訳 | まだ話の最中に群衆が現われた。十二人のひとりで先にのべたユダが先頭に立ち、イエスに口づけしようと近づいた。 |
新共同 | イエスがまだ話しておられると、群衆が現れ、十二人の一人でユダという者が先頭に立って、イエスに接吻をしようと近づいた。 |
NIV | While he was still speaking a crowd came up, and the man who was called Judas, one of the Twelve, was leading them. He approached Jesus to kiss him, |
22章48節 イエス
口語訳 | そこでイエスは言われた、「ユダ、あなたは接吻をもって人の子を裏切るのか」。 |
塚本訳 | イエスが言われた、「ユダ、接吻で人の子を売るのか。」 |
前田訳 | イエスは彼にいわれた、「ユダ、口づけで人の子を引き渡すのか」と。 |
新共同 | イエスは、「ユダ、あなたは接吻で人の子を裏切るのか」と言われた。 |
NIV | but Jesus asked him, "Judas, are you betraying the Son of Man with a kiss?" |
註解: ユダの接吻は、彼が案内して来た群衆に対する合図であった。イエスはその事を悟り彼に叱責の質問を発し給うた。そしてこの御言がユダの虚偽の態度に対する徹底的批判となった。ユダの心は剣をもって刺されたよりも苦しかったであろう。
22章49節
口語訳 | イエスのそばにいた人たちは、事のなりゆきを見て、「主よ、つるぎで切りつけてやりましょうか」と言って、 |
塚本訳 | 弟子たちはことの迫ったのを見て言った、「主よ、剣で切りまくりましょうか。」 |
前田訳 | おそばにいた人々はおこるべきことを見ていった、「主よ、剣で切りつけましょうか」と。 |
新共同 | イエスの周りにいた人々は事の成り行きを見て取り、「主よ、剣で切りつけましょうか」と言った。 |
NIV | When Jesus' followers saw what was going to happen, they said, "Lord, should we strike with our swords?" |
註解: 「事の及ばんとするを見て」は「起らんとする事を見て」と訳すべきで、すなわちユダだに率いられた群衆がイエスを捕えんとて来たのであることを看取しての意。
『
註解: ルカ22:36節のイエスの言葉とルカ22:38節の「足れり」等より、彼らもイエスの意思のどの辺にあるかにつき明白に知り得なかったので、この質問を発したのであろう。これに対してイエスは一言も答え給わなかった。
22章50節 その
口語訳 | そのうちのひとりが、祭司長の僕に切りつけ、その右の耳を切り落した。 |
塚本訳 | そのうちのひとりの人が大祭司の下男に切りかかり、右の耳をそぎ落してしまった。 |
前田訳 | そのひとりは大祭司の僕に切りつけて、右の耳を落とした。 |
新共同 | そのうちのある者が大祭司の手下に打ちかかって、その右の耳を切り落とした。 |
NIV | And one of them struck the servant of the high priest, cutting off his right ear. |
22章51節 イエス
口語訳 | イエスはこれに対して言われた、「それだけでやめなさい」。そして、その僕の耳に手を触れて、おいやしになった。 |
塚本訳 | イエスは、「もうそれでよし」と言って、耳にさわってお直しになった。 |
前田訳 | イエスは答えられた、「もうそれでよい」と。そして耳にさわっていやされた。 |
新共同 | そこでイエスは、「やめなさい。もうそれでよい」と言い、その耳に触れていやされた。 |
NIV | But Jesus answered, "No more of this!" And he touched the man's ear and healed him. |
註解: ヨハ18:10によれば切り落したのはペテロであり、その僕はマルコスという人であった。なおマタ26:52には「なんぢの剣をもとに収めよ、すべて剣をとる者は剣にて亡ぶるなり」とあり、ヨハ18:11には「剣を鞘に収めよ、父の我に賜ひたる酒杯は我飲まざらんや」とあり、何れも悪に抵抗せずして神の御旨に従うべきことを教え給い、本書においては「之にてゆるせ」すなわち「之までにて止めよ」と命じ、自らその傷を醫し給うたことが記されている。すなわち剣をもって自己を防衛するより外に全く途なく、かつもし必要ならば十二軍の天使をも天より呼び下し得るイエスでありながら、全く無抵抗の態度を示し、神の御旨に絶対に服従し、進んで敵をも愛する愛を実行し給うことによって「剣」が全く必要が無いことを事実をもって教え給うたのであった。もしこのイエスの心を心とするならば剣を持つ必要が全くないことは明かである。事実弟子たちがその後衣を売って剣を求めた形跡は全くない。
22章52節 かくて
口語訳 | それから、自分にむかって来る祭司長、宮守がしら、長老たちに対して言われた、「あなたがたは、強盗にむかうように剣や棒を持って出てきたのか。 |
塚本訳 | それからイエスは、押しかけてきていた大祭司連、宮の守衛長、長老たちに言われた、「強盗にでも向かうように、剣や棍棒を持ってやって来たのか。 |
前田訳 | それからイエスは、押しかけて来る大祭司、宮の守衛長、長老たちにいわれた、「強盗にでも向かうかのように、剣や棒を持ってやって来たのか。 |
新共同 | それからイエスは、押し寄せて来た祭司長、神殿守衛長、長老たちに言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのか。 |
NIV | Then Jesus said to the chief priests, the officers of the temple guard, and the elders, who had come for him, "Am I leading a rebellion, that you have come with swords and clubs? |
22章53節
口語訳 | 毎日あなたがたと一緒に宮にいた時には、わたしに手をかけなかった。だが、今はあなたがたの時、また、やみの支配の時である」。 |
塚本訳 | わたしが毎日あなた達と一しょに宮にいたときには、手を下さずにおいて。(時が来なかったのだ。)しかし今は、(この暗い夜こそ)あなた達の天下、闇の縄張り(、悪魔の勢力範囲)である。」 |
前田訳 | わたしが毎日宮であなた方といっしょであったときには、手をかけなかったのに。しかし今はあなた方の時、闇の権威の時である」と。 |
新共同 | わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいたのに、あなたたちはわたしに手を下さなかった。だが、今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている。」 |
NIV | Every day I was with you in the temple courts, and you did not lay a hand on me. But this is your hour--when darkness reigns." |
註解: 今やイエスは夜の最中の暗黒の中で強盗のごとくに捕えられんとしている。これはイエスにとっては甚だ不似合なことであった。何となれば彼は強盗とは異なり日々宮の中で公然と白日の下に民を教えていたからである。しかしイエスを捕える者にとってはこれは最も相応しいことであった。何となれば光はイエスの「時」であったけれども暗黒は「汝らの時」であり、イエスは光の主であるけれども彼ら祭司長らは「暗黒界の権威」であるからである。かくして光の主は暗黒の権威によって暗黒の中に捕えられ給うた。
22章54節
口語訳 | それから人々はイエスを捕え、ひっぱって大祭司の邸宅へつれて行った。ペテロは遠くからついて行った。 |
塚本訳 | 彼らはイエスをつかまえると、引いていって、大祭司(カヤパ)の屋敷につれ込んだ。ペテロは見えがくれについて行った。 |
前田訳 | 彼らはイエスを捕え、引っぱって大祭司の家へ連れて行った。ペテロは遠くからついて行った。 |
新共同 | 人々はイエスを捕らえ、引いて行き、大祭司の家に連れて入った。ペトロは遠く離れて従った。 |
NIV | Then seizing him, they led him away and took him into the house of the high priest. Peter followed at a distance. |
註解: 大祭司はカヤパかアンナスか不明である。ルカの記事がイエスの受難週間に関してはヨハネ伝(ヨハ18:12−14参照)に近い点から見てあるいはアンナスを念頭に置いたのであろう。マタイおよびルカによれば議会は直ちに開かれてイエスの訊問が行われたのであるが(マタ26:57−63。マコ14:53−67)、ルカによれば(66節)翌朝まで行われていない。
22章55節
口語訳 | 人々は中庭のまん中に火をたいて、一緒にすわっていたので、ペテロもその中にすわった。 |
塚本訳 | そして彼らが中庭の真中であかあかと火を焚いて一しょにすわったので、ペテロもその中に坐った。 |
前田訳 | 彼らが中庭で火を焚いてすわっていると、ペテロもその中にすわった。 |
新共同 | 人々が屋敷の中庭の中央に火をたいて、一緒に座っていたので、ペトロも中に混じって腰を下ろした。 |
NIV | But when they had kindled a fire in the middle of the courtyard and had sat down together, Peter sat down with them. |
22章56節
口語訳 | すると、ある女中が、彼が火のそばにすわっているのを見、彼を見つめて、「この人もイエスと一緒にいました」と言った。 |
塚本訳 | ひとりの女中は彼が火の所に坐っているのを見ると、しげしげと眺めならら、「この人もあの人と一しょだった」と言った。 |
前田訳 | ある下女が彼が火のところにすわっているのを目にとめ、じっと見つめていった、「この人もあの人といっしょでした」と。 |
新共同 | するとある女中が、ペトロがたき火に照らされて座っているのを目にして、じっと見つめ、「この人も一緒にいました」と言った。 |
NIV | A servant girl saw him seated there in the firelight. She looked closely at him and said, "This man was with him." |
22章57節 ペテロ
口語訳 | ペテロはそれを打ち消して、「わたしはその人を知らない」と言った。 |
塚本訳 | しかしペテロは、「女中さん、あんな人は知らない」と言って打ち消した。 |
前田訳 | ペテロは打ち消して、「女の方、あの人は知りません」といった。 |
