ルカ伝第12章
分類
6 エルサレムに向って進み始め給う 9:51 - 12:48
6-4 弟子の生活態度を教え給う 12:1 - 12:48
6-4-イ 迫害を恐るな 12:1 - 12:12
(マタ10:26-33)
12章1節 その
口語訳 | その間に、おびただしい群衆が、互に踏み合うほどに群がってきたが、イエスはまず弟子たちに語りはじめられた、「パリサイ人のパン種、すなわち彼らの偽善に気をつけなさい。 |
塚本訳 | とかくするうちに、(足を)踏み合うほど数かぎりない群衆が集まってきた。イエスはまず弟子たちに言い出された、「パリサイ人のパン種──彼らの偽善──を警戒せよ。 |
前田訳 | そのうちに数万の群衆が集まって来て、互いに踏みあうほどであった。彼はまず弟子たちにいいだされた、「パリサイ人のパン種に気をつけよ。それは偽善である。 |
新共同 | とかくするうちに、数えきれないほどの群衆が集まって来て、足を踏み合うほどになった。イエスは、まず弟子たちに話し始められた。「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善である。 |
NIV | Meanwhile, when a crowd of many thousands had gathered, so that they were trampling on one another, Jesus began to speak first to his disciples, saying: "Be on your guard against the yeast of the Pharisees, which is hypocrisy. |
註解: 数千の群衆が集って来たので、弟子たちは師の伝道の花やかさに目を奪われ、唯歓喜に充されて、その伝道事業の困難さを思う余裕も無かった。かかる弟子を「先ず」訓戒しなければならないことをイエスは感じ給うた。
『なんぢら、パリサイ
註解: パン種はマタ16:6、マタ16:11、12やマコ8:15、Tコリ5:7の場合と異なり、ここでは偽善を意味す。殊に本節の場合は次の2、3節より見て虚偽と、隠し立ての態度を指す。なおパン種は粉の塊を脹れさせる故に、悪い分子の伝播力が強く感化が及び易い意味に用いられている(Tコリ5:6)。
12章2節
口語訳 | おおいかぶされたもので、現れてこないものはなく、隠れているもので、知られてこないものはない。 |
塚本訳 | 覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはない。 |
前田訳 | おおわれたもので現わされぬものはなく、隠されたもので知られぬものはない。 |
新共同 | 覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。 |
NIV | There is nothing concealed that will not be disclosed, or hidden that will not be made known. |
12章3節 この
口語訳 | だから、あなたがたが暗やみで言ったことは、なんでもみな明るみで聞かれ、密室で耳にささやいたことは、屋根の上で言いひろめられるであろう。 |
塚本訳 | (伝道も同じである。)だからあなた達が暗闇で(こっそり)言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の部屋で耳にささやいたことは、屋根の上で宣伝される(時が来る)のである。 |
前田訳 | それゆえ、あなた方が闇でいったことはすべて明るみで聞かれ、奥の部屋でいったことは屋根の上で伝えられる。 |
新共同 | だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。」 |
NIV | What you have said in the dark will be heard in the daylight, and what you have whispered in the ear in the inner rooms will be proclaimed from the roofs. |
註解: 弟子たちはその信仰を隠してはならない。たとい迫害を恐れたりまたは福音を恥としてこれを隠してもそれは結局明かにされるであろう。蔽 われたものは必ず顕れ、隠れたるものは必ず知られる。偽善は結局何の役にも立たない。それ故結局マタ10:27のイエスの命令はここにも適用されなければならぬ。マタ10:26、27参照。
12章4節
口語訳 | そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにもできない者どもを恐れるな。 |
塚本訳 | あなた達、わたしの友人に言う、体を殺しても、そのあと、それ以上には何もできない者を恐れるな。 |
前田訳 | わが友としてあなた方にいう、体を殺しても、そのあとでそれ以上は何もできないものをおそれるな。 |
新共同 | 「友人であるあなたがたに言っておく。体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない。 |
NIV | "I tell you, my friends, do not be afraid of those who kill the body and after that can do no more. |
註解: 汝らの敵は汝らを迫害し、汝らを殺そうとするであろう、がしかし彼らはそれ以上のことは何もできない。我らの肉体が死んでも我らの霊魂は死なない、それ故に彼らを恐れる理由は全くない。
辞解
[何をも] perissoteron 「ヨリ以上のこと」。
12章5節
口語訳 | 恐るべき者がだれであるか、教えてあげよう。殺したあとで、更に地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。そうだ、あなたがたに言っておくが、そのかたを恐れなさい。 |
塚本訳 | 恐るべき者はだれか、おしえてあげよう。殺したあとで、地獄に投げ込む権力を持っておられるお方を恐れよ。ほんとうに、わたしは言う、そのお方(だけ)を恐れよ。 |
前田訳 | あなた方がおそれるべきものを示そう。殺したあとで地獄(ゲヘナ)に投げ入れる権威をお持ちの方をおそれよ。本当に、わたしはいう、その方をおそれよ。 |
新共同 | だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい。 |
NIV | But I will show you whom you should fear: Fear him who, after the killing of the body, has power to throw you into hell. Yes, I tell you, fear him. |
註解: (マタ10:28)懼るべきものは神だけである。神は我らの霊魂を救うことも亡ぼすこともできる権威を有ち給う。この神をこそ懼るべきであるが、それ以外に懼るべきものは有ってはならぬ。
辞解
[ゲヘナ] 地獄というごとき意、人間が永遠の火に焼かれる場所、本来エルサレムの南にあるヒンノムの谷(ゲイ・ヒンノム=ゲヘンナ)から転じたる名称で、この谷で異教徒がその子をモロクにささげて焼き殺した処。
12章6節
口語訳 | 五羽のすずめは二アサリオンで売られているではないか。しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいない。 |
塚本訳 | 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。 |
前田訳 | 雀は五羽二アサリオンで売られるではないか。しかし、神の前にはその一羽も忘れられていない。 |
新共同 | 五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。 |
NIV | Are not five sparrows sold for two pennies ? Yet not one of them is forgotten by God. |
12章7節
口語訳 | その上、あなたがたの頭の毛までも、みな数えられている。恐れることはない。あなたがたは多くのすずめよりも、まさった者である。 |
塚本訳 | それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。 |
前田訳 | それどころか、あなた方の髪の毛もすべて数えられている。おそれるな。あなた方は多くの雀よりもすぐれている。 |
新共同 | それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」 |
NIV | Indeed, the very hairs of your head are all numbered. Don't be afraid; you are worth more than many sparrows. |
註解: (マタ10:29−31)五羽で二銭の雀に対する神の配慮、我らの頭の髪の1本ずつに対する神の御業を思うならば、汝らの上に神は如何ばかり御心を注ぎ給うかが判明 るであろう。それ故に如何なる場合でも神の守護が汝らを離れることはない故、絶対に懼れる必要がない。それ故に凡ての人の前に大胆に汝らの信仰を告白し、福音の宣伝を為さなければならぬ。
12章8節 われ
口語訳 | そこで、あなたがたに言う。だれでも人の前でわたしを受けいれる者を、人の子も神の使たちの前で受けいれるであろう。 |
塚本訳 | それで、わたしは言う、(恐れずに説け。)だれでも人の前で公然わたしを(主と)告白する者を、人の子(わたし)も(裁きの日に、)神の使たちの前で(弟子として)認める。 |
前田訳 | わたしはいう、だれでも人々の前でわたしをいいあらわすものを人の子も神の使いたちの前でいいあらわそう。 |
新共同 | 「言っておくが、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、人の子も神の天使たちの前で、その人を自分の仲間であると言い表す。 |
NIV | "I tell you, whoever acknowledges me before men, the Son of Man will also acknowledge him before the angels of God. |
12章9節 されど
口語訳 | しかし、人の前でわたしを拒む者は、神の使たちの前で拒まれるであろう。 |
塚本訳 | しかし人の前でわたしを否認する者は、神の使たちの前で(わたしから)否認されるであろう。 |
前田訳 | しかし人々の前でわたしを否むものは神の使いたちの前で否まれよう。 |
新共同 | しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、神の天使たちの前で知らないと言われる。 |
NIV | But he who disowns me before men will be disowned before the angels of God. |
註解: (マタ10:32、33)イエスに対する信仰を人の前に告白することは勇気を要することであるが、もしこれを懼れて告白しないならば、かかる偽善者は神の前でイエスに否まれるであろう。神の護りを信じて勇気を得、凡ての虚偽を克服するのが弟子たちの真の生活である。
辞解
[神の使] マタ10:32、33には「父の前」とあり、意味同一なり。
12章10節
口語訳 | また、人の子に言い逆らう者はゆるされるであろうが、聖霊をけがす者は、ゆるされることはない。 |
塚本訳 | また、人の子(わたし)を冒涜する者ですら、皆、赦していただけるが、聖霊を冒涜する者は(決して)赦されない。 |
前田訳 | 人の子にいいさからうものは皆ゆるされよう。しかし聖霊をけがすものはゆるされまい。 |
新共同 | 人の子の悪口を言う者は皆赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は赦されない。 |
NIV | And everyone who speaks a word against the Son of Man will be forgiven, but anyone who blasphemes against the Holy Spirit will not be forgiven. |
註解: 人の子イエスを神の子と知らずして彼に言い逆う者は、悔改めさえすれば赦されるであろう。しかし聖霊がすでにイエスが神の子であることを我らの心に示しているのに、この聖霊を涜 してイエスを否む者はもはや赦されない。イエスを信ずる者が偽って彼を否むことの罪は大きい。マタ12:32は全く異なった場合に本節と同じ言をイエスは言い給うたとしてある故自然解釈は二つの場合異なってくる。なお「聖霊を涜す」を弟子たちの伝道を受入れないことと解する説(Z0)もありその他に諸説あれど取らず。
12章11節
口語訳 | あなたがたが会堂や役人や高官の前へひっぱられて行った場合には、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配しないがよい。 |
塚本訳 | 人々があなた達を礼拝堂や役所や官庁に引っ張っていった時には、いかに、何と弁明しようか、何を言おうかと、心配するな。 |
前田訳 | あなた方が会堂や役人や官権へと引っ張られるとき、いかに、何を弁明し、何をいおうかと心配するな。 |
新共同 | 会堂や役人、権力者のところに連れて行かれたときは、何をどう言い訳しようか、何を言おうかなどと心配してはならない。 |
NIV | "When you are brought before synagogues, rulers and authorities, do not worry about how you will defend yourselves or what you will say, |
12章12節
口語訳 | 言うべきことは、聖霊がその時に教えてくださるからである」。 |
塚本訳 | 言うべきことは、その時に聖霊が教えてくださるのだから。」 |
前田訳 | 聖霊がそのとき何をいうべきかを教えよう」と。 |
新共同 | 言うべきことは、聖霊がそのときに教えてくださる。」 |
NIV | for the Holy Spirit will teach you at that time what you should say." |
註解: (マタ10:19)前数節に述べしごとく、神汝を守り給うが故に、迫害者を懼れる必要は全くないのであるが、いよいよ迫害に遭ってユダヤ人の当局者の前に引き往かれる場合になっても、その訊問に対して如何様に答うべきかにつき心配すべきではない。聖霊はその時になって凡てを正しく指導し給う、信ずる者の平安はかくして絶対的である。
要義 [弟子たちの対世間的態度]最も重要なことは明白にその信仰を告白して、少しも偽らず隠さず、胡麻化さないことである。そのために迫害があっても、霊魂を主に委ねて平安である。訊問があっても、聖霊が我らの代りに答え給うが故に安心である。かくして弟子たるものは大胆に率直にその信仰を告白し、これを証することができる。
註解: 13−21節はルカ特有の物語である。
12章13節
口語訳 | 群衆の中のひとりがイエスに言った、「先生、わたしの兄弟に、遺産を分けてくれるようにおっしゃってください」。 |
