ヨハネ伝第18章
分類
4 受難週
12:1 - 19:42
4-4 イエスの受難
18:1 - 19:42
4-4-1 イエスの就縛
18:1 - 18:11
註解: 18、19の二章はイエスの受難の記事であって、著者ヨハネは他の三福音書を手にしつつ、彼独特の着眼点に従いでき得るだけ記事の重複を避け、他の福音書に対する補充の目的をもってこの二章を記していることが明らかに顕われている。ゲツセマネの祈りを省いたのもその一つである。
18章1節
口語訳 | イエスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。そこには園があって、イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。 |
塚本訳 | こう言ったあとイエスは、弟子たちと供に(都から)ケデロンの谷の向こうに出てゆき、そこにある園に入られた。弟子たちも一しょであった。 |
前田訳 | これらをいってイエスは弟子たちとケドロンの谷の向こうへ行き、そこにある園へ弟子たちと入られた。 |
新共同 | こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。 |
NIV | When he had finished praying, Jesus left with his disciples and crossed the Kidron Valley. On the other side there was an olive grove, and he and his disciples went into it. |
註解: 第13章の終りと連絡している。
辞解
[ケデロンの小川] ケデロンの谷にあり(引照参照)今は水なし。エルサレムの東、橄欖 山と神殿地域との間を南北に走り、南はヒンノムの谷に連なる。エルサレムより橄欖 山またはベタニヤに行くにはその上に架せる橋によりてケデロンの谷を渡る。渡りて少し行けば路傍に小園あり橄欖 の古木を植付けあり、これがゲツセマネの園(マタ26:36等)なりとの伝説がある。確実のものであろう。
18章2節 ここは
口語訳 | イエスを裏切ったユダは、その所をよく知っていた。イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである。 |
塚本訳 | イエスはそこでたびたび弟子たちと集まられたので、イエスを売るユダもこの場所を知っていた。 |
前田訳 | 背くユダもその場所を知っていた。イエスがたびたび弟子たちとそこに集まられたからである。 |
新共同 | イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。 |
NIV | Now Judas, who betrayed him, knew the place, because Jesus had often met there with his disciples. |
註解: イエスは少しもその危険を逃れんとし給わず、この日も平常のごとくに行動し給うた。ユダもこの点よりイエスの所在を知ることができたのである。この園は特にかかる集合や祈りに適した場所であったらしい。学者によりてはこの園の持主がイエスの知人であったろうと想像する人もいる。
18章3節 かくてユダは
口語訳 | さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。 |
塚本訳 | ユダは一部隊の兵と、大祭司連およびパリサイ人すなわち最高法院から派遣された下役らとを引き連れ、ランタンや松明や武器を持って、そこに来た。 |
前田訳 | ユダは兵隊と大祭司とパリサイ人の手下を連れ、燈(あかり)や松明(たいまつ)や武器を持ってそこに来た。 |
新共同 | それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。 |
NIV | So Judas came to the grove, guiding a detachment of soldiers and some officials from the chief priests and Pharisees. They were carrying torches, lanterns and weapons. |
註解: 俗界の力を代表する兵士、霊界の力を代表する下役、燈火武器等凡ての準備を整えてイエスを捕えんとした。しかしながら光と力の源に在すイエスに対していかにその貧弱なるかを見よ。
辞解
[一組の兵隊] speira はエルサレムの神殿の西北隅のアントニアの要塞に駐屯するローマ兵の一隊、またはその一部。他の福音書には兵隊に関する記事なく、祭司長ユダヤ人らがピラトを動かしてその兵隊を用いしめたのである。
[下役] hupêretai(ヨハ7:32、ヨハ7:45)はサンヘドリムの役員。
18章4節 イエス
口語訳 | しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか」。 |
塚本訳 | イエスはその身に起ろうとしていることを何もかも知っておられたので、園から出てきて彼らに言われる、「だれをさがしているのか。」 |
前田訳 | イエスは身の上に来ることすべてを知り、出かけて彼らにいわれる、「だれに用か」と。 |
新共同 | イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。 |
NIV | Jesus, knowing all that was going to happen to him, went out and asked them, "Who is it you want?" |
註解: イエスには凡てのことが明らかであったので少しも狼狽し給わず、かえって弟子たちを保護せんがために自ら進み出で給うた。ユダの接吻はイエスのこの質問より前に行われたものでヨハネはこれをも省略した(マタ26:49、50等)。
辞解
[進み出でて] exerchomai は「外に出でて」の意味、種々の解釈があるけれども園より外に出でての意味か(M0、G1)または園の奥の方より(ルカ22:41)出で給うた意味であろう(A1)。
18章5節
口語訳 | 彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである」。イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。 |
塚本訳 | 「ナザレ人イエスを」と答えた。彼らに言われる、「それはわたしだ。」イエスを売るユダも彼らと一しょに立っていた。 |
前田訳 | 彼らは答えた、「ナザレ人イエス」と。彼はいわれる、「わたしがそれだ」と。彼に背くユダも彼らといっしょに立っていた。 |
新共同 | 彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。 |
NIV | "Jesus of Nazareth," they replied. "I am he," Jesus said. (And Judas the traitor was standing there with them.) |
18章6節 『
口語訳 | イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。 |
塚本訳 | 彼らはイエスが「それはわたしだ」と言われた時、後ずさりして地に倒れた。 |
前田訳 | 「わたしがそれだ」といわれたとき、彼らはあとずさりして地に倒れた。 |
新共同 | イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。 |
NIV | When Jesus said, "I am he," they drew back and fell to the ground. |
註解: イエスのこの簡単なる御言の中に驚くべき力を含んでいた。あたかも神の稜威の前に何人も立つことができないと同じく(殊に良心に責められつつありしユダにとってはなおさら)、彼らはイエスの稜威の前に倒れた。
18章7節 ここに
口語訳 | そこでまた彼らに、「だれを捜しているのか」とお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスを」と言った。 |
塚本訳 | そこで「だれをさがしているのか」とかさねてお尋ねになると、「ナザレ人イエスを」と言った。 |
前田訳 | そこでふたたび彼らに問われた、「だれに用か」と。彼らはいった、「ナザレ人イエス」と。 |
新共同 | そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。 |
NIV | Again he asked them, "Who is it you want?" And they said, "Jesus of Nazareth." |
18章8節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「わたしがそれであると、言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちを去らせてもらいたい」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「『それはわたしだ』と言ったではないか。だから、もしわたしをさがしているのなら、この人たちに手をつけるな。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わたしがそれだといったのに。もしわたしを探しているのなら、この人々が去るままにせよ」と。 |
新共同 | すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」 |
NIV | "I told you that I am he," Jesus answered. "If you are looking for me, then let these men go." |
註解: 彼らの捕えんとする目的がイエスにあることを再び断言せしめて後イエスはその弟子たちの身の上を憂慮し給いて彼らを去らしめんことを求め給う。イエスの愛の深さはこの切迫せる刹那においてもその弟子たちを離れなかった。危険に際して雛鶏を掩 う親鶏のごとき態度である。
18章9節 これさきに『なんぢの
口語訳 | それは、「あなたが与えて下さった人たちの中のひとりも、わたしは失わなかった」とイエスの言われた言葉が、成就するためである。 |
塚本訳 | これは(神)がわたしに下さった者のうち、だれ一人滅ぼしませんでした」と、イエスの言われた言葉が成就するためであった。 |
前田訳 | これは「あなた(神)がわたしにお与えの人々のうちだれも滅ぼしませんでした」と彼がいわれたことが成就するためであった。 |
新共同 | それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。 |
NIV | This happened so that the words he had spoken would be fulfilled: "I have not lost one of those you gave me." |
註解: ヨハ17:12にイエスはその祈りの中に弟子たちの保護を神に托し給いて後あたかも過去における事実のごとくにして述べ給いし御言が、そのまま預言となってこの際に完成せられた。かくのごとく未来に関するイエスの凡ての約束と預言は完全に成就せられるであろう。なおヨハ17:12の文句をそのままに引用せざることに注意せよ。字句の拘泥せる逐字霊感説のごときはヨハネの思想中には存在しなかった。
18章10節 シモン・ペテロ
口語訳 | シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。 |
塚本訳 | するとシモン・ペテロは、持っていた剣を抜いて大祭司の下男に切りつけ、右の耳を切り落としてしまった。下男の名はマルコスといった。 |
前田訳 | すると、剣を持っていたシモン・ペテロはそれを抜いて大祭司の僕に切りつけ、その右の耳を切り落とした。僕の名はマルコスであった。 |
新共同 | シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。 |
NIV | Then Simon Peter, who had a sword, drew it and struck the high priest's servant, cutting off his right ear. (The servant's name was Malchus.) |
註解: 師に対する熱愛と性急なる素質とを有つペテロの性格を遺憾なくこの行動に表わしている。他の三福音書はペテロの名を逸しており(その理由についてはマタ26:51註参照)、ヨハネは目撃者としてこれを知っていたのでここにこれを補充し、かつ後に起るべきペテロの躓きとの対照を示している。マルコスの名もヨハネ伝のみに記されている。かかる一奴僕の名をヨハネがいかにして知っていたかについては、15節の「他の一人の弟子」がこれを告げしものと想像することができる。
18章11節 イエス、ペテロに
口語訳 | すると、イエスはペテロに言われた、「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」。 |
塚本訳 | イエスはペテロに言われた、「剣を鞘におさめよ。父上が下さった杯、それを飲みほさないでよかろうか!」 |
前田訳 | イエスはペテロにいわれた、「剣を鞘におさめよ。父がわたしにお与えの杯を飲まずに済まされるか」と。 |
新共同 | イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」 |
NIV | Jesus commanded Peter, "Put your sword away! Shall I not drink the cup the Father has given me?" |
註解: イエスはゲツセマネの園の祈りにおいてその受くべき苦杯を免ぜられんことを父に切願したけれども容 されず、この酒杯を飲み干すことが父の御旨なることをさとり給うた(マタ26:36−46)。正義は肉的手段、物質的の力によりて擁護される必要はない。肉の眼に敗れしがごとくに見えても正義は正義自身の力によって勝つ、ゆえにイエスは暴力に訴えんとせるペテロを遮り給うた。
辞解
[収めよ] bale ...... eis ......で「投込め」のごとき強き語調。
18章12節 ここにかの
口語訳 | それから一隊の兵卒やその千卒長やユダヤ人の下役どもが、イエスを捕え、縛りあげて、 |
塚本訳 | そこで一部隊の兵と千卒長とユダヤ人の(最高法院の)下役らとは、イエスをつかまえて縛り、 |
前田訳 | そこで兵隊と千卒長とユダヤ人の手下はイエスを捕えて縛り、まずアンナスのところへ引いて行った。 |
新共同 | そこで一隊の兵士と千人隊長、およびユダヤ人の下役たちは、イエスを捕らえて縛り、 |
NIV | Then the detachment of soldiers with its commander and the Jewish officials arrested Jesus. They bound him |
18章13節
口語訳 | まずアンナスのところに引き連れて行った。彼はその年の大祭司カヤパのしゅうとであった。 |
塚本訳 | まずアンナスの所に引いていった。アンナスはその年の大祭司であったカヤパの舅だったからである。 |
前田訳 | 彼はその年の大祭司カヤパの舅であったからである。 |
新共同 | まず、アンナスのところへ連れて行った。彼が、その年の大祭司カイアファのしゅうとだったからである。 |