新共同 | しかし、ペトロはそれを打ち消して、「わたしはあの人を知らない」と言った。 |
NIV | But he denied it. "Woman, I don't know him," he said. |
註解: 人間は窮して虚偽を言う、今日もイエスに対する信仰を明白に告白し得ないものは決して少なくない。
22章58節
口語訳 | しばらくして、ほかの人がペテロを見て言った、「あなたもあの仲間のひとりだ」。するとペテロは言った、「いや、それはちがう」。 |
塚本訳 | ほどなく、ほかの男がペテロを見て、「あなたもあの仲間だ」と言った。ペテロは言った、「君、人ちがいだ。」 |
前田訳 | 間もなく、別の人がペテロを見ていった、「あなたもあの仲間だ」と。ペテロはいった、「君、それはちがう」と。 |
新共同 | 少したってから、ほかの人がペトロを見て、「お前もあの連中の仲間だ」と言うと、ペトロは、「いや、そうではない」と言った。 |
NIV | A little later someone else saw him and said, "You also are one of them." "Man, I am not!" Peter replied. |
註解: マコ14:69には始めの婢女 が再びペテロを見出して詰問したことになっている。
22章59節
口語訳 | 約一時間たってから、またほかの者が言い張った、「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」。 |
塚本訳 | 一時間ばかりたつと、(また)ほかの男が、「実際この人もあの人と一しょだった。この人もガリラヤ人だから」と主張した。 |
前田訳 | 一時間ほどたつと、また別の人がいい張った、「確かにこの人もあの人といっしょだった、ガリラヤ人だから」と。 |
新共同 | 一時間ほどたつと、また別の人が、「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張った。 |
NIV | About an hour later another asserted, "Certainly this fellow was with him, for he is a Galilean." |
註解: マコ14:70によれば「一時ばかりして」の代りに「暫くして」とあり、かつ「ほかの男」の代りに「傍に立つ者ども」となっている。かかる混雑の場合の事実は種々の異なった内容をもって言い伝えられるのが自然である。何れが事実であったにしてもペテロが三度までも主を否んだことは隠れなき事実であった。十二使徒の筆頭ペテロも我らと同じ弱さを持つことは、我らにとっても一つの力強さを与える。
22章60節 ペテロ
口語訳 | ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。 |
塚本訳 | しかしペテロは言った、「君、あなたの言っていることはわからない。」するとたちまち、まだその言葉の終らぬうちに、鶏が鳴いた。 |
前田訳 | ペテロはいった。「君、そちらのいうことはわからない」と。するとたちまち、そういいも終わらぬうちに、にわとりが鳴いた。 |
新共同 | だが、ペトロは、「あなたの言うことは分からない」と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。 |
NIV | Peter replied, "Man, I don't know what you're talking about!" Just as he was speaking, the rooster crowed. |
口語訳 | 主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。 |
塚本訳 | 主が振り向いて、じっとペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう(今夜)、鶏が鳴く前に、わたしを三度、知らないと言う」と言われた主の言葉を思い出し、 |
前田訳 | 主は振り向いて、じっとペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう、にわとりが鳴く前に、三度わたしを否もう」といわれた主のことばを思い出し、 |
新共同 | 主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。 |
NIV | The Lord turned and looked straight at Peter. Then Peter remembered the word the Lord had spoken to him: "Before the rooster crows today, you will disown me three times." |
註解: 三度主を否んだペテロは鶏が鳴いたので、イエスの御言が忽 ち頭に浮んで来、「獄にまでも死にまでも」との決心を口外した自分の憫むべき姿を顧みて強い懺悔の念に打たれたのであった。そしてちょうどその時イエスは振返ってペテロに目をとめ給い、ペテロの目とイエスの目とが相合った時ペテロはもはや坐に耐えないようになった。イエスが振返り給うたことは他の福音書に記されていない。
ここにペテロ、
口語訳 | そして外へ出て、激しく泣いた。 |
塚本訳 | 外に出ていって、さめざめと泣いた。 |
前田訳 | 外に出て行って泣きくずれた。 |
新共同 | そして外に出て、激しく泣いた。 |
NIV | And he went outside and wept bitterly. |
註解: 人間としてのペテロの弱さ、その純情、その率直なる悔改めの態度、イエスの達観等何れも我らの心を打たずにはおかない。君子の過ちは日月の食のごとし、ペテロの過誤はその懺悔によって彼の価値を低めずかえってこれを高めた。
口語訳 | イエスを監視していた人たちは、イエスを嘲弄し、打ちたたき、 |
塚本訳 | イエスの番をしていた者たちはイエスをなぶったり、なぐったりした。 |
前田訳 | イエスを見張っていた人々は彼をあざけったり打ったりした。 |
新共同 | さて、見張りをしていた者たちは、イエスを侮辱したり殴ったりした。 |
NIV | The men who were guarding Jesus began mocking and beating him. |
22章64節 その
口語訳 | 目かくしをして、「言いあててみよ。打ったのは、だれか」ときいたりした。 |
塚本訳 | また目隠しをして、「だれがぶったか、当ててみろ」と言って尋ねた。 |
前田訳 | また、目隠しをして、「だれが打ったか、いい当てよ」といった。 |
新共同 | そして目隠しをして、「お前を殴ったのはだれか。言い当ててみろ」と尋ねた。 |
NIV | They blindfolded him and demanded, "Prophesy! Who hit you?" |
口語訳 | そのほか、いろいろな事を言って、イエスを愚弄した。 |
塚本訳 | そのほかなおさまざまのことを言って、イエスを冒涜した。 |
前田訳 | そのほかいろいろなことをいって彼を冒涜した。 |
新共同 | そのほか、さまざまなことを言ってイエスをののしった。 |
NIV | And they said many other insulting things to him. |
註解: (▲「譏 る」 blasphemeô は「愚弄」よりも「嘲弄」「誹謗」等に相当する。)イエスの受難は全人類より受け給うた苦難であった。その意味であらゆる種類の人が何らかの意味で彼の死と関係をもち彼を殺すことに与っているいることは注意すべき事実であった。ユダは主を裏切り、ペテロは主を否み、ここにまた「守る者ども」はイエスを侮辱、嘲弄した。やがて民衆や祭司その他も各々その分を果すこととなる。
22章66節
口語訳 | 夜が明けたとき、人民の長老、祭司長たち、律法学者たちが集まり、イエスを議会に引き出して言った、 |
塚本訳 | 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって |
前田訳 | 夜が明けると、民の長老団、すなわち大祭司と学者が集まって、彼を法院(サンヘドリン)に引いて行った。そしていった、 |
新共同 | 夜が明けると、民の長老会、祭司長たちや律法学者たちが集まった。そして、イエスを最高法院に連れ出して、 |
NIV | At daybreak the council of the elders of the people, both the chief priests and teachers of the law, met together, and Jesus was led before them. |
註解: 「議会」は長老・祭司長・学者ら七十人をもって組織するユダヤ人の役所で行政や司法の事務を扱っていた。朝になってこれらの議員が出勤して議会を開きイエスを引き出したのであった。
22章67節 『なんぢ
口語訳 | 「あなたがキリストなら、そう言ってもらいたい」。イエスは言われた、「わたしが言っても、あなたがたは信じないだろう。 |
塚本訳 | 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、 |
前田訳 | 「そちらがキリストなら、そうわれらにいいなさい」と。彼らに答えられた、「いってもあなた方は信じまい。 |
新共同 | 「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」と言った。イエスは言われた。「わたしが言っても、あなたたちは決して信じないだろう。 |
NIV | "If you are the Christ, " they said, "tell us." Jesus answered, "If I tell you, you will not believe me, |
口語訳 | また、わたしがたずねても、答えないだろう。 |
塚本訳 | 尋ねても、なかなか返事ができまい。 |
前田訳 | たずねても答えまい。 |
新共同 | わたしが尋ねても、決して答えないだろう。 |
NIV | and if I asked you, you would not answer. |
22章69節 されど
口語訳 | しかし、人の子は今からのち、全能の神の右に座するであろう」。 |
塚本訳 | しかし今からのち、“人の子(わたし)は大能の神の右に坐って”いる。」 |
前田訳 | しかし、今からのち、人の子は大能の神の右に座すであろう」と。 |
新共同 | しかし、今から後、人の子は全能の神の右に座る。」 |
NIV | But from now on, the Son of Man will be seated at the right hand of the mighty God." |
註解: イエスの答えの前半(68節の終りまで)はルカ伝に特有である。マタイ、マルコにはイエスは「我は夫 なり」「汝の言へるごとし」等の答によって肯定的の返答を与えているけれどもルカはこれをば次節に譲り単に「神の能力の右に坐する」ことのみを掲げているに過ぎないけれども、それでもイエスの意図は明かである。それ故彼らは直ちに次節のごとき問いを発した。