塚本訳 | すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」 |
前田訳 | 群衆のひとりが彼にいった、「先生、遺産をわたしに分けるよう兄におっしゃってください」と。 |
新共同 | 群衆の一人が言った。「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」 |
NIV | Someone in the crowd said to him, "Teacher, tell my brother to divide the inheritance with me." |
註解: イエスの名声と信用とを利用してその兄弟を説得してもらうつもりであったか(Z0)またはイエスの正義と公平とを信じ(B1)たためであったか、いずれかは不明であるが、父の死後その財産の分配に与らなかったかまたは不公平の分配であったために争っていた人がイエスに仲裁を乞う。
12章14節
口語訳 | 彼に言われた、「人よ、だれがわたしをあなたがたの裁判人または分配人に立てたのか」。 |
塚本訳 | イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、 |
前田訳 | 彼はいわれた、「君、だれがわたしをあなた方の裁判官また分配人に任命したのか」と。 |
新共同 | イエスはその人に言われた。「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」 |
NIV | Jesus replied, "Man, who appointed me a judge or an arbiter between you?" |
註解: 「霊魂の師を崇めるの余り往々にしてその師を家庭争議や民事争議の審判官にしようと希望するように下落しやすいものである」(B1)がイエスの使命はこれよりもさらに根本的な点にあったので、イエスはこれに応じ給わず、かえってその人の貪慾を戒め、また一般の群衆にも貪慾を戒むべきことを教え給う(次節)。
12章15節 かくて
口語訳 | それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。 |
塚本訳 | 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」 |
前田訳 | そして人々にいわれた、「すべての欲望に注意し、心せよ。あり余っていても財産からいのちは出て来ないから」と。 |
新共同 | そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」 |
NIV | Then he said to them, "Watch out! Be on your guard against all kinds of greed; a man's life does not consist in the abundance of his possessions." |
註解: (▲本節の訳語は口語訳が勝っている。)イエスはさらに群衆に向って慳貧 を防ぐべきことを教え、人間の生命の維持のためには、所有が豊富であることは必要ではないこと、従って地上に多くの財を蓄えんとすることの愚かさを述べ給う。
12章16節 また
口語訳 | そこで一つの譬を語られた、「ある金持の畑が豊作であった。 |
塚本訳 | そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。 |
前田訳 | そして彼らに譬えを話された、「ある金持の畑が豊作であった。 |
新共同 | それから、イエスはたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作だった。 |
NIV | And he told them this parable: "The ground of a certain rich man produced a good crop. |
12章17節
口語訳 | そこで彼は心の中で、『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして |
塚本訳 | 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、 |
前田訳 | そこでそっと考えた、『どうしよう。作物をしまう場所がない』と。 |
新共同 | 金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、 |
NIV | He thought to himself, `What shall I do? I have no place to store my crops.' |
註解: いわゆる嬉しい悲鳴である。天然と勤労との結果として現れる豊作によって富むことは、最も自然で正しく罪の無い財産の増加である。それでも、そのことが人をして罪に陥らしむる原因となることが多い(B1)、神の恩恵よりも財産そのものに捕われるからである。
12章18節
口語訳 | 言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。 |
塚本訳 | やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、 |
前田訳 | やがていった、『こうしよう、倉をこわして大きいのを建て、わが穀物と財産をしまって、 |
新共同 | やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、 |
NIV | "Then he said, `This is what I'll do. I will tear down my barns and build bigger ones, and there I will store all my grain and my goods. |
12章19節 かくてわが
口語訳 | そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。 |
塚本訳 | それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』 |
前田訳 | わが魂にいおう、魂よ、おまえには長年のための財産がたくさんしまってある。休み、食べ、飲み、楽しめ』と。 |
新共同 | こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』 |
NIV | And I'll say to myself, "You have plenty of good things laid up for many years. Take life easy; eat, drink and be merry."' |
註解: この計画とその実行の中には、人間的の打算をもって、その財産の安全と自己の生命の安泰と享楽とを企てる以外の何ものも無い。これで人間は自分の目的を達し、何らの心配も不安もないとして喜ぶのであるが、人間のこの計画は凡て画餅 に帰してしまうかもしれないことを彼は考えなかった。神を知らない人間は凡てこの富める人のごとくに愚である。
辞解
[霊魂] psychê はまた「生命」とも訳し得る語である。かく解して本節および次節の意味の内容は一層豊富となる。
12章20節
口語訳 | すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。 |
塚本訳 | しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。 |
前田訳 | しかし神はその人にいわれた、『愚かものよ、今夜おまえの魂はとられよう。おまえが用意したものはだれのものになるのか』と。 |
新共同 | しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。 |
NIV | "But God said to him, `You fool! This very night your life will be demanded from you. Then who will get what you have prepared for yourself?' |
註解: 我らの生命は神の御手の中にあることを考えたならば、多年の先まで思い煩うことの愚かさを何人も知ることができるはずである。その夜卒然に死んだならばかの富める男が自分の霊魂に向って語った言葉の凡てが無効となってしまうであろう。このことが起らないとは誰が言うことができるか。この教訓はまた兄弟相争っている13節の人を教訓するに充分であった。
12章21節
口語訳 | 自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。 |
塚本訳 | 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」 |
前田訳 | 自分のために宝をつんで、神に対して富まぬものはこのようである」と。 |
新共同 | 自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」 |
NIV | "This is how it will be with anyone who stores up things for himself but is not rich toward God." |
註解: 「神に対して富む」とは財寳を天に貯えること(マタ6:20)である。自己の財産を神のために用いること、自己の富をもって苦しむ者貧しき者を助けることも神に対して富むための方法であるが、広く神の御許に記憶される行為を為すことを指す。従ってここでは単に「神のために財産を貯える」とか「貯えた財を神のために使う」という狭い意味ではない。
要義 [富と罪]富を積むことが必ずしも悪事ではないが、富が増すに従って人間は罪を犯しやすい。すなわちその富に心を奪われて神の国と神の義とを忘れ、貧しき者を思いやる心を失い、富に依り頼んで神に依り頼まず、その平安を富に求めて神にある平安を忘れる。これらは凡て罪の根本的なものであって、これがほとんど例外なしに富の蓄積に伴って生ずる。
口語訳 | それから弟子たちに言われた、「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のことで思いわずらい、何を着ようかとからだのことで思いわずらうな。 |
塚本訳 | それから(また)弟子たちに言われた、「だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。 |
前田訳 | 彼は弟子たちにいわれた、「それゆえわたしはいう、何を食べようかといのちのことを、何を着ようかと体のことを気にするな。 |
新共同 | それから、イエスは弟子たちに言われた。「だから、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。 |
NIV | Then Jesus said to his disciples: "Therefore I tell you, do not worry about your life, what you will eat; or about your body, what you will wear. |
註解: 群衆よりさらに復転して弟子たちに向って語り給うた。一層深い真理でありかつ、凡てを棄ててイエスに従った弟子たちに必要な教訓だからである。
『この
口語訳 | 命は食物にまさり、からだは着物にまさっている。 |
塚本訳 | 命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)だから。(命と体とを下さった神が、それ以下のものを下さらないわけはない。) |
前田訳 | いのちは食べ物以上、体は着物以上である。 |
新共同 | 命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ。 |
NIV | Life is more than food, and the body more than clothes. |
註解: マタ6:25−33はほぼ22−31に相当する。その部分の註をも参照すべし。衣食は生命身体を保存するための材料であるが、世の人は本末を転倒して衣食のために全力を費やして人間の生命身体が神の特別の保護の下にあることを忘却してしまう。
12章24節 鴉を
口語訳 | からすのことを考えて見よ。まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。それだのに、神は彼らを養っていて下さる。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。 |
塚本訳 | 烏をよく見てごらん。まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神はそれを養ってくださるのである。ましてあなた達は、鳥よりもどれだけ大切だか知れない。 |
前田訳 | 烏を考えてみよ、まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神は養いたもう。あなた方はどれだけ烏にまさることか。 |
新共同 | 烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか。 |
NIV | Consider the ravens: They do not sow or reap, they have no storeroom or barn; yet God feeds them. And how much more valuable you are than birds! |
註解: 少しも思い煩わなくとも神は人間を養い給うことに絶対の信頼を持つべきである。ただし人間も播かず刈らずにいるべしとのことではない。鴉 の例は、その自然に在るがままの姿で思い煩わないことを示したのである。人間もその自然にあるがままの知能を働かせ、使命を果しつつ、衣食は全くこれを神に委 すべきである。
12章25節
口語訳 | あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。 |
塚本訳 | (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。 |
前田訳 | あなた方のだれが、気を配って寿命を少しでも延ばせるか。 |
新共同 | あなたがたのうちのだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。 |
NIV | Who of you by worrying can add a single hour to his life ? |
12章26節 されば
口語訳 | そんな小さな事さえできないのに、どうしてほかのことを思いわずらうのか。 |
塚本訳 | それなら、こんな小さなことさえ出来ないのに、なぜほかのことを心配するのか。 |
前田訳 | そんな小さいこともできずに、なぜほかのことを気にするか。 |
新共同 | こんなごく小さな事さえできないのに、なぜ、ほかの事まで思い悩むのか。 |
NIV | Since you cannot do this very little thing, why do you worry about the rest? |
註解: 人間は如何に思い煩っても、その生命を思うままに延長したり身体を変化したりすることはできない。凡てを神の働きに任すべきである。
