黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版黙示録

黙示録第10章

分類
3 この世の審判と救 4:1 - 18:24
3-(2) 第七の封印すなわち七つのラッパの審判 8:1 - 11:13
3-(2)-(第三挿景) 聖書の預言 10:1 - 10:11

註解: あたかも第六と第七の封印の中間に第七章の中間挿景があったと同様第六と第七のラッパの間にも10:1−11:13の中間挿景がある。この中間挿景は二つに分れ第一は強き天使と(ひら)きたる書の幻象であり(10章)、第二は二人の証人の幻象(11:1−13)である。これによりヨハネは一方に神の審判が進展しつつある間に他方に神の言の預言とその証人およびこれがために殉教の死を遂ぐる証人があることの光景を示す。なお注意すべきことはヨハネは黙4:1において天に上げられしもこの時地上に移っていることである(8、9節)。

10章1節 (われ)また一人(ひとり)(つよ)御使(みつかひ)(くも)()(てん)より(くだ)るを()たり。その(かしら)(うへ)(にじ)あり、その(かほ)()(ごと)く、その(あし)()(はしら)のごとし。[引照]

口語訳わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった。
塚本訳また私はもう一人(他)の強い天使が天から降りて来るのを見た──(私は何時の間にか地上に立っていた──彼は雲を(身に)纏い、虹を(冠として)頭上に戴いていた。またその顔は(さながら)太陽のよう、その足は火の柱のようで、
前田訳そしてわたしは見た。もうひとりの強い天使が雲に包まれて天からおりた。頭に虹をいただき、顔は太陽のようで、足は火の柱のようであった。
新共同わたしはまた、もう一人の力強い天使が、雲を身にまとい、天から降って来るのを見た。頭には虹をいただき、顔は太陽のようで、足は火の柱のようであり、
NIVThen I saw another mighty angel coming down from heaven. He was robed in a cloud, with a rainbow above his head; his face was like the sun, and his legs were like fiery pillars.
註解: 雲は神の車であり(黙1:7詩104:3)虹は神の契約で、その御座に輝く(黙4:3)。顔の日のごとくなるはキリストの御姿に類し(黙1:16)、火の柱のごとき足もまた然り(黙1:15)。これによりて見ればこの御使は神やキリストにあらずといえども、神とキリストより最も重要なる使命を与えられたる御使であり、神とキリストの栄光をもって耀いていることを知ることができる。

10章2節 その()には(ひら)きたる(ちひさ)(まき)(もの)をもち、(みぎ)(あし)(うみ)(うへ)におき、(ひだり)(あし)()(うへ)におき、[引照]

口語訳彼は、開かれた小さな巻物を手に持っていた。そして、右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、
塚本訳手には開いた小さな巻き物を持っていた。そして(全世界に跨がって立ち、)右足を海の上に、左足を地の上に置き、
前田訳手には開かれた小さな巻物を持つ。右足を海の上に、左足を地の上に置き、
新共同手には開いた小さな巻物を持っていた。そして、右足で海を、左足で地を踏まえて、
NIVHe was holding a little scroll, which lay open in his hand. He planted his right foot on the sea and his left foot on the land,

10章3節 獅子(しし)()ゆる(ごと)大聲(おほごゑ)(よば)はれり、[引照]

口語訳ししがほえるように大声で叫んだ。彼が叫ぶと、七つの雷がおのおのその声を発した。
塚本訳あたかも獅子が吼えるような大きな声で叫んだ。そして彼が叫んだ時、七つの雷がその声を出した。
前田訳獅子が吠えるように大声で叫んだ。叫ぶと、七つの雷がおのおのの声で語った。
新共同獅子がほえるような大声で叫んだ。天使が叫んだとき、七つの雷がそれぞれの声で語った。
NIVand he gave a loud shout like the roar of a lion. When he shouted, the voices of the seven thunders spoke.
註解: この天使は手に聖書を持ちその偉大なる体躯(からだ)をもって陸と海との間に跨っており大声に呼わっていた、その使命を全世界に伝えんとする貌である。
辞解
[(ひら)きたる小さき巻物] 黙5:1の封印せられし大なる巻物に比較しての意味。この巻物の何たるかにつきては(1)黙5:1以下の巻物の封印がすでに(ひら)かれしもの、(2)本書12章以下の部分(H0)、(3)ヨハネに関する特別の黙示(D0)、(4)エルサレムに関する神話、(5)福音(エリコツト)その他の諸説あれど(a)(ひら)きたる巻物にして何人もこれを読み得る点、(b)この御使の大なる栄光および(c)7節「預言者たちに示し給いし如く」より見て旧約聖書と解して不可なきがごとし。「(ひら)きたる書」の思想はエゼ2:9−3:3より採りたるものである。
[獅子の吼ゆる] 「獅子の吼ゆる」声はヱホバの声に比較される(アモ3:8ホセ11:10)。この御使の姿も声も聖書と同じく凡て神とキリストとの御栄を反射していることに注意すべし。

(よば)はりたるとき(なな)つの雷霆(いかづち)おのおの(こゑ)(いだ)せり。

註解: 御使は唯大声に呼わるのみであったが、これに応じて七つの雷霆(いかづち)が内容ある言葉を発した。
辞解
[七つの雷霆(いかづち)] 定冠詞ありて既知の雷霆(いかづち)たることが明かであるために解釈上の諸説あり、おそらく前に黙4:5黙8:5に記載されし雷霆(いかづち)はその一部分であつたのをここではそれが総動員をなし「七つ」たる意味において既知のものとして定冠詞を付けたのであろう。
[出せり] 直訳「語れり」で雷霆(いかづち)の語りしことの内容如何は記されていないために不明であるが、おそらく聖書に照してやがて下るべき大なる審判についてであろう。

10章4節 (なな)つの雷霆(いかづち)(かた)りし(とき)、われ()(しる)さんとせしに、(てん)より(こゑ)ありて『(なな)つの雷霆(いかづち)(かた)りしことは(ふう)じて()(しる)すな』といふを()けり。[引照]

口語訳七つの雷が声を発した時、わたしはそれを書きとめようとした。すると、天から声があって、「七つの雷の語ったことを封印せよ。それを書きとめるな」と言うのを聞いた。
塚本訳(斯く)七つの雷が語った時、私は(それを)書こうとした。すると天から声が(あって、)「七つの雷が語ったことを封ぜよ。それを書くな」と言うのを私は聞いた。
前田訳七つの雷が語ったとき、わたしはそれを書こうとした。すると天から声を聞いた。いわく、「七つの雷が語ったことを封ぜよ。それを書くな」と。
新共同七つの雷が語ったとき、わたしは書き留めようとした。すると、天から声があって、「七つの雷が語ったことは秘めておけ。それを書き留めてはいけない」と言うのが聞こえた。
NIVAnd when the seven thunders spoke, I was about to write; but I heard a voice from heaven say, "Seal up what the seven thunders have said and do not write it down."
註解: 書き記すことを禁じたる理由としてあるいはヨハネの経験があまりに神秘的で、たといこれを書き記すとも唯耳ある者のみこれを聞き得るが故にこれを記すも無益なるためとなし(カーペンター)、または雷霆(いかづち)の語れることの内容は重要ならざる故これを記すを嫌いしためとなし(B3)、またはあまりに神秘的にして記載し得なかったためとなし(S3)、または本書が尨大になり過ぎないようにこれを省いたとなす(H0、ブーセット)等種々の想像を(ほしいまま)にしているけれども何れも適切ではない。もしこれが判明するならば書き記すことを禁ぜられたことが無益となる訳である。唯もし想像を許されるならば聖書はそれ自身で充分なる黙示であってさらに他の黙示をもってこれに加える必要なしとの意ならん。