22章70節
口語訳 | 彼らは言った、「では、あなたは神の子なのか」。イエスは言われた、「あなたがたの言うとおりである」。 |
塚本訳 | 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」 |
前田訳 | 皆がいった、「それなら、そちらは神の子か」と。彼らにいわれた、「わたしをそれというのはあなた方だ」と。 |
新共同 | そこで皆の者が、「では、お前は神の子か」と言うと、イエスは言われた。「わたしがそうだとは、あなたたちが言っている。」 |
NIV | They all asked, "Are you then the Son of God?" He replied, "You are right in saying I am." |
22章71節
口語訳 | すると彼らは言った、「これ以上、なんの証拠がいるか。われわれは直接彼の口から聞いたのだから」。 |
塚本訳 | すると彼らが言った、「これ以上、なんで証言の必要があろう。われわれが(直接)本人の口から聞いたのだから。」 |
前田訳 | 彼らはいった、「このうえ何の証拠が要ろう。われらが本人の口から聞いたから」と。 |
新共同 | 人々は、「これでもまだ証言が必要だろうか。我々は本人の口から聞いたのだ」と言った。 |
NIV | Then they said, "Why do we need any more testimony? We have heard it from his own lips." |
註解: イエスが神の子キリストであると告白し給うたことはユダヤ人にとっては重大この上もない事件であった。何となれば、もし事実そうであるならば、彼らはイエスを神の子として信じ崇めなければならず、もし事実そうでないならばイエスを冒涜者として殺さなければならないからである。
要義 [神の子の告白の意義]神は唯一絶対であると信ずるユダヤ人にとっては、凡ての見ゆるものは被造物であって神ではなかった。人間ももとより被造物である。それ故イエスが神の子であることを告白し給うことは、ユダヤ人にとっては赦すべからざる冒涜であった。しかしもし事実イエスが神の子であるならば如何、その場合凡てのユダヤ人は彼を崇め神に服 わなければならないはずであり、彼を殺すことは神に対する反逆となる。しかしこれは単にユダヤ人にのみでなく全人類の前にも投げ出された問題である。神の子に従うか、これを十字架に釘づけるか。全人類はこの二者の中の一つを択ばなければならない。神について真剣に考えない国民 ─ 日本人のごとき ─ はイエスについてもかく真剣に考えることができないのであるが、我らが考えると否とに関らず、神はその当然の要求をもって我らに臨み給う。
ルカ伝第23章
10-3 イエスの裁判 23:1 - 23:25
10-3-イ ピラトの法廷 23:1 - 23:5
(マタ27:1-5、11-14) (マコ15:1-5)
23章1節
口語訳 | 群衆はみな立ちあがって、イエスをピラトのところへ連れて行った。 |
塚本訳 | そこで法院全体が立ち上がって、イエスを(総督)ピラトの前に引いていって、 |
前田訳 | 全会衆が立ちあがって、彼をピラトの前に引いて行った。 |
新共同 | そこで、全会衆が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った。 |
NIV | Then the whole assembly rose and led him off to Pilate. |
註解: ピラトはローマの政府より遣されている総督である。常識に富める政治家であったがイエスの真の価値を認識する能力と謙遜さに欠けていた。
23章2節
口語訳 | そして訴え出て言った、「わたしたちは、この人が国民を惑わし、貢をカイザルに納めることを禁じ、また自分こそ王なるキリストだと、となえているところを目撃しました」。 |
塚本訳 | 「われわれはこの男が国民を惑わし、皇帝に貢を納めることを禁じ、かつ、自分が救世主、すなわち王だと言っていることを確かめた」と言って訴え始めた。 |
前田訳 | そして彼を訴え出た、「この人は民を惑わし、貢を皇帝に納めるのを禁じ、みずからを王であるキリストというのを目撃しました」と。 |
新共同 | そして、イエスをこう訴え始めた。「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました。」 |
NIV | And they began to accuse him, saying, "We have found this man subverting our nation. He opposes payment of taxes to Caesar and claims to be Christ, a king." |
註解: 民衆の訴えは祭司長・長老・学者ら(ルカ22:66)の教唆 による。その論告の目的はローマ政府の代表者たるピラトをしてイエスの罪を重視せしめるためであった。すなわち第一はユダヤ人を惑わして当局や伝統に対する信頼と従順とを失わしめること、第二は納税義務を否定してローマ政府の施設に妨害を与えること、第三は自ら「王」と称してカイザルに対する反逆者たるを示していることである。
23章3節 ピラト、イエスに
口語訳 | ピラトはイエスに尋ねた、「あなたがユダヤ人の王であるか」。イエスは「そのとおりである」とお答えになった。 |
塚本訳 | ピラトがイエスに問うた、「お前が、ユダヤ人の王か。」答えて言われた、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。」 |
前田訳 | ピラトは彼にたずねた、「そちらはユダヤ人の王か」と。彼は答えられた、「仰せのとおり」と。 |
新共同 | そこで、ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」とお答えになった。 |
NIV | So Pilate asked Jesus, "Are you the king of the Jews?" "Yes, it is as you say," Jesus replied. |
註解: かくピラトに答え給うたことはイエスにとって死の覚悟を要したこと勿論であった。
23章4節 ピラト
口語訳 | そこでピラトは祭司長たちと群衆とにむかって言った、「わたしはこの人になんの罪もみとめない」。 |
塚本訳 | ピラトが大祭司連と群衆に向かって、「この人にはなんの罪も認められない」と言うと、 |
前田訳 | ピラトは大祭司や群衆にいった、「この人に何の罪も認められない」と。 |
新共同 | ピラトは祭司長たちと群衆に、「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」と言った。 |
NIV | Then Pilate announced to the chief priests and the crowd, "I find no basis for a charge against this man." |
註解: 政治的判断力を有ったピラトはイエスが訴えられるような悪人ではないことを知ったのでこれを放免しようとした。なおこれについてマタ27:19−20にピラトの妻が夢の中にイエスのことを見てピラトにこの義人に関係しないように言い送ったことが録されている。この事実も幾分ピラトの心境に影響を及ぼしたものと見ることができる。
23章5節
口語訳 | ところが彼らは、ますます言いつのってやまなかった、「彼は、ガリラヤからはじめてこの所まで、ユダヤ全国にわたって教え、民衆を煽動しているのです」。 |
塚本訳 | 彼らはますます強く言い張った、「この男はユダヤ人(の国)全体に(自分の)教えを説いて民衆を煽動し、ガリラヤから始めてここまで来ている。」 |
前田訳 | しかし彼らはますます主張した、「この人はユダヤ全体に教えを説いて民を煽動し、ガリラヤをてはじめにここまで来ています」と。 |
新共同 | しかし彼らは、「この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動しているのです」と言い張った。 |
NIV | But they insisted, "He stirs up the people all over Judea by his teaching. He started in Galilee and has come all the way here." |
註解: ピラトの弱腰を見て、己らの目的が達せられなくなることを恐れて益々強く主張した。
辞解
[ますます言い募り] epischuô は「強さが加わる」こと。
[騒がし] anaseiô は「扇動する」こと。
23章6節 ピラト
口語訳 | ピラトはこれを聞いて、この人はガリラヤ人かと尋ね、 |
塚本訳 | これを聞くとピラトは、この人は(たしかに)ガリラヤ人かと尋ね、 |
前田訳 | ピラトはこれを聞いて、この人はガリラヤ人かとたずね、 |
新共同 | これを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ね、 |
NIV | On hearing this, Pilate asked if the man was a Galilean. |
23章7節 ヘロデの
口語訳 | そしてヘロデの支配下のものであることを確かめたので、ちょうどこのころ、ヘロデがエルサレムにいたのをさいわい、そちらへイエスを送りとどけた。 |
塚本訳 | ヘロデ(王)の領内(ガリラヤ)の者だと知ると、イエスをヘロデの所に送りとどけた。ヘロデもそのころ、(祭のためピラトと)同様にエルサレムにきていたのである。 |
前田訳 | ヘロデの領地のものと知ると、彼をヘロデのところに送った。彼もそのころエルサレムにいたのである。 |
新共同 | ヘロデの支配下にあることを知ると、イエスをヘロデのもとに送った。ヘロデも当時、エルサレムに滞在していたのである。 |
NIV | When he learned that Jesus was under Herod's jurisdiction, he sent him to Herod, who was also in Jerusalem at that time. |
註解: イエスがガリラヤ人であるのとヘロデが当時おそらく過越の祭のためにエルサレムに在るのとを幸いに、ピラトはイエスをヘロデの許に送って責任の回避と転嫁とを企てたのであった。6−16節の記事はルカのみにあり。
23章8節 ヘロデ、イエスを
口語訳 | ヘロデはイエスを見て非常に喜んだ。それは、かねてイエスのことを聞いていたので、会って見たいと長いあいだ思っていたし、またイエスが何か奇跡を行うのを見たいと望んでいたからである。 |
塚本訳 | ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。というのは、イエスの噂を聞いて、だいぶ前から会ってみたいと思っており、また何か奇蹟をするのを見たいと望んでいたからである。 |