NIV | and brought him first to Annas, who was the father-in-law of Caiaphas, the high priest that year. |
註解: 共観福音書にはアンナスの許における訊問の記事がない。なお15−27節の記事につき共観福音書と本書との関係において生ずる困難は15−23節の記事はアンナスの邸において起れる事柄なりや、またカヤパの邸における訊問なりやの問題であって、(1)前者なりとすれば15、16、19、22節にある「大祭司」なる文字は13節の説明と矛盾してアンナスを指すこととなり、この語のヨハネ伝全体の用例と異なる(ただしシューラーも証明するごとく、退職せる大祭司を大祭司と呼ぶ例は有った。ルカ3:2、使4:6)。また共観福音書にあるペテロの拒否の事実(マタ26:69−75等)の起りし場所とも矛盾する。(2)後者なりとすれば24節は13節の後に来る必要があり、また訊問の内容が共観福音書と著しく異なる。この困難を解決する推測説として、アンナスの邸とカヤパの邸が同一の庭を囲める邸宅なりしと仮定し、イエスはまずヨハネ伝にあるごとく大祭司の前にて予備的に訊問を受け給い、後に共観福音書のごとくカヤパの邸において正式の訊問を受け給い、ペテロの拒否はこの庭に出入する際に起りし事実と見ることによって、種々の困難を説明し去ることができる(G1、Z0、A1等)。
18章14節 カヤパはさきにユダヤ
口語訳 | カヤパは前に、ひとりの人が民のために死ぬのはよいことだと、ユダヤ人に助言した者であった。 |
塚本訳 | (さきに、)「一人の人が民(全体)に代わって死ぬ方が得である」とユダヤ人に入れ知恵したのは、このカヤパであった。 |
前田訳 | カヤパは、民のためにひとりの人が死ぬのは好ましいとユダヤ人に説いた人である。 |
新共同 | 一人の人間が民の代わりに死ぬ方が好都合だと、ユダヤ人たちに助言したのは、このカイアファであった。 |
NIV | Caiaphas was the one who had advised the Jews that it would be good if one man died for the people. |
註解: ヨハ11:49−53註、要義2参照。
18章15節 シモン・ペテロ
口語訳 | シモン・ペテロともうひとりの弟子とが、イエスについて行った。この弟子は大祭司の知り合いであったので、イエスと一緒に大祭司の中庭にはいった。 |
塚本訳 | さてシモン・ペテロともう一人の弟子とが、イエスについて行った。この弟子は大祭司(アンナス)と知合いだったので、イエスと一しょに大祭司の(官邸の)中庭に入っていったが、 |
前田訳 | シモン・ペテロともうひとりの弟子がイエスに従った。その弟子は大祭司と知り合いであったので、イエスとともに大祭司の官邸の中庭に入った。 |
新共同 | シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、 |
NIV | Simon Peter and another disciple were following Jesus. Because this disciple was known to the high priest, he went with Jesus into the high priest's courtyard, |
註解: 「他の一人の弟子」はヨハネ自身なりとの説を普通とすれど(M0、A1.P0、H0)、同じく匿名としても ヨハ13:23。ヨハ19:26。ヨハ20:2。ヨハ21:7、ヨハ21:20 の場合とはその用語を異にし、かつ定冠詞なきゆえを有ってこれをヨハネの兄弟ヤコブならんと解する学者もある(G1、Z0)。この推測が優っている。「大祭司」はここではルカ3:2。使4:6と同じくアンナスを指し「その年の大祭司」と区別している。ただし13節註に示せるごとくこの「庭」はアンナスとカヤパの邸によりて囲繞 せられている庭であったろう。
18章16節 ペテロは
口語訳 | しかし、ペテロは外で戸口に立っていた。すると大祭司の知り合いであるその弟子が、外に出て行って門番の女に話し、ペテロを内に入れてやった。 |
塚本訳 | ペテロは門の外に立っていた。大祭司と知合いの(さきの)もう一人の弟子が出てきて、門番の女に話して、ペテロをつれて入った。 |
前田訳 | ペテロは門の外に立っていた。大祭司と知り合いのあのもうひとりの弟子が出て来て門番の女に話し、ペテロを連れて入った。 |
新共同 | ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。 |
NIV | but Peter had to wait outside at the door. The other disciple, who was known to the high priest, came back, spoke to the girl on duty there and brought Peter in. |
註解: 師を思うこと厚きペテロの苦痛を察し、ヤコブは門番の女との面識を利用してペテロを門内に入れた。
辞解
[門を守る女] ユダヤの邸宅には門番として女を用いている場合が多かった(使12:13)。
18章17節
口語訳 | すると、この門番の女がペテロに言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではありませんか」。ペテロは「いや、そうではない」と答えた。 |
塚本訳 | するとこの門番の女中がペテロに言う、「まさかあなたも(イエスとかいう)あの人の弟子ではあるまいね。」「もちろん」と彼が言う。 |
前田訳 | そこで門番の女中がペテロにいう、「あなたもあの人の弟子のひとりではありませんか」と。彼はいう、「そうではない」と。 |
新共同 | 門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。 |
NIV | "You are not one of his disciples, are you?" the girl at the door asked Peter. He replied, "I am not." |
註解: 自己の安全を求むる心、イエスを告白するを恥とする心、一時を誤魔化すことを利益と考うる心等がペテロを支配してこの罪に陥らしめたのである。而して常にイエスに眼を注がざる者は不用意の問いにこの試みに遭いて失敗する。ペテロのごときもその例である。
18章18節
口語訳 | 僕や下役どもは、寒い時であったので、炭火をおこし、そこに立ってあたっていた。ペテロもまた彼らに交じり、立ってあたっていた。 |
塚本訳 | 寒かったので、下男や下役らが炭火をおこして、たってあたっていた。ペテロも一しょに立ってあたっていた。 |
前田訳 | 僕や手下は立っていて、寒かったので炭火をおこしてあたっていた。ペテロも彼らといっしょに立ってあたっていた。 |
新共同 | 僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。 |
NIV | It was cold, and the servants and officials stood around a fire they had made to keep warm. Peter also was standing with them, warming himself. |
註解: 邸内にてはイエス訊問を受けつつあった。その間庭内にて暖を取りつつある一団の光景がここに如実に描かれている。
辞解
[僕] 家庭における使用人、「下役」は大祭司の職務上の使用人を意味する。
18章19節 ここに
口語訳 | 大祭司はイエスに、弟子たちのことやイエスの教のことを尋ねた。 |
塚本訳 | 大祭司(アンナス)はイエスに、その弟子のことや、その教義のことを尋ねた。 |
前田訳 | さて、大祭司はイエスに弟子たちや教えについてたずねた。 |
新共同 | 大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。 |
NIV | Meanwhile, the high priest questioned Jesus about his disciples and his teaching. |
註解: 大祭司の恐れる点はイエスが悪しき教えをもって人々を迷わしてその弟子とする点にあった。ゆえにこの二つの点について質問を発したのでえある。この質問を発せる大祭司はアンナスであって(M0、E0)、カヤパ(G1、Z0)ではない。
18章20節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「わたしはこの世に対して公然と語ってきた。すべてのユダヤ人が集まる会堂や宮で、いつも教えていた。何事も隠れて語ったことはない。 |
塚本訳 | イエスは答えられた、「わたしは世間にむかって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる礼拝堂や宮で教えて、何一つ隠れて話したことはない。 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わたしは公に世に向かって話した。ユダヤ人が皆集まる会堂や宮でいつも教え、隠れて話したことはひとつもない。 |
新共同 | イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。 |
NIV | "I have spoken openly to the world," Jesus replied. "I always taught in synagogues or at the temple, where all the Jews come together. I said nothing in secret. |
18章21節
口語訳 | なぜ、わたしに尋ねるのか。わたしが彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。わたしの言ったことは、彼らが知っているのだから」。 |
塚本訳 | (今ごろ)わたしに何を尋ねるのか。何をわたしが話したかは、聞いた人たちに尋ねたがよかろう。そら、この人たちはわたしの言ったことを知っているはずだ。」 |
前田訳 | 何をわたしにたずねるのか。わたしが話したことは聞いた人々にたずねよ。このとおり、これらの人々がわたしがいったことを知っているはず」と。 |
新共同 | なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」 |
NIV | Why question me? Ask those who heard me. Surely they know what I said." |
註解: イエスの教え方は公然にして秘密ではない。ゆえに悪事を企画する秘密結社とは異なっている。従ってその宣伝の場所も屋根裏や地下室ではなく「宮と会堂」であり、その時は「常に」であって、特別の時期がなかった。ゆえに一般の人々の耳に公然に入っている。これらの人々に質問すればイエスの教えの性質はわかるはずであるとイエスは答え給うた。公明正大の教えを公然に教え給う以上、これを学びし弟子もまた一般的であり、特別の秘密結社ではない。ゆえに彼らについては答うる必要を感じ給わなかった。また弟子につき語り給わなかった所以は彼らを保護せんとの御心であったろう。イエスはこの答によりて、イエスを除かんとする大祭司らの思想をその根本において破壊し給うたのである。
18章22節 かく
口語訳 | イエスがこう言われると、そこに立っていた下役のひとりが、「大祭司にむかって、そのような答をするのか」と言って、平手でイエスを打った。 |
塚本訳 | こう言われたとき、(大祭司の)そばに立っていた下役の一人が、「大祭司殿にむかって何という口のきき方だ」と言いながら、イエスに平手打をくらわせた。 |
前田訳 | こういわれると、立っていた手下のひとりが「大祭司に向かってそんな答え方をするのか」といってイエスを平手で打った。 |
新共同 | イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。 |
NIV | When Jesus said this, one of the officials nearby struck him in the face. "Is this the way you answer the high priest?" he demanded. |
註解: 大祭司は教権の擁護者で、下役はその助手である。彼は大祭司に対しては忠勤を抽 でていたけれども、真理に叛逆する憐れむべき態度を取っているのである。彼はイエスの言が大祭司に反対することのみをもって悪しきものであると信じていたのである。憐れむべきは教権の走狗 となることである。
18章23節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「もしわたしが何か悪いことを言ったのなら、その悪い理由を言いなさい。しかし、正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「もしわたしが(大祭司に対して)無礼なことを言ったのなら、その無礼を証明せよ。しかし間違っていないなら、なぜ打つか。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わたしが悪いことをいったなら、その悪を証せよ。よければ、なぜ打つか」と、 |
新共同 | イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」 |
NIV | "If I said something wrong," Jesus replied, "testify as to what is wrong. But if I spoke the truth, why did you strike me?" |
註解: イエスの眼中に真理のみがあって大祭司も教権もなかった。教権に反抗することのみを以て彼の行動を悪しと決定することができない。その言そのものの善悪をもって判断しなければならなぬ。いずれの時代においても教権保持者は真理を迫害する。
18章24節 ここにアンナス、イエスを
口語訳 | それからアンナスは、イエスを縛ったまま大祭司カヤパのところへ送った。 |
塚本訳 | そこで、アンナスはイエスを縛ったまま、大祭司カヤパの所に送った。 |
前田訳 | アンナスはイエスを縛ったまま大祭司カヤパへ送った。 |
新共同 | アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。 |
NIV | Then Annas sent him, still bound, to Caiaphas the high priest. |
註解: 大祭司カヤパの邸におけるサンヘドリム(衆議所)にての訊問は共観福音書に詳記している。なお本節は種々の難問を生みし節であり、異本にはこれを13節の後に移したる形跡があるものもあり、またこの節を強いて過去の事実と解釈する見方もあるけれどもいずれも不可であって、文字通りに読んで差支えがない。なお12、13節註参照。
18章25節 シモン・ペテロ
口語訳 | シモン・ペテロは、立って火にあたっていた。すると人々が彼に言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではないか」。彼はそれをうち消して、「いや、そうではない」と言った。 |
塚本訳 | シモン・ペテロは(そこに)立って火に当っていた。すると人々は言った、「あなたもあれの弟子ではあるまいね。」「もちろん」と言ってペテロが打ち消した。 |
前田訳 | シモン・ペテロは立って火にあたっていた。すると人々が彼にいった、「あなたもあの人の弟子のひとりか」と。彼は打ち消していった、「そうではない」と。 |
新共同 | シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。 |
