使徒行伝第11章
分類
4 異邦人教会の始
11:1 - 12:25
4-1 エルサレムのユダヤ人の反対とペテロの弁明
11:1 - 11:18
11章1節 使徒たち及びユダヤに居る兄弟たちは、異邦人も神の言を受けたりと聞く。[引照]
口語訳 | さて、異邦人たちも神の言を受けいれたということが、使徒たちやユダヤにいる兄弟たちに聞えてきた。 |
塚本訳 | すると(割礼のない)異教人も神の言葉を受け入れたことが、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちとの耳に入った。 |
前田訳 | 異教徒も神のことばを受け入れたことが使徒たちとユダヤにいる兄弟たちとの耳に入った。 |
新共同 | さて、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人も神の言葉を受け入れたことを耳にした。 |
NIV | The apostles and the brothers throughout Judea heard that the Gentiles also had received the word of God. |
註解: この事が彼ら使徒たち兄弟たちに取りて異常なる出来事の如くに思われたのであった。主の御言を聴きつつ(マタ28:19)尚かれらの耳はこれを聴きて聞えなかったのである。
辞解
[ユダヤに] 原語では「ユダヤの各地に」「ユダヤ中に」等の意味あり。
11章2節 斯てペテロのエルサレムに上りしとき、割禮ある者ども彼を詰りて言ふ、[引照]
口語訳 | そこでペテロがエルサレムに上ったとき、割礼を重んじる者たちが彼をとがめて言った、 |
塚本訳 | そこでペテロがエルサレムに上ってきた時、割礼のある者たちが詰問して |
前田訳 | そこで、ペテロがエルサレムに上ったとき、割礼のある人々が彼を責めて、 |
新共同 | ペトロがエルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちは彼を非難して、 |
NIV | So when Peter went up to Jerusalem, the circumcised believers criticized him |
11章3節 『なんぢ割禮なき者の内に入りて之と共に食せり』[引照]
口語訳 | 「あなたは、割礼のない人たちのところに行って、食事を共にしたということだが」。 |
塚本訳 | 言った、「あなたは割礼のない人たちの所に行って、一緒に食事をしたというではないか。」 |
前田訳 | 「あなたは割礼のない人々のところへ行って食を共にした」といった。 |
新共同 | 「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」と言った。 |
NIV | and said, "You went into the house of uncircumcised men and ate with them." |
註解: 使10:28註に示せる如くユダヤ人は伝統によりて異邦人と共に食する事を嫌い、これを非常に大なる罪の如くに考えた。新しき信仰に入りたる者に於てすら、旧き伝統や習慣を脱却する事の如何に難きかを見よ。コルネリオにバプテスマを施した事は非難されなかった、律法主義者は常に小事に拘泥して大事を逸する。
辞解
[詰る] diakrinomai は納得が出来ないと云って詰めよること、「一体それは如何云う訳か」と云う如き意、ペテロはカイザリヤより直ちにエルサレムに帰ったらしい(12節)。
[割礼なき者] の表顕方が普通と異る為或はこれを憤激(M0)、反対(E0)を表すと見、またはこれを緩和せる話法と見る(B1)見方あれど、単に強調せる言い方と見るべきであろう。
11章4節 ペテロ有りし事を序正しく説き出して言ふ、[引照]
口語訳 | そこでペテロは口を開いて、順序正しく説明して言った、 |
塚本訳 | ペテロは順序ただしく(次のように)説明をはじめた。 |
前田訳 | ペテロは語りはじめ、順序正しく説明していわく、 |
新共同 | そこで、ペトロは事の次第を順序正しく説明し始めた。 |
NIV | Peter began and explained everything to them precisely as it had happened: |
11章5節 『われヨツパの町にて祈り居るとき、我を忘れし心地し、幻影にて器のくだるを見る、大なる布のごとき物にして、四隅もて天より縋り下され我が許にきたる。[引照]
口語訳 | 「わたしがヨッパの町で祈っていると、夢心地になって幻を見た。大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた。 |
塚本訳 | 「(ある日)わたしがヨッパの町で祈りをしていると、(いつしか)我を忘れた心地で幻を見た。大きな布のよう器物が四隅で天から吊られて下ってきて、ついにわたしの所まで来た。 |
前田訳 | 「わたしがヨッパの町で祈っていますと、恍惚として幻を見ました。大きな布のような器が四隅で天から吊られて下がってきて、わたしのところまで来ました。 |
新共同 | 「わたしがヤッファの町にいて祈っていると、我を忘れたようになって幻を見ました。大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、天からわたしのところまで下りて来たのです。 |
NIV | "I was in the city of Joppa praying, and in a trance I saw a vision. I saw something like a large sheet being let down from heaven by its four corners, and it came down to where I was. |
註解: 使10:10、11参照。平信徒がペテロに対して詰問する点より見ればペテロの権威が必ずしも強からざるが如くに見えまたペテロが彼らに対し命令的高圧的態度に出でずして、丁寧にこれを説明せる点より見ても使徒の主班としてのペテロの権威を疑わしむるものがある。しかしながら是によりて却って当時の使徒の権威なるものが法律的にあらずして、人格的、事実的である証拠を見出す事が出来る。
11章6節 われ目を注めて之を視るに、地の四足のもの、野の獸、匐ふもの、空の鳥を見たり。[引照]
口語訳 | 注意して見つめていると、地上の四つ足、野の獣、這うもの、空の鳥などが、はいっていた。 |
塚本訳 | (驚いて)それに目をとめ、よく見ていると、地の四足と野獣と爬虫類と空の鳥とが見えた。 |
前田訳 | それに目を向けてじっと見ていますと、地上の四つ足の動物、野獣、はうもの、空の鳥が見えました。 |
新共同 | その中をよく見ると、地上の獣、野獣、這うもの、空の鳥などが入っていました。 |
NIV | I looked into it and saw four-footed animals of the earth, wild beasts, reptiles, and birds of the air. |
註解: 「野の獣」は使10:12に無し。「四足のもの」の一種類と見るべきである。
11章7節 また「ペテロ立て、屠りて食せよ」といふ聲を聞けり。[引照]
口語訳 | それから声がして、『ペテロよ、立って、それらをほふって食べなさい』と、わたしに言うのが聞えた。 |
塚本訳 | またこう言う声が聞こえた、『ペテロ、立って、これを殺して食べよ。』 |
前田訳 | そして声が聞こえました、『立て、ペテロ、これを殺して食べよ』と。 |
新共同 | そして、『ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい』と言う声を聞きましたが、 |
NIV | Then I heard a voice telling me, `Get up, Peter. Kill and eat.' |
註解: 使10:13と同じ、かく繰返せるは、ルカがこの事実を重視している証拠である。
11章8節 我いふ「主よ可からじ、潔からぬもの穢れたる物は、曾て我が口に入りしことなし」[引照]
口語訳 | わたしは言った、『主よ、それはできません。わたしは今までに、清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』。 |
塚本訳 | わたしは言った、『主よ、決して!不浄なものや汚れたものを、わたしは今までただの一度も口に入れたことがありませんから。』 |
前田訳 | わたしはいいました、『主よ、とんでもございません、今まで不浄のもの、汚れたものはわが口に入ったことはありませんから』と。 |
新共同 | わたしは言いました。『主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は口にしたことがありません。』 |
NIV | "I replied, `Surely not, Lord! Nothing impure or unclean has ever entered my mouth.' |
註解: 使10:14と略同一。
11章9節 再び天より聲ありて答ふ「神の潔め給ひし物を、なんぢ潔からずと爲な」[引照]
口語訳 | すると、二度目に天から声がかかってきた、『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』。 |
塚本訳 | 二度目に声が天から答えた、『神がお清めになったものを、あなたが不浄なものとしてはならない。』 |
前田訳 | 二度目に天から声がしました、『神がお清めのものを不浄としてはならない』と。 |
新共同 | すると、『神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない』と、再び天から声が返って来ました。 |
NIV | "The voice spoke from heaven a second time, `Do not call anything impure that God has made clean.' |
