ヨハネ伝第17章
分類
4 受難週
12:1 - 19:42
4-3 大祭司としてのイエスの祈
17:1 - 17:26
4-3-1 自己の栄光のための祈
17:1 - 17:5
註解: 弟子たちに対する
袂別 を終えてイエスはそのまさに完成せられんとする救済の御業を思いて自ら心は天の神に向けられた。而してここに大祭司としての祈りが捧げられたのである。而して1−5節は自己の栄光のため、6−19節は弟子のため、20節以下は後に加えらるべき信徒のための祈りである。この祈祷はイエスがまさにその業を完成し、自己を捧げて犠牲たらしめんとしたるその刹那の祈りであって、絶大なる愛をもって弟子たちおよび信者に対する保護と聖別と一致と完成と霊交とを父なる神に祈り給うたのである。この祈りをもってイエスは己を十字架に釘 け給うた。ゆえにこの祈りを読む者も、イエスに従いて彼と共に祈り、彼と共に十字架に釘 くの心をもってして始めてその真意を解することができるのであって、註解をもってこれを説明することはできない。「本章は全聖書中語として最も容易であるけれども、その意味する観念としては最も深い」(B1)。
17章1節 イエスこれらの
口語訳 | これらのことを語り終えると、イエスは天を見あげて言われた、「父よ、時がきました。あなたの子があなたの栄光をあらわすように、子の栄光をあらわして下さい。 |
塚本訳 | イエスはこれらのことを話されると、目を天に向けて(祈って)言われた、「お父様、いよいよ時が来ました。子があなたの栄光をあらわすために、どうか(子を十字架につけて、)子に栄光を与えてください。 |
前田訳 | これらを話してからイエスは天を見あげていわれた、「父上、時が来ました。あなたの子を栄化してください、子があなたを栄化するために。 |
新共同 | イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。 |
NIV | After Jesus said this, he looked toward heaven and prayed: "Father, the time has come. Glorify your Son, that your Son may glorify you. |
註解: イエスは時に平伏して祈り、時に目を挙げて天を仰ぎつつ祈り給うた。各その場合に適せる自由なる態度を取り給うたのである (マタ26:39。ヨハ11:41、ヨハ17:1。なおルカ18:13。使7:55参照) 。必ずしもこの場合室外に出てまたは窓より天を望み給えるものと解する必要はない。唯イエスの態度が天を仰ぐの態度であったことを示す。
『
註解: 「父よ」はアラミ語の「アバ」でこの祈りの中に六度あらわれており(1、5、11、21、24、25節)みな祈りの中の主要の問題と関連を持っている。「時」はイエスの死して栄光に入り給うべき時であり、イエスはこの栄光を与えられて復活昇天せんことを父に祈った。蓋しこれによりて十字架の死が虚しき死にあらずして万民を救わんための父の御旨なることが証拠立てられ、父の栄光が顕わされるからである。イエスは単にこの栄光としてこれを欲し給うたのではない。(第4節参照)
辞解
[栄光を顕す] 原語 doxazô = glorify 「栄める」ことである。
17章2節
口語訳 | あなたは、子に賜わったすべての者に、永遠の命を授けさせるため、万民を支配する権威を子にお与えになったのですから。 |
塚本訳 | あなたは、子に下さいました者に一人のこらず永遠の命を与えさせるため、全人類を支配する全権を子に与えられたのですから。 |
前田訳 | あなたは全人類への権威を子にお与えでした、あなたが子にお与えのものすべてに永遠のいのちを与えるために。 |
新共同 | あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。 |
NIV | For you granted him authority over all people that he might give eternal life to all those you have given him. |
註解: 前節の祈りの至当なることの理由をイエスは本節において述べ給うた。すなわち「万民の上に権威」(直訳)を与えられ給いし御子として、死に打ち勝ちて栄光の生涯に入り給うことは当然の必要である。而してこの権威はイエスが私欲を充たさんためのものにあらずして、父より賜りし凡ての人々に永生を与えんがためのものである以上なおさらのことである。すなわちイエスが死より甦りて父の御許に栄光の生涯に入らんことを祈り給えることは極めて至当の事柄であった。
辞解
[汝より賜はりし] 父引き給うにあらずばキリストに来る者はない(引照3)。
[萬民] 原語「凡ての肉」ヘブル語の用法で万民を意味し、この際万民の復活を語らんがために最も適当の用語であった。
17章3節
口語訳 | 永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。 |
塚本訳 | 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。 |
前田訳 | 永遠のいのちとは、ただひとりの真の神にいますあなたとあなたがおつかわしのイエス・キリストを知ることです。 |
新共同 | 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。 |
NIV | Now this is eternal life: that they may know you, the only true God, and Jesus Christ, whom you have sent. |
註解: イエスはここに永遠の生命についての讃美ともいうべき一節をその祈りの中に述べ給うた。すなわち永遠の生命とは唯何らかの生命の単なる永続ではない。もしかかるものであるならばそれは無意味にしてかつ詛わるべきものたるに過ぎない。永遠の生命は実は「汝唯一の真の神」を知ることである。この「知る」とは単に理知をもってする承認ではなく人格的の理解であって、従って直ちに信頼の情となる処のものである。「唯一の真の神」なる語によって他の凡ての神々および偶像を排斥して信仰の中心を明らかにし給うた。「汝の遣わし給いしイエス・キリスト」をこれに加うることによりてキリストは神より遣わされ給いし独立の人格に在すことを示すと同時に、また唯一の神に在すことを示し、彼を知ることなしに神を知ることができず、彼を信ぜずして永遠の生命に与ること能わざることを示し給うた。ここに神学的説明としてに非ず、信仰の事実としキリストと神との二つにして一つに在すことの真理が闡明 せられているのである。イエスが常に人の子なる名称を用い給いしにかかわらず、ここに始めて御自身をイエス・キリストと呼び給いしことに関し、疑いを挿む人があるけれどもその必要はない。実にこの瞬間はイエスおよび全人類にとって最も特別の瞬間であって、イエスは己の全資格を唯一度ありのままに示し給うことが必要であったのである。その後使徒を初め全キリスト教会は常にこの名をもって主を呼び奉った。
17章4節
口語訳 | わたしは、わたしにさせるためにお授けになったわざをなし遂げて、地上であなたの栄光をあらわしました。 |
塚本訳 | わたしは、わたしにさせようとして賜わりました仕事を成しとげて、地上にあなたの栄光をあらわしました。 |
前田訳 | わたしにするようお与えのわざを終えて、地上であなたを栄化しました。 |
新共同 | わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。 |
NIV | I have brought you glory on earth by completing the work you gave me to do. |
註解: イエスはここにその生涯を顧みその成し遂げし業を見て、そこに一つも欠くる処なく、父の賜いし凡ての業を完全に成就し給いしことを思い給うた。(十字架の死はなお未来のことに属していたとはいえ、イエスはこれをもすでに完成せられし業として取扱い給うた。)何人が自己につきかく断言し得るものがあろうか。かく断言し得るものは神に在せるキリストより外にない。而してかく完全に父の御業を成遂げ給いしことによりて父の栄光が著しく顕われたのである。これが次節の祈願の理由である。
17章5節
口語訳 | 父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今み前にわたしを輝かせて下さい。 |
塚本訳 | だからお父様、(今度は)あなたが、わたしの栄光を──世界が出来る前にあなたのところで持っていたあの栄光を──今、あなたのところで持たせてください。 |
前田訳 | 今は、父上、あなたがわたしをあなたのもとで栄化してください、世の存在する前にあなたのもとでわたしが持っていた栄光によって。 |
新共同 | 父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。 |
NIV | And now, Father, glorify me in your presence with the glory I had with you before the world began. |
註解: ヨハ1:1、2註参照。イエスはその復活と昇天とによりて万物の創造に先立てるロゴスとしての栄光に帰らしめられんことを父に祈願し給うたのである。ただしイエスがその栄光を捨て給いしは受肉の時であって(ピリ2:5以下)、万物の創造の時ではない。ゆえにここでは時の始まる前(万物創造によりて「時」が始まる)すなわち永遠の存在者としての栄光を意味する。またこの栄光は地上に歩み給えるイエスの栄光(ヨハ1:14)よりも一層完全なる栄光である。以上をもってイエスはその死を眼前に見つつ、その当然受け給うべき栄光につきて父に祈願し給うた。次節よりは弟子たちに関する祈願となる。▲「汝と偕に」は para soi で「汝の御側にて」の意。▲▲「御前にて」も同様 para seautô で「汝自身の御側にて」の意。
17章6節
口語訳 | わたしは、あなたが世から選んでわたしに賜わった人々に、み名をあらわしました。彼らはあなたのものでありましたが、わたしに下さいました。そして、彼らはあなたの言葉を守りました。 |
塚本訳 | わたしは、あなたがこの世から(選び出して)わたしに下さったこの人たち[弟子たち]に、あなたの名を──(あなたについての一切のことを)──知らせてやりました。彼らはもとあなたのものであったのに、わたしに下さったのです。彼らは(わたしが教えた)あなたの言葉を守りました。 |
前田訳 | 世からわたしにお与えの人々にあなたのみ名を示しました。あなたのものであった彼らをわたしにお与えでした。彼らはあなたのおことばを守りました。 |
新共同 | 世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与えてくださいました。彼らは、御言葉を守りました。 |
NIV | "I have revealed you to those whom you gave me out of the world. They were yours; you gave them to me and they have obeyed your word. |
註解: イエスの己の栄光を求め給いし所以は、これにより弟子たちをも全うして神の御業を成就せんがためであった。従って本節以下においてイエスは弟子たちにつき祈り給う。6−8節は弟子たちに対するイエスの働きと弟子たちの信仰を略述している。すなわち神は己に属する凡てのものをキリストに与え給い、キリストは彼らに彼自身を示すことによりて父の御名をあらわして彼らを信仰に導き、彼らは父の言を守りてその信仰を告白している。最も美わしき霊的関係である。
17章7節
口語訳 | いま彼らは、わたしに賜わったものはすべて、あなたから出たものであることを知りました。 |
塚本訳 | 今彼らは、あなたがわたしに下さったものは、(言葉も業も)何もかも皆、(人間からでなく)あなたから来たことを知りました。 |
前田訳 | 今彼らは、わたしにお与えのものがすべてあなたからであることを知りました。 |
新共同 | わたしに与えてくださったものはみな、あなたからのものであることを、今、彼らは知っています。 |
NIV | Now they know that everything you have given me comes from you. |
17章8節 (そは)
口語訳 | なぜなら、わたしはあなたからいただいた言葉を彼らに与え、そして彼らはそれを受け、わたしがあなたから出たものであることをほんとうに知り、また、あなたがわたしをつかわされたことを信じるに至ったからです。 |