前田訳 | ヘロデはイエスを見て大よろこびした。イエスのことを聞いていて、かなり前から会いたいと思っており、何か奇跡をするのを見たいと望んでいたからである。 |
新共同 | 彼はイエスを見ると、非常に喜んだ。というのは、イエスのうわさを聞いて、ずっと以前から会いたいと思っていたし、イエスが何かしるしを行うのを見たいと望んでいたからである。 |
NIV | When Herod saw Jesus, he was greatly pleased, because for a long time he had been wanting to see him. From what he had heard about him, he hoped to see him perform some miracle. |
註解: ヘロデはおそらく主としてイエスの奇蹟について聞き及んでいたのであろう。イエスを見て非常に喜んだのは、イエスの行う徴 を見たいからであった。かかる卑しい不真面目な動機のヘロデに対するイエスの態度を我らは次節に見ることができる。
23章9節 かくて
口語訳 | それで、いろいろと質問を試みたが、イエスは何もお答えにならなかった。 |
塚本訳 | それで言葉をつくして問いかけたが、イエスは何もお答えにならなかった。 |
前田訳 | それであれこれといってたずねたが、彼は何もお答えにならなかった。 |
新共同 | それで、いろいろと尋問したが、イエスは何もお答えにならなかった。 |
NIV | He plied him with many questions, but Jesus gave him no answer. |
註解: イエスは真面目なる霊魂の求むる処に応えんため、また神の栄光を揚げんためにこの世に来給うた。不真面目な心に対して答える必要がなく、また自己を擁護せんとして語る必要がなかった。ヘロデの前に沈黙し給うたのはこのためである。同様にイエスはピラトの前にも不要なる答を与え給わなかった(マタ27:12−14。マコ15:3−5)。
23章10節
口語訳 | 祭司長たちと律法学者たちとは立って、激しい語調でイエスを訴えた。 |
塚本訳 | 大祭司連と聖書学者たちは(わきに)立って、必死になってイエスを訴えた。 |
前田訳 | 大祭司と学者らはそばに立って、激しいことばで彼を訴えた。 |
新共同 | 祭司長たちと律法学者たちはそこにいて、イエスを激しく訴えた。 |
NIV | The chief priests and the teachers of the law were standing there, vehemently accusing him. |
23章11節 ヘロデその
口語訳 | またヘロデはその兵卒どもと一緒になって、イエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はなやかな着物を着せてピラトへ送りかえした。 |
塚本訳 | (埒があかないのに業を煮やした)ヘロデは兵隊と一しょになって、イエスに侮辱を加えたり、なぶったりしたあげく、派手な着物をきせてピラトに送りかえした。 |
前田訳 | ヘロデは兵卒といっしょに彼をはずかしめたりあざけったりしてから、はでな着物を着せてピラトヘ送り返した。 |
新共同 | ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。 |
NIV | Then Herod and his soldiers ridiculed and mocked him. Dressing him in an elegant robe, they sent him back to Pilate. |
註解: ここにイエスはさらにヘロデとその兵卒とに嘲弄 せられ、侮られ、その玩弄物 とされた。人類全体がイエスの死に対して責任があると言わなければならない。ピラトはイエスをヘロデに送った目的を達せず、ヘロデはイエスを見て喜んだのが無駄であった。
23章12節 ヘロデとピラトと
口語訳 | ヘロデとピラトとは以前は互に敵視していたが、この日に親しい仲になった。 |
塚本訳 | ヘロデとピラトは以前には犬と猿の仲であったが、この日(この事件によって)互に仲良しになった。 |
前田訳 | ヘロデとピラトは、前には互いに敵であったが、この日に友だち同士になった。 |
新共同 | この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。 |
NIV | That day Herod and Pilate became friends--before this they had been enemies. |
註解: ユダヤの総督ピラトとガリラヤの国守ヘロデとは、とかく利害の衝突があったことは自然であった。それがこの際親密となったことはこの世の政治界においてしばしば行われる離合集散の一場面である。
23章13節 ピラト、
口語訳 | ピラトは、祭司長たちと役人たちと民衆とを、呼び集めて言った、 |
塚本訳 | ピラトは大祭司連をはじめ、(最高法院の)役人たち、および民衆を呼びあつめて、 |
前田訳 | ピラトは大祭司や役人や民を呼び集めていった、 |
新共同 | ピラトは、祭司長たちと議員たちと民衆とを呼び集めて、 |
NIV | Pilate called together the chief priests, the rulers and the people, |
23章14節 『
口語訳 | 「おまえたちは、この人を民衆を惑わすものとしてわたしのところに連れてきたので、おまえたちの面前でしらべたが、訴え出ているような罪は、この人に少しもみとめられなかった。 |
塚本訳 | 言った、「お前たちはこの人を民衆をあやまらせる者だと言って引いてきたので、このわたしがお前たちの目の前で取り調べたが、訴えの廉では、この人に何の罪も認められなかった。 |
前田訳 | 「あなた方がこの人を民を惑わすものとして引いて来たので、このとおりわたしがあなた方の前で調べたが、訴えているような罪は何もこの人に認められなかった。 |
新共同 | 言った。「あなたたちは、この男を民衆を惑わす者としてわたしのところに連れて来た。わたしはあなたたちの前で取り調べたが、訴えているような犯罪はこの男には何も見つからなかった。 |
NIV | and said to them, "You brought me this man as one who was inciting the people to rebellion. I have examined him in your presence and have found no basis for your charges against him. |
23章15節 ヘロデも
口語訳 | ヘロデもまたみとめなかった。現に彼はイエスをわれわれに送りかえしてきた。この人はなんら死に当るようなことはしていないのである。 |
塚本訳 | ヘロデでもそうらしい。送りかえしたのだから。たしかにこの人は、何一つ死罪に当ることをしていない。 |
前田訳 | へロデもそうだ、送り返して来たから。たしかに、この人は死に当たることは何もしていない。 |
新共同 | ヘロデとても同じであった。それで、我々のもとに送り返してきたのだが、この男は死刑に当たるようなことは何もしていない。 |
NIV | Neither has Herod, for he sent him back to us; as you can see, he has done nothing to deserve death. |
口語訳 | だから、彼をむち打ってから、ゆるしてやることにしよう」。 |
塚本訳 | だから鞭うった上、赦すことにする。」 |
前田訳 | よって、鞭打ってからゆるそう」と。 |
新共同 | だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。」 |
NIV | Therefore, I will punish him and then release him. " |
註解: ピラトの判決である。ユダヤ人やその祭司長・長老・学者らの嫉妬が事の起りであることをピラトは発見したので、彼らの訴えを取り上げなかったことは賢明であった。
註解: 本17節はルカ伝には次節のバラバを赦せと求める理由が掲げられてないのでマタ27:15。マコ15:6から引用して挿入したものと見られる。主要の写本にこれを欠く。
口語訳 | 〔祭ごとにピラトがひとりの囚人をゆるしてやることになっていた。〕 |
塚本訳 | [無シ] |
前田訳 | 〔祭りごとに囚人ひとりをゆるすことになっていた〕。 |
新共同 | (†底本に節が欠落 異本訳)祭りの度ごとに、ピラトは、囚人を一人彼らに釈放してやらなければならなかった。 |
NIV |
23章18節
口語訳 | ところが、彼らはいっせいに叫んで言った、「その人を殺せ。バラバをゆるしてくれ」。 |
塚本訳 | すると人々が一斉に声をあげて叫んだ、「その男を片付けろ。バラバの方を赦してくれ。」 |
前田訳 | 人々はいっせいに声をあげていった。「その人を殺せ。バラバをゆるせ」と。 |
新共同 | しかし、人々は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」と叫んだ。 |
NIV | With one voice they cried out, "Away with this man! Release Barabbas to us!" |
23章19節
口語訳 | このバラバは、都で起った暴動と殺人とのかどで、獄に投ぜられていた者である。 |
塚本訳 | バラバは都におこった暴動(に関係したの)と人殺しとの廉で、牢に入れられていた者である。 |
前田訳 | これは都でおこった暴動と殺人の廉(かど)で、牢に入れられていたものである。 |
新共同 | このバラバは、都に起こった暴動と殺人のかどで投獄されていたのである。 |
NIV | (Barabbas had been thrown into prison for an insurrection in the city, and for murder.) |
註解: 祭の間に一人を赦す習慣をこのバラバに適用し、イエスを除かんとするのが民衆の声であった。何れの時代でも民衆は利害と扇動家に欺かれやすい。
23章20節 ピラトはイエスを
口語訳 | ピラトはイエスをゆるしてやりたいと思って、もう一度かれらに呼びかけた。 |
塚本訳 | ピラトはイエスを赦したいので、ふたたび人々に呼びかけたが、 |
前田訳 | ピラトはイエスをゆるそうとして、ふたたび人々に呼びかけたが、 |
新共同 | ピラトはイエスを釈放しようと思って、改めて呼びかけた。 |
NIV | Wanting to release Jesus, Pilate appealed to them again. |
23章21節
口語訳 | しかし彼らは、わめきたてて「十字架につけよ、彼を十字架につけよ」と言いつづけた。 |