註解: 使10:15。
11章10節 斯の如きこと三度にして終には、みな天に引上げられたり。[引照]
口語訳 | こんなことが三度もあってから、全部のものがまた天に引き上げられてしまった。 |
塚本訳 | こんなことが三度あって、また一つのこらず天に引き上げられた。 |
前田訳 | このことが三度あって、すべてがまた天に上げられました。 |
新共同 | こういうことが三度あって、また全部の物が天に引き上げられてしまいました。 |
NIV | This happened three times, and then it was all pulled up to heaven again. |
註解: 使10:16。
11章11節 視よ、三人の者カイザリヤより我に遣されて、はや我らの居る家の前に立てり。[引照]
口語訳 | ちょうどその時、カイザリヤからつかわされてきた三人の人が、わたしたちの泊まっていた家に着いた。 |
塚本訳 | するとその時、さっそくカイザリヤ(の異教人コルネリオ)から来た三人の使が、わたし達がいた家に近寄った。 |
前田訳 | ちょうどそのとき、三人の人がわれらのいた家に近づきました。彼らはカイサリアからわたしのところにつかわされたのです。 |
新共同 | そのとき、カイサリアからわたしのところに差し向けられた三人の人が、わたしたちのいた家に到着しました。 |
NIV | "Right then three men who had been sent to me from Caesarea stopped at the house where I was staying. |
註解: 使10:17。「我ら」はペテロ自身及び皮工シモンの家族を念頭に置きたる語。
11章12節 御靈われに、疑はずして彼らと共に往くことを告げ給ひたれば、[引照]
口語訳 | 御霊がわたしに、ためらわずに彼らと共に行けと言ったので、ここにいる六人の兄弟たちも、わたしと一緒に出かけて行き、一同がその人の家にはいった。 |
塚本訳 | 御霊がわたしに、すこしもためらわずその人たちと一緒に行けと言われた。この六人の兄弟もわたしと一緒に行って、わたし達はその人の家に入った。 |
前田訳 | み霊がわたしに、『少しもためらわずに彼らといっしょに行くように』と仰せでした。そこでこの六人の兄弟もわたしといっしょに行って、その人の家に入りました。 |
新共同 | すると、“霊”がわたしに、『ためらわないで一緒に行きなさい』と言われました。ここにいる六人の兄弟も一緒に来て、わたしたちはその人の家に入ったのです。 |
NIV | The Spirit told me to have no hesitation about going with them. These six brothers also went with me, and we entered the man's house. |
註解: 使10:19参照。
此の六人の兄弟も我とともに往きて、かの人の家に入れり。
註解: 使10:23に「数人」とありし兄弟は六人であった事が判明る。ペテロはこの六人を更にエルサレムまで連れて行った。エルサレムの信徒たちに対する証人として立てんとしたのであろう。
11章13節 彼はおのが家に御使の立ちて「人をヨツパに遣し、ペテロと稱ふるシモンを招け、[引照]
口語訳 | すると彼はわたしたちに、御使が彼の家に現れて、『ヨッパに人をやって、ペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。 |
塚本訳 | するとその人は、天使がその家にあらわれ、『ヨッパに使をやって、通り名をペテロというシモンを呼べ。 |
前田訳 | その人は、み使いがその家の中に立ってこういうのを聞いた模様を告げました、『ヨッパに使いをやって、ペテロとも呼ばれるシモンを招きなさい。 |
新共同 | 彼は、自分の家に天使が立っているのを見たこと、また、その天使が、こう告げたことを話してくれました。『ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。 |
NIV | He told us how he had seen an angel appear in his house and say, `Send to Joppa for Simon who is called Peter. |
11章14節 その人、なんぢと汝の全家族との救はるべき言を語らん」と言ふを、見しことを我らに告げたり。[引照]
口語訳 | この人は、あなたとあなたの全家族とが救われる言葉を語って下さるであろう』と告げた次第を、話してくれた。 |
塚本訳 | 彼はあなたも家族一同も救われる御言葉を語ってくれる』と言うのを見たことを、わたし達に報告した。 |
前田訳 | 彼はあなたと家じゅうが救われることばを語るでしょう』と。 |
新共同 | あなたと家族の者すべてを救う言葉をあなたに話してくれる。』 |
NIV | He will bring you a message through which you and all your household will be saved.' |
註解: 使10:5、6参照。使10:4を省略し本節に幾分内容を附加している。
11章15節 爰に、われ語り出づるや、聖靈かれらの上に降りたまふ、初め我らの上に降りし如し。[引照]
口語訳 | そこでわたしが語り出したところ、聖霊が、ちょうど最初わたしたちの上にくだったと同じように、彼らの上にくだった。 |
塚本訳 | わたしが話を始めると、聖霊が彼らの上に下った、最初(あのペンテコステの時)にわたし達に下ったように。 |
前田訳 | わたしが語りはじめると、聖霊がはじめわれらに下ったように彼らに下りました。 |
新共同 | わたしが話しだすと、聖霊が最初わたしたちの上に降ったように、彼らの上にも降ったのです。 |
NIV | "As I began to speak, the Holy Spirit came on them as he had come on us at the beginning. |
辞解
[出づるや] 原語「初むるや」で、使10:35-43はペテロの説教の序のロであった事がわかる。「我らに降りし如し」は使2:1以下の五旬節の聖霊降下を指す、但しこれに伴える諸現象は必ずしも同一たる事を要しない。
11章16節 われ主の曾て「ヨハネは水にてバプテスマを施ししが、汝らは聖靈にてバプテスマを施されん」と宣給ひし御言を思ひ出せり。[引照]
口語訳 | その時わたしは、主が『ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは聖霊によってバプテスマを受けるであろう』と仰せになった言葉を思い出した。 |
塚本訳 | わたしは主の言葉を思い出した──『ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は聖霊で洗礼を授けられるであろう』と主は言われた。 |
前田訳 | わたしは主のことばを思い出しました、『ヨハネは水で洗礼したが、あなた方は聖霊で洗礼されよう』と主は仰せでした。 |
新共同 | そのとき、わたしは、『ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは聖霊によって洗礼を受ける』と言っておられた主の言葉を思い出しました。 |
NIV | Then I remembered what the Lord had said: `John baptized with water, but you will be baptized with the Holy Spirit.' |
註解: この語は使1:5にのみあり福音書にはヨハネの言として録さる。マタ3:11。尚ヨハ14:16以下の主の御言はこの事を示す。ペテロはこの言を引用して、異邦人に聖霊の下りしは主の約束の成就である事を強調した。
11章17節 神われらが主イエス・キリストを信ぜしときに賜ひしと同じ賜物を彼らにも賜ひたるに、われ何者なれば神を阻み得ん』[引照]
口語訳 | このように、わたしたちが主イエス・キリストを信じた時に下さったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったとすれば、わたしのような者が、どうして神を妨げることができようか」。 |
塚本訳 | だから主イエス・キリストを信じた彼らに、わたし達と同じ賜物を神がお与えになった以上、何者なればわたしは神の邪魔をすることが出来よう。」 |
前田訳 | それで、神が主イエス・キリストを信じた彼らにわれらにと同じ賜物をお与えになった以上、どうしてわたしに神のじゃまができましょう」と。 |
新共同 | こうして、主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか。」 |
NIV | So if God gave them the same gift as he gave us, who believed in the Lord Jesus Christ, who was I to think that I could oppose God?" |
註解: 「神が異邦人にも同じ賜物を給いし以上、彼らを我らと同一に待遇すべきである。ゆえに彼らと共に食事する事は正しい行為である」と云うのがペテロの意味であって、彼らにバプテスマを施した事を正しいとしたのではない。これは当然として問題とならなかったのである。
11章18節 人々これを聞きて默然たりしが、頓て神を崇めて言ふ『されば神は異邦人にも生命を得さする悔改を與へ給ひしなり』[引照]
口語訳 | 人々はこれを聞いて黙ってしまった。それから神をさんびして、「それでは神は、異邦人にも命にいたる悔改めをお与えになったのだ」と言った。 |
塚本訳 | これを聞いて人々は沈黙し、「それでは異教人にも、神は(永遠の)命を得させる悔改めをお与えになったのだ」と言って、神を讃美した。 |