塚本訳 | すなわち、わたしは賜わりました言葉を(そのまま)彼らに伝え、彼らはそれを受けいれて、わたしがあなたのところから出てきたことを本当に知り、あなたがわたしを遣わされたことを信じたのであります。 |
前田訳 | わたしにお与えのことばを彼らに与えました。彼らはそれらを受け、わたしがあなたからの出であると本当に知り、あなたがわたしをおつかわしのことを信じました。 |
新共同 | なぜなら、わたしはあなたから受けた言葉を彼らに伝え、彼らはそれを受け入れて、わたしがみもとから出て来たことを本当に知り、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じたからです。 |
NIV | For I gave them the words you gave me and they accepted them. They knew with certainty that I came from you, and they believed that you sent me. |
註解: 「我に賜ひしもの」はイエスの言、行、性質、使命、栄光などの凡てを含む。これらがみな父より出でしこと、すなわちイエスのキリストに在すことを弟子たちは知った。換言すれば弟子たちは神の言を守るのみならず(前節)またイエスの神の子たること(汝より出たること)を知り、またその使命(汝の我を遣わし給いしこと)を信じ、またイエスの言が父イエスに在りて語り給うことを知ってこれを受けたからである(ヨハ12:49、50)。
17章9節
口語訳 | わたしは彼らのためにお願いします。わたしがお願いするのは、この世のためにではなく、あなたがわたしに賜わった者たちのためです。彼らはあなたのものなのです。 |
塚本訳 | わたしがお願いするのは、この人たちのためであります。この世の(一般の人々の)ためでなく、わたしに下さった人たちのために、お願いするのです。というのは、(第一には、)あの人たちはあなたのもの、 |
前田訳 | わたしは彼らのためにお願いします。世のためではなく、あなたがわたしにお与えの人々のためにお願いします、彼らはあなたのものですから。 |
新共同 | 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。 |
NIV | I pray for them. I am not praying for the world, but for those you have given me, for they are yours. |
註解: キリストの願いはまず第一に専ら弟子たちのために神に向けられた。「世のためにあらず」とはこの願いの特に神の御心に留まるべきものなることを示しているのであって、世の審判または滅亡への予定または世のための執成しの否認を意味しているのではない。すなわち第一の理由として神よりイエスに賜りし神のものたる弟子たちのためなれば特に心を用い給わんことを祈っているのである。
17章10節
口語訳 | わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものはわたしのものです。そして、わたしは彼らによって栄光を受けました。 |
塚本訳 | ──わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものは(皆)わたしのものであります。──また、わたしは彼らによって(あなたの子と信じられ)栄光を受けたからであります。 |
前田訳 | わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものはわたしのものです。彼らによってわたしは栄化されました。 |
新共同 | わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。 |
NIV | All I have is yours, and all you have is mine. And glory has come to me through them. |
註解: 前節後半の詳述であって、父と子との万物共有の真理を示す。これが弟子たちのために祈る第一の理由である。その弟子をかくして父の保護に托する彼の愛を思うべきである。
註解: 弟子たちのために祈願する理由の第二である。すなわち弟子たちはイエスを信じ、彼の福音を宣伝え、彼のために殉教の死を遂げ(イエスは未来に起るべき事柄を現在の事実として取扱い給うことが多い。M0)、かくしてイエスの栄光を顕わした。それ故に彼らのために祈り給うた。
17章11節
口語訳 | わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世に残っており、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに賜わった御名によって彼らを守って下さい。それはわたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。 |
塚本訳 | また第二には、わたしはもうこの世にいなくなります。彼らはこの世にのこっており、わたしはあなたの所に行ってしまいます。(だから)聖なるお父様、どうか(彼らに知らせるため)わたしに下さいましたあなたの名で、(あとにのこっている)彼らをお守りください。わたし達(あなたとわたし)のように、彼らが一つとなるためであります。 |
前田訳 | もはやわたしは世にいなくなり、彼らは世に残り、わたしはあなたのところへまいります。聖い父上、わたしにお与えのあなたのみ名で彼らをお守りください、われらのように彼らがひとつになるように。 |
新共同 | わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。 |
NIV | I will remain in the world no longer, but they are still in the world, and I am coming to you. Holy Father, protect them by the power of your name--the name you gave me--so that they may be one as we are one. |
註解: これが弟子たちのために祈る第三の理由である。すなわちイエスが弟子たちを離れ去るが故に、特に彼らを父に托することの必要が切迫したのであった。
註解: 「聖なる」を附加した所以は弟子たちの住む穢れし世との対照を明らかにせんためである。イエスの弟子たちのために祈り給いし第一の祈りは「父の御名の中に」すなわち神の御名が崇められ(マタ6:9)父の愛が支配する世界の中に、換言すればこの世より全く聖別せられし世界に弟子たちを保ち護り給わんことであった。而してその目的は彼らがみな心を一つにし、信仰を一つにし相愛し、また父と子とを愛して一団となるがためである。この霊的一致はすでに神とキリストとの間には完全に実現していた。
辞解
[我に賜ひたる御名] キリスト、神を父と呼び給いしことを意味する。異本には「我に賜いたる彼ら」とあり。
17章12節
口語訳 | わたしが彼らと一緒にいた間は、あなたからいただいた御名によって彼らを守り、また保護してまいりました。彼らのうち、だれも滅びず、ただ滅びの子だけが滅びました。それは聖書が成就するためでした。 |
塚本訳 | わたしが一しょにいた間は、わたしに下さいましたあなたの名で彼らを守り、また保護していました。だから彼らのうちだれ一人滅びた者はありません。ただ聖書が成就するために、あの滅びの子(ユダ)が滅びただけです。 |
前田訳 | 彼らといっしょのとき、わたしにお与えのあなたのみ名で彼らを守り、つつがなくしまして、彼らのだれひとり滅びませんでした。滅びの子は別ですが、それは聖書が成就するためです。 |
新共同 | わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。 |
NIV | While I was with them, I protected them and kept them safe by that name you gave me. None has been lost except the one doomed to destruction so that Scripture would be fulfilled. |
註解: イエスこの世に居給いし間は弟子たちを父に対する信仰と父との交わりの中に保ち、完全に父の御名の中に保存しかつ保護し給うた(ヨハ18:9)。(イエスはここにも未来をも過去の事実の中に包含している。)この父の御名をば神はイエスに与えて父を示さしめ給うた。而してイスカリオテのユダ一人を除いては一人も亡びに行ったものはない。然のみならずユダの滅亡もイエスの保護が不完全であった為ではなく、聖書(詩41:9)の預言が成就せんため、すなわち神の御旨によるのであった。かくまで愛護を垂れ給える弟子たちを離れんとし給う場合に当りて、イエスはその保護を神に祈らざるを得ない。
17章13節
口語訳 | 今わたしはみもとに参ります。そして世にいる間にこれらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らのうちに満ちあふれるためであります。 |
塚本訳 | しかしわたしは今あなたの所に行きます。(だから彼らのことをお願いします。)そして(まだ)この世にいる間にこれを申し上げるのは、(彼らがこの祈りをきいて、自分たちがあなたに守られていることを信じ、)わたしのもっている喜びを、彼らも自分で完全にもつことが出来るためであります。 |
前田訳 | 今あなたのところにまいります。これらを世にあるうちにいうのは、彼らのうちにわがよろこびが満たされるためです。 |
新共同 | しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。 |
NIV | "I am coming to you now, but I say these things while I am still in the world, so that they may have the full measure of my joy within them. |
註解: イエスはこの世においてすなわち弟子たちの前にてこの祈りをささぐる所以は、イエスの昇天の後にも弟子たちは失望落胆することなく、彼らの心中にこのイエスの喜び(ヨハ15:11註)が充たされ、たといイエスが父の許に赴き給うとも弟子たちが喜びの中にいることができるようにとの愛心からである。
辞解
[語る] lalein は大声にて語ること。
17章14節
口語訳 | わたしは彼らに御言を与えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世のものでないように、彼らも世のものではないからです。 |
塚本訳 | 第三には、わたしは彼らにあなたの言葉を伝えました。(彼らはそれを受け入れました。)するとこの世は彼らを憎みました。わたしがこの世のものでないように、彼らも(もはや)この世のものでないからであります。(だから彼らのことをお願いします。) |
前田訳 | わたしは彼らにおことばを与えました。すると世は彼らを憎みました。わたしが世の出でないように、彼らが世の出でないからです。 |
新共同 | わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。 |
NIV | I have given them your word and the world has hated them, for they are not of the world any more than I am of the world. |
註解: イエスは父に向って弟子たちのこの世における運命を訴え、而してかかる運命(ヨハ15:19参照)に逢う所以が父の御言を彼らに与えしがためなることを述べた。これによりて彼らをこの困難より守り給わんことを求め給うた。
17章15節 わが
口語訳 | わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。 |
塚本訳 | (しかし)わたしの願いは、彼らを(早く)この世から(安全な所に)移していただくことでなく──(彼らには果たすべき務めがあります)──悪い者(悪魔)から守っていただくことです。 |
前田訳 | わたしがお願いするのは、彼らを世からお移しになることではなく、悪からお守りになることです。 |
新共同 | わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。 |