塚本訳 | 人々は(ただ)、「十字架につけろ、それを十字架につけろ」とどなりつづけた。 |
前田訳 | 人々は叫びつづけた、「十字架に、十字架に」と。 |
新共同 | しかし人々は、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び続けた。 |
NIV | But they kept shouting, "Crucify him! Crucify him!" |
23章22節 ピラト
口語訳 | ピラトは三度目に彼らにむかって言った、「では、この人は、いったい、どんな悪事をしたのか。彼には死に当る罪は全くみとめられなかった。だから、むち打ってから彼をゆるしてやることにしよう」。 |
塚本訳 | 三度目にピラトは彼らに言った、「いったいどんな悪事をこの人がはたらいたというのか。わたしはこの人に何一つ死罪にあたる罪を認められなかった。だから鞭うった上、赦すことにする。」 |
前田訳 | ピラトは三度目に彼らにいった、「この人は何の悪をしたのか。わたしはこの人に何も死に当たる罪を認めなかった。よって、鞭打ってからゆるそう」と。 |
新共同 | ピラトは三度目に言った。「いったい、どんな悪事を働いたと言うのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。」 |
NIV | For the third time he spoke to them: "Why? What crime has this man committed? I have found in him no grounds for the death penalty. Therefore I will have him punished and then release him." |
23章23節 されど
口語訳 | ところが、彼らは大声をあげて詰め寄り、イエスを十字架につけるように要求した。そして、その声が勝った。 |
塚本訳 | しかし人々は十字架につけることを大声でせがみつづけ、とうとうその声が勝った。 |
前田訳 | しかし人々は大声で詰めよって、彼を十字架につけるよう要求した。そして彼らの声が勝った。 |
新共同 | ところが人々は、イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた。その声はますます強くなった。 |
NIV | But with loud shouts they insistently demanded that he be crucified, and their shouts prevailed. |
註解: ピラトは二度ならず三度までもイエスを赦そうとしたけれどもついに民衆の声に勝つことができなかった。ルカはピラトの態度に充分に同情し、凡ての責任がユダヤ人の上にあることを明かにしようとして書いているように思われる。パウロもルカも当時のローマの政府に対しては好意を持っていた。
23章24節 ここにピラトその
口語訳 | ピラトはついに彼らの願いどおりにすることに決定した。 |
塚本訳 | ピラトは彼らの願いをかなえることに決定して、 |
前田訳 | ピラトは彼らの願いをかなえることに決めて、 |
新共同 | そこで、ピラトは彼らの要求をいれる決定を下した。 |
NIV | So Pilate decided to grant their demand. |
23章25節 その
口語訳 | そして、暴動と殺人とのかどで獄に投ぜられた者の方を、彼らの要求に応じてゆるしてやり、イエスの方は彼らに引き渡して、その意のままにまかせた。 |
塚本訳 | 暴動と人殺しとの廉で牢に入れられていた者を願いどおりに赦し、イエスの方は彼らの思うようにさせた。 |
前田訳 | 暴動と殺人の廉で牢に入れられていたものを願いどおりにゆるし、イエスは彼らの思うままにさせた。 |
新共同 | そして、暴動と殺人のかどで投獄されていたバラバを要求どおりに釈放し、イエスの方は彼らに引き渡して、好きなようにさせた。 |
NIV | He released the man who had been thrown into prison for insurrection and murder, the one they asked for, and surrendered Jesus to their will. |
註解: 死刑はローマの官憲によって宣告され執行されるのであるけれども、ピラトはできるだけイエスの処刑に深入りすることを避けようとする態度を取り、ユダヤ人らにその勝手にするようにイエスを付したのであった。
要義 [人民の声]人民の声を圧迫して支配者の独裁的意思のみを人民の上に強行することは、たといその意思内容が善である場合でも、人民を無人格者として取扱う点に欠陥がある。反対に人民の声が自由に聴かれる場合でも、その人民に神を信ずる信仰がないならばその声は神の御旨に叶わない。イエスを十字架につけよと叫んだ民の声はかかる声であった。神を信ぜざる民の声は多くはその民を滅亡に導く結果となる。
註解: 前節と本節との間に種々の出来事が起ったのであり(マタ27:27−31。マコ15:16−20)、ルカがこれを省略したために事件の進行が中断せらるかのごとき感が深い。それ故これを脳裡に補充しつつ本節を読まなければならない。
23章26節
口語訳 | 彼らがイエスをひいてゆく途中、シモンというクレネ人が郊外から出てきたのを捕えて十字架を負わせ、それをになってイエスのあとから行かせた。 |
塚本訳 | (兵卒らが)イエスを(刑場へ)引いてゆく時、シモンというクレネ人が野良から来(て通りかかっ)たので、つかまえて(イエスの)十字架を背負わせ、イエスの後から担いでゆかせた。(イエスにはもう負う力がなかったのである。) |
前田訳 | 彼を引いて行くとき、シモンというクレネ人が田舎から来たのをつかまえて十字架を負わせ、イエスのあとからかついで行かせた。 |
新共同 | 人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた。 |
NIV | As they led him away, they seized Simon from Cyrene, who was on his way in from the country, and put the cross on him and made him carry it behind Jesus. |
註解: シモンについてはマコ15:21註を見よ。強いて負わせられたるは苦痛であったに相違がないけれども、これがやがてシモンの一生の幸福となったことと想うならば、これは結局彼にとって非常に幸福であった。
註解: 27−32節もルカ伝特有の部分である。
23章27節
口語訳 | 大ぜいの民衆と、悲しみ嘆いてやまない女たちの群れとが、イエスに従って行った。 |
塚本訳 | 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた。 |
前田訳 | 民と、彼のために悲しみなげく女たちとの、大勢の群れがあとにつづいた。 |
新共同 | 民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。 |
NIV | A large number of people followed him, including women who mourned and wailed for him. |
註解: 祭司長らに使嗾 (そそのかす意)された群衆の声が圧倒的であり、全民衆がイエスを十字架に釘 ることを望んでいたかのごとくに見えたにもかかわらず、その中にもこれらの女たちのようにイエスを愛し、これを理解して彼のために歎き悲しむ者もあったことは喜ぶべきことである。キリスト者は何時も少数の深い理解者・同情者を持つ、徳は孤ならずである。
23章28節 イエス
口語訳 | イエスは女たちの方に振りむいて言われた、「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。 |
塚本訳 | イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。 |
前田訳 | イエスは振り向いていわれた、「エルサレムの娘たち、わたしのために泣かないで、むしろ自分のため、自分の子どものために泣きなさい。 |
新共同 | イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。 |
NIV | Jesus turned and said to them, "Daughters of Jerusalem, do not weep for me; weep for yourselves and for your children. |
23章29節
口語訳 | 『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が、いまに来る。 |
塚本訳 | いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから。 |
前田訳 | 『さいわいなのはうまずめと、子を産まなかった胎と、養わなかった乳房』と人々がいう時が来よう。 |
新共同 | 人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る。 |
NIV | For the time will come when you will say, `Blessed are the barren women, the wombs that never bore and the breasts that never nursed!' |
註解: 今イエスの上に臨みつつある運命のために汝らは泣いているけれども、イエスを殺すエルサレムは、やがて神の審判を受けなければならず、その時には非常に大きい苦難が汝らの上に、また汝らの子の上に臨むであろう。汝らはこの来るべきことを思って泣くべきである。その時には子をいだく母親、乳を哺まする乳房は、それらの子たちのために苦難より遁れ出でることができずかえって子を持たない女たちの幸福をうらやむようになるであろう。なお「エルサレムの娘」は表徴的にイスラエルの民を指す故(引照参照)この預言は全イスラエルに関するものと見るべきである。
23章30節 その
口語訳 | そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと言い、また丘にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。 |
塚本訳 | その時人々は“山にむかっては、『われわれの上に倒れかかって(殺して)くれ』、丘にむかっては、『われわれを埋めてくれ』と言い”続けるであろう。 |
前田訳 | そのとき人々は、山々には、『われらの上に倒れかかれ』といい、丘には、『われらを埋めよ』といいだそう。 |
新共同 | そのとき、人々は山に向かっては、/『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、/丘に向かっては、/『我々を覆ってくれ』と言い始める。 |