辞解
「身の長一尺」はまた「生命を寸陰も」と訳する説あり、前者を採る。
12章27節
口語訳 | 野の花のことを考えて見るがよい。紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 |
塚本訳 | 花は紡ぐことも、織ることもしないのに、よく見てごらん。しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。 |
前田訳 | 花は紡ぎも織りもしないことを考えてみよ。わたしはいう、栄華をきわめたソロモンもこの花のひとつほども着飾ってはいなかった。 |
新共同 | 野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 |
NIV | "Consider how the lilies grow. They do not labor or spin. Yet I tell you, not even Solomon in all his splendor was dressed like one of these. |
註解: ▲口語訳で何故「野の花」と訳したのか不明。百合種である故とにかく「百合」と訳して差支えない。
12章28節
口語訳 | きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。 |
塚本訳 | きょうは野に花咲き、あすは炉に投げ込まれる草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことである。信仰の小さい人たちよ! |
前田訳 | きょう野にあり、あす炉に投げ込まれる草を神がこのように装いたもうならば、ましてあなた方はなおさらである。信仰の小さい人々よ。 |
新共同 | 今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。 |
NIV | If that is how God clothes the grass of the field, which is here today, and tomorrow is thrown into the fire, how much more will he clothe you, O you of little faith! |
12章29節 なんぢら
口語訳 | あなたがたも、何を食べ、何を飲もうかと、あくせくするな、また気を使うな。 |
塚本訳 | あなた達も、何を食べよう、何を飲もうと考えるな、また気をもむな。 |
前田訳 | あなた方も何を食べ何を飲もうと求めるな、気にするな。 |
新共同 | あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。 |
NIV | And do not set your heart on what you will eat or drink; do not worry about it. |
12章30節
口語訳 | これらのものは皆、この世の異邦人が切に求めているものである。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることを、ご存じである。 |
塚本訳 | それは皆この世の異教人の欲しがるもの。あなた達の父上は、それがあなた達に必要なことを御承知である。 |
前田訳 | それらはみな世の民が欲するもの。あなた方の父上はあなた方にそれらが要ることをご承知である。 |
新共同 | それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。 |
NIV | For the pagan world runs after all such things, and your Father knows that you need them. |
12章31節 ただ
口語訳 | ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。 |
塚本訳 | あなた達はむしろ御国を求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。 |
前田訳 | ただ彼のみ国を求めよ。そうすればそれらは加えて与えられよう。 |
新共同 | ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。 |
NIV | But seek his kingdom, and these things will be given to you as well. |
註解: マタ6:28b−33註を参照すべし。財産と職業とを棄ててイエスに従っている弟子たちにとって最も困難な問題はその生活問題であった。これについてイエスは彼らに神に対する絶対信頼の態度を教え、唯神の国のみを求むべきことを示し給うた。そしてかかる者に神はその必要なるものを凡て供給し給う証拠として鴉 のごとき価値なき鳥、野辺に咲く一輪の花を神は如何に養い、如何に装い給うかを示したのであった。絶対に神を信頼して、唯神の御国を求むる者にとっては、このイエスの教訓は必ずそのまま実現することは、これを実行する者のみな経験し得る事実である。かくして無一物にして神に信頼するものの生活は鳥のごとくに自由であり花のごとくに美しい。
辞解
[心を動かすな] meteôrizomai で「上の空になる」という俗語が適切である。
12章32節
口語訳 | 恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。 |
塚本訳 | 小さな群よ、恐れることはない。あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから。 |
前田訳 | おそれるな、小さい群れよ、あなた方の父上はよろこんでみ国を賜わるから。 |
新共同 | 小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。 |
NIV | "Do not be afraid, little flock, for your Father has been pleased to give you the kingdom. |
註解: 本節はルカ伝特有。無一物を心配して懼れをいだく必要は全くない。人間の親は少しばかりの財産をその子に残したいと思うのであるが、汝らの天の父は汝らに神の国をすら賜うことを欲しておられるのであるから、生活の資を賜らないはずはないからである。
12章33節
口語訳 | 自分の持ち物を売って、施しなさい。自分のために古びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。 |
塚本訳 | (ただ御国のために働けばよろしい。)持ち物を売って施しをしなさい。(すなわちそれによって)自分のために古び(て破れ)ることのない財布をつくり、泥坊が近づくことも、衣魚が食うこともない天に、使いつくすことのない宝をつんでおきなさい。 |
前田訳 | 持ちものを売って施しをなさい。自分のために古びない財布をつくり、盗人が近づかず、しみも食わない天に無限の宝をつみなさい、 |
新共同 | 自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。 |
NIV | Sell your possessions and give to the poor. Provide purses for yourselves that will not wear out, a treasure in heaven that will not be exhausted, where no thief comes near and no moth destroys. |
12章34節
口語訳 | あなたがたの宝のある所には、心もあるからである。 |
塚本訳 | 宝のある所に、あなた達の心もあるのだから。 |
前田訳 | あなた方の宝のあるところにあなた方の心もあるから。 |
新共同 | あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。」 |
NIV | For where your treasure is, there your heart will be also. |
註解: 33節はマタ6:19、20を異なる表現をもって示したものである。22−31節のごとくに神は弟子たちの生活を保証し給い、32節のごとく御国をすら賜うのであるから、今や自分の財産を心配する必要がないからこれを売却して貧者に施すべきである。この世の財布は使用するに従い年と共に旧び、この世における財寳は蓄えても間もなく尽きてしまう。然るに神の御心に従い、貧しき者に施し、悩める霊魂を慰むる行為は天において旧びざる財布の中に貯えられる尽きざる財寳である。これこそ盗難も蟲害も受けることのない最も安全な貯蓄といえる。弟子たちは主のこの御言の通り、無所有の生活に入ったのであった。そして彼らの一人も生活難のために倒れたものもなく、その伝道を放棄した者もなかった。
要義1 [生活問題一般]22−34節は特に弟子たちの生活問題について、その取るべき態度を示し給うたのであるが、これはその原理において凡ての人の生活態度の根本を示したるものである。社会事情の全然異なっている今日、文字通りにこの教訓に従うことはできず、また主はそれを要求し給わないであろうけれども、それを口実にしてこの教訓の中に示されている原理をも無視しようとするならば、それは甚だしい誤りである。形式は絶対ではないが原理は絶対である。キリスト者は凡てこの原理、この教えの精神を今日の形態において完全に実行し実現しなければならない。
要義2 [絶対信頼の生活]空の鳥を養い、野の百合を装い給う神が、人間をも養いまた飾り給わないはずがないことは、道理として何人も一応納得することではあるが、これを信じて絶対に信頼し、思い煩いのない生活を送ることは容易ではない。しかし信仰は冒険である。唯神の国のみを求めてこの冒険を実行するならば、必ずこのイエスの御言の真理であることを実験することができるであろう。そしてこの真理は個人の場合のみでなく、国家社会の場合においても事実である。
12章35節 なんぢら
口語訳 | 腰に帯をしめ、あかりをともしていなさい。 |
塚本訳 | 裾ひきからげ、明りをともしておれ。 |
前田訳 | 腰に帯し、明りをともしておれ。 |
新共同 | 「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。 |
NIV | "Be dressed ready for service and keep your lamps burning, |
註解: 22−34節の絶対信頼の教えは怠慢無為の生活を為すべきことを教えるのではない。35節以下は絶対に神に信頼する者の生活態度が如何にあるべきかを示す。32節に神がその御国を賜うことが示されたのであるが、それはイエスの再臨の時であり、この再臨に対しては、腰に帯し、燈火をともして、何時でも主を迎え得る準備をしていなければならぬ。
12章36節
口語訳 | 主人が婚宴から帰ってきて戸をたたくとき、すぐあけてあげようと待っている人のようにしていなさい。 |
塚本訳 | あなた達は、主人が宴会からかえって来て戸をたたいたときすぐあけられるように、帰りいつかと待ちかまえている人のようであれ。 |
前田訳 | あなた方は、主人が婚宴から帰って戸をたたくとすぐあけられるように待ちかまえている人のようであれ。 |
新共同 | 主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。 |
NIV | like men waiting for their master to return from a wedding banquet, so that when he comes and knocks they can immediately open the door for him. |
註解: 当時の社会で主人が婚筵に招かれて往く時は、その宴会のために帰りは通常遅くあった。もしその僕たちが目を覚し、火をともし、腰に帯して主人が帰るや否や直ちに戸を開いてこれを迎えないならば、すなわち寝衣を着、燈火を消して寝床の中に眠ってしまうならば、主人を家に迎え入れることはできない。主の再臨を迎うる者は常に彼を迎うる心の用意を為し、何時でも彼を迎うることができるようになっていなければならぬ。
12章37節
口語訳 | 主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言っておく。主人が帯をしめて僕たちを食卓につかせ、進み寄って給仕をしてくれるであろう。 |
塚本訳 | 主人がかえって来たとき、目を覚ましているところを見られる僕たちは幸いである。アーメン、わたしは言う、主人の方で裾をひきからげて、僕たちを食卓につかせ、そばに来て給仕をしてくれるであろう。 |
前田訳 | さいわいなのは、主人が帰ったとき目を覚ましているのを見られる僕たち。本当にいう、主人が帯をし、僕たちを食卓につかせ、そばに来てもてなそう。 |
新共同 | 主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。 |
NIV | It will be good for those servants whose master finds them watching when he comes. I tell you the truth, he will dress himself to serve, will have them recline at the table and will come and wait on them. |
12章38節
口語訳 | 主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに帰ってきても、そうしているのを見られるなら、その人たちはさいわいである。 |
塚本訳 | 第二夜回りのころにせよ、第三夜回りのころにせよ、主人がかえって来たとき、こうして(目を覚まして)いるところを見られたら、その人たちは幸いである。 |
前田訳 | 主人が夜中または夜明けに帰ってこのように目覚めているのを見れば、僕たちはさいわいである。 |
新共同 | 主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。 |
NIV | It will be good for those servants whose master finds them ready, even if he comes in the second or third watch of the night. |
註解: 僕が自ら食事をも取らずに主人を待ち居るその忠実な態度を喜び、婚筵の歓びを帯びて帰って来た主人は自ら僕となってその僕どもに給仕するであろう。かくされる僕こそはまことに幸福である。再臨のイエスは王者の栄光をもって来給うのであるが、もしキリスト者が忠実に目を覚して再臨の主を待っているならば主はこれをよろこび、我らのためにあらゆる愛の御業を示し、我らをして真の幸福に浴せしめ給うであろう。主の帰来は「第二夜警時」すなわち夜遅くかまたは、「第三夜警時」すなわち夜の半過ぎ頃になるかもしれない(当時はユダヤ人はローマの習慣に従い夜を四分して三時間ずつの夜番を置いた。ただし当時もユダヤ人は宮の事については昔のまま夜を三分して各々の夜番を置いたと思われる。(S2)。すなわちイエスの再来は非常に遅れるかもしれないがそれでも同一の変らない態度で彼を待たなければならない。なお37、38節についてはマタ25:1−13を参照すべし。