NIV | My prayer is not that you take them out of the world but that you protect them from the evil one. |
註解: イエスは神に弟子たちを保護し給わんことを祈った。その保護の内容を本節が明らかにしているのである。前節のごとく世は弟子たちを憎んでいるけれども、イエスは弟子たちを死により、またはイエスと共に昇天することにより、或はその他の手段によりてこの世より他に移し給わんことを父に請わなかった。彼らはなおこの世において為すべき多くの仕事を有っていたのである。イエスの求め給いしことは神が彼らを守りて(12節)悪魔より救い出し給わんことで、この世において最も恐るべきものは悪魔の力であり、弟子たちも神の守護なしにはこれに対抗することができない。
辞解
[悪より] 「悪しき者より」とも訳すことができ、マタ6:13およびTヨハ2:13、14。Tヨハ3:12。Tヨハ5:18、19より見れば後者が優っている。「悪しき者」は悪魔のこと。
17章16節
口語訳 | わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。 |
塚本訳 | わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。 |
前田訳 | わたしが世の出でないように、彼らは世の出ではありません。 |
新共同 | わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。 |
NIV | They are not of the world, even as I am not of it. |
17章17節
口語訳 | 真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。 |
塚本訳 | どうか彼らを(その務めのために)真理で聖別してください。──あなたの言葉が真理であります。 |
前田訳 | 彼らを真理でお聖めください。あなたのおことばが真理です。 |
新共同 | 真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。 |
NIV | Sanctify them by the truth; your word is truth. |
註解: イエスは14、15節において弟子たちを悪魔より守り給わんことを請える後、ここにまた彼らを聖別せんことを祈り給うた。単に消極的に悪魔より救出されるのみにては足りない。さらに聖別せられてイエスが彼らに伝え給える真理すなわち神の言の中におり、この世の主義より絶縁しなければならない。
辞解
[潔め別つ] 「聖別する」と訳すべきであって、神殿用の器具のごとく専ら神のためのみに用いられることを意味する。本節の場合にも弟子たちが専ら福音の宣伝のために聖別せられることを意味する。ヨハ10:36辞解参照。
[真理にて] en tê alêtheia は「真理の中に」とも訳することができ(A1、M0、H0)この訳が最も適当と思われる、また「誠に」と訳する学者もある(C2、C1、T0、G1)。
17章18節
口語訳 | あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました。 |
塚本訳 | あなたがわたしをこの世に遣わされたように、わたしも彼らをこの世に遣わしました。 |
前田訳 | あなたがわたしを世におつかわしのように、わたしも彼らを世につかわしました。 |
新共同 | わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。 |
NIV | As you sent me into the world, I have sent them into the world. |
註解: 前節と本節および次節との関係は11節と12節の関係と同じく、弟子たちの聖別を請うて後その理由に及んでいるのであって、本節ではまずイエスが彼らに為し給えること、すなわち弟子たちを世に(eis = into)遣わして伝道を開始せしめ給うたことを示し、これが彼らの特に真理の中に聖別されることを必要とする所以であることを述べんとしているのである。
17章19節 また
口語訳 | また彼らが真理によって聖別されるように、彼らのためわたし自身を聖別いたします。 |
塚本訳 | わたしは彼らのために自分を(清い供え物として)ささげます。彼らも本当に聖別されるため、(そしてあなたの御用に立つ者となるため)であります。 |
前田訳 | 彼らのためにわたしはみずからを聖別します、彼らも真理によって聖別されるように。 |
新共同 | 彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。 |
NIV | For them I sanctify myself, that they too may be truly sanctified. |
註解: イエスは世に遣わされ給うたためにその全身を神に献げて聖別し給うた。これ弟子たちも彼と同じく真正の意味において聖別され全身全霊をキリストに献げて全人類の救済のために神の御用を勤めんがためである。イエスは己の力によって己を聖別し給うたけれども、弟子たちをば助け主なる聖霊を送りてこれを聖別し給う。
辞解
[真理にて] en alêtheia は17節と異なり(17節 en tê alêtheia )冠詞なく、従って「真に」「実際」等と訳すべきである。なおヨハ4:23。マタ22:16。Uコリ7:14。コロ1:6。Tヨハ3:18。Uヨハ1:1、Uヨハ1:3、4。Vヨハ1:1、Vヨハ1:3、4も同様なり(A1、G1、M0、Z0等)。
17章20節
口語訳 | わたしは彼らのためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じている人々のためにも、お願いいたします。 |
塚本訳 | しかし(すでに信じている)この人たち(弟子たち)のためだけでなく、(これからさき)その言葉によって、わたしを信ずる人たちのためにもお願いします。 |
前田訳 | わたしがお願いするのは彼らのためばかりでなく、彼らのことばによってわたしを信ずるもののためにもです。 |
新共同 | また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。 |
NIV | "My prayer is not for them alone. I pray also for those who will believe in me through their message, |
註解: 弟子たちの聖別の結果、その伝道によりてキリストを信ずる者に対してイエスはここにその祈願を述べ給う。
口語訳 | 父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、世が信じるようになるためであります。 |
塚本訳 | ──どうか、みんなの者が一つとなりますように。どうか、お父様、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにおると同じく、彼らもみなわたし達[あなたとわたし]におりますように。これはあなたがわたしを遣わされたことを、この世に信じさせるためであります。 |
前田訳 | すべてがひとつであるように、父上、あなたがわたしにあり、わたしがあなたにあるように、彼らもわれらにあり、あなたがわたしをおつかわしと世が信じますように。 |
新共同 | 父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。 |
NIV | that all of them may be one, Father, just as you are in me and I am in you. May they also be in us so that the world may believe that you have sent me. |
註解: 凡ての信徒が(使徒も平信徒も)みな霊的一致の状態を保つのがイエスの切なる願いであった(ロマ12:16、ロマ15:6。Tコリ1:10。ピリ2:2。エペ4:3)。
註解: 彼らが一つとなるがためにはその最高の模範としてキリストはその父との霊交を示して、彼らもかくのごとき態度をもって神とイエスの中に居らんことを望み給うた。ゆえにこの一致は神とキリストとの関係のごとく愛と服従の霊的関係であって教理や形式上の一致ではない。▲口語訳の如く「父よなんぢ我に在し我なんぢに居るごとく」を「皆一つとならん為なり」にかけて訳す方が原文に忠実である。
註解: 凡ての信徒が上述のごとき意味において完全にして美わしき霊的一致を保ち、神とキリストとの霊の交わりにおいて生き、また働くならば、世は彼らを見てキリストの神より遣わされし神の子に在すことと、神が彼らを救わんがためにキリストを遣わし給えることを知るに至るであろう。
17章22節
口語訳 | わたしは、あなたからいただいた栄光を彼らにも与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。 |
塚本訳 | またわたしは、あなたがわたしに下さいました栄光(──この世にあなたの栄光を現わす力──)を、彼らに与えました。わたし達が一つであるように、彼らも一つとなるため、 |
前田訳 | あなたがわたしにお与えの栄光を彼らに与えました。われらがひとつのように、彼らもひとつになるためです。 |
新共同 | あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。 |
NIV | I have given them the glory that you gave me, that they may be one as we are one: |
註解: キリストの父より受けし栄光は「恩恵と真理」すなわち「愛と義」であった(ヨハ1:14註参照)。この恩恵と真理が発露して或は奇蹟となり(ヨハ2:11。ヨハ11:4)或は審判となり(ヨハ5:23)またはその十字架の死となり(ヨハ12:28。ヨハ13:31)また復活昇天となった。イエスはこの「愛と義」およびこれより生ずる凡ての能力を信徒の心にも頒ち与え賜い、これによりて神とキリストとが同質なるごとく信徒をも同じ性質のものたらしめ、かくして本質的(形式的にあらざる)一致を来さしめ給うた。
辞解
[栄光] この「栄光」の何を意味するやについては説多し。使徒職、奇蹟を行う力、父と子の霊交、未来の王国、神の愛を受くる状態。
17章23節
口語訳 | わたしが彼らにおり、あなたがわたしにいますのは、彼らが完全に一つとなるためであり、また、あなたがわたしをつかわし、わたしを愛されたように、彼らをお愛しになったことを、世が知るためであります。 |
塚本訳 | すなわち、わたしが彼らにおり、あなたがわたしにおられて、彼らが完全に一つとなるためであります。また(それによって、)あなたがわたしを(この世に)遣わされたこと、すなわちあなたはわたしを愛されたように彼らを愛されたことを、世の人に知らせるためであります。 |
前田訳 | わたしが彼らにあり、あなたがわたしにあって、彼らが全うされてひとつになるためです。そして、あなたがわたしをつかわされたこと、わたしを愛されたように彼らを愛されたことを世が知るためです。 |
新共同 | わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。 |
NIV | I in them and you in me. May they be brought to complete unity to let the world know that you sent me and have loved them even as you have loved me. |
註解: 前節の説明であって、神とキリストと信徒との間の霊的一致の状態はかくのごとくに完全なものでなければならないことを示す。▲この意味で今日の教会の分離は20−22節に対する明白な違反である。
註解: 一般信徒の表わす霊的一致により、世がキリスト者と神およびキリストとの関係を知ることができる。世の人の知ることを必要とする諸点は、キリストが神より遣わされ給いしメシヤなることと、神がその独り子を愛するごとき愛をもって彼を信ずる者を愛し給うということができる。もし世が真にこの深き愛を知ったならば、彼らは神を拒むことができないであろう。すなわち信徒の霊的一致は世に対する神の愛の証である。
17章24節
口語訳 | 父よ、あなたがわたしに賜わった人々が、わたしのいる所に一緒にいるようにして下さい。天地が造られる前からわたしを愛して下さって、わたしに賜わった栄光を、彼らに見させて下さい。 |