NIV | Then "`they will say to the mountains, "Fall on us!" and to the hills, "Cover us!"' |
23章31節 もし
口語訳 | もし、生木でさえもそうされるなら、枯木はどうされることであろう」。 |
塚本訳 | (罪のない)生木(のわたし)でさえ、こんな目にあわされるのだ。まして(罪にくされた)枯木は、どうなることであろうか!」 |
前田訳 | 生木のときにこうされるなら、枯木のときはどうなろう」と。 |
新共同 | 『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか。」 |
NIV | For if men do these things when the tree is green, what will happen when it is dry?" |
註解: 人々は死よりも苦しい苦難の中に山や岡に向って己の上に倒れかかって己らを殺すことを懇願するほど甚だしい苦難がエルサレムの娘の上に臨むであろう。かくいう所以は(hoti)青樹 ともいうべき年若きイエスの上に彼ら祭司長・学者・長老・群集たちがかかる残虐な行為を為すのであるから、枯樹 ともいうべき生命なき彼らの上には如何なる審判が下ることであろう。想像するだに恐ろしいことだからである。かく言いてイエスはここに復 エルサレムの滅亡とユダヤ民族の上に下るべき神の審判について預言し給うた。
23章32節 また
口語訳 | さて、イエスと共に刑を受けるために、ほかにふたりの犯罪人も引かれていった。 |
塚本訳 | ほかに二人の罪人も、処刑されるためイエスと共に引かれていった。 |
前田訳 | ほかにふたりの罪びともイエスとともに処刑されるために引かれて行った。 |
新共同 | ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。 |
NIV | Two other men, both criminals, were also led out with him to be executed. |
註解:愆人 と共に数えられんとの預言が文字通り実現した。神が人となり給うことすら驚くべき事実であるのに、それが罪人の一人のごとくに取扱われるということは人類の罪の無限の深さを示すと共に、かくまでにしても人類を救わんとし給う神の愛の無限の深さを示す。
23章33節
口語訳 | されこうべと呼ばれている所に着くと、人々はそこでイエスを十字架につけ、犯罪人たちも、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。 |
塚本訳 | 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。 |
前田訳 | されこうべといわれるところへ来ると、そこで彼を十字架につけた。罪びとをも、ひとりを右に、ひとりを左に十字架につけた。 |
新共同 | 「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。 |
NIV | When they came to the place called the Skull, there they crucified him, along with the criminals--one on his right, the other on his left. |
註解: ルカはゴルゴタの名称とその意義とについて説明せず直ちにその訳語を名称として掲げている。テオピロにヘブル語の説明をする必要を感じなかったからであろう。なおルカはマルコ、マタイの順序に従わず自由な編集法を取っており、その中に次節や39−43節のごとき重要なる材料を加えている。
23章34節 かくてイエス
口語訳 | そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。 |
塚本訳 | するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」“彼らは籤を引いて、”イエスの“着物を自分たちで分けた。” |
前田訳 | イエスはいわれた、「父上、あの人たちをおゆるしください。何をしているか知らないのですから」と。彼らはくじを引いて彼の着物を分けあった。 |
新共同 | 〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。 |
NIV | Jesus said, "Father, forgive them, for they do not know what they are doing." And they divided up his clothes by casting lots. |
註解: 己を殺さんとする敵の罪をも赦されんことを父に祈るその愛こそ、神の愛そのものである。「汝の仇を愛し、汝を責むる者の為に祈れ」とのイエスの教訓(マタ5:44)を、イエス自身ここで実行し給うたこととなる。「彼ら」を単にイエスを処刑する任務を遂行しつつあるローマの兵卒と解する説もある(Z0)けれども、むしろイエスを殺さんとする敵の全部に対するイエスの祈りであると解すべきであろう。この節がBD等の重要な写本に欠けていることは種々の問題を投じているけれども、他の重要な写本には存しており、古代教父の書にも引用または存在を暗示されている点より、ルカの独自の資料をここに置いたものと見て差支えがない。あるいは本節およびルカ23:46節が使7:59、60のステパノの殉教の叫びと略同一である点からBD写本成立の際問題視されたのではあるまいか。
註解: マコ15:24。ヨハ19:23−24参照。詩22:18の実現と見られ、死刑囚の衣服はこれに携わった刑吏の間に分配される習慣があった。
23章35節
口語訳 | 民衆は立って見ていた。役人たちもあざ笑って言った、「彼は他人を救った。もし彼が神のキリスト、選ばれた者であるなら、自分自身を救うがよい」。 |
塚本訳 | 民衆は立って“見物していた。”(最高法院の)役人たちは“鼻で笑って”言った、「人を救ったのだ、(今度は)自分を救えばいいのに、神の救世主、(神に)選ばれた者なら!」 |
前田訳 | 民は立って見ていた。役人たちも鼻で笑っていった、「ひとを救ったのだ。自分を救うがよい、神のキリストで、選ばれたものなら」と。 |
新共同 | 民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」 |
NIV | The people stood watching, and the rulers even sneered at him. They said, "He saved others; let him save himself if he is the Christ of God, the Chosen One." |
註解: 「兵卒」はイエスの衣を分配することに夢中になっており、「民」は観覧人の態度を示して好奇心からイエスの処刑を見物し(なおルカ23:48節参照)ていた。その時「司たち」すなわち議会の議員たちはイエスを嘲弄し始めた。彼らはイエスが「神のキリスト、選ばれし者」(私訳、ただし現行訳に近き写本もある)であると言われている事実を知っていただけで、それであればこそ己を捨てて人を救うのであることを彼らは知らなかった。彼らにとっては己を救い得ないイエスがキリストであるはずがないと思い、かかる嘲弄の言を発することによりイエスの生涯を徹底的に批判し、否定したものと愚かにも考えたのであった。
23章36節
口語訳 | 兵卒どももイエスをののしり、近寄ってきて酢いぶどう酒をさし出して言った、 |
塚本訳 | 兵卒らも近寄って、”酸っぱい葡萄酒を”(その口許に)差し出しながら、イエスをなぶって |
前田訳 | 兵卒たちも近よってすっぱいぶどう酒を差し出しながら彼をあざけっていった、 |
新共同 | 兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、 |
NIV | The soldiers also came up and mocked him. They offered him wine vinegar |
23章37節 『なんぢ
口語訳 | 「あなたがユダヤ人の王なら、自分を救いなさい」。 |
塚本訳 | こう言った、「お前がユダヤ人の王様なら、自分を救ってみろ。」 |
前田訳 | 「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と。 |
新共同 | 言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」 |
NIV | and said, "If you are the king of the Jews, save yourself." |
23章38節
口語訳 | イエスの上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札がかけてあった。 |
塚本訳 | イエスの(頭の)上には こ れ が ユ ダ ヤ 人 の 王と書いた札までも(悪ふざけに)かけてあった。 |
前田訳 | 彼の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札さえかけてあった。 |
新共同 | イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。 |
NIV | There was a written notice above him, which read: THIS IS THE KING OF THE JEWS. |
註解: 初めにイエスの衣の分配に余念がなかった兵卒どもも、面白半分にイエスを嘲弄した。「酸き葡萄酒」oxos をさし出した行為も嘲弄的であると解することは(M0)適当でない(Z0)。これは死刑囚の最後に対する処刑者の事務的行動であったろう。彼らは38節の罪標の文字を読みながら、格別に深い考えがある訳でもなく、また「司たち」のごとき深い悪意があるわけでもなく、極めて不真面目な態度でイエスを嘲弄したのであろう。この種の態度をもってイエスを見る人は、今日も多く存在する。
23章39節
口語訳 | 十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。 |
塚本訳 | 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」 |
前田訳 | はりつけにされた罪びとのひとりが彼を冒涜した、「おまえはキリストではないか。自分とわれらを救え」と。 |
新共同 | 十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」 |
NIV | One of the criminals who hung there hurled insults at him: "Aren't you the Christ? Save yourself and us!" |