12章39節 なんぢら
口語訳 | このことを、わきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、自分の家に押し入らせはしないであろう。 |
塚本訳 | あなた達はこのことを知っているはずだ。──何時に泥坊が来るとわかっておれば、家の主人は(目を覚ましていて、)みすみす家に忍び込ませはしないであろう。 |
前田訳 | このことを知れ、何時に盗人が来るとわかっていれば、家主は家に押し入らせまい。 |
新共同 | このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。 |
NIV | But understand this: If the owner of the house had known at what hour the thief was coming, he would not have let his house be broken into. |
註解: 本節より比喩は一変して主人と僕の関係ではなく盗人と家主との関係となる。盗人が入って来る時間が判明 っていれば「目を覚しており」(異本にこの句を加えているのがある)家に押し入らせるようなことはない。盗人侵入の時刻は勿論何人も知らないで眠ってしまうから失敗するのである。イエスの再臨も何れの時か全く判明 らない点においては盗人の侵入のごときものである。
12章40節
口語訳 | あなたがたも用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである」。 |
塚本訳 | あなた達も用意していなさい。人の子(わたし)は思いがけない時に来るのだから。」 |
前田訳 | あなた方も用意していよ。人の子は思わぬときに来るから」と。 |
新共同 | あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」 |
NIV | You also must be ready, because the Son of Man will come at an hour when you do not expect him." |
註解: イエスの再臨は全くその日その時を知らないのであるから(マタ24:42−44参照)、常に備えをしていなければならぬ。▲キリスト・イエスの再臨に対する備えとは、常に心を主より離さず、常に主の御業を実行しつづけることである。
12章41節 ペテロ
口語訳 | するとペテロが言った、「主よ、この譬を話しておられるのはわたしたちのためなのですか。それとも、みんなの者のためなのですか」。 |
塚本訳 | するとペテロが言った、「主よ、この譬はわたし達(世話をしている者)のためですか、それとも皆の者のためにも話されたのですか。」 |
前田訳 | ペテロがいった、「主よ、この譬えはわれらのためにお話しですか、それとも皆のためにもですか」と。 |
新共同 | そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、 |
NIV | Peter asked, "Lord, are you telling this parable to us, or to everyone?" |
註解: 「この譬」は単数名詞を用いている故、最後の(39・40)譬を指していると見るべきである。すなわち主の再臨の準備をしていることである。
12章42節
口語訳 | そこで主が言われた、「主人が、召使たちの上に立てて、時に応じて定めの食事をそなえさせる忠実な思慮深い家令は、いったいだれであろう。 |
塚本訳 | 主が言われた、「(旅行に出かける)主人が一人の番頭を(えらんで)召使たちの上に立て、時間時間にきまった食事を与えさせることにした場合に、いったいどんな番頭が忠実で賢いのであろうか。 |
前田訳 | 主はいわれた、「主人が支配人を召使いの上に立て、時間によってきまった食事を与えることにした場合、いったいどんな支配人が忠実で思慮があろうか。 |
新共同 | 主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。 |
NIV | The Lord answered, "Who then is the faithful and wise manager, whom the master puts in charge of his servants to give them their food allowance at the proper time? |
註解: イエスは直接にペテロの問いに答えず間接に比喩をもってこれに答え給う。主人が外出する時、この支配人に全権を委ねて他の僕たちに食事を供給せしめる場合、忠実な支配人はその委任を主人の意のままに実行する支配人である。
辞解
[支配人] 単数を用う。この比喩は、「支配人」は使徒たちであり、「僕ども」は一般の群衆である。
12章43節
口語訳 | 主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。 |
塚本訳 | それは主人がかえって来たとき、言いつけられたとおりにしているところを見られる僕で、その僕こそ幸いである。 |
前田訳 | それは、主人が帰ったとき、いわれたようにしているのを見られる僕で、その僕はさいわいである。 |
新共同 | 主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。 |
NIV | It will be good for that servant whom the master finds doing so when he returns. |
12章44節 われ
口語訳 | よく言っておくが、主人はその僕を立てて自分の全財産を管理させるであろう。 |
塚本訳 | 本当にあなた達に言う、主人は彼に全財産を管理させるに違いない。 |
前田訳 | 本当にいう、彼に全財産を管理させよう。 |
新共同 | 確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。 |
NIV | I tell you the truth, he will put him in charge of all his possessions. |
註解: ペテロ始め他の使徒たちは、一般の信徒の上に立てられた支配人に相当する。もし忠実にイエスの再臨を待望しそれに備えており、また一般の信徒をもかくせしめるならば、イエスの再臨の時かかる使徒たちはさらに大きい責任を負わされるであろう。かく言いてイエスはペテロに答え給い、39、40の比喩が使徒たちのみに言われたのではないが、使徒たちは殊に多くの責任を負わされているのであることを示し給うた。
12章45節
口語訳 | しかし、もしその僕が、主人の帰りがおそいと心の中で思い、男女の召使たちを打ちたたき、そして食べたり、飲んだりして酔いはじめるならば、 |
塚本訳 | しかしその僕が、主人のかえりはおそい、と心の中で考えて、下男や下女をなぐったり、飲んだり食ったり酔っぱらったりし始めていると、 |
前田訳 | しかしその僕が、主人の帰りはおそい、と心に考えて、下男や下女をたたき、飲み食いして酔いはじめると、 |
新共同 | しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、 |
NIV | But suppose the servant says to himself, `My master is taking a long time in coming,' and he then begins to beat the menservants and maidservants and to eat and drink and get drunk. |
12章46節 その
口語訳 | その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰って来るであろう。そして、彼を厳罰に処して、不忠実なものたちと同じ目にあわせるであろう。 |
塚本訳 | 予期せぬ日、思いもよらぬ時間に、その僕の主人がかえってきて、僕を八つ裂きにし、不信者と同じ目にあわせるにちがいない。 |
前田訳 | 待ちもうけぬ日、思わぬ時にその僕の主人が帰って、僕を八つ裂きにし、不信者と同じ目にあわせよう。 |
新共同 | その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。 |
NIV | The master of that servant will come on a day when he does not expect him and at an hour he is not aware of. He will cut him to pieces and assign him a place with the unbelievers. |
註解: 「その僕」は「支配人」を指す。使徒に相当する彼はイエスが再び来り給ふことを充分に知っておりながら、その時期は遅いだろうと考えて主を迎うる準備をせず、主に命じられた義務を果さず、かえって主人不在の時間を自己の享楽に消費するならば、思わぬ時に主人帰り来て、彼を不信者と同じ罰をもって処罰するであろう。使徒たるものの準備の絶対的必要を教えている。
辞解
[烈しく笞 うち] dichotomeô は「二つに割くこと」の意味もある。
[不忠者] apistos は「不信者」と同語。42節の「忠実にして」は「信仰ある」と同語。
12章47節
口語訳 | 主人のこころを知っていながら、それに従って用意もせず勤めもしなかった僕は、多くむち打たれるであろう。 |
塚本訳 | 主人の心を知っていながら用意せず、あるいは主人の心に従って行動しなかった僕は、(鞭で)打たれることが多い。 |
前田訳 | 主人の心を知りつつも用意せず、あるいはその心に従わなかった僕ははげしく鞭打たれよう。 |
新共同 | 主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。 |
NIV | "That servant who knows his master's will and does not get ready or does not do what his master wants will be beaten with many blows. |
12章48節 されど
口語訳 | しかし、知らずに打たれるようなことをした者は、打たれ方が少ないだろう。多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からは更に多く要求されるのである。 |
塚本訳 | しかし(主人の心を)知らない者は、打たれるようなことをしても、打たれ方が少ない。(神に)多く渡された者は皆多く請求され、(信頼して)多く任された者は一そう多く要求される。 |
前田訳 | しかし知らないものは、鞭打たれても、打たれ方が少なかろう。すべて多く与えられたものからは多く求められ、多くまかされたものからはより多く期待される。 |
新共同 | しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」 |
NIV | But the one who does not know and does things deserving punishment will be beaten with few blows. From everyone who has been given much, much will be demanded; and from the one who has been entrusted with much, much more will be asked. |
註解: 使徒たちは殊に深く主イエスの御旨を知り、その来り給うことをも示されているのであるから、是非ともこれに対する準備を整え、また主の御意を行うべき義務がある。ゆえにこれに違反すれば強く処罰される。反対に一般の民衆は神の奥義を知らされることが少ないから、たとい同一の罪を犯して打たれることになってもその罪は軽い。
辞解
[その意に従はぬ] 原文「御意を行わぬ」。
註解: 弟子たちは主イエスより多くを与えられた者であり、また多くの仕事を委托された者であるからその当然の結果としてキリスト再臨の時彼は弟子たちより多くを求め、また多くを受取るであろう。それ故にキリストの再臨に関しては殊に多くのことが弟子たちに期待されていることを忘れてはならない。以上をもって41節のペテロの質問は明瞭に答えられた。なお41−46節はマタ24:45−51節参照。47、48節はルカ伝特有の節。
分類
7 苦難の増大 12:49 - 13:35
7-1-イ イエスに対する反抗 12:49 - 12:53
(マタ10:34-36)
12章49節
口語訳 | わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ。火がすでに燃えていたならと、わたしはどんなに願っていることか。 |
塚本訳 | 火を地上に投げるために、わたしは来た。火がもう燃え出していたらと、どんなに願っていることであろう! |
前田訳 | わたしは火を地上に投げに来た。それがもう燃えあがることが、どんなに願わしいことか。 |
新共同 | 「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。 |
NIV | "I have come to bring fire on the earth, and how I wish it were already kindled! |
註解: 「火」は聖霊の火であり、従ってそれは審判の働きを為す(マタ3:11、12)。聖霊の火は天より地に投ぜられる。そして地上の人にバプテスマを施す、その火は未だ燃え上がらない。もし燃えていたならばイエスの満足はこれに過ぎないであろう。しかしその前にイエスの十字架がなければならない。このことにつきイエスは次節にこれを陳べ給う。
辞解
[火] 「神の言」「霊的動揺」等の意味に取る学者もある。
12章50節 されど
口語訳 | しかし、わたしには受けねばならないバプテスマがある。そして、それを受けてしまうまでは、わたしはどんなにか苦しい思いをすることであろう。 |
塚本訳 | しかしわたしには、受けねばならない洗礼がある。それがすむまで心配でたまらないのだ。 |
前田訳 | しかしわたしには受けるべき洗礼がある。それがすむまでは、何と心苦しいことか。 |
新共同 | しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。 |
NIV | But I have a baptism to undergo, and how distressed I am until it is completed! |
註解: 聖霊のバプテスマを人類の上に施さんがためにイエスは来給うたのであるが、そのイエスは自ら苦難のバプテスマ、十字架の死を遂げなければならない。そのことが成就するまでは、イエスの心は圧 え付けられるような、苦難を嘗めなければならぬ。
辞解
[思い逼 る] sunechomai で緊握されること。
12章51節 われ
口語訳 | あなたがたは、わたしが平和をこの地上にもたらすためにきたと思っているのか。あなたがたに言っておく。そうではない。むしろ分裂である。 |