塚本訳 | お父様、あなたがわたしに下さいました者もわたしがおる所に一しょにいて、わたしの栄光を見るようにしてやりたいのです。あなたは世の始まる前に(すでに)わたしを愛して、この栄光をわたしに下さいました。 |
前田訳 | 父上、わたしにお与えのものもわたしのいるところにいっしょで、わが栄光を見ることを望みます。この栄光は、あなたが世のはじめより前にわたしを愛してわたしにお与えでした。 |
新共同 | 父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。 |
NIV | "Father, I want those you have given me to be with me where I am, and to see my glory, the glory you have given me because you loved me before the creation of the world. |
註解: 「望むらくは」は「我欲す」であって、これまで祈りの言であったのを最後に己の意思を最も強く父に向って述べ給うたのである。而してイエスの最後の要求は、父より賜りて彼のものとせられし信者の凡てが、イエスと共に天国に座し、その栄光を受けてイエスの栄光を拝せんことであった。而してこのイエスの栄光は偉大なる栄光であって(22節註)その与えられし時よりいえば世の創造前であり、その与えられし原因よりいえば神のイエスに対する愛であった。信者がこの栄光を拝し自らもこれに与らんことをイエスは望み給うたのである。「このことはキリストの再臨の時に実現するであろう」(M0)。
17章25節
口語訳 | 正しい父よ、この世はあなたを知っていません。しかし、わたしはあなたを知り、また彼らも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知っています。 |
塚本訳 | 正しいお父様、この世はあなたを知りませんでした。しかし、わたしはあなたを知っており、(ここにいる)この人たち(弟子たち)も、あなたがわたしを遣わされたことを知りました。 |
前田訳 | 義にいます父上、世はあなたを知りませんでしたが、わたしは知りました。この人たちもあなたがわたしをおつかわしと知りました。 |
新共同 | 正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。 |
NIV | "Righteous Father, though the world does not know you, I know you, and they know that you have sent me. |
註解: 25、26節は祈りの結尾として正しき父に訴え、キリストを信ずる者に対して要求し給う大なる特権につき、その正当なることを正しき父に述べんとし給う。「知る」は単に神の在すことを知るごとき程度に非ず、神の御旨、その経綸、イエスに表われし神の本質をよく理解味得していること。而して世と、信者とは正反対の地位にに立っており、前者は父なる神を知らず、後者はキリストが神より遣わされしことを知っている(これ彼らの信仰による)。ゆえに、父を完全に知り給うイエスはこの後者、すなわち信ずる者にこの父を完全に知らしむことを得給うのである(次節)。キリストを信ずる者と世の人との間にかく根本的な相違がある以上、イエスの彼らに対する大なる要求は父これを与え給うであろう。
17章26節 われ
口語訳 | そしてわたしは彼らに御名を知らせました。またこれからも知らせましょう。それは、あなたがわたしを愛して下さったその愛が彼らのうちにあり、またわたしも彼らのうちにおるためであります」。 |
塚本訳 | わたしはこの人たちにあなたの名を知らせました。また(これから先も)知らせます。これは、わたしを愛してくださったと同じ愛が彼らにおり、わたしも彼らにおるためであります。(こうしてあなたと、わたしと、彼らとが、愛によって一つとなりたいのであります。)」 |
前田訳 | わたしはあなたのみ名を彼らに知らせました。また知らせましょう、わたしをお愛しの愛が彼らにあり、わたしも彼らにあるためです」と。 |
新共同 | わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」 |
NIV | I have made you known to them, and will continue to make you known in order that the love you have for me may be in them and that I myself may be in them." |
註解: イエスはこの地上に来りて道を伝え信ずる者に父(の御名)を知らしめ、父の御心をさとらしめ給い、後には聖霊の降臨によりて、また一層深くこれを彼らに知らしめ給うであろう。
これ
註解: イエスが彼を信ずる者に父を示し、父の御意を知らしめ給える目的は、彼らの中に父なる神と子なるキリストが聖霊によって宿り給わんがためであった。神の宮とされる信者こそ真に幸福なるものと言わなければならぬ。これがキリスト来りて我らを救い給う目的である。
辞解
[我を愛し給いたる愛] 神の愛(24節)。
要義 [イエスの祈]このイエスの祈りは徹頭徹尾単純素朴であって、かつ極めて崇高にして深遠なる神との霊交の中にあって語られ、彼を信ずる者に対する無限の愛がその中に発露しているのを見ることができる。彼に自身の栄光(1−5節)および弟子と(6−19節)一般信徒とのために(20−26節)執成し給うこの祈願は、実に神の子の祈願であると共にまた人の子の祈りであり、信頼と愛との最も美わしき流露である。「その響きたるや平明単純であり、その深さ、広さ、豊かさは到底これを計ることができない」(ルーテル)。ヤコブ・スペーネルはこの一章は到底普通の信仰をもって理解し得ざる深さを有するものとして、これを講解することをあえてしなかったとのことである。我ら祈りの心をもってこの一章を読む時、そこに我らの眼前に天国の光景がさながらに髣髴するを覚ゆるのである、かかる祈りによって父なる神の前に執成されるキリスト者は、最大の幸福を享有している者と言わなければならない。
ヨハネ伝第18章
4-4 イエスの受難
18:1 - 19:42
4-4-1 イエスの就縛
18:1 - 18:11
註解: 18、19の二章はイエスの受難の記事であって、著者ヨハネは他の三福音書を手にしつつ、彼独特の着眼点に従いでき得るだけ記事の重複を避け、他の福音書に対する補充の目的をもってこの二章を記していることが明らかに顕われている。ゲツセマネの祈りを省いたのもその一つである。
18章1節
口語訳 | イエスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。そこには園があって、イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。 |
塚本訳 | こう言ったあとイエスは、弟子たちと供に(都から)ケデロンの谷の向こうに出てゆき、そこにある園に入られた。弟子たちも一しょであった。 |
前田訳 | これらをいってイエスは弟子たちとケドロンの谷の向こうへ行き、そこにある園へ弟子たちと入られた。 |
新共同 | こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。 |
NIV | When he had finished praying, Jesus left with his disciples and crossed the Kidron Valley. On the other side there was an olive grove, and he and his disciples went into it. |
註解: 第13章の終りと連絡している。
辞解
[ケデロンの小川] ケデロンの谷にあり(引照参照)今は水なし。エルサレムの東、橄欖 山と神殿地域との間を南北に走り、南はヒンノムの谷に連なる。エルサレムより橄欖 山またはベタニヤに行くにはその上に架せる橋によりてケデロンの谷を渡る。渡りて少し行けば路傍に小園あり橄欖 の古木を植付けあり、これがゲツセマネの園(マタ26:36等)なりとの伝説がある。確実のものであろう。
18章2節 ここは
口語訳 | イエスを裏切ったユダは、その所をよく知っていた。イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである。 |
塚本訳 | イエスはそこでたびたび弟子たちと集まられたので、イエスを売るユダもこの場所を知っていた。 |
前田訳 | 背くユダもその場所を知っていた。イエスがたびたび弟子たちとそこに集まられたからである。 |
新共同 | イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。 |
NIV | Now Judas, who betrayed him, knew the place, because Jesus had often met there with his disciples. |
註解: イエスは少しもその危険を逃れんとし給わず、この日も平常のごとくに行動し給うた。ユダもこの点よりイエスの所在を知ることができたのである。この園は特にかかる集合や祈りに適した場所であったらしい。学者によりてはこの園の持主がイエスの知人であったろうと想像する人もいる。
18章3節 かくてユダは
口語訳 | さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。 |
塚本訳 | ユダは一部隊の兵と、大祭司連およびパリサイ人すなわち最高法院から派遣された下役らとを引き連れ、ランタンや松明や武器を持って、そこに来た。 |
前田訳 | ユダは兵隊と大祭司とパリサイ人の手下を連れ、燈(あかり)や松明(たいまつ)や武器を持ってそこに来た。 |
新共同 | それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。 |
NIV | So Judas came to the grove, guiding a detachment of soldiers and some officials from the chief priests and Pharisees. They were carrying torches, lanterns and weapons. |
註解: 俗界の力を代表する兵士、霊界の力を代表する下役、燈火武器等凡ての準備を整えてイエスを捕えんとした。しかしながら光と力の源に在すイエスに対していかにその貧弱なるかを見よ。
辞解
[一組の兵隊] speira はエルサレムの神殿の西北隅のアントニアの要塞に駐屯するローマ兵の一隊、またはその一部。他の福音書には兵隊に関する記事なく、祭司長ユダヤ人らがピラトを動かしてその兵隊を用いしめたのである。
[下役] hupêretai(ヨハ7:32、ヨハ7:45)はサンヘドリムの役員。
18章4節 イエス
口語訳 | しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか」。 |
塚本訳 | イエスはその身に起ろうとしていることを何もかも知っておられたので、園から出てきて彼らに言われる、「だれをさがしているのか。」 |
前田訳 | イエスは身の上に来ることすべてを知り、出かけて彼らにいわれる、「だれに用か」と。 |
新共同 | イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。 |
NIV | Jesus, knowing all that was going to happen to him, went out and asked them, "Who is it you want?" |
註解: イエスには凡てのことが明らかであったので少しも狼狽し給わず、かえって弟子たちを保護せんがために自ら進み出で給うた。ユダの接吻はイエスのこの質問より前に行われたものでヨハネはこれをも省略した(マタ26:49、50等)。
辞解
[進み出でて] exerchomai は「外に出でて」の意味、種々の解釈があるけれども園より外に出でての意味か(M0、G1)または園の奥の方より(ルカ22:41)出で給うた意味であろう(A1)。
18章5節
口語訳 | 彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである」。イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。 |
塚本訳 | 「ナザレ人イエスを」と答えた。彼らに言われる、「それはわたしだ。」イエスを売るユダも彼らと一しょに立っていた。 |