10章5節 (かく)()()しところの(うみ)()とに(またが)()てる御使(みつかひ)(てん)にむかひて(みぎ)()()げ、[引照]

口語訳それから、海と地の上に立っているのをわたしが見たあの御使は、天にむけて右手を上げ、
塚本訳すると海と地の上に立っているのを私が見た天使が、天に向かってその右手を挙げ、
前田訳そして、わたしが海と地との上に立つのを見た天使は右手を天に上げて
新共同すると、海と地の上に立つのをわたしが見たあの天使が、/右手を天に上げ、
NIVThen the angel I had seen standing on the sea and on the land raised his right hand to heaven.

10章6節 (てん)および()(なか)()るもの、()および()(なか)にあるもの、(うみ)および()(なか)にある(もの)(つく)(たま)ひし世々(よよ)(かぎ)りなく()きたまふ(もの)()し、(ちか)ひて()[引照]

口語訳天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを造り、世々限りなく生きておられるかたをさして誓った、「もう時がない。
塚本訳永遠より永遠に活き給う者、天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものとを創造り給うた者にかけ誓っ(て言う)た、「(時が迫った、)最早時はない。
前田訳誓った。誓いをかけたのは世々とこしえに生きたもう方、天とそこにあるもの、地とそこにあるもの、海とそこにあるものを創造された方にである。いわく、「もはや猶予しえない。
新共同世々限りなく生きておられる方にかけて誓った。すなわち、天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを創造された方にかけてこう誓った。「もはや時がない。
NIVAnd he swore by him who lives for ever and ever, who created the heavens and all that is in them, the earth and all that is in it, and the sea and all that is in it, and said, "There will be no more delay!
註解: 七つの雷霆(いかづち)が記載すべからざる語を発して後、始めの大なる御使は誓の言を神に向って発した。聖書に録されし凡ての奥義の実現を確信したからである。
辞解
[手を挙げ] 誓う貌(引照参照)。ダニ12:7によれるものであることは明かである。神の創造の御業を特に強調せる所以は、神の審判により、凡ての預言が成就して新天新地が実現するに至るのはみな神の創造の御業なるが故である。

『この(のち)(とき)()ぶることなし。

10章7節 第七(だいしち)御使(みつかひ)()かんとするラッパの(こゑ)()づる(とき)(いた)りて(かみ)(しもべ)なる預言者(よげんしゃ)たちに(しめ)(たま)ひし(ごと)く、その奧義(おくぎ)成就(じゃうじゅ)せらるべし』[引照]

口語訳第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。
塚本訳第七の御使いが吹こうとしているラッパの声の(響くその)日、彼がその僕たる預言者達ちに宣べ伝えた通りに神の奥義は成就するであろう。」
前田訳第七の天使の声がする日、彼らがラッパを吹こうとするとき、神の奥義が成就しよう。彼がその僕である預言者たちにお伝えのように」。
新共同第七の天使がラッパを吹くとき、神の秘められた計画が成就する。それは、神が御自分の僕である預言者たちに良い知らせとして告げられたとおりである。」
NIVBut in the days when the seventh angel is about to sound his trumpet, the mystery of God will be accomplished, just as he announced to his servants the prophets."
註解: 黙6:11に殉教者たちの訴に応えて「暫く安んじて待つべき」ことを言聞けられているのに対し、もはや時は遅延することなきことを示して彼らの祈が応えられ神の審判が至らんとすることを示す、すなわちまさに吹かれんとする第七のラッパの声とともに旧約新約を貫いて神が福音を宣伝えることにより啓示し給える奥義は完全に成就するに至るであろう。ゆえに如何なる苦難の中にも安んじていることができる。
辞解
[神の僕なる預言者たち] ヨハネは本節においては旧約の預言者を指したものと見るべきであるけれども今日の我らは旧約と新約の預言者使徒たちを凡て包含するものと見て差支えが無い。
[示し給いし] euangelizô を用い「福音を宣伝える」の意。
[奥義] 神の隠れし智慧とその経綸で一般の人には示されず特に霊の眼を開かれし人のみ悟り得るもの。パウロの場合は特にキリストとその救贖の御業の各方面を指している場合が多い (エペ3:3−9。コロ1:27Tコリ15:51) 。ここでは神の国に関する凡ての神の経綸にして預言者たちに示されしものを総称すと見るべきであろう。
[御使の吹かんとする云々] ラッパを吹き始めると同時にというごとき意。

10章8節 (かく)()(さき)(てん)より()きし(こゑ)のまた(われ)(かた)りて『なんぢ()きて(うみ)()とに(またが)()てる御使(みつかひ)()にある(ひら)きたる(まき)(もの)()れ』と()ふを()けり。[引照]

口語訳すると、前に天から聞えてきた声が、またわたしに語って言った、「さあ行って、海と地との上に立っている御使の手に開かれている巻物を、受け取りなさい」。
塚本訳すると(前に)私が天から(出るのを)聞いた声が、再び私に語って言うのを聞いた、「行って、海と地の上に立っている天使の手にある開いた巻き物を取れ。」
前田訳そしてわたしが天から聞いた声は、ふたたびわたしに語っていった、「行け、海と地との上に立つ天使の手にある開かれた巻物を受けよ」と。
新共同すると、天から聞こえたあの声が、再びわたしに語りかけて、こう言った。「さあ行って、海と地の上に立っている天使の手にある、開かれた巻物を受け取れ。」
NIVThen the voice that I had heard from heaven spoke to me once more: "Go, take the scroll that lies open in the hand of the angel who is standing on the sea and on the land."
註解: ヨハネに預言の使命が与えられんとする時、まずこの(ひら)きたる巻物すなわち聖書を神の使の手より受けなければならない。これなしに人は預言することができない。

10章9節 われ御使(みつかひ)のもとに()きて(ちひさ)(まき)(もの)(われ)(あた)へんことを()ひたれば、(かれ)いふ『これを()りて(くら)(つく)せ、さらば(なんぢ)(はら)(にが)くならん、()れど()(くち)には(みつ)のごとく(あま)からん』[引照]