塚本訳 | あなた達は、地上に平和をもたらすためにわたしが来たと思うのか。そうではない、わたしは言う、平和どころか、内輪割れ以外の何ものでもない。 |
前田訳 | わたしが地上に平和を与えに来たとあなた方は思うか。そうではない、わたしはいう、むしろ分裂をである。 |
新共同 | あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。 |
NIV | Do you think I came to bring peace on earth? No, I tell you, but division. |
註解: 平和の君なるキリストは平和を与えんために来り給うたことは勿論であるが、人間はサタンの僕であり、サタンは人間を用いてキリストと聖霊とに対して反抗せしめる。従ってそこに必ず分争が生ずる。キリストの平和は利害問題についての妥協による折衷主義の平和ではなく、神にある平和であり、従ってサタンとの争いである。聖霊の火の投ぜられる処必ずそこに分争が生ずる。イエスの立ち給うところ必ずユダヤ人との間に分争が起ったことに注意すべし(ヨハ7:43。ヨハ9:16。ヨハ10:19等)。この分争を懼れる者は神の国に入ることができない。
12章52節
口語訳 | というのは、今から後は、一家の内で五人が相分れて、三人はふたりに、ふたりは三人に対立し、 |
塚本訳 | 今からのち、一軒の家で五人が割れて、三人対二人、二人対三人に |
前田訳 | 今からのち、ひとつ家の五人が割かれて、三人対二人、二人対三人となり、 |
新共同 | 今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。 |
NIV | From now on there will be five in one family divided against each other, three against two and two against three. |
12章53節
口語訳 | また父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに、対立するであろう」。 |
塚本訳 | 割れるからである。父対息子”息子対父、”母対娘”娘対母、”姑対嫁”嫁対姑”!」 |
前田訳 | 父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に、姑は嫁に、嫁は姑に割かれよう」と。 |
新共同 | 父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる。」 |
NIV | They will be divided, father against son and son against father, mother against daughter and daughter against mother, mother-in-law against daughter-in-law and daughter-in-law against mother-in-law." |
註解: 肉親としての最も親しき者も聖霊の火によって篩 い分けられる時、そこに分争の火が燃え上る。
要義1 [分争の必然性]家庭でも、社会でも、キリスト者と非キリスト者との間には必然に分争が起る。その理由は両者の間に(1)自己本位か神本位か、(2)真理か虚偽か、(3)キリストを信じるか信じないかの差別があり、この差異は妥協する余地のない対立であるためである。キリストの居り給う処に必ず対立が起ったのと同様(ヨハ6:52。ヨハ7:43。ヨハ9:16。ヨハ10:19等)キリスト者の在る処、そこに必ず対立が起る。
要義2 [福音と家庭争議]家族主義を根本とし、両親を神の地位に置く東洋道徳から見ればイエスのこの御言(52、53節)は甚だしく不道徳に思われ、キリスト教に対する躓きの大きい原因を為しているのであるが、神を信ずる者は如何にしても神に反し、聖霊に逆う者と妥協することはできない。たとえそれがいかに親しき肉親であっても然りである。もちろんキリスト者が濫 りに彼らに反抗するのではなく、父母を敬い、父母に服 うべしと教えられている以上、凡てのことにおいて孝道に叶う生活をすべきではあるが、神に関する限り、父を神の上に置くことはできない故、父母に従うために神に叛くことができず、従って父母がその子に神に従うことを禁ずる場合、そこに分争が生ずる。
口語訳 | イエスはまた群衆に対しても言われた、「あなたがたは、雲が西に起るのを見るとすぐ、にわか雨がやって来る、と言う。果してそのとおりになる。 |
塚本訳 | また群衆にも言われた、「あなた達は雲が西に出るのを見ると、即座に『俄雨が来そうだ』と言うが、はたしてそのとおり。 |
前田訳 | また群衆にもいわれた、「あなた方は雲が西に出るのを見るやいなや、『にわか雨が来る』というが、はたしてそのとおりになる。 |
新共同 | イエスはまた群衆にも言われた。「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言う。実際そのとおりになる。 |
NIV | He said to the crowd: "When you see a cloud rising in the west, immediately you say, `It's going to rain,' and it does. |
註解: (マタ16:2以下)これまでは弟子たちに語り給うたのであるが(22−53)、すでに火が投ぜられた重要な時代になったことを群衆にも悟らしめる必要があるのでイエスは語をつづけ群衆に向いて語り給う。
『なんぢら
12章55節 また
口語訳 | それから南風が吹くと、暑くなるだろう、と言う。果してそのとおりになる。 |
塚本訳 | また南風が吹きだすと、『暑くなりそうだ』と言うが、はたしてしかり。 |
前田訳 | 南風が吹くと、『暑くなろう』というが、はたしてそうなる。 |
新共同 | また、南風が吹いているのを見ると、『暑くなる』と言う。事実そうなる。 |
NIV | And when the south wind blows, you say, `It's going to be hot,' and it is. |
12章56節
口語訳 | 偽善者よ、あなたがたは天地の模様を見分けることを知りながら、どうして今の時代を見分けることができないのか。 |
塚本訳 | この偽善者たち、天地の模様を見ることを心得ていながら、どうしてこの時(のせまった様子)がわからないのか。 |
前田訳 | 偽善者どもよ、地と天の様子を見分けることを知りながら、どうしてこの時を見分けないのか。 |
新共同 | 偽善者よ、このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。」 |
NIV | Hypocrites! You know how to interpret the appearance of the earth and the sky. How is it that you don't know how to interpret this present time? |
註解: (マタ16:2、3は少しく異なった関連にあり)今の時は神の国の近付いた時であり、聖霊の火が地に投げ込まれた時である。これによって禾場 はきよめられ麦は倉に入れられ、殻は焼かれる時である。聖霊によって家に里に分争が起る時であり、自己の生きるか滅びるかの分れる時である。天候を弁 え知りこれに対して準備することを汝らは知っていながら、何故今の時を弁 えてこれに対処することを知らないのであるか。偽善者よ、一刻も猶予すべき時ではないことを知れ。
辞解
[西より] 地中海を西に持つパレスチナは西より雲が起れば地中海の水分を運んで雨を降らせる。
[強き暑 ] kausôn 沙漠の上を(主に東より)吹いて来る熱風を指す。
口語訳 | また、あなたがたは、なぜ正しいことを自分で判断しないのか。 |
塚本訳 | あなた達は(こんな時に)どうすればよいかを、なぜ自分で判断しないのか。 |
前田訳 | あなた方は、正しいことをなぜ自ら判断しないのか。 |
新共同 | 「あなたがたは、何が正しいかを、どうして自分で判断しないのか。 |
NIV | "Why don't you judge for yourselves what is right? |
註解: 「正しき事を定める」とは正しきを正しとすること。従って直ちにこれを実行に移さなければならないことを意味す。正しと知りつつこれを胡麻化すべからざること、57−59節は前節のごとく時の兆 を弁 えた者は直ちにこれを実行に移して永遠の審判から救われる準備を為すべきことを比喩をもって示す。マタ5:25、26とは前後の関係を異にし、適用も自然異なる。
12章58節 なんぢ
口語訳 | たとえば、あなたを訴える人と一緒に役人のところへ行くときには、途中でその人と和解するように努めるがよい。そうしないと、その人はあなたを裁判官のところへひっぱって行き、裁判官はあなたを獄吏に引き渡し、獄吏はあなたを獄に投げ込むであろう。 |
塚本訳 | あなたは(いま、裁判所に訴えられているようなものである。)告訴人と一しょに役人の所に行く間に、途中でその人と話をつけるよう努力すべきである。そうでないと、告訴人はあなたを裁判官の前に引きずってゆき、裁判官は執行人に引き渡し、執行人は牢に入れるにちがいない。 |
前田訳 | あなたは訴え手といっしょに役人のところに行く間に、道すがらその人と話をつけるよう努めよ。さもないと、訴え手はあなたを裁き人の前へ引き行き、裁き人は執行人に引き渡し、執行人は牢に投げ込もう。 |
新共同 | あなたを訴える人と一緒に役人のところに行くときには、途中でその人と仲直りするように努めなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官のもとに連れて行き、裁判官は看守に引き渡し、看守は牢に投げ込む。 |
NIV | As you are going with your adversary to the magistrate, try hard to be reconciled to him on the way, or he may drag you off to the judge, and the judge turn you over to the officer, and the officer throw you into prison. |
12章59節 われ
口語訳 | わたしは言って置く、最後の一レプタまでも支払ってしまうまでは、決してそこから出て来ることはできない」。 |
塚本訳 | わたしは言う、最後の一レプタ[五円]を返すまでは、決してそこから出ることはできない。(早く悔改めよ。)」 |
前田訳 | わたしはいう、最後の一レプタを払うまで決してそこから出られまい」と。 |
新共同 | 言っておくが、最後の一レプトンを返すまで、決してそこから出ることはできない。」 |
NIV | I tell you, you will not get out until you have paid the last penny. " |
註解: 汝らはやがては神の審判の座に立たなければならない。もし汝ら時の兆 を見分け、今こそイエスによって神と和解すべき時であることを悟るならば、即刻その罪を告白し、償いをなしてイエスを信じなければならぬ。イエスは汝らを救い、汝らを悔改めしめんために来り給い、聖霊の火を汝らの中に投じ給うた。もし汝ら今の時において悔改めることを躊躇するなれば、ついに永遠の火に焼かれるより以外に途はない。何故自ら正しきことを正しとしてこれを即刻に実行しないのであるか。以上のごとくに解することにより53節までと54節以下の関連が明瞭となる。Z0は54節以下はその以前とは関係少なきことを主張している。
辞解
[和解せんことを力 めよ] 原文「和解放免される行為を為せ」。
要義 [時の徴を見分け、これに即応すべきこと]全世界如何なる処でも、何時の時でも、イエスの福音の宣伝えられる場合は、そこに神の国が近付いており、その神の国に入るものと然らざるものとが区別される時が来たのである。すなわち福音の宣伝は凡ての人に決意を迫る神よりの警報である。これによって各人は、重大なる時期の到来を見分けてこれに対処し、その凡ての罪を悔改めて神との和解を確保しなければならない。我らは福音によって死と生との岐路に立たされ、一刻の躊躇も許されない立場に立たされているのである。
ルカ伝第13章
7-1-ニ 悔改めの必要 13:1 - 13:5
13章1節 その
口語訳 | ちょうどその時、ある人々がきて、ピラトがガリラヤ人たちの血を流し、それを彼らの犠牲の血に混ぜたことを、イエスに知らせた。 |
塚本訳 | ちょうどその時、人が来て、(総督ピラトが犠牲をささげている)ガリラヤ人たちを殺し、その血が彼らの犠牲(の血)にまじったことをイエスに報告した。 |
前田訳 | ちょうどそのとき、人々が来て、彼にガリラヤ人のことを告げた。ピラトがガリラヤ人の血を彼らのささげるいけにえ(の血)にまぜたのであった。 |
新共同 | ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。 |
NIV | Now there were some present at that time who told Jesus about the Galileans whose blood Pilate had mixed with their sacrifices. |
註解: (1−5節はルカ伝特有)その頃起った出来事で未だイエスの耳に入らなかった事件であった。ガリラヤ人が神殿でその犠牲を屠っている際にピラトの命によって殺されたのであろう。その理由は不明である。これを告げた人々は暗にそれをそれらのガリラヤ人の罪の結果であると考えていたことがイエスに看取されたのであろう。
13章2節
口語訳 | そこでイエスは答えて言われた、「それらのガリラヤ人が、そのような災難にあったからといって、他のすべてのガリラヤ人以上に罪が深かったと思うのか。 |
塚本訳 | その人たちに言われた、「そのガリラヤ人たちはそんな目にあったので、(ほかの)すべてのガリラヤ人よりも罪人だったと思うのか。 |
前田訳 | 彼は答えられた、「そのガリラヤ人はそんな目にあったがゆえに、ほかのすべてのガリラヤ人よりも罪びとであったと思うか。 |
新共同 | イエスはお答えになった。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。 |
NIV | Jesus answered, "Do you think that these Galileans were worse sinners than all the other Galileans because they suffered this way? |
13章3節 われ
口語訳 | あなたがたに言うが、そうではない。あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう。 |
塚本訳 | そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同じように滅びるであろう。 |
前田訳 | そうではない。わたしはいう、あなた方も悔い改めねば皆同じように滅びよう。 |
新共同 | 決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。 |
NIV | I tell you, no! But unless you repent, you too will all perish. |