前田訳 | 彼らは答えた、「ナザレ人イエス」と。彼はいわれる、「わたしがそれだ」と。彼に背くユダも彼らといっしょに立っていた。 |
新共同 | 彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。 |
NIV | "Jesus of Nazareth," they replied. "I am he," Jesus said. (And Judas the traitor was standing there with them.) |
18章6節 『
口語訳 | イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。 |
塚本訳 | 彼らはイエスが「それはわたしだ」と言われた時、後ずさりして地に倒れた。 |
前田訳 | 「わたしがそれだ」といわれたとき、彼らはあとずさりして地に倒れた。 |
新共同 | イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。 |
NIV | When Jesus said, "I am he," they drew back and fell to the ground. |
註解: イエスのこの簡単なる御言の中に驚くべき力を含んでいた。あたかも神の稜威の前に何人も立つことができないと同じく(殊に良心に責められつつありしユダにとってはなおさら)、彼らはイエスの稜威の前に倒れた。
18章7節 ここに
口語訳 | そこでまた彼らに、「だれを捜しているのか」とお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスを」と言った。 |
塚本訳 | そこで「だれをさがしているのか」とかさねてお尋ねになると、「ナザレ人イエスを」と言った。 |
前田訳 | そこでふたたび彼らに問われた、「だれに用か」と。彼らはいった、「ナザレ人イエス」と。 |
新共同 | そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。 |
NIV | Again he asked them, "Who is it you want?" And they said, "Jesus of Nazareth." |
18章8節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「わたしがそれであると、言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちを去らせてもらいたい」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「『それはわたしだ』と言ったではないか。だから、もしわたしをさがしているのなら、この人たちに手をつけるな。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わたしがそれだといったのに。もしわたしを探しているのなら、この人々が去るままにせよ」と。 |
新共同 | すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」 |
NIV | "I told you that I am he," Jesus answered. "If you are looking for me, then let these men go." |
註解: 彼らの捕えんとする目的がイエスにあることを再び断言せしめて後イエスはその弟子たちの身の上を憂慮し給いて彼らを去らしめんことを求め給う。イエスの愛の深さはこの切迫せる刹那においてもその弟子たちを離れなかった。危険に際して雛鶏を掩 う親鶏のごとき態度である。
18章9節 これさきに『なんぢの
口語訳 | それは、「あなたが与えて下さった人たちの中のひとりも、わたしは失わなかった」とイエスの言われた言葉が、成就するためである。 |
塚本訳 | これは(神)がわたしに下さった者のうち、だれ一人滅ぼしませんでした」と、イエスの言われた言葉が成就するためであった。 |
前田訳 | これは「あなた(神)がわたしにお与えの人々のうちだれも滅ぼしませんでした」と彼がいわれたことが成就するためであった。 |
新共同 | それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。 |
NIV | This happened so that the words he had spoken would be fulfilled: "I have not lost one of those you gave me." |
註解: ヨハ17:12にイエスはその祈りの中に弟子たちの保護を神に托し給いて後あたかも過去における事実のごとくにして述べ給いし御言が、そのまま預言となってこの際に完成せられた。かくのごとく未来に関するイエスの凡ての約束と預言は完全に成就せられるであろう。なおヨハ17:12の文句をそのままに引用せざることに注意せよ。字句の拘泥せる逐字霊感説のごときはヨハネの思想中には存在しなかった。
18章10節 シモン・ペテロ
口語訳 | シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。 |
塚本訳 | するとシモン・ペテロは、持っていた剣を抜いて大祭司の下男に切りつけ、右の耳を切り落としてしまった。下男の名はマルコスといった。 |
前田訳 | すると、剣を持っていたシモン・ペテロはそれを抜いて大祭司の僕に切りつけ、その右の耳を切り落とした。僕の名はマルコスであった。 |
新共同 | シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。 |
NIV | Then Simon Peter, who had a sword, drew it and struck the high priest's servant, cutting off his right ear. (The servant's name was Malchus.) |
註解: 師に対する熱愛と性急なる素質とを有つペテロの性格を遺憾なくこの行動に表わしている。他の三福音書はペテロの名を逸しており(その理由についてはマタ26:51註参照)、ヨハネは目撃者としてこれを知っていたのでここにこれを補充し、かつ後に起るべきペテロの躓きとの対照を示している。マルコスの名もヨハネ伝のみに記されている。かかる一奴僕の名をヨハネがいかにして知っていたかについては、15節の「他の一人の弟子」がこれを告げしものと想像することができる。
18章11節 イエス、ペテロに
口語訳 | すると、イエスはペテロに言われた、「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」。 |
塚本訳 | イエスはペテロに言われた、「剣を鞘におさめよ。父上が下さった杯、それを飲みほさないでよかろうか!」 |
前田訳 | イエスはペテロにいわれた、「剣を鞘におさめよ。父がわたしにお与えの杯を飲まずに済まされるか」と。 |
新共同 | イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」 |
NIV | Jesus commanded Peter, "Put your sword away! Shall I not drink the cup the Father has given me?" |
註解: イエスはゲツセマネの園の祈りにおいてその受くべき苦杯を免ぜられんことを父に切願したけれども容 されず、この酒杯を飲み干すことが父の御旨なることをさとり給うた(マタ26:36−46)。正義は肉的手段、物質的の力によりて擁護される必要はない。肉の眼に敗れしがごとくに見えても正義は正義自身の力によって勝つ、ゆえにイエスは暴力に訴えんとせるペテロを遮り給うた。
辞解
[収めよ] bale ...... eis ......で「投込め」のごとき強き語調。
18章12節 ここにかの
口語訳 | それから一隊の兵卒やその千卒長やユダヤ人の下役どもが、イエスを捕え、縛りあげて、 |
塚本訳 | そこで一部隊の兵と千卒長とユダヤ人の(最高法院の)下役らとは、イエスをつかまえて縛り、 |
前田訳 | そこで兵隊と千卒長とユダヤ人の手下はイエスを捕えて縛り、まずアンナスのところへ引いて行った。 |
新共同 | そこで一隊の兵士と千人隊長、およびユダヤ人の下役たちは、イエスを捕らえて縛り、 |
NIV | Then the detachment of soldiers with its commander and the Jewish officials arrested Jesus. They bound him |
18章13節
口語訳 | まずアンナスのところに引き連れて行った。彼はその年の大祭司カヤパのしゅうとであった。 |
塚本訳 | まずアンナスの所に引いていった。アンナスはその年の大祭司であったカヤパの舅だったからである。 |
前田訳 | 彼はその年の大祭司カヤパの舅であったからである。 |
新共同 | まず、アンナスのところへ連れて行った。彼が、その年の大祭司カイアファのしゅうとだったからである。 |
NIV | and brought him first to Annas, who was the father-in-law of Caiaphas, the high priest that year. |
註解: 共観福音書にはアンナスの許における訊問の記事がない。なお15−27節の記事につき共観福音書と本書との関係において生ずる困難は15−23節の記事はアンナスの邸において起れる事柄なりや、またカヤパの邸における訊問なりやの問題であって、(1)前者なりとすれば15、16、19、22節にある「大祭司」なる文字は13節の説明と矛盾してアンナスを指すこととなり、この語のヨハネ伝全体の用例と異なる(ただしシューラーも証明するごとく、退職せる大祭司を大祭司と呼ぶ例は有った。ルカ3:2、使4:6)。また共観福音書にあるペテロの拒否の事実(マタ26:69−75等)の起りし場所とも矛盾する。(2)後者なりとすれば24節は13節の後に来る必要があり、また訊問の内容が共観福音書と著しく異なる。この困難を解決する推測説として、アンナスの邸とカヤパの邸が同一の庭を囲める邸宅なりしと仮定し、イエスはまずヨハネ伝にあるごとく大祭司の前にて予備的に訊問を受け給い、後に共観福音書のごとくカヤパの邸において正式の訊問を受け給い、ペテロの拒否はこの庭に出入する際に起りし事実と見ることによって、種々の困難を説明し去ることができる(G1、Z0、A1等)。
18章14節 カヤパはさきにユダヤ
口語訳 | カヤパは前に、ひとりの人が民のために死ぬのはよいことだと、ユダヤ人に助言した者であった。 |
塚本訳 | (さきに、)「一人の人が民(全体)に代わって死ぬ方が得である」とユダヤ人に入れ知恵したのは、このカヤパであった。 |
前田訳 | カヤパは、民のためにひとりの人が死ぬのは好ましいとユダヤ人に説いた人である。 |
新共同 | 一人の人間が民の代わりに死ぬ方が好都合だと、ユダヤ人たちに助言したのは、このカイアファであった。 |
NIV | Caiaphas was the one who had advised the Jews that it would be good if one man died for the people. |
註解: ヨハ11:49−53註、要義2参照。
18章15節 シモン・ペテロ
口語訳 | シモン・ペテロともうひとりの弟子とが、イエスについて行った。この弟子は大祭司の知り合いであったので、イエスと一緒に大祭司の中庭にはいった。 |
塚本訳 | さてシモン・ペテロともう一人の弟子とが、イエスについて行った。この弟子は大祭司(アンナス)と知合いだったので、イエスと一しょに大祭司の(官邸の)中庭に入っていったが、 |
前田訳 | シモン・ペテロともうひとりの弟子がイエスに従った。その弟子は大祭司と知り合いであったので、イエスとともに大祭司の官邸の中庭に入った。 |
新共同 | シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、 |
NIV | Simon Peter and another disciple were following Jesus. Because this disciple was known to the high priest, he went with Jesus into the high priest's courtyard, |