NIV | As Simon Peter stood warming himself, he was asked, "You are not one of his disciples, are you?" He denied it, saying, "I am not." |
註解: ペテロは18節と同じ場所に同じ地位にいるのであることは文勢上明らかであり、13節註の推測が正しきことがわかる。ペテロはここで二度主を否んだ。ペテロの心は主に対する愛と自己の安全を欲する心との混合であった。我らの心は二人の主に仕うることができない。かくすれば必ず私慾が最後の支配者となる。
18章26節
口語訳 | 大祭司の僕のひとりで、ペテロに耳を切りおとされた人の親族の者が言った、「あなたが園であの人と一緒にいるのを、わたしは見たではないか」。 |
塚本訳 | 大祭司の下男で、ペテロに耳を切り落された人の親族の者が言う、「たしかにわたしは、あなたがあの人と一しょに園にいるのを見たようだが。」 |
前田訳 | 大祭司の僕のひとりで、ペテロが耳を切り落とした人の身うちがいう、「あなたをあの人といっしょに園で見なかったろうか」と、 |
新共同 | 大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」 |
NIV | One of the high priest's servants, a relative of the man whose ear Peter had cut off, challenged him, "Didn't I see you with him in the olive grove?" |
口語訳 | ペテロはまたそれを打ち消した。するとすぐに、鶏が鳴いた。 |
塚本訳 | ペテロはまた打ち消した。するとすぐ鶏が鳴いた。 |
前田訳 | ペテロがふたたび打ち消すと、すぐにわとりが鳴いた。 |
新共同 | ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。 |
NIV | Again Peter denied it, and at that moment a rooster began to crow. |
註解: ヨハネは最も詳細にペテロの拒否の事情を録している。而して四つの福音書の各にこの同一事実の記載につき幾分ずつの差異があって、完全にこれを一致せしむることは困難であり、またその必要はない。ここでペテロは第三の拒否をなした際に、鶏が鳴いたために主の御言を思い浮かべて泣いたことが共観福音書に記されている(マタ26:75等)。ヨハネは当然のこととしてこれを略し、かえってその含蓄を多からしめている。
要義1 [教権保持者のイエスに対する態度]12−27節の記事によりて明らかなるごとく(殊にこれを補充するに共観福音書におけるカヤパ邸の審問をもってすれば一層明らかである。)大祭司・祭司長・パリサイ人らのイエスを除かんとする動機は、イエスの言の不真理なるがためにもあらず、その教権に対する反逆者、侵害者であると目したからであった。真理は真理そのものの力によって擁護せらるべきものであり、人間団結の力によって擁護せらるべきものではない。キリスト者にもし団結がありとすればそれは愛の団結であり、真理そのものの団結でなければならない。「これに過ぐるは悪より出づるなり」。
要義2 [ペテロの拒否に就て]マタ26:75要義参照。
18章28節 かくて
口語訳 | それから人々は、イエスをカヤパのところから官邸につれて行った。時は夜明けであった。彼らは、けがれを受けないで過越の食事ができるように、官邸にはいらなかった。 |
塚本訳 | 人々はイエスをカヤパのところから、総督官舎に引いていった。夜明けであった。しかし総督官舎には入らなかった。(異教人の家に入って身に)不浄をうけると、(その晩の)過越の食事をすることができなくなるからであった。 |
前田訳 | 人々はイエスをカヤパのところから総督邸へ引いて行った。それは夜明けであった。人々は総督邸に入らなかったが、それはけがされないで過越の食事をするためであった。 |
新共同 | 人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。 |
NIV | Then the Jews led Jesus from Caiaphas to the palace of the Roman governor. By now it was early morning, and to avoid ceremonial uncleanness the Jews did not enter the palace; they wanted to be able to eat the Passover. |
註解: 「過越の食をなさんため」は直訳「過越を食せんため」であって、普通ニサンの月の14日の夕より始まる過越の羔を食することの意味と解し、従ってすでに終れる食は真の過越の食にあらざることとなり、共観福音書と矛盾するものと解する説が多い。この説は一見正しきがごときも、異邦人の家に入りたるものは一日の間汚れるに過ぎず従って入浴することによりてその穢れを洗い、夕刻の過越を食することは不可能ではない。それ故にここでは15日以後に行われる犠牲を食うこと(申16:1以下。U歴35:6−12)を意味すと見るべきであろう。この場合は日中にこれを食う必要上彼らはその身を潔むることができず、従って官邸に入ることを躊躇したのである。なおヨハ19:42(19章末尾)附記「イエスの死に給いし日の計算」参照。▲「汚穢 を受けじとて・・・・・・入らず」は、口語訳「けがれを受けないで過越の食事ができるように」の方が正しい。
辞解
[官邸] praitorion は裁判を行う場合に総督の用いし場所である。
18章29節 ここにピラト
口語訳 | そこで、ピラトは彼らのところに出てきて言った、「あなたがたは、この人に対してどんな訴えを起すのか」。 |
塚本訳 | そこで、(総督)ピラトが彼らの所に出ていって言う、「いかなる廉でこの男を訴えるのか。」 |
前田訳 | そこでピラトは彼らのところに出て来ていう、「この人に対して何の訴えをするのか」と。 |
新共同 | そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。 |
NIV | So Pilate came out to them and asked, "What charges are you bringing against this man?" |
18章30節
口語訳 | 彼らはピラトに答えて言った、「もしこの人が悪事をはたらかなかったなら、あなたに引き渡すようなことはしなかったでしょう」。 |
塚本訳 | 彼らが答えて言った、「これが悪事をはたらいた男でなかったら、あなたに引き渡しはしません。(調べてください。)」 |
前田訳 | 彼らは答えた、「この人が悪をしなかったのならこの人をあなたに引き渡しはしません」と。 |
新共同 | 彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。 |
NIV | "If he were not a criminal," they replied, "we would not have handed him over to you." |
註解: ピラトが一方にローマの法律による正しき支配者たらんとしつつ、他方ユダヤ人の人望を失わざらんことに苦心し、一方に真理に対する敬意を持ちつつ、他方に利害に支配せられているその政治家的風貌は本節以下において明らかにこれを見ることができる。まずピラトは訊問せずに罰することを得ざることを明らかにしたのに対し、ユダヤ人らは訊問はすでに彼らによりて為されし故、ピラトは唯処罰すればそれでよろしとの態度に出ている。勿論彼らにもその民を審判し処罰する権利があるのに、ここに連れて来たのはイエスの悪が彼らの処罰の権を越えている証拠である。
辞解
[ピラト] ユダヤの第五代目の総督で、ローマ皇帝チベリウスとカリグラの時代に26−36年の間に支配していた。
18章31節 ピラト
口語訳 | そこでピラトは彼らに言った、「あなたがたは彼を引き取って、自分たちの律法でさばくがよい」。ユダヤ人らは彼に言った、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」。 |
塚本訳 | ピラトが言った、「(はっきりした罪名のないところを見ると、わたしが手を下すほどの事件ではなさそうだ。)お前たちがあれを引き取って、自分の法律で裁判するがよい。」ユダヤ人が(とうとう本音を吐いて)言った、「われわれには人を死刑に処する権限がありません。」 |
前田訳 | ピラトはいった、「あなた方が引き取って自分の法律で裁きなさい」と。ユダヤ人はいった、「われらには人を死に定める権利がありません」と。 |
新共同 | ピラトが、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言った。 |
NIV | Pilate said, "Take him yourselves and judge him by your own law." "But we have no right to execute anyone," the Jews objected. |
註解: ピラトは罪なきイエスを審 くことを好まず、ユダヤ人らをしてこれを行わしめんとした。ユダヤ人の心中すでにイエスを殺さんとする心があったので、ピラトのこの要求に応ずることができなかった。紀元三十年頃に死刑を執行するの権はユダヤ人より取り上げられローマ政府に帰した。
18章32節 これイエス、
口語訳 | これは、ご自身がどんな死にかたをしようとしているかを示すために言われたイエスの言葉が、成就するためである。 |
塚本訳 | これはイエスが(かねて、)自分はどんな死に方で死なねばならぬかを、暗示して言われた言葉が成就するためであった。(ユダヤ人は十字架でなく、石打ちで、死刑を行ったからである。) |
前田訳 | これはイエスがどんな死に方で死ぬべきかを示していわれたことばの成就するためであった。 |
新共同 | それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。 |
NIV | This happened so that the words Jesus had spoken indicating the kind of death he was going to die would be fulfilled. |
註解: ユダヤ人がイエスを殺す権威を有たなかった所以は、ステパノのごとくイエスが彼らに石で打たれるごときことなく、その預言し給える(ヨハ3:14。ヨハ12:32。引照参照)十字架の死、すなわち最も重き刑罰を人類全体のために受け給わんがためであった。▲凡てが神の導きであった。
18章33節 ここにピラトまた
口語訳 | さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。 |
塚本訳 | そこでピラトはまた総督官舎に入り、イエスを呼びよせて言った、「お前が、ユダヤ人の王か。」 |
前田訳 | ピラトはまた総督邸に入り、イエスを呼んでいった、「あなたはユダヤ人の王か」と。 |
新共同 | そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。 |
NIV | Pilate then went back inside the palace, summoned Jesus and asked him, "Are you the king of the Jews?" |
註解: ピラトは官邸を出入りしつつ外にいるユダヤ人と内にあるイエスとに応対していた。イエスの捕縛のためにピラトの兵隊を用いしを見るも、捕縛の理由として「イエスが己をユダヤ人の王となす」ものとしてピラトに示したのであろう。またルカ23:2によればユダヤ人はこのことをピラトに訴えた。従ってピラトはこの点につき質問を発した。
18章34節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「あなたは自分の考えでそう言われるのか、それともだれかほかの人たちが、わたしのことをそうあなたに言ったのか。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「自分からそういうのか、ほかの人々がわたしのことをあなたにそういったのか」と。 |
新共同 | イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」 |
NIV | "Is that your own idea," Jesus asked, "or did others talk to you about me?" |
註解: この答の如何によりてイエスの答も自ら異ならざるを得なかった。もしピラト自らの質問であったならば、ピラトは「ユダヤ人の王」の意味を地的の王と解するよりも他に解し方をしらないはず故、イエスは「否」と答え給うたであろう。もしユダヤ人がピラトに告げたのであったならっば、ユダヤ人はメシヤの意義を理解すべきはず故、イエスは「然り」と答え給うたであろう。而して35節に示すごとくこの場合は後者であったがために、イエスは37節のごとく「然り」と答え給うた。
18章35節 ピラト
口語訳 | ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。 |
塚本訳 | ピラトが答えた、「このわたしを、ユダヤ人とでも思っているのか。お前の国の人たち、ことに(その代表者の)大祭司連が、(その廉で)お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしでかしたのか。」 |
前田訳 | ピラトは答えた、「わたしがユダヤ人だというのか。あなたの民と大祭司があなたをわたしに引き渡したのだ。何をしたのか」と。 |
新共同 | ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」 |
NIV | "Am I a Jew?" Pilate replied. "It was your people and your chief priests who handed you over to me. What is it you have done?" |
註解: (▲▲「我はユダヤ人ならんや」は、「我はユダヤ人ではないじゃないか」の意、従って33節の質問はユダヤ人からきいて質問したに過ぎないことがわかる。)ピラトの答は激しかった。「ユダヤ人にあらざる我がいかで汝らの間のつまらない争論について自分で知っていようか、汝の国人祭司長らが汝を我に付し我は彼らからこのことを聞いたのである。いったい汝は何の悪事を為したのであるか、早く問題の要点を答えよ」という口調である。ピラトはあくまでもローマ人の実際家たる性質を示しており、ユダヤ人の狂信は彼の好まざる処であり、イエスの深き真理は彼の理解せざる処であった。
18章36節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであったら、わたしの手下の者たちが、わたしをユダヤ人に渡すまいとして戦ったはずである。しかし実際のところ、わたしの国はこの世のものではない。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わが王国はこの世のものではない。もしわが王国がこの世のものであったら、わたしの手下はわたしをユダヤ人に渡すまいと戦ったろう。本当にわが王国はここにはない」と。 |
新共同 | イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」 |