前田訳 | 人々はこれを聞いて静まり、神をたたえていった、「かくて神は異邦人にもいのちへの悔い改めをお与えでした」と。 |
新共同 | この言葉を聞いて人々は静まり、「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言って、神を賛美した。 |
NIV | When they heard this, they had no further objections and praised God, saying, "So then, God has granted even the Gentiles repentance unto life." |
註解: 食事の問題と云う如き小問題に就きて抗議を提出せる是等の人々はこの偉大なる事実を示されて其心打たれて一時は沈黙した、而してこの不思議なる事実の前には唯神を讃美するより外無きに至った。かくして彼らはその抗議のあまりに些事なる事を自然に知ったのであった。
要義1 [信仰家は小事に拘泥して大事を逸し易し]主イエスがパリサイ人を叱責して「蚋を漉し出して駱駝を呑むもの」と宣ひし如く、律法的傾向を有する人は信仰に入リて後も習慣や伝統の束縛を脱し得ない場合が多い。こうした事はそれ自身として罪ではないけれども、これによりて他人を審く場合、そこに誤謬が生ずる。ロマ14:1以下にパウロが注意を与えているのもこの種の基督者に対するものである。参照すべし。
要義2 [異邦人に対するユダヤ人の態度]ペテロのコルネリオに対する態度は神よリ直接に示されし正しいものであったにも関らず、後にガラ2:11、12に記される如き、これと矛盾する行動に出た事は一見不可解である。またエルサレムの信徒もこのペテロの説明を納得して居り乍ら尚使15:1以下の如き問題を起したのみならず彼らは進んで異邦人と交らなかった様である(ガラ2:12)。要するに旧慣を超越し、これより自由となる事は何人にも困難な事であって、初代のユダヤ人らも基督者となっても尚この習慣を棄て得なかったのである。ペテロの前後矛盾の行動に出でし事も、この人間的弱さの結果と見るべきである。
4-2 アンテオケ教会の成立
11:19 - 11:26
註解: 使8:4と照応すべし。
11章19節 斯てステパノによりて起りし迫害のために散されたる者ども、ピニケ、クブロ、アンテオケまで到り、ただユダヤ人にのみ御言を語りたるに、[引照]
口語訳 | さて、ステパノのことで起った迫害のために散らされた人々は、ピニケ、クプロ、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者には、だれにも御言を語っていなかった。 |
塚本訳 | さて、ステパノ(殉教)のためにおこった苦難の結果(エルサレムから四方に)散らばった者たちは(あちらこちら巡回しながら)ピニケ(地方)、クプロ(島)、(シリヤの都)アンテオケまでも行ったが、ただユダヤ人のほか、だれにも御言葉を語らなかった。 |
前田訳 | さて、ステパノのことでおこった苦難のために散った人々は、フェニキア、キプロス、アンテオケまで行ったが、ユダヤ人のほかだれにもみことばを語らなかった。 |
新共同 | ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行ったが、ユダヤ人以外のだれにも御言葉を語らなかった。 |
NIV | Now those who had been scattered by the persecution in connection with Stephen traveled as far as Phoenicia, Cyprus and Antioch, telling the message only to Jews. |
註解: 是等は多くギリシヤ語のユダヤ人らであったので、自然ユダヤ人のみに伝道した、異邦人伝道と云う事は彼らの念頭に上り難かった。主の御言使1:8を実行に移す事は容易ではない。
辞解
[ステパノによりて] 「ステパノの事の為に」の意。
[ピニケ] ツロ、シドンを含む地中海に沿える南北約百二十哩の地方。
[クプロ] 島。
[アンテオケ] オロンテス川に沿えるシリヤの大都市で当時ローマ、アレキサンドリヤに亜ぐ大市街であった。享楽主義の盛なる市で紛争混乱も多く行われた。こうした市街に異邦人教会の最初のものが起った事は、奇しき事実である。
11章20節 その中にクブロ及びクレネの人、數人ありてアンテオケに來りし時、ギリシヤ人にも語りて主イエスの福音を宣傳ふ。[引照]
口語訳 | ところが、その中に数人のクプロ人とクレネ人がいて、アンテオケに行ってからギリシヤ人にも呼びかけ、主イエスを宣べ伝えていた。 |
塚本訳 | しかしそのうちに数人のクプロ人とクレネ人とがいて、アンテオケに行ったとき異教人にも語り、主イエスの福音を伝えた。 |
前田訳 | しかしその中に何人かのキプロス人とクレネ人がいて、アンテオケに来たときギリシア人にも語り、主イエスの福音を伝えた。 |
新共同 | しかし、彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシア語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた。 |
NIV | Some of them, however, men from Cyprus and Cyrene, went to Antioch and began to speak to Greeks also, telling them the good news about the Lord Jesus. |
註解: かくしてエルサレムに於ける基督者の迫害は、思いがけなくも福音を全世界に散布する原因となった。神は人の反逆を利用して反逆者自身の口を塞ぎ給う。
辞解
[その中] 「散されたる者の中」の意。
[ギリシヤ人] Hellenes は有力なる写本に「ギリシヤ語のユダヤ人」Hellenistaiとあれどこの方は誤と見るべきである。使6:1辞解參照。
11章21節 主の手かれらと偕にありたれば、數多の人、信じて主に歸依せり。[引照]
口語訳 | そして、主のみ手が彼らと共にあったため、信じて主に帰依するものの数が多かった。 |
塚本訳 | (神なる)主の御手が彼らに働き、多数の者が信じて主(イエス)に帰依した。 |
前田訳 | 主のみ手が彼らとともにあり、信じて主に心を向けたものの数は多かった。 |
新共同 | 主がこの人々を助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。 |
NIV | The Lord's hand was with them, and a great number of people believed and turned to the Lord. |
註解: Tコリ3:6。主の御手が加わるにあらずば人は何事をも為す事が出来ない。彼らの伝道が思いがけなくも多くの果を結んだ。平信徒の伝道はむしろ伝道の本体である。
11章22節 この事エルサレムに在る教會に聞えたれば、バルナバをアンテオケに遣す。[引照]
口語訳 | このうわさがエルサレムにある教会に伝わってきたので、教会はバルナバをアンテオケにつかわした。 |
塚本訳 | この噂がエルサレムにある集会の耳に入ったので、彼らは(事を確かめるため)バルナバをアンテオケに送った。 |
前田訳 | この知らせがエルサレムにある集まりに達したので、彼らはバルナバをアンテオケにつかわした。 |
新共同 | このうわさがエルサレムにある教会にも聞こえてきたので、教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。 |
NIV | News of this reached the ears of the church at Jerusalem, and they sent Barnabas to Antioch. |
註解: 他人の播きしものを刈り取らんが為ではなく、地方の信徒を助けてその信仰を強め、またエルサレムの母教会と親密なる関係に入らんが為である。
辞解
[バルナバ] 使4:36参照。尚おアンテオケに伝道せるクプロ人はバルナバの同郷の知人であったろうと思われる。
11章23節 かれ來りて、神の恩惠を見てよろこび、彼等に、みな心を堅くして主にをらんことを勸む。[引照]
口語訳 | 彼は、そこに着いて、神のめぐみを見てよろこび、主に対する信仰を揺るがない心で持ちつづけるようにと、みんなの者を励ました。 |
塚本訳 | 彼は行って神の恩恵(が注がれている有様)を見て喜び、決してその決心を動かさず主を離れずにいるようにと、皆に勧めた。 |
前田訳 | 彼はそこに着いて神の恩恵を見てよろこび、皆に心を堅くして主に忠実であるよう勧めた。 |
新共同 | バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。 |
NIV | When he arrived and saw the evidence of the grace of God, he was glad and encouraged them all to remain true to the Lord with all their hearts. |
註解: 異邦人信徒の中に溢れている神の恩恵の表れは美しかったに相違ない。バルナバはこれを見て如何に喜んだ事であろうか、こうした新なる信徒に取りて最も重要なる事は、不動の態度を以て主イエスに堅く依りすがる事である。
辞解
[主に居る] prosmenô を用い、単なる menô よりも一層強き意味を表す。
11章24節 彼は聖靈と信仰とにて滿ちたる善き人なればなり。[引照]
口語訳 | 彼は聖霊と信仰とに満ちた立派な人であったからである。こうして主に加わる人々が、大ぜいになった。 |
塚本訳 | バルナバという人はりっぱな、聖霊と信仰とに満ちた人であったからである。そして大勢の人が主に導かれた。 |
前田訳 | 彼はりっぱな、聖霊と信仰に満ちた人であった。そして多くの人が主へと導かれた。 |
新共同 | バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた。 |