註解: 「他の一人の弟子」はヨハネ自身なりとの説を普通とすれど(M0、A1.P0、H0)、同じく匿名としても ヨハ13:23。ヨハ19:26。ヨハ20:2。ヨハ21:7、ヨハ21:20 の場合とはその用語を異にし、かつ定冠詞なきゆえを有ってこれをヨハネの兄弟ヤコブならんと解する学者もある(G1、Z0)。この推測が優っている。「大祭司」はここではルカ3:2。使4:6と同じくアンナスを指し「その年の大祭司」と区別している。ただし13節註に示せるごとくこの「庭」はアンナスとカヤパの邸によりて囲繞 せられている庭であったろう。
18章16節 ペテロは
口語訳 | しかし、ペテロは外で戸口に立っていた。すると大祭司の知り合いであるその弟子が、外に出て行って門番の女に話し、ペテロを内に入れてやった。 |
塚本訳 | ペテロは門の外に立っていた。大祭司と知合いの(さきの)もう一人の弟子が出てきて、門番の女に話して、ペテロをつれて入った。 |
前田訳 | ペテロは門の外に立っていた。大祭司と知り合いのあのもうひとりの弟子が出て来て門番の女に話し、ペテロを連れて入った。 |
新共同 | ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。 |
NIV | but Peter had to wait outside at the door. The other disciple, who was known to the high priest, came back, spoke to the girl on duty there and brought Peter in. |
註解: 師を思うこと厚きペテロの苦痛を察し、ヤコブは門番の女との面識を利用してペテロを門内に入れた。
辞解
[門を守る女] ユダヤの邸宅には門番として女を用いている場合が多かった(使12:13)。
18章17節
口語訳 | すると、この門番の女がペテロに言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではありませんか」。ペテロは「いや、そうではない」と答えた。 |
塚本訳 | するとこの門番の女中がペテロに言う、「まさかあなたも(イエスとかいう)あの人の弟子ではあるまいね。」「もちろん」と彼が言う。 |
前田訳 | そこで門番の女中がペテロにいう、「あなたもあの人の弟子のひとりではありませんか」と。彼はいう、「そうではない」と。 |
新共同 | 門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。 |
NIV | "You are not one of his disciples, are you?" the girl at the door asked Peter. He replied, "I am not." |
註解: 自己の安全を求むる心、イエスを告白するを恥とする心、一時を誤魔化すことを利益と考うる心等がペテロを支配してこの罪に陥らしめたのである。而して常にイエスに眼を注がざる者は不用意の問いにこの試みに遭いて失敗する。ペテロのごときもその例である。
18章18節
口語訳 | 僕や下役どもは、寒い時であったので、炭火をおこし、そこに立ってあたっていた。ペテロもまた彼らに交じり、立ってあたっていた。 |
塚本訳 | 寒かったので、下男や下役らが炭火をおこして、たってあたっていた。ペテロも一しょに立ってあたっていた。 |
前田訳 | 僕や手下は立っていて、寒かったので炭火をおこしてあたっていた。ペテロも彼らといっしょに立ってあたっていた。 |
新共同 | 僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。 |
NIV | It was cold, and the servants and officials stood around a fire they had made to keep warm. Peter also was standing with them, warming himself. |
註解: 邸内にてはイエス訊問を受けつつあった。その間庭内にて暖を取りつつある一団の光景がここに如実に描かれている。
辞解
[僕] 家庭における使用人、「下役」は大祭司の職務上の使用人を意味する。
18章19節 ここに
口語訳 | 大祭司はイエスに、弟子たちのことやイエスの教のことを尋ねた。 |
塚本訳 | 大祭司(アンナス)はイエスに、その弟子のことや、その教義のことを尋ねた。 |
前田訳 | さて、大祭司はイエスに弟子たちや教えについてたずねた。 |
新共同 | 大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。 |
NIV | Meanwhile, the high priest questioned Jesus about his disciples and his teaching. |
註解: 大祭司の恐れる点はイエスが悪しき教えをもって人々を迷わしてその弟子とする点にあった。ゆえにこの二つの点について質問を発したのでえある。この質問を発せる大祭司はアンナスであって(M0、E0)、カヤパ(G1、Z0)ではない。
18章20節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「わたしはこの世に対して公然と語ってきた。すべてのユダヤ人が集まる会堂や宮で、いつも教えていた。何事も隠れて語ったことはない。 |
塚本訳 | イエスは答えられた、「わたしは世間にむかって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる礼拝堂や宮で教えて、何一つ隠れて話したことはない。 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わたしは公に世に向かって話した。ユダヤ人が皆集まる会堂や宮でいつも教え、隠れて話したことはひとつもない。 |
新共同 | イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。 |
NIV | "I have spoken openly to the world," Jesus replied. "I always taught in synagogues or at the temple, where all the Jews come together. I said nothing in secret. |
18章21節
口語訳 | なぜ、わたしに尋ねるのか。わたしが彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。わたしの言ったことは、彼らが知っているのだから」。 |
塚本訳 | (今ごろ)わたしに何を尋ねるのか。何をわたしが話したかは、聞いた人たちに尋ねたがよかろう。そら、この人たちはわたしの言ったことを知っているはずだ。」 |
前田訳 | 何をわたしにたずねるのか。わたしが話したことは聞いた人々にたずねよ。このとおり、これらの人々がわたしがいったことを知っているはず」と。 |
新共同 | なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」 |
NIV | Why question me? Ask those who heard me. Surely they know what I said." |
註解: イエスの教え方は公然にして秘密ではない。ゆえに悪事を企画する秘密結社とは異なっている。従ってその宣伝の場所も屋根裏や地下室ではなく「宮と会堂」であり、その時は「常に」であって、特別の時期がなかった。ゆえに一般の人々の耳に公然に入っている。これらの人々に質問すればイエスの教えの性質はわかるはずであるとイエスは答え給うた。公明正大の教えを公然に教え給う以上、これを学びし弟子もまた一般的であり、特別の秘密結社ではない。ゆえに彼らについては答うる必要を感じ給わなかった。また弟子につき語り給わなかった所以は彼らを保護せんとの御心であったろう。イエスはこの答によりて、イエスを除かんとする大祭司らの思想をその根本において破壊し給うたのである。
18章22節 かく
口語訳 | イエスがこう言われると、そこに立っていた下役のひとりが、「大祭司にむかって、そのような答をするのか」と言って、平手でイエスを打った。 |
塚本訳 | こう言われたとき、(大祭司の)そばに立っていた下役の一人が、「大祭司殿にむかって何という口のきき方だ」と言いながら、イエスに平手打をくらわせた。 |
前田訳 | こういわれると、立っていた手下のひとりが「大祭司に向かってそんな答え方をするのか」といってイエスを平手で打った。 |
新共同 | イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。 |
NIV | When Jesus said this, one of the officials nearby struck him in the face. "Is this the way you answer the high priest?" he demanded. |
註解: 大祭司は教権の擁護者で、下役はその助手である。彼は大祭司に対しては忠勤を抽 でていたけれども、真理に叛逆する憐れむべき態度を取っているのである。彼はイエスの言が大祭司に反対することのみをもって悪しきものであると信じていたのである。憐れむべきは教権の走狗 となることである。
18章23節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「もしわたしが何か悪いことを言ったのなら、その悪い理由を言いなさい。しかし、正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「もしわたしが(大祭司に対して)無礼なことを言ったのなら、その無礼を証明せよ。しかし間違っていないなら、なぜ打つか。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わたしが悪いことをいったなら、その悪を証せよ。よければ、なぜ打つか」と、 |
新共同 | イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」 |
NIV | "If I said something wrong," Jesus replied, "testify as to what is wrong. But if I spoke the truth, why did you strike me?" |
註解: イエスの眼中に真理のみがあって大祭司も教権もなかった。教権に反抗することのみを以て彼の行動を悪しと決定することができない。その言そのものの善悪をもって判断しなければならなぬ。いずれの時代においても教権保持者は真理を迫害する。
18章24節 ここにアンナス、イエスを
口語訳 | それからアンナスは、イエスを縛ったまま大祭司カヤパのところへ送った。 |
塚本訳 | そこで、アンナスはイエスを縛ったまま、大祭司カヤパの所に送った。 |
前田訳 | アンナスはイエスを縛ったまま大祭司カヤパへ送った。 |
新共同 | アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。 |
NIV | Then Annas sent him, still bound, to Caiaphas the high priest. |
註解: 大祭司カヤパの邸におけるサンヘドリム(衆議所)にての訊問は共観福音書に詳記している。なお本節は種々の難問を生みし節であり、異本にはこれを13節の後に移したる形跡があるものもあり、またこの節を強いて過去の事実と解釈する見方もあるけれどもいずれも不可であって、文字通りに読んで差支えがない。なお12、13節註参照。
18章25節 シモン・ペテロ
口語訳 | シモン・ペテロは、立って火にあたっていた。すると人々が彼に言った、「あなたも、あの人の弟子のひとりではないか」。彼はそれをうち消して、「いや、そうではない」と言った。 |
塚本訳 | シモン・ペテロは(そこに)立って火に当っていた。すると人々は言った、「あなたもあれの弟子ではあるまいね。」「もちろん」と言ってペテロが打ち消した。 |
前田訳 | シモン・ペテロは立って火にあたっていた。すると人々が彼にいった、「あなたもあの人の弟子のひとりか」と。彼は打ち消していった、「そうではない」と。 |
新共同 | シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。 |
NIV | As Simon Peter stood warming himself, he was asked, "You are not one of his disciples, are you?" He denied it, saying, "I am not." |