NIV | Jesus said, "My kingdom is not of this world. If it were, my servants would fight to prevent my arrest by the Jews. But now my kingdom is from another place." |
註解: 本節にイエスはその国の起源、権力の源を示すことによりて政治的の意味におけるこの世の国とは異なることを示している。「この世のものにあらず」(直訳「この世より出づるもの ek tou kosmou toutou にあらず」)とはこの地上に存在しないというのではない。神の国は確かにこの地上にも存在する。しかしながらその権力の源は天にあり、人間力、地的権力とは関係がない。その証拠として、もし地上の国であるならば、その僕や弟子たちがかれをムザムザユダヤ人に付してその手に死なしむるはずがない。必ず多くの弟子を集めてユダヤ人と戦ったであろう。その然らざりしは彼の国がこの世よりのものにあらざる証拠である。
18章37節 ここにピラト
口語訳 | そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。 |
塚本訳 | そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。」 |
前田訳 | ピラトはいった、「それならやはり王なのか」と。イエスは答えられた、「あなたはわたしが王だといっている。わたしは真理について証するためにこの世に生まれ、そのためにこの世に来た。真理につくものは皆わが声を聞く」と。 |
新共同 | そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」 |
NIV | "You are a king, then!" said Pilate. Jesus answered, "You are right in saying I am a king. In fact, for this reason I was born, and for this I came into the world, to testify to the truth. Everyone on the side of truth listens to me." |
註解: 前にイエスが「我が国」と言い給いし故ピラトはこの質問を発したのである。而してイエスはこれを肯定し給うた。前節の条件より見てピラトがこれを誤解する恐れはなかったからである。
註解: 「生れ」はイエスの肉体に関し「世に来たれり」はキリストの使命に関している。これらの目的は霊界の王たらんがためであり、換言すれば真理そのものがイエスであるとして証を為さんがためであってこの世の権力をもってユダヤを支配せんがためではなかった。ここに「真理」とは哲学的、科学的真理ではなく、イエスによりて表わされし父なる神の本質であり愛と義とである。而してイエスは自身この「真理」に在し給うた。
註解: 「真理に属する者」は直訳「真理より出づる者」であってヨハ8:47の「神より出づる者」と同意義である。キリストは真理につき証し給うとも凡ての人がこれを信ずることができない。唯「父の我に賜うもの」「父の引き給う者」「父より聴きて学びし者」(ヨハ6:37、ヨハ6:44、45、ヨハ6:65)のみこれを信ずる。ゆえにイエスの弟子は政治的野心家にあらず、ローマ政府に対する叛逆者にあらず、唯真理より出づる者である。
口語訳 | ピラトはイエスに言った、「真理とは何か」。こう言って、彼はまたユダヤ人の所に出て行き、彼らに言った、「わたしには、この人になんの罪も見いだせない。 |
塚本訳 | ピラトがたずねる、「真理とは何か。」、ピラトはこう言ったのち、またユダヤ人の所に出ていって言う、「あの人にはなんらの罪も認められない。 |
前田訳 | ピラトはいう、「真理とは何か」と。こういってピラトはふたたびユダヤ入のところへ出て行っていう、「わたしはこの人に何の罪も認めない。 |
新共同 | ピラトは言った。「真理とは何か。」ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。 |
NIV | "What is truth?" Pilate asked. With this he went out again to the Jews and said, "I find no basis for a charge against him. |
註解: 政治家は真理の何たるかを知らず、真理によらず利害によりて行動する。利益なきものは彼らにとりて真理ではない。ピラトもこの種の一人であった。(注意)この一語はあらゆる意味をもってすべての人の口から叫びだされ得る語であろう。熱心なる真理の追求者も、真理を求めてこれを見出しかねている者も、真理を無視してこれとは全く別世界に住んでいる者も、真理を軽蔑しこれを嘲弄する者も、真理を嫌忌してこれを避けんとする者も、みな同じくこの語を発することができるであろう。而してピラトはその性格より判断するに、前述のごとくキリストの語り給える世界が、彼の心を支配している現世の物慾、権勢欲、巧智、奸計とはあまりに懸離れているので、全く相通ぜず、イエスをもって一の無益の空想家と考え、軽蔑と嫌忌の口吻を洩らしたものであろう。真理そのものなりしキリストを前に見つつ、この質問を発せしピラトの愚を思え。而して人はみなこのピラトの類である。
かく
註解: ピラトの政治的眼光に映ぜるイエスは無罪の空想家に過ぎなかった。彼はこの確信の下に一貫せる行動を取るべきであった。然るにユダヤ人の人望を博せんとの野心が彼をしてその汚名を後世に残さしむる原因となった。次節を見よ。
18章39節
口語訳 | 過越の時には、わたしがあなたがたのために、ひとりの人を許してやるのが、あなたがたのしきたりになっている。ついては、あなたがたは、このユダヤ人の王を許してもらいたいのか」。 |
塚本訳 | しかし、過越の祭の時にわたしが囚人を一人だけ(特赦によって)赦してやるのが、お前たちの慣例になっている。だから(この慣例によって、)あのユダヤ人の王を赦してやろうか。」 |
前田訳 | あなた方には、過越にひとりをゆるす慣例がある。それで、ユダヤ人の王をゆるしてやろうか」と。 |
新共同 | ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」 |
NIV | But it is your custom for me to release to you one prisoner at the time of the Passover. Do you want me to release `the king of the Jews'?" |
註解: この習慣の起源は不明である(マタ27:15註参照)。
されば
註解: ピラトは自己の確信をもって一貫せんとせず、ユダヤ人の合意を得て自己の方針を貫かんとした。而して彼は霊界の事柄に暗かったがために、ユダヤ人らがイエスに対する嫉妬より事が起りしを知りつつも(マタ27:18)、なお民衆の輿望 を擔 いおるものと考え、民衆はおそらくイエスを赦さんことを望むであろうと誤認した。
18章40節
口語訳 | すると彼らは、また叫んで「その人ではなく、バラバを」と言った。このバラバは強盗であった。 |
塚本訳 | 彼らはまたもや「その男ではない、あのバラバを!」と叫んだ。バラバは強盗であった。 |
前田訳 | 彼らは叫んだ、「この人でなく、バラバを」と。バラバは強盗であった。 |
新共同 | すると、彼らは、「その男ではない。バラバを」と大声で言い返した。バラバは強盗であった。 |
NIV | They shouted back, "No, not him! Give us Barabbas!" Now Barabbas had taken part in a rebellion. |
註解: この事実につきてはマコ15:6−11。ルカ23:14−19に一層詳細に記されている。
辞解
[また] この前にも民衆が叫び声をあげたことをヨハネが略したことの証拠である(ルカ23:1−5)。
[強盗] lêstês は凡て暴力をもって殺人強盗等の暴行をなす者を指す(マコ15:7。ルカ23:19参照)。
要義1 [民の声は神の声なりや]「民の声は神の声なり」の諺は必ずしも常に真理ではない。群衆は往々にして扇動者に乗せられ、または利慾に迷わされ、または大勢の赴く処に支配せられ、真に神の声を発することができず、かえって悪魔の声を発する場合がある。ピラトの官邸におけるイエスに関する民の声のごときは明らかに悪魔の声であった。ゆえに我らは民の声を聴くよりもまず神の声を聴くことが必要である。
要義2 [教権と政権]アンナスとカヤパは教権を代表し、ピラトとヘロデ(ルカ23:6−12)は政権を代表している。教権を擁護せんとする者、特に教権によりて衣食しまたは利益を獲得している者は、常に真理を迫害するの地位に立つことは、ユダヤ人の場合、カトリック教会の場合を見れば明らかである。真理はあくまでも真理そのものによりて立つべく神御自身の庇護の下に独立すべきであって、教権によって擁護される必要がない。而して教権によって始めて擁護される真理は真理ではない。
政権は真理に対する邪魔物であり、悪魔の道具である。政権は時にはコンスタンチンのごとく宗教を保護し利用することによって、宗教を堕落せしめその中より真理を去勢し、時にはピラトのごとくこれに無関心となるの結果、宗教に対して誤れる政策を採り、時にはドミチアンやネロのごとくこれを迫害することによって神の御業を妨げる。ゆえにできるだけ政権より独立することは真理の立つべき地位である。「我が国はこの世よりのものにあらず」とはこの意味においても重要なる言である。なおマタ4:8参照。
ヨハネ伝第19章
4-4-2-ハ イエスの有罪決定
19:1 - 19:16
註解: ピラトはなおもイエスを免す機会を狙っている。その方法としてまずユダヤ人らの同情を惹起せんとした。
口語訳 | そこでピラトは、イエスを捕え、むちで打たせた。 |
塚本訳 | そこでピラトは、(何とかしてイエスを赦してやろうと思い、ユダヤ人を納得させるために、)今度はイエスを鞭で打たせた。 |
前田訳 | そこでピラトはイエスを引き取り、鞭で打たせた。 |
新共同 | そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。 |
NIV | Then Pilate took Jesus and had him flogged. |
註解: ピラトはこの方法によりて、まずユダヤ人の同情を求め、イエスを十字架に釘 けずに済まそうとした。姑息の手段である。この手段を取ったのはおそらくピラトの妻が彼に忠告した後であろう(マタ27:19)。
辞解
[鞭 つ] ローマの刑罰として笞刑 と磔刑 とは相伴っていたらしい(G1、マタ20:19。ルカ18:33)。笞は樹枝または革紐にて作られ先端に鉛または骨片を附す。
19章2節
口語訳 | 兵卒たちは、いばらで冠をあんで、イエスの頭にかぶらせ、紫の上着を着せ、 |
塚本訳 | また兵卒らは茨で冠を編んで頭にかぶらせ、紫の上着をきせて(王に仕立てたのち、) |
前田訳 | 兵卒らは茨で冠を編んで彼の頭にのせ、紫の衣を着せた。 |
新共同 | 兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、 |
NIV | The soldiers twisted together a crown of thorns and put it on his head. They clothed him in a purple robe |
辞解
[茨にて冠冕 をあみ] マタ27:29註参照。
[紫色の上衣] マタ27:28註参照。
19章3節
口語訳 | それから、その前に進み出て、「ユダヤ人の王、ばんざい」と言った。そして平手でイエスを打ちつづけた。 |
塚本訳 | 進み出て「ユダヤ人の王、万歳!」と言った。そしていくつも平手打ちをくらわせた。 |
前田訳 | そして彼のところに来ては「ユダヤ人の王、万歳」といって平手で打った。 |
新共同 | そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。 |
NIV | and went up to him again and again, saying, "Hail, king of the Jews!" And they struck him in the face. |
註解: ピラトはまた兵卒がイエスを嘲弄するに任せた。而してかかる嘲弄の目的物は人民の依頼に値せず、ユダヤ人らもこれを恐れるに及ばないことを示さんとした。兵卒はイエスを王者のごとくに仮装して彼を嘲弄した。蓋しローマの兵卒のごとく真理に対し無関心なる者にとっては、ユダヤ人の望みなるメシヤも、イエスがそのメシヤに在すこともいずれも馬耳東風で、イエスは唯嘲弄の目的たるに過ぎなかった。ただし兵卒の嘲弄の語はそのままイエスに関する預言であったことに注意せよ。
19章4節 ピラト
口語訳 | するとピラトは、また出て行ってユダヤ人たちに言った、「見よ、わたしはこの人をあなたがたの前に引き出すが、それはこの人になんの罪も見いだせないことを、あなたがたに知ってもらうためである」。 |
塚本訳 | ピラトはまた外に出ていって、ユダヤ人に言う、「見よ、あの人をお前たちの前に引き出す。あの人にはなんらの罪も認められない訳がわかろう。」 |
前田訳 | またもやピラトは外に出て人々にいった、「見よ、この人をあなたの前に引き出す。わたしは彼に何の罪も認めないことをわかってもらいたい」と。 |
新共同 | ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」 |
NIV | Once more Pilate came out and said to the Jews, "Look, I am bringing him out to you to let you know that I find no basis for a charge against him." |
註解: ピラトはなおもイエスの無罪を主張してユダヤ人らを説服せんとした。
19章5節 ここにイエス
口語訳 | イエスはいばらの冠をかぶり、紫の上着を着たままで外へ出られると、ピラトは彼らに言った、「見よ、この人だ」。 |
塚本訳 | イエスが茨の冠をかぶり紫の上着をまとって、(しずかに)出てこられた。ピラトが言う、「見よ、この人だ。」 |
前田訳 | イエスは茨の冠をかむり、紫の衣を着て出て来られた。ピラトがいう、「見よ、この人だ」と。 |
新共同 | イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。 |
NIV | When Jesus came out wearing the crown of thorns and the purple robe, Pilate said to them, "Here is the man!" |
註解: イエスのこの御姿は何人の目にも憐憫を起すに足るものであった。而してピラトは憐憫の心より「視よ、この人」 ecce homo と言いてユダヤ人の憐憫を起さしめんとした。ただしイエスのこの御姿が世界万民のために苦しみ給うメシヤを示すと同じく、ピラトのこの言もまた多くの預言的含蓄がある。ピラトが見て憐れむべき一人の人間であったイエスは(イザ53:2、3)信ずる者の目にはその罪の贖い主、人類の王であった。ユダヤ人の目に罪人であったイエスは信ずる者の目に罪なき真の人であった。「視よ、この人」この語は世界万民に向って発せられし神の言であると見ることができる。
19章6節
口語訳 | 祭司長たちや下役どもはイエスを見ると、叫んで「十字架につけよ、十字架につけよ」と言った。ピラトは彼らに言った、「あなたがたが、この人を引き取って十字架につけるがよい。わたしは、彼にはなんの罪も見いだせない」。 |