NIV | He was a good man, full of the Holy Spirit and faith, and a great number of people were brought to the Lord. |
註解: 前節の理由を示す、前節は簡単ではあるがバルナバがアンテオケに於て如何に一同に親しみを持ったかが窺はれる。而してルカはその理由をバルナバの信仰と人格とに帰している。
辞解
[聖霊と信仰に満ちたる] 詳しく云えば堅き信仰を有ち聖霊が豊に与えられている事。
爰に多くの人々、主に加はりたり。
註解: アンテオケに於てかくして最初の異邦人教会が出来上った。
辞解
[多くの人々] 原語「若干の群」。
11章25節 斯てバルナバはサウロを尋ねんとてタルソに往き、[引照]
口語訳 | そこでバルナバはサウロを捜しにタルソへ出かけて行き、 |
塚本訳 | 彼はまたサウロを捜しにタルソに出かけ、 |
前田訳 | バルナバはサウロをたずねてタルソヘ出かけ、 |
新共同 | それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、 |
NIV | Then Barnabas went to Tarsus to look for Saul, |
11章26節 彼に逢ひてアンテオケに伴ひきたり、二人ともに一年の間かしこの教會の集會に出でて多くの人を教ふ。[引照]
口語訳 | 彼を見つけたうえ、アンテオケに連れて帰った。ふたりは、まる一年、ともどもに教会で集まりをし、大ぜいの人々を教えた。このアンテオケで初めて、弟子たちがクリスチャンと呼ばれるようになった。 |
塚本訳 | 見つけると、アンテオケにつれてきた。そして二人は丸一年ものあいだ(アンテオケ)集会に一緒にいて、大勢の人を教えた。このアンテオケではじめて(主の)弟子たちをクリスチャンと呼んだ。 |
前田訳 | 彼を見つけてアンテオケへ連れて来た。彼はまる一年集まりとともにあって多くの人を教えた。アンテオケではじめて弟子たちがクリスチャンと呼ばれるようになった。 |
新共同 | 見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。 |
NIV | and when he found him, he brought him to Antioch. So for a whole year Barnabas and Saul met with the church and taught great numbers of people. The disciples were called Christians first at Antioch. |
註解: サウロはかって(使9:30)バルナバと別れてエルサレムよりタルソに帰った。エルサレムの使徒たちはむしろサウロを遠ざけた事を喜んだであろうけれども、バルナバはサウロを愛し彼に逢わん事を望んでいたのでこの機会を利用して彼をアンテオケに伴って来たのであろう。そこにはエルサレムの如き反サウロ的傾向は無かったからである。尚バルナバの純にして野心なき心を見よ、彼はアンテオケに於けるその活動の結果を彼一人の功に帰せんとする如き慾心は少しも無かった。まことに「善き人」である。
辞解
[尋ねんとて] anazêteô は一所懸命に探す事。
[逢い] heuriskô は「見付ける」事でバルナバはサウロの居所や起居を熟知して居なかった事が解る。
[教会の集会に出で] 「教会に共に集められ」と訳すべき文字。
[多くの人] 「若干の群」前節辞解参照。
弟子たちのキリステアンと稱へらるる事はアンテオケより始れり。
註解: キリステアン即ちクリスチアノスは「キリストのもの」の意味で、必ずしも軽蔑または嫌悪の意味を持って居ない。但し一般に基督者に対する嫌悪の情はこの名称にも感染し得た事は日本の「ヤソ」と云う語よりこれを察する事が出来る。基督信徒自身は、聖徒、兄弟、弟子、選ばれし者、信者等と称していた。
要義 [アンテオケ教会の意義]ユダヤ教の内部から生れ出たキリストの福音が、エチオピの権官、コルネリオ等のユダヤ人以外の個人を改宗せしめた例は以前にも有ったけれども、異邦人の団体をその旗下に集めたのはアンテオケが始であった。是によりて基督教の世界的宗教たる意義が、いよいよ明かに事実的に証明されるに至ったのであった。尚アンテオケのみならず初代の教会は何れも平信徒によりてその基を置かれた事は注意を要する点である。バルナバもパウロも別に使徒としての権威を使徒たちよリ賦与せられた訳でもなかった。かくして異邦の教会は唯信仰のみの上に建て上げられたのであって、人間社会の資格の如きは何等問題とはならなかった。
4-3 飢餓の救済
11:27 - 11:30
11章27節 その頃エルサレムより預言者たちアンテオケに下る。[引照]
口語訳 | そのころ、預言者たちがエルサレムからアンテオケにくだってきた。 |
塚本訳 | このころ預言者たちがエルサレムからアンテオケに下ってきたが、 |
前田訳 | そのころ預言者たちがエルサレムからアンテオケに下ってきた。 |
新共同 | そのころ、預言する人々がエルサレムからアンティオキアに下って来た。 |
NIV | During this time some prophets came down from Jerusalem to Antioch. |
註解: 何の為の下向かは明かにされて居ない。基督者の中に預言の賜物を受け居る者は相当に多かった(使13:1。使15:32、Tコリ12:10。Tコリ14:29-33。エペ4:11)。彼らは主として神の御旨を示されてこれを人に語る任務を帯びていた。その一つの表れとして未来の出実事をも預言した。
11章28節 その中の一人アガボと云ふもの起ちて、大なる飢饉の全世界にあるべきことを御靈によりて示せるが、果してクラウデオの時に起れり。[引照]
口語訳 | その中のひとりであるアガボという者が立って、世界中に大ききんが起るだろうと、御霊によって預言したところ、果してそれがクラウデオ帝の時に起った。 |
塚本訳 | そのうちの一人のアガボという者が立って、全世界に大飢饉が来ようとしていると御霊によって予言していたところ、はたして(皇帝)クラウデオの時にあった。 |
前田訳 | そのひとりのアガボというものが立って、「全世界に飢饉がおころうとしている」と、み霊によって預言していたが、はたしてクラウデオの治世におこった。 |
新共同 | その中の一人のアガボという者が立って、大飢饉が世界中に起こると“霊”によって予告したが、果たしてそれはクラウディウス帝の時に起こった。 |
NIV | One of them, named Agabus, stood up and through the Spirit predicted that a severe famine would spread over the entire Roman world. (This happened during the reign of Claudius.) |
辞解
[アガボ] 使21:10を見よ。
[全世界] 当時の全文明世界、但しこうした広汎なる飢饉につきては記録なし。
[クラウデオ] ローマ皇帝の名、紀元41-45年の間支配す。その第四年即ち44年にパレスチナに飢饉があった事とその他41-48年の間に各地に殊にパレスチナに激しき飢饉があった事が記録されている。
11章29節 爰に弟子たちおのおのの力に應じてユダヤに住む兄弟たちに扶助をおくらん事をさだめ、[引照]
口語訳 | そこで弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに援助を送ることに決めた。 |
塚本訳 | そこで(主の)弟子たちはめいめい分相応、ユダヤに住んでいる(気の毒な)兄弟たちに援助を送ることに決めた。 |
前田訳 | そこで弟子たちはおのおのの分に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに援助を送ることに決めた。 |
新共同 | そこで、弟子たちはそれぞれの力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることに決めた。 |
NIV | The disciples, each according to his ability, decided to provide help for the brothers living in Judea. |
註解: 母教会より受けし霊の賜物に対する謝恩の印として、また、兄弟愛の発露として醵金しこれをユダヤに居る兄弟たちに送る事とした。全く未知の兄弟に対する美しき愛の行為である。主にある兄弟姉妹の関係は何物にも比較し得ざる美しさを有する。
辞解
[力に応じて] 無理に過分に献金する事は信仰的ではない(Tコリ16:2。Uコリ8:3、4)。
[扶助] 原語 diakonia 奉仕の意。
11章30節 遂に之ををこなひ、バルナバ及びサウロの手に托して長老たちに贈れり。[引照]
口語訳 | そして、それをバルナバとサウロとの手に託して、長老たちに送りとどけた。 |
塚本訳 | それを(すぐに)実行し、バルナバとサウロとの手で、(エルサレムの)長老たちに送った。 |
前田訳 | 彼らはそれを実行し、バルナバとサウロとの手で長老たちに届けた。 |
新共同 | そして、それを実行し、バルナバとサウロに託して長老たちに届けた。 |
NIV | This they did, sending their gift to the elders by Barnabas and Saul. |
註解: バルナバがサウロよりも上に置かれる事に注意すべし、当時の基督教会の評価がここに反映せるものである。またバルナバとサウロの二大柱石を派遣した事は、この寄附の事を非常に重大視していた事の証拠である。「長老」については附記を見よ、なお本節は使12:25に連続する。▲慈善的行為はキリスト教とは不可分である。