口語訳そこで、わたしはその御使のもとに行って、「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った、「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い」。
塚本訳そこで私は天使の所に行って、その小さな巻き物を私に(渡して)くれるように言うた。すると彼が私に言う、「(さあ、)これを取って食ってしまえ。お前の腹は苦くなるが、しかし口には蜜のように甘いであろう。」
前田訳そこでわたしは天使のところへ行って「小さな巻物を与えるように」といった。彼はいう、「受けよ、そして食べ尽くせ、それは腹ににがく、口には蜜のように甘かろう」と。
新共同そこで、天使のところへ行き、「その小さな巻物をください」と言った。すると、天使はわたしに言った。「受け取って、食べてしまえ。それは、あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い。」
NIVSo I went to the angel and asked him to give me the little scroll. He said to me, "Take it and eat it. It will turn your stomach sour, but in your mouth it will be as sweet as honey."
註解: この小さき巻物は単にこれを持ちまたは読むだけではいけない。これを喰いて自分の血と肉とにしなければならない。そして神の言は口には蜜のごとくに甘いけれども(詩119:103)これが心の奥底に徹する時、そこより生ずる重大なる使命とこれに伴う苦難とを思い、非常なる苦さを経験しなければならない。使徒預言者は神の言の甘味を味いつつ苦しまなければならない。

10章10節 われ御使(みつかひ)()より(ちひさ)(まき)(もの)をとりて(くら)(つく)したれば、(くち)には(みつ)のごとく(あま)かりしが、(くら)ひし(のち)わが(はら)(にが)くなれり。[引照]

口語訳わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。
塚本訳私は小さい巻き物を天使の手から受け取った。そしてそれを食ってしまった。果たして(それは)口には蜜のように甘くあったが、それを食った時、私の腹は苦くなった。
前田訳わたしは天使の手から巻物を受けて、食べ尽くした。それは口に蜜のように甘かったが、食べると腹ににがかった。
新共同わたしは、その小さな巻物を天使の手から受け取って、食べてしまった。それは、口には蜜のように甘かったが、食べると、わたしの腹は苦くなった。
NIVI took the little scroll from the angel's hand and ate it. It tasted as sweet as honey in my mouth, but when I had eaten it, my stomach turned sour.
註解: 神の言なる聖書はこれを食い尽す者にとりてこの甘さと苦さとを経験せしめる。神の言は救いでありまた審判であるから、安息でありまた使命であるから。この二者の一方を欠くものは真に神の言を喰ひ尽したものではない。

10章11節 また(ある)(もの)われに()ふ『なんぢ(ふたた)(おほ)くの(たみ)(くに)國語(くにことば)(わう)たちに()きて預言(よげん)すべし』[引照]

口語訳その時、「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」と言う声がした。
塚本訳すると(その天使と七つの雷が)私に言う、「お前はもう一度多くの民と国と国語と王達とについて預言せねばならぬ!」
前田訳また彼らはいう、「なんじはふたたび多くの民族と国民と国語と王たちについて預言せねばならない」と。
新共同すると、わたしにこう語りかける声が聞こえた。「あなたは、多くの民族、国民、言葉の違う民、また、王たちについて、再び預言しなければならない。」
NIVThen I was told, "You must prophesy again about many peoples, nations, languages and kings."
註解: ヨハネは神の御言を喰い尽した時、また誰からともなく新なる命令をきいた、多分神と御使の声であろう。その使命は従来の預言者たちの為せる小さき巻物の預言に加えて今「再び」世界万国の民の運命について預言すべきことであった。本書も勿論この使命の中に包含され新約聖書の諸書もこれに属する。
辞解
[民・国・国語] 黙5:9-10註および辞解参照。
[王たち] 「王たち」を特に加えたのは黙16:14黙17:10−17等のごとく特に諸王の運命につき預言しなければならないからである。
要義1 [聖書と預言]黙示録においてその中間挿景は主として神の救いの方面を表顕しているのであって、本章における小き巻物も、神の奥義を示せる聖書であり、これを喰ひ尽すことによって預言の霊が宿ることを示さんとしたのであろう。聖書はかくして強き天使により全世界に宣伝えられているのであって、我らはこの聖書を血とし肉としている人々すなわち預言者たちよりその示されし奥義の預言を聞くように努めなければならない。
要義2 [甘くして苦き神の言]神の言は神の恩恵を伝え神の救いを述べるが故に我らの口には極めて甘い。しかしながら神の言が我らの腹に入り我らの血となり肉とならんとする時、我らは神の僕としてサタンとの戦を闘わなければならない立場に立つが故に、神の言は我らに苦きものとなる。また自己の罪この世の罪が神の言によりて益々明かにされる故に神の言は我らに苦きものとなる。もし神の言の甘さを知って苦さを知らない者があるならばそれは自己の何たるかまたこの世の如何なるかを知らない者である。もしまた神の言の苦さを知ってその甘さを知らないならばそれは神の恩恵の豊さを知らない者である。この何れも預言者となるの資格はない。

黙示録第11章
3-(2)-(第四挿景) 福音の証者 11:1 - 11:13

註解: 1-13節は福音を宣伝うべき二人の証人の幻象である。この二人はこれを形容している語句より見れば、モーセとエリヤに相当しているけれども、具体的にこれらを指すのではなく、この二人をもって神の言の証人とその殉教の死とを表徴したのである(なお附記参照)。

11章1節 (ここ)に、われ(つゑ)のごとき間竿(けんざを)(あた)へられたり、(かく)(ある)(もの)いふ『()ちて(かみ)聖所(せいじょ)香壇(かうだん)其處(そこ)(はい)する(もの)どもとを(はか)れ。[引照]

口語訳それから、わたしはつえのような測りざおを与えられて、こう命じられた、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。
塚本訳そして(命令により)杖のような(一本の)間棹が私(の手)に渡されて、(天使がこう)言う(のを私は聞いた、)「起って(エルサレムにある)神の聖所と(燔)祭(の)壇と其処で礼拝をしている者達とを測れ。
前田訳そして竿に似た葦がわたしに与えられて、こういわれる、「立って、神の宮と祭壇とそこで礼拝するものらをはかれ。
新共同それから、わたしは杖のような物差しを与えられて、こう告げられた。「立って神の神殿と祭壇とを測り、また、そこで礼拝している者たちを数えよ。
NIVI was given a reed like a measuring rod and was told, "Go and measure the temple of God and the altar, and count the worshipers there.
註解: (▲「香壇」は「祭壇」と訳すべきである。口語訳参照。)ここは文字の上からは天の聖所ではなく (黙4:2以下。黙6:9黙8:3) 地上の聖所すなわちエルサレムの神殿 hieron の中の聖所 naos を指す、従ってそこに入って拝し得る者は祭司のみである。しかしながらここに示さんとせる真の意味は事実上のエルサレムとその神殿とその祭司とではなく、神に選ばれし真の信者の真の教会である。かかる人は神の宮であり (Tコリ3:16-17。Uコリ6:16エペ2:21) また祭司であって (Tペテ2:5黙1:6黙5:10) 彼らの在る処が至聖所であり彼らはそこにて神を拝する。ヨハネはかかる人を(はか)ることを命ぜられた。ヨハネがこの命令を実行したかは記されていない。なおこの間竿(げんざお)をもって(はか)ることは 黙21:15-16。エゼ40:3以下参照。
辞解
[間竿(けんざを)] 葦のごとき一種の植物で長き茎を有するものにて造れる竿(エゼ40:3)。ゼカ2:5、6。
[神の聖所云々] 事実上のエルサレムの町と解し、従って以下の記述を凡てイスラエルに関するものと解する学者が多いけれども(B3、H0)本書の預言の性質上かく解する必要が無い、8節もこのことを証明する。thusiastêrion は「香壇」と訳するよりも燔祭の壇と解すべしとの説あれど(B3)不可。