塚本訳 | すると大祭司連や下役らはイエスを見て、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫んだ。(イエスのみじめな滑稽な姿を見ては、さすがのユダヤ人も心をやわらげるであろうという、ピラトの当てははずれた。)ピラトが言う、「(もし、そうしたければ、)お前たちがこの人を引き取って、十字架につけたらよかろう。この人には罪を認められない。」 |
前田訳 | 大祭司と手下とはイエスを見ると、「十字架に、十字架に」と叫んだ。ピラトは彼らにいった、「あなた方が彼を引き取って十字架につけよ。わたしは彼に何の罪も認めない」と。 |
新共同 | 祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」 |
NIV | As soon as the chief priests and their officials saw him, they shouted, "Crucify! Crucify!" But Pilate answered, "You take him and crucify him. As for me, I find no basis for a charge against him." |
註解: ユダヤ人には自らイエスを十字架につける権がない(ヨハ18:31)。ゆえにピラトが「なんぢら自らとりて十字架につけよ」と言ったのは彼らがこれを為し得ざることを知っての上での揶揄であった。而して自己の責任を逃れんとする下心であった。
19章7節 ユダヤ
口語訳 | ユダヤ人たちは彼に答えた、「わたしたちには律法があります。その律法によれば、彼は自分を神の子としたのだから、死罪に当る者です」。 |
塚本訳 | ユダヤ人が答えた、「われわれには律法があって、その律法によると、当然死刑です。神の子気取りでいるのだから。」 |
前田訳 | ユダヤ人は答えた、「われらには律法があります。律法によれば死刑は動きません、自分を神の子としたのですから」と。 |
新共同 | ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」 |
NIV | The Jews insisted, "We have a law, and according to that law he must die, because he claimed to be the Son of God." |
註解: 本来ならばユダヤ人自らイエスを死刑に処すべき充分なる理由がその律法(引照1)に基いて存していた。ユダヤ人らはこの点を主張してピラトがこれを尊重すべきことを強要した。もしイエスが真に神の子に在さなかったならば、彼は確かに死に値していたであろう。すなわちユダヤ人らは正しき原則を知っていたけれどもその適用を誤ったのである。これ注意を要する事柄である。
口語訳 | ピラトがこの言葉を聞いたとき、ますますおそれ、 |
塚本訳 | ピラトはこの(神の子という)言葉を聞くと、いよいよ薄気味悪くなり、 |
前田訳 | ピラトはそのことばを聞くと、ますますおそれた。 |
新共同 | ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、 |
NIV | When Pilate heard this, he was even more afraid, |
註解: ユダヤ人に反対せられんことを恐れたのではなく、その妻の夢(マタ27:19)等によりて一種の迷信的恐怖を持ちイエスに手を下すことを恐れたのである。肉の世界における権力者なりしピラトも霊界における無力者であった。
19章9節
口語訳 | もう一度官邸にはいってイエスに言った、「あなたは、もともと、どこからきたのか」。しかし、イエスはなんの答もなさらなかった。 |
塚本訳 | また総督官舎に入ってイエスにたずねる、「お前はいったいどこから来たのか。(本当に天から来たのか。)」イエスは返事をされなかった。 |
前田訳 | そしてまた総督邸に入ってイエスにいう、「あなたはどこの出か」と。イエスは何の答えもされなかった。 |
新共同 | 再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。 |
NIV | and he went back inside the palace. "Where do you come from?" he asked Jesus, but Jesus gave him no answer. |
註解: この問いはイエスの生地を問うたのではなく、天より出でしものなりや、また地より出でしものなりやについての質問である。
イエス
註解: イエスの沈黙は最も至当であった、何となればイエスはもはや死を免れんがために弁護し給う必要がなく、またもし答を発し給うたならば徒 にピラトの迷信を助長するに過ぎずして善き証とはならず、またイエスとしてはかかる不真面目なる利己心からの質問に応うる必要を感じ給わなかったからである。
19章10節 ピラト
口語訳 | そこでピラトは言った、「何も答えないのか。わたしには、あなたを許す権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのか」。 |
塚本訳 | するとピラトが言う、「このわたしに口をきかないのか。わたしはお前を赦す権力があり、お前を十字架につける権力があることを、知らないのか。」 |
前田訳 | そこでピラトはいう、「わたしに何もいわないのか。わたしにはそちらをゆるす権威もあり、十字架につける権威もある」と。 |
新共同 | そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」 |
NIV | "Do you refuse to speak to me?" Pilate said. "Don't you realize I have power either to free you or to crucify you?" |
註解:曩 に霊的に無力なりしピラトはここに再び肉的の権力者としての自己を示していることは一つの喜悲劇である。ピラトはイエスの沈黙によりその威厳を毀損せられしごとくに感じ、自己の権威を振り翳 して強いて彼をして答えしめんとした。俗吏 の心情の発露である。
19章11節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「あなたは、上から賜わるのでなければ、わたしに対してなんの権威もない。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪は、もっと大きい」。 |
塚本訳 | イエスは答えられた、「あなたは上[神]から授けられないかぎり、わたしに対してなんの権力もない。だから(あなたの罪はまだ軽いが、)わたしをあなたに売った者[ユダ]の罪は、あなたよりも重い。(あなたは官憲として神の命令を行なうだけだが、彼は自分の発意でやったのだから。)」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「あなたは天から与えられねばわたしに対して何の権威もない。それゆえわたしをあなたに売ったものの罪はあなたのよりも重い」と。 |
新共同 | イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」 |
NIV | Jesus answered, "You would have no power over me if it were not given to you from above. Therefore the one who handed me over to you is guilty of a greater sin." |
註解: ピラトが一般人民の上に有する政治上の権力さえも、ピラトが自ら誇りつつあるにもかかわらず、実は上より賜わりしものでなければならぬ(ロマ13:1)。いわんやキリストに対してはなおさらである。ゆえにピラトはキリストに対しては殊に神の御旨すなわち上よりの示しによって行動しなければならぬ。
この
註解: キリストをピラトに付しし者はユダヤ人すなわち祭司長、司らであった(衆議所)。彼らは神の命により神のことを掌 る人々であり、かつ異邦人の司なるピラトとは異なり、彼ら自らその上よりの使命を知っていた。「この故に」彼らが神に従わずして神の子イエスをピラトに付したことは一層大なる罪である。
19章12節 ここにおいてピラト、イエスを
口語訳 | これを聞いて、ピラトはイエスを許そうと努めた。しかしユダヤ人たちが叫んで言った、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です」。 |
塚本訳 | このためにピラトは(ますます恐ろしくなり、なんとかして)彼を赦そうと思ったが、ユダヤ人が叫んだ、「この男を赦せば、あなたは皇帝の忠臣ではない。自分を王とする者はだれであろうと、皇帝の敵である。(それを助けるのだから。)」 |
前田訳 | それを聞いてピラトは彼をゆるそうと努めたが、ユダヤ人は叫んだ、「これをゆるせば、あなたは皇帝(カイサル)の味方でない。自分を王とするものは皆皇帝(カイサル)の敵である」と。 |
新共同 | そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています。」 |
NIV | From then on, Pilate tried to set Jesus free, but the Jews kept shouting, "If you let this man go, you are no friend of Caesar. Anyone who claims to be a king opposes Caesar." |
註解: 従来とてもピラトはイエスを赦さんとしていたけれども、今イエスの御言を聴き、ピラトは益々神の怒りを恐れ、イエスを赦さんと努力した。
されどユダヤ
註解: ユダヤ人の用いし最後の最も有効なる武器はピラトの地位身分を危険に陥らしむべき事柄であった。王位に対する叛逆者を赦すことはすなわち自ら叛逆者となることであり、而して当時のカイザル・チベリウスは殊に王位を窺う者を恐れていた。このユダヤ人の叫びはこれを知るピラトにとっては致命的であった。
19章13節 ピラトこれらの
口語訳 | ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外へ引き出して行き、敷石(ヘブル語ではガバタ)という場所で裁判の席についた。 |
塚本訳 | ピラトはこの言葉を聞くと(心を決し、)イエスを引き出して、「敷石」──ヘブライ語でガバタ──という所で裁判席に着いた。 |
前田訳 | ピラトはこれらを聞いて、イエスを外に引き出し、石だたみ−−ヘブライ語でガバタ−−と呼ばれるところで裁判席についた。 |
新共同 | ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所で、裁判の席に着かせた。 |
NIV | When Pilate heard this, he brought Jesus out and sat down on the judge's seat at a place known as the Stone Pavement (which in Aramaic is Gabbatha). |
註解: ピラトはここにいよいよ最後の判決を与えんとして審判の座についた。場所をも示したのは事の重大なることを指示しているのみならず、ヨハネがこの場所の名に両様とも通暁 していたことを示す。
辞解
[敷石] 石をモザイク式に並べし床の名がその場所の名となりしもの(Z0)。「ガバタ」は種々の語源を想像することができ「高き処」「皿」「禿頭」等種々の意義に解せられている。「敷石」の意味はない(Z0)。
口語訳 | その日は過越の準備の日であって、時は昼の十二時ころであった。ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。 |
塚本訳 | それは過越の祭の支度日で、昼の十二時ごろであった。ピラトがイエスを指さしながら、ユダヤ人に言う、「見よ、お前たちの王様だ。」 |
前田訳 | それは過越の準備の日で、時は正午ごろであった。彼はユダヤ人にいう、「見よ、あなた方の王だ」と。 |
新共同 | それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、 |
NIV | It was the day of Preparation of Passover Week, about the sixth hour. "Here is your king," Pilate said to the Jews. |
註解: 準備日は安息日の前日すなわち金曜日「過越の準備日」は過越の週間に相当せる金曜日を意味する(Z0)。この場合は過越の食を14日に終えし翌日で15日であった。学者の多数はこの解に反対し「過越の準備日」を過越の羊を屠るべきニサンの月の14日と解する。従って共観福音書と矛盾することとなる。
註解: 昼を12時間に分ちてその第六時すなわち午前11時頃より正午頃までの間をいう。マタ27:45。ルカ23:44に比しやや時刻が後れているけれども、その差は些少である。唯マコ15:25と調和せしむることは困難である。((1)これを調和することを絶対に不可能とするもの(M0)、(2)9時乃至 12時を一括して概略同時刻を示すとするもの(C1、G1、L2)、(3)マルコの記事を訂正せるものとするもの(Z0)、(4)ヨハネの時刻計算法はローマ時刻によれりとするもの、(5)写本の誤りとするもの(B1)等種々の説あり)
ピラト、ユダヤ
註解: ピラトはすでに自己の良心を欺きてユダヤ人の要求に従うことの止むを得ざることを決心していたのであろう。唯このことが彼の意に反するが故に彼は最後の嘲弄をユダヤ人らに与えた。而して暗に彼がイエスに対する敬意を示した。この言はイエスに関する預言と見ることができる。
19章15節 かれら
口語訳 | すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。ピラトは彼らに言った、「あなたがたの王を、わたしが十字架につけるのか」。祭司長たちは答えた、「わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。 |
塚本訳 | すると彼等が、「片付けろ、片付けろ、それを十字架につけろ」と叫んだ。ピラトが言う、「お前たちの王様を、わたしが十字架につけてよいのか。」大祭司連が答えた、「われわれには皇帝のほかに王はない。」 |
前田訳 | 彼らは叫んだ、「片づけよ、片づけよ、十字架につけよ」と。ピラトは彼らにいう、「あなた方の王をわたしが十字架につけるのか」と。大祭司らは答えた、「われらには皇帝(カイサル)のほかに王はありません」と。 |
新共同 | 彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。 |
NIV | But they shouted, "Take him away! Take him away! Crucify him!" "Shall I crucify your king?" Pilate asked. "We have no king but Caesar," the chief priests answered. |
註解: ユダヤ人らの激しき叫びに対するピラトの答はユダヤ人に対する最後の嘲弄と非難の意味を含んでいる。「汝らの嫌ってるローマの官吏 なる予に、汝らの王なるこの人を十字架に釘 けよと言うのか」との意味で、ユダヤ人はこれを主張し承認することによりて、彼ら自ら自己の王を侮辱の中に殺すと同時に、ピラトの責任を免ずることとなる。
註解: 宗権保持者はその真心を偽りてまでも自己擁護のために世俗の権を利用し、またはこれと妥協する。ユダヤ人らは心にてはカイザルを嫌い、一日も早くその束縛を脱して彼らの王なるメシヤに従う日を待望んでいた。今イエスによりてその期待が満たされたにもかかわらず、彼らは私慾のためにこのイエスを除かんとしてカイザルに対する臣従を誓ったのである。この誓いにより彼らは自らユダヤの神政政治の撤廃を宣告せることとなり、イスラエルが異邦人中に没落するの原因を作った。