附記1 [長老について]長老 presbyteros なる文字は単に老人の意味にも用いられ(ルカ1:18。使2:17。Tテモ5:1、2。Tペテ5:1-5)またユダヤ教に於ける長老の意味にも用いられ(マタ16:21。マタ21:23等々)また基督信徒の間の長老の場合にも用いらる(使11:30。使14:23。使20:17其他)。如何なる程度に於て特定せられし職名であったかは不明である。使20:17、使20:28。テト1:5、6、7等には長老と監督とは差別なきものの如くに記されて居り、Uヨハ1:1、Vヨハ1:1には使徒ヨハネ(の書簡とすれば)は自己を長老ヨハネと呼んで居る。要するに漠然たる名称で、我が国人の用うる、[年寄株]と云う如き意味と解し度いと思う。従って本節(11:30)の場合にも使徒たちを除外したものと解する必要なく、唯一般的に年寄株を指したと見て可なりと思う。使徒が当時エルサレムを遁亡していたろうとか、または使徒たちに食卓の事を煩はさせない為であろう等の考え方をする必要は無い。但しこの解釈は凡てを職名と解し、職掌の限界等を定むる事を好む欧米の学者の所説と異る事は勿論である。
附記2 [パウロの第二回エルサレム行に就て]ガラ2:1によればパウロの第二回エルサレム行は十四年後で使15:2に相当する。従って使11:30のエルサレム行は省略されている事となる。その理由としてパウロはエルサレムまで行かずに途中より引返したと想像する學者(M0)もあるけれども、むしろこのエルサレム行は唯一片の使者に過ぎずパウロの信仰上の問題とは没交渉なる為であると解すべきであろう。ガラ2:1註参照。
要義 [初代異邦人教会の特質](1)聖霊の直接の活動によりて成立せる事。ペテロとコルネリオの事件の如きその例である。伝道協会等の如き人為的手段方法によらなかった処に初代教会の力があった。(2)迫害によって散されし人々によりて福音が伝えられ、従って伝道者の権威、その教養、その資格等問題ではなく、その信仰のみが認められた事。(3)イエス・キリストとその十字架とその復活のみが伝えられ、現代の伝道事業の如く欧米文化を加味せる不純なる伝道でなかった事。(4)イエスを信ずる者は、母教会の困難を援助すべき義務を負える事は、欧米伝道会社の如く金銭を以て信徒を潤した事実とは正反対であった事。以上の如き諸事実が初代異邦人教会の力の源であった。
使徒行伝第12章
4-4 ヤコブの殉教、ペテロの捕縛及び脱出
12:1 - 12:19
12章1節 その頃ヘロデ王、[引照]
口語訳 | そのころ、ヘロデ王は教会のある者たちに圧迫の手をのばし、 |
塚本訳 | そのころにヘロデ(・アグリッパ[一世])王は(エルサレム)集会の者数人の迫害に手をつけ、 |
前田訳 | そのころヘロデ王は集まりのもの数人を苦しめるよう手を下し、 |
新共同 | そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、 |
NIV | It was about this time that King Herod arrested some who belonged to the church, intending to persecute them. |
註解: ヘロデ大王の孫ヘロデ・アグリツパー世の事、ローマ皇帝カリグラ及びクラウデオの恩顧によりパレスチナ全部を支配す。ユダヤ人及びローマ政府の双方に人望を得ん事に汲々たりし王であってその為には時に柔和の相を示し時に猛悪の相と化する如き人物であった。
辞解
[その頃] 11:30と12:25との間の出来事、44年の頃ならん。
教會のうちの或人どもを苦しめんとて手を下し、
註解: その目的は一にはユダヤ人の歓心を買わんが為、二には自己の支配欲を満足せんが為、三には基督者の存在そのものが彼には邪魔だからであった。暴力を以て真理を圧迫せんとするはいずれの世に於ても専制者に共通の現象である。
12章2節 劍をもてヨハネの兄弟ヤコブを殺せり。[引照]
口語訳 | ヨハネの兄弟ヤコブをつるぎで切り殺した。 |
塚本訳 | 剣をもって(ゼベダイの子)ヨハネの兄弟のヤコブの首をはねた。 |
前田訳 | ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。 |
新共同 | ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。 |
NIV | He had James, the brother of John, put to death with the sword. |
註解: ペテロ、ヨハネ、ヤコブは十二使徒の首班であった。 其中の一人を殺す事は、最も効果的であった事は勿論である。ヤコブの事は使徒行伝に他に一回も出て来ない。スペインに伝道せりとの伝説あれど不確実である、またルカが他に使徒行伝の続篇様のものを企てヤコブをその中に入れる計画であったと想像する学者があるけれども、信を置き難い、要するにヤコブには記録すべき事柄が無かったのであろう。尚、剣をもてとあるは、首刎ねられたのであろう、即ち宗教上の犯罪でなく政治的罪名を以て所刑せられしものである。
12章3節 この事ユダヤ人の心に適ひたるを見て(進んで)またペテロをも捕ふ、[引照]
口語訳 | そして、それがユダヤ人たちの意にかなったのを見て、さらにペテロをも捕えにかかった。それは除酵祭の時のことであった。 |
塚本訳 | これがユダヤ人の気に入ったのを見ると、なお続けてペテロをもつかまえさせ、──それは種なしパンの祭の時であった(ので)── |
前田訳 | それがユダヤ人の気に入ったのを見て、さらにペテロをも捕えにかかった。それは種なしパンの祭りのころであった。 |
新共同 | そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。 |
NIV | When he saw that this pleased the Jews, he proceeded to seize Peter also. This happened during the Feast of Unleavened Bread. |
註解: ヘロデはかくして神の敵となりつつある事を知らなかった。人を喜ばせんとする者は、期せずして神の敵となる(ガラ1:10参照)。時代の思潮に迎合するものは期せずして真理に反する。
頃は除酵祭の時なりき。
註解: イエスを捕えたのと同じ頃多くのユダヤ人がエルサレムに集り来る故、ヘロデの目的を達するのに有効であった。
12章4節 すでに執りて獄に入れ、過越の後に民のまへに曳き出さんとの心構にて、四人一組なる四組の兵卒に付して之を守らせたり。[引照]
口語訳 | ヘロデはペテロを捕えて獄に投じ、四人一組の兵卒四組に引き渡して、見張りをさせておいた。過越の祭のあとで、彼を民衆の前に引き出すつもりであったのである。 |
塚本訳 | 彼を捕らえたのち牢に入れ、四人組の(夜警の)兵卒四組に渡して番をさせた。過越の祭のあとで、(裁判をする時)民衆の前に引き出すつもりであった。 |
前田訳 | 彼を捕えて牢に入れ、四人組の兵卒四組に渡して番をさせた。それは過越の祭りのあとで民の前に引き出すつもりであった。 |
新共同 | ヘロデはペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりであった。 |
NIV | After arresting him, he put him in prison, handing him over to be guarded by four squads of four soldiers each. Herod intended to bring him out for public trial after the Passover. |
註解: 過越の後に引出して殺さんとせるは祭を穢さざらん為、四人一組となりその中の二人は各一つの鏈にて囚人とつながれ乍ら囚人の両側に臥し、他の二人は第一、第二の警固につく。6、10節参照。また夜を四更に分ち各組をして一更毎に交代せしむ。
12章5節 斯てペテロは獄のなかに因はれ、教會は熱心に彼のために神に祈をなせり。[引照]
口語訳 | こうして、ペテロは獄に入れられていた。教会では、彼のために熱心な祈が神にささげられた。 |
塚本訳 | それでペテロは(厳粛に)見張りをされて牢におり、集会からは彼のため祈りが熱心に神にささげられていた。 |
前田訳 | こうしてペテロは牢で見張りされていた。集まりからは彼のため神に向かって熱心に祈りがなされていた。 |
新共同 | こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。 |
NIV | So Peter was kept in prison, but the church was earnestly praying to God for him. |
註解: ペテロの捕縛は教会に取りて最大事件であった。それ故彼らは祈によりてペテロを助けた。最大の援軍である。夜中にも祈り居れるを見れば(12節)その熱心なりし事を知る。苦難の中にも力を与えられん事、及び、出来得べくば獄より救出されん事を祈ったのであろう。但し神の御業のあまりにも奇しかった為に、神がその祈をきき給いし時は(15節)彼らはこれを信じない位であった。
12章6節 ヘロデこれを曳き出さんとする其の前の夜、ペテロは二つの鏈にて繋がれ、二人の兵卒のあひだに睡り、番兵らは門口にゐて獄を守りたるに、[引照]
口語訳 | ヘロデが彼を引き出そうとしていたその夜、ペテロは二重の鎖につながれ、ふたりの兵卒の間に置かれて眠っていた。番兵たちは戸口で獄を見張っていた。 |
塚本訳 | (祭がすんだ夜、すなわち)ヘロデがペテロを引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二人の兵卒の間に二つの鎖につながれて眠っていた。また牢番らは戸の前で牢を見張っていた。 |
前田訳 | ヘロデがペテロを引き出そうとしていたその前夜に、彼はふたりの兵卒の間で、ふたつの鎖につながれて眠っていた。番兵は戸の前で牢を守っていた。 |
新共同 | ヘロデがペトロを引き出そうとしていた日の前夜、ペトロは二本の鎖でつながれ、二人の兵士の間で眠っていた。番兵たちは戸口で牢を見張っていた。 |