註解: ペテロは18節と同じ場所に同じ地位にいるのであることは文勢上明らかであり、13節註の推測が正しきことがわかる。ペテロはここで二度主を否んだ。ペテロの心は主に対する愛と自己の安全を欲する心との混合であった。我らの心は二人の主に仕うることができない。かくすれば必ず私慾が最後の支配者となる。
18章26節
口語訳 | 大祭司の僕のひとりで、ペテロに耳を切りおとされた人の親族の者が言った、「あなたが園であの人と一緒にいるのを、わたしは見たではないか」。 |
塚本訳 | 大祭司の下男で、ペテロに耳を切り落された人の親族の者が言う、「たしかにわたしは、あなたがあの人と一しょに園にいるのを見たようだが。」 |
前田訳 | 大祭司の僕のひとりで、ペテロが耳を切り落とした人の身うちがいう、「あなたをあの人といっしょに園で見なかったろうか」と、 |
新共同 | 大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」 |
NIV | One of the high priest's servants, a relative of the man whose ear Peter had cut off, challenged him, "Didn't I see you with him in the olive grove?" |
口語訳 | ペテロはまたそれを打ち消した。するとすぐに、鶏が鳴いた。 |
塚本訳 | ペテロはまた打ち消した。するとすぐ鶏が鳴いた。 |
前田訳 | ペテロがふたたび打ち消すと、すぐにわとりが鳴いた。 |
新共同 | ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。 |
NIV | Again Peter denied it, and at that moment a rooster began to crow. |
註解: ヨハネは最も詳細にペテロの拒否の事情を録している。而して四つの福音書の各にこの同一事実の記載につき幾分ずつの差異があって、完全にこれを一致せしむることは困難であり、またその必要はない。ここでペテロは第三の拒否をなした際に、鶏が鳴いたために主の御言を思い浮かべて泣いたことが共観福音書に記されている(マタ26:75等)。ヨハネは当然のこととしてこれを略し、かえってその含蓄を多からしめている。
要義1 [教権保持者のイエスに対する態度]12−27節の記事によりて明らかなるごとく(殊にこれを補充するに共観福音書におけるカヤパ邸の審問をもってすれば一層明らかである。)大祭司・祭司長・パリサイ人らのイエスを除かんとする動機は、イエスの言の不真理なるがためにもあらず、その教権に対する反逆者、侵害者であると目したからであった。真理は真理そのものの力によって擁護せらるべきものであり、人間団結の力によって擁護せらるべきものではない。キリスト者にもし団結がありとすればそれは愛の団結であり、真理そのものの団結でなければならない。「これに過ぐるは悪より出づるなり」。
要義2 [ペテロの拒否に就て]マタ26:75要義参照。
18章28節 かくて
口語訳 | それから人々は、イエスをカヤパのところから官邸につれて行った。時は夜明けであった。彼らは、けがれを受けないで過越の食事ができるように、官邸にはいらなかった。 |
塚本訳 | 人々はイエスをカヤパのところから、総督官舎に引いていった。夜明けであった。しかし総督官舎には入らなかった。(異教人の家に入って身に)不浄をうけると、(その晩の)過越の食事をすることができなくなるからであった。 |
前田訳 | 人々はイエスをカヤパのところから総督邸へ引いて行った。それは夜明けであった。人々は総督邸に入らなかったが、それはけがされないで過越の食事をするためであった。 |
新共同 | 人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。 |
NIV | Then the Jews led Jesus from Caiaphas to the palace of the Roman governor. By now it was early morning, and to avoid ceremonial uncleanness the Jews did not enter the palace; they wanted to be able to eat the Passover. |
註解: 「過越の食をなさんため」は直訳「過越を食せんため」であって、普通ニサンの月の14日の夕より始まる過越の羔を食することの意味と解し、従ってすでに終れる食は真の過越の食にあらざることとなり、共観福音書と矛盾するものと解する説が多い。この説は一見正しきがごときも、異邦人の家に入りたるものは一日の間汚れるに過ぎず従って入浴することによりてその穢れを洗い、夕刻の過越を食することは不可能ではない。それ故にここでは15日以後に行われる犠牲を食うこと(申16:1以下。U歴35:6−12)を意味すと見るべきであろう。この場合は日中にこれを食う必要上彼らはその身を潔むることができず、従って官邸に入ることを躊躇したのである。なおヨハ19:42(19章末尾)附記「イエスの死に給いし日の計算」参照。▲「汚穢 を受けじとて・・・・・・入らず」は、口語訳「けがれを受けないで過越の食事ができるように」の方が正しい。
辞解
[官邸] praitorion は裁判を行う場合に総督の用いし場所である。
18章29節 ここにピラト
口語訳 | そこで、ピラトは彼らのところに出てきて言った、「あなたがたは、この人に対してどんな訴えを起すのか」。 |
塚本訳 | そこで、(総督)ピラトが彼らの所に出ていって言う、「いかなる廉でこの男を訴えるのか。」 |
前田訳 | そこでピラトは彼らのところに出て来ていう、「この人に対して何の訴えをするのか」と。 |
新共同 | そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。 |
NIV | So Pilate came out to them and asked, "What charges are you bringing against this man?" |
18章30節
口語訳 | 彼らはピラトに答えて言った、「もしこの人が悪事をはたらかなかったなら、あなたに引き渡すようなことはしなかったでしょう」。 |
塚本訳 | 彼らが答えて言った、「これが悪事をはたらいた男でなかったら、あなたに引き渡しはしません。(調べてください。)」 |
前田訳 | 彼らは答えた、「この人が悪をしなかったのならこの人をあなたに引き渡しはしません」と。 |
新共同 | 彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。 |
NIV | "If he were not a criminal," they replied, "we would not have handed him over to you." |
註解: ピラトが一方にローマの法律による正しき支配者たらんとしつつ、他方ユダヤ人の人望を失わざらんことに苦心し、一方に真理に対する敬意を持ちつつ、他方に利害に支配せられているその政治家的風貌は本節以下において明らかにこれを見ることができる。まずピラトは訊問せずに罰することを得ざることを明らかにしたのに対し、ユダヤ人らは訊問はすでに彼らによりて為されし故、ピラトは唯処罰すればそれでよろしとの態度に出ている。勿論彼らにもその民を審判し処罰する権利があるのに、ここに連れて来たのはイエスの悪が彼らの処罰の権を越えている証拠である。
辞解
[ピラト] ユダヤの第五代目の総督で、ローマ皇帝チベリウスとカリグラの時代に26−36年の間に支配していた。
18章31節 ピラト
口語訳 | そこでピラトは彼らに言った、「あなたがたは彼を引き取って、自分たちの律法でさばくがよい」。ユダヤ人らは彼に言った、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」。 |
塚本訳 | ピラトが言った、「(はっきりした罪名のないところを見ると、わたしが手を下すほどの事件ではなさそうだ。)お前たちがあれを引き取って、自分の法律で裁判するがよい。」ユダヤ人が(とうとう本音を吐いて)言った、「われわれには人を死刑に処する権限がありません。」 |
前田訳 | ピラトはいった、「あなた方が引き取って自分の法律で裁きなさい」と。ユダヤ人はいった、「われらには人を死に定める権利がありません」と。 |
新共同 | ピラトが、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言った。 |
NIV | Pilate said, "Take him yourselves and judge him by your own law." "But we have no right to execute anyone," the Jews objected. |
註解: ピラトは罪なきイエスを審 くことを好まず、ユダヤ人らをしてこれを行わしめんとした。ユダヤ人の心中すでにイエスを殺さんとする心があったので、ピラトのこの要求に応ずることができなかった。紀元三十年頃に死刑を執行するの権はユダヤ人より取り上げられローマ政府に帰した。
18章32節 これイエス、
口語訳 | これは、ご自身がどんな死にかたをしようとしているかを示すために言われたイエスの言葉が、成就するためである。 |
塚本訳 | これはイエスが(かねて、)自分はどんな死に方で死なねばならぬかを、暗示して言われた言葉が成就するためであった。(ユダヤ人は十字架でなく、石打ちで、死刑を行ったからである。) |
前田訳 | これはイエスがどんな死に方で死ぬべきかを示していわれたことばの成就するためであった。 |
新共同 | それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。 |
NIV | This happened so that the words Jesus had spoken indicating the kind of death he was going to die would be fulfilled. |
註解: ユダヤ人がイエスを殺す権威を有たなかった所以は、ステパノのごとくイエスが彼らに石で打たれるごときことなく、その預言し給える(ヨハ3:14。ヨハ12:32。引照参照)十字架の死、すなわち最も重き刑罰を人類全体のために受け給わんがためであった。▲凡てが神の導きであった。
18章33節 ここにピラトまた
口語訳 | さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。 |
塚本訳 | そこでピラトはまた総督官舎に入り、イエスを呼びよせて言った、「お前が、ユダヤ人の王か。」 |
前田訳 | ピラトはまた総督邸に入り、イエスを呼んでいった、「あなたはユダヤ人の王か」と。 |
新共同 | そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。 |
NIV | Pilate then went back inside the palace, summoned Jesus and asked him, "Are you the king of the Jews?" |
註解: ピラトは官邸を出入りしつつ外にいるユダヤ人と内にあるイエスとに応対していた。イエスの捕縛のためにピラトの兵隊を用いしを見るも、捕縛の理由として「イエスが己をユダヤ人の王となす」ものとしてピラトに示したのであろう。またルカ23:2によればユダヤ人はこのことをピラトに訴えた。従ってピラトはこの点につき質問を発した。
18章34節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「あなたは自分の考えでそう言われるのか、それともだれかほかの人たちが、わたしのことをそうあなたに言ったのか。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「自分からそういうのか、ほかの人々がわたしのことをあなたにそういったのか」と。 |
新共同 | イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」 |
NIV | "Is that your own idea," Jesus asked, "or did others talk to you about me?" |