19章16節 ここにピラト、イエスを
口語訳 | そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。彼らはイエスを引き取った。 |
塚本訳 | ここにおいてピラトは、十字架につけるためにイエスを彼らに引き渡した。さて彼ら[兵卒ら]はイエスを受け取り、 |
前田訳 | そこでピラトは十字架につけるようイエスを彼らに引き渡した。 |
新共同 | そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。こうして、彼らはイエスを引き取った。 |
NIV | Finally Pilate handed him over to them to be crucified. So the soldiers took charge of Jesus. |
註解: ピラトはついにその信念を貫徹するの勇気がなかった。この刑の実行はローマの兵卒によって行われた。
要義 [イエスとカヤパとピラト]ここに我らは三人の代表的人物を見出すことができる。イエスは代表的信仰の人と示し、真理の上に立ちて凡ての利害と策略とに超越せる至純の性格を表わし、カヤパは宗教的熱心と自己擁護の私心とを結合せる代表的宗教商売人を示し、従って虚偽と術数とはその常用手段であり、ピラトは代表的政治家であって、権力に対する子供らしき誇りと、霊的事物に対する無智と、鈍き良心と、形勢の移趨を察するの明とを示している。キリスト者はカヤパやピラトのごとくであってはならぬ。今日かかるキリスト者は決して少なくないことは悲しむべき現象であると言わなければならない。
4-4-3 イエスの十字架
19:17 - 19:42
4-4-3-イ イエス十字架につき給う
19:17 - 19:22
19章17節 イエス
口語訳 | イエスはみずから十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴダ)という場所に出て行かれた。 |
塚本訳 | イエスは自分で十字架をかついで、いわゆる「髑髏の所」──ヘブライ語でゴルゴタ──へと(都を)出てゆかれた。 |
前田訳 | 彼らはイエスを引き取った。イエスはみずから十字架を負って、いわゆるされこうべのところ−−ヘブライ語でゴルゴタ−−へと出て行かれた。 |
新共同 | イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。 |
NIV | Carrying his own cross, he went out to the place of the Skull (which in Aramaic is called Golgotha). |
註解: ユダヤ人らはイエスを受取った。イエスは途中まで十字架を負い後にクレネのシモンこれを負う(マタ27:32)。イエスを市外において十字架に釘 けたのはモーセの律法に遵 ったのである(レビ24:14。民15:35。T列21:13。使7:58。ヘブ13:12、13)。なおマタ27:32、33註参照。
19章18節
口語訳 | 彼らはそこで、イエスを十字架につけた。イエスをまん中にして、ほかのふたりの者を両側に、イエスと一緒に十字架につけた。 |
塚本訳 | そこで彼らはイエスを十字架につけた。またほかに二人(の囚人)が、イエスを中にしてあちらとこちらで、一しょに十字架につけられた。 |
前田訳 | そこで彼らはイエスを十字架につけた。そしてほかのふたりがあちらとこちらにイエスを真ん中にしていっしょにつけられた。 |
新共同 | そこで、彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。 |
NIV | Here they crucified him, and with him two others--one on each side and Jesus in the middle. |
註解: 十字架の礫刑 は最も苦痛多き残酷なる処刑法で、両手両足を釘付けして自然に苦痛の中に絶息せしめる処刑法であった。マタ27:35参照。二人の囚人につきては共観福音書参照。二人の囚人の中央にイエスを置きし所以は彼をもって盗賊の一人、しかもその中の最悪のものと見しことを暗示している(C1)。
19章19節 ピラト
口語訳 | ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上にかけさせた。それには「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と書いてあった。 |
塚本訳 | ピラトはまた捨札を書いて十字架の上に掲げさせた。ナザレ人イエス、ユダヤ人の王と書いてあった。 |
前田訳 | ピラトは捨札(すてふだ)を書いて十字架に添えた。「ナザレ人イエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。 |
新共同 | ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。 |
NIV | Pilate had a notice prepared and fastened to the cross. It read: JESUS OF NAZARETH, THE KING OF THE JEWS. |
註解:罪標 を書くことは普通の習慣でその罪人の罪名と姓名とを記した。イエスの場合この文言は何らの罪を示さざるのみならず、ユダヤ人の罪を暗示する処のものであり、なお深くこの文言を考うる時、神がピラトの手を動かしてキリストを崇めしめたのであることを認めることができる。
19章20節 イエスを
口語訳 | イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。それはヘブル、ローマ、ギリシヤの国語で書いてあった。 |
塚本訳 | 多くのユダヤ人がこの捨札を読んだ。イエスが十字架につけられた場所は、都に近かったからである。かつ捨札は、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書いてあった(ので、だれにでも読むことが出来た。こうしてピラトは、イエスが救世主であることを全世界に証ししたのであった。) |
前田訳 | この捨札を読んだユダヤ人は多かった。イエスが十字架につけられたところは都に近かったからである。捨札はヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書いてあった。 |
新共同 | イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。 |
NIV | Many of the Jews read this sign, for the place where Jesus was crucified was near the city, and the sign was written in Aramaic, Latin and Greek. |
註解: ヘブル語はユダヤ人の国語なるアラミ語のこと、ロマ語すなわちラテン語は支配者なるローマ政府およびその国民の用語、ギリシャ語は当時の世界一般に通用する国語であった。この三ヶ国にてイエスがユダヤ人の王たることを示したことは、この事実を世界の万民に表示せることに相当し、而して「ユダヤ人の王」たることは諸国民が彼によって祝福を受くべきことを示している(マタ2:2、Tサム7:12−16)。ユダヤ人がイエスに対する大罪はかくして神の摂理によりてイエスをして人類の罪の贖いを完成せしめ、彼が人類の救い主たることを公示するの機会と化した。
19章21節 ここにユダヤ
口語訳 | ユダヤ人の祭司長たちがピラトに言った、「『ユダヤ人の王』と書かずに、『この人はユダヤ人の王と自称していた』と書いてほしい」。 |
塚本訳 | するとユダヤ人の大祭司連がピラトに抗議して言った、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この者は、ユダヤ人の王と自称した』と書き直してください。」 |
前田訳 | すると、ユダヤ人の大祭司らがピラトにいった、「『ユダヤ人の王』でなくて、『この人は、わたしはユダヤ人の王、といった』と書いてください」と。 |
新共同 | ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。 |
NIV | The chief priests of the Jews protested to Pilate, "Do not write `The King of the Jews,' but that this man claimed to be king of the Jews." |
19章22節 ピラト
口語訳 | ピラトは答えた、「わたしが書いたことは、書いたままにしておけ」。 |
塚本訳 | ピラトが答えた、「わたしが書いたものは、わたしが書いた通り。」 |
前田訳 | ピラトは答えた、「わたしが書いたものは書いたもの」と。 |
新共同 | しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。 |
NIV | Pilate answered, "What I have written, I have written." |
註解: 祭司長らはこの罪標 を見て神の力が彼らの良心を搏 つことを実感し、苦痛に堪えずしてその改訂を請求した。ピラトの記せる罪標の文言に神の経綸が加わったことはこれをもっても認めることができる。これに対するピラトの拒絶は絶対的であった。原語は「書いたものは書いたんだ!」というごとき語気を示している。ピラトはここでは神の御手によりてその信念を貫くことができた。
要義 [人間の行為と神の経綸]ピラトがイエスを赦さんとして目的を達せざりしことも、カヤパその他のユダヤ人がその目的を達してイエスを十字架に釘 けたことも、共に神が神御自身の計画を実行し給う妨げとはなり得なかった。否、妨げとならざりしのみならずこれがかえって神の計画を実現するの手段となった。その他イエスの十字架の死の最後における彼らの行動は、彼ら自身全く予期せざる意味において神の御旨が成就して行く手段となっていたのである。ヨハネがこの記事を認 むる場合にこの驚くべき神の手段を感得しつつあったのであろう。ゆえにこの記事をこの心で読むことが必要である。
19章23節
口語訳 | さて、兵卒たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。また下着を手に取ってみたが、それには縫い目がなく、上の方から全部一つに織ったものであった。 |
塚本訳 | 兵卒はイエスを十字架につけると、イエスの上着を四つに分け、四人の兵卒がめいめいその一つを取った。下着もそうしようとしたが、下着には縫い目がなく、上から(下まで)全くの一枚織りであった。 |
前田訳 | 兵卒はイエスを十字架につけると、彼の上着を取って四切れに分け、兵卒のおのおのに一切れずつあてがった。下着もそうしようとしたが、下着は縫い目なしで、上からすっかり一枚織りであった。 |
新共同 | 兵士たちは、イエスを十字架につけてから、その服を取り、四つに分け、各自に一つずつ渡るようにした。下着も取ってみたが、それには縫い目がなく、上から下まで一枚織りであった。 |
NIV | When the soldiers crucified Jesus, they took his clothes, dividing them into four shares, one for each of them, with the undergarment remaining. This garment was seamless, woven in one piece from top to bottom. |
19章24節
口語訳 | そこで彼らは互に言った、「それを裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう」。これは、「彼らは互にわたしの上着を分け合い、わたしの衣をくじ引にした」という聖書が成就するためで、兵卒たちはそのようにしたのである。 |
塚本訳 | それで、「これは裂くまい。だれが取るか、籤できめよう」と話し合った。これは、〃彼等は互いにわたしの着物を自分たちで分け、わたしの着るものに籤を引いた。〃という聖書の言葉が成就するためであった。兵卒どもはこんなことをしたのである。 |
前田訳 | そこで互いにいった、「これは裂くまい。だれのものになるか、くじを引こう」と。これは聖書が成就するためである。いわく、「彼らは互いにわが衣を分け、わが着物にくじを引いた」と。兵卒はこれをしたのである。 |
新共同 | そこで、「これは裂かないで、だれのものになるか、くじ引きで決めよう」と話し合った。それは、/「彼らはわたしの服を分け合い、/わたしの衣服のことでくじを引いた」という聖書の言葉が実現するためであった。兵士たちはこのとおりにしたのである。 |
NIV | "Let's not tear it," they said to one another. "Let's decide by lot who will get it." This happened that the scripture might be fulfilled which said, "They divided my garments among them and cast lots for my clothing." So this is what the soldiers did. |
註解: ヨハネがかかる事柄をかくも詳細に叙述せる目的は、これが詩篇(引照1)の成就であることを示さんがためであった。神の言はかくも驚くべき方法をもって異邦人の兵士によりて成就したのである。詩22:18の本来の意味は必ずしも下衣とは限らず、全財産というごとき意味であるけれども、本来の意味如何はここに問題とすべきではなく(C1)、キリストの預言であるこの詩の文字が如実に成就したことがかえって驚くべき事実であるという意味である。
19章25節 さてイエスの
口語訳 | さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。 |
塚本訳 | ところが一方、イエスの十字架のわきには、その母(マリヤ)と母の姉妹、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤが立っていた。 |
前田訳 | イエスの十字架のそばに母と母の姉妹・クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤが立っていた。 |
新共同 | イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。 |
NIV | Near the cross of Jesus stood his mother, his mother's sister, Mary the wife of Clopas, and Mary Magdalene. |
註解: ヨハネ自身がそこにいたことは次節により知ることができる。他の弟子たちはおそらく少し離れて立っていたのであろう。(注意)多くの写本は「母の姉妹すなわちクロパの妻マリヤ」と読んでいる。従って婦人の数は三人となる。かく解する場合にはマタ27:56よりこのマリヤはヤコブとヨセフの母でクロパとアルパヨとは同一人の別名となる。また婦人を四人として解する場合は「母の姉妹」はゼベタイの子ヤコブとヨハネの母サロメならんと想像せられている(マコ15:40。マタ27:56)。なお本章末尾附記二参照。いずれの解釈にもそれぞれ相当の困難がある。なおマタ27:56註参照。マグダラのマリヤについてはルカ8:2。マコ16:9参照。