註解: 39−43節はルカ特有の記事。なぜこの一人の悪人がイエスを冒涜したのか。その理由は示されていないけれども、死ぬまで悔改めない頑固な罪人の反抗的心理を示していることは事実である。自己の罪を悔改めない者は、他人を批難することにおいて執拗であり、神の子をすら批難せずにいることができない。
23章40節
口語訳 | もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。 |
塚本訳 | するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。 |
前田訳 | するともうひとりのものが彼をたしなめた、「同じ刑を受けながらおまえは神をおそれないのか。 |
新共同 | すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。 |
NIV | But the other criminal rebuked him. "Don't you fear God," he said, "since you are under the same sentence? |
23章41節
口語訳 | お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。 |
塚本訳 | おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」 |
前田訳 | われらはしたことの報いを受けているから当り前だが、この方は何もまちがいをなさらなかった」と。 |
新共同 | 我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」 |
NIV | We are punished justly, for we are getting what our deeds deserve. But this man has done nothing wrong." |
註解: 今一人の罪人は、前者とは正反対に十字架の上でイエスを見、イエスの義と自己の不義とを知り、ここに心から悔改めたのであった。その結果第一に先の罪人を叱咤し、その罪を犯しながら神を畏れざることを責め、イエスの義人たることを認めずに彼を冒涜したのも神を畏れる心が無いからであることを明かにし、次に(41節)自分らが罪に定められたことの正当であることを告白して、自己の罪に対する悔改めの心を示し、第三にイエスの義人であることを告白して彼を信ずる信仰を示した。
23章42節 また
口語訳 | そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。 |
塚本訳 | それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。 |
前田訳 | そしていった、「イエスさま、あなたが王としておいでのとき、わたしを思い出してください」と。 |
新共同 | そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。 |
NIV | Then he said, "Jesus, remember me when you come into your kingdom. " |
23章43節 イエス
口語訳 | イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。 |
塚本訳 | イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽に入ることができる。」 |
前田訳 | 彼はいわれた、「本当にいう、あなたはきょう、わたしといっしょに天国(パラダイス)にいよう」と。 |
新共同 | するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。 |
NIV | Jesus answered him, "I tell you the truth, today you will be with me in paradise." |
註解: この罪人は自己の罪の悔改めとイエスの義とを告白した後さらに改めてイエスに請い、イエスが死んで神の国に入る時にはせめてかかる罪人があったことを思い出してもらいたいことを願った。これに対してイエスは「神の国に入る時」というような不定の時ではなく、また「思い出す」といような漠然たることではなく「今日直ちに汝は我と共にパラダイスに入るであろう」ことを断言し給うた。すなわちイエスは今日死と共にパラダイスに入り、その罪人もイエスと偕にそこにいることができるというのである。この一語は多くのことを我らに示す驚くべき福音である(要義参照)。ただしこのイエスの御言がパウロ的神学の表顕法とは一見甚だ異なった表顕を用いており、かつその後のキリスト教会の信仰としては神の国に入るのはキリストの再臨により聖徒が復活してからのことであるので、この信仰に比較して「今日」ということも「パラダイスに入る」ということも古い時代から多くの問題を起した一節であった。あるいは「今日」を前文にかけ「われ今日誠に汝に告ぐ」と読む説も多く行われたのであるが、イエスの御言は一方に何ら公式的なるものに拘泥しない特徴があると共に他方その当時の一般の信仰をそのまま用い給うたことは著しい事実であって、当時一般のユダヤ人の間には死後義しい人間の霊魂は、黄泉の一部のパラダイスと呼ばれる処に入って復活の朝を待っているとの信念があったのをイエスはそのまま用い給うたのである(Z0、M0)。なおパウロすらピリ1:23のごとき表顕を用いていることに注意すべし。この一節はイエスの最後の十字架上の七語の一つとして極めて重要であることを思わねばならぬ。
要義 [今日汝は我と偕にパラダイスに在るべし]イエスのこの一語は我らに種々のことを教える。すなわち(1)人は悔改むるときはそれがたとい死の一歩手前であっても、永遠の国に彼を入れることとなること、(2)パラダイスに在るとは神と共に、またキリストと共に住む生活である以上、その場所は我らに知られていないけれども我らが信仰に入ると共に我らはパラダイスの生活を送っていると考え得ること、(3)この罪人の場合と同様、洗礼式の必要もなく信仰箇条の承認の必要もなく、信仰のみでそのまま救われること、(4)信仰とはキリストと共にいること等である。大なる福音であると言わなければならない。
23章44節
口語訳 | 時はもう昼の十二時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって、三時に及んだ。 |
塚本訳 | すでに昼の十二時ごろであったが、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。 |
前田訳 | すでに昼の十二時ごろであったが、闇が全地をおおって三時に及んだ。日は光を失っていた。 |
新共同 | 既に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。 |
NIV | It was now about the sixth hour, and darkness came over the whole land until the ninth hour, |
口語訳 | そして聖所の幕がまん中から裂けた。 |
塚本訳 | 日蝕だったのである。すると宮の(聖所の)幕が真中から(二つに)裂けた。 |
前田訳 | 宮の幕が真ん中から裂けた。 |
新共同 | 太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。 |
NIV | for the sun stopped shining. And the curtain of the temple was torn in two. |
註解: 地上の暗黒は世の光として来り給えるイエスの死に相応しく、聖所の幕が真中から裂けたことはイエスの肉体を経て至聖所への途が開かれたことに相当する(ヘブ10:20)。
23章46節 イエス
口語訳 | そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。 |
塚本訳 | その時イエスは大声をあげて言われた、「お父様、”わたしの霊をあなたにおあずけします。”」こう言われるとともに、息が絶えた。 |
前田訳 | そのときイエスは大声をあげていわれた、「父上、わが霊をみ手にゆだねます」と。こういって息を引きとられた。 |
新共同 | イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。 |
NIV | Jesus called out with a loud voice, "Father, into your hands I commit my spirit." When he had said this, he breathed his last. |
註解: マタ27:50。マコ15:37の「大声」の内容がここにルカのみに録されている。この十字架上の叫びは詩31:5を叫び給うたのでありイエスがその生存中も自己の全生命を神に委 せ給うたと同じくその死後の霊魂を神の御手に委ね給い、神がその御意のままに為し給うようにそれを神の御手に付し給うたのであった。すなわちイエスは神に審 かれてその霊魂をゲヘナに投げ込まれたのではなく、平安をもって神に付して今日直ちにパラダイスに入ることを確信し給うたのであった。かくして彼は息絶え給うたのであった。
23章47節
口語訳 | 百卒長はこの有様を見て、神をあがめ、「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言った。 |
塚本訳 | 百卒長はこの出来事を見て、「この方はほんとうに正しい人であった」と言って神を讃美した。 |
前田訳 | 百卒長はこの出来事を見て、神を讃美していった、「本当にこの方は義人であった」と。 |
新共同 | 百人隊長はこの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神を賛美した。 |
NIV | The centurion, seeing what had happened, praised God and said, "Surely this was a righteous man." |
註解: 刑吏としての兵卒の首 であった百卒長もイエスの十字架上の種々の出来事を見て心から彼の義人であったことを告白して神を崇めた(マタ5:16)。
23章48節 これを
口語訳 | この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、みな胸を打ちながら帰って行った。 |
塚本訳 | 見物に来た野次馬も皆、これらの出来事を見て(心を刺され、)胸を打ちながら帰っていった。 |
前田訳 | この光景を見に集まった群衆も皆出来事を見て胸を打ちながら帰って行った。 |