註解: イエスに告げた人々は、この事件について、それが彼らに何を示すかについて考えなかった。むしろ彼らはかかる運命に遭わないのが、彼らの罪なき結果であると自信していた者もあったのであろう。イエスはこれを見て彼らに全人類の罪を徹底的に示し、彼らも悔改めの必要があることを示し給うた。「汝らも」は「凡てのガリラヤ人のみならず汝らもまた」であって他人の罪を眺めつつ自己の罪を忘れる態度を非難し給うた。
13章4節
口語訳 | また、シロアムの塔が倒れたためにおし殺されたあの十八人は、エルサレムの他の全住民以上に罪の負債があったと思うか。 |
塚本訳 | またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。 |
前田訳 | また、シロアムでやぐらが倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたすべての人よりも罪びとであったと思うか。 |
新共同 | また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。 |
NIV | Or those eighteen who died when the tower in Siloam fell on them--do you think they were more guilty than all the others living in Jerusalem? |
13章5節 われ
口語訳 | あなたがたに言うが、そうではない。あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう」。 |
塚本訳 | そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」 |
前田訳 | そうではない。わたしはいう、あなた方も悔い改めねば皆同じように滅びよう」と。 |
新共同 | 決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」 |
NIV | I tell you, no! But unless you repent, you too will all perish." |
註解: この事件はイエスの耳にも入っている最近の出来事でおそらくシロアムの池よりの水道工事に従事している労働者に起ったことであろう。全く偶然の出来事であっておそらく多くの人はそれらの死者に罪があるとは考えなかったであろう。イエスはこの事件を引用して、亡びるのは彼らのごとき不運な人間だけではない。彼らが別段エルサレムの人間よりも重い罪を犯した訳ではない。人間はみな ─ 従って汝らも勿論 ─ 悔改めないならば、みなこの十八人と同様の運命に遭うであろう、ことを示し給うた。
要義 [他人の不幸に対する反省]多くの人は他人が不幸や不運に遭えるを見て、それをその人の罪の結果と考え、かく考えることによって自分が不幸や不運に遭わないのは自分に罪無きためと考うる傾向がある。これは非常に誤っており、また危険な考えである。イエスの教え給えるごとく、他人の不幸は、たといその人にこれに相当する充分な理由がある場合でも、これを自己反省の材料とし、如何なる人も悔改むることなしには亡ぶることを知るに至らなければならぬ。いわんや理由なき不幸についてはなおさらである。神は常に我らの悔改めを望み給う。
13章6節
口語訳 | それから、この譬を語られた、「ある人が自分のぶどう園にいちじくの木を植えて置いたので、実を捜しにきたが見つからなかった。 |
塚本訳 | そこでこの譬を話された、「ある人が葡萄畑に一本の無花果の木を植えておいた。(ある日)実をさがしに来たが、見つからないので、 |
前田訳 | この譬えを話された、「ある人がそのぶどう園にいちじくの木を植えておいた。そして実を探しに来たが見つからなかった。それで園丁にいった、 |
新共同 | そして、イエスは次のたとえを話された。「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。 |
NIV | Then he told this parable: "A man had a fig tree, planted in his vineyard, and he went to look for fruit on it, but did not find any. |
註解: (6−9節もルカ伝の特有)葡萄園は旧約聖書では一般にイスラエルを意味す(イザ5:1−7。イザ27:2−6。エレ12:10。詩80:9−18)。その園に一本だけ植えられている無花果はエルサレムを意味すると見るべきであろう。従ってその所有主は神である。神がエルサレムに期待し給う果実は、その遣し給えるイエスを信じ彼を受納れて救われ、かくしてイスラエルの中心たるその使命を果すことであったが、この所有主の目的は空しかった。
13章7節
口語訳 | そこで園丁に言った、『わたしは三年間も実を求めて、このいちじくの木のところにきたのだが、いまだに見あたらない。その木を切り倒してしまえ。なんのために、土地をむだにふさがせて置くのか』。 |
塚本訳 | 葡萄畑の作男に言った、『もう三年この方、この無花果の木に実をさがしに来ているのに、まだ実がならない。切ってくれ。(ならないばかりか、)なんで土地までくたびれさせることがあろう。』 |
前田訳 | 『このとおり三年もこのいちじくの木に実を探しに来ているのに実がない。切り倒しなさい。何のために土地をも疲れさせよう』と。 |
新共同 | そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』 |
NIV | So he said to the man who took care of the vineyard, `For three years now I've been coming to look for fruit on this fig tree and haven't found any. Cut it down! Why should it use up the soil?' |
註解: 園丁はエルサレムのために祈る人であり、イエスに相当すると見るべきであろう。なお「三年きたりて」とある故に神よりもイエスを園の所有者とする方が適当と見る説があるけれども、むしろこれをバプテスマのヨハネの登場以来の三年間特に神がエルサレムの悔改めを期待し給える意味に取ることができる。それ故所有主なる神はその樹を切倒しエルサレムを亡ぼすことを園丁なるキリストに命じ給うた。その樹は徒 に地を塞ぎて養分を吸取り他の植物の妨害をしているに過ぎないからである。なお「三年」を律法、預言者、イエスと解しまたは士師、王、祭司等とも解されているけれどもやや技工的に過ぎるように思う。
13章8節
口語訳 | すると園丁は答えて言った、『ご主人様、ことしも、そのままにして置いてください。そのまわりを掘って肥料をやって見ますから。 |
塚本訳 | 答えて言う、『ご主人、今年もう一年だけ勘弁してやってください。今度は回りを掘って、肥料をやってみますから。 |
前田訳 | 答えていった、『ご主人もう一年そのままにさせてください、まわりを掘ってこやしをやりますから。 |
新共同 | 園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。 |
NIV | "`Sir,' the man replied, `leave it alone for one more year, and I'll dig around it and fertilize it. |
13章9節 そののち
口語訳 | それで来年実がなりましたら結構です。もしそれでもだめでしたら、切り倒してください』」。 |
塚本訳 | それで来年実を結べばよし、それでもだめなら、切ってください。』」 |
前田訳 | それで来年実ればよし、さもなければ、切り倒してください』」と。 |
新共同 | そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」 |
NIV | If it bears fruit next year, fine! If not, then cut it down.'" |
註解: 主はエルサレムのために最後の執成しを神に祈り給う。肥料をさらに施し最後の努力をし、それでも果を結ばない時にはエルサレムを滅ぼし給うとも止むを得ないとのことである。このイエスの愛はソドムのために祈ったアブラハムに比すべく(創18:22−32)、しかもイエスはその罪深きエルサレムのために、エルサレムにおいて十字架につき給うた。イエスはこの比喩によって、エルサレムに降るべき神の審判が極めて接近していることを暗示し、その悔改めを要求し給う。
13章10節 イエス
口語訳 | 安息日に、ある会堂で教えておられると、 |
塚本訳 | 安息日にある礼拝堂で教えておられた。 |
前田訳 | 安息日にある会堂で教えておられた。 |
新共同 | 安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。 |
NIV | On a Sabbath Jesus was teaching in one of the synagogues, |
註解: (10−17節もルカ伝特有の物語)時と場合は不明、ルカ6:6−10。ルカ14:1−6の記事と類似の点もあるけれども、全く異なった事件である。イエスが安息日に会堂に集り給えることについては、ルカ4:16参照。
13章11節
口語訳 | そこに十八年間も病気の霊につかれ、かがんだままで、からだを伸ばすことの全くできない女がいた。 |
塚本訳 | その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。 |
前田訳 | すると見よ、十八年も病の霊にとりつかれている女がいた。体が曲がったままで、全然まっすぐにできなかった。 |
新共同 | そこに、十八年間も病の霊に取りつかれている女がいた。腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。 |
NIV | and a woman was there who had been crippled by a spirit for eighteen years. She was bent over and could not straighten up at all. |
註解: この女は信仰のある善き娘であったらしく見える(B1)、アブラハムの娘と呼ばれ(16節)、また「汝の罪赦されたり」とも言われなかった点に注意すべし。この病の種類は不明、当時の医学ではこれを「病の霊」また「虚弱の霊」とも訳し得る原因に帰していた。
13章12節 イエスこの
口語訳 | イエスはこの女を見て、呼びよせ、「女よ、あなたの病気はなおった」と言って、 |
塚本訳 | イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って |
前田訳 | イエスは彼女を見、呼びよせていわれた、「女の方、病は直っています」と。 |
新共同 | イエスはその女を見て呼び寄せ、「婦人よ、病気は治った」と言って、 |
NIV | When Jesus saw her, he called her forward and said to her, "Woman, you are set free from your infirmity." |
13章13節
口語訳 | 手をその上に置かれた。すると立ちどころに、そのからだがまっすぐになり、そして神をたたえはじめた。 |
塚本訳 | 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。 |
前田訳 | そして手をのせられると、たちまちまっすぐになって、神をたたえた。 |
新共同 | その上に手を置かれた。女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した。 |
NIV | Then he put his hands on her, and immediately she straightened up and praised God. |
註解: イエスは手を按く前に女の快癒を知り給うたけれども女はイエスが手を按き給える時に直ちに身を直にすることができた。真直ぐに立ち得ず屈んでいた女が身を直にして神を讃美する姿は立派であったろう。
辞解
[崇めたり] 未完了過去動詞にして継続的動作を示す。
13章14節
口語訳 | ところが会堂司は、イエスが安息日に病気をいやされたことを憤り、群衆にむかって言った、「働くべき日は六日ある。その間に、なおしてもらいにきなさい。安息日にはいけない」。 |
塚本訳 | すると礼拝堂監督は、イエスが安息日に病気をなおされたことを憤慨して、群衆に言った、「働くべき日は六日ある。その間に来てなおしてもらったがよかろう。安息日の日にはいけない。」 |
前田訳 | しかし会堂司はイエスが安息日にいやされたのを怒って、群衆にいった、「六日のうちに働くべきである。その間に来ていやされよ、安息日にはいけない」と。 |
新共同 | ところが会堂長は、イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て、群衆に言った。「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」 |
NIV | Indignant because Jesus had healed on the Sabbath, the synagogue ruler said to the people, "There are six days for work. So come and be healed on those days, not on the Sabbath." |
註解: 彼はその旧い習慣の墨守者であってその意義を考うることをせず、唯その形式にのみ拘泥し、従ってイエスの行動を憤った。唯これを率直にイエスに向って発表する勇気を持たない卑怯者であった。
『
註解: 群集に向って治癒さるべき日を指定し、イエスの行為に対する間接射撃をした。
13章15節
口語訳 | 主はこれに答えて言われた、「偽善者たちよ、あなたがたはだれでも、安息日であっても、自分の牛やろばを家畜小屋から解いて、水を飲ませに引き出してやるではないか。 |
塚本訳 | 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。 |
前田訳 | 主は答えられた、「偽善者どもよ、あなた方はだれでも、安息日に牛やろばを小屋からはなして、水を飲ませに連れて行かないか。 |
新共同 | しかし、主は彼に答えて言われた。「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。 |
NIV | The Lord answered him, "You hypocrites! Doesn't each of you on the Sabbath untie his ox or donkey from the stall and lead it out to give it water? |
註解: 「偽善者ら」と複数を用い給うたのは、会堂司の意見に共鳴する人が他に多くあたからである。家畜には安息日でも水飼うことは彼らはこれを行っており、これを何とも思わなかった。それが家畜にとって必要であったからである。
13章16節 さらば