19章26節 イエスその
口語訳 | イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。 |
塚本訳 | するとイエスは母上と、そのそばに立っている自分の愛する弟子とを見て、母上に言われる、「女の方、これがあなたの息子さんです。」 |
前田訳 | イエスの母とそばに立っていた愛弟子とを見て、母にいわれる、「母上、ここにあなたの子が」と。 |
新共同 | イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。 |
NIV | When Jesus saw his mother there, and the disciple whom he loved standing nearby, he said to his mother, "Dear woman, here is your son," |
19章27節 また
口語訳 | それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。 |
塚本訳 | それからその弟子に言われる、「これがあなたのお母さんだ。」この時以来、その弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。 |
前田訳 | ついでその弟子にいわれる、「ここにあなたの母上が」と。このときからその弟子は彼女をおのが家に迎えた。 |
新共同 | それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。 |
NIV | and to the disciple, "Here is your mother." From that time on, this disciple took her into his home. |
註解: イエスはまず神の御旨に服従し給いて後、次にその母親を顧み給うた。あたかもモーセに与えられし十誡の順序に相当している。而してその愛子を失わんとする母マリヤを、愛する弟子ヨハネに託し給うた。孝道の原則がここに示されている。臨終の刹那においてすらイエスの人間的関心が唯その母の上に注がれていたとすれば、平日における彼の孝心を思うことができる。
辞解
[をんなよ] ヨハ2:4辞解参照。
[愛する弟子] ヨハ13:23註参照。
19章28節 この
口語訳 | そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。 |
塚本訳 | こうしたあと、イエスは(自分のなすべきことが)何もかもすんだことを知って、(最後に)聖書の言葉を成就させるために、「〃渇く〃」と言われた。 |
前田訳 | こののち、イエスは、もはやすべてが終わったことを知って、聖書が成就するように、「渇く」といわれる。 |
新共同 | この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。 |
NIV | Later, knowing that all was now completed, and so that the Scripture would be fulfilled, Jesus said, "I am thirsty." |
註解: イエスはその母を愛する弟子に託してもはや地上において彼の為し給うべき凡てのことが完成した。唯一事の残っていることは彼の行為ではなく彼の死であった。而してこの死は人類の罪のために自ら選び給える死であった。「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」がその死の霊的苦痛を示すと同じく「われ渇く」はこの死の肉的苦痛を表徴している。聖書は詩69:21を指したのであろう。
19章29節 ここに
口語訳 | そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。 |
塚本訳 | 酸っぱい葡萄酒の一ぱい入った器がそこに置いてあった。人々はその[酸っぱい葡萄酒を]一ぱい含ませた海綿をヒソプの(茎の先)につけて、イエス(の口許)に差し出した。 |
前田訳 | すっぱいぶどう酒を満たした器がそこに置いてあった。彼らはそのすっぱいぶどう酒を含ませた海綿をヒソプにつけてイエスの口ヘと差し出した。 |
新共同 | そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。 |
NIV | A jar of wine vinegar was there, so they soaked a sponge in it, put the sponge on a stalk of the hyssop plant, and lifted it to Jesus' lips. |
註解: この「酸き葡萄酒」はローマの兵卒の飲料であった。これを受刑人のために備えていたことは海綿とヒソプの準備してあったことをもって知ることができる。
辞解
[ヒソプ] 葦のごとき草で長さ一尺乃至 一尺五寸位である。イエスの十字架は普通に描かれているよりも低いのが事実であるらしい。
19章30節 イエスその
口語訳 | すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。 |
塚本訳 | イエスは酸っぱい葡萄酒を受けると、「(すべて)すんだ」と言って、首を垂れて霊を(神に)渡された。 |
前田訳 | すっぱいぶどう酒を受けると、イエスは「事は終わった」といわれた。そして、頭を垂れて息を引き取られた。 |
新共同 | イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。 |
NIV | When he had received the drink, Jesus said, "It is finished." With that, he bowed his head and gave up his spirit. |
註解: 始めに麻酔剤を交ぜて彼に与えられし時イエスはこれを拒み給うた(マタ27:34註)。今や万の事終りたる以上彼はこの好意を受け給うたのである。「事畢 りぬ」と言い給いしは、彼の地上に降り給える凡ての使命が果されたからであった。永遠にわたる人類の救いは彼の十字架の死によりて完全に成就したのである。「霊をわたし給ふ」とは彼自らその死を味わい給うことを示している(ヨハ10:18)。マタ27:50の叫びはこれであった。ルカ23:46はこの叫びの続きである。
要義 [十字架上の七語] 次の順序であろう。
(1)「父よ彼らを赦し給え。その為す所を知らざればなり」(ルカ23:34)
(2)「われ誠に汝に告ぐ、今日なんぢは我と偕にパラダイスに在るべし」(ルカ23:43)
(3)「おんなよ、視よ、なんぢの子なり」「視よ、なんぢの母なり」(ヨハ19:26、27)
(4)「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(マタ27:46。マコ15:34。詩22:1)
(5)「われ渇く」(ヨハ19:28)
(6)「事畢りぬ」(ヨハ19:30)
(7)「父よ、わが霊を御手にゆだぬ」(ルカ23:46。詩31:5)
19章31節 この
口語訳 | さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。 |
塚本訳 | ところで、その日は支度日、(すなわち安息日の前の日(金曜日))であったので──(ことに)その安息の日は(過越の祭りの第一日で)大切な日であったから──ユダヤ人は安息日に(三人の)体を十字架の上にのこしておかないために、脛を折って(体を)取りおろしてくれとピラトに願い出た。 |
前田訳 | さて、その日は準備日(そなえび)であったので、ユダヤ人は安息日に死体を十字架上に残したくなかった。その安息日は大切な日であった。そこで脛を折って死体をおろすようピラトに願った。 |
新共同 | その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。 |
NIV | Now it was the day of Preparation, and the next day was to be a special Sabbath. Because the Jews did not want the bodies left on the crosses during the Sabbath, they asked Pilate to have the legs broken and the bodies taken down. |
註解: 申21:22以下によれば、木に懸けて曝されし屍体は詛われたる者なれば、聖地の汚されざるためにその日の中に埋葬しなければならなかった。殊にそれが安息日であればなおさらのことであり、しかも「大なる日」であったのでユダヤ人は一層切にこれを要求した。ローマにおいてはかかる習慣がなく木の上に懸けたるまま空の鳥の餌食とした。
辞解
[準備日] 14節註参照。
[大なる日] 過越の祭の週間に当たる安息日のこと、また一般にニサンの月の15日は過越の祭の初日で、安息日と同じ取扱いを受けていた(レビ23:7−15)。この日が安息日すなわち土曜日と重なる時これを「大なる日」という。この説によればイエスの十字架はニサンの月の14日となる。
[脛ををり] 死を早め、またはこれを確実にする方法。
19章32節 ここに
口語訳 | そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。 |
塚本訳 | そこで兵卒らが来て、イエスと一しょに十字架につけられた第一の者と、もう一人の者との脛を折った。 |
前田訳 | そこで兵卒らが来て、イエスとともに十字架につけられた第一のものの脛を折り、もうひとりのものもそうした。 |
新共同 | そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。 |
NIV | The soldiers therefore came and broke the legs of the first man who had been crucified with Jesus, and then those of the other. |
19章33節
口語訳 | しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。 |
塚本訳 | しかしイエスのところに来て、すでに死んでおられるのを見ると、脛を折らずに、 |
前田訳 | イエスのところに来ると、すでになくなったのを見て、脛は折らず、 |
新共同 | イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。 |
NIV | But when they came to Jesus and found that he was already dead, they did not break his legs. |
註解:曩 にイエスを嘲弄せる兵卒らも、死屍に対しては幾分の人情味を示したのは極めて自然の事柄である。36節の預言は全く預言を知らざるローマの兵卒によりて成就されたのであった。
19章34節
口語訳 | しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。 |
塚本訳 | (死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。 |
前田訳 | 兵卒のひとりが槍でその脇を突いた。するとすぐ血と水が出た。 |
新共同 | しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。 |
NIV | Instead, one of the soldiers pierced Jesus' side with a spear, bringing a sudden flow of blood and water. |
註解: これは侮辱の行為ではなく兵卒の入念の行動であった。万一生命の幾分か残存することあらんとて槍にて突いたのである。
註解: この現象はヨハネが次節に示すごとく間違いなき事実であった。而してこれを生理的または心理的に説明せんとする多くの試みがあったけれども、必ずしも充分の説明ということができない。イエスの多くの奇蹟と共にこの事実も説明を超越するものと見るべきであろう。ヨハネ殊に入念にこのことを記したのは、むしろ彼がこの事実を目撃してその霊的意義に感じたからである。すなわち「血」は贖罪の血を示し、「水」は再生の霊を意味する(ヨハ7:38、39)。而してこの再生は水のバプテスマをもって表徴せられ、贖罪の血は聖餐の葡萄酒をもって表徴せらる。「聖礼典はキリストの脇より流れ出でたり」(A2 )。(Tヨハ5:6、Tヨハ5:8)
19章35節
口語訳 | それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信ずるようになるためである。 |
塚本訳 | (実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを証明している。──その証明は信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。 |
前田訳 | 目撃者がそれを証している。その証は真である。彼はいうことが真であることを知っている。この証はあなた方も信ずるためである。 |
新共同 | それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、あなたがたにも信じさせるために、自分が真実を語っていることを知っている。 |
NIV | The man who saw it has given testimony, and his testimony is true. He knows that he tells the truth, and he testifies so that you also may believe. |
註解: 著者ヨハネはここに自己を第三人称をもって呼んでいる。ヨハネは以上の三つの事実(脛を折らなかったこと、槍にて脇をついたこと、水と血とが流れ出でたこと)が非常に重大なる意義があることを思い、その確実なることをここに立証している。すなわち自己が目撃者なること、偽りを語らざること、また自らその真なることを知っていることを保証している。かく念を入れてこれを証しする目的は、これによりて読者をしてイエスの真の救い主に在すことを信ぜしめんがためである(単にこの事実を信ぜしめんがためではない)。
19章36節
口語訳 | これらのことが起ったのは、「その骨はくだかれないであろう」との聖書の言葉が、成就するためである。 |
塚本訳 | このことがおこったのは、〃彼の骨は砕かれない〃という聖書の言葉が成就するためであるからである。 |
前田訳 | これらは聖書が成就するためにおこったことである、いわく、「彼の骨はくだかれまい」と。 |
新共同 | これらのことが起こったのは、「その骨は一つも砕かれない」という聖書の言葉が実現するためであった。 |
NIV | These things happened so that the scripture would be fulfilled: "Not one of his bones will be broken," |
註解: 原文「何となれば」とありて、読者にキリストを信ぜしめんと要求する理由をここに示している。すなわちこの聖句(引照1)(出12:46、民9:12)の成就せんがために以上の事実(脛 を折らないこと)が起ったのであって、決して偶然に起ったのではなく、従ってイエスは聖書に示されし過越の羔羊であることが明らかである以上(Tコリ5:7、8)、彼を贖い主として信ずべきであるという意味である。
辞解