新共同 | 見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。 |
NIV | When all the people who had gathered to witness this sight saw what took place, they beat their breasts and went away. |
註解: 次にルカは群衆の批判を掲げる。この群衆は見物のために集っていた者であった(ルカ23:35節)。中にはイエスを十字架に釘 けよと叫んだ者もいたであろう。それらの民衆も、イエスの死の姿を見てこれに打たれあるいは彼に対する同情より、あるいは自己の良心の苦痛より、悲しみの心を表わし胸を打ちつつ帰路についた。
23章49節
口語訳 | すべてイエスを知っていた者や、ガリラヤから従ってきた女たちも、遠い所に立って、これらのことを見ていた。 |
塚本訳 | またすべてのイエスの“知人”とガリラヤからついて来た女たちも、“遠くの方に立って”これを見ていた。 |
前田訳 | 彼の知人すべてと、ガリラヤからついて来た女たちも、遠くに立ってこれを見ていた。 |
新共同 | イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。 |
NIV | But all those who knew him, including the women who had followed him from Galilee, stood at a distance, watching these things. |
註解: イエスの十字架の許には、その知人、およびガリラヤより従い来った女たちもいた。かくしてイエスの十字架の周囲には全世界のあらゆる種類の人々が代表されていたのであった。
要義1 [ルカの録せるイエスの死]ルカ伝全体を通し殊に十字架の死の記事においてルカはイエスの死の性質を神の怒りの表顕と見ていないことは注意すべき点である。ルカによればイエスの死は神の御旨の成就であり、イエスは平安な心をもってその霊魂を神の御手に委ね、死後直ちにパラダイスに入ることを確信し、己を十字架に釘 ける仇たちのために罪の赦しを祈りつつ死に給うた。ルカが「エリ、エリ」の叫び声を録していないことは、それを排除したためと見ることはできないけれども、おそらくルカは彼の強調せんとする真理をその記録において明示しようとしたのであろう。パウロの愛弟子ルカとしてかかる態度を取ったことに注意しなければならない。
要義2 [十字架と全人類]イエスの十字架はその当時のエルサレムのユダヤ人とローマの官憲および兵卒によって実行されたのであるが、ルカはこれをあたかも全人類による出来事のごとくに取扱っている。すなわち(1)イエスを殺さんとした祭司長・学者・宮守頭(ルカ22:4)、(2)イエスを裏切った十二弟子の一人なるユダ(ルカ22:6)、(3)彼を否んだペテロ(ルカ22:54−62)、(4)彼を訊問した民の司たち(ルカ22:66)、(5)彼を審 いたピラトとヘロデ(ルカ23:1−12)、(6)彼を十字架に釘 けよと叫んだ群衆(ルカ23:18-23)、(7)彼のために嘆き悲しんだ女たち(ルカ23:27)、(8)彼を処刑した兵卒、(9)彼を嘲弄したユダヤの司たちとローマの兵卒(ルカ23:35、36)、(10)彼を見物した群集(ルカ23:35)、(11)彼を譏 った罪人(ルカ23:39)、(12)彼を信じた罪人(ルカ23:40−42)、(13)彼を崇めた百卒長(ルカ23:47)、(14)彼のために胸打った群衆(ルカ23:48)、(15)彼を悲しみをもって見送った知人と女たち(ルカ23:49)である。今日の全世界の人々は凡てこれらの中の何れかに属することであろう。かくしてイエスは全世界の前に全人類によって十字架に懸けられ給うたのであった。
23章50節 (
口語訳 | ここに、ヨセフという議員がいたが、善良で正しい人であった。 |
塚本訳 | さてここにヨセフという人があった。最高法院の議員で、りっぱな、信心深い人であった。 |
前田訳 | ここにヨセフという名の議員があり、善良で正しい人で、 |
新共同 | さて、ヨセフという議員がいたが、善良な正しい人で、 |
NIV | Now there was a man named Joseph, a member of the Council, a good and upright man, |
23章51節 ――この
口語訳 | この人はユダヤの町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいた。彼は議会の議決や行動には賛成していなかった。 |
塚本訳 | ──この人は(イエスの処分について、)同僚たちの(今度の)決議と行動とに賛成しなかった。──ユダヤの町アリマタヤ生まれで、神の国(の来るの)を待ち望んでいた。 |
前田訳 | 人々の決議や行動には賛成しなかった。ユダヤの町アリマタヤの出で、神の国を待ち望んでいた。 |
新共同 | 同僚の決議や行動には同意しなかった。ユダヤ人の町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいたのである。 |
NIV | who had not consented to their decision and action. He came from the Judean town of Arimathea and he was waiting for the kingdom of God. |
註解: ヨセフは「イエスの弟子で富める人」(マタ27:57)であり、「神の国を待望める貴き議員であった」(マコ15:43)彼は「ユダヤ人を恐れて密かにイエスの弟子となっていた」人であったが(ヨハ19:38)、本来「善かつ義」なる人であったので、この度イエスを殺そうとする謀議とその実行には参画しなかった。49節の「相識 の者」の中にはおそらく彼もいたことであろう。またヨハ19:41の園はおそらく彼の所有地で、イエスを葬った墓は、彼の家族のための私有の墓地であったろう。
23章52節
口語訳 | この人がピラトのところへ行って、イエスのからだの引取り方を願い出て、 |
塚本訳 | この人がピラトの所に行ってイエスの体(の下げ渡し)を乞い、 |
前田訳 | この人がピラトのところに行ってイエスのなきがらを求め、 |
新共同 | この人がピラトのところに行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出て、 |
NIV | Going to Pilate, he asked for Jesus' body. |
註解: 彼の身分はかかることを為すに適しており、元来勇気に欠けていた彼も、イエスの死によって何人をも恐れない勇気を持つようになった。ピラトはイエスの死を確めて後(マコ15:44、45)屍を彼に与えた。
23章53節 これを
口語訳 | それを取りおろして亜麻布に包み、まだだれも葬ったことのない、岩を掘って造った墓に納めた。 |
塚本訳 | これを(十字架から)下ろして亜麻布で包み、まだだれも葬られたことのない、岩に穿った墓に納めた。 |
前田訳 | それを取りおろして亜麻布に包み、まただれも葬られたことのない、岩にうがった墓に納めた。 |
新共同 | 遺体を十字架から降ろして亜麻布で包み、まだだれも葬られたことのない、岩に掘った墓の中に納めた。 |
NIV | Then he took it down, wrapped it in linen cloth and placed it in a tomb cut in the rock, one in which no one had yet been laid. |
註解: アリマタヤのヨセフの勇敢な行為により罪人イエスは普通の死人同様の処置を受け、充分なる尊敬をもって新しい墓に葬られたのであった。かかることは異例に属すること勿論である。
辞解
[巌 に鑿 りたる墓] すなわち土に掘ったのでも築き上げたのでもなく、自然の岩盤に屍体を横たえるための穴を鑿 り、これに屍体を横たえ、その口を石で塞ぐ、下方に鑿 り下げたものや横に鑿 ったもの等あり。亜麻布で包み香料と香油にて臭気を防ぐのがユダヤ人の埋葬の習慣であった(56節)。
23章54節 この
口語訳 | この日は準備の日であって、安息日が始まりかけていた。 |
塚本訳 | この日は支度日[金曜日]であったが、(もう夕方で、)安息日[土曜日]が始まろうとしていた。 |
前田訳 | この日は準備日(そなえび)であったが、安息日がはじまりかけていた。 |
新共同 | その日は準備の日であり、安息日が始まろうとしていた。 |
NIV | It was Preparation Day, and the Sabbath was about to begin. |
註解: 金曜日は翌日の安息日のために種々の準備をする日なので準備日 paraskeuê と称していた。「近づきぬ」は原語「明けんとす」であるが、これは主観的な意味で夕六時頃から安息日となる。
23章55節 ガリラヤよりイエスと
口語訳 | イエスと一緒にガリラヤからきた女たちは、あとについてきて、その墓を見、またイエスのからだが納められる様子を見とどけた。 |
塚本訳 | イエスと一しょにガリラヤから来た女たちは(ヨセフの)あとについて行って、墓と、イエスの体が(そこに)納められる様子とを見とどけ、 |
前田訳 | ガリラヤからイエスにお伴して来ていた女たちはヨセフについて行って、墓と、お体が納められる模様とを見とどけ、 |
新共同 | イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、 |
NIV | The women who had come with Jesus from Galilee followed Joseph and saw the tomb and how his body was laid in it. |
口語訳 | そして帰って、香料と香油とを用意した。それからおきてに従って安息日を休んだ。 |
塚本訳 | 帰って、香料と香油を用意した。女たちは掟に従って安息日を休み、 |
前田訳 | 帰って、香料と香油とを用意した。そしていましめに従って安息日を休んだ。 |
新共同 | 家に帰って、香料と香油を準備した。婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。 |
NIV | Then they went home and prepared spices and perfumes. But they rested on the Sabbath in obedience to the commandment. |
註解: 49節で最後までイエスの死を見守った女たちはヨセフのピラトに対する交渉にもイエスの屍骸を十字架から下すのにも、またその埋葬にもみなこれに従って行ったことであろう。そして埋葬を涙をもって見届けた後、安息日になる前にと急ぎエルサレムの町に「帰り」埋葬用の香料と香油とを買い求めて準備をした。
かくて
註解: この間に神はイエスの屍骸を復活せしむる準備を為し給うたことであろう。