口語訳 | それなら、十八年間もサタンに縛られていた、アブラハムの娘であるこの女を、安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったか」。 |
塚本訳 | この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」 |
前田訳 | この女はアブラハムの末なのに、今まで十八年もの間悪魔が縛っていた。安息日だからとて、その縄目からはなしていけなかったのか」と。 |
新共同 | この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」 |
NIV | Then should not this woman, a daughter of Abraham, whom Satan has kept bound for eighteen long years, be set free on the Sabbath day from what bound her?" |
註解: (▲信仰生活が形式生活に重点が置き換えられることは信仰そのものの堕落である。イエスは特に安息日の形式的遵守を破壊しようとしたのはそのためであった。)渇きを醫したい要求と、十八年間の病より解かれたい要求とは比較にならず、同じく縛られているとしても家畜とアブラハムの娘とは比較にならず、水を飲むことと十八年の病から癒されることとは比較にならないではないかというのがイエスの論鋒であり、これに対しては偽善者たちも一言も返答することができなかった。
13章17節 イエス
口語訳 | こう言われたので、イエスに反対していた人たちはみな恥じ入った。そして群衆はこぞって、イエスがなされたすべてのすばらしいみわざを見て喜んだ。 |
塚本訳 | こう言われると、(監督はじめ)反対者は皆恥じ入り、群衆は一人のこらず、イエスが行われたあらゆる輝かしい御業を喜んだ。 |
前田訳 | こういわれると、すべての反対者は恥じ、群衆は皆彼のなさったすべての栄えあるみわざをよろこんだ。 |
新共同 | こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。 |
NIV | When he said this, all his opponents were humiliated, but the people were delighted with all the wonderful things he was doing. |
註解: この一節は群集の喜びを伝うる点において福音書中特徴ある記事である。律法の形式に束縛せられず、自己の職業意識の奴隷となっている人々よりも、自由にして自然な群集の方が事実の真相と真価とを認識し易い(勿論彼らは誤った指導者に迷わされ易いことも事実であるけれども)。逆う者が恥じたことは彼らにも良心があることの証拠であるが、後にいたり次第に反対が高まり、故意にイエスを除かんとするようになった時には、彼らの良心も次第に麻痺するに至った。
要義 [安息日治癒の場合が多い理由]イエスが病者を治癒し給うたのは非常に多数であったことと思われるが、その中四福音書に記されている例のみを取れば、安息日に治癒を行われた例が殊に多い。これは如何なる理由であろうか、種々に想像されるのであるが、(1)安息日に会堂等に殊に病者が多く集まったと思われること、(2)安息日問題と関連して反対が起ったので殊に多くの人の記憶に残っていたこと、(3)イエスが故意に安息日に多く治癒の奇蹟を行い給うたと考えること等であろう。そしてこの第三が最も重要な理由であろうと思う。その故はそれらの治癒の奇蹟は、もしイエスが殊に安息日を重んじ給うたならば、他の日まで延期しても差支えない場合が多く(例えば十八年も病んでいるこの娘の場合のごときも少なくともその夕刻、安息日の終るまで待っても差支えはなかったはずである)、またベテスダの池の畔において三十八年病に悩める者を醫し給うた場合(ヨハ5:1以下)のごときは、会堂に病者が集まったのでなく、イエスが態々 そこを訪ね給うたのであり、その他治癒の奇蹟以外にも殊更に安息日を破り給うたと思われることが多いからである。これはイエスが安息日の形式化を憂いて殊更にその殻を破ってその精神を自由にし給うたものと見るべきであろう。
13章18節 かくてイエス
口語訳 | そこで言われた、「神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。 |
塚本訳 | すると言われた、「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。 |
前田訳 | 彼はいわれた、「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。 |
新共同 | そこで、イエスは言われた。「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。 |
NIV | Then Jesus asked, "What is the kingdom of God like? What shall I compare it to? |
13章19節
口語訳 | 一粒のからし種のようなものである。ある人がそれを取って庭にまくと、育って木となり、空の鳥もその枝に宿るようになる」。 |
塚本訳 | それは芥子粒に似ている。ある人がそれをその庭に蒔いたところ、育って(大きな)木になり、”その枝に空の鳥が巣をつくった。”」 |
前田訳 | それはからし種に似ている。ある人がそれを庭にまくと、育って木となり、その枝に空の鳥が巣を作った」と。 |
新共同 | それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」 |
NIV | It is like a mustard seed, which a man took and planted in his garden. It grew and became a tree, and the birds of the air perched in its branches." |
13章20節 また
口語訳 | また言われた、「神の国を何にたとえようか。 |
塚本訳 | さらに言われた、「神の国を何にたとえようか。 |
前田訳 | またいわれた、「神の国を何にたとえようか。 |
新共同 | また言われた。「神の国を何にたとえようか。 |
NIV | Again he asked, "What shall I compare the kingdom of God to? |
13章21節 パン
口語訳 | パン種のようなものである。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる」。 |
塚本訳 | それはパン種に似ている。女がそれを三サトン[二斗]の粉の中にまぜたところ、ついに全体が醗酵した。」 |
前田訳 | それはパン種に似ている。女がそれを三サトンの粉にまぜると、しまいに全部がふくらんだ」と。 |
新共同 | パン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」 |
NIV | It is like yeast that a woman took and mixed into a large amount of flour until it worked all through the dough." |
註解: 小さい芥種 が大きい樹となり、少量のパン種が大きいパンの塊となるように、神の国は今は非常に小さいが、やがて非常に大きくなるという意味に解してこの比喩は明白である。すなわち神の国の膨張力を示したものである。唯この比喩の解釈として上記の解釈とは反対に神の国に関する悲観的な預言と解する解釈がある。すなわち神の国は非常に膨張する可能性があるが、そうなると悪魔を象徴する空の鳥がその中に住む不純なものとなる。またパンはパン種を入れると非常に膨張するけれども、パン種は神の国の腐敗の要素となることを意味すると解する説である。この見方の軽視し得ない点は(1)前章殊にその49節以下本章の終りに至るまで、イスラエル、エルサレム、神の国等に関し一般に消極的な思想のみが支配しているのに(ルカ7:31−35。ルカ8:10。ルカ11:29−32。ルカ12:49−59等)この二つの比喩のみを単に楽観的に考えることが不調和であること、(2)「空の鳥」は往々サタンまたは悪霊を意味し(マタ8:20。マタ13:4等)、パン種は凡て腐敗を意味すること(Tコリ5:6−8)、(3)イエスは世の終りに関して常に楽観的終末観を有たないこと等を挙げることができる。神の国についてその拡大することにおいて無制限に楽観的な考えをイエスは有せられなかったと見る方が正しいであろう。次節以下もそれを裏書する一材料である。
13章22節 イエス
口語訳 | さてイエスは教えながら町々村々を通り過ぎ、エルサレムへと旅を続けられた。 |
塚本訳 | イエスは町々村々を通って教えながら、エルサレムへの旅行をつづけておられた。 |
前田訳 | 彼は町々村々を通って教えながらエルサレムへの旅をつづけられた。 |
新共同 | イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。 |
NIV | Then Jesus went through the towns and villages, teaching as he made his way to Jerusalem. |
註解: 22−29節はマタイ伝では三ヶ所に分れ各々別の機会に語られたことになっている(引照参照)。ルカはこれらを主のエルサレム行を中心に置きつつ、時と処を問題とせずに思想の連絡を中心として排列したもののようである。
口語訳 | すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。 |
塚本訳 | するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、 |
前田訳 | ある人がいった、「主よ、救われる人は少ないのですか」と。 |
新共同 | すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。 |
NIV | Someone asked him, "Lord, are only a few people going to be saved?" He said to them, |
註解: ルカ12:49−13:9。およびルカ13:18−21(消極的解釈を取るとすれば)等よりイエスは厳しく不信を責めているので、おそらくそれらについて聴いた「或人」が、イエスの考えは救われる者が少ないということであろうと考え、果して然るかにつき質問を発した。
口語訳 | そこでイエスは人々にむかって言われた、「狭い戸口からはいるように努めなさい。事実、はいろうとしても、はいれない人が多いのだから。 |
塚本訳 | 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。 |
前田訳 | 人々にいわれた、「狭い戸口から入るよう努めよ。わたしはいう、入ろうとして入れない人が多いから。 |
新共同 | 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。 |
NIV | "Make every effort to enter through the narrow door, because many, I tell you, will try to enter and will not be able to. |
註解: この部分原文は23節に入っている。
『
註解: イエスは救われるものの多少につき答えるの必要を感じなかった。それは入らんとする者の態度如何にかかるからである。それ故に彼は如何にして救いに入るかの方法を教え給うた。それは狭い門から入ることである(マタ7:13、14)。生命に到る門は狭く、亡びに至る門は広い。狭くして入り難い故、入らんとして努力奮闘しなければならない。厳格なる道徳的要求、愛と真実、悔改めてイエスを信じ彼と共に苦しむこと、凡てこれらの要求を充すことは容易なることではない。従って救われる者は多くないこととなる。
13章25節
口語訳 | 家の主人が立って戸を閉じてしまってから、あなたがたが外に立ち戸をたたき始めて、『ご主人様、どうぞあけてください』と言っても、主人はそれに答えて、『あなたがたがどこからきた人なのか、わたしは知らない』と言うであろう。 |
塚本訳 | 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。 |
前田訳 | 家の主人が起きて戸をしめたあとで、あなた方が外に立って、『ご主人、おあけください』といって戸をたたいても、彼は答えよう、『あなた方はどこの人か知らない』と。 |
新共同 | 家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。 |
NIV | Once the owner of the house gets up and closes the door, you will stand outside knocking and pleading, `Sir, open the door for us.' "But he will answer, `I don't know you or where you come from.' |
註解: この部分マタ25:10b、11に類似しているが意味は異なる。すなわち家主はキリストで門は天国の門である(ヨハ10:7、9)。多くの人が狭き門より入ることを好まず、イエスの叫びに耳を傾けずして、一般の世の人と共に彼らの行く道を進んでいる間に、門は閉じられ、狭き門より入った人だけが救われてその中に入った。門の外に残された者はおどろいて門を叩いて開かれんことを乞うたけれども、家主なる主は彼らを知らずとして拒絶し給うた。遅過ぎたのである。神その門を閉じ給へば、もはやこれを開く道がない。
13章26節 その
口語訳 | そのとき、『わたしたちはあなたとご一緒に飲み食いしました。また、あなたはわたしたちの大通りで教えてくださいました』と言い出しても、 |
塚本訳 | その時あなた達はこう言い出すにちがいない、『わたし達はご一しょに飲んだり食べたりした者です。あなたはわたし達のところの大通りで教えてくださいました』と。 |
前田訳 | そのときあなた方はこういいだそう、『あなたといっしょに食事をしました、あなたはわれらの大通りでお教えでした』と。 |
新共同 | そのとき、あなたがたは、『御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言いだすだろう。 |
NIV | "Then you will say, `We ate and drank with you, and you taught in our streets.' |
13章27節
口語訳 | 彼は、『あなたがたがどこからきた人なのか、わたしは知らない。悪事を働く者どもよ、みんな行ってしまえ』と言うであろう。 |
塚本訳 | しかし主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない。“この悪者、みんな、わたしをはなれよ!”』と言うであろう。 |
前田訳 | しかし彼はいおう、『あなた方がどこの人か知らない。不義をなすものは皆わたしを離れよ』と。 |
新共同 | しかし主人は、『お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ』と言うだろう。 |