註解: この答の如何によりてイエスの答も自ら異ならざるを得なかった。もしピラト自らの質問であったならば、ピラトは「ユダヤ人の王」の意味を地的の王と解するよりも他に解し方をしらないはず故、イエスは「否」と答え給うたであろう。もしユダヤ人がピラトに告げたのであったならっば、ユダヤ人はメシヤの意義を理解すべきはず故、イエスは「然り」と答え給うたであろう。而して35節に示すごとくこの場合は後者であったがために、イエスは37節のごとく「然り」と答え給うた。
18章35節 ピラト
口語訳 | ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。 |
塚本訳 | ピラトが答えた、「このわたしを、ユダヤ人とでも思っているのか。お前の国の人たち、ことに(その代表者の)大祭司連が、(その廉で)お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしでかしたのか。」 |
前田訳 | ピラトは答えた、「わたしがユダヤ人だというのか。あなたの民と大祭司があなたをわたしに引き渡したのだ。何をしたのか」と。 |
新共同 | ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」 |
NIV | "Am I a Jew?" Pilate replied. "It was your people and your chief priests who handed you over to me. What is it you have done?" |
註解: (▲▲「我はユダヤ人ならんや」は、「我はユダヤ人ではないじゃないか」の意、従って33節の質問はユダヤ人からきいて質問したに過ぎないことがわかる。)ピラトの答は激しかった。「ユダヤ人にあらざる我がいかで汝らの間のつまらない争論について自分で知っていようか、汝の国人祭司長らが汝を我に付し我は彼らからこのことを聞いたのである。いったい汝は何の悪事を為したのであるか、早く問題の要点を答えよ」という口調である。ピラトはあくまでもローマ人の実際家たる性質を示しており、ユダヤ人の狂信は彼の好まざる処であり、イエスの深き真理は彼の理解せざる処であった。
18章36節 イエス
口語訳 | イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。 |
塚本訳 | イエスが答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであったら、わたしの手下の者たちが、わたしをユダヤ人に渡すまいとして戦ったはずである。しかし実際のところ、わたしの国はこの世のものではない。」 |
前田訳 | イエスは答えられた、「わが王国はこの世のものではない。もしわが王国がこの世のものであったら、わたしの手下はわたしをユダヤ人に渡すまいと戦ったろう。本当にわが王国はここにはない」と。 |
新共同 | イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」 |
NIV | Jesus said, "My kingdom is not of this world. If it were, my servants would fight to prevent my arrest by the Jews. But now my kingdom is from another place." |
註解: 本節にイエスはその国の起源、権力の源を示すことによりて政治的の意味におけるこの世の国とは異なることを示している。「この世のものにあらず」(直訳「この世より出づるもの ek tou kosmou toutou にあらず」)とはこの地上に存在しないというのではない。神の国は確かにこの地上にも存在する。しかしながらその権力の源は天にあり、人間力、地的権力とは関係がない。その証拠として、もし地上の国であるならば、その僕や弟子たちがかれをムザムザユダヤ人に付してその手に死なしむるはずがない。必ず多くの弟子を集めてユダヤ人と戦ったであろう。その然らざりしは彼の国がこの世よりのものにあらざる証拠である。
18章37節 ここにピラト
口語訳 | そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」。 |
塚本訳 | そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。」 |
前田訳 | ピラトはいった、「それならやはり王なのか」と。イエスは答えられた、「あなたはわたしが王だといっている。わたしは真理について証するためにこの世に生まれ、そのためにこの世に来た。真理につくものは皆わが声を聞く」と。 |
新共同 | そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」 |
NIV | "You are a king, then!" said Pilate. Jesus answered, "You are right in saying I am a king. In fact, for this reason I was born, and for this I came into the world, to testify to the truth. Everyone on the side of truth listens to me." |
註解: 前にイエスが「我が国」と言い給いし故ピラトはこの質問を発したのである。而してイエスはこれを肯定し給うた。前節の条件より見てピラトがこれを誤解する恐れはなかったからである。
註解: 「生れ」はイエスの肉体に関し「世に来たれり」はキリストの使命に関している。これらの目的は霊界の王たらんがためであり、換言すれば真理そのものがイエスであるとして証を為さんがためであってこの世の権力をもってユダヤを支配せんがためではなかった。ここに「真理」とは哲学的、科学的真理ではなく、イエスによりて表わされし父なる神の本質であり愛と義とである。而してイエスは自身この「真理」に在し給うた。
註解: 「真理に属する者」は直訳「真理より出づる者」であってヨハ8:47の「神より出づる者」と同意義である。キリストは真理につき証し給うとも凡ての人がこれを信ずることができない。唯「父の我に賜うもの」「父の引き給う者」「父より聴きて学びし者」(ヨハ6:37、ヨハ6:44、45、ヨハ6:65)のみこれを信ずる。ゆえにイエスの弟子は政治的野心家にあらず、ローマ政府に対する叛逆者にあらず、唯真理より出づる者である。
口語訳 | ピラトはイエスに言った、「真理とは何か」。こう言って、彼はまたユダヤ人の所に出て行き、彼らに言った、「わたしには、この人になんの罪も見いだせない。 |
塚本訳 | ピラトがたずねる、「真理とは何か。」、ピラトはこう言ったのち、またユダヤ人の所に出ていって言う、「あの人にはなんらの罪も認められない。 |
前田訳 | ピラトはいう、「真理とは何か」と。こういってピラトはふたたびユダヤ入のところへ出て行っていう、「わたしはこの人に何の罪も認めない。 |
新共同 | ピラトは言った。「真理とは何か。」ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。 |
NIV | "What is truth?" Pilate asked. With this he went out again to the Jews and said, "I find no basis for a charge against him. |
註解: 政治家は真理の何たるかを知らず、真理によらず利害によりて行動する。利益なきものは彼らにとりて真理ではない。ピラトもこの種の一人であった。(注意)この一語はあらゆる意味をもってすべての人の口から叫びだされ得る語であろう。熱心なる真理の追求者も、真理を求めてこれを見出しかねている者も、真理を無視してこれとは全く別世界に住んでいる者も、真理を軽蔑しこれを嘲弄する者も、真理を嫌忌してこれを避けんとする者も、みな同じくこの語を発することができるであろう。而してピラトはその性格より判断するに、前述のごとくキリストの語り給える世界が、彼の心を支配している現世の物慾、権勢欲、巧智、奸計とはあまりに懸離れているので、全く相通ぜず、イエスをもって一の無益の空想家と考え、軽蔑と嫌忌の口吻を洩らしたものであろう。真理そのものなりしキリストを前に見つつ、この質問を発せしピラトの愚を思え。而して人はみなこのピラトの類である。
かく
註解: ピラトの政治的眼光に映ぜるイエスは無罪の空想家に過ぎなかった。彼はこの確信の下に一貫せる行動を取るべきであった。然るにユダヤ人の人望を博せんとの野心が彼をしてその汚名を後世に残さしむる原因となった。次節を見よ。
18章39節
口語訳 | 過越の時には、わたしがあなたがたのために、ひとりの人を許してやるのが、あなたがたのしきたりになっている。ついては、あなたがたは、このユダヤ人の王を許してもらいたいのか」。 |
塚本訳 | しかし、過越の祭の時にわたしが囚人を一人だけ(特赦によって)赦してやるのが、お前たちの慣例になっている。だから(この慣例によって、)あのユダヤ人の王を赦してやろうか。」 |
前田訳 | あなた方には、過越にひとりをゆるす慣例がある。それで、ユダヤ人の王をゆるしてやろうか」と。 |
新共同 | ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」 |
NIV | But it is your custom for me to release to you one prisoner at the time of the Passover. Do you want me to release `the king of the Jews'?" |
註解: この習慣の起源は不明である(マタ27:15註参照)。
されば
註解: ピラトは自己の確信をもって一貫せんとせず、ユダヤ人の合意を得て自己の方針を貫かんとした。而して彼は霊界の事柄に暗かったがために、ユダヤ人らがイエスに対する嫉妬より事が起りしを知りつつも(マタ27:18)、なお民衆の輿望 を擔 いおるものと考え、民衆はおそらくイエスを赦さんことを望むであろうと誤認した。
18章40節
口語訳 | すると彼らは、また叫んで「その人ではなく、バラバを」と言った。このバラバは強盗であった。 |
塚本訳 | 彼らはまたもや「その男ではない、あのバラバを!」と叫んだ。バラバは強盗であった。 |
前田訳 | 彼らは叫んだ、「この人でなく、バラバを」と。バラバは強盗であった。 |
新共同 | すると、彼らは、「その男ではない。バラバを」と大声で言い返した。バラバは強盗であった。 |
NIV | They shouted back, "No, not him! Give us Barabbas!" Now Barabbas had taken part in a rebellion. |
註解: この事実につきてはマコ15:6−11。ルカ23:14−19に一層詳細に記されている。
辞解
[また] この前にも民衆が叫び声をあげたことをヨハネが略したことの証拠である(ルカ23:1−5)。
[強盗] lêstês は凡て暴力をもって殺人強盗等の暴行をなす者を指す(マコ15:7。ルカ23:19参照)。
要義1 [民の声は神の声なりや]「民の声は神の声なり」の諺は必ずしも常に真理ではない。群衆は往々にして扇動者に乗せられ、または利慾に迷わされ、または大勢の赴く処に支配せられ、真に神の声を発することができず、かえって悪魔の声を発する場合がある。ピラトの官邸におけるイエスに関する民の声のごときは明らかに悪魔の声であった。ゆえに我らは民の声を聴くよりもまず神の声を聴くことが必要である。
要義2 [教権と政権]アンナスとカヤパは教権を代表し、ピラトとヘロデ(ルカ23:6−12)は政権を代表している。教権を擁護せんとする者、特に教権によりて衣食しまたは利益を獲得している者は、常に真理を迫害するの地位に立つことは、ユダヤ人の場合、カトリック教会の場合を見れば明らかである。真理はあくまでも真理そのものによりて立つべく神御自身の庇護の下に独立すべきであって、教権によって擁護される必要がない。而して教権によって始めて擁護される真理は真理ではない。
政権は真理に対する邪魔物であり、悪魔の道具である。政権は時にはコンスタンチンのごとく宗教を保護し利用することによって、宗教を堕落せしめその中より真理を去勢し、時にはピラトのごとくこれに無関心となるの結果、宗教に対して誤れる政策を採り、時にはドミチアンやネロのごとくこれを迫害することによって神の御業を妨げる。ゆえにできるだけ政権より独立することは真理の立つべき地位である。「我が国はこの世よりのものにあらず」とはこの意味においても重要なる言である。なおマタ4:8参照。