11章2節 聖所(せいじょ)(そと)(には)差措(さしを)きて(はか)るな、これは異邦人(いはうじん)(ゆだ)ねられ[たり、](かれ)らは四十(しじふ)二个月(にかげつ)のあひだ(せい)なる(みやこ)蹂躙(ふみにじ)[らん](るべければなり)。[引照]

口語訳聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。
塚本訳ただ聖所の外の庭(すなわち異教人の庭)を除け、それを測るな。それは異教人(の荒らす)に任されたのであるから。(彼らをしてエルサレムを懲らさしめる。)彼らは四十二か月の間(この)聖なる都を蹂躙るであろう。
前田訳宮の外の庭はそっとして、それをはかるな。それは異教徒に与えられたもの、彼らは四十二か月、聖都を踏みにじろうから。
新共同しかし、神殿の外の庭はそのままにしておけ。測ってはいけない。そこは異邦人に与えられたからである。彼らは、四十二か月の間、この聖なる都を踏みにじるであろう。
NIVBut exclude the outer court; do not measure it, because it has been given to the Gentiles. They will trample on the holy city for 42 months.
註解: エルサレムの神殿の聖所の外側に異邦人の庭があると同様に、神に選ばれし真の信者以外に偽の信者および不信者がある。これらを差措きて(放り出して)、(はか)るなとは、これらが真の神の都にあらざることを意味する。その故はある期間は(四十二ケ月、辞解を見よ)この外庭および聖なる都エルサレム、換言すれば地上における神の都は神を信ぜざる異邦人に与えられその蹂躙(じゅうりん)にまかせられているからである。ここで天のエルサレムと地上のエルサレムとを対比したのはガラ4章における今のエルサレムと上なるエルサレムとの比較とは異なり(其処註参照)選ばれしものの真の教会と(▲この真のエクレシヤに属するものは、聖所の中にいて神との交りを持つ者である。)、キリストを主と信ぜざる凡ての人(ここにこれを異邦人と称す)との対比である。キリストを受けざるユダヤ人、およびこの世と妥協し、これに従う名義のみの信者もこの後者に属する。
辞解
[外の庭] 神殿の聖所を囲んでイスラエルの男子の庭と婦人の庭あり、その外側に異邦人の庭あり、彼らはヱホバを拝せんとて集っているけれども、ユダヤ人ではない。本節の場合これをもってキリストを信ぜざる人の中に数える。
[差措(さしを)きて] 原語「外に投出して」の意、たといそれがユダヤ人であっても名義上のキリスト者であっても彼らは投出される。
[四十二ヶ月] あるいは三年半ともいい (黙12:14) または千二百六十日ともいい (黙12:6) 同一の期間の長さである。これはダニ7:25より取りたるもので (なおルカ4:25ヤコ5:17) 七年すなわち完全なる期間の半分で不完全なる有限なる期間を意味する。ゆえにこの数を基礎として数学的にキリスト再臨の年を計算することは誤っている。
[聖なる都] エルサレムを指す(マタ4:5イザ48:2)。ただしこの場合抽象的なる地上の神の都を意味するものと見なければならぬ。かく解することにより多くの学者の躓となる第8節の「大なる都」の意味が明かとなる。

11章3節 (われ)わが二人(ふたり)證人(しょうにん)に[(けん)]を(あた)へん、(かれ)らは荒布(あらぬの)()千二百(せんにひゃく)六十日(ろくじふにち)のあひだ預言(よげん)すべし。[引照]

口語訳そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう」。
塚本訳そして我は我が二人の証人(モーセとエリヤと)に、(預言する)権を与える。彼らは荒布を着て千二百六十日の間(悔い改めの)預言をするであろう──
前田訳わたしはわがふたりの証人にいいつけて、麻の衣をきせ、千二百六十日預言させよう」と。
新共同わたしは、自分の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」
NIVAnd I will give power to my two witnesses, and they will prophesy for 1,260 days, clothed in sackcloth."
註解: 二は証しに関する数である。従って二人は実在せる具体的の二人と限るべきではない。キリストの教会には証人たるべき人々が起され、預言せしめられ、遂に十字架の死の轍を踏まなければならないことを示す。この二人の証人は6節によれば最もよくモーセとエリヤとに類似しているけれども(マラ3:22、23)直接に彼らを指したのではなく彼らによりて代表される律法と預言者(マタ17:1−8参照)すなわち聖書、換言すれば神の言の証人を意味する。彼らは神より権を与えられて、一定の有限なる期間預言する。荒布は悔改めまたは審判の接近を示す。彼らがこの荒布を着ているのはその使命に相応しき態度である。キリスト教の預言者はかく無ければならない。
辞解
[権を] 原文になし、次に来る文言が含まれていると見るべきである。
[荒布] 預言者の着用せる粗服でエリヤもこれを着ていた。また悔改めの際等にこれを着用する(U列1:8ゼカ13:4ヨナ3:5、6)。
[二] 意味については緒言参照。
[預言する] 神の奥義を示されてこれを他に伝えること。
[二人の証人] 誰なるやにつきて種々の説ありまたこれを律法と預言者、律法と福音、旧約と新約そのものを示す等と解する説あれどもモーセとエリヤに(ちな)んでいると見るのが最も的を得ている。従って「聖書の証人」の意味でこれを表徴的に示したものと解することによりてこの個所の意義が明かにせられるのである。

11章4節 (かれ)らは()(しゅ)御前(みまへ)()てる(ふた)つのオリブの()(ふた)つの燈臺(とうだい)なり。[引照]

口語訳彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台である。
塚本訳彼ら(二人)は(聖書に誌されているように、全)地の主の前に立つ二本の橄欖の木と、二つの燭台である。──
前田訳彼らは地の主の前に立つふたつのオリブとふたつの燭台である。
新共同この二人の証人とは、地上の主の御前に立つ二本のオリーブの木、また二つの燭台である。
NIVThese are the two olive trees and the two lampstands that stand before the Lord of the earth.