NIV | "But he will reply, `I don't know you or where you come from. Away from me, all you evildoers!' |
註解: (マタ7:22、23参照)入らんことを求むる者は、イエスとの知己をその理由として主張する。すなわちイエスの前にて飲食し、イエスがその町の大路にて教え給うのを聞いたことがその主張である。イエスの度々の会食や、多くの説教に際してかかる機会を有ったユダヤ人は少なくないであろう。しかし、もし彼らにして悔改めてイエスを信じないならば彼らは神の国に入ることはできない。そしてイエスはかくして信ずる者のみを己がものとして知り給う故、如何に世的意味でイエスを知り、イエスに接近していても悔改めないものはイエスにとって他人である。而已 ならず彼らは「悪を為す者」(詩6:8)である。彼らは自ら信仰的生活を送っていると信じながら、イエスを十字架に釘 る者である。ユダヤ人はそれであった。イエスは天国においてかかる者を拒み給う。
13章28節
口語訳 | あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが、神の国にはいっているのに、自分たちは外に投げ出されることになれば、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。 |
塚本訳 | あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。 |
前田訳 | あなた方は、アブラハムやイサクやヤコブやすべての預言者が神の国にいるのに、自分たちは外に投げ出されるのを見て、そこで泣き、歯ぎしりしよう。 |
新共同 | あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。 |
NIV | "There will be weeping there, and gnashing of teeth, when you see Abraham, Isaac and Jacob and all the prophets in the kingdom of God, but you yourselves thrown out. |
註解: ユダヤ人でありさえすれば必ず神の国に入り得ると思うのは大なる誤りである。神の国には狭き門より入るより外に入る途はない。この狭き門は「十字架につけられ給えるキリスト」である(Tコリ1:22−25参照)。それ故にユダヤ人であることに安心してイエスの叫びに耳を傾けずついに神の国に入り得ず、門を叩きつつ門前に群っている者は門の中にその誇りとするアブラハムその他多くの聖徒が天国の宴に坐しているのを見、自己の滅ぶべき姿を哀哭切歯 するであろうが、すでに間に合わない。
13章29節 また
口語訳 | それから人々が、東から西から、また南から北からきて、神の国で宴会の席につくであろう。 |
塚本訳 | また人々が“東から西から北から南から”来て、神の国で宴会につらなるであろう。 |
前田訳 | 人々が東と西から、北と南から来て、神の国で宴につらなろう。 |
新共同 | そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。 |
NIV | People will come from east and west and north and south, and will take their places at the feast in the kingdom of God. |
註解: 28、29節についてはマタ8:11、12参照。ユダヤ人以外の異邦人らはかえってイエスの福音を信じ、天国の宴に列するであろう。かくしてユダヤ人が軽蔑していた異邦人がかえって救われユダヤ人は滅びに入るであろう。それ故に救われる者の多少を問題とせず、如何にして救わるべきかを考えなければならぬ。
13章30節
口語訳 | こうしてあとのもので先になるものがあり、また、先のものであとになるものもある」。 |
塚本訳 | たしかに、最後であって一番になる者があり、一番であって最後になる者がある。」 |
前田訳 | しかり、終わりのものははじめになり、はじめのものは終わりになろう」と。 |
新共同 | そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」 |
NIV | Indeed there are those who are last who will be first, and first who will be last." |
註解: (マタ19:30)先に選ばれた者(例えばユダヤ人のごとき)が救いに後れ、後に選ばれたもの(例えば異邦人)がユダヤ人よりも先に神の国に入るようなことが起るであろう。個人の間にもかかる実例がある。イエスはここでは主としてユダヤ人がその選民としての誇りのためにイエスを信じないことに対して警告を発し給うたのである。
要義 [選民意識の危険性]ユダヤ人はアブラハムの子孫であることを選民たることの要件と考え、この要件さえ充たされるならば必ず神の国に入り得ると考えて安心していたけれども、かかる肉的外形的条件は、神の国に入る資格にはならなかった。同様に今日はキリスト者が「汝の聖餐式において汝の血をのみ肉を食い、また汝の会堂において汝の説教を聞きしにあらずや」と言って、イエスに対しその資格を主張するであろう。しかしこれらは彼らを神の国に入れる保証とはならない。神の国に入る資格は純粋に霊的でなければならず、神の前に効力あるものでなければならない。
13章31節 そのとき
口語訳 | ちょうどその時、あるパリサイ人たちが、イエスに近寄ってきて言った、「ここから出て行きなさい。ヘロデがあなたを殺そうとしています」。 |
塚本訳 | ちょうどその時、数人のパリサイ人が来てイエスに言った、「(すぐ)ここを逃げ出しなさい。ヘロデ(王)があなたを殺そうと思っています。」 |
前田訳 | ちょうどそのとき、パリサイ人が何人か来て彼にいった、「ここを出てよそへお移りください。ヘロデがあなたを殺そうとしています」と。 |
新共同 | ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」 |
NIV | At that time some Pharisees came to Jesus and said to him, "Leave this place and go somewhere else. Herod wants to kill you." |
註解: ヘロデはヨハネを殺した後、イエスを恐れていた(マタ14:1)がしかし必ずしも彼を殺さんとしたのではなく(ルカ9:7−9。ルカ23:8)彼がなるべく自分の所領内に徘徊せざらんことを望んだ。それ故イエスを嫌うパリサイ人と共謀し、または彼らを唆 して(マコ3:6。マコ12:13)イエスを敬遠する策動をしたもののごとくである。
辞解
[此處 ] いわゆる「ルカの旅行記」と学者の呼んでいる部分(9:51−18:14)の中でエルサレムに入り給うまでのイエスの旅行の道程については不明である。この場合或はぺレアであろう。ただしあまりルカ伝によるイエスの伝道の場所的記述に重きを置くことはできない。
13章32節
口語訳 | そこで彼らに言われた、「あのきつねのところへ行ってこう言え、『見よ、わたしはきょうもあすも悪霊を追い出し、また、病気をいやし、そして三日目にわざを終えるであろう。 |
塚本訳 | 彼らに言われた、「(忠告はありがたいが、)行って、あの狐(のヘロデ)にこう言ってもらいたい、『見よ、わたしはきょうとあしたは、(まだここにいて)悪鬼を追い出し治療を行い、三日目に(仕事が終って)全うされる。 |
前田訳 | 彼はいわれた、「行ってあの狐にいいなさい、『見よ、わたしはきょうとあす悪鬼を追い出し、いやしをし、三日目に全うされる。 |
新共同 | イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。 |
NIV | He replied, "Go tell that fox, `I will drive out demons and heal people today and tomorrow, and on the third day I will reach my goal.' |
13章33節 されど
口語訳 | しかし、きょうもあすも、またその次の日も、わたしは進んで行かねばならない。預言者がエルサレム以外の地で死ぬことは、あり得ないからである』。 |
塚本訳 | とはいえ、きょうもあしたもあさっても、わたしは(たえずエルサレムへ向かって)進みゆかねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことはあり得ないのだから』と。 |
前田訳 | しかしわたしは、きょうもあすもあさっても進まねばならない。預言者がエルサレムの外で死ぬことはありえないから』と。 |
新共同 | だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。 |
NIV | In any case, I must keep going today and tomorrow and the next day--for surely no prophet can die outside Jerusalem! |
註解: ヘロデの狡計 を見ぬき給えるイエスは彼を「狐」と呼び給うた。まことに適当な称呼である。イエスの答は極めて象徴的である。「今日、明日、三日め」等を具体的に取ることができないが、またこれを主の公生涯の三年を示す意味とも取り得ない。「来る日も来る日も」というごとき意味であろう。イエスには自分の生命のために逃げ回る日は一日もない。すなわちイエスの御心は「我は汝の威嚇や謀略を恐れて行動するようなことは決してない。生命の続く限りこの汝の領地内で奇跡的治癒を継続するであろう。しかしやがて時満ちて死ぬべき時が来れば、その時はエルサレムに進んで行こう。それは汝の退去命令のためではなく、預言者はエルサレムで殉教すべきものだからである。エルサレムは神の都の象徴であり、神の都が悪魔の支配の下にある以上、これを神に回復するには神の子の死が必要である。これらの凡てが神の御旨と神の預言に従って行われるであろう。汝の謀略は我には何の意味もない」というような意味である。
辞解
「悪鬼を逐ひ出し、病を醫し」といい、「福音を宣伝えること」を省略したのはヘロデはかかることには無関心だからである。
[全うせられん] 「殺される」こと。
[有るまじきなり] 「有り得ないこと」なお31−33節はルカ伝の特有である。
13章34節 [
口語訳 | ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人々を石で打ち殺す者よ。ちょうどめんどりが翼の下にひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。 |
塚本訳 | ああエルサレム、エルサレム、預言者を殺し、(神から)遣わされた者を石で打ち殺して(ばかり)いる者よ、雌鳥がその雛を翼の下に集めるように、何度わたしはお前の子供たちを(わたしの所に)集めようとしたことか。だがお前たち(エルサレムの者)はそれを好まなかった。 |
前田訳 | ああ、エルサレム、エルサレム、預言者を殺し、つかわされたものを石打ちするものよ、めんどりが雛を翼の下に集めるように、何度わたしはおまえの子らを集めようとしたか。しかしおまえらはそれを欲しなかった。 |
新共同 | エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。 |
NIV | "O Jerusalem, Jerusalem, you who kill the prophets and stone those sent to you, how often I have longed to gather your children together, as a hen gathers her chicks under her wings, but you were not willing! |
註解: ▲ここに我らはイエスの愛国心を見なければならない。国を愛しない者が人類を愛することはできない。
13章35節
口語訳 | 見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。わたしは言って置く、『主の名によってきたるものに、祝福あれ』とおまえたちが言う時の来るまでは、再びわたしに会うことはないであろう」。 |
塚本訳 | そら、“お前たちの町は(宮もろとも神に)見捨てられ(て荒れ果て)るのだ。”お前たちに言っておく、お前たちが(わたしを迎えて)“主の御名にて来られる方に祝福あれ。”と言う時の来るまで、わたしを見ることは決してないであろう。」 |
前田訳 | 見よ、おまえらの家は見捨てられる。わたしはいう、『祝福あれ、主のみ名によって来るものに』とおまえらがいう時の来るまで、おまえらは決してわたしを見まい」と。 |
新共同 | 見よ、お前たちの家は見捨てられる。言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、決してわたしを見ることがない。」 |
NIV | Look, your house is left to you desolate. I tell you, you will not see me again until you say, `Blessed is he who comes in the name of the Lord.' " |
註解: 悔改めざるエルサレム(ユダヤ人の中心、神の宮の所在たるエルサレムなる故これは結局全ユダヤ民族の不信とイエスの限りなき愛をも拒否したことを意味するのであるが)は、ついに亡ぼされるであろうことをイエスは切々の情をもって嘆き、やがてはイエスをも殺すことによって神はエルサレム(而してイスラエル)より手を引くに至るであろうことを彼らに告げ給う。エルサレムおよびイスラエルに対する預言的挽歌である。
辞解
[牝鶏 ] イエスは全エルサレム、全ユダヤ人をその愛の翼の下に集め、彼らを凡て救って神の国の民となさんとし給うた。
[棄てられて] 主要の写本に無いので除く方が一般である。その場合「視よ、汝らの家は汝らに放棄されるであろう」となる。「家」は「神の宮」を意味す(L2、Z0、B1)。ゆえに神はもはやエルサレムの宮に住み給わず。すなわちイスラエルを放棄し給いこれを汝らにまかせ給うであろうとのことであって、その結果エルサレムの民は神に棄てられた民となることを意味する。イスラエルにとってこれより重大なことは有り得ない。そしてイエスが再びエルサレムの民に現れるのはその再臨の時であり、それまでは彼らはイエスを見ることができない。
[讃むべきかな云々] 詩118:26の句でユダヤ人の巡礼者の群がシオンの山を上って来る時に祭司がこの句をもって彼らを迎えた。「汝らユダヤ人はイエスを拒んだ不信の故に神に棄てられエルサレムは亡ぼされるであろうが、やがてはまた神の恵みにより悔改めてイエスを信ずるものとなり、全世界の信徒と共に、この詩118:21−25を歌いつつエルサレムに上り来るであろう」。その時はイエスの再臨の時である。イエスはかく言いてそのイスラエルに対する切々の愛情を吐露し、彼らの一日も速やかに悔改めんことを望み給うたのであった。34、35節はマタ23:37−39とほとんど同一であるが語られた機会を異にしている。