NIV | The night before Herod was to bring him to trial, Peter was sleeping between two soldiers, bound with two chains, and sentries stood guard at the entrance. |
註解: まことに危機一発の場合に神の救の御手が下ったのであった。尚お4節註解参照。ペテロが睡っていたのは彼の心の平静であった事を示す。
12章7節 視よ、主の使ペテロの傍らに立ちて、光明室内にかがやく。[引照]
口語訳 | すると、突然、主の使がそばに立ち、光が獄内を照した。そして御使はペテロのわき腹をつついて起し、「早く起きあがりなさい」と言った。すると鎖が彼の両手から、はずれ落ちた。 |
塚本訳 | するとそこに主の使があらわれて、光が部屋の中に輝いた。天使は脇をつついてペテロを起こし、「早く立て」と言った。すると鎖が両手からはずれ落ちた。 |
前田訳 | すると見よ、主の使いが立ち、光が部屋の中に輝いた。天使はペテロの脇をつついて起こし、「すぐ立ちなさい」といった。すると鎖が彼の手から落ちた。 |
新共同 | すると、主の天使がそばに立ち、光が牢の中を照らした。天使はペトロのわき腹をつついて起こし、「急いで起き上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。 |
NIV | Suddenly an angel of the Lord appeared and a light shone in the cell. He struck Peter on the side and woke him up. "Quick, get up!" he said, and the chains fell off Peter's wrists. |
註解: この事実を獄卒たちは知らずに眠っていた。
御使かれの脇をたたき、覺していふ『疾く起きよ』かくて鏈その手より落ちたり。
註解: 凡てが神の御業として奇蹟的に行われたのであった。人間の思考し得る最も堅固なる守備も神は容易にこれを破り給う。
12章8節 御使いふ『帶をしめ、鞋をはけ』[引照]
口語訳 | 御使が「帯をしめ、くつをはきなさい」と言ったので、彼はそのとおりにした。それから「上着を着て、ついてきなさい」と言われたので、 |
塚本訳 | 天使が言った、「裾をひきからげ、草鞋をはけ。」そのとおりにした。また言う、「外套を着てついて来い。」 |
前田訳 | 天使はいった、「帯をして靴をはきなさい」と。彼はそのとおりした。またいった、「上着を着て、ついて来なさい」と。 |
新共同 | 天使が、「帯を締め、履物を履きなさい」と言ったので、ペトロはそのとおりにした。また天使は、「上着を着て、ついて来なさい」と言った。 |
NIV | Then the angel said to him, "Put on your clothes and sandals." And Peter did so. "Wrap your cloak around you and follow me," the angel told him. |
註解: 睡眠中は帯を解き鞋(サンダル鞋)を脱いでいた。
彼その如く爲たれば、又いふ『上衣をまとひて我に從へ』
註解: 上衣を脱ぎ、寝衣をまとって睡っていた。かくして主の使の言葉のままにして彼の脱出の準備は整った。
12章9節 ペテロ出でて隨ひしが、御使のする事の眞なるを知らず、幻影を見るならんと思ふ。[引照]
口語訳 | ペテロはついて出て行った。彼には御使のしわざが現実のこととは考えられず、ただ幻を見ているように思われた。 |
塚本訳 | ペテロは(命じられるままに部屋を)出て、ついて行った。彼は天使のしたことが現実のこととわからずに、ただ幻を見ていると思っていた。 |
前田訳 | 彼は外へ出て、ついて行った。彼には天使のしたことが事実とわからず、幻を見ていると思われた。 |
新共同 | それで、ペトロは外に出てついて行ったが、天使のしていることが現実のこととは思われなかった。幻を見ているのだと思った。 |
NIV | Peter followed him out of the prison, but he had no idea that what the angel was doing was really happening; he thought he was seeing a vision. |
註解: ペテロは自分で自分を疑い、夢現の心地を以て天使の為すままに任せていた。全く予期し得ざる事柄が起れる場合の心持を巧に示している。
12章10節 かくて第一・第二の警固を過ぎて[引照]
口語訳 | 彼らは第一、第二の衛所を通りすぎて、町に抜ける鉄門のところに来ると、それがひとりでに開いたので、そこを出て一つの通路に進んだとたんに、御使は彼を離れ去った。 |
塚本訳 | 第一、第二の見張り所を(無事に)通りすぎて、都に通ずる鉄の門のところに来ると、それがひとりでにあいた。そこを出て、なお一つだけ通りを行くと、たちまち天使は彼を離れた。 |
前田訳 | 第一と第二の見張りを通って、町に通ずる鉄の門のところに来ると、それがひとりでに開いた。そこを出てなおひとつ通りを行くと、たちまち天使が彼を離れた。 |
新共同 | 第一、第二の衛兵所を過ぎ、町に通じる鉄の門の所まで来ると、門がひとりでに開いたので、そこを出て、ある通りを進んで行くと、急に天使は離れ去った。 |
NIV | They passed the first and second guards and came to the iron gate leading to the city. It opened for them by itself, and they went through it. When they had walked the length of one street, suddenly the angel left him. |
註解: 番兵の看守している処を無事に通過し、4節註を見よ。
町に入るところの鐵の門に到れば、門おのづから彼等のために開け、
註解: 牢獄の最も外側なる鉄門で、これを出づれば直に市街となる場所、門が自ら開けたのも神の為し給える奇蹟であった。
[相共に]いでて一つの街を過ぎしとき、直ちに御使はなれたり。
註解: ペテロは単独にて自由に往来し得るエルサレムの市街の中に出されたのであった。尚ベザ写本には「出でて七つの階段を下り」とあり、是等の門や階段は彼らの間には熟知されていたものである。
12章11節 ペテロ我に反りて言ふ『われ今まことに知る、主その使を遣してヘロデの手、およびユダヤの民の凡て思ひ設けし事より、我を救ひ出し給ひしを』[引照]
口語訳 | その時ペテロはわれにかえって言った、「今はじめて、ほんとうのことがわかった。主が御使をつかわして、ヘロデの手から、またユダヤ人たちの待ちもうけていたあらゆる災から、わたしを救い出して下さったのだ」。 |
塚本訳 | ペテロは我にかえって言った、「今はじめて事の真相がわかった。主は天使を送って、ヘロデの手から、またユダヤ人たちが(危害を加えようと)待ち構えていたあらゆることから、救い出してくださったのだ」と。 |
前田訳 | ペテロはわれに返っていった、「今や本当にわかった。主はみ使いをつかわして、ヘロデの手から、またユダヤ人たちが待ち構えていたすべてのことから、わたしを救い出してくださった」と。 |
新共同 | ペトロは我に返って言った。「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして、ヘロデの手から、またユダヤ民衆のあらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ。」 |
NIV | Then Peter came to himself and said, "Now I know without a doubt that the Lord sent his angel and rescued me from Herod's clutches and from everything the Jewish people were anticipating." |
註解: この時始めてペテロは夢現の境より脱して本心に立帰った。そして神の救の御手が彼の上に降った事を知った。たとい始めには理由が判明らずとも、素直に神の御言に順ふ時は、後に至ってその意義が解る様になる(ルカ5:5)。
辞解
[思ひ設けし事] 「期待した事」、即ちペテロは殺されるであろうとの事。
12章12節 斯く悟りてマルコと稱ふるヨハネの母マリヤの家に往きしが、其處には數多のもの集りて祈りゐたり。[引照]
口語訳 | ペテロはこうとわかってから、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に行った。その家には大ぜいの人が集まって祈っていた。 |
塚本訳 | こうだと解ったので、ペテロは通り名をマルコというヨハネの母マリヤの家に行った。そこには大勢が集まって、(ペテロのために)祈っていた。 |
前田訳 | 事がわかったので、ペテロはマルコとも呼ばれるヨハネの母マリヤの家へ行った。そこにはおおぜいが集まって祈っていた。 |
新共同 | こう分かるとペトロは、マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家に行った。そこには、大勢の人が集まって祈っていた。 |
NIV | When this had dawned on him, he went to the house of Mary the mother of John, also called Mark, where many people had gathered and were praying. |