11章5節 もし(かれ)らを(そこな)はんとする(もの)あらば、()その(くち)より()でてその(てき)()(つく)さん。もし(かれ)らを(そこな)はんとする(もの)あらば、(かなら)(かく)のごとく(ころ)さるべし。[引照]

口語訳もし彼らに害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。もし彼らに害を加えようとする者があれば、その者はこのように殺されねばならない。
塚本訳もし彼らを害しようと思う者があれば、彼らの口から火が出てその敵を焼き尽くす。然り、もし彼らを害しようと思う者があれば、その人はこのようにして殺されvければならない。
前田訳もし彼らを害なおうとするものがあれば、火が彼らの口から出て敵を食いつくそう。もし彼らを損なおうとするものがあれば、このように殺されねばならない。
新共同この二人に害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。この二人に害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。
NIVIf anyone tries to harm them, fire comes from their mouths and devours their enemies. This is how anyone who wants to harm them must die.
註解: 神の言の証人は主の前にあるオリブの樹であって、聖霊の油はこれより流れて人々に注がれまた灯台であって暗黒を照す(二つは共に証しに関する数)。そして証人はその使命の存する間何人もこれを害すること能わず、これを(そこな)わんとする者はかえってその口より出づる神の言によりて(さば)かれて死に至るであろう。
辞解
[オリブの樹、灯台] ゼカ4:2−14を連想せしめるけれどもヨハネは独特の方面にこれを用いる。
[火その口より出づる] U列1:10以下の意味もあるべくまたエレ5:14の意味をも含むものと見ることができる。

11章6節 (かれ)らは預言(よげん)するあひだ(あめ)()らせぬやうに(てん)()づる權力(ちから)あり、[引照]

口語訳預言をしている期間、彼らは、天を閉じて雨を降らせないようにする力を持っている。さらにまた、水を血に変え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力を持っている。
塚本訳彼らはその預言する日の間雨を降らせぬ(ようにする)ため、天を閉ずる権力を有っている。また彼らは水を変えて血となし、また思うままに(何時でも)幾度でも、あらゆる災厄を以て地を撃つ権力を有っている。
前田訳彼らは天を閉じる力を持ち、彼らの預言の間、雨を降らせない。彼らは水を血に変え、何度でも思うまま、あらゆるわざわいで地を打つ力がある。
新共同彼らには、預言をしている間ずっと雨が降らないように天を閉じる力がある。また、水を血に変える力があって、望みのままに何度でも、あらゆる災いを地に及ぼすことができる。
NIVThese men have power to shut up the sky so that it will not rain during the time they are prophesying; and they have power to turn the waters into blood and to strike the earth with every kind of plague as often as they want.
註解: これによりてこの証人はエリヤを連想せしむるごとき人であることが判る(T列17:1ルカ4:25ヤコ5:17)。神の命を帯びて預言する者にはエリヤのごとく自然を制御するの力さえも与えられる。

また(みづ)()(かは)らせ、(おも)ふままに幾度(いくたび)にても諸種(もろもろ)苦難(くるしみ)をもて()()權力(ちから)あり。

註解: 出7:20の水を血に変らしめしことおよびその他多くの苦難をもってエジプトの地を撃ちしモーセを連想することができる。二人の証人すなわち福音の証人はその証を為している間はモーセやエリヤのごとく神の護の下に偉大なる力を発揮することができる。

11章7節 (かれ)()がその(あかし)()へんとき(そこ)なき(ところ)より(のぼ)(けもの)ありて(これ)戰鬪(たたかひ)をなし、()ちて(これ)(ころ)さん。[引照]

口語訳そして、彼らがそのあかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼らを殺す。
塚本訳しかし(四十二か月が過ぎ)彼らがその証明を終ると、奈落(の底)から(一匹の)獣が上って来て、彼らと戦闘をなし、彼らに勝ってこれを殺すであろう。
前田訳彼らが証を終わると、奈落から上り来る獣が彼らと戦い、彼らを負かして殺そう。
新共同二人がその証しを終えると、一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう。
NIVNow when they have finished their testimony, the beast that comes up from the Abyss will attack them, and overpower and kill them.
註解: 神の言の証人はその証を終るまですなわち神の定め給う時至るまでは何物にも害せられない。されどその任務を終ればこの安全さを失い、底なき所(黙9:1参照)より上る獣すなわちサタンの力を帯ぶる地上の権力保持者(黙13:1参照)の迫害によりて殺される。
辞解
[獣] 定冠詞あり既知のものとして取扱われているのはサタンを指すからである。黙13:1以下にその詳細の記載あり。

11章8節 その屍體(しかばね)(おほい)なる(みやこ)(ちまた)(のこ)らん。この(みやこ)(たとへ)へてソドムと()ひ、エジプトと()ふ、(すなは)(かれ)らの(しゅ)もまた十字架(じふじか)()けられ(たま)ひし(ところ)なり。[引照]

口語訳彼らの死体はソドムや、エジプトにたとえられている大いなる都の大通りにさらされる。彼らの主も、この都で十字架につけられたのである。
塚本訳そしてその屍体は大な都(エルサレム)の大通りに置かれ(人目に曝され)る。この都は霊的にソドムまたエジプトと呼ばれる。其処で彼らの主(イエス)もまた十字架につけられ給うた。
前田訳彼らの死体は大きな都の巷に横たわろう。都は霊的に ソドムとエジプトと呼ばれよう。彼らの主もそこで十字架につけられた。
新共同彼らの死体は、たとえてソドムとかエジプトとか呼ばれる大きな都の大通りに取り残される。この二人の証人の主も、その都で十字架につけられたのである。
NIVTheir bodies will lie in the street of the great city, which is figuratively called Sodom and Egypt, where also their Lord was crucified.
註解: 神の言の証人の殺される処は道徳的腐敗堕落の支配する処(ソドム)、この世の富と神に敵する精神の支配する処(エジプト)である。彼らの主イエスが十字架につけられ給いし場所もまた同一の主義の支配している場所であった。かくして殺されし証人の屍体は大なる都の大通に曝しものにされて万人の眺める処となる。
辞解
[大なる都] 本書においてバビロンすなわちローマを指しているけれども (黙16:19黙17:18黙18:10−21) これとてもローマなる現実の都市そのものよりもこの都を支配する原理すなわち政治的経済的権力、この世の富と快楽を追及する精神等を指す、この意味においてエルサレムのごとき小さき都市も大なる都と同一の主義に支配され、主の十字架につき給いし場所として相応わしいこととなる。すなわち主イエスはソドムにおいてまたはエジプトにおいてまたはバビロン、ローマ、エルサレムにおいて十字架につき給うたということができる。それゆえにこの「大なる都」をバビロン、ローマ、エルサレム等特定の一都市を指すと見るは誤である。
[譬へて] pneumatikôsで「霊的意味において」の意。
[ソドム] その腐敗堕落のために神に滅ぼされし邑、エルサレムがソドムと呼ばれし例は他にもあり(イザ1:10)。
[エジプト] その富と力とをもってイスラエルを誘いまたこれを迫害して神の民を責めた国。

11章9節 もろもろの(たみ)(やから)國語(くにことば)(くに)のもの、三日半(みっかはん)(あひだ)その屍體(しかばね)()、かつ()屍體(しかばね)(はか)(はうむ)ることを(ゆる)さざるべし。[引照]