[骨くだかれず] 過越の羔羊は骨を折ってはならないことが律法に定められていた。イエスに関して偶然の出来事のごとくに見ゆる経過がこの型の実現となりて聖書が成就したことは驚くべきことである。
19章37節 また
口語訳 | また聖書のほかのところに、「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」とある。 |
塚本訳 | さらに、〃彼らは自分の突き刺した者を見るであろう〃と言うほかの聖書の言葉もある。 |
前田訳 | また別のところにいわく、「彼らはその突き刺したものを見よう」と。 |
新共同 | また、聖書の別の所に、「彼らは、自分たちの突き刺した者を見る」とも書いてある。 |
NIV | and, as another scripture says, "They will look on the one they have pierced." |
註解: ゼカ12:10は始めにユダヤ人らが迫害殺戮せるエホバを後に至りて悔いて彼を仰ぐことの預言であって、イエスを刺せるユダヤ人はこの聖書に叶いて再びイエスの来給う時、己を刺したる傷跡を持ち給う主を見るであろう(黙1:7)。
要義 [聖書の成就]マタイは特に旧約聖書とイエスとの関係を詳述したけれども、ヨハネもまたイエスをもって聖書の成就と見ている点においてマタイと異ならなかった (ヨハ12:15、ヨハ12:38。ヨハ13:18。ヨハ15:25。ヨハ17:12。ヨハ19:24、ヨハ19:28、ヨハ19:36) 。かくのごとき意味においてイエスの生涯を眺むる時、その凡ての出来事はみな旧約聖書の中に型として録されていたのを使徒らは見出したのである。ここにおいて従来彼らの面を掩っていた面帕 は剥ぎ落され、彼らは旧約聖書の真の意義を発見すると同時に、イエスにおいて真のメシヤを見出し、旧約と新約とを一つにせる神の救拯の経綸を見出すことができたのである。ヨハネが一々聖書を引用して我らに信仰を要求しているのもこの意味である。
19章38節 この
口語訳 | そののち、ユダヤ人をはばかって、ひそかにイエスの弟子となったアリマタヤのヨセフという人が、イエスの死体を取りおろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトはそれを許したので、彼はイエスの死体を取りおろしに行った。 |
塚本訳 | そのあとで、アリマタヤ生まれのヨセフが、──この人はユダヤ人(の役人たち)を恐れて、隠れてイエスの弟子になっていた人である──ピラトに、イエスの体を取りおろしたいと願い出た。ピラトが許すと、彼は行って体を取りおろした。 |
前田訳 | こののち、アリマタヤ出のヨセフが−−彼はユダヤ人をはばかってひそかにイエスの弟子であったが−−イエスの体を引き取りたいと願い出た。ピラトがゆるすと、来て体を引き取った。 |
新共同 | その後、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身のヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトが許したので、ヨセフは行って遺体を取り降ろした。 |
NIV | Later, Joseph of Arimathea asked Pilate for the body of Jesus. Now Joseph was a disciple of Jesus, but secretly because he feared the Jews. With Pilate's permission, he came and took the body away. |
註解: アリマタヤにつきてはマタ27:57辞解参照。アリマタヤのヨセフは衆議所の一員で(ルカ23:50)高位の人であった。かつ富んでいたので(マタ27:57)、公けにイエスに対する信仰を告白し得ずにいた。然るに今やユダヤ人を懼れず公然とピラトにイエスの屍体を請いこれを引取り、かつ荘厳にこの一囚徒の屍体を葬ったことはヨセフにおいては驚くべき変化であって、彼はイエスの死を見て心砕かれ、新たなる生涯に入ったものと見るべきであろう。ピラトに請いし所以はローマ官憲は死屍の上に権利を有っていたからである。
19章39節 また
口語訳 | また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。 |
塚本訳 | すると以前に、夜、イエスの所に来たニコデモも、没薬と沈香とを混ぜた物を百リトラ(三十二キロ八百グラム)ばかり持って来た。 |
前田訳 | ニコデモも来た。前に夜イエスのもとに来た人である。彼は没薬(もつやく)と沈香(じんこう)の混ぜたものを百リトラほど持参した。 |
新共同 | そこへ、かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来た。 |
NIV | He was accompanied by Nicodemus, the man who earlier had visited Jesus at night. Nicodemus brought a mixture of myrrh and aloes, about seventy-five pounds. |
註解: ヨハ3:2。ヨハ7:50に記されし臆病なるニコデモも、イエスの死により新生を獲得し大胆なる人間と化した。「イエスの死はその生よりも大なる力を持っている」(C1)。かかる多量の没藥沈香を携え来りしは、ニコデモのイエスに対する尊敬がイエスの死に際して特に豊かに表われしことを示している。
辞解
[没藥] smyrna マタ2:11辞解。
[沈香] aloê 香木でこれを粉末にして没藥に混じ、屍体を包める布の上に撒布して棺を充填した。
19章40節 ここに
口語訳 | 彼らは、イエスの死体を取りおろし、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布で巻いた。 |
塚本訳 | 彼らはイエスの体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、香料をふりかけた亜麻布でこれを巻いた。 |
前田訳 | 彼らはイエスの体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣どおり、香料を加えて亜麻布で包んだ。 |
新共同 | 彼らはイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ。 |
NIV | Taking Jesus' body, the two of them wrapped it, with the spices, in strips of linen. This was in accordance with Jewish burial customs. |
註解: この埋葬は一囚徒の葬りではなく、立派なる貴人の埋葬に比すべきものであった。これイエスの復活と栄光の準備として相応しきようにその屍体を取扱わしめんとの神の定めであった。
19章41節 イエスの
口語訳 | イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。 |
塚本訳 | ところがイエスが十字架につけられた場所(の近く)に園があって、園の中に、まだだれも納められたことのない、新しい墓があった。 |
前田訳 | 彼が十字架につけられたところには園があった。園にはまだだれも納められたことのない新しい墓があった。 |
新共同 | イエスが十字架につけられた所には園があり、そこには、だれもまだ葬られたことのない新しい墓があった。 |
NIV | At the place where Jesus was crucified, there was a garden, and in the garden a new tomb, in which no one had ever been laid. |
19章42節 ユダヤ
口語訳 | その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、イエスをそこに納めた。 |
塚本訳 | その日はユダヤ人の支度日であったので、その墓が近いのをさいわい、(安息日が始まらないうちにと、急いで)そこにイエスを納めた。 |
前田訳 | ユダヤ人の準備日であったし、墓が近くにあったので、そこにイエスをお納めした。 |
新共同 | その日はユダヤ人の準備の日であり、この墓が近かったので、そこにイエスを納めた。 |
NIV | Because it was the Jewish day of Preparation and since the tomb was nearby, they laid Jesus there. |
註解: 新しき墓は死人の中より初めに甦り給うべきイエスを葬るに適当である。ニコデモとヨセフの考えは単にその墓の近きがままに便宜上そこに納めたに過ぎなかった(遠方まで運ぶ時間がなかったので)。しかし神はイエスの復活に最も適当なる場所をそこに供え給うたのである。この墓がヨセフの所有であったことがマタ27:60に録されているけれども、この2節にはかかる形跡を認め難い。唯、他人の墓に濫りに葬ることは有り得ざること故、おそらくヨセフはイエスを葬らんがためにこれを買収したものであろう。
要義 [アリマタヤのヨセフとニコデモ](1)二人とも真理に対する感受性を持っていた。従ってユダヤ人の祭司長学者らの虚偽と教権擁護の邪念に比して、イエスの真実とその力に打たれ、或は密にその弟子となり(ヨハ19:38)、或は夜彼を訪い(ヨハ3:2)、或はそれとなく彼を庇護した(ヨハ7:50)。彼らは心にイエスを充分に尊敬していたことがこれによって窺い知ることができる。(2)しかしながら彼らはあまりに富みまたはその位があまりに高かったがために、これを犠牲にしてまでもイエスに対する信仰を告白するの勇気がなかった。彼らはおそらくこの自己の意気地なきに苦しんだであろう。彼らはこの点において卑怯であった。しかしながら棄つべき富も地位もなき者が信仰を公に告白し得たりとて彼らを批難する権利はない。人はみな彼らと同じ弱点をもつが故である。(3)故にイエスはかくのごときものを弟子と称し給うた(ヨハ19:38)。「我らはこれにより神が如何にその民に対して恩恵深く取扱い給うか、また如何に父らしき親切さをもって彼らの罪を赦し給うかを知ることができる」(C1)。(4)而してかかる卑怯なる人々もみなイエスの死を見てその心が一変した。彼らの卑怯なる罪すらもこれを赦さんがために、これを負いて十字架につき給える主を仰ぎ見て彼らは自己の罪に責められたことであろう。イエスの死によりて彼らは新たに生れて、勇気ある生涯に入ることができたのである。
附記1 [イエスの死に給いし日の計算]福音書の批評的研究の諸問題中で、最も重要にしてかつ困難な問題は、イエスの十字架に釘 き給いし日がニサンの月の十四日であったか、または十五日であったかの問題である。而して第二世紀以来今日に至るまでこの問題は学者の間の大なる争論の題目となっているのであって、おそらく永久に決定的解答を得ることができないであろう。
この問題の起る所以は、共観福音書によればイエスの最後の晩餐は過越の食であった(マタ26:17−19)。而して過越の食はニサンの月の十四日の終る頃より十五日にかけて行われた(ユダヤ人は日没を一日の起算点とする)。それ故にイエスは十五日の昼に十字架につき給うたこととなる。然るにヨハネ伝によれば最後の晩餐はニサンの月の十三日夕に普通の食事として行われ、過越は未だ食せられず(ヨハ18:28)、イエスは過越の小羊として十四日に屠られ給うたもののごとくに録されており(ヨハ19:36)、この二者の間の矛盾が存するからである。これに対して大要左(下記)のごとき解決法が試みられている。
第一説 ヨハネ伝によるもやはり13章の最後の晩餐は14日に過越の食として行われ、十五日に十字架に釘 き給えりと解し、四福音書の間に完全なる一致ありとするもの(Z0その他)。
第二説 反対に共観福音書の最後の晩餐を13日に行われたりとして、14日に十字架につき給えりと解し、四福音書の間の一致を主張するもの(G1その他)。
第三説 この両者間の矛盾は到底解決し得ざるものとするもの(M0その他)。
第四説 日数の計算法に二種ありとなし、双方ともそのまま真なりとするもの(S2その他)。
本註解においては第一説を採用した。しかしこの解釈も多くの困難を伴うのであって、ヨハ19:14の「過越の準備日」ヨハ18:28「過越の食」等をやや不自然に解するの欠点があり、またヨハネ伝全体の印象として晩餐には過越の晩餐らしき点なく、イエスの死を過越の羔の死に一致せしめしごとき形跡あること(例えばヨハ19:36のごとき)の争うべからざる事実を無視しなければならない欠点がある。第二説によれば(イ)最後の晩餐を13日に行われし普通の食事と見做し、または14日の代りに13日に過越の食を予め行い給えるなりと見做し、(ロ)かつ15日の祭の最初の日に武器を携うこと(マタ26:47等。マタ26:51等)は律法に違反し、また「準備日」(マコ15:42。ルカ23:54)は十四日とするを普通とし、また「亜麻布を買うこと」(マコ15:46)「香料と香油とを準備すること」(ルカ23:56)も祭日にはでき得ない故にイエスの死は14日であると主張する。しかし(イ)は共観福音書の明瞭なる記事に矛盾し、(ロ)は必ずしも事実にあらざることをユダヤの諸法典より発見することができ、従って第二説も必ずしもこれを受入れることができない。第三説は共観福音書をもヨハネ伝をも最も無理なしに自然に解釈することができるけれども、かかる重大なる(全新約聖書中最大の)事件につきその日付に矛盾錯誤ありとの事実を説明することができない欠点がある。第四説はパリサイ派とサドカイ派との間に過越の祭の計算方法につき二種ありしことを基礎として、この矛盾のごとき双方とも事実であると主張する。しかしながらこれはあまりに不自然なるからくりに過ぐるごとききらいがある。要するにこの解決は目下の処不可能であるというのが事実に近いであろう。
附記2 [主の兄弟に就いて]福音書中の難問題の他の一つは「主の兄弟」とアルパヨの子らとの異同である。少数の教父とカトリック教会と少数のプロテスタント学者はこれを同一と見、多数の教父および新教学者はこれに反してこれを別人と見ている。この二者の混同され易き理由は、(1)主の兄弟は「ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダ」であり(マタ13:55。マコ6:3)、(2)アルパヨ(またの名クロパ)の子は同じくヤコブとヨセフであり(マタ27:56。マコ15:40)、それにもしルカ6:16。使1:13を「ヤコブの子」と読まずして「ヤコブの兄弟」と読むならば(文法上かく読むことを得)アルパヨの子もヤコブ、ヨセフ、ユダとなり、イエスの兄弟四人中の三人と同名となる。(3)かつアルパヨの妻マリヤはヨハ19:25の異本によればイエスの母マリヤの姉妹に当たることとなる。ゆえにイエスとアルパヨの子らとは従兄弟となり、ヘブル語の用法によりこれを「兄弟」と呼ぶことも有り得るのである。しかしながら(1)聖書によれば主の兄弟たちは始めは主を信ぜず(マタ12:46等。マタ13:55等。ヨハ7:3、ヨハ7:5)、主の復活を目撃して後始めて主を信じて弟子たちの中に加わり(Tコリ15:7。使1:14)アルパヨの子らは始めよりイエスの弟子であった点、(2)聖書にアルパヨの子らと主の兄弟らとは常に別々に録されて決して混同せられない点、(3)使徒ヤコブは十二使徒の中でいたって顕著ならざる地位にいたのに反し、主の兄弟ヤコブはエルサレム教会の監督として「義なるヤコブ」と称せられ非常なる人望と勢力とを持っていた点、(4)かつヨハ19:25のイエスの母マリヤの姉妹は、或はサロメを指せるものと見るべき点などより見て、アルパヨの子らは主の兄弟と呼ばれているのではないと結論すべきである。その他アルパヨをイエスの父ヨセフの兄弟なりとなし、またはイエスの兄弟らをヨセフの先妻の子と見るなども凡てマリヤの終身童貞説の弁護のための捏造説である。