註解: 此マリヤは恐らく寡婦にして信仰に入ったものであろう、また相当の構の家に住み(次節)、多くの者の集会する場所等が有ったのを見れば、相当に富裕なる家と思われる。このマルコはマルコ伝の著者であって、パウロやペテロ(Tペテ5:13)の助手として働き、またバルナバの従弟であった(引照 1 [マルコと呼ばれていたヨハネ] の項目を見よ)。このマリヤの家は多分ペテロ初め聖徒たちが常に集っていた処であろう。婢がペテロの声を聞き分けた事よりこれを知る事が出来る、(14節)。祈の為に多数集っていた事は、彼らの間に如何に愛が深かったかを示す。
辞解
[マルコ] ラテン名。
[ヨハネ] ギリシヤ名。当時二種の名称を有する人が多かった。
12章13節 ペテロ門の戸を叩きたれば、ロダといふ婢女ききに出できたり、[引照]
口語訳 | 彼が門の戸をたたいたところ、ロダという女中が取次ぎに出てきたが、 |
塚本訳 | 玄関の戸をたたくと、ロダという女中が取次に出てきたが、 |
前田訳 | 彼が入口の戸をたたくと、ロダという女中が応対に出た。 |
新共同 | 門の戸をたたくと、ロデという女中が取り次ぎに出て来た。 |
NIV | Peter knocked at the outer entrance, and a servant girl named Rhoda came to answer the door. |
註解: ペテロはマリヤの家には屹度同志が集っている事を覚ってこれを訪ねた。
辞解
[門] pulôn に就ては使10:17辞解。
12章14節 ペテロの聲なるを知りて、勸喜のあまりに門を開けずして走り入り、ペテロの門の前に立てることを告げたれば、[引照]
口語訳 | ペテロの声だとわかると、喜びのあまり、門をあけもしないで家に駆け込み、ペテロが門口に立っていると報告した。 |
塚本訳 | ペテロの声と気づくや、あまりの嬉しさに玄関もあけずに(奥に)駈けこんで、ペテロが玄関の前に立っていると知らせた。 |
前田訳 | しかしペテロの声とわかると、うれしさのあまり入口をあけずに駆けこんで、ペテロが入口の前に立っていると告げた。 |
新共同 | ペトロの声だと分かると、喜びのあまり門を開けもしないで家に駆け込み、ペトロが門の前に立っていると告げた。 |
NIV | When she recognized Peter's voice, she was so overjoyed she ran back without opening it and exclaimed, "Peter is at the door!" |
註解: その当時の光景を目に見る様である。この婢女自身基督者であった為か、また一家挙ってペテロの事を憂慮していたので彼もまた其憂を共にしていた為か、ペテロの来訪を驚き且つ喜んだ。ペテロの声を聞分けた事は、ペテロが常にこの家を訪れていた事を示す。
12章15節 彼ら『なんぢは氣狂へり』と言ふ。[引照]
口語訳 | 人々は「あなたは気が狂っている」と言ったが、彼女は自分の言うことに間違いはないと、言い張った。そこで彼らは「それでは、ペテロの御使だろう」と言った。 |
塚本訳 | 人々は「あなたは頭が変だ」と言ったが、そうだと頑張るので、「(では)ペテロの(守り)天使だろう」と言った。 |
前田訳 | 彼らは、「あなたは狂っている」といったが、彼女が「そうだ」といい張るので、「ペテロの天使だ」といっていた。 |
新共同 | 人々は、「あなたは気が変になっているのだ」と言ったが、ロデは、本当だと言い張った。彼らは、「それはペトロを守る天使だろう」と言い出した。 |
NIV | "You're out of your mind," they told her. When she kept insisting that it was so, they said, "It must be his angel." |
辞解
[気狂えり] mainê は勿論真に気狂になった意味ではなく「馬鹿を言うな」とか「御前はどうかしている」と云う程度の事。
然れどロダは夫なりと言張る。かれら言ふ『それはペテロの御使ならん』
註解: ペテロの為に神に祈りつつあった彼らが神の御業を見ても信じ得ない事は不思議であるが、人の心は常に斯の如くに鈍い。
辞解
[御使] 人には各々これを守る御使があると一般に考えられていた(マタ18:10)。但しこれを以て基督教の神学の一定理とするにはあまりに根拠に乏しい。
[夫なり] 原文「夫に相違なし」と云う如き意。
12章16節 然るにペテロなほ叩きて止まざれば、かれら門をひらき之を見て驚けり。[引照]
口語訳 | しかし、ペテロが門をたたきつづけるので、彼らがあけると、そこにペテロがいたのを見て驚いた。 |
塚本訳 | しかしペテロは戸をたたきつづけた。人々があけてペテロを見、呆気にとられた。 |
前田訳 | しかしペテロは戸をたたきつづけた。彼らはあけると、ペテロを見て驚いた。 |
新共同 | しかし、ペトロは戸をたたき続けた。彼らが開けてみると、そこにペトロがいたので非常に驚いた。 |
NIV | But Peter kept on knocking, and when they opened the door and saw him, they were astonished. |
辞解
[驚けり] existêmi 「ビックリ仰天した」と云うほどの非常なるおどろき。
12章17節 かれ手を搖かして人々を鎭め、[引照]
口語訳 | ペテロは手を振って彼らを静め、主が獄から彼を連れ出して下さった次第を説明し、「このことを、ヤコブやほかの兄弟たちに伝えて下さい」と言い残して、どこかほかの所へ出て行った。 |
塚本訳 | ペテロは声を出さぬようにと手で合図をして、主が牢からつれだしてくださったことを話してきかせ、また、「このことを(主の兄弟の)ヤコブと(集会の)兄弟たちとに知らせてくれ」と言った。そしてそこを出て、別の所に行った。 |
前田訳 | 彼は彼らに静かにするよう手で示し、どのようにして主が牢からつれ出してくださったかを話し、また、「このことをヤコブや兄弟たちに知らせてください」といった。そしてそこを出てほかの所へ行った。 |
新共同 | ペトロは手で制して彼らを静かにさせ、主が牢から連れ出してくださった次第を説明し、「このことをヤコブと兄弟たちに伝えなさい」と言った。そして、そこを出てほかの所へ行った。 |
NIV | Peter motioned with his hand for them to be quiet and described how the Lord had brought him out of prison. "Tell James and the brothers about this," he said, and then he left for another place. |
註解: ベザ写本はここに「入りて」を加う。
主の己を獄より導きいだし給ひしことを具に語り『これをヤコブと兄弟たちとに告げよ』と言ひて他の處に出で往けり。
註解: ペテロは発見せられぬ様に注意する必要があった為にこうした態度に出たのである。而もこの大なる神の御業を兄弟たちに告げずに居る事が出来なかったので、これを詳しく説明し尚ヤコブにも告げしめたのであった。「他の処」の何処であるかは不明である。カイザリヤ説、ローマ説(カトリック教会の主張)、アンテオケ節等あれど、エルサレム市内とも考えられ一切不明である。ルカが本書を著した当時は尚これを秘密にする必要があったと考うる説もある(ラッカム)。
辞解
[ヤコブ] これをアルパヨの子ヤコブ(マタ10:3。マコ3:18等)と解する説あれど(B1、C1)むしろ主の兄弟ヤコブ(使15:13。使21:18。ガラ1:19。ガラ2:9)と見る方が適当である(M0、E0、H0)。他の使徒たちを指して居ないので、ペテロの捕縛と共にエルサレムを遁れたのであるとする説があるけれども信じ難い。「兄弟たち」の中に使徒をも含むと見て差支がない。
12章18節 夜明になりてペテロは如何にせしとて兵卒の中の騷一方ならず。[引照]
口語訳 | 夜が明けると、兵卒たちの間に、ペテロはいったいどうなったのだろうと、大へんな騒ぎが起った。 |
塚本訳 | 朝になると、ペテロはいったいどうしたのだろうと、(見張りの)兵卒のあいだに一方ならぬ騒ぎがあった。 |
前田訳 | 朝になると、ペテロは一体どうなったか、と兵卒の間で大騒ぎになった。 |
新共同 | 夜が明けると、兵士たちの間で、ペトロはいったいどうなったのだろうと、大騒ぎになった。 |
NIV | In the morning, there was no small commotion among the soldiers as to what had become of Peter. |
註解: 彼らはヘロデより処罰を受くる事を恐れたのである。
12章19節 ヘロデ之を索むれど見出さず、遂に守卒を訊して死罪を命じ、而してユダヤよりカイザリヤに下りて留れり。[引照]
口語訳 | ヘロデはペテロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえ、彼らを死刑に処するように命じ、そして、ユダヤからカイザリヤにくだって行って、そこに滞在した。 |
塚本訳 | ヘロデはペテロを捜したけれども見つからないので、(非常に怒って自分で)牢番らを尋問したのち死刑に処するようにと命じ、ユダヤからカイザリヤに下って滞在していた。 |
前田訳 | へロデは彼を探したが見つからなかった。それで番人を取り調べてから彼らを死刑にするよう命じ、ユダヤからカイサリアに下ってそこに滞在した。 |
新共同 | ヘロデはペトロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえで死刑にするように命じ、ユダヤからカイサリアに下って、そこに滞在していた。 |
NIV | After Herod had a thorough search made for him and did not find him, he cross-examined the guards and ordered that they be executed. Then Herod went from Judea to Caesarea and stayed there a while. |