口語訳いろいろな民族、部族、国語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体をながめるが、その死体を墓に納めることは許さない。
塚本訳そして(あらゆる)民と種族と国語と国と(の人々)は三日半の間その屍体を見、その屍体を墓に葬ることを許さない。
前田訳(すべての)民族と族と国語と国民から出たある人々が、死体を三日半見るが、死体が墓に葬られるのをゆるさない。
新共同さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々は、三日半の間、彼らの死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろう。
NIVFor three and a half days men from every people, tribe, language and nation will gaze on their bodies and refuse them burial.
註解: 全世界のあらゆる諸民諸族はこの屍体に対してあらゆる侮辱と非礼とを行う。
辞解
[三日半] 七の半数、不完全を示す、すなわち有限なるある期間のこと、三年半に比して短き期間に用う。屍体を埋葬しないのは大なる侮辱である。

11章10節 ()()(もの)どもは(かれ)らに()きて(よろこ)(たの)しみ(たがひ)禮物(れいもつ)(おく)らん、()二人(ふたり)預言者(よげんしゃ)()()(もの)(くる)しめたればなり』[引照]

口語訳地に住む人々は、彼らのことで喜び楽しみ、互に贈り物をしあう。このふたりの預言者は、地に住む者たちを悩ましたからである。
塚本訳そして、地上に住む者は彼ら(が殺されたこと)について喜び楽しみ、(嬉しさのあまり)互いに贈り物をするであろう。それはこの二人の預言者が(生前)地上に住む者を(散々に)苦しめ(悩まし)たからである。」
前田訳地に住むものは彼らのことをよろこび、祝い、贈り物を交わす。このふたりの預言者が地に住むものを苦しめたから。
新共同地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。
NIVThe inhabitants of the earth will gloat over them and will celebrate by sending each other gifts, because these two prophets had tormented those who live on the earth.
註解: 神の言を証する預言者は神に逆ける者、不義に親しむ者にとりては邪魔物であり、妨害であり、彼らを苦しめる大なる力である。ゆえに彼らが死ねることは不義者にとりて非常に大なる喜びである。福音の証人は、この世より何時もかかる取扱いを受ける(ヨハ16:20)。
辞解
[地に住む者] 黙3:10辞解参照、神を信ぜざる人々。本節までが天の使の言である。

11章11節 三日半(みっかはん)ののち生命(いのち)(いき)(かみ)より()でて(かれ)らに()り、かれら(あし)にて()ちたれば、(これ)()るもの(おほい)(おそ)れたり。[引照]

口語訳三日半の後、いのちの息が、神から出て彼らの中にはいり、そして、彼らが立ち上がったので、それを見た人々は非常な恐怖に襲われた。
塚本訳しかし三日半の後、生命の息が神から(出て)彼らの中に入った。すると彼らは(生き返ってやおら)足で立ち上がった。大なる恐怖が彼らを見ていた者を襲った。
前田訳しかし三日半ののち、いのちの霊が神から彼らに入り、彼らはおのが足で立ちなおった。大きなおそれが彼らを見るものをおそった。
新共同三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。
NIVBut after the three and a half days a breath of life from God entered them, and they stood on their feet, and terror struck those who saw them.

11章12節 (てん)より(おほい)なる(こゑ)して『ここに(のぼ)れ』と()ふを(かれ)()きたれば、(くも)()りて(てん)(のぼ)れり、その(てき)(これ)()たり。[引照]

口語訳その時、天から大きな声がして、「ここに上ってきなさい」と言うのを、彼らは聞いた。そして、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た。
塚本訳彼ら(二人の証人)は、天から大きな声が(あって、)「此処に昇って来い」と言うのを聞いた。そして(人々の目の前で)雲に乗って天に昇った。然り、彼らの敵も(また)それを見た。
前田訳すると彼らは天から大きな声が、「ここにのぼれ」というのを聞いた。彼らは、敵が彼らを見る前で雲に乗って天に上った。
新共同二人は、天から大きな声があって、「ここに上って来い」と言うのを聞いた。そして雲に乗って天に上った。彼らの敵もそれを見た。
NIVThen they heard a loud voice from heaven saying to them, "Come up here." And they went up to heaven in a cloud, while their enemies looked on.
註解: 殉教せる証人たちの復活と昇天の幻象である。彼らが侮辱せる屍体の復活を見て彼らの恐懼は甚だしく、その昇天を見て彼らの驚きは一層甚だしいに相違ない、何となれば、勝誇れる彼らの喜びは一場の夢に過ぎないことを見たからである。
辞解
[生命の息] 創6:17参照、またエゼ37:7−10の光景を連想せしむ。
[雲に乗りて] キリストの昇天(使1:9)および再臨の貌(黙1:7)に似ている。なおこの復活、昇天が何時行われるかはここでは重大なる関心を示して居ない。黙20:5の第一の復活の時とすれば、それまでの間を三日半として数うることとなる。要するにこれらの数の表徴的であることを見る。

11章13節 このとき(おほい)なる地震(ぢしん)ありて(みやこ)十分(じふぶん)(いち)(たふ)れ、地震(ぢしん)のために()にしもの(しち)(せん)(にん)にして(のこ)れる(もの)(おそれ)をいだき(てん)(かみ)榮光(えいくわう)()したり。[引照]

口語訳この時、大地震が起って、都の十分の一は倒れ、その地震で七千人が死に、生き残った人々は驚き恐れて、天の神に栄光を帰した。
塚本訳(丁度)その時大地震があって、都の十分の一が倒れ、七千人の者達がこの地震で殺された。(生き)残った人々は(これを見て非常に)懼れ、(悔い改めて)天の神に栄光を帰した。
前田訳そのとき大地震がおこって、都の十分の一が倒れ、この地震で七千の人が殺され、残りのものはおそれに包まれ、天の神に栄光を帰した。
新共同そのとき、大地震が起こり、都の十分の一が倒れ、この地震のために七千人が死に、残った人々は恐れを抱いて天の神の栄光をたたえた。
NIVAt that very hour there was a severe earthquake and a tenth of the city collapsed. Seven thousand people were killed in the earthquake, and the survivors were terrified and gave glory to the God of heaven.
註解: 二人の証人の昇天と共に、これに伴い驚くべき天変発生す。あたかもキリストの十字架の後に大なる地震が有ったのと同様である。人間界において神に反ける事件が起れば、同時に天然界の大変動があることは往々である。都すなわちエルサレムが神の証人を迫害する場合、彼女もまたかかる審判を受けなければならない。しかしながらこの場合損害は都の十分の一、七千人の生命に過ぎず、他の人々はこれにより懼をいだき神まことに在し給うことを新たに痛感した。神の審判の真の目的は悔改めを促がすにあり。
辞解
[都] エルサレム、またはローマのごとき特定の都市のみを指したのではなく、一般的に神の言の証人を迫害しこれを殺せる人々の上に下る審判を叙べたのである。
[神に栄光を帰したり] 神の存在を信じ神を神として当然に為すべき崇敬を払うことを意味する。この場合、証人を殺せしことの罪を認め、神に対してその行為を懺悔する心持を示す。回心して福音を信ずるに至つたものと解することは行き過ぎである。なお黙16:9ヨハ9:24ヨシ7:19エレ13:16参照。
要義1 [神の言の証人(あかしびと)とその殉教の死]神の審判が行われつつある間といえども福音を宣伝えることが()められているのではない。神はその間に常に証人を送りて預言せしめ給う。そして彼らがその使命を果しつつある間は神は彼らを如何なる敵の手よりも保護して無害ならしめ給う。それ故にもし彼らが殉教の死を遂ぐることある場合においては、その時は最旱や彼らの使命は終ったのである。ゆえに彼らは何物をも懼れずしてその使命に向って突進することができる。
要義2 [神の言の証人とこの世]この世は神の言の証人を置くに耐えない。それ故にソドムでありエジプトであるこの世は必ずこれらの証人を十字架につける。もしソドムやエジプトに歓迎されるごとき証人が有るならば、それは真の神の言の証人ではない。それ故に神の言の証人としては大なる都において殺され、その屍骸が衆人の前に恥しめを受けることに優りて大なる光栄はない。これがキリストと同じ道を行く所以である。そしてキリスト・イエスを甦えらせ給える神は必ずまたかかる証人をも甦えらしめ給うであろう。
要義3 [ソドムとエジプト]ソドムは罪悪殊に性的罪悪のために腐爛の極に達せる邑、エジプトはその富によりて誇り、神の民を迫害して勇敢に神に敵対せるパロを王としていただく国である。この肉慾と財宝と権力こそ人類を支配する最大の力である。その意味においてこの世は常にソドムでありまたエジプドである。たとえ程度において彼らに及ばなくとも、主義において全く彼らと同一である。そして神に反するものにしてこの肉慾と財宝と権力のごときはない。キリストは完全に神に従い給いしが故にソドムとエジプトにおいて十字架に釘けられ給うた。我らもまたこの世に対して十字架につけられ、この世が我らに対して十字架につけられてしまわなければならない(ガラ6:14参照)。

3-(3) 第七のラッパ 11:14 - 18:24
3-(3)-(イ) 第一序曲 11:14 - 11:19

11章14節 第二(だいに)禍害(わざはひ)すぎ()れり、()よ、第三(だいさん)禍害(わざはひ)すみやかに(きた)るなり。[引照]

口語訳第二のわざわいは、過ぎ去った。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。
塚本訳(かくして)第二の禍は過ぎた。(しかし、この悔い改めはほんの一時であった。だから)視よ、第三の禍が直に来る(であろう)!
前田訳第二のわざわいは過ぎた。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。
新共同第二の災いが過ぎ去った。見よ、第三の災いが速やかにやって来る。
NIVThe second woe has passed; the third woe is coming soon.
註解: 第二の禍害は9章をもって終った。今や第三の禍害が速かに来らんとしつつある(11:14−19がその開始、15章がその序曲、16−18章が第三の禍害である)。15節以後の構造は甚だ難解なる故、予じめ説明を要する(多くの異なれる解あれど一々これを紹介することはできない)。15−19節は第七のラッパが吹き鳴らされてその審判が起る前の序曲のごときもので、あたかも第七の封印が解かれてその審判が行われる前の黙8:3−5、第七の金の鉢傾けられてその審判が行われる迄の間の黙16:18の部分に相当する。そして第七のラッパの審判は黙16:1以下の七つの鉢の審判となりて展開する(このことは第七の封印が七つのラッパに展開する場合ほど明瞭ではないが、黙11:15−19が黙8:3−5に相当し、黙15:1−8が黙8:1−2に相当すること、および全体の構造よりかく解することが至当である)。そしてその中間にある12、13、14の長き三つの章は、凡て地上の教会とこれをなやます敵との有様および最後の審判の接近せることの諸々の告知とを描いたのであって、あたかも七つの封印の開かれる前に第4章および第5章の二章に天上における神の御座の光景が描かれしと同じく、今や最後の苦難たる七つの鉢の傾けられる前に地上の教会およびその敵の光景が描かれたのである。そして第15章は次章以下に始まるべき審判に対する讃美と準備とを録し、第16章以下は七つの鉢の審判すなわち第三の禍害の進展である。

11章15節 第七(だいしち)御使(みつかひ)ラッパを()きしに、(てん)數多(あまた)(おほい)なる(こゑ)ありて、『この()(くに)(われ)らの(しゅ)および()のキリストの(くに)となれり。(かれ)世々(よよ)(かぎ)りなく(わう)たらん』と()ふ、[引照]

口語訳第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。
塚本訳(やがて)第七の御使いがラッパを吹いた。すると(沢山の)大きな声が天に起こってこう言うた──(今や)この世の王国は我らの主(なる神)とそのキリストの有となった。彼は永遠より永遠に王となり給うであろう。
前田訳第七の天使がラッパを吹いた。すると、天に大きな声がした。いわく、「今やこの世の王権はわれらの主と、そのキリストのもの。彼は世々とこしえに王であろう」と。
新共同さて、第七の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声があって、こう言った。「この世の国は、我らの主と、/そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される。」
NIVThe seventh angel sounded his trumpet, and there were loud voices in heaven, which said: "The kingdom of the world has become the kingdom of our Lord and of his Christ, and he will reign for ever and ever."
註解: キリストの国が地上に成立することに対し天に讃美の声が上った。第七の封印が開かれる前には大なる沈黙が有ったことと対照せよ(黙8:1)。すでにキリストの国が実現せるごとくに記してあるのは本書の性質上未来に完成せらるべき事柄をすでに完成せる姿において眺めているからである。
辞解
[数多の大なる声] 四つの活物(いきもの)より出でしものと想像することができる。
[この世の国] この世の支配とも訳することができ(Z0)この世を神が支配し給うことを意味す。
[我らの主] ここでは神を意味す (黙12:10黙19:6黙19:16ダニ7:13)。

11章16節 かくて(かみ)(まへ)にて座位(くらゐ)()する二十四人(にじふよにん)長老(ちゃうらう)ひれふし(かみ)(はい)して()ふ、[引照]

口語訳そして、神のみまえで座についている二十四人の長老は、ひれ伏し、神を拝して言った、
塚本訳すると神の前でその座に坐っていた二十四人の長老が平伏し、神を拝して
前田訳すると神のみ前でおのが座につく二十四人の長老は、ひれ伏して神を拝した。
新共同神の御前で、座に着いていた二十四人の長老は、ひれ伏して神を礼拝し、
NIVAnd the twenty-four elders, who were seated on their thrones before God, fell on their faces and worshiped God,

11章17節 (いま)いまし(むかし)います(しゅ)たる全能(ぜんのう)(かみ)よ、なんぢの(おほい)なる能力(ちから)()りて(わう)()(たま)ひしことを感謝(かんしゃ)す。[引照]