註解: ヘロデはその計画に失敗してカイザリヤに帰った。ヘロデは主にエルサレムに住んでいたけれどもカイザリヤにも深き関係を有っていた。この時は、21節の祝宴の為に帰ったものとも考えられる。
辞解
[死罪を命じ] 日本語として不完全である。尚原語 apagô は唯一回かく訳せられ異本には apoktanihênai 「殺される事を」なる文字を用いたのもある。
4-5 ヘロデ・アグリッパの死
12:20 - 12:23
12章20節 偖ヘロデ、ツロとシドンとの人々を甚く怒りたれば、[引照]
口語訳 | さて、ツロとシドンとの人々は、ヘロデの怒りに触れていたので、一同うちそろって王をおとずれ、王の侍従官ブラストに取りいって、和解かたを依頼した。彼らの地方が、王の国から食糧を得ていたからである。 |
塚本訳 | さて(このころ、)ツロ人とシドン人とはヘロデの烈しい怒りに触れていたので、心を一つにして彼の所に来て、王の侍従ブラストに取り入って和解(のとりなし)を乞うた。彼らの国は王の領地から食糧を得ていた(のに、それが出来なくなった)からである。 |
前田訳 | さて、ツロとシドンとの人々はヘロデの怒りに触れていたので、いっしょになって彼のところに来て、王の侍従ブラストに取りいって和を乞うた。彼らの地方は王の領地から食料を得ていたからである。 |
新共同 | ヘロデ王は、ティルスとシドンの住民にひどく腹を立てていた。そこで、住民たちはそろって王を訪ね、その侍従ブラストに取り入って和解を願い出た。彼らの地方が、王の国から食糧を得ていたからである。 |
NIV | He had been quarreling with the people of Tyre and Sidon; they now joined together and sought an audience with him. Having secured the support of Blastus, a trusted personal servant of the king, they asked for peace, because they depended on the king's country for their food supply. |
註解: 理由は不明、ツロとシドンは古代の有力なる商港。
辞解
[甚く怒る] thumomacheô は心が戦闘状態に在る事で「プリプリ怒る」と云う如き意。
其の民ども心を一つにして彼の許にいたり、王の内侍の臣ブラストに取り 入りて和諧を求む。かれらの地方は、王の國より食品を得るに因りてなり。
註解: ヘロデが自ら戦端を開く事は出来なかったけれども、ツロとシドンに対して経済断交を行い、食糧品の供給を絶った。これが為にこの両都市は糧道を断たれて非常に窮し、和解を求めた。
辞解
[内侍の臣] 往々にして甘言を以て王を動かす力がある。
[取り入り] 恐らく賄賂によったものであろう。
12章21節 ヘロデ定めたる日に及びて王の服を著け高座に坐して言を宣べたれば、[引照]
口語訳 | 定められた日に、ヘロデは王服をまとって王座にすわり、彼らにむかって演説をした。 |
塚本訳 | そこでヘロデは定めの日に(銀の)王服をまとって王座に着き、彼らに演説をした。 |
前田訳 | 定められた日にヘロデは王服を着て王座にすわり、彼らに演説をした。 |
新共同 | 定められた日に、ヘロデが王の服を着けて座に着き、演説をすると、 |
NIV | On the appointed day Herod, wearing his royal robes, sat on his throne and delivered a public address to the people. |
註解: ヨセフスの歴史によればカイザルの為の祝宴を催し、その祭の第二日目に観劇の宴を設けヘロデは純銀の装束に身を飾ってその王の坐すべき観覧席(高座)にあらわれ、ヘロデの姿は燦然として耀いたとの事である。ツロとシドンの使者もそこに在った。
12章22節 集民よばはりて『これ神の聲なり、人の聲にあらず』と言ふ。[引照]
口語訳 | 集まった人々は、「これは神の声だ、人間の声ではない」と叫びつづけた。 |
塚本訳 | 民衆が「(今のは)神様のお声だ、人間のではない」とどなった。 |
前田訳 | 群衆は、「神の声だ、人間のではない」と叫びつづけた。 |
新共同 | 集まった人々は、「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けた。 |
NIV | They shouted, "This is the voice of a god, not of a man." |
註解: ベザ写本には「彼ツロ人と和諧せしとき、集民・・・・・・」とあり。ヨセフスの歴史(ユダヤ史20:8:5)にはその衣装の美をたたえし言として録さる。何れにしてもこうした諂いの言は常に異教国の王者に向って用いられる処であるが、ユダヤ人たるヘロデはこれを拒まずして、己に受けしがゆえに神の罰を受けなければならなかった。神に帰すべき栄光を己に奪う時神はこれを黙視し給わない。
12章23節 ヘロデ神に榮光を歸せぬに因りて、主の使たちどころに彼を撃ちたれば、蟲に噛まれて息絶えたり。[引照]
口語訳 | するとたちまち、主の使が彼を打った。神に栄光を帰することをしなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えてしまった。 |
塚本訳 | (王はそれを喜んだ。)たちどころに主の使が彼を打った。神に栄光を帰することをしなかった罰である。彼は(生きながら)蛆に食われて(とうとう)息が絶えた。 |
前田訳 | するとたちまち主の使いが彼を打った。神に栄光を帰さなかったためである。彼は虫に食われて、息が絶えた。 |
新共同 | するとたちまち、主の天使がヘロデを撃ち倒した。神に栄光を帰さなかったからである。ヘロデは、蛆に食い荒らされて息絶えた。 |
NIV | Immediately, because Herod did not give praise to God, an angel of the Lord struck him down, and he was eaten by worms and died. |
註解: ヨセフスの歴史によれば、この時ヘロデはその頭上の綱の上に梟が止っているのを見その凶兆たる事を直感したとの事である。而して直ちに激しき腹痛を起し五日の後死んだ事が記されている。これを神の罰と見たのがルカ及び他の凡ての基督者の見方であった。基督者と然らざるものとは同一の事実に対して見方がかくも異っているのである。尚ルカはヘロデの死を以て、教会に対する迫害の罰と見ている事が判明る。
辞解
[虫に噛まれては] 如何なる病気か不明である。尚神の罰によりて即死せる例はUサム24:15。U列19:35。イザ37:36。
4-6 福音の伝播
12:24 - 12:25
12章24節 斯て主の御言いよいよ増々ひろまる。[引照]
口語訳 | こうして、主の言はますます盛んにひろまって行った。 |
塚本訳 | こうして主の御言葉は成長し、信者の数はふえていった。 |
前田訳 | 主のことばは成長して広まっていった。 |
新共同 | 神の言葉はますます栄え、広がって行った。 |
NIV | But the word of God continued to increase and spread. |
註解: ヘロデの迫害止みて主の御言は再び繁栄した。福音の進歩は平坦ではない。常に起伏盛衰がある。
辞解
[いよいよ増々ひろまる] 原語「成長し、充実した」。
12章25節 バルナバ、サウロはその職務を果し、マルコと稱ふるヨハネを伴ひてエルサレムより歸れり。[引照]
口語訳 | バルナバとサウロとは、その任務を果したのち、マルコと呼ばれていたヨハネを連れて、エルサレムから帰ってきた。 |
塚本訳 | バルナバとサウロとは援助を終えると、通り名をマルコというヨハネを連れて、エルサレムから(アンテオケに)帰った。 |
前田訳 | バルナバとサウロはつとめを果たし、マルコとも呼ばれるヨハネを伴って、エルサレムから帰ってきた。 |
新共同 | バルナバとサウロはエルサレムのための任務を果たし、マルコと呼ばれるヨハネを連れて帰って行った。 |
NIV | When Barnabas and Saul had finished their mission, they returned from Jerusalem, taking with them John, also called Mark. |
註解: 11章末尾よりつづく。バルナバとパウロはペテロの事件より以後にエルサレムに着きその寄附を果した事となる。但し寄附はエルサレムのみではなく、全ユダヤ(使11:29)に対して行ったことゆえ、彼らは相当の時日を要した事であろう。そしてエルサレムに着いた時は最早やペテロの事件も落着し、ヘロデも死んだ後であったと見るべきであろう。マルコはこの時よりバルナバとパウロの同伴者となった。かくして彼ら共にアンテオケに帰った。
要義1 [神の救]神はその力を顕さんが為に、時に人間をして全き絶望の淵に陥らしめ給う。かくして人間はその力を以ては全く救わるべき望を絶たざるを得ざるに至って神はその救の御手を伸べ給う。ゆえに基督者には絶望は無い。たといこの世に於てその望む所が与えられないにしても、後の世に於てそれが必ず与えられる事の希望を失わない。
要義2 [他人の為の祈]祈はそれが自己の利害より離れる事遠ければ遠きほど真正でありまた有力である。他人の病の医されん事、他人の苦難の除かれん事等を祈る祈は神の最も喜び給う処である。初代の教会に於て既に此種の祈が如何に盛であったかは、ペテロの捕縛の際に於ける全教会の祈に於てこれを見る事を得。
要義3 [神に栄光を帰すべし]使10:26に於てぺテ口は己が神の如くに拝される事を拒んだ。然るに本章に於てヘロデがこれを自己の光栄として受けた為に神の罰をうけた。神に帰すべき栄光を自己に帰せしむる事ほど大なる罪はない。而してもし人が自己につきて誇る心を幾分でも持つならば、それは神に帰すべき栄光を自己に帰する事である。