口語訳「今いまし、昔いませる、全能者にして主なる神よ。大いなる御力をふるって支配なさったことを、感謝します。
塚本訳言うた──主なる全能の神、(今)在り給う者、(昔)在り給いし者、貴神が(再び)その大なる権能を取り(自ら)王となり給うたことを感謝する。
前田訳彼らはいう、「あなたに感謝します。今いまし、昔いました主なる全能のみ神、あなたは偉大な力をみ手に受けて王となってくださいました。
新共同こう言った。「今おられ、かつておられた方、/全能者である神、主よ、感謝いたします。大いなる力を振るって統治されたからです。
NIVsaying: "We give thanks to you, Lord God Almighty, the One who is and who was, because you have taken your great power and have begun to reign.
註解: 二十四人の長老は前者の声に和しさらにこれを敷衍してその感謝を神にささげる。すなわち神の力とその支配に対する讃美と感謝である。キリスト再臨による天地の完成まではこの世の君はサタンであって神ではない。
辞解
「後来りたまふ」の語を欠くのは黙16:5と同じくここに録される未来の時においてはキリストすでに来り給いし後なるが故である。
[大なる能力を執り] 預言されるごとく最後の審判と支配を実現せんがため。二十四人の長老がひれふしたる場合は 黙4:10黙5:8黙19:4 と本節で、何れも最も重大なる事件が起らんとする前である。

11章18節 諸國(しょこく)(たみ、)(いかり)をいだけり、なんぢの(いかり)(また)いたれり[引照]

口語訳諸国民は怒り狂いましたが、あなたも怒りをあらわされました。そして、死人をさばき、あなたの僕なる預言者、聖徒、小さき者も、大いなる者も、すべて御名をおそれる者たちに報いを与え、また、地を滅ぼす者どもを滅ぼして下さる時がきました」。
塚本訳諸国の民は怒っ(て貴神に反抗し)た。しかし(今や)貴神の御怒りが来た。死人が審判されて、貴神の僕達すなわち預言者と聖徒に、また貴神の御名を懼れる小さい大きい者達に報酬を与え、地を滅ぼす者を滅ぼし給う時が来た!
前田訳異教徒は怒りましたが、そこにあなたのお怒りがのぞんで、死人が裁かれ、あなたの僕である預言者と聖徒と、み名をおそれる大小のものとに報いを与え、地を滅ぼすものを滅ぼしたもう時が来ました」と。
新共同異邦人たちは怒り狂い、/あなたも怒りを現された。死者の裁かれる時が来ました。あなたの僕、預言者、聖なる者、/御名を畏れる者には、/小さな者にも大きな者にも/報いをお与えになり、/地を滅ぼす者どもを/滅ぼされる時が来ました。」
NIVThe nations were angry; and your wrath has come. The time has come for judging the dead, and for rewarding your servants the prophets and your saints and those who reverence your name, both small and great-- and for destroying those who destroy the earth."
註解: 諸国の民はその最後の戦を神に向って戦うべく、猛烈なる怒を懐き、これに対して神もまた怒をもって働きたまう。神の支配とサタンの支配との最後の関ヶ原である。

()にたる(もの)(さば)き、なんぢの(しもべ)なる預言者(よげんしゃ)および聖徒(せいと)、また(せう)なるも(だい)なるも(なんぢ)()(おそ)るる(もの)報賞(むくい)をあたへ、()(ほろび)(もの)(ほろぼ)したまふ(とき)いたれり』

註解: 神がその正しき審判を行い、この世においては極めて不公平なる報を受けていた人々に対して正しき審判を行い、すでに死せる者にもその審判を及ぼし、また神を信ずる凡ての人に報賞を与え、地を亡ぼす者なるサタン(黙19:2)を亡ぼす時が来たのである。これがこの世において聖徒たちの永く待ち望んでいた処である。
辞解
[預言者、聖徒、汝の名を(おそ)れる者] これら三者の限界は明かでない。おそらくここでは「聖徒」hoi hagioi は「聖き者」の意味でその身分よりも性質に重きを置き事実上聖潔なる生涯を送つた特に優れた信徒を指すと見るべく、「神の御名を(おそ)れるもの」は「聖き者」までに至らざる一般の信者を指したものであろう。かく見ることによりてこの三種は階級をなすことがわかる。なおマタ10:41以下の三種類を参照せよ。
[地を亡ぼす者] 黙19:2のごとく地を道徳的に腐敗せしむることにより壊滅に帰せしむる者でサタンを意味す。

11章19節 (かく)(てん)にある(かみ)聖所(せいじょ)ひらけ、(その)聖所(せいじょ)のうちに((かみ)の)契約(けいやく)(ひつ)()え、數多(あまた)電光(いなづま)(こゑ)雷霆(いかづち)と、また地震(ぢしん)(おほい)なる(へう)とありき。[引照]

口語訳そして、天にある神の聖所が開けて、聖所の中に契約の箱が見えた。また、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴と、地震とが起り、大粒の雹が降った。
塚本訳すると天にある神(の至)聖所が開いて、(至)聖所の中にあるその契約の櫃が見えた。そして、(地には恐ろしい)電光と轟きと雷と地震と大きな雹とがあった。
前田訳すると天にある神の宮が開かれ、その宮の中に契約の箱が見えた。するといなずまとひびきと雷と地震と大雹とがあった。
新共同そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った。
NIVThen God's temple in heaven was opened, and within his temple was seen the ark of his covenant. And there came flashes of lightning, rumblings, peals of thunder, an earthquake and a great hailstorm.
註解: いよいよ最後の審判が始まらんとして、神の至聖所がヨハネの前に(ひら)かれた。至聖所の中を望見することができることはやがてその中に入り得ることの前提として人々に希望と確信とを与える(黙15:5参照)。そして()いで起こるべき多くの審判はその源をここに発することの意味がこれによりて明かにせられたのである。そして神の契約の櫃が見えたのは神がその約束を忠実に実行し、彼を信じる者にその報を与え給うべきことを示し(18節)、電光(いなづま)以下の諸現象は 黙4:5黙8:5黙16:18と同じく重大なる審判がまさに行われんとすることを示している。かくして第七のラッパが吹かれて天におけるあらゆる準備が整っているのを見ることができる。
附記 15−19節により第七のラッパの審判がまさに開始されんとするがごとくに見えているけれども(黙8:1−5と対照せよ)実際は第七のラッパが神の怒りを盛れる七つの金の鉢の審判として実現するのは第15章からである。その間に第12章乃至(ないし)第14章の三章は一大中間挿景であって、これにより教会の成立と、荒野における教会の生活と、教会に対するサタンの迫害と、最後に(14章)キリストの勝利の宣言とが録されているのである。かくして最後に行わるべき七つの金の鉢の審判がキリストの教会のもろもろの敵に対するものであることが明かにせられて来るのである。第15章は審判の序曲、第16章より審